140話B「穴が空く」
◆7vhi1CrLM6
◇
天井の底が抜け、瓦礫と化した様々なものが降り注ぐ。黒煙を上げて基地の一角が崩壊を続けていた。
しかし、元来が機動兵器での戦闘を前提とした基地。その最重要施設の一つである発電施設である。
そう簡単に全てが崩れ去るような設計は施されていない。
崩れるべきものが崩れ去ると、建物の崩壊は意外と短時間で終わりを告げた。
うずたかく積み重なる瓦礫の山。その前に立ち、ユーゼスは染み出してくる赤い血液を確認する。
「下敷きになったか……不運な男だ」
それ以上の感慨は湧いて来なかった。
確かに玉を砕く実験台に使いたいという気持ちはあった。便利な駒にも為りえたのかもしれない。
しかし、玉を砕くのは生きているときでなくとも構わず、駒は所詮駒でしかない。
だから、彼にとっては持ち駒が一枚減った、ただそれだけの出来事に過ぎないのである。
『脱出』の封筒を投げ捨てる。
中は空だ。何も入ってはいない。どちらを答えようとも『首輪』を渡すつもりだったのだ。
脱出の方策も考えている、そう思わせておいたほうが扱い易い。だが、それももう必要なくなった。
視線を上げ、天井を見上げる。
大きな穴が一つ、そしてまだ暗い空が見える。上階も被害を受けたのだろう。
視界の隅で目聡く機動兵器の欠片を見つける。
仮面の下の口元が人知れず笑った。
目の前の瓦礫を一瞥し、踵を返す。既に埋もれた人間などに興味はなく、その対象は乱入者へと映っている。
ユーゼスはベガに「極力施設には近づけさせないでもらいたい」と言った。にも関わらずこのような鉄塊が飛んでくる。
倒されたのか、逃げられたのか。だがどうやらこの鉄塊を打ち込んだ相手は、ベガの手に余る程の者らしい。
中々だ。中々の戦力だ。
力は強ければ強いほど、従えるのにも取り込むのにも都合がいい。
ならば自身が出向くことに何の迷いもない。
石を投げずともグラスの水は自然と零れ落ちた。後はどう動こうと自由である。
足が止まる。目の前には巨大な機動兵器。それをユーゼスは愛しげに見上げ乗り込む。
計器に埋め尽くされたコックピットに、ほの暗い明かりが灯る。
ラズムナニウムあるいはTEエンジンの制御の困難さから、本来ならば二人三脚での運用が行なわれるツェントル・プロジェクトの機体。
その立ち上げ作業をユーゼス・ゴッツォはただ一人でこなしていた。
「AI1、現状報告と状況分析を」
手を休めることなく呟く。同時に文字式の羅列が暗緑色のモニター一杯に表示された。
それを僅か一瞥しただけで頭の中に納める。
取り込んだゲッター線が異常なほどの活性化を見せていた。そしてそれが各所に影響を及ぼしている。
出力は上昇し、ラズムナニウムも活性化。解析状況ですら予想外の速度を見せている。
その解析データを万が一に備えて基地のメインコンピューターにバックアップ。そしてリンクを切り離すと、手を止めたユーゼスが笑った。
必要な作業は終了した。そして、解析からAI1が興味深い推測を出して来ている。後は――
「さぁ行こうか、AI1よ。更なる進化の為に」
◆
大雷凰に乗り込む竜馬。ローズセラヴィーに飛び乗るベガ。
二人が紡ぎ出す喧騒の狭間、一瞬の静寂が場を満たし駆動音が即座に打ち消した。
動き出す。ローズセラヴィーの稼動が一呼吸早い。
構え打ち出される閃光。
地に膝をついていた大雷凰が、横っ飛びに跳ねた。爆音が響き、その場が抉り飛ぶ。
一転、二転、三転。転がり続ける竜馬を全身から撃ち出される火線が追う。
一向にやむ気配のない銃声、集中豪雨のように降り注ぐ光の雨。圧倒的な火力は体勢を立て直す暇すら与えない。
「おい!」
そんな中、竜馬の声が叫ぶ。
「パイロットはまだ生きてるぜッ!!!」
「ッ!!」
真っ二つに切り裂かれた金色の機体。それが火線を潰すような形で、突然投げ出された。
咄嗟に射線が逸らされる。閃光が上方に飛び、一筋の閃光が夜空に立ち上った。
一息つく間もなくベガを戦慄が襲う。眼前に迫った黄金の機体、視界を塗り潰すそれに亀裂が奔る。
巨大なトマホーク。さらに二つに切り裂かれる黄金の機体。
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおおりゃッ!!!!」
咄嗟に身を捻ったローズセラヴィーの右腕が、肩口から跳ね上がった。
「くっ!!」
間髪入れずに至近距離から撃ち出す火線。トマホークを盾に跳び退く大雷凰。
火花が散る。弾幕が竜馬を捉えた。
金属音が響き渡り、欠ける。ゲッタートマホークの刃が欠けていく。
「チッ!!」
