108話C「星落ちて石となり」
◆7vhi1CrLM6


「何故、止めた!」
「土を掴んで逃げた。あれぐらいでは核はびくともしないが、剥き出しの私はそうはいかんのでな。
 かといって、君一人に追わせるわけにもいかん。それに、絶対的に有利な状況を覆して見せ、心理的に追い込みはしたが、実際は大した被害は与えておらんよ。ここが引き際ということだ」
 諦め切れないように逃げた方向を睨みつける。漠々たる闇があるのみで、そこには既に敵の姿はなかった。
 それからふと思い出したように声を投げかける。
「怪我は? 土を撒き上げられたでしょ?」
「大丈夫だ。大きな塊は私には当たらなかったようだ」
「そっか」
 身振り手振りをまじえて無事をアピールしてくる様子を見て、ほっと息をつく。
 そして、また別のことを思い出し、口を開いた。それもひどく刺々しく。
「何で逃げた?」
「余裕を奪うために不意を突く必要があった。彼女が冷静な状態ならば、ああも上手くは追い込めなかっただろう。
 同時に、ある程度こちらの実力を見せつけておく必要もあった。これで今後彼女は我々に手出しをしにくくなるはずだ」
 そりゃあ、誰だって核ミサイルなんかには追いかけられたくないだろう。執拗に相手をつけ狙いそうな彼女だって例外じゃないはずだ。そう思った。
「付け加えるなら、樹脂マスクはコックピットの位置を確認するための小道具だったといったところだな」
「そのせいで私は死にかけたんだけど……」
「あの程度の時間で君はやられたりせんよ。それにバイタルジャンプの存在もある。もっとも少々買いかぶり過ぎだったようだが……」
「どういう意味よ……」
「だが最後の動き、あれは自信を持っていい」
 睨みながら返した言葉にシャアは笑って見せた。

「しかし、アムロが遅いな。少々気になる……なっ!!」
 そう口にした瞬間だった。突然飛来した赤い光の矢が数本、核ミサイルを襲った。
 慌てて飛んできた方向にソードエクステンションを構える。遠距離から狙い撃ちされたのか何も見えない。だが、方角はさっきの敵が逃げたほうだった。
 甘かった、そう思う。あれほど執念深そうな相手がこのまま見逃してくれるはずはなかったのだ。
 きっと核が爆発しても平気な距離から攻撃を仕掛けてきたんだ。そう思った。
 しかめっ面で夜の闇を睨みながら声を掛ける。
「無事か?」
「逃げろ!」
 返ってきたその言葉が意味するもの、それは絶望だった。


 私ともあろう者が、間の抜けた失敗をしたものだ。
 おそらく相手はミサイルの噴出孔の明かりを目印に攻撃をしてきた。さっさと地上に降りるべきだった。旋回を行いつつ空中で会話などするべきではなかったのだ。
 不意を突かれたが矢は全て避けた。中には際どいものもあったが、一本たりともかすりもさせていない。
 しかし、しかしだ。際どいもののうちの一つが体の間際を抜けていった。
 その余波の熱と風圧。たったそれだけで、僅かなパイロットスーツに身を守られただけの身体は、ズタズタにされた。
 普通の機体に乗っていればなんでもないことだった。
 今は、気を失わなかったのが、ほとんど奇跡と言ってもいいありさまだった。

「逃げろってどういう意味さ!!」
 アイビスがブレンから身を乗り出し叫んでいる。無茶をするものだ、そう思った。
「わからんのか。私の体がもたんのだよ。もうじき核が地表に落ちる」
 最後の意地のようなものだけでミサイルを水平に保っていた。
 しかし、徐々に高度が落ちてる。一度、気を失えば激突は免れえないだろう。
「今、助ける!」
「どうする気だ?」
「ブレンで操縦席だけはぎ取る」
「ハハハ……無駄なことはよせ、アイビス。私がいなくなれば即座に核は落ちるのだぞ」
 大口を開けて笑う。体中が痛かった。
「だからって、見捨てられるか!!」
「アイビス、お前はジョシュアに命を託されたのだ。 お前は、彼の骸の重さを知っている。だが、託された命の重さはその比ではない。 お前はそれを背負ってしまった。
 自分を支えられる強さを持て、アイビス。お前が生き抜いていくために、ここで私を捨てて行け」
「まだあきらめるな! 決着をつける相手がいるんだろ!!」
「ブレン、優しい子だ。だが、迷うな。守るべき人間を間違えるな。跳べ!」
「待て、ブレン」
「アイビス、死ぬことだけは許さん。後は好きにしろ。行け、ブレン!」
 歪な音と共に眼前からブレンが掻き消える。
「私の命も背負っていけ、アイビス……」
 宵闇の空に一人取り残された男の呟きは、闇に溶けて消えた。
 次の世代に託す。それもまんざらではない。そんな気分だった。

