80話「任務・・・・・・了解」
◆RmVnSh2jvg
(神名綾人が死んだか)
奏者となるべき少年の死が報じられても、九鬼正義はさして関心を持たなかった。
むしろ、アルフィミィとかいう小娘が語った「褒美」とやらに九鬼は強い興味を抱く。
「世界の改変まで望むがまま」
途方も無い話ではあるが、異なる世界の人間を集めて殺し合いゲームを行わせる事の出来る
主催者ならば、世界に干渉することも可能なのではないかと思える。
それはゼフォンに頼った調律などよりもよほど手っ取り早い方法に思え、実に魅力的だった。
他者の思惑を遂行する立場ではなく、自らの思惑によって世界の調律を為す事のできる立場へと。
保身に生きてきた自分に舞い込んできた思わぬ機会は、実に魅力的であった。
が、九鬼は心躍らされたが、酔いはしなかった。
(果たしてあの小娘の言葉は信用できるのか?)
それは、主催者にそれが可能なのかという疑念ではなく、奴らの思惑が全く見えない事による疑念だったが。
ま、どちらにせよ、自分が優勝を目指す事には変わりは無い。
褒美の件は、思わぬ楽しみを得たと考えればよいのだ。
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「リリーナ・ドーリアン」
その名が告げられた時、ヒイロは不覚にも一瞬、ほんの一瞬であったが、機体のコントロールを
乱してしまう。
かつて、彼女が自分に言った言葉が思い起こされる。
「私もまた、ヒイロと戦っている」と。
思えば、自分の戦いはOZとの戦いであると共に、リリーナとの戦いでもあった。
武器を持たぬ戦い、信念の戦いを貫いてきたリリーナ・ピースクラフトと。
護るべきものも、任務も、敵も見失い、ただ混沌たる戦火に身を委ねる事しか出来ない自分を照らし合わせ。
ヒイロは彼女に対し、敗北感を感じていた。
戦えども戦えども、それは信念に裏づけされた戦いなのかは疑わしい。
彼女に対し、決して対等に立てない自分自身に苛立ちながら、それでもヒイロは戦い続けるしかなかった。
だが、戦火の果てに、リリーナは自ら再建した完全平和主義国家サンク・キングダムを失い―――
そして、理想が敗れた彼女の選んだ道は―――サンク・キングダムを滅ぼしたロームフェラ財団に身を預け、
その求心力として、都合の良い傀儡として利用される事だった。
財団代表であり、地球圏統一国家の女王でもある「クイーン・リリーナ」。
彼女がいまだ信念を曲げてはいない事を知る術が無いヒイロには、そんなリリーナの姿は
偽りの平和の象徴としか映らない。
失望の中、ヒイロが選んだ道は―――偽りの平和の象徴と化したリリーナを殺す事だった。
それが、自らの遂行すべき任務であり、そして、リリーナとの戦いの決着。
この殺し合いゲームの中においても、それは変わらなかった。
だが……。
(俺は……また失ったのか)
放送で告げられたリリーナの死。
ヒイロは、激しい喪失感を感じていた。
(俺は、何をすればいい)
殺すべき目標を失い、任務をも失った。
(戦い続ければいいのか?だが、その戦いの果てに何が残る?)
