115話C「鍵を握る者 噛合わない歯車」
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 ――やった。大成功!
 そう思った瞬間、突然飛来した火の鳥が、右のメカザウルスの頭を吹き飛ばした。
 断末の声を一つ上げること叶わず消し飛んだそれを見て、一瞬目の前が真っ白になる。
 その真っ白な視界に何の前触れもなく一つのミサイルが姿を現した。
 あまりの状況の変化に脳が対応しきれず、思考が止まった。
 目の前で徐々にミサイルが大きくなっていく。それは真っ直ぐこちらに迫ってきているからだという事にやっと気がつく。
 既に、よけるのも、叩き落すのも、着弾をずらすのも無理。何も間に合わない。
 そう思ったとき、上方から一筋の閃光がミサイルを射抜いた。
 耳を劈くような轟音。衝撃でガラスが千の破片となって降り注ぎ、閃光に目がくらんだ。

「ユリカ、無事か?」

 耳に聞き覚えのある声が届く。目を瞬かせて見上げた夜空に、黒い戦闘機の姿を見つけ、彼女は元気一杯に答えた。



 目の前に廃墟が広がっていた。
 敵戦艦が少し跳ねて着地したかと思った次の瞬間、大地に亀裂が走り、あっという間に広がったそれは立ち並ぶビル群を巻き込んで瓦礫の山に変えた。
 そのときから、マサキとテニア、それに武蔵の反応も消えている。
 ――どうして……こんなことに……。
 Jクォースが帰還する。火の鳥のような姿をしたそれは纏った炎を消し去り、本来の錨のような姿に戻ると元通り艦首におさまった。
 それを虚ろな目で眺めたあと、視線を上げてみる。
 そこには二つある頭の内の一つが消し飛び、八つの足の内二つを消し飛ばされ、腹からは腸がはみ出た一隻の戦艦の姿があった。
 艦橋からは煙も上がっている。
 そして、その上空にはESミサイルによる艦橋爆破を防いだ戦闘機が一つ。
 ――どうしてなんですか……何故そんなことを……。

「あなた達は……何故そんなことを平然と出来る!」

 声に出して叫んだ。瞬間、激情が身の内で暴れ回り、それに身を任せるまま照準をダイに合わせる。
 そして、引き金を引こうとしたその瞬間――

「グラビティブラスト!!」「シュートォー!!!」
「ガドル!!!」「……」

 二筋の閃光が飛来し、ジェネレイティングアーマーを貫通したそれらは右舷で爆発を起こした。



 重力波がナデシコの前面中央部に収束され、一筋の帯となって発射される。
 そして、飛来する無数の火気群を呑み込みつつ突き進んだそれは、大部分をジェネレイティングアーマーに阻まれながらも貫通したいくらかの重力波がJアークの右舷装甲で爆発した。
 次の瞬間、Jアークの無数の火気群がこちらを向き、一斉に砲撃を開始する。
 二隻の戦艦の間を幾十の光の筋となって駆け抜けたそれらは、ナデシコの船体に触れる前にディストンションフィールドで阻まれ爆発を起こした。

「へへへーんだ。そんなもの効くかよ。こいつはお返しだ。グラビティー・ブラストオォォ!!!」
「無理よ。大気圏内でグラビティー・ブラストの連射はダメみたい。次の発射まで後50秒」

 比瑪の反論とともに不可という文字が甲児の周りに無数に浮かび上がった。
 それと格闘しながらどうにかならないのかと愚痴を飛ばす甲児を無視して、比瑪はダイへの回線を開いた。

「こちらは機動戦艦ナデシコ。応答願います」

 やや間が空いて、正面モニターに若い女性の顔が映った。
 最初、信じられないとでも言うような顔をしていたその女性は、気を取り直すと元気一杯に挨拶を行う。

「こちらは無敵戦艦ダイ艦長ミスマル=ユリカです。ブイッ!」
「……は?」

 勢いよく笑顔で突き出されたピースを目にして甲児があっけに取られる。

「私はオペレーターの宇都宮比瑪。ブイッ!」
「兜甲児だ。ブイッ!」
「シャギア=フロストだ。ブイッ!」
「僕はオルバ=フロスト……」

 天然で返した比瑪にやや遅れて甲児もそれにならい、通信回線に割り込んできたフロスト兄弟も簡単な自己紹介を終える。
 念のために触れておくと、今現在ナデシコはこれでもJアークとの交戦中である……一応。

「貴艦の援護に感謝します」
「あなたのお仲間はどれ?」
「この戦艦とそこに飛んでいる戦闘機、それと赤と黒の30m弱の機体がこちらの味方です」
「上に乗ってる黒いのは?」
「へっ? 上??」

 突然、通信が途切れノイズが走る。モニターが一面砂嵐に見舞われた。

「通信途絶。無敵戦艦ダイ、反応ロスト。何が起こっているの!!」

 いきなりの状況の変化に比瑪の声が上ずる。外部モニターの映像に無残に艦橋を破壊されたダイの姿が映った。

「ナデシコはこのまま敵戦艦の牽制。私とオルバは救助に向かう。
 知り合いだからといって、甘えるな。あの戦艦は我々と我々以外の参加者を襲った。
 戸惑うな。分かっているな!!」

 シャギアが叫び、ヴァイクランとディバリウムが急行する映像がモニターに流れる。
 そのモニターを呆然と眺めながら、比瑪は「なんでなのさ」と小さく呟いた。



 北西の空、まだ遠いところに現れた戦艦を見てアキトは言葉を失った。
 純白をベースに、ところどころアクセントとして塗られた赤。
 アキトの知る世界において、稼動中のナデシコBとは異なるその赤が主張している。
 間違いなく自分が三年前に乗り込んだあの戦艦だと――。
 そして、そこに気を取られたこと――そのことが一つの明暗を分けた。

