11話  「護るために」  ◆tgy0RJTbpA


背の高い木々が乱立する森林がある。
その合間を縫うように陽光が差し込み、薄く森の中を照らしている。
光を受けるのは木々だけではない。
地にひざまずくようにしている緑色と白に塗り分けられた巨人が光の下にあった。
腕の外側、折り畳まれたアームが特徴的な巨人は森林に影を投げかける。
その影に隠れるように立っているのは黒髪の少年だ。少年は腕を震わせ、巨人を殴りつける。
「ざけんな……」
呟くような声だが、力ない声ではない。どこかから聞こえる川音を除けば、他に音は聞こえない。
風さえも、吹いてはいなかった。
「ざけんな、ざけんなッ!」
少年は巨人に思いをぶつけるかのようにして口を開く。まるで、呪詛の言葉を紡ぐようだ。
夢だと思いたかった。悪夢だと信じたかった。
だから、もう一度巨人に拳を叩きつける。返ってくるのは鈍い音と痛みだ。
あくまでこれは現実として、少年――神名綾人にのしかかる。
逃げ出したかった。だが、それは容易ではない。確かな戒めが、ひんやりと首に巻きついているからだ。
常に死神の鎌を首に当てられている。そんな感覚が、現実になったようだ。
とてつもなくリアルだった。
以前、ドーレムによって現実とは違う世界に送り込まれたことがある。
あのときは、リアルではなかったために心を掻き毟られた。だが、今は正反対だ。
あまりにも鮮明なリアリティが、綾人を掻き乱している。

不安だった。そして、その不安を共有出来る人はいない。自分は、一人ぼっちだ。
綾人は思う。朝比奈もこんな気持ちだったのだろうか、と。
そのことを考えた瞬間、綾人は弾かれたように顔を上げる。現実を恐怖するあまり、大切なことを忘れていた。
「朝比奈……」
呟くと、背筋がゾッとした。恐れが原因ではない。ここにいない人のことを想っての震えだ。
今、自分はここにいる。たった一人で、ここにいる。
ならば。
朝比奈浩子は、今も一人で震えているのではないだろうか。
あの部屋でたった一人、孤独と恐怖に押しつぶされているのではないだろうか。
自分たちの住んでいた世界が偽りの箱庭だったこと。心を許せる人がいないということ。
そして――青い血が流れているということ。
知らない世界で、そんなことを心に燻らせ、震えているのではないだろうか。
綾人は巨人に叩きつけたままの手を離し、見上げる。
こんなことをしている場合ではなかった。早く帰って、朝比奈のところに行かなければ。
生き残らなければならない。決めたのだから。必ず護ると、決めたのだから。
だから、戦おう。生き残って、元の世界へ帰ろう。
「護るんだ。俺が、朝比奈を」
力を込め、そう呟く。自分自身を鼓舞するために。決意を染み込ませるように。
「やってやる。やってやるよ……!」
綾人は巨人に乗り込む。護るために、戦うことを決意して。

【神名綾人(ラーゼフォン) 
 搭乗機体:アルトロンガンダム(新機動戦士ガンダムW  Endless Waltz)
 現在位置:B-5森林地帯
 パイロット状態:健康
 機体状態:良好
 第一行動方針:帰るために他の参加者を探し、殺す。
 最終行動方針:ゲームに乗る。最後まで生き残り、元の世界へ帰る】

【初日:12:30】


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