49話B「髑髏と悪魔が踊るとき」
◆IA.LhiwF3A


 一切のブレを許すことなく、バスターランチャーから放たれた光の粒子はサイコガンダムの漆黒のボディ目掛けて向かっている。
 完全な直撃コースだ。しかし――
 妙だ。呆気なさ過ぎる。あれだけ無防備に機体を曝け出しておきながら、何の策も打たずにいるなどただの馬鹿でしかありえない。
 何かがある。あの機体には、こちらの銃撃を意に介す必要のない、何かが。そして、その正体は――
 "見えざる壁"の存在だった。
 機体の胸部を今正に貫かんとするところで、光の噴流はそこから先に進むことなく掻き消えて、サイコガンダムへは届かなかった。
「じょっ――」
「はッ! 死になよッ!!」
 無効化された。いとも簡単に――その事実を認めるのと同時にすぐさまバスターランチャーを引き戻すが、お返しとばかりに相手側からもビームが飛んでくる。
 "見えざる壁"の原理を想像するような暇もない。何より驚嘆すべきなのは、反撃に使われるビームの、その数が、数が多過ぎる……!
「――冗談だろっ!?」
 横嬲りの暴風雨を連想させる苛烈さを持って、サイコガンダムの拡散メガ粒子砲がX2へと殺到する。
 ビームシールド、ABCマント――馬鹿な、防ぎ切れるものか。下手な一個小隊の一斉射撃よりも、降り注いでくるビームの総量は多い。
 これを避け損なえば、X2の小さなボディはバラバラになって、間違いなく、自分は、死ぬ。
 ――ボウィーさん、オレに飛ばし屋の運転技術を貸してくれるかい――!
 咄嗟の判断。キッドはX2の背部に取り付けられた可動式スラスターの噴射口全てを左側へと向け、推力を一気に全開へと引き上げる。
 四つの噴射口から急速に吐き出される炎。射線上のあらゆる存在を飲み込もうとする光の嵐から、X2が稲妻の如き鋭さで横っ飛びに逃れる。
 押し潰される――そんな錯覚すら抱かせる凄まじいGが、キッドの身体を襲った。
「……ッ!!」
 歯を食い縛って必死に耐える。緊急回避を遣って退けたX2のコントロールのために、操縦桿から手を離すことだけは決して出来ない。
 風に煽られマントが翻る中、どうにか機体を着地させる。横滑りに止まったX2の両脚部が激しく地面を削り取り、砂埃を舞わせた。
 ――回避、成功。
「……これからは、飛ばし屋キッドとでも名乗ってみるかな」
「お前ッ……!」
 決め台詞とともに駄目押しでウインクなどをかましてやると、通信回線上に映る端整な顔立ちの少年が、その表情を獣の如く獰猛に歪めた。
 ――怖い怖い、食われちゃたまんねぇな。
 そんな能天気なことを考える一方で、ようやく与えられた思考の時間を有効に使うべく、慣れない頭脳労働へと取り掛かる。
 ――知恵を頼むぜ、アイザック。
 先刻のバスターランチャーを防いだ"見えざる壁"。
 あれの正体については、考えるまでもない。俗に言うバリアのようなものを、あのガンダムは持っているのだろう。
 問題なのは、バリアが防ぐことの出来る攻撃の種類。まず、X2が持つ最大火力のビーム兵器であるバスターランチャーが通らなかった以上、
 ザンバスターのような遠距離からのビーム兵器は完全に無効化されると考えるべきだ。
 となれば、残されたのはバルカン砲やヒート・ダガーといった実体兵器と、ビームザンバー、ブランド・マーカー等の近距離ビーム兵器。
 しかし、目の前にいる巨躯に対して、口径の小さいバルカン砲の銃撃や、小振りのヒート・ダガーによる斬撃が有効打になるとはとても思えない。
 対して、後者にはバスターランチャーと同じ光学兵器の類であるという問題が挙げられるが、直接斬りつける武装であるという相違点がある。
 あの弾幕を掻い潜り、至近距離からの一太刀を浴びせる。
 スナイパーの自分には、聊か荷が重い役割というものだが――
 ――やれやれ、我らが紅一点の声援でもないとやってられないぜ。
「ま、ぼやいてみても始まらないってな」
「――ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かってきたらどうだい……!」
「そう急かしなさんなって」
 何の躊躇いもなく手にしていたバスターランチャーを放り捨てて、腰からザンバーを引き抜く。
 この作戦において、最も大切なものは機動力。ビーム兵器が通用しないと分かった以上、ランチャーの存在は文字通り、無用の長物でしかない。
 ――ブラスター、飛ばし屋と来て、次はサムライねぇ。無節操にも程があるってもんだが、これはこれで。
「――コズモレンジャーJ9の名に懸けて、貴様は我が斬り捨てる……なんてなッ!」
「――ふざけるなぁああああああああッ!!」
 サイコガンダムの胸元に光が灯る。それが弾けて向かってくるのとほぼ同時に、キッドは素早くX2のスラスターを上向きに切り替えて――
 何処までも青く澄み切った大空の中へと、X2は飛翔した。




