127話  「何をもって力と成すのか」  ◆7vhi1CrLM6



 騎士凰牙がJアークに着艦する。107mのJアークに対して28.5mの凰牙、約四分の一の大きさを誇るそれはとても艦内に収まる大きさではなく甲板に係留されこととなった。
 その作業を終えて、一人の男が艦内へと歩を進める。
 ロジャー=スミス――土がつき血に汚れてはいるが、仕立ての良い黒スーツを隙なく着こなすその男を見て、ソシエ=ハイムはどうしたものかと一人考えた。
 考えたことは話し合いについてではなく、礼儀作法について。貴族とは言わないまでも田舎の名士程度には上等な生まれであるソシエは最低限の礼儀は仕込まれてはいる。
 つまり、それなりの身なりをした相手に行儀良くするべきかを迷ったわけである。
 が、生まれのわりに活発過ぎるほど活発なソシエは、窮屈なそれが嫌いであった。それにここには『お行儀がわるいですよ』と口を酸っぱくして注意してくるキエルお姉様もいない。
 そんなわけで、ちょっとした逡巡の後、お行儀良くする気をソシエは失った。
 その間に歩みを進めて来た男は、ブリッジに入ると何気ない所作で周囲を見渡していた。

 ◇

「先ほどの通信でも名乗らせていただいたが、改めて名乗らせていただこう。
 私の名前はロジャー=スミス。ネゴシエイターを生業としている」
「ソシエ=ハイムよ。あっちで寝ているのがキラ=ヤマト」
「トモロだ」

 そんな決まりきった挨拶からロジャーとJアークに寄り集まった者たちの話し合いは始まったが、しょっぱなからロジャーは驚きに身を固くしていた。
 ロジャーはソシエとキラの二人の他には、誰もいないことをロジャーはさっき確認している。にもかかわらず声が不意に響いてきたのだ。
 どちらかというとこれは愉快な出来事ではない。注意は払っていたのだ。自尊心をちょっと傷つけられたという思いも少しあった。
 だから少し棘を含ませて「よければ姿を見せていただけないかな?」と言ったロジャーに対して、トモロは「私ならば君の目の前にいるよ。あるいは中というべきかな」と応じてきた。
 その意外な言葉に思わず狐につままれたような顔になり「中?」と間の抜けた声で返してしまい。ロジャーは二度も話の主導を取られたことを悔しがる羽目となった。

「私はこの戦艦Jアークに搭載された生体コンピューター。Jアークを人間の身体にたとえれば、脊髄と小脳の働きをしているのが私だ」

 ロジャーは小首を傾げたが、直ぐに一つのことに思い当たり、余裕を持った態度を取り戻す。
 何事も驚かされっぱなしというのはどうにも受けに回っているようで落ち着かないものだ。

「なるほど、今私は巨大なアンドロイドのお腹の中にいるというわけか」
「そう解釈してもらって構わない」
「では互いの紹介もすんだところで交渉に移らせていただきたいが――」

 そこで一度言葉を区切り瞼を閉じた。
 瞳の奥に想いを巡らせる。長い一日の間に起きた幾つかの情景が目まぐるしく、しかし鮮やかに過ぎ去る。
 ここで話を持ちかける以上、やはり彼女のことは語らねばなるまい。そんな思いが体のうちから湧き出てきていた。

「リリーナ=ピースクラフト。この殺し合いを望まなかった一人の少女の話を聞いてもらいたい」

 そう言って切り出したロジャーの瞳はどこか寂しげな哀愁の色を浮かべていた。
 話は彼女との出会いから始まる。
 彼女と出会い、誇りを失いかけた自分が何を思い、何を考えたのか。それを赤裸々に自らの心理を語る。
 そして話は彼女の理念と行動を伝え、彼女自身の死を持って閉じられた。
 その最後に『私はここでは彼女の代弁者に過ぎない』と言葉を添える。
 場が静寂に満ちる。誰もが何かを考えこんでいる。そんな静寂の中、ロジャーはソシエ=ハイムの目をじっと見ていた。
 そこには思いがある。
 『返答は?』と無言で自分に問いかけた来たあの切れ長の目。それを意識せずにはいられなかった。
 同時にあれと同じ思いを込めたつもりでロジャーはソシエを見つめていた。

