116話  「愛を取り戻せ」   ◆ZbL7QonnV.



「……まさか、ここまで辿り着く事の出来る人間が居たとは思いませんでしたの」
 穏やかな微笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした口調で蒼の少女――アルフィミィは言った。
 彼女にとっては突然の招かれざる闖入者である、テンカワ・アキト。
 ともすればルール違反にも受け取られかねない反則技を使って、この異空間に辿り着いた彼に向ける眼差しは、しかし何故か優しかった。
 だが、それは無力な幼子を見下ろす目だ。上の立場から下を見る、絶対的な優位からの視線だった。
「頼む……っ! 第一回目の放送で、確かに“死者を生き返らせる事も可能”だと言ったはずだ!
 ユリカを……ユリカを救ってやってくれ! あいつは、こんな所で無惨に殺されて良い人間じゃないんだ……!
 俺はどうなっても構わない! だからユリカを……!」
 万に一つの望みを託して、アキトは悲痛な叫び声を上げる。
 だが、それに対する少女の答えは、あくまでも無慈悲なものだった。
「それは、出来ませんの」
「な、何故だっ!?」
「一度脱落した参加者を復活させてしまっては、ゲームになりませんの。
 だから、あなたの望みを叶えてあげる事は出来ませんの」
「だがっ!」
「それに、あなたは勘違いしてますの。
 ご褒美を貰えるのは、あくまで殺し合いに勝ち残った最後の一人。でも、まだゲームの参加者は三十人近くも残ってますの。
 もし願いを叶えたいのなら、最後の一人になるまで勝ち残らなくてはダメですの」
「っ…………!」
 ゆっくりと諭されて、ようやくアキトは冷静な思考を取り戻す。
 そうだった。願いを叶える事が出来るのは、この殺し合いで最後まで生き残った一人だけ。それ以外の人間は、全て殺し尽くさなくてはならないのだった。
「でも、あなたの望みは分かりましたの。もしあなたが最後の一人になった時は、ミスマル・ユリカの蘇生を約束いたしますの」
「ほ、本当か……!?」
「嘘は、つきませんの。でも……」
「でも……?」
「そのボロボロの身体で、しかも機体を失ったあなたに、最後の一人になるまで勝ち残る事が、本当に出来ると思っていますの……?」
「っ…………!」
 ……わかって、いた。
 YF−21を失った今、アキトは殆ど無力化されているようなものだった。
 この欠陥を抱えた身体でも戦う事が出来たのは、YF−21の機体特性に拠る所が大きい。
 それ以前に自分の身体が完全であったとしても、機動兵器を用いた殺し合いが行われている状況下で、生身の人間が一体何を出来ると言うのか。
 決まっている。何も出来ずに殺されるだけだ。
 つまり、救えない。
 テンカワ・アキトは、ミスマル・ユリカを救えない。
 火星の後継者を名乗る連中に、人生を狂わされたあの時と全く同じだった。

 ズサッ……!

