45話  「盤の上で駒は計略を巡らせて」  ◆IA.LhiwF3A


 雄大な大空をも覆わんとする、重厚かつ巨大なマシンが、バーニアを吹かし移動を続けている。
 白と赤、二色の相反するカラーリングによって構成されているその機体の名は、ガドル・ヴァイクラン。
 バルマー帝国の人型機動兵器、ヴァイクランとディバリウムの二機が合体することによって生まれる、俗に言う『スーパーロボット』である。
 しかし、人型とは形容したが、傍目から眺めたその機体の頭部の形状は、むしろ『怪獣』と呼んだ方が相応しいような、凶悪で獰猛な相貌。
 『スーパーロボット』という言葉から連想される、正義を守り悪を打ち砕く偉大なる勇者の片鱗は、その姿形からはまるで見受けられない。
「――間もなくD−3に入るか。周囲の状況はどうなっている?」
 ヴァイクランのパイロットが言う。
「……異常無し。機影なんて欠片も見えやしないよ、兄さん」
 ディバリウムのパイロットがそれに応じる。彼はヴァイクランのパイロットを、兄さん、と呼んだ。
 兄と弟。そう、彼らは共に『カテゴリーF』と呼ばれる特殊能力を保持する、実の兄弟同士。
 合体メカを兄弟で操る――この魅力的にして美味しい現在の状況が、しかし、当の兄弟本人である弟の方にとっては、好ましくなかった。

「……あのさ、兄さん」
「どうした、オルバ。敵を見つけたか?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
 フロスト兄弟の弟――オルバ=フロストは、回線越しに伝わる兄、シャギア=フロストの声――
 ――幾度となく言われた『敵は?』という問いかけに対し、いい加減うんざりして深く溜息を吐いた。
 ヴァイクランとディバリウムの合体が無事に成功してからというものの、シャギアは事あるごとに、「オルバよ、敵の反応はあるか?」
 「静かだな、オルバよ」「オルバよ、いいか、1,2,3のタイミングだ。喉を震わせ声を絞り出せ。それが勝利に繋がる、分かるな?」
 ――最後に至ってはキャラが波状を起こしているような気がするが、とにかく戦闘のことばかり考えているのだ。当然、このガドル・ヴァイクランでの。
 オルバの懸念というのは、ガドル・ヴァイクランの放つことが出来る唯一の武装についてのことであった。
 先刻、こっ恥ずかしい台詞を叫んだ末にどうにかこうにか合体までは終えることが出来たが、このガドル・ヴァイクランにはもう一つの問題点がある。
 この世界に呼び寄せられた際に頭のネジが一本か二本ほど外れたのか、やたらとテンションが最高にハイな感じになっているシャギアはともかく、
 もう一度あの『ガドル・ヴァイクラン!』と叫んだときのような羞恥心を味わうのは、オルバとしては真っ平御免であった。

 しかしまあ、今のシャギアにはその事をいくら抗議しても聞き入れてもらえないような気がしたので、オルバは別の問題を話題に挙げることにした。
「――敵を減らさなきゃいけないのはいいよ。けど、このゲームで生き残れるのは一人だけだっていうルールは、ちゃんと頭に入ってるんだろうね?
 そのために、首輪を解除出来るような、技術のある奴を見つけて利用する。僕達はそれも一緒にこなさなくちゃならないんだ」
「分かっているさ。そのために今こうして飛んでいるのだろう?」
「いや、だからさ。適当に飛び回って手当たり次第っていうよりは、何処か目的地でも決めて動いた方がいいと思うんだけど。
 ……第一、今兄さんが探してるのって絶対――」
「待て、オルバよ。モニターを見ろ」
「兄さん! ちょっとは僕の話も――ん?」
「――他の参加者か。どうやら、支給される機体というのは実に区々のようだな」
 そう言うシャギアの表情は、何やら不満気であるようにオルバには映った。
 ――まあ、この子達相手に『アレ』を使う訳にもいかないだろうしね。
 モニターに映っているのは、各自様々な機体が支給される筈のこのゲームにおいては異端であろう、生身でこちらを眺めている一人の少女と――
 ――その隣で、彼女に連れ添い立っている、人間と比べれば大柄の、青い装甲に包まれたロボットだった。




