120話A「Unlucky Color」
◆7vhi1CrLM6
時計の針はまだ十時をわずかに回ったばかりだというのに、眼下の街は不気味なほど静まりかえってた。
『ゴーストタウン』、その言葉がぴたりと当てはまる静けさ。明り一つない街並み。
人がいなければ、灯りをともす者もいない。その必要もない。
――まるで我々の置かれた状況そのものだな。
人という生き物だけが奇妙にも明りを求め、必要とする。暗闇を嫌い、怖れる。
サイバードを一度大きく旋回させ、周囲を見渡す。どこまでも続く無明の闇。
何も見えはしない。
――今の我々は暗い闇の中に放り出された迷い子。
右も左もわからず、ただ明りを求めてさ迷っている。だが――
機首を右に切り、進路を南へと取った。
南北に市街地を縦断する大きなストリート沿いに機体を走らせる。しばらく飛ばすとずっと遠くに小さい光が見えた。
――私は明りを見つけてみせた。例え小さくとも、美しく輝く一筋の光を。
近づいていく。ビルの壁面の一部が崩れている。そこに一体の戦闘機が体の半分ほどを隠していた。
光は隙間から漏れている。
機体を変形させ、漏れた光を隠すように着陸させる。サイバスターから降りると、隙間からビルの内部へと潜り込んだ。
内部は意外と広く、何よりも吹き抜けになっている為に天井が高かった。本来は百貨店か何かのロビーなのだろう。
視線を動かしてみる。一番明るいところで、カウリングを外され、剥き出しとなったVF-1のエンジンルームが鈍い光を反射していた。
その前に男が一人立っている。オイルに塗れた作業着を着込み、右腕にはラチェット・レンチを持っていた。
声をかけようと近づいていく。既に気づいていたのか、先に向うの口が開いた。
「状況は?」
「周囲20kmに人はいないようだ。何も見つからなかったよ」
答えながら右手のラチェット・レンチに視線を落とす。
「ああ、これか? 作業着と一緒に8階の売り場から貰って来た」
「それは盗ってきたというのではないかな?」
「買ってきたのさ。代金は出世払いでね」
おどけてみせたアムロに対してふっと頬を緩める。これはまあ礼儀みたいなものだ。
「それで?」まじめな顔を作り直して続きを促す。
「エンジンは突貫作業でどうにかなるだろう。幸い工具も見つかったし、思ったほど痛んじゃいなかった。
だけど、残弾が心もとないな。次の戦闘を乗り切るのに十分な量が不足している」
「それならば心配はいらない。私の地図にはB-1の補給ポイントが記されている」
「そうか……なぁ、ブンドル」
「ん?」
「君の考えはさっき聞いた。戦いに向かない者を助け、首輪を外し、あの化け物に叛旗を翻す。
それ自体は俺の考えと食い違っちゃいない。だが、具体的にはどうするつもりだ?」
「そうだな。まずは殺しあうことを良しとしない者たちを集め、三四人程度の集団を複数形成する。
それで好戦的な者から受ける被害は大分減るだろう」
「三四人程度に留める訳は?」
「肥大化した集団は身軽さを失う。
それに互いが互いを把握できる人数であったほうがいい。内部崩壊を目論む者が動きにくくなる」
「なるほど。しかし、そこまでする余裕があるのか?
