『テニア!無事だったの!!』

通信機から喜びに溢れた声が流れてくる。

会いたくなかった――
できることなら会いたくはなかった――
なのに――

しかし、その思いは現実に裏切られ目の前には喜色を隠そうともしない黒髪の少女が映し出されている。
それに対して赤髪の少女の内心は複雑だ。
こうして生きて再び会えたことは素直にうれしい。見知った顔に会えたという安堵もある。
だけど――

『よかった……。本当に…無事で…』

会ってしまったからにはいつか自分は彼女を殺さなければならないのだ――
ずっといっしょだった――
姉妹同然、姉同然ともいえる彼女をこの手で――

「カティアこそ……」

どうにか返したものの彼女の心は曇ったままだった。



74話  「堕ちた少女」  ◆ZimMbzaYeY



白い巨人が大地を駆け、その上空を別の巨人と一つの機影が続いていった。
三機はひとまず落ち着いて話し合える場所を探して互いが出会ったE-6を離れ、やがてD-6の岩山に降り立ち、一通り周囲の索敵を行ってからその姿を隠した。
他の二機に先立ってRX-78-2ガンダムから降りていたムサシはコックピットの開かれる音に振り向き、そこから降りてくる少女を見ていた。
黒髪のショートカット、意思の強そうな瞳、外見的にはテニアよりもわずかばかり上だろうか?芯の強そうな娘だった。
「カティア・グリニャールです。はじめまして」
「巴武蔵だ……じゃない、巴武蔵です。グリニャールさん、はじめまして」
若干どぎまぎして答えた様子のムサシを見てカティアはクスリと笑った。
「カティアでいいですよ。それに普段どおりのしゃべり方で」
「いや、何か年上のような気がして……。テニアのほうはそんな感じは受けないんだけどな」
とムサシがぼやいた。
「それでテニアのほうは」と声をかけかけたときハッチが開いて当の本人が降りてくる姿が見えた。
その表情はどこか冴えない。そういえばさっきもそうだったような気がする。
何かあったのだろうか?
「テニア!」
「カティア!」
テニアの表情はカティアを見つけると喜色に彩られ、こちらに駆けてくる。
そして、その顔色はすぐに泣き顔へと変わった。
「カティア……メルアが!メルアが……」
続きは声ならなず嗚咽に取って代わられる。その様子にカティアも顔色を失う。
テニアの肩を掴み、揺さぶり、激しく問いかける。
「テニア、メルアがどしたの?ねぇ?答えて!メルアは?」
が、やはり言葉にならない嗚咽が返ってくるだけだった。
それでもなお強く問い詰めようとして、カティアはムサシに止められた。
「彼女の連れは……」
「待って……私が…話す…」
そして、テニアの代わりに答えようとしたムサシをさえぎり、ようやくテニアはメルアの死を語り始めた。
何が起こってメルアが死ぬことになったのかはムサシも知らなかったようだ。おそらくそれを自分がテニアに聞くのは酷なようで憚られたのだろう。
「そう……。でもテニアが無事でよかった…」

パンッ!

乾いた音が鳴った。一瞬、カティアは何が起こったのかわからなかったが、右の頬が熱かった。ムサシはオロオロしてる……。
それでようやく自分はテニアにぶたれたのだということを理解する。
「無事で……無事でよかったって、何よ!メルアが…メルアが死んだんだよ!!」
「それでもテニアが無事で…」
「やめて!」
涙にぬれた双眸がカティアを睨みつける。
「私は自分が無事でよかったなんて一つも思ってない!思えるはずもない!!カティアはメルアが死んで、でも私が無事でよかったって言うけどそんなわけない!!!」
「違う!私はそんな意味でいったんじゃ…」
「違わない!あんたが言ったのはそういう意味だ!!何が違う!?だいたいあんたはいつもそうだ。いつも真面目で、正論ばっかで、無難に取りまとめようとする。そんなあんたなんかに」

パンッ!