「……あなたの言うことも分かります。だけど」

 静寂はあらぬ方向から静かに破られることとなった。言葉を発したのは一人の少年――いまだ寝ていたと思われたキラ=ヤマト。
 いつの間にか起き上がっていた少年は、一度ロジャーと目を合わせるとスッと逸らしソシエへと視線を向けた。

「キラ、気づいてたの?」
「うん。少し前からね……ソシエ、ムサシさんとテニアは?」

 ソシエは目を伏せ、沈黙を答えにして返す。

「そうか……ロジャーさん、あなたの言いたいことは分かります。
 だけど、想いだけでは足りない。想いだけでも、力だけでも足りないんだ。
 守らないと死んでいく人がいる。あってはならないモノが人に恐怖を与えることがある。
 だったら誰かが力にならなくちゃいけない」

 言葉を発するキラの目に宿るのは悔恨の情。知る者を、大切な人を守ることも出来ずに死なせてしまったという後悔。
 そこに込められた想いを感じ取り、一瞬ロジャーの口は重くなった。しかし、だからといって反論をしないわけにはいかない。

「ならば聞かせてもらう。君の言う力とは武力のことか? それとも暴力のことか?」
「それは……」

 キラの目が泳ぐ。しかし、それも一瞬。直ぐに目の光を強くなり、真っ直ぐにキラが答える。

「武力です。誰かの為に盾になる。誰かの為に犠牲になる。人を守るための力が必要です」

 少年の言葉と態度、その両方にロジャーは人知れず感嘆の溜息を吐いた。
 キラの考えは誤ってはいない。どちらかと言うとリリーナの考えよりも自分の考えに近いと思うことも出来る。
 ネゴシエイションに値しない者には鉄の拳を、それはロジャーの信念でもあった。
 だが、ロジャーは交渉人――ネゴシエイターである。
 つまるところの代理人。彼女の願いを優先するのは仕事でもあり、また志半ばで散っていったものに対する人情でもあった。
 それに力は武力だけではない。そのことを誰よりも知り、また信じているのも彼自身である。

「なるほど君の答えは間違えではないだろう。だが、あくまで間違いではないというだけに過ぎない。
 武力と暴力は紙一重。
 心ない者が持てば武力は暴力に変わる。また心ある者も時に道を踏み外す。それに、力が人の道を踏み外させることも多い」

 そこで言葉を区切ったロジャーは悩む。言うべきか、言わぬべきか。
 出来れば言いたくはない。言えば論戦には勝てるかもしれないが、この少年の心に傷をつくることになる。
 だが言わねばなるまい、とロジャーは胎に力を込める。

「現に、君は一度道を踏み外した」
「どういうことです?」
「前の戦闘。そこで私は仲間を失った。この戦艦と争っていた戦艦ダイに乗っていたのは、まだ二十歳そこそこの女性だ。
 彼女もリリーナ嬢の話を聞いたときに言っていたよ。大切なものを守るために武器を手に取った人達に武器を捨てろとは言えない、と。
 不幸な要素が多々あったことは紛れもない事実だ。だが、君が手にした力は君と同じ想いを抱いたものを討った」

 その言葉にキラはサッと蒼ざめ、うつむくようにして押し黙った。
 結論から言えば、そのことを口走ったのはロジャーの失言であった。
 リリーナは死んだ。ユリカも恐らくは死んでいる。その二人の死を意味のないものにしてはならない。
 そういった想いが、ロジャーの言葉を知らず知らずのうちに固くきついものに変えている。
 語調に責めるような響きが無意識のうちに込められていたのだ。
 最後に諭すように「だが、力は武力だけではない。言葉に力が宿ることもある。私はリリーナ嬢の言葉に動かされここにいる」と付け加えられた言葉は、しかし、キラに跳ね除けられることになる。
 人は攻められると咄嗟に自分を守ろうという本能が働く。それは言葉でも変わらず、心理的に追い込まれたキラは逆に牙をむいた。

「あなたたちはどうなんですか? 武力を行使するべきではないと言いながらあんなものに乗っている。矛盾してるじゃないですか!
 ソシエが砲撃を浴びた。足を折られた。ダイは人々に恐怖を与えるあってはならないものと考えてしまうのは当然でしょ?」
「……っ!」

