31話「歌と現実」
◆h13q4eyrNs
汎用人型決戦兵器 EVA-00 PROTO
TYPE。
それがラクス=クラインに与えられた機体だった。
その形状は彼女が知るモビルスーツとはかけ離れており、いわば【巨人に鎧を着せたモノ】とでも形容すればいいのだろうか。
ブルーに染められたボディ、一つ目の頭部。
そして―――"人造人間"という肩書き。
(…にしては、"人間らしさ"を感じませんわね)
ウェットスーツのような構造のプラグスーツを身に纏い、L.C.L.という液体に満ちた(呼吸はできる)コックピット、エントリープラグの中で、
ラクスはそんなことを考えていた。
(ヒトが造りしヒト………わたくしたちコーディネーターとは随分毛色が違うけど、この子には魂はないのかしら?)
彼女自身も造られた人間―――厳密には第2世代であるが―――『コーディネーター』の肩書きを持つため、
この機体には興味が持てた。
だが、この機体からは命や精神、そして感情が全く感じられない。
(プロトタイプだから?いえ………あるいは、ヒトを造ることなど………)
その考えに至ると、急に自分の存在が怖くなった。
元の世界でコーディネーターが迫害されていることもあって、自分達が『あってはならない存在』なのかもしれないと思ったからだ。
「いけませんわね、こんな弱気では」
殺し合いと言う極限状況に置かれているから、などという言い訳は通用しない。そんな状況に置かれているからこそ、前向きにならないといけないのだ。
そう自分に言い聞かせ、ラクスはまるで母体の中にいる胎児のような気分で、モチベーションを高める為に、歌を歌う。
『静かな〜この夜に〜あなたを〜待っ(ry』
魂なき人造人間に、人類の持ちうる最高峰の歌声が響いた。
一曲歌い終えたラクスは一息ついて、これからどうするのかを考える。
「まず、キラと合流したいですわね」
見ず知らずの他人よりは、自分と共に戦った仲間のほうが信用できるのは当然だ。最初の場所で会ったキラは、確かに彼本人だった。
様々な死線を乗り越え、精神的にも強くなったキラなら容易にこんなゲームに乗ることは無いだろう。
次に、この首輪だ。希望的観測だが、ここに集められた者の力を結成すれば或いは外せるかもしれない。そしてあの化物を倒すことも。
「………茨の道ですわね」
かもしれない、という一縷ですらない望み。生き残りたいのなら、ゲームに乗るのが一番手っ取り早いだろう。
だが、殺し合いに乗るという選択肢はラクスには考えられなかった。
ピピッ
電子音が聞こえ、L.C.L.に映像が浮かび上がる。かなりのスピードで何かが接近している。
機影がモニターに移る。
映った機体は、見覚えがある機体だった。
破砕球が飛び、実体弾が迫る。
「フィールド、展開ですわっ!」
六角形の力場が破砕球を弾く。
六角形の力場が実体弾を弾く。
零号機が銃を取り出して構える。
レイダーが大口径の銃から発射された劣化ウラン弾を変形して回転しながらかわし、その勢いで接近。
そして大型クローの付け根に位置する短距離プラズマ砲【アフラマズダ】を放つ。
プラズマ砲が迫る。六角形の力場がプラズマ砲を弾く。
つい先程始まった戦闘は、互角に進んでいる。
いかなる通常兵器も展開されたA.T.フィールドには通じない。
とはいえ、EVA零号機もアンビリカルケーブルのせいであまり縦横無尽に動き回ることはできず、
高速で移動しながら攻めてくるレイダーに攻撃が当てられない。
『どうか剣を収めてください、わたくしに戦う意思はありません』
ラクスは戦闘が始まる前と同じ通信を送るが、レイダーのパイロットは全く聞く耳を持たず攻撃を続ける。
レイダーはMA形態に変形し、機関砲で牽制しながら接近し、再びMS形態に変形して攻撃を繰り返す。
ラクスは戦闘兵器での戦闘に慣れていない。だが、搭乗者の脳波を通じてダイレクトに動かせるEVAならある程度は戦える。
加えて敵機、GAT-X370レイダーは零号機の三分の一程度の大きさ。
パワーでは負けるはずもないし、巨体ゆえの弱点、小回りの利かなさによる隙もA.T.フィールドのおかげでカバーされている。
レイダーが一旦離れる。
旋回してEVAの真後ろの廃墟に回り、口の開口部より100mmエネルギー砲【ツォーン】を発射する。
廃墟はエネルギー砲に貫かれ、爆音とともに崩れ落ちる。レイダーは防盾砲を構えながら空中に静止し、攻撃の効果を伺う。
粉塵が舞う。その中で何かが光った、と思った瞬間、ビームのようなものが飛び出してくる。
運よくビームはレイダーを逸れるが、廃墟と化した街のビルを次々と薙ぎ倒しながら飛んでいき、見えなくなった。
その余りにも埒外な威力に一瞬レイダーは動きを止めてしまい、ズシンという轟音が響いたのが聞こえたときはもう手遅れだった。