「よぉ、ずいぶんと遅かったじゃねぇか」
「……誰だ」

 聞き覚えのない声がコックピットに響く。
 日向には向かない日陰の湿り気を帯びた暗い声。思わず肌が怖気立つ。
 小さく含み笑いをし、男は言葉を続ける。

「つれねぇなぁ……。と言っても初対面だからしかたがねぇか。
 ガウルンだ、覚えておきな。嫌でも直ぐに忘れられなくしてやるがな」

 さりげなく機体を旋回させ、位置を探る。
 ――居所は地表か? いや違う。
 もっと近いどこからか響いてきているような気がした。

「……何処にいる」
「俺か? クク……俺は――」

 体中の肌という肌から汗が噴き出すのを感じた。
 頭の中で脳が早く見つけろと騒いでいる。直感が急がなければ取り返しがつかなくなると叫んでいる。
 鼓動が早鐘を打つ。

 ――急げ。急げ! 急げ!! 急げっ!!!

「――ここさ」

 見つけた。それを視認した瞬間、アキトは叫んだ。
 ダイの艦橋に黒い機体がいた。四つん這いに這い蹲り、振り上げたビームナイフの刃を下に突きつけながら。

「遅せぇんだよ、バーカ」

 ビームの刃に切り刻まれて、艦橋がバラバラに解体される。
 切断されたケーブルが火花を散らし、粉々になったガラスが、鋼材が、月の光を青白く反射させながら落ちていく。
 その落下していくものの中に、綺麗な長く青い髪を棚引かせ、ゆっくりと落ちて行く少女の姿が見えた。
 次の瞬間、YF-21は急加速し最高速度でそこを目指す。
 速すぎる速度――地表に激突し機体は大破するかもしれない。だがそれでもアキトに戸惑いはない。
 目に映る人影が大きくなる。間に合う、そう思った。
 コックピットを開け放つ、風圧で体が引き千切られるかのような錯覚を覚える。
 艦橋の残骸が降り注ぐ中に入り込む。一度ユリカを見失い、一つ大きな残骸を抜けた。
 ――見えた!
 速度を一気に落とす。体が前に流される。構わずに手を伸ばす。
 すれ違いは一瞬、失敗すれば二度目はない。
 見える、はっきりと。青い髪、きめ細かな肌。もう少しだ。
 ユリカの名前を叫ぶ。ユリカもアキトの名前を叫ぶ。
 互いに伸ばした腕。指の先が触れて――
 そして、急速に二人の距離は離れていった。瞬く間に小さくなったユリカの姿が、瓦礫の中に消える。地表に土煙が立ち昇った。
 慌ててYF-21を旋回させようとして、アキトは眼前に迫った地表に気づいた。
 近い。既にかわせない。
 咄嗟に不時着を試みる。YF-21の胴体が瓦礫で磨れ耳障りな音を立てる。不規則な振動がコックピットを揺らす。
 そして、そのまま爪跡を残しながら突き進んだYF-21は一つの大きな瓦礫にぶつかって止まった。
 衝撃で仮面が砕けたことにも気づかずに、コックピットを飛び出す。
 体のあちこちが痛んだが、気にもとめない。頭を締めているのは、たった一つのことだけ。
 五感の不明瞭な体でどこをどう走り、どうやってそこにたどり着いたのか――それをアキトは覚えていない。
 だが、気づくと一心不乱に瓦礫の山を掻き分けていた。
 掘る。ただひたすら掘る。爪が剥がれ、指先から血が滴り落ちた。
 手が何か柔らかいものに触れる。青い糸のような髪が目に入る。
 急いで掻き分けた瓦礫の中にユリカはいた。戸惑いも恥じらいもなく胸に耳をあてがう。

 ……トクン……トクン

 ――生きている――

 体を揺すり呼びかける。返事はない。顔色が悪い。出血が激しい。
 手当てできる何か、それを見つけてこようと思い立ち上がりかけた。
 その時、服を引っ張られた。
 振り向く。目が合い。苦しそうなその顔が微笑む。
 小さな慎ましい唇が開き、言葉を紡いだ。

「やっぱり、アキトだ」

 突然、目の前に黒い壁が現れた。
 ――何だ……これは?
 もう何が何だか分からなかった。
 上から声が聞こえる。見上げてみると壁だと思ったのは、黒い巨人の足だということが分かった。

「悪いな。ついうっかり踏んじまったか」

 この男の言っている意味が理解できない。
 服に何かぶら下がっているような違和感を覚える。
 みてみると、そこには肘から先だけが残されたユリカの腕がぶら下がっていた。
 ちょっとした時間、頭が理解するという行為を拒絶した。

「ユ……リカ…」

 口から漏れたその言葉を皮切りに、脳は活動を再開する。
 精神が状況を拒み、脳が状況を理解する。
 受け止めきれない悲劇、受け止めれば発狂してしまうほどの現実。
 それを受け止めるため、何かしらの救いを求めて精神とは関係無しに脳が奔走する。
 やがてそれは一つの言葉に行き着いた。

『――死んでしまった方を生き返らすことから――』

 アルフィミィ――その少女に行き当たったとき、脳は精神に情報を送った。

 ――彼女に会えば、ユリカは救われる。

 そう強く理解したとき、アキトの体はその場から消え失せた。


D-Part