72話 「遥か高くに翼は舞い」 ◆ZbL7QonnV.
「おい、サイバスターのパイロット! 聞こえるか!? 俺はマサキ、マサキ・アンドー!
サイバスターの正式な乗り手だ!」
「ほう……?」
こちらに近付いて来る黄金の機体より入って来た通信の内容。それを聞いて、ブンドルは思わず声を上げていた。
サイバスター。自分の知っている科学技術とは全く異なる理論の元に造り出された、魔装機神と呼ばれるこの機体。
その正式な乗り手を自称する少年に、ブンドルは興味を憶えずにはいられなかった。
「名乗られたからには、名乗り返すのが礼儀と言うものだろうな。
私の名はレオナルド・メディチ・ブンドル。君達と同じく、この悪趣味なゲームに巻き込まれた人間だ。
それで、その正式な乗り手が、私に何の用かな?」
一輪の赤い薔薇を口元に寄せながら、マサキと名乗った少年の通信に応じる。
「ば、薔薇の花?」
「なーんか、ジノを思い出させる奴だニャ……」
薔薇と百合の違いはあれど、その口元に花を運ぶ仕草が、ラ・ギアスでの知人――
バゴニアの国境警備隊長、ジノ・バレンシアを思い出されて、シロは思わず口を開いていた。
「ほう……喋る猫、とは珍しい。察する所、それがファミリアと言うものか」
サイバスターの現在使用不可能な武装、ハイ・ファミリア。その武装から知った、使い魔と呼ばれる生き物の存在。
なるほど、この少年がサイバスターと縁を持つ人間である事は、どうやら間違いは無いようだ。
だが、疑い出せばキリが無い事もまた確かではある。
サイバスターの名前を知り、ファミリアを連れている。その条件を持つ人間全てが、サイバスターの乗り手だとは限らない。
まあもっとも、その可能性は低いだろうと、ブンドルは判断を下していた。
(謀略の類が出来る人間には見えんからな……)
世界経済を裏から牛耳る超巨大多国籍企業ドクーガにおいて、何の後ろ盾も無しに情報長官の地位まで上り詰めたブンドルである。
他人を評価する目に関しては、それなりの自負を持っていた。
このマサキという少年、嘘を吐ける人間ではあるまい。
「それで、マサキ……と言ったか。私に何の用向きかね?」
余裕の態度を崩さずに、ブンドルは通信機に話し掛ける。
無論、離れた場所から此方の様子を窺っている、彼の仲間らしき機体に対する警戒は解かない。
「……率直に聞く。アンタ、このゲームに乗る気はあるのか!?」
まるで叩き付けるかのような、激しい詰問の声だった。
成る程、と思う。サイバスターの戦闘能力を知る人間であれば、これがどのような人間の手に渡ったのかを気にするはずだ。
「ふむ……そうだと言ったら、君はどうするつもりかね?」
「っ……! だとしたら……アンタを野放しにしておくわけにはいかねぇ!
俺には魔装機神の操者として、そいつを悪人の手に渡しちゃおけねえんだ!」
ビームライフルを構える百式。
だが、そのトリガーが引かれる前に、ブンドルは苦笑と共に言う。
「落ち着きたまえ、少年。早合点は美しくない……。
この悪趣味な催し事に乗せられて殺し合いを始める気など、私は元より持ち合わせてはいない」
「っ…………!」
「君の言い分は理解した。だが、悪人……か。難儀な物だな……」
レオナルド・メディチ・ブンドルは悪人である。
無意味な殺戮こそ望むものではなかったが、しかるべき理由さえあるのならば他人を犠牲にする事が出来る。
実際の話、企業利益の為に他者を害した事など、片手の指では数え切れないほどである。
そんな自分が善人を名乗るなど、おこがましいにも程があると言うものだ。
「……アンタがゲームに乗る気が無いってんなら、どうしても頼みたい事がある。
そのサイバスターを、俺に返してくれないか?」
レオナルド・メディチ・ブンドルと名乗った金髪の青年に対して、マサキはあまり良い印象を持ってはいなかった。
もったいぶったような話し方や、決して余裕を絶やさない態度。それらがどことなく、自らの宿敵を思い出させたからである。
(なんっか、どことなくシュウの野郎に雰囲気が似てるんだよな……)
まあもっとも、声だけを聞くならば、むしろゼクスの方が似ているのだが――
そんな事を頭の片隅で考えながら、マサキはブンドルに頼み込む。
サイバスターの力さえあれば、自分は本来の力を発揮する事が出来るようになる。
この百式とて、決して悪い機体ではない。高位精霊と契約を交わした魔装機ほどではないにせよ、B級魔装機程度の戦闘力を見込む事は出来るはずだ。
だが、それでは足りないのだ。
たとえばサイバスターが参加者に支給されたように、他にも強力な機体を支給された参加者は居るはずだ。
もしイスマイルやガッツォーのような規格外の機体を支給された参加者が居たならば、今の戦力では太刀打ち出来まい。
実際、自分達と合流する以前にゼクスとカミーユが交戦していた機体は、魔装機神と同等以上の戦闘力を持っているようだった。
だが、あのサイバスターに自分が乗り込みさえすれば、状況は確実に一転する。
防御力に特化したカミーユのメリクリウス、あらゆる状況に対応する柔軟性を持ったゼクスのメディウスと組んで戦えば、並大抵の敵に後れを取る事は無くなるはずだ。
あのブンドルと言う青年にも百式に乗り同行してもらえるならば、体勢は磐石の物になるだろう。
だが――
「……少年。君の気持ちも分からなくはないが、それは出来かねる話だな」
「なっ……!」
「私には、やらなければならない事があるのでな。サイバスターの機動力を手放す訳にはいかないのだ」
……虫の良い話だとは思っていた。
強力な機体を所持する事は、そのまま自身の安全にも繋がる。
サイバスターほどの強力な機体を手放したがる人間は、この状況ではまず居まい。
「だがっ……そいつに乗ってるんだったら、アンタだって分かるはずだ!