 死を直前にしてみて、意外と未練は少なかった。
 ただ、アムロと決着をつけられない、それだけが残念だと思った。
 頭がくらりとする。痛みはもう感じない。
 まだだ。まだ私は生きている。生きている限り、核を落としはせんよ。そう思った。
 コロニー落としを行なった自分が、何を今さらといささか滑稽な感じがした。
 視界が暗い。あれは地表なのか。ということは、私は落ちているのか。水平に保とうと機体を起こす。
 月が目に入り、次に真っピンクの円筒形が、視界の中を下から上へ流れていった。
 浮遊感に包まれながら、月を見続けていた。

『大佐……』

 どこからか声が聞こえてくる。ひどく懐かしく優しい声。すぐ行く。ただ、そう思った。
 そして、光の海に呑み込まれた。


 常闇の中に灯りが燈る。その灯りを受けて、白銀の巨神がオレンジに染まっていた。
 その中でカテジナ=ルースはうっとりと恍惚の表情を浮かべている。
「あたしを追い払った。それだけで勝った気になっているなんて、甘いよねぇ」
 長距離から核を狙うことに、まったく自信がなかったわけではなかったが、不安もあった。
 ――だが、うまくいった。
 小賢しい手を使って追い回してきた男と、生意気な女を葬り去れたことが愉快だった。
 これで憂さも晴れるというものだ。
 そして、なによりも心かきむしるほど目の前の光景は素敵だった。歴史上のどんな芸術家が描いた絵画よりも魅力的だった。
 核の炎、あらゆる歴史が否定するそれは、実際に見てみると見惚れるほど素晴らしかった。
 とはいえ、いつまでも眺めているわけにもいかない。ラーゼフォンのエネルギーが底を突きかけている。補給が必要なのだ。
 それでも、もう少しだけこの愉快で美しい灯火を鑑賞していよう。そう彼女は思った。


 時を、三時間ばかり逆行させたその光は、落ちゆく夕陽のように美しく、どこか幻想的で、そして禍々しかった。
 その背筋の凍るような光景をただ呆然と眺めていた。地鳴りが耳に響いている。

 ――みんな、自分勝手だ。
 心底そう思う。
 勝手に一人でかっこつけて、勝手に死んでいく。
 助けられたほうがどんな気持ちになるかなんてまるで考えてない。
 ――みんな、馬鹿だ。
 あんたたちのやったことなんて、ただの自己満足だ。
 私なんか助けずに逃げたらよかったんだ。ジョシュアも、シャアも、私に構わなければ逃げ切れた。
 自分だ。自分の存在が人を殺している。そう思えた。
「好きにしろだって? こんな私に一体どうしろっていうのよ……」
 死ぬことを禁じられた。だが、泣くことは許されていた。



 星落ちて意志となり、小さき星に受け継がるる。



【カテジナ・ルース 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状況:精神不安定(強化の副作用出始めてます)
 機体状況:胸部に軽傷・頭部の両側の羽根が焼け焦げている・EN残量1/10
 現在位置:F-1
 第一行動方針:補給
 第二行動方針:自分が利用できそうな存在を探す
 第三行動方針:利用価値の出来ない人間は排除
 第四行動方針:利用価値が無くても大所帯はあまり相手にしない
 最終行動方針:生き残る
 備考1:カテジナはラーゼフォンの奏者として適性が無いため真実の眼が開眼せずボイスも使えない
 備考2: ブライト、ガトー、アズラエルの樹脂マスクを所持。ボイスチェンジャー機能付き】


【シャア・アズナブル 搭乗機体?:核ミサイル(スーパーロボット大戦α外伝)
 パイロット状況:死亡
 機体状況:消滅
 現在位置:F-2東部】


【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:良好
 機体状況:ソードエクステンション装備。機体は表面に微細な傷。
      バイタルジャンプによってEN1/4減少。
 現在位置:E-2北東
 第一行動方針:核の汚染を避けるためにその場を離れる
 第二行動方針:アムロと合流
 第三行動方針:ラキを探し、ジョシュアのことを伝える
 最終行動方針:どうしよう・・・・・・
 備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません。 】

【残り35人】

【時刻 21:00】


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