 絶望に打ちひしがれて、アキトの身体が倒れ込む。
 手に、足に、全く力が入らなかった。
 目の前が暗くなり、耳鳴りさえも聞こえ始める。
 だが、そんなアキトを見下ろす目は、その優しさを損なってはいなかった。
「……いい事を思いつきましたの」
 アルフィミィの視線が、アキトから外された。
 その視線が行き着く先は、キョウスケ・ナンブの愛機、アルトアイゼン。
 彼女自身にも因縁の深いそれを見ながら、アルフィミィは何事かを小声で呟き始めた。
 その呟きに応じる形で、ゆっくりとアルトが底無し沼のような“闇”に呑み込まれていく。
 もっとも、それは僅か数秒の事だった。アルトを一旦呑み込んだ闇は、すぐにアルトを吐き出した。
 ……だが、闇の中から吐き出されたアルトは、その姿を大きく変えていた。
「蒼、い……?」
「こちらの方が、あなたには似合うと思ったですの。
 それに、これなら一度壊れた機体を修復した事もバレませんの。
 きっと、みんな“色違いの機体を支給された人間が居る”と思うはずですの」
 紅から蒼に塗り替えられた、無骨で攻撃的なその機体。傷一つ無く修復されたそれを見て、アルフィミィは満足気な表情を見せていた。
「俺に……?」
「これは取引ですの。首輪の爆破条件を追加する事と引き換えに、あなたにあの機体をプレゼントしてもいいですの」
「首輪の……爆破条件……?」
「はいですの。ボソンジャンプは、このバトルロワイアルを進行させる上で望ましくない力ですの。
 もし、その力を使って会場外に逃げ出されてしまったら、こちらとしても困った事になってしまいますの。
 だから特例として、首輪の爆破条件に“ボソンジャンプの使用”を追加したいと思いますの。
 でも、ペナルティを課すだけでは、ちょっと不公平ですの。だから……」
「……いいだろう。その取引に応じてやる」
 最後まで言わせず、アキトは少女の言葉を遮る。
 そこまで聞けば十分だった。
 十分過ぎる程に、良く分かっていた。
 これが悪魔との取引で、そして自分は悪魔との契約書にサインするしか、他に選択肢など無いのだと。
「聞き分けの良い人は嫌いじゃないですの。それじゃあ、特別にオマケも付けておきますの」
「オマケ……?」
「お薬ですの。これを服用すれば、その身体でも三十分は普通に戦う事が出来ますの。
 でも、副作用として薬の効き目が切れてから約一時間、地獄の苦しみを味わう事になってしまいますの」
「……ずいぶん、用意が良いんだな」
 皮肉気な声で言いながら、アキトは薬を手に取った。白い錠剤状の薬が合計六粒、手の中にある。
「取引成立、ですの。それじゃあ機体に乗り込み次第、ランダムで会場内の何処かに転移するですの」
「……………………」
 少女の弾む声を聞きながら、アキトは嫌悪に表情を歪ませる。
 だが、それが少女に向けられたものなのか、それとも少女との取引に応じた自分に向けられたものなのか、アキト自身にも区別は付かなかった。



(怖かろう……)
 ……ああ、怖い。
 死ぬ事ではない。ユリカを救えず死ぬ事を思うと、なにより怖くてたまらない。

(苦しかろう……)
 ……ああ、苦しい。
 他人を犠牲にした上で生き返っても、ユリカは喜んだりしないだろう。
 もし生き返ったユリカが全ての事実を知って嘆き哀しむ事を思えば、胸が苦しくてたまらない。

(例え鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのだ!)
 ……認めるよ。俺は、弱い。
 だから、こんな道しか選べなかった。そして、今も迷っている。
 正義にはなれず、だけど外道にも徹しきれない、そんな中途半端な奴だよ、俺は。
 だけど、それでも……。
 それでも、俺は……。

「……ユリカ。きっと、俺は地獄に堕ちるだろう。
 だけど……それでも、君には生きていて欲しいんだ……幸せになって欲しいんだ……。
 どうか、俺の事は忘れてくれ……。
 俺が傍に居なくても、君には……」

 その言葉を最後に、アキトの意識は断絶する。
 彼が再び目を覚ます先には、再び訪れる殺し合いの世界。
 だが、一度目と違うのは、アキトの心に冷たい殺意が宿っている事だった。

 ――かくして明日を見失った男は、再び殺戮の世界に舞い戻る。



【テンカワ・アキト 搭乗機体:アルトアイゼン(スーパーロボット大戦IMPACT)
 パイロット状態:マーダー化
 機体状態:カラーリングを蒼に変更されています
 現在位置:不明
 第一行動方針:優勝
 最終行動方針:ユリカを生き返らせる
 備考:首輪の爆破条件に“ボソンジャンプの使用”が追加されました
    謎の薬を六錠所持しています】

【二日目 1:30】


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