かつてのようにただ戦いに身を置いたとしても、自分を戦いのための戦いへと駆り立てる原動力であった
リリーナの存在は、失われてしまった。
(レイダーは何も答えてはくれない)
自分が身を預ける鋼鉄のコックピットは、ただ自らを取り巻く情報を計器やモニタ上に冷たい
文字や数値の羅列として映し出すだけだ。
ゼロのように、向かうべき道を示してくれる事はない。
(いや……)
ゼロの示す未来も、自らの中にある可能性を拾い出すものに過ぎない。
ゼロ・システムは鏡のようなもの。正しき道を示す事が出来るかは、システムを使う者に委ねられている。
(答えは……自身で見つけるものだ)
そして、すべき事の答えは、すでにヒイロ自身の中で決まっていた。
(俺が、俺自身に、任務を授けよう)
自らの感情に従った、かつて無いほどに明確な任務。
(リリーナの死の真相を知り―――そして、彼女を殺害した者を殺す)
面を上げたヒイロの眼差しには、迷いは欠片もない。
リリーナへの想いが、彼女を殺した者への憎悪が強いが故に。
(任務―――了解)
ヒイロ・ユイは内なる激情を糧に、任務遂行の為のマシーンとして研ぎ澄まされてゆく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自分は、ラクス・クラインを愛していたのだろうか。
自分が彼女に対して抱いていた感情は、果たして愛情であったのか。
―――解らない。
婚約者同士とはいえ、アスランは、彼女についてあまりにも表面的な事しか知らないのだ。
「ラクス……」
だが、アスランの胸中は、悲しみが沸き起こっていた。
その眼より一筋の雫が滴り落ち、ファルゲンのシートを濡らす。
間違いなく、自分はラクス・クラインの事を好きであった。尊敬し、敬愛もしていた。
それは恋人としてではなく、隣人としての感情であったかも知れないが、
間違いなく好意を抱いており、彼女に対して婚約者としての義務を果たしたいとの思いもあった。
「……どうして、君が」
だから、放送で彼女の名が告げられた時は衝撃を隠せなかった。
自分が早く彼女と接触していれば、彼女を護れたかも知れないのだ。
自分は、婚約者を護るという義務を果たすことが出来なかった。
それが、ラクスに対して酷く申し訳ない事だと思えた。
ラクスの歌を待ち望む、プラントの人々に対しても。
ラクスの死の真相を知る事。そして、ラクスを殺した者が居れば、仇を討つ。
それが、彼女の婚約者としても、ザフト軍パイロットとしても、自分が果たすべき義務。
今の自分の、すべき事。
操縦桿を握る手に力が戻る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「九鬼正義さん、そしてヒイロ・ユイ。
突然で済まないが、この同盟から抜けさせてもらう。
やるべき事ができた今、あなた方をそれに付き合わせる訳にもいかないし、
一人の方が何かと動きやすい」
突然のアスランの申し出に、九鬼は内心舌打ちした。
先ほど放送で死者の名が呼ばれた際に二人が動揺を見せた事に、九鬼は気づいていた。
アスランははっきりとその名を呟き、そしてヒイロもまた、ともすれば見逃しかねない
程度ではあるが、機体の動きの乱れによって内なる動揺を曝け出していたのだ。
優れた兵士であるらしい二人であるが、自分の世界では考えられないくらいに若い兵士でもある。
短絡的な行動に出やしないかとの懸念を抱きはしたが、案の定である。
「放送で呼ばれた者の中に、知り合いが居たようだね。
先ほど君は、ラクスという名を呟いていたよ。
……君のやるべき事とは、仇討ちかね」
「……あなたに話す必要は無い」
内心の苛立ちを表に出さず、九鬼は静かにアスランに問うが、アスランに返答を拒否され、
僅かに眉を歪めた。
それでもすぐに平静を装い、語気も穏やかにアスランを説得しようとする。
「仇討ちであろうと情報収集であろうと、我々にも協力できるだろう。
こういう状況だからこそ、冷静にならなければならん。
単独行動で出来る事など限られているのだから。
違うかね、ヒイロ・ユイ君」
「………」
ヒイロは沈黙するのみで、返答はない。
九鬼は咳払いの後、話を続けた。
「別に同情心から協力を申し出ているのではないよ、アスラン・ザラ君。
我々にもメリットがあるからこそ、協力しようというのだ。
君の知人は、危険な殺人者に殺された可能性が高いのだから。
殺人者を倒す事は、我々にとっても安全を確保する事に繋がr」
「あなたも……ヒイロ・ユイも、殺人者ではないという保障はない」
九鬼の言葉は、アスランの言葉に遮られる事となる。
九鬼の事もヒイロの事も、アスランは何も知らない。