「ブレンともグランチャーとも、君とも違うみたい……そっか。飛行機とかと同じで、人を乗せて飛んでるだけなんだ」
「ラーサー」
 大型のマシンは彼女達の頭上で静止しており、降り注いでくる筈の太陽光は遮断され、地表には大きな影が築かれている。
 それを見上げている少女――宇都宮比瑪は、目の前を浮遊し己の視界を埋め尽くしているその機体に対し、
 言い様のない嫌悪を感じて、半ば怯えるように隣で佇む青いロボット――機動兵ペガスへと寄り添った。
 ――暖かいとか、冷たいとか、そんなのがなんにもない。これって、ただの『力』なんだ。壊したり、殺したり。
 そういうことだけに使われるものを人に持たせるのって、何でさ? わかんないよ。ノイ=レジセイアさん――
『――そこの君、聞こえるか? 我らはこのゲームから脱出するための手段を探している。行動を共にする気はないか?』
 機体の外部スピーカーから放たれた声によって、比瑪ははっと我に返った。数瞬遅れて、相手の発した言葉の意味を理解する。
 脱出する。このゲームには、乗らない。目の前の機体のパイロットは、これだけの大きな力を持ちながら、戦うための力に使う気はないということだ。

 ――ああ、そうなんだ。そうだよね。『力』だって、結局は使う人の気持ち次第でどうにでもなるんだ。
 何となく、嬉しくなった。それは独りよがりな確信かもしれないが、在り来たりな言葉で表してみれば、『やっぱり人は、分かり合えるのだ』――と。




『――どういうつもりだい、兄さん?』
 オルバには、少女を仲間に誘った兄の意図がまるで読めなかった。通信回線がそのままなので、カテゴリーFの共感能力を持ってシャギアへと問いかける。
 相手は同じゲームの参加者で、どう見たって首輪の解析能力を持っているとか、そういった利用するメリットを持っている人間には見えない。
 おまけに支給された機体のサイズもこちら側とは段違い、いや、このサイズではもはや機体とすら呼べない。第一人が乗り込んでいないのだ。
 今自分たちの目の前にいるのは、無防備な姿を晒している一人の少女と、機械仕掛けで稼動している、本来の意味での『ロボット』が一体。それだけだ。
 機体を降ろし、ただ踏み潰すだけで事は終わる。それを何故――
 通信回線上に映し出されている、ヴァイクランのコックピットの中にいるシャギアが、芝居がかった動作でふっと笑みを浮かべ、それから応えた。
『彼女は言わば、技術者を引き入れるための『保険』だ。オルバよ』
『――『保険?』』
『お前の思っている通りだ。ルールに則り参加者達を始末するだけなら、あの少女の存在は我らにとって負担でしかない。
 戦力としても当てには出来んのだからな。だが、仮にお前と同じ思考へと技術者が思い至れば、技術者は我らに彼女を始末する気などなく、
 崇高な『脱出』という旗の下に手を組んだ同士だと、そう思い込んでくれるという訳だ。そうなれば、事は我らにとって有利に運ぶ』
『へぇ……』
 この世界に飛ばされて以来、若干地に堕ち掛けていた兄の威光が、流暢に語られたその企みによって輝きを取り戻したように思えた。
 いやホントに、ほんの数刻前まで『数価変換、ゲマトリア修正……受けろ! ベリア・レディファァァー!!』などと叫んでいた男とはえらい違いだ。
『第一、嘘も言っていないしな』
『嘘?』
『『我ら』はこのゲームから脱出するための手段を探している。我らは――そう、最後に笑うのは、我ら兄弟だ。その事実に代わりは無い。
 技術者もこの少女も全て、我らが利用するための『駒』でしかないということだ』
 この世界にまで持ち込めていたのか、シャギアが愛用のナイト――馬を象ったチェスの駒を取り出して、眼前へと高々と掲げるその姿を、
 オルバは苦笑交じりに眺めていた。まったく、何だかんだ言って何処までも計算尽くされているということか。




 だがその時、彼らのいるD−3空域にはもう一つ、この殺戮劇においても屈指の質量を誇る機体――否。『船』が存在していた。
 人為的に創られた『箱庭』とはいえ、大気圏内に属するこの世界においては、その膨大なエネルギーを完全に活かすことは出来ないが、
 相転移エンジンと呼ばれる、火星のオーバーテクノロジーによって浮上したその機動戦艦の名は、ナデシコ。
 そして、ナデシコのメインブリッジの中、搭載されたメインコンピュータと協力してそれを飛ばしている、一人の『勇敢』なる青年の名は――