粉塵を払い、巨大な手がレイダーを掴む。先の轟音は今のビームを放ったライフル(と呼ぶには巨大すぎるが)を地面に取り落とした音の様だ。
『あなたもMSのパイロットなら知っているはずです、陽電子砲の威力を』
三度通信を繋いだラクスは、内心自分もポジトロンスナイパーライフルの威力に驚いていた。
アークエンジェルの陽電子砲と比べても遜色ない大出力の攻撃を、カートリッジで連射可能と知った時は流石にブラフだろうと思ったが、
一応狙いを少し外しておいてよかった、と胸を撫で下ろす。
『そのモビルスーツ、レイダーの最大武器は先程のエネルギー砲のはずですわ、それもA.T.フィールドには通じなかった』
できるだけ優しく語りかける。そして相手の反応を観察する。
相手が元からこのゲームに乗るような冷酷な相手なら機体を破壊してこの場を立ち去るが、
恐怖でこのような行動を起こしてしまったのなら、できれば説得して仲間に加えたい。
『………………』
相手は全くの無反応だ。相手の息遣いは聞こえるので、通信機は壊れていないはずだ。
ラクスは訝り、もう一度通信を入れる。
『貴方は何故このようなゲームに乗って、何のために戦うのです?』
『………………』
『死ぬのが怖いのですか?』
ラクスはここで一旦言葉を切り、反応を伺う。
『死ぬのは怖くない』
唐突にレイダーのパイロットが言葉を発した。
『だが、死ぬわけにはいかない』
では、私と共に――――と言おうとした瞬間、銃撃音が響く。
レイダーが防盾砲を放っているのが見えた。
『何を―――?』
A.T.フィールドにはそんなものは通じないはず。
だが、レイダーが狙ったものは別の物だった。
地面に落ちたポジトロンスナイパーライフル。撃ち抜かれて行く。
ラクスは咄嗟に零号機の腕でボディを庇い、A.T.フィールドを作動させる。
――――――廃墟が消滅するほどの爆発と、轟音が起きた。
何もなくなった廃墟跡に巨人が佇む。
膝を突き、完全に機能を停止している。その胸には大穴が開いている。
エントリープラグは射出され、地面に転がっている。
「う………うう………」
ラクスは胸を押さえ、痛みに震えている。
(まさか………あんなことをするなんて)
レイダーは零号機に掴まれていたため、A.T.フィールドの中にいた。
爆発自体は耐え切れたが、いかに強力なシールドでもその内側に這入られれば無意味だ。
そして全武装での一点集中攻撃。EVAの特殊装甲を抜く程の誤差がない精密射撃によって零号機は倒れた。
EVAのダメージはパイロットに直接伝わる。
故にラクスは経験したことのない激痛を覚えていた。
ふと上を見上げると、霞んだモニターにレイダーが防盾砲を構えているのが見えた。
弾丸が発射される。エントリープラグを突き破り、ラクスを貫く。幾度も幾度も、貫く。
(アスラン………キラ………)
――――痛みが消えた。
L.C.L.の中で、自分の歌が聞こえたような気がした。
いつまでもいつまでも、歌が響いていた。
レイダーが飛ぶ。
爆音は間違いなく周囲に響いただろう。長居はできない。
パイロットの名はヒイロ=ユイ。テロリストである。
(………リリーナ)
彼は元の世界にいた、自分を変えた女性のことを考えていた。
テロリストである自分を恐れず正面から向き合った妙な女。
ヒイロは彼女を少し尊敬していた。だが、現在彼女は自分が敵対するOZのスポンサー、
ロームフェラ財団の傀儡にされようとしている。
声しか聞いていないが、先程の女はどこかリリーナに似ていた。
心に蔭りが射す。自分がこれからやろうとしていることを僅かに躊躇う。だが、止めるわけにはいかない。
(リリーナ………俺は必ず生き残り、元の世界に戻る。そしてお前を殺しに行ってやる)
このゲームにどれだけの人数が参加しているのかは分からない。
だがいいだろう、人を殺すのには慣れている。
ヒイロは天を仰ぎ、呟く。
「答えろ、ノイ・レジセイア――――」
「俺は後、何人殺せばいい?」
【ラクス=クライン 搭乗機体:EVA零号機(新世紀エヴァンゲリオン)
パイロット状況:死亡
現在位置:E-3
機体状況:胸に大穴、エントリープラグ内にラクスの歌が響いている?】
【ヒイロ=ユイ 搭乗機体:レイダーガンダム(機動戦士ガンダムSEED)
パイロット状態:良好
機体状態:良好
現在位置:F-3
第一行動方針:参加者の殺害
最終行動方針:元の世界に戻ってリリーナを殺すため、優勝する(リリーナが参加していることは知らない)】
備考:E-3の周囲一マス程に爆発音が聞こえました。E-3の廃墟が消滅しています。
【残り50人】
【初日 13:00】
NEXT「闇色をした『王子』さま」
BACK「仮面の作戦会議」
一覧へ