舌打ち一つ。自身の不利さを悟った竜馬が、トマホークを盾に強引に突撃を試みた。
距離が詰まる。500……300…200…100、突然トマホークが投げ飛ばされる。
半身に避けるローズセラヴィー。その顔面に蹴りがめり込む。
舞い散る破片。上体が仰け反りぐらりと揺れるローズセラヴィー。しかし、頭部は完全には破壊されない。蹴り砕くには少しばかり固すぎたのだ。
勢いが止まる。大雷凰の体重が蹴り足に乗る。刹那の一瞬に生じる硬直。
その瞬間、意識が明滅する中でベガは大雷凰の蹴り足を掴んだ。
そしてただ無造作に、ただ力任せに、渾身の力を込めて大地に叩きつける。轟音。舞い上がる大地の破片が柱を為す。
一呼吸。跳びかけた意識を呼び戻す。その間隙を衝いて新たな衝撃がベガを襲った。
金色の破片が宙に舞う。
たたらを踏むローズセラヴィー。
いつの間に拾ったのか、それを考える余裕は無い。
逃れた大雷凰が飛び退く。
着地。
同時に何かを豪快に投げ飛ばす。
視界の中で何かが煌めいた。
指先にビームを集約。
刃を形成。
同時にベガの優れた動体視力は、飛んでくる物体を捉えた。
コックピットブロック。
切り払うのは容易い。
しかし、そこにはまだ生きた人間が乗っている可能性がある。
どうすればいい? コンマ数秒以下の思考がそこに囚われた。
避けるしかない!
結論が下る。
回避行動。
跳び迫る破片。
その向うから、跳ぶ様に間合いを詰めて来る。
掻い潜るようにして避ける。
同時に刃を下から上へ。
二つの機体が交錯。
馳せ違う。
互いに紙一重。
刃と蹴りが間際を駆け抜けた。
視界の隅に捉えた敵機を追って、ローズセラヴィーが振り返る。
視界の中、着地した大雷凰がもう一直線に駆け出している。肝が冷えるのを感じた。
流竜馬は駆けている。こちらにではない。こちらに背を向けたまま突っ走っているのだ。
それは明らかに基地付近に突き刺さったトマホークを目指している。
慌てて追う。追いながら唇を噛み締めた。
基地が黒煙を上げている。
コックピットだ。かわすしかなかったコックピットが直線上にあった基地を襲った。黒煙の正体はそれとしか考えられない。
しかし、速い。追いつけない。距離が徐々に開いていく。焦りが体を支配していく。
Jカイザー。一瞬、それが頭に浮かび振り払った。
相手は基地へ向かっているのだ。背後から撃てば、護るべき基地をも巻き込んでしまうことになる。
それはJカイザーに限らず、射撃全般言える事でもある。
基地から立ち上る黒煙が、何よりもそれを象徴的に教えていた。
今はただ愚直に追い続ける。それしか出来ない。目の前で開き続けていく距離、それがまた焦燥感を募らせていっていた。
不意に一つの通信が入り、仮面の男が映し出される。
「私だ。その男の相手は私がする。君には被害が基地に及ばぬようにしてもらいたい」
「しかし、ゼストは……」
「そうも言ってられる状況ではないだろう。それにその傷だ」
「何故……」
「この私が分からないと思ったのか? 声がおかしい。骨を何本か痛めているのだろう、違うか?」
押し隠していたはずの怪我を言い当てられて、言葉に詰まる。
事実だった。入れられた膝蹴りであばら骨が何本か折れているのだ。
激しく動き回れば臓器を痛める結果にもなりかねない。それは分かっていた。
「君にはまだ仕事が残っている。ここで倒れられては私も困るのだよ」
しかし、本当に死んで困る存在は自分ではなくユーゼスのほうではないか。そう思った。
思ったが、ユーゼスに取り合う気はなさそうだった。
「確認します。ユーゼス、あなたはあの機体に勝てるのですね?」
「無論だ。この私が勝算の無い戦いをするとでも?」
「……了解。基地の守りに入ります。ですが、あなたの生存が最優先です」
「いいだろう。重点的に護るべき箇所は送っておく」
そこで通信は途切れた。
ユーゼスの旗色が悪くなれば基地を見捨ててでも割り込む、このときはそのつもりだった。
◇
滑走路を駆け抜けた大雷凰。その左腕が伸びる。
瓦解した建物に頭を埋めるようにして、突き立つトマホーク。その柄を掴んだ。
同時に足場を踏みしめ付いた勢いを削ぐ。
視線は追いすがる大型機に。踏み抜いたアスファルトの破片が舞い上がり、巻き込まれた建物の破片が舞い踊る。
二本の爪跡を残し、ようやく足場をしっかりと捉え構えた。
瞬間、両足に体重が乗る。全身のバネが縮み、力を蓄え、そして放出されるその一瞬。悪寒が竜馬の全身を圧し包んだ。
兆候は何もない。
赤い大型機はまだ遠く。基地にも異変は見当たらない。だがそれでも竜馬の直感は危険を察知した。