 漆黒の巨体から放出される無数の光の矢が、『交差する骨』を象りしスラスターを駆使して接近する、同じく漆黒の小型MSを目掛けて突き進む。
 木戸丈太郎が駆るクロスボーン・ガンダムX2は空中で巧みにその軌道を変えて、サイコガンダムから迫り来るメガ粒子の雨を次々に躱していく。
 スラスターから青い焔を撒き散らし飛ぶその姿は、さながら優雅に舞い踊る蝶――と呼ぶには、額に刻まれし髑髏が少々邪魔になるか。
 一方、相羽シンヤの駆るサイコガンダムもその圧倒的火力を存分に撃ち出して、決してX2を懐へ飛び込ませるような真似はしない。
 シンヤにとっては鬱陶しく飛び回る羽虫のような存在でしかないX2を撃ち落とすべく、主兵装である胸部の三連拡散メガ粒子砲に加え、
 新たに空へと向かう火線は、機体の各部からぞろぞろと姿を見せた小型のメガビーム砲。射線は続々と、その幅を広げて展開していく。
 一度牽制のつもりか、X2が脚部から小型の刀を抜き出して投げつけてきたことがあったが、それも即座に迎撃のビームが粉砕して、終わった。
 どうやら相手はIフィールドの特性を見抜いており、接近戦を仕掛けるつもりのようだが、狙いが分かっている以上、対処も容易いというもの。
 或いは、こちらがジリ貧になるまで避け続けるつもりなのかもしれないが――仮にそのつもりだったとしても、既に手は打ってあるのだ。
 シンヤはX2を弾幕によって引き剥がす度、一門ずつ、銃撃の数を減らしている。
 弾切れが起こり始めたと、あのいけ好かない海賊ガンダムのパイロットに誤認させるため。
 これまでは相手もサイコガンダムの火力を警戒してか、接近してくる時も決して不用意ではなく、
 こちらに照準を合わせさせまいとする不規則な軌跡を描いて向かってきていたが――手数を無くしたと思い込ませることで油断を誘い、
 まんまと罠に嵌った相手が一直線に突っ込んできたところを、『奥の手』で仕留める。それが、シンヤの張り巡らせている策だった。
 ――フン、生意気な人間め。お前なんて僕の敵じゃないって事を、思い知らせてやるよ。
 充分にお互いの距離が離れたところで、サイコガンダムの砲撃を完全に止めた。同時に、緩慢な速度で機体の右腕を持ち上げて、X2へと向ける。
 そして、狙い通り。ここぞとばかりに、空中でX2がスラスターを吹かして、これまでにない急激な速度で向かってきていた。
 そう、それでいい。お前はそうやって、間抜けに一人で図に乗っていればいい。勝利を確信していればいい。そんな幻想を抱いたままで――
「――死ねぇぇッ!!」
 これこそがシンヤの隠していた、文字通りの『奥の手』。サイコガンダムの右手の指先に仕込まれた、5門の内蔵式ビーム砲。
 X2へと真っ直ぐに伸びた指先から、確実に避けようのないタイミングでそれは発射された。X2の小さなボディに、それは確かに命中し――
 ――X2の纏っていたマントを僅かに焦がして、それだけだった。爆散が起きたわけでも、機体の一部が損傷を受けたわけでもない。
 サイコガンダムへと突き進む、X2の勢いは、止まらない。
「な、何だと……!?」
 馬鹿な――サイコガンダムのIフィールドとは違う。傍目から見れば単なるマントでしかないそれが、『奥の手』を、ビーム砲を弾いたなどと……!?
「目には目を、バリアにはバリアをってとこだ……!」
 ――シンヤの誤算は、X2を単なる機動力頼りのMSだと思い込んでいたこと。
 己の乗ったサイコガンダムの圧倒的防御力を過信するあまり、それと同等の防御力を持つ存在がいる可能性に微塵も思い当たらなかったこと。
 策士策に溺れる。決着の一撃となる筈だった『奥の手』は、同じくキッドがその力を隠していた、
 ABC――アンチ・ビーム・コーティングマントによって呆気なく弾かれて、そして――
「悪党に掛ける情けはない。……ABAYO」
 ――X2の繰り出したビームザンバーが、サイコガンダムの胸部へと、根元まで突き刺さった。
 その切先は、重厚な巨体の中心部を完全に貫いている。スパークが飛び散り、膨れ上がる、熱量。
 ザンバーへのエネルギー供給をカットして、X2は崩れゆくサイコガンダムの肩を踏み台にして飛び上がり、漆黒の巨体から離れる。
 そして、サイコガンダムの胸元から、メガ粒子砲のそれとは違う、より破滅的な輝きを持った光が大きく膨れ上がって――
 ――悪魔の機体は爆発四散し、緑の大地へ炎と装甲の破片をばら撒いて、このゲームから、退場した。