「――やいやい、そんな悪そうなマシンに乗って女の子をいたぶろうなんざ、この兜甲児様が許さねぇぞ!!」

 ――といった。




 突如割り込んできた通信に顔を上げ、前方のモニターへと視線を向けてみれば、そこには自分達の機体と同じ、白と赤で構成された一隻の戦艦。
 ――巨大戦艦だって? このゲームにはそんなものまで支給されていたのか……。
 ガドル・ヴァイクランよりも、更に二回りは大きいその空飛ぶ方舟を眺めて、オルバは少なからず驚嘆した。メカの選出に節操が無いというか何というか。
 それはさておいて、次から次へとよくもまあ現れるものだ。人間サイズから一気に巨大戦艦。見下ろす側から見上げる側へ。さて、次はどう出たものか――
『ほう……戦艦か。これはいい』
 再び届いてきたシャギアの思念は、先刻と同じ歓迎の言葉だった。またも何か考えがあってのことなのだろう、素直に問いかける。
『今度は何故だい? 兄さん』
『彼が保持しているのは、MSや我らのヴァイクラン、ディバリウムのような人型機動兵器とは違う。それらをまとめて収容することが出来る『戦艦』だ。
 このゲームにおいて、その存在は徒党を組む者にとっての拠点であり、シンボルになり得る。
 これから我らは、主催者打倒という希望に縋り、ノアの方舟へと乗り込んだ革命軍ということになるのだよ』
『あれへ着艦を求めるつもりかい? そんな簡単に受け入れてもらえるかな』
『そこであの少女を使えばいい。元々彼は、彼女を庇うために飛び出してきたようだ。その彼女を連れて仲間になりたいと申し出れば、断ることもあるまい』
『なるほどね――』
 大したものだ――先程の計略が、既にここで活きている。このような事態が起こることも、想定の範囲内だったというのだろうか。
 実際問題、通信での台詞を聞く限り、あの戦艦の艦長は然程知恵の回る相手ではないようだ。幾らでも言い包めることは可能であろう。
 この駆け引き、既に詰んでいる。
『さて……そうと決まれば、まずはこの誤解を解くとしよう。オルバよ、このゲームはまだ始まったばかりだぞ』
『分かっているよ、兄さん。――兄さんにとっては、この殺し合いも本当の意味での『ゲーム』ってところなのかな?』
『フッ。――そうかもしれんな』
 口の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる兄の姿が、今のオルバは素直に頼もしいと思えた。




『――そうとも。少女と戦艦を蹴散らすだけで仕舞いなど、私のヴァイクランの初陣には相応しくないのだからな……』

 最後に聞こえてきた呟きというか、思念の中から強烈に湧いて出てきた願望については、もはや何も言うまい。


【シャギア=フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第3次スーパーロボット大戦〜終焉の銀河へ〜)
 パイロット状況:良好
 機体状況:良好
 現在位置:D-3
 第1行動方針:比瑪を利用して甲児の誤解を解き、ナデシコへと着艦する
 第2行動方針:意に添わない人間の排除
 第3行動方針:首輪の解析及び解除
 最終行動方針:オルバと共に生き残る(自分達以外はどうなろうと知った事ではない)
 備考:ガドル・ヴァイクランに合体可能(かなりノリノリ)】

【オルバ=フロスト 搭乗機体:ディバリウム(第3次スーパーロボット大戦〜終焉の銀河へ〜)
 パイロット状況:良好
 機体状況:良好
 現在位置:D-3
 第1行動方針:比瑪を利用して甲児の誤解を解き、ナデシコへと着艦する
 第2行動方針:意に添わない人間の排除
 第3行動方針:首輪の解析及び解除
 最終行動方針:シャギアと共に生き残る(自分達以外はどうなろうと知った事ではない)
 備考:ガドル・ヴァイクランに合体可能(かなり恥ずかしい)】

【宇都宮 比瑪 搭乗機体:ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
 パイロット状況:良好
 機体状況:良好
 現在位置:D-3
 第1行動方針:シャギア、オルバと共に甲児の誤解を解く
 第2行動方針:依衣子(クインシィ・イッサー)を探す
 最終行動方針:主催者と話し合う】

【兜甲児 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
 パイロット状況:良好、少し興奮気味
 機体状況:良好
 現在位置:D-3
 第1行動方針:比瑪をフロスト兄弟から救う……つもりだが、何やら状況がおかしい?
 第2行動方針:ゲームを止める為に仲間を集める。
 最終行動方針:アインスト達を倒す】

【初日 15:00】


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