121話A「謀 ―tabakari―」
◆7vhi1CrLM6



 獣が低く唸るような空気の震える音を耳にして、ゆっくりと起き上がる。
 瞼が泥のように重い。だが、そのまま無視して寝続けるというわけにもいかない。
 袖をまくって時計の銀盤を確かめる。
 何の変哲もないただの安時計。しかし、軍人にとっての必需品であり、唯一ここに持ち込めた所持品だった。
 目を細めて眺めた針は、深夜0時をわずかに越えたところを指していた。
 ――少し遅れたか。
 立ち上がり、ジャンパーを羽織って、格納庫を出る。
 空気が冷たい。それは体の芯に染みこんで来て、寝起きの頭を起こすには都合が良かった。
 遠いところで火が灯っている。基地を囲むように広がっている森林が燃えているのだ。
 最初は西の方が燃えていたが、今は消えている。そのかわりに南北の森林が火事になっていた。
 おそらくはこの数時間をかけて火の手が回りこんできたのだろう。そして、やがては東の森に火が灯る。
 そういった明かりに晒された夜空は、やけに明るかった。
 そこに三つのシルエットが浮かんでいる。
 ローズセラヴィーの大きい影とメリクリウスの小さい影、それに航空機が一つ。
 アルトの姿が見えないのが気になったが、一先ずは格納庫に引き返して、ファルケンを起動させた。
 これでレーダーに反応があるはずだ。居所を示したつもりだった。



 格納庫の一角に間借りしている事務所のような建物に入った。奥にデスク。手前には小さなテーブルとその両側にソファ。
 右手前にユーゼス、その奥にキョウスケ。その向かいに自分。三人が次々と腰掛けていく。
 部屋の中は真っ暗で埃っぽい。電気が点かないのだ。
 スイッチをパチパチと切り替えていたベガが諦めて、隣に座った。
 『電力が通っていないようだ』とキョウスケが軽く説明を添える。
 そして、沈黙。空気が重い。押しつぶされるように頭が下がっていき、顔が俯く。
 誰も彼もが気づいている。頭数が二つ足りない。そのことが指し示す意味を――
 嫌な予感は基地を見たときからしていた。荒れ果てた状態、散乱する瓦礫の山、機体の破片。
 それでもメディウス・ロクスの残骸は見当たらなかった。だから大丈夫だと必死に振り払ってきた考え。
 どこで間違ったのだろう? ゼクスたちと二手に分かれ、マサキを探した――それが間違いだったのだろうか?

「では、話してもらおうか。ここで何があったのかをな」

 ユーゼスの声にハッとして顔を上げる。
 相変わらず感情の篭らない冷たい声。
 それは感情を押し殺しているからなのだろうか? それとも感情というものを持ち合わせていないのだろうか?
 どちらとも判別はつかなかった。

「いいだろう。基地に着いたところから話を始める」

 そして、話し始めた男。その男の声もまた感情の在り所の分かりにくい声だった。



「殺しただと!!」

 キョウスケの話が終盤に差し掛かり、ゼクス=マーキスとカズイ=バスカーク、二人の死に触れたとき、カミーユは立ち上がり叫んだ。
 顔面は蒼白。しかし、視線は強く、責め立てるように目の前の男を睨みつけている。
 視線を受けつつも、キョウスケは短く淡々と肯定の意を示した。

「そうだ」
「ゼクスさんとカズイをか!?」
「そうだ、俺が殺した」
「何故だ!!」

 キョウスケの胸倉に掴み、今にも噛み付かんばかりの勢いでカミーユは叫ぶ。
 その様子からは、ぶつけずにはいられない激情が渦巻いているのが見て取れる程である。

「基地を確保しなければならなかった。損傷の少ない状態でそれを実行するためには仕方がなかった。
 奴もそれを望んでいた」
「嘘だ!! そうやって汚い大人は自分の都合のいいように解釈しようとする。
 分からないのか? あんたにとっては仕方のないことでも、殺された側からしたらそれで終わりなんだぞ!!」
「言い訳をするつもりはない。俺を罵って気が済むのならそうしろ。だが――」

 カミーユの腕を振り払い。逆に下からキョウスケが睨み返す。声には険しさが込められていた。
 その威嚇と警戒の入り混じった態度は、狼が毛並みを逆立て低く唸っている様子に似ている。