 全てが終わった事を見届けてから、キッドはX2を残骸となったサイコガンダムの手前に降ろすと、ぐったりとシートに凭れかけ、心底深い溜息を吐いた。
 骨が折れる相手だった。何より、決着を付けるまでの過程が酷く長い時間に感じられた。
 一瞬でも気を抜いていれば、あのありったけの弾幕によって、白熱に焼かれ塵と化していたのはこちらだったのだから。
 ――考えてみりゃ、一人で戦り合ったのなんて随分久しぶりのような気がするな。
 我ながら、よく奮闘したと思える。操縦も、作戦も、覚悟も全て、一人で背負い、一人で挑んだ戦い。ブラスター・キッドの面目躍如といったところか。
 しかしまあ、結局のところ、勝負を決めたのは機体の性能差だったように思える。高機動でありながら、確かな防御力をも兼ね備えている機体。
 ――やれやれ、ガンダム様々ってところだな。これからも末永く、お付き合い願いま――







































「……人間、如きが」
 F-6。二機の"ガンダム"が激突し、壮絶な決着を持ってその全てが終わった筈の場所。その場に築かれたマシンの残骸の数は、
 ――二つ。
 粉々になったサイコガンダムの残骸の横で、機体の中心に大穴を開けてその機能を停止しているのは、クロスボーン・ガンダムX2。
 当然、パイロットの命など、無い。
「人間如きが、この僕を、ここまで……!」
 草木を糧に燃え上がる、"ガンダム"達のすぐ側に、一つの黒い人影があった。
 それは、巨大な"悪魔"を駆り、"悪魔"と共に滅びた筈の男の、変わり果てた姿。
「……大丈夫だよ。人間なんかにこの僕は、殺されないよ、兄さん」
 先刻まで、彼は人間だった。たとえ歪んだ情念を抱き、人間に対する明確な殺意を持っていたとしても、その姿形は『ヒト』の範疇に含まれていた。
「だから……すぐに戻って、殺してやるから、さぁ……」
 けれど、今は違う。たとえ彼が相羽シンヤを名乗ろうと、兄の存在を紡ごうと、それはもはや、この世界においては意味を成さない。
 今の彼に相応しい呼称は、テッカマンエビル。
 異形の姿を持ち、このゲームの参加者達を屠るためだけに動く、悪鬼でしかないのだから。




 髑髏と悪魔が踊るとき。
 ――"邪悪"は、目覚める。




【相羽 シンヤ(テッカマンエビル) 搭乗機体:無し
 パイロット状況:テッカマン形態、PSYボルテッカ使用により疲労
 機体状況:無し
 現在位置:F-6
 第一行動方針:他の参加者を全滅させる
 最終行動方針:元の世界に帰る】

※シンヤは機体の爆発間際にテックセットして脱出、難を逃れています。

【木戸 丈太郎 搭乗機体:クロスボーン・ガンダムX2(機動戦士クロスボーン・ガンダム)
 パイロット状況:死亡
 機体状況:コックピットブロック消滅、ABCマント貫通、ショットランサーを所持、それ以外の箇所には目立った損傷無し】

※F-6にX2のバスターランチャーが落ちています。

【残り49人】

【時刻 14:30】


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