この勝負、スピードが命だ。時間を置けば置くほど事態は悪化するぞ。最悪手詰まりになる可能性も低くはない」
アムロの言ったことは重々承知している。だからこそ自分のみで全容を掴むことは既に諦めていた。
全てが出来るとも思ってはいない。だが、最善は探求し続けるべきだろう。
「小集団を遊ばせておくつもりはない。情報収集を担当して貰おうかと思っている。
具体的には首輪と技術者、設備、最初に実験台となった女性の知己である男、他あらゆることに関してだな」
「現状であの化け物に関する情報を持っているのは、おそらくあの男だけというわけか。
それで君自身はどうする?」
「私は単機で行動し、集団を作って回る。だが、一先ずは君の護衛だな」
せっかく見つけた技術者。現時点で最も優先しなければならないことは、その保護である。
再び単機で動き出すのは、アムロを中心に小集団を作り上げてからの話であった。
その言葉に目の前の男は苦笑いをこぼし、次の瞬間、西を向いて緊張の色を浮かべた。
「どうした?」いぶかしんで聞いてみる。
「近づいてくる。この感じ、あのギンガナムとかいう男か」
「あの品位に欠ける男か……確かか? いや、待て。君は何故それがわかる?」
「感じる。直感のようなものだ。根拠はなにもない。この感覚を人に上手く伝えることも難しい。
だが、嘘は言っていない。だから、俺を信じてくれとしか言いようがない」
互いの視線がぶつかり合う。決して反らさず、真っ直ぐ射抜くような視線。
嘘をついている者のする目ではないな。それにここで嘘をつく意味もあまりない。
「間違いないのだな」
「この無邪気な敵意、奴に間違いない」
「いいだろう。君に賭けているこの身だ。信用しよう」
「助かる」溜息とともに言葉は吐き出された。
「サイバスターで出てくる」
「……すまない。僕も補給を済ませたらすぐに駆けつける」
「ふっ……期待はしておくよ。だが無理はするな」
「お互いにな」
一瞬だけ頬を緩ませ、すぐに表情を引き締め直した。
「補給ポイントの情報は転送しておく」
踵を返し、壁面の隙間をすり抜けて、路上に出る。室内の明りになれた目に、夜の闇は暗かった。
その暗がりの中にサイバスターだけがぼんやりと白く浮かび上がっている。
それを一度見上げ、一歩を踏み出した背中に声が飛んできた。
「死ぬなよ」
「このレオナルド=メディチ=ブンドル、ここで朽ち果てる気は毛頭ないさ」
一体のバルキリーがビルの谷間を縫うように疾走する。
――時間がかかり過ぎだ。
時刻は午後十一時を既に回っている。ブンドルが動いてから既に三十分以上が経過していた。
エンジンの調整、それに時間をとられすぎた。
いや、全工程を合わせて一時間程度で仕上げたことは称賛されてしかるべき速さだろう。
だがしかし、遅すぎる。
B-1に急行。補給を済ませて、ブンドルの応援へ。どう考えても一時間遅れではすまないだろう。
一際大きな通りに沿って直進。三つ先の交差点を左折。直ぐに右折。
徐々に速度と高度を上げていき、大きな高層ビルの脇を滑るようにして左に折れた。
突如、視界が開ける。
崩れたビル。ところ構わず散乱する瓦礫の山。
何かが爆発した跡。
――戦場跡だな。
眉を顰めるも、構うことなく上空を突っ切っていく。
前方に遠いところにそれぞれ青と黄色の20m強の機動兵器。そしてさらに遠いところに赤い奴がもう一機。
見覚えがある。あの時、遠距離から核を狙った奴だ。そいつだけが起動している。
補給ポイントが近い――
――邪魔だ!!
横目で残弾を確認。一戦を交える量はない。
ファイター形態――戦闘機へと変形させて降下。ビルの谷間へ滑り込んでいく。
風を切る音。急速に接近する地面。高度五。機首を持ち上げて機体を水平に保つ。
すれ違う道路、ビル、車。
轟音が聞こえた。降り注ぐガラスと瓦礫の雨。
構うことはない。
エンジンが爆発的に吹き上がり、すり抜ける。
両側に迫るビルの壁面。その先に赤い機体――見えた!
トリガーに指をかける。どんどん加速する。
―― 一瞬だ。一瞬に全てを叩き込んでみせる。
真っ直ぐにビルの間を走り抜けていく。
反応。敵機が向きを変える。だがもう――
「遅いっ!!」
叫ぶ。引き金を引く。
ガンポッドにマイクロミサイル。残弾の大多数を叩き込んだ瞬間に、操縦桿を倒して上昇。
そして、離脱。上空で旋回に入った。
爆発の中心。まだ煙が立ち込めるそこから三発のミサイルが姿を現す。
「ちぃっ!!」
舌打ち一つ。同時に再加速。
旋回軌道から抜け出し、再び街並みへ潜り込む。
一発がビルの壁面で爆発。後二発。
上昇。フルスロットル。加速しろ。もっと早く。
後方を振り返る。さし迫る二基のミサイル。
3・2・1。タイミングを計る。いまだ!!
