88話「類(仮面)は友(仮面)を呼ぶ」
◆ZimMbzaYEY



廃墟の街に姿を隠した二つの赤い機体。
その内の一機、角のはえた機体の整備を行うキョウスケをユーゼスはモニター越しに眺め観察していた。
その場に三機目の機体――ローズセラヴィの姿はない。彼女には周囲の警戒にあたってもらっている。
さすがはかつての愛機といったところか。
専属の整備兵並みとまではいかなくともその整備は、補給ポイントでの弾薬の補充と合わせて現状考えうる最良の状態に仕上がりつつあった。

だが、この程度の技術力では足りない――

首輪の解析に必要な技術力は、最低でも新型の機動兵器を一から書き起こすことのできる程度は必要であるとユーゼスは考える。
それを想定したときキョウスケ程度の技術力では不足であった。

だが、この男の持つ価値はそんなところにはない――

首輪の解析など自分ひとりでもおこなえる。その自負がユーゼスにはあった。
この男の価値は主催者を知りうる存在であるというところだ。つまりは主催者に対するゲーム内で恐らく唯一の情報源。
そういった意味でこの駒の存在は重要でありそれを自分は手にした。その愉悦で仮面の奥の目がすっと細まり、そして不意に視線を感じた。
モニターの向こう側。そこから見えるはずのないこちら側を鋭い視線が射抜く。
相手を推し量り、値踏みする者の目。私と同じ類にしてその根源はまったく異なる瞳。
隙を見せれば牙をむく野生の獣の瞳。

なるほど――
まだ私を完全に信頼したというわけではない――
下手な芝居を打てば即座に噛み殺す。そういうことか――

フッと口元が緩む。

結構。実に結構――
そのような輩を手の上で踊らせてこその私だ――

仮面の下には不適な笑みが浮かんでいた。



「ユーゼス・ゴッツォ、整備は完了した。だが、仮にファルケンのパーツを流用したとしても左腕の修復は不可能だな」
同じPT、同じATX計画の流れを汲む機体でも基本はゲシュペインストのアルトとヒュッケ型のHフレーム採用のファルケンとでは骨格の構造が異なっていた。
その影響か一部のパーツを除けば流用は不可能。まして専門職のメカニックがいないこの状況下で左腕の復元など夢のまた夢であった。
「そうか・・・。復元が可能ならば、中尉に乗りなれたほうに乗ってもらおうと思っていたのだがな」
「いや・・・。仮に復元できたとしてもファルケンには俺が乗ったほうがいい。現状のあの機体は扱いにくすぎる」
事実であった。ファルケンはロワ開始の時点で既にどっかの誰かが『BMセレクト、俺好み!』をおこなったため、近接射撃専用ともいえる意味不明な状態であった。
その上、キョウスケの施したアルト寄りのOSの書き換えである。すでにアルト以上に扱いの困難な機体と化していた。

それに、この男の言葉は今はまだ額面どおりに受け取らないほうがいい――

この男にもベガにも今のところ不審な点は見つからない。だが仮面の底で何を考えているか読めないうちは疑っておくにこしたことはなかった。
「そうか・・・。ならば今しばらく私が預かっておこうか」
そこで偵察に出ていたベガから音声通信が入り繋げる。