 一瞬、ロジャーが言葉に詰まる。リリーナの掲げる完全平和主義と自身の行動の矛盾。
 それはロジャー自身が自覚していることでもある。だからこそ彼はここで意固地になった。

「ユリカ嬢が砲撃を加えたのには幾つかの不幸な間違いがある。それを許せとは言わない。
 だが、君達もまたもう少し冷静に対処するべきだったと私は思っている」
「それは互いに言えることです。それに、前半の返答はないんですか?」
「君の言うとおりだ。私自身、武力を保持している。だが、私はそれに頼ってはいない。
 君達の前で機体から降り、交渉に赴くということもしてみせた。
 交渉ごとに武力は必要ない。銃を右手に仲良くしましょうと言われて信じる人はいない」

 そして、熱を孕んだ両者の頭は留まるところを知らずヒートアップしていき、議論が互いの牽制へと姿を変え始めた頃、スパーン、と二度小気味の良い音が鳴った。同時に怒声が飛ぶ。

「二人とも、いい加減にしなさーい!!」

 ロジャーとキラ、二人が振り向くとそこにはどこから取り出したのかハリセン片手に仁王立ちしているソシエの姿があった。
 心なし背後がメラメラと燃えているような気がする。
 やや圧倒されながらも互いに『こいつが悪い』と抗弁しようとした二人を「うるさいっ!」と大声で一括。
 悪さをした兄弟を叱る肝っ玉母ちゃんの図式が瞬く間に出来上がる。とそこへトモロが割って入った。

「小さすぎて内容は定かではないが、外部から微かな声を拾った。どうする?」

 Jアークは戦闘終了後から禁止エリアであるD-4を避けながらも北上を続けていた。
 そして現在、E-3の一方向だけ扇状に欠けた円形とでも言うべきクレーターの上空にいる。
 そのクレーターの内部に粉々に砕けた一つの機体があり、人影はない。

「トモロ、降りてみよう。人が生きているのかもしれない」
「あそこに何か埋めたような後があるわ」
「トモロ、感知した声をこちらに回せるか?」
「可能だ」

 三人が口々に勝手なことを口走り、Jアークが降下を始める。暫くして、艦内に拾った音が流れ始めた。
 弱く小さいながらも微かに何かが耳に届く。高い音域を行き来し旋律するその調べはまるで――

「何これ? 歌みたい」



【キラ・ヤマト 搭乗機体:Jアーク(勇者王ガオガイガー)
 パイロット状態:ジョナサンへの不信
 機体状態:ジェイダーへの変形は可能?各部に損傷多数、EN・弾薬共に30%
        反応弾を所持。
 現在位置:E-3ラクスの墓上空
 第一行動方針:?
 第二行動方針:このゲームに乗っていない人たちを集める
 最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出】
 備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復。】

【ソシエ・ハイム 搭乗機体:無し
 パイロット状況:右足を骨折、気力回復
 機体状況:無し
 現在位置:E-3ラクスの墓上空
 第一行動方針:歌?
 第二行動方針:新しい機体が欲しい
 第三行動方針:仲間を集める
 最終行動方針:主催者を倒す
 備考:右足は応急手当済み】

【ロジャー・スミス 搭乗機体:騎士凰牙(GEAR戦士電童)
 パイロット状態:肋骨数か所骨折、全身に打撲多数 
 機体状態:左腕喪失、右の角喪失、右足にダメージ(タービン回転不可能)
       側面モニターにヒビ、EN70%
 現在位置:E-3ラクスの墓上空(凰牙はJアーク甲板)
 第一行動方針:Jアークと交渉
 第二行動方針:ゲームに乗っていない参加者を集める
 第三行動方針:首輪解除に対して動き始める
 第四行動方針:ノイ・レジセイアの情報を集める
 最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイトに値しない相手は拳で解決、でも出来る限りは平和的に交渉)
 備考1:凰牙は通常の補給ポイントではEN回復不可能。EN回復はヴァルハラのハイパーデンドーデンチでのみ可能
 備考2:念のためハイパーデンドー電池四本(補給二回分)携帯
 備考3:ワイヤーフック内臓の腕時計型通信機を所持】

【二日目4:00】


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