サイバスターは精霊が認めた人間でなければ、真の力を発揮する事は出来ねぇ!
いや、それだけじゃねえ。こいつらが居なけりゃ、ハイ・ファミリアだって使えないはずだ!」
「確かに、な。君の言う通り、私ではサイバスターの力を完全に出し切る事は出来ないようだ。
……いや、むしろサイバスターが本来の力を出す事は出来ないと言うべきか。
あの醜悪な怪物の仕業だろうが、どうも精霊の意思とやらが抑え込まれているらしい。
まあ、そのおかげで本来魔装機神を操縦する資格の無い人間でも、サイバスターに乗る事が出来るようになっているようだが……」
ブンドルの分析は当たっていた。
サイバスターに宿った精霊の意思は、現在休眠状態にある。
基本的に定められた乗り手以外を認めない魔装機神を、あらゆる参加者に扱わせる為の処置であろう。
機体を普通に動かす分には、現在の状態でも問題は無い。
だが、その真なる力――精霊憑依を行う事は不可能だろうが。
「……ブンドル、と言ったな。私の名はゼクス・マーキス、マサキの仲間だ。
君は“やらなければならない事がある”と言っていたが、いったい何をするつもりなのだ?」
やはりマサキに交渉を任せておくのは無理だと思ったか、ゼクスがブンドルとの通信に割り込みを入れる。
「おい、まだ話は終わっちゃ……!」
「落ち着くニャ、マサキ。そんなに頭に血を上らせてたら、交渉なんて上手くいくはずがないニャ」
「そうそう。ここはゼクスさんに任せた方がいいに決まってるニャ」
「くっ……」
「ふむ……ならばその質問に答える前に、私からも質問させてもらおう。
君たちは、どうするつもりなのだ?」
「……まずは仲間を集め、このゲームに乗った連中と渡り合う為の戦力を得るべきだと思っている」
「成る程、な……」
ゼクスの答えに、ブンドルは頷く。
予想内の答えだ。大きな脅威に対抗する為、手を取り合って助け合う。
このような状況に置かれた人間としては、当然の様に行き着く答えだろう。
だが――
それでは、足りない。
「私の目的は、情報の収集だ」
このゲームに乗った参加者と、主催者に対する反抗を目論んでいる参加者の見極め。
大雑把な地図だけでは分からない、ゲーム会場の詳細な地形。
そして首輪の解析を可能とする頭脳の持ち主と、解析作業を行える設備の確保。
ジッター博士のような専門の科学者ほどではないが、ブンドルも自身も高度な科学知識を持っている。
たとえ自分の知識では解析を行う事が無理であったとしても、解析に使える設備を見繕う程度の事ならば問題無い。
その為にも必要なのが、サイバスターの機動力である。
この広大な会場内を隈無く調べ上げるには、移動手段の確保は不可欠と言えよう。
凄まじいまでの移動速度と飛行能力、そして高い戦闘力を併せ持ったサイバスターは、どうあっても手放す訳にはいかなかった。
「情報、か……」
「そうだ。色々と、知っておかなければならない事が多いようなのでな。
もし良ければで構わない。お互いの持っている情報を交換したいと思うのだが、どうかな?」
「……良かろう、断る理由は無い」
とはいえ、お互いに教える事の出来る情報は多くない。
これまでに出会った参加者の事と、このゲームに巻き込まれている知り合いの事。
そして自分達が全く異なる世界から招き入れられ、この殺し合いに参加させられているらしい事。
共有出来る情報と言えば、その程度である。
だが、その価値は決して低くないだろう。
ゼクス、カミーユ、カズイの三人は、このゲームに巻き込まれた参加者の中に、少なく無い数の知人を持っている。
その情報を得られるだけでも、情報交換を行う価値はあると言うものだ。
……無論、彼等の話を全て鵜呑みにする訳ではない。
自分の目と耳で実際に確かめるまでは、情報の確実性を保障する事は出来ないからだ。
「……成る程、良く分かった」
知り得ておくべき事の全てを聞き終えて、ブンドルはサイバスターをサイバード形態に変化させる。
このゲーム、時間が経つほど状況は悪化する。いつまでも同じ箇所に留まり続け、時間を浪費する訳にはいかなかった。
「そろそろ私は行かせてもらおう。縁があれば、また会う事もあるやもしれんな……」
もはや用は済んだとばかりに、サイバードは空高くに飛び上がる。
そして――
「……行ってしまいましたね」
「ああ……」
「良かったんですか?」
「仕方あるまい。この会場内を飛び回って情報を集めると言うならば、機動力に劣る我々と行動を共にする訳にはいかんだろうからな。
あのブンドルという男が殺し合いに乗っていない事が分かっただけでも、今は良しとせねばなるまい」