ガチャ

「もしもし、私だ。ふむ・・・・・・・・・了解した。では待っている」

ガチャ

「キョウスケ・ナンブ、客が来る。二機だ。来客までにこれからの行動について貴官の考えを聞こうか」



程なく来訪者の機体は姿を現し、ユーゼス達の抑えた補給ポイントの使用を求めてきた。
ユーゼス達の許可を得るとゼクスたちはメリクリウスの補給を開始する。
そしてその補給が完了するまでの間、6名の参加者による束の間の談合が始まりこれまでの情報が交換されていく。
「・・・・・・というわけで、こちらとしてはメリクリウスの補給がすみ次第、マサキを追いかけさせていただきたい」
暫く思案をしていたベガの口が開く。
「ならばキョウスケ中尉と共に先行してください」
「・・・・・・つまり補給の完了を待たずに足のはやい二機で百式の背を捉える。そういうことですか・・・・・・。ならばこちらの防備を削らなくとも私のメディウス一機で十分です」
「勘違いをするな、ゼクス・マーキス。メディウスにはカズイも乗っている」
「それで残った俺たちは何を?」
「あなたたちがマサキ君と遭遇した場所から飛び去った方向にまっすぐと線を引くと・・・」
地図に線が引かれていく。その線はゼクスたちとマサキが別れたD-5地区北西部を基点にブンドルの飛び去った方向――東に向けてまっすぐに伸びていく。
やがてその線はH-5とH-6の境目で東の端に消え、A-5とA-6の境目の西の端から姿をあらわす。そしてそのまま東進する線はD-6中央の岩山を終点とした。
「・・・こうなります。それで足のはやい機体はE-5北西部からこの線に乗って東に、足の遅い機体はメリクリウスの補給終了後に終点から線に沿って西回りに進みます」
「ようは足の速い機体で背を追い、脚の遅い機体で頭を押さえるということか・・・。お心遣い感謝する」
「なに気にする必要はない。こちらも丸っきりの善意というわけではないのだ。直線から位置はそれるが先行の二機には合流地点としてここを押さえてもらいたい」
ユーゼスがどこからか拾ってきた棒で地図の一点を指し示す。
「G-6基地」
彼は棒で地面を二三度軽く叩くと受け答えとは別のことを地面に書き始めた。
「そう基地だ。この会場の中においておそらく最大の防備を誇る施設。一機や二機程度の戦力では維持は不可能だが5機6人が集まれば多少なりとも事情は変わる」
『我々は首輪の解除を考えている。その為にはここの設備は押さえておかなければならない』
一度周囲を見回し全員の表情を確認する。
「ならばゲームに乗ったものに立て篭もられる前に押さえておくのが得策だといえる」
『いたずらにここで戦闘を繰り返させて施設が潰れれば首輪の解除は不可能となる。そのためにも君たち二機でここをお願いする』
「G-5地区までに百式に追いつけなかった場合、あとは我々を信用して合流地点のG-6基地に向かってもらいたい。何か質問は?」
「そちらの合流予定時刻を聞いておきたい」
「・・・・・・いまから約6時間半後、深夜12時までに基地に辿り着けなかった場合、独自の判断で行動してください」
「了解した。他になければ急ぐぞ、ゼクス」
「ああ、それでは失礼する」



やがて時計は午後6時を指し示し静かに哀悼のときは訪れる。

『アー、アー、ただいまマイクのテスト中ですの。・・・こほん・・・最初の定時連絡の時間となったので放送を
 始めますの。まずは死んでしまった人たちの報告からですの・・・』

・・・エクセレン=ブロウニング
・・・メルア=メルナ=メイア
・・・グ=ランドン・ゴーツ
・・・ラクス=クライン
・・・木戸 丈太郎
・・・神名 綾人
・・・カティア=グリニャール

読み上げられる名の多さに思わず眉間にしわがよりゼクスは悲痛な表情を浮かべた。
そして――

・・・リリーナ=ドーリアン

彼は言葉を失う。
「馬鹿・・・な・・・・・・」
死んでいいはずの人間ではなかった。平和の訪れた世を率いていくべき者の一人だった。
気高く、真摯なその姿勢は戦乱の世ではなく平和な世界でこそ必要な存在のはずだった。
なによりたった一人の妹だった・・・・・・。
何故だ?何故、リリーナが死ななければならない。
死ななければならないのは戦場でしか生きられぬ私のような者であるはずなのだ。
そう私のような・・・・・・。
黄昏時を迎えた空が視界から遠ざかっていくのが見えた。それではじめてメディウスが制御を失い自由落下しているのだということに気づく。
彼の動揺はそこまで大きかった。
だが今は機体を立て直す気にはなれない。いま少しの間何もしない贅沢を味わっていたかった。

リリーナ、腑抜けた兄と笑ってくれ――

その目に映る空は朱かった。



『アー、アー、ただいまマイクのテスト中ですの。・・・こほん・・・最初の定時連絡の時間となったので放送を
 始めますの。まずは死んでしまった人たちの報告からですの・・・』

・・・エクセレン=ブロウニング
・・・メルア=メルナ=メイア
・・・グ=ランドン・ゴーツ
・・・ラクス=クライン

プラントの歌姫は死んだらしい・・・。ピンクの長い髪が綺麗な少女だった。
争いを止めようとがんばり、いつもキラが側についていた少女。
だが死んだ。
そして、僕は生きている。
知らず知らずのうちにカズイの口元は綻び精神の均衡を失ったものの笑みがこぼれる。
僕は生きている。
とくにこれといった特徴もなく、ラクスなどとは比べ物にならないくらいちっぽけな自分が生きている。
そして、このAI1さえあればこれからも僕は生き続けられる。
その巡り合わせに感謝して少年は天を仰いだ。

「・・・・・・あれ?」

なんかすごい勢いで空が遠ざかっている気がする。
落下?・・・・・・まさかね。
疲れているのか?そうだな。うん。こんな殺し合いに放り込まれて今日の僕はきっと疲れているんだ・・・。
きっとこれは幻覚だ・・・・・・。ほら危険を知らせるアラーム音の幻聴まで聞こえてきた・・・・・・って!おい!!
黄昏の空にカズイの絶叫が木霊した。