「これだけは言っておく。奴は先を見極め、自らの命と基地を天秤にかけた上で、死を選んだ。
 お前の言うように死んだらそれで終わりだろうと、死を怖れる奴ではなかった」
「そうやってすぐに自分の行いを正当化しようとする。便利ですよね、死人は決して喋らないのですから」
「何を言おうと事実は変わらん」
「でもあなたはその事実を変えようともしなかった。違いますか?」
「好きに受け取れ」

 睨み合い。互いの視線が鋭くぶつかる。
 その様子からはカミーユのみならず、キョウスケからも苛立ちが見て取れた。

「やめなさいっ!!!」

 突然の怒声が割って入った。大人が子供叱るようなそんな大声だった。

「ここでいがみ合ったところで、死んだ人たちが生き返るわけでもない。何も変わらないわ。
 カミーユ、ここであなたたちがいがみ合うことをゼクス達が喜ぶと思う? あなたが行動を共にした彼はそういう人だった?」
「それは……」

 カミーユが言いよどみ、下を俯く。

「キョウスケ中尉、彼があなたを残したのはここで無駄に時間を潰すためではないでしょう」
「……その通りだ」

 一度鋭く睨み返した後、ふっと体の力を抜いて、キョウスケは返事を返した。

「ならば話を続けろ、キョウスケ=ナンブ」
「……いいだろう」
「カミーユも座りなさい」

 拗ねた様子を見せながらカミーユも再び席に着く。
 ――くだらんな。
 話を再開したキョウスケを脇目にユーゼスは思う、この一連の流れは実にくだらないと。
 しかしながら、キョウスケ=ナンブの観察という点においては大いに役に立った。
 最初に「俺が殺した」と言い放った淡々とした口調。その後のカミーユとのやり取りでみせた苛立った様子。
 表面上は冷静さを失わずに保っているように見えても、その実、心の中では自分の行いに納得し切れていない。
 だからこそ、カミーユの指摘に苛立ちを隠しきれなかったのだ、とユーゼスは判断する。
 つまりは――
 ――こいつも所詮、感情を制御しきれない人間か。
 とは言え、表面上冷静を装えるだけ、カミーユよりマシな類ではある。方向性は違えどベガに近いのかもしれない。
 キョウスケの話が終わる。思考を練りながらであっても、その話の内容は十分に頭に入っていた。
 重要なのは基地に動力が通っていないことと周辺に無数の機体が朽ち果てていることぐらいだ。
 それらを念頭に今度はユーゼスが口を開く。

「では次の動きだが、中尉はG-6の補給ポイントに向かってもらう。
 ベガは中尉の誘導と護衛。補給ポイントは把握しているな?」

 そこで一度言葉を区切り、テーブルに紙を広げて『首輪』という文字を綴った。

「補給後は北部にある二機のチェック。使えると思ったものは残骸でも構わん。持って来い。
 南部の四機は私が行う。カミーユ、VF-22を借りるぞ。
 カミーユはエネルギーをメリクリウスから基地に供給できるようにしておいてくれ。大規模なものは必要ない。
 基地の一部機能の電力を賄える。それくらいのものでいい。それくらい出来るな?」

 カミーユが頷くのを確認する。

「では一時間後に再集合だ。解散」

 立ち上がり、各自がばらばらに事務所から出て行く。そのとき、後ろから声をかけられた。

「何の用かな、中尉」
「ユーゼス、一つ聞かせろ。アルトはどうした?」

 仮面の奥底の目を細め、クッと喉元で笑いを噛み殺す。そして、あえて厭味に返事を返す。

「ああ、あれなら代わりを見つけたので棄ててきた。ゴミのように朽ち果てた屑鉄など、何の役にも立たないからな」

 一瞬、目の前の男を取巻く空気がざわめく。その反応を愉しみつつ、言葉を投げかける。

「どうかしたのかね?」
「いや……なんでもない」

 平静を装ってはいるが苦味を含んだ声。
 ――決まりだな。
 感情を内に込め、本心を語りたがらないタイプ。そう見て、ほぼ間違いはないだろう。
 手駒としてはカミーユよりいくらか使いやすい。

「では中尉、一時間後にな」

 そう言い残すと、ユーゼスは背中を向けて歩き出した。



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