凄まじい速度で飛行するサイバードの姿を見送りながら、ゼクスとカミーユは安堵の表情を浮かべていた。
マサキの言葉が確かなら、サイバスターの戦闘力は疑うまでもない。もし戦いになったとしたら、犠牲者の一人が出てもおかしくはなかったであろう。
特に、エネルギーの残量が残り少ないメリクリウスは危険だ。
「それより、取り急ぎ補給地点に向かうとしよう。もし今の状態で敵に襲われたら堪らんからな」
「ええ」
気を取り直し、メディウスとメリクリウスは補給地点に向けての移動を再開しようとする。
だが……。
「……悪い、みんな。俺は、あいつを追わせてもらう」
「マサキ……?」
「な、なに言ってるニャ、マサキ!?」
「この世界にサイバスターがあるんなら、俺はその行く末を見届けておかなくちゃならない義務があるんだ!」
「待て、マサキ! 今から追い駆けたとしても、百式では……!」
「行くぜ、シロ! クロ!」
「マサキ!!」
もう豆粒ほどの大きさになったサイバードを追って、百式は止める間も無く走り出す。
「ゼクスさん、どうします!?」
「くっ……! 止むを得ん! カミーユ、まずは全速力で補給地点に向かうぞ!
マサキを追うのは補給が済んでからだ!」
メディウス単機で百式を追い駆け、マサキを連れ戻すと言う考えもあった。
だが、そうしてしまうと、カミーユの身が危ぶまれる。
まだ戦う力を十分に残している百式と違って、メリクリウスは非常に厳しい。
もし単独の状況で敵に襲われてしまったら、確実に堕とされてしまうだろう。
マサキがサイバスターを追うと言うのならば、サイバスターの飛び立った方向を記憶しておけば、百式を追う事は難しくないはず。
いくら方向音痴だとはいえ、真っ直ぐに飛び立った相手を追っているのだ。普通に考えて、道に迷う事は無いだろう。
そう、普通に考えるならば。
「マサキ……無事でいろよ……!」
そしてメディウスとメリクリウスは、百式とは別の方向に走り出す。
補給が済み次第、マサキを追い駆け連れ戻すつもりで。
……だが、彼等は知らなかった。
マサキ・アンドーが人知を超える方向音痴であった事を。
【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
パイロット状態:良好
機体状態:サイバード状態、ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能
現在位置:D-5
第一行動方針:情報の収集
第二行動方針:首輪の解析
最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ】
【マサキ・アンドー 搭乗機体:百式(機動戦士Ζガンダム)
パイロット状況:良好、シロとクロも健康
機体状況:良好
現在位置:D-5
第一行動方針:サイバスターを追う
第二行動方針:サイバスターを邪悪な者には渡さない
第三行動方針:味方を集める
最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊】
【ゼクス・マーキス 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
パイロット状況:良好、マサキを心配
機体状況:良好
現在位置:D-5北西部
第一行動方針:D−4の補給ポイントに向かう
第二行動方針:マサキの捜索
第三行動方針:味方を集める
最終行動方針:ゲームからの脱出、またはゲームの破壊】
【カズイ・バスカーク 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
パイロット状況:良好、不安
機体状況:良好
現在位置:D-5北西部
第一行動方針:ゼクス達についていく
第二行動方針:AI1を完成させる
最終行動方針:ゲームからの脱出または優勝またはゲームの破壊】
【カミーユ・ビダン 搭乗機体:メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
パイロット状況:良好、マサキを心配
機体状況:EN残量少
現在位置:D-5北西部
第一行動方針:D−4の補給ポイントに向かう
第二行動方針:マサキの捜索
第三行動方針:味方を集める
最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊】
【初日 16:45】
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