・・・エクセレン=ブロウニング

その名前が呼ばれたとき、キョウスケの脳裏にはわずか半日足らず前の惨劇が思い起こされていた。
放送の主、アルフィミィに詰め寄るエクセレン。
知らないと言われ、それでもなお問いただそうとして、実験台にされた彼女。
気づくと操縦桿をきつく握りこんでいる自分がいた。

放送はなおも流れ続ける。

『・・・もいますのでやる気を出してもらうためにご褒美のことを説明いたしますの。
ご褒美は、死んでしまった方を生き返らすことから世界の改変まで望むがままですの。
なので、みなさんちゃきちゃき頑張って欲しいですの』

死んでしまったものを生き返らせる――

その言葉が胸をつき一瞬決意が揺らぐのをキョウスケは感じた。
エクセレンの体のいくらかはアインストの細胞によって保たれている。奴らは以前シャトル事故に巻き込まれた彼女の命を救ってみせた。
つまりこれはブラフではない?
いや、奴らの力を知るものがいるからこそのブラフか・・・・・・。
まぁいい。どの道、奴らを信用する気など毛頭ない。

溜まったツケは返させて貰う。俺なりのやり方でな――

ふと落下しているメディウスが視界に入りキョウスケは我を取り戻す。
とっさに機体を反転、スロットルを一気に引いてブーストをフル稼働。
ファルケンはメディウスに追いすがっていった。



あの場合はあれでよかったのだ――

放送を聴きながらユーゼスは一人笑う。
先ほどの会話において相手にただ協力するだけよりも多少の見返りを要求する。
それは間違いではない。
人は見返り無しの無償の好意を疑う。ましてベガのような完全な善人ならばともかく自分のような人間ではなおさらだ。
古人は言う『タダより高いものはない』と。
だからあれでよかった。相手に協力する代わりにこちらも基地を押さえて貰う。
事実、基地は必要だった。それに向かわせた二機もともに一部隊を率いるだけの才覚は持ち合わせているように見えた。そうそう遅れはとらないだろう。
特にあのゼクスという男・・・、奴には大局を見据えるだけの力があるように感じた。
マサキといったか?あの男の仲間は・・・。だが彼などどうでもいい。
私が真に興味のあるのはサイバスター。後発隊はそれに遭遇できる可能性が高い。
あれにはラプラスコンピューターがある。しかし、まさかここでその名を聞くことになるとわな。
あれはいいものだ。

そとで音がした。どうやら放送を聴き終えたカミーユが物にあたったらしい。
ベガがそれに付き添っているのが見える。
ユーゼスは愉悦を仮面の底に押し隠し二人のもとへと歩み寄っていった。



【ゼクス・マーキス 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
 パイロット状況:動揺、マサキを心配
 機体状況:良好
 現在位置:E-5北西部
 第一行動方針:マサキの捜索
 第二行動方針:G-6基地を押さえる
 第三行動方針:味方を集める 
 最終行動方針:ゲームからの脱出、またはゲームの破壊】


【カズイ・バスカーク 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
 パイロット状況:良好、不安
 機体状況:良好
 現在位置:E-5北西部
 第一行動方針:ゼクス達についていく
 第二行動方針:AI1を完成させる
 最終行動方針:ゲームからの脱出または優勝またはゲームの破壊】


【キョウスケ・ナンブ 搭乗機体:ビルトファルケン(L) (スーパーロボット大戦 OG2)
 パイロット状況:良好
 機体状況:ブーストハンマー所持
 現在位置:E-5北西部
 第一行動方針:マサキの捜索
 第二行動方針:G-6基地を押さえる
 第三行動方針:ネゴシエイターと接触する
 第四行動方針:信頼できる仲間を集める
 最終行動方針:主催者打倒、エクセレンを迎えに行く(自殺?)
 備考:アルトがリーゼじゃないことに少しの違和感を感じています】


【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:アルトアイゼン(スーパーロボット大戦INPACT)
 パイロット状態:良好(修理できなくて困ってるのも私だ)
 機体状態:左腕損失、ダメージ蓄積 (整備によりやや軽減)
 現在位置:D-4廃墟、補給施設付近
第一行動方針:サイバスターとの接触
 第二行動方針:首輪の解除
 最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
 備考:アインストに関する情報を手に入れました】


【ベガ 搭乗機体:月のローズセラヴィー(冥王計画ゼオライマー)
 パイロット状態:良好(ユーゼスを信頼)
 機体状態:良好
 現在位置:D-4廃墟、補給施設付近
 第一行動方針:マサキの捜索
 第二行動方針:首輪の解析
 最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出
 備考:月の子は必要に迫られるまで使用しません
 備考:アインストに関する情報を手に入れました】


【カミーユ・ビダン 搭乗機体:メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
 パイロット状況:良好、マサキを心配
 機体状況:良好
 現在位置:D-4廃墟、補給施設付近
 第一行動方針:マサキの捜索
 第二行動方針:味方を集める
 最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊】

【初日 18:10】


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