再び乾いた音が響く。頬を打たれたテニアは向き直り、なおもカティアを睨みつける。
「本当に…本当にそう思っているの?私が…メルアが死んでそれでいいって思っている。そう見えるの?それでも私にはあなたが無事でよかったって言うしかないじゃない!」
怒りからか悲しみからかカティアの肩は震えていた。
テニアの瞳から力が失われていくのが見て取れ、「ごめん」と呟くとふたたびテニアはその場に泣き崩れる。
そのテニアをいたわるように軽くなでててからカティアはムサシを促して少し離れていった。


カティアはテニアを残して、ムサシと話を再開した。テニアとの遭遇の話を聞き、彼は私に出会えてよかったと言った。テニアにはきっと必要だからと。
そして、最後に「すまない」とメルアの死に対して謝ってくれた。実際にはメルアが死んだのはテニアとムサシが出会う前、彼に何の落ち度もあるはずはなかった。
そのことはムサシ自身も重々承知だろう。それでもテニアの様子をみると謝らずにはいられなかったのだろうか……。
気丈にも最後まで目に涙を浮かべることなく話を聞き終えた黒髪の少女は、その言葉に深く頭をたれる。
そして、彼女は自分のあらましを話しだした。話せることはあまり多くなかったけど、それでも全てを話した。全てを話すことがムサシの誠意に答える唯一の方法だった。
だから、自分達三人のこと、統夜のこと、ここに飛ばされるまでの経緯、犠牲者となった一人の少女のこと、包み隠さずに全てを話し終えて彼女はぽつりと
「しばらく、テニアと二人だけにしてもらえませんか?」
と口にした。よく見ると顔色が悪い。
気丈に振舞っているように見えても、そこには到底隠し切ることのできない深い悲しみと疲労の色が見え隠れしていた。
黙ってうなずくとムサシはその場を離れ機体に戻る。
一通り大泣きして落ち着いたテニアがカティアに寄り添っていく気配を背後に感じた。
本当はメルアの死を聞いたときから泣きたくて仕方なかったのだろう。それでも今まで耐えていた。その堰がきれ涙が溢れカティアは泣き伏している。
その声を聞き続けるのは辛く、沈痛な面持ちで一人ムサシは周囲の警戒の為に機体を動かし、一言だけ「五時半には戻る」と言い残して、二人から離れた。


たたずむ二体の巨人の足元で、泣きつかれて眠る黒髪の少女を赤髪の少女は見ていた。
黒髪の女の子の名前はカティア・グリニャール、赤髪のほうはフェステニア・ミューズといった。
この二人に故メルア=メルナ=メイアを加えた三人は古い記憶がない。実験体として育ったことに少なからず関係があるのだろう。
ともかく、三人は記憶がなく、記憶に残るかぎりはいつもいっしょだった。
必然として三人の関係は姉妹のようになり、沈着冷静で大人びたカティアを長女とすると次女はお転婆娘のテニア、末子は温和で温厚なメルアといったところだった。
たまにカティアと私は衝突することもあったけどいつもメルアが慌てて止めに入ってきた。
そんな間柄だった。今思えばすごく暖かい場所だった。

「……ごめん」

そんなカティアを私はこれから殺さなくてはならない。
私を信じきっているカティアは寝ている。ムサシは見張りにたってしばらくは戻ってこない。
こんな好機はそうあるものではないのだ。

「でも…カティアが悪いのよ。私から…」

統夜を奪ったから――
だから…殺す――

それは本心ではあっただろうがその一部に過ぎず。その一部を強引に膨らませようと彼女は努力する。
そして、突き動かされるように補給された食料の入っている袋の紐を外し、カティアの首もとのジッパーを開け、その首に紐をかけた。
機体は使えない。機体が動くと周囲の警戒にあたっているムサシにばれるだろう。だからあえて絞殺を選んだ。
あとはその手に力を込めるだけだった。

こいつは私から統夜を奪った――
だから、憎い――
だから殺す―――
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す………―――



―――無理だ。殺せるわけがない――
ずっといっしょだったんだ――
この顔がいつでも私たちを見ていてくれたんだ――


――止めよう


いつか自分が手にかけずとも彼女が死んでくれることを願いつつ、テニアは殺害を断念する。
「……テニア?」
しかし、運命は彼女を裏切った。

見つかった――
見られてしまった――
もう……引き返せない――

それはおそらく小さい子供が悪戯やちょっとした失敗を親から隠すような、いい大人が自分の非が人目につくのが怖くてとっさに遠ざけるような、そういった衝動だった。
そして、彼女がかつて戦争の中にいたこと、自分の意思で人を一人殺したこと、そういったものが心の箍をはずしていたのも一役かっていたのかもしれない。
ともかく、不意に声をかけられて怯えたテニアはそういった衝動に駆られ、握り締めた紐に力を込めたのだ。


人の気配に重い瞼をあげると、そこにテニアを見た気がした。
ぼんやりした意識の中で付き添ってくれていたらしい少女に声をかけて、唐突に息苦しさを覚える。
カティアは顔をしかめて耐えようとしたが、すぐにそれは耐えようのない苦しみに変わった。息ができないのだ。
反射的に手が首にかけられた何かに触れる。
異質な何かがそこにあり、それが今自分を苦しめていると直感的に感じた。必死になってそれを取り除こうとする。
しかし、それは掴もうにも首に食い込んでうまく指がかからない。
彼女は見開いた目で目の前の少女に助けをもとめた。

テニア、テニア、助けて!
苦しいの。息ができないのよ。
首に、首に何か巻きついてるの…
お願い、お願いだからこれをとってよ!!

しかし、その助けは言葉にならず口が虚しく動いただけに留まった。それでも彼女は必死に目で目の前の少女に訴え続ける。
指はどうにか縄を捉えようとあがき首の皮を引き裂く。
視界の先で赤毛の少女も涙を流し顔はぐしゃぐしゃに崩れていた。
不意に少女と目が合い、慌てて目の前の彼女は俯き目をそむけた。
その動作にカティアは全てを理解した。

何故?どうしてあなたが?
姉妹同然に育ってきた。お転婆な妹のように思ってた。
今までずっと一緒だった。
メルアが殺されたと言って心の底から泣いていた。
そんなあなたが……どうして?

カティアの顔は絶望に染まり、疑問が胸を突いてくる。涙で視界が滲んだ。
その滲んだ視界さえも徐々に、しかし確実に狭まっていく。
口から泡が吹きで、陸にうちあげられた魚同然に口が意味もなく動き、酸素を欲する。
指はなおも首を掻き毟り続け、傷の上に傷をつけ、鮮血は指を伝って滴り落ちる。
やがて視界は完全に閉ざされ、他の五感も後に続いてぼやけていった。
激しい苦痛の中、最後に残った聴覚で彼女は涙にかすれたテニアの声を聞いた気がした。

「ごめん…なさい……」

そう。あなたは怖かったのね――
自分が道を踏み外していることが――
そのことがばれることが――

既に意識と共に薄れ始めた苦痛の中、見えなくなった目でテニアを見つめ、手を伸ばし彼女の頭をなでた。
テニアが脅えたように震えた様子が淡い感覚の中で奇跡的に伝わってきた。

だったら私にできることは一つしかない――
三人の長女役として生きてきた私があなたに最後にしてあげられるのは――

泡のついた口元が優しく動きテニアに語り掛けようとするが、もはやそこからはうめき声すらも発することはかなわなかった。
しかたなく、最後の力を振り絞りうつむきおびえるテニアの顔をこちらに向けると苦悶の表情を押さえ込んで微笑みかけた。
やがて手はテニアの頬を滑り力なく落ちていった。


最後に優しく微笑んで彼女の手は力なく滑り落ちていった。
怖ろしくて、とても怖ろしくて、テニアは動くことも縄にこめた力を抜くとこもできなかった。
どれほどの間そうしていたのだろうか、ふと手に残った感触を感じて彼女は怖気だつ。

違う――
私はこんなことをしたかったんじゃない!――
確かに殺そうと思った――
でも、自分の手で殺したかったわけじゃない――
殺したくて殺したんでもない――

「しかたなかったんだ!!!!」

そう。しかたなかったんだ――
私たちがこのゲームに巻き込まれてしまったから――
言い逃れようもない場面を見られてしまったから――
統夜が――
統夜がカティアを選んでしまったから――

どれほど言い訳を重ねても手遅れなのは分かっていた。
言い訳を一つするごとに自分が惨めになっていく気がした。
(言い訳は…よそう……)
そう思っても、それでも彼女は言い訳を重ねずにはいられなかった。
瞼に焼きついた彼女の顔が、くびり殺した感触が責め立ててくる。自分はきっとこんなにも簡単に殺してしまった彼女の最後を忘れることはできないだろう……。

そう。簡単に殺してしまった――
本当に簡単に―――
いともたやすく―――
   ・
   ・
   ・
なんだ、少しも難しくないじゃない―――
人を殺すなんて簡単だ―――

少女は暗い闇の中、ただひたすらにまっすぐとより暗いところへと堕ちていっていた。
堕ちていくことはその場に踏みとどまるとこよりも恐ろしいほど簡単で楽だった。
そして、彼女の心は狂気の狭間へと逃げ込むことを選び、心の箍がまた一つはずれる。

「な〜んだ、飽きれるほど簡単なことだったじゃない」

そこにはもういつもの彼女はいなかった。

「フフ……ハハハ………あんなに思い悩んでて馬鹿みたい」

冷笑がもれる。
あれほど思い悩んだ相手でさえ、あきれるほど簡単に自分は殺してみせたのだ。
この先、統夜以外の者なら心動かされずに自分は殺して見せることができるだろう。
姉同然とも言える者をその手で殺せたのだ、できない道理はどこにもない。
暗く虚ろな光をたたえた瞳を揺らして赤毛の少女は起き上がり、血糊を拭き、カティアの服装を手直ししていく。首の絞殺の跡と傷跡はそれで隠すことができた。
淡いぬくもりが伝わってきたがそれに心乱されることはもうなかった。


さあ、これから忙しくなる。ムサシは騙し続けなければいけないし、参加者はまだ多い。
突然の発作でカティアが死んだと涙ながらに言ったら、あの唐変木は信じてくれるだろうか?
もともと怪しい研究室の実験体だった自分達だ。発作の一つや二つあっても不自然ではないだろう。そして、泣き叫んでカティアには指一本触れさせない。
そうすれば絞殺の跡は見つからないはずだ。
あのお人好しの唐変木はボロボロになるまで利用して、利用しつくして捨ててやる。
そのために色々と考えなければならないこともある。時刻は17時をすでに回っている。もういくらもしないうちにムサシは戻ってくるだろう。
こんなところでゆっくりしている時間は自分にはないのだ。
カティアの顔を拭ってやり、最後にその瞳を覗き込むとゆっくりと目を閉じてやった。


堕ちていった先――狂気の狭間は意外にも静かだった。
ここにいるかぎり彼女の心に波紋を及ぼすものはなにもないように思えた。
それがたとえ姉の死に顔であろうとも……。
彼女はこの先気づくだろうか?カティアがいまわの際に統夜にでもメルアにでもなく彼女に残した言葉を、最後の微笑みに託された言葉の意味を―――


ごめんなさい。いっしょにいてあげられなくて―――
テニア、あなたは生きのびて―――


【カティア・グリニャール 搭乗機体:VF22S・Sボーゲル2F(マクロス7)
パイロット状況:死亡(窒息死)
機体状況:良好
現在位置:D-6岩山の麓
 備考:死体の損傷は首の絞殺跡と傷跡のみ】



【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:非常に不安定
機体状況:良好
現在位置:D-6岩山の麓
第一行動方針:カティアの殺害をごまかす
第二行動方針:とりあえずムサシについていく
第三行動方針:参加者の殺害
最終行動方針:優勝
備考:嘘泣きはしてません
武蔵もいずれ殺す気でいます】

【巴武蔵 搭乗機体:RX-78ガンダム(機動戦士ガンダム)
パイロット状態:良好 女の子の涙は苦手だ
 機体状況:良好 オプションとしてハイパーハンマーを装備
現在位置:D-6岩山山頂
第一行動方針:とりあえず声の聞こえないあたりで周囲を警戒
第二行動方針:17時半ぐらいに二人のところに戻る
第三行動方針:統夜を探し協力してもらう
第四行動方針:無敵戦艦ダイ打倒の為に信頼できる仲間を集める
最終行動方針:主催者を倒しゲームを止める
備考:テニアのことはほとんど警戒していません】

【残り46人】

【初日 17:10】

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