咄嗟の回避。前に進むはずだった力を横へ。
強引な行動に体勢は崩れ、半ば転がるようになりながらも跳び退く。
しかし、それは正しかった。
数瞬前までいた場所。もし前進していたならば、そこにいたであろう所。それらをまとめて呑み込む極太の粒子の束が駆け抜けた。
膨大な熱量に溶けたアスファルトが融解し泡立つ。地上から天空へ光の帯が奔る。
その光景が過ぎ去ったとき、眼前に大きく空いた穴から新たな機体が現れた。
「メディウスの慣らしに付き合ってもらおうか」
「チッ! もう一機いやがったか」
息を呑み汗が頬を伝って流れ落ちていく。
五十メートル級の大型機。損傷はどこにもなく戦力は未知数。一度退くべきか、そう考える暇は竜馬には与えられていなかった。
メディウス・ロクスが動く。演舞でも行なうが如く舞、その手足からくの字型の金属が打ち出された。
それが距離を取っていた竜馬を襲う。
弧を描くような軌道。かわしても戻ってくる。それを見極めトマホークで薙ぎ払う。
その間に距離が潰れる。既に手を伸ばせば触れられる距離。不意に激情が竜馬を支配した。
大雷凰の出力が跳ね上がる。
「なめんじゃねええええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」
ゲッタートマホークを振り下ろす。同時に突き上げられる拳。
金属同士が重音を奏でメディウスの右腕に生えた一対の牙と大斧が接触した。
「チィッ!!」
押し合う牙と大斧。
不意にメディウスが動く。
力を緩めて大斧を受け流すと左腕を振るう。そこにもまた一対の牙。
右腕のない大雷凰にこれを防ぐ術は無い。火花が散り、装甲板が一枚持っていかれる。
だが構うことなく懐に踏み込んだ竜馬はトマホークを手放し、肩で下から突き上げた。
当て身。
メディウスがふわりと浮かび上がり、次の瞬間痛烈な蹴りが叩き込まれる。メディウスの巨体が弾け飛ぶ。
追撃。背部と脚部のスラスター唸りを挙げ眩い閃光を放った。
一度開いた距離が瞬く間に潰れていく。その先に光が灯る。
「なるほどいい腕だ。だが……」
メディウス・ロクスの胸部に集約されていく光。それが強大な奔流となり撃ち出される。
眼前に迫り狂う粒子の荒波。
だが、構う事は無い。スラスターから漏れる光が大雷凰を呑み込み、一筋の閃光と化して不死鳥を形作る。
ぶつかり合った大雷凰とターミナスブレイザーがほんの一瞬だけせめぎ合い、不死鳥が突き抜けた。
「馬鹿なッ!? グオッ!!!!」
蹴り。ただの蹴り。呆れ返るほど真っ直ぐで前に突き進むほか一切を知らない蹴り。
しかし、大雷凰の全推進力を懸けた蹴りだ。メディウス・ロクスの装甲に亀裂が奔り――
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおおりゃッ!!!!」
とんでもない速度で弾け飛んだ。そして、稼動効率100%を超えた大雷凰が、それよりも遥かに素早く回り込む。
が、それで終わるほど敵も甘くは無い。
「出力上昇110……120……頭に乗るなっ! イグニション!!」
弾け飛ばされていくメディウス・ロクスから赤黒いオーラが立ち昇る。
そして、瞬時に体勢を立て直し、迫り狂う不死鳥を迎え撃った。
◇
ベガはその光景をただ見ていた。
赤黒い閃光と蒼白い不死鳥が死闘を演じるその光景をだ。
馳せ違う。
入れ替わる両者。
しかし、動きは止めずに共に空へ。
飛び交い。
幾度と無く交わり。
大気が震える。
眩い火花が散る。
時空が揺れる。
「何なのよ、これは」
割って入る余地など何処にも存在しない。
ローズセラヴィーと目の前の二機とでは、余りにも移動速度が違い過ぎた。
摩擦熱で機体が瓦解を始めるほどのスピード。
何も出来ない。苛立ちが拳を固くする。
突然、縺れる様に飛び交っていた両者が天と地に別れた。
遥かな高みに舞い上がる大雷凰。
地に足をつけ見上げるメディウス・ロクス。
大雷凰を取巻く光が色を変え、形を変え燃え盛る炎のような翼を成した。
刹那、大雷凰が一筋の雷の如く天からの突撃を開始する。
同時に地で迎え撃つメディウス・ロクスが赤黒いオーラを胸部に集約してゆく。
そして、その炎はいつしか色を失い漆黒の闇へと変貌すると巨大な引力を生じさせた。
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
「堕ちろ! 地獄の業火の中へ!!」
天から衝き抜ける超速と引き寄せる強大な引力。疾い。音よりも、雷よりも、光よりもだ。
両者は激突し、渦を巻く巨大な火柱が天を焦がした。
C-Part