だが、油断ならない雰囲気を漂わせている事はわかる。
それに、よく見るとヒイロのレイダーの装甲には損傷らしい損傷こそなかったが、
着弾の痕らしい焦げ目がついていたし、オイルか何かだろうか、
※赤みがかった液体が固まったらしい汚れが、返り血のようにこびり付いていた。
激しい戦闘を繰り返してきたらしい事は、明白なのだ。
故に、ヒイロが殺人者である可能性は少なからずあった。
「だが、何も情報がない以上、このまま行かせてくれればあなた方に仕掛ける事もしない」
「君を行かせる事で、我々にもリスクが生じるのd」
「もういいだろう、九鬼正義。
アスラン・ザラ、行くならば早く行け。
背中を撃つような真似はしない」
頑ななアスランに対して次第に苛立ちを隠せなくなって九鬼の言葉を、ヒイロの言葉が遮った。
ヒイロとアスランが互いの目を見据え。
アスランの鋭い視線と、ヒイロの氷のように冷静な視線が交錯する。
「……感謝する」
短く礼を述べ、アスランが駆る蒼き鷹は飛び去った。
「ヒイロ・ユイ君。何故彼を行かせたのだね?」
「自分の感情に従って行動する事は、正しい人間の正しい生き方だ。
今は敵対する気が無いのであれば、行かせてやればいい。
それに―――」
「それに、何だというのだね?」
「今の俺達には、補給が必要だ。
ここで奴と事を構えるのは、得策ではない」
そのヒイロの返答を聞いて、九鬼はやはりヒイロ・ユイは使える手駒だと思った。
リリーナ・ドーリアンの名が告げられた直後こそ動揺を見せたものの、
今の彼はすべき事を見失ってはいない。冷静に物事を判断できる優れた兵士だ。
それ故に油断できない所もあるが、これほど優れた兵士でも動揺を隠せないほどに
リリーナ・ドーリアンとは浅からぬ関係にあったという訳だ。
うまくすれば、あのいけ好かないネゴシエイターとヒイロを潰し合わさせる事も出来るかも知れない。
「ふむ、的確な判断かも知れんな。では、隣接するG−6エリアの基地へと向かう事を提案するが?」
「了解した」
思惑を胸に秘め、二人は消耗した機体を万全にするべく、基地へと向かった。
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夕闇の中、アスラン・ザラのファルゲン・マッフは飛ぶ。
(キラ……お前もラクスの死を知ったのだろうか)
ラクス・クラインは言った。
キラの事が、好きだと。
それがどんな意味で言われたのかは解らないが、ラクスは足付きに捕らわれている際、
キラと少なからず心を通わせていたかのように思える。
味方を欺いてまで、ラクスを足付きから連れ出すような真似をしたキラも、
自分と同じように、ラクスの死を悼んでいるのだろう。
(あいつの事だから……泣いているかもな)
アスランは、ラクスの仇討ちを決意すると共に、キラにも会わねばと思った。
(俺が殺したはずのお前が、何故生きているのか、疑問は残る。
生きているのならば、ニコルの仇討ちを果たさねばとも思う。
だが、この殺し合いの中、俺とお前は本当に敵同士となるべきなのか?)
キラに会った時、自分がどうするのかはその時にならねばわからない。
だが、どうするにしても、キラの生命が他者によって奪われたのであれば……。
自分は、悔やみきれない後悔の念を抱く事になるだろう。
【ヒイロ・ユイ 搭乗機体:レイダーガンダム(機動戦士ガンダムSEED)
パイロット状況:内なる激情(判断力は極めて冷静)、疲労、体中に軽い痛み
機体状況:EN切れ寸前、※機体表面に返り血のような汚れ
現在位置:F−6→G−6
第一行動方針:補給
第二行動方針:リリーナの死の真相を知り、殺害した者を殺す
最終行動方針:???】
【九鬼正義 搭乗機体:ドラグナー2型カスタム(機甲戦記ドラグナー)
パイロット状況:ワクテカ
機体状況:良好、弾薬を多少消費
第一行動方針:ヒイロを上手く使い、ネゴシエイターと潰し合わせる
第二行動方針:確実に勝てる相手以外との戦闘を避ける
最終行動方針:ゲームに乗って優勝】
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【アスラン・ザラ 搭乗機体:ファルゲンマッフ(機甲戦記ドラグナー)
パイロット状況:決意
機体状況:良好
現在位置:F−6→F−4
第一行動方針:ラクスの死の真相を知る、殺した者が居れば仇は討つ
第二行動方針:キラに会う
最終行動方針:???】
※EVA零号機を撃破した際、体液かプラグ内のLCLが飛び散ってこびり付いたものです。
【初日
18:10】
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