バトロイド形態――人型に変化。空気抵抗が急激に増し、速度が一気に殺がれる。
体が前に大きく流され、ベルトが食い込んだ。
飛びそうになる意識を堪える。
二基のミサイルが両脇をすり抜けて、前方に躍り出た。
ガンポットが火を吹き、ミサイルが爆発。
周囲を見渡す。
ミサイルがさらに数基。数を確認している暇はない。
だが、予想通りだ。
目まぐるしく舵を切り、回避。そのまま狙いを定め、一つずつ迎撃。
最後の一基の結果を見ずにファイターへ移行。急降下。
高度二十で中間形態――ガウォークへと姿を変えると、ビルの谷間へと姿を隠した。
レーダーを確認。敵機の反応は消えてはいない。
「くそっ! 仕留め損なった!!」
腹立たしげに吐き捨てる。
初撃で片をつけるつもりだった。つけなければならなかった。それが出来なかった。
残弾はもう空に等しい。
だが逃げるという選択肢はなし。
もう一度、レーダーに目を向ける。敵機に動きがないことを確認して、ハッチを開けて、ビルに飛び移った。
屋上に上がる。肉眼で赤い機体を確認できた。
ビルの谷間に隠れるように陣取りながらも、その特徴的な長い砲身を展開させている。
おそらくはこちらが顔を出したその瞬間を狙っているのだろう。
厚い装甲に、俊敏さに欠ける重い体。戦車の延長上のその姿からも、そういう気がした。
ビルの谷間に潜む赤い機体――ラーズアングリフの中で、クルツはガナドゥールに通信を続けていた。
H-1に向かうと言ったエイジのガナドゥールがここに横たわっている。
そのことから返答がないおおよその理由は検討がついていた。だがそれでも通信を続ける。
そうしなければならないほど、クルツの置かれた状況は切羽詰っていた。
「エイジ! エイジ!! 聞こえていたら返事をしろ……クソッ! 駄目か」
補給ポイントを求めてやってきたここで突然、赤い小型機に襲われた。
以前、こっちから攻撃を仕掛けた相手だ。
その機体は、ビルの谷間を縫い、信じられない速さで接近してきた。こちらの施した防御策をものともせずに。
舐めるように低空を飛んできたあの動き、今思い出してもゾッとする。
ジャマーで相手の火力を半減できたのは幸いだった。それがなかったら、間違いなくお陀仏だった。
無論、転んでもただで起き上がるクルツ君じゃねぇ。
上空へ離脱した相手に向かって追撃をかけ、対応に追われて動きを止めた瞬間を見計らい、ありったけの有り金をつぎ込んだ。
そこが大枚叩いた賭け所だったわけだが、これが見事に大負け。
賭け金全部持ってかれちまって、財布の中にははした金が少々。
これじゃ、可愛い娘ちゃんをお茶にも誘えやしねぇ。
今は見栄えばかりは取り繕って、空のFソリッドカノンで牽制をかけちゃいるが、エイジ大先生にでも頼らないと、どうにもならないといった感じだ。
もっともその望みもたった今潰えたばかりなのだが……。
「クソッ……あの馬鹿。俺の努力を無駄にしちまいやがって……」
あいつを逃がすためにしてやったお膳立ても、あいつにかけた言葉も、全てが徒労に終わった。
『一発殴り返す』それもまた夢に消えた。
拳を握り締める。噛合った奥歯が音を立てる。脇腹が……鈍く痛んだ。
しばしの静寂。そして――
「だああぁぁぁあああ!!! 悩むのは終わり! 止め!! 終了!!!
こんな辛気臭いクルツ君、女だって向うから逃げちまう。
まずはこの状況をどうにかする! 全てはそっからだ!!」
今、奴は動く気配がねぇ。考えるなら今のうちだ。
赤だ。赤が悪い。今日の俺は赤と徹底的に相性が悪い。
赤鬼に始まり、赤マフラー、戦隊ヒーロー物のレッド、今対峙している小型機。
挙句の果てには、乗ってる機体からはいてるパンツまで全部真っ赤だ。って、何考えてる。
そういうことじゃねぇ。冷静に、落ち着いて考えろ、クルツ。
弾は? まだ少しだけ残っている。シザースナイフだってある。この空の砲身だっていざとなれば、鈍器にくらいはなる。
ほらみろ、まだまだ戦いようはあるじゃねぇか。今にギャフンと言わせてやる。
だから――
「この赤い機体を捨てる。そこから始めるか……」
B-Part