Scenario IF 31話(115話 another side)  「歯車は噛合わず 男は反逆を起こした」   ◆7vhi1CrLM6



「また揺れだしたニャ」
「マ、マサキ、早く何とかするニャ」

 機体が猛烈に震え始め、黒と白、二匹の猫が悲鳴をあげて頭を抑えた。
 それに言い返しつつマサキは手元の操縦に集中する。

「少しは黙ってろ!」

 『絶対的な火力と強固な装甲による正面突破』をコンセプトに作り上げられた試作機アルトアイゼン。
 その極端すぎる設計思想はベースとなったゲシュペインストの機体バランスを著しく損ね、特殊な能力は必要ないとはいえその扱いは難しい。
 それに加えて各部に受けた損傷が、操縦性の悪さに拍車をかける結果となっていた。
 今現在のアルトの乗り心地は、例えるなら急発進と急ブレーキしかできない車が未舗装の岩山を走っているようなものである。
 ようするに乗り心地が最悪なのだ――機動兵器に乗り心地を求めるのもどうかとも思うが。

「まったく……扱い辛いったらありゃしねぇぜ……」
「私が代わってあげましょうか?」
「結構だ。まだ諦めてなかったのか」
「ソシエ、代わるニャ。今すぐ代わるんだニャ」
「なっ! シロ、お前裏切る気か!!」

 ふと耳にカチャリと陶器が立てる音を聞いた気がした。

「お前、何か飲んでるのか?」
「コーヒーよ。だって、暇なんですもの」



 そんなこんなでマサキとソシエが機体争奪戦を繰り広げている一方で、キラは自身に違和感を覚えていた。
 腹の中に何か重い石のようなものを抱え込んでいる気がする。
 ホンの少し前まではなかったはずの感覚だった。
 なんだろうと思って、その正体を手探りで探してみる。程なくしてその正体に気づいた。
 ――ああ、これは重圧だ。
 アークエンジェルに乗っていたころ、仲間を、友達を守ろうとして覆いかぶさっていたものにとてもよく似ている。
 でも、これは仲間とか、友達とか、そんなものじゃない。もっと高圧的で傲慢な物体。
 今度、守らなければならないものは、反応弾という名の核だった。
 それをキラが受け持つことになったのは、必然と言えば必然であった。
 これまでのように行き当たりばったりで行動しているのではない。無敵戦艦ダイを敵と見定め、距離を詰めているのだ。
 そんな中、いつまでも収納する場所もないガンダムの小脇に抱えさせておくには、あまりに非常識な代物だった。
 だから武蔵の申し出を納得し、キラは二つ返事で受け入れた――受け入れたはずだったのだが、意識のどこかに嫌なものを抱え込んでしまったという重石が圧し掛かっている。
 理屈じゃない。他にいい方法がなかったから自分が抱え込んだだけで、嫌なものは嫌なのだ。

「敵影二。前方に四足歩行型大型戦艦と人型機動兵器」

 トモロの声にハッとして、思考の波から意識を戻し、モニターを確認して目指す敵機の存在を確認する。
 鎌首をもたげた二頭の巨大なトカゲ、まず間違いはない。

「トモロ、皆に伝達を。あと同時に武蔵さんとソシエに確認を取って」

 今は悩んでいる暇はない――そう思い、悩みは一先ず押し込めることに決めた。



 周囲一面は焼け野原だった。
 大きなビルも小さなビルも今はただの瓦礫となりはて、無残な姿を足元にさらしている。
 視線を上げてみる。
 モニターに、二、三十キロ程も離れた場所にある岩山が映った。
 本来ならば宵闇に遮られて見えないはずのそれも、機械的に処理され補正された視界には関係がない。
 だから、岩山と重なるように移動していたそれらに、ロジャーはすぐに気が付いた。
 ――大きい。
 抱いた感想はそれだった。
 目を惹かれたのは一隻の戦艦。周囲に展開している三機が小人のようにしか見えない。
 そのあまりの大きさに気を呑まれかけて、ふと隣に佇む戦艦を思い出して苦笑いを浮かべた。
 たしかに大きい――が、単純に大きさだけで言えばダイのほうがはるかに大きい。
 こうやって見上げてみるとこの戦艦の巨大さは心強かった。
 視線を遠方の戦艦に戻す。真っ直ぐにこちらへ向かっているのか、その影は先ほどよりも幾分大きい。
 ――女性の眠りを妨げるのは趣味ではないのだが、仕方があるまい。

「ユリカ君、来客だ。そろそろ起きたまえ」

 通信機越しに呼びかけ、通信機越しに気持ち良さそうな寝息が帰ってきた。
 思わず苦笑いを漏らし、ややあって途方に暮れる。
 ――肩でも揺さぶって起こしたいところだが、通信機越しではそうもいくまい。
 ふと、こんなときにあのアンドロイドはどうやって自分を起こしていたのかを思い出し、含み笑いをする。
 くぐもった声が漏れ、また途方に暮れた。
 さすがに、今からここでけたたましくピアノが弾けるはずもない。ピアノもない。人に聞かせるほどの腕もない。
 ――さて、どうしたものか……。
 そうして、あれこれ思案を張り巡らせているうちに、モニター内の影はむくりと起き上がり、一つ大きく伸びをした。

「ようやくのお目覚めかな、ユリカ嬢」
「ロジャーさん、おはようございます」

 手早く髪を整えながら屈託のない笑顔で挨拶をしてくる彼女を見とめて、対照的に苦笑いを浮かべる。

「寝起きのところ悪いが、お客さんだ。私はこれから交渉に向かう。
 君には一先ず下がっていてもらおうかと思うだが、いかがかな?」
「じゃあ、私はお留守番ですか……分かりました。では、交渉は専門家の方にお任せします。失敗した場合はどうします?」
「ネゴシエイションに値しない相手には、鉄の拳をお見舞いするのも私の主義でね」
「じゃあ、交渉に失敗したらこちらの指定するポイントまで敵機を引き付けてください」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「私に任せてください。考えがあります」

 やけに自信満々に彼女は答える。
 額に赤く浮かんだ袖の痕を見て、ロジャーはどこまで期待すればいