83話  「殺し合い」  ◆T0SWefbzRc



「殺す、か…」
 コックピット内部の灯りの下、地図を眺めていた少年は思い出したように呟いた。
「とにかくここからは動かないとな…」
 少年、紫雲統夜が乗っている機体、ヴァイサーガは現在周囲に何も無い草地にいる。
視界が開けている日中ならば、支給された機体の体長、機動力を考慮すればそこそこ良い陣取りと言えるかもしれない。
しかし、今は第一回目の放送も終わり、空も暗くなってきている。
レーダーでも目視でもろくに索敵出来ない状態で、しかもこの巨体だ。
ぼんやり突立っていようものなら夜を狙って動くような輩にはカモネギだろう。
「コイツじゃ大きすぎて森に向かっても隠れるなんて不可能だな。と、なると市街地か…基地ならガレージなんかもあるかもしれない」
 誰にでもなく、統夜は自分の考えを述べる。
この世界に来る以前に乗っていた機体が副座付きで二人乗りだった為だろうか。
「同じような考えの奴やそれを逆手に取るような奴らも集まるだろうが…」
 それでも、統夜は落ち着いて休める安全な場所を確保したかった。
先に行った尾行と逃避行、加えて放送でつい半日前くらいまではパートナーだった少女達の名前が呼ばれた時に感じた少なからぬ落胆。


集中力が落ちているのも、それを高め持続させるためのモチベーションも無くなってきているのも
統夜自身感じていた。
当然、妙にスレている彼には主催者側が言った御伽話のような「ご褒美」など信じられる筈もなく、
「ヤル気」を増大させるには至ってはいない。
「いっそ水中に隠れるのも悪くないかもな」
 夜になれば、月明かりやライトが有ったとしても陸や空から水中を確認することは
ほぼ不可能だろう。
水中用の機体がソナーを使い張っている可能性も考えられるが、この広い舞台で何もせずひたすら水中でじっと待ち伏せ
を続けるような輩は積極性が高いとは考え難い。
待ちの一手で隠れている策士なら易々と仕掛けて来る事も無いだろうし、
協力者を求めているならば友好的な態度を取ればひとまずは安全だろう。
何処に行くか。大体の考えをまとめると、統夜は地図を畳み操縦系に手を伸ばした。



 カティア=グリニャール。メルア=メルナ=メイア。そしてフェステニア=ミューズ。
突然ロボットと共に空から降ってきて、只の学生だった統夜を戦争に巻き込んだ少女達の名前だ。
平和に、そして非常にあっさりとした日常を暮らしていた彼にとって彼女達は望ましい客では
なかったし、まだ煮え切っていない彼からすれば良好な関係とも言い難かった。
とは言え、少しばかりの時間を共有した隣人とも言える存在には違いない。
「殺される、か…。さっきの…」
 統夜がギンガナムと名乗る男を押し付けた青年達がどうなったのか。
彼が通信を行った青年、ジョシュア・ラドクリフの名前は放送で呼ばれているのだが、
その名前を聞いていない統夜には知らぬ事だ。
「カティア、メルア…」
 このゲームが始まって直ぐに優勝を決意した統夜だが、未だ直接はその手を下していない。
彼は足元に無造作に放り出されているビニール袋の口を少し開けると板チョコを一枚取り出し、そのまま適当に包みを剥がし乱暴にかじった。
「甘い」
 ――それはそうだ。アイツはそれが――
統夜の頭に浮かんだのは沢山のお菓子を抱えた金髪の少女の影。
それを叱る黒髪の少女。
「クソッ!」
 それと、もう一人。
「探して…」
 ――探してどうする?会ってどうする?――
人を信じず、優勝すると決意した彼には退路は無い。筈だった。
「会えるなら会わないと、な」
 だが、まだ誰も直接は手に掛けてはいないという事実が彼を弛ませた。
会ってどうするなどという考えは無い。
ただ、会ってみようという、それだけ。
「殺し合い、か」
まだ空は薄明るい。しかし、月は既に太陽に変わって空に座している。
統夜には、それが何故かとても妖しい物に見えた。



【紫雲統夜 搭乗機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状態:疲労、精神状態が若干不安定
 機体状態:無傷、若干のEN消費
 現在位置:G-1
 第一行動方針:安全に休めると思われるポイントに向かい、朝まで休息を取る
 第二行動方針:他人との戦闘、接触を朝まで避ける
 第三行動方針:戦闘が始まり、逃げられなかった場合は殺す
 第四行動方針:なんとなくテニアを探してみる(見付けたとしてどうするかは不明)
 最終行動方針:優勝と生還】

【初日 18:20】

※統夜が結局何処に行くことにしたのかは次の書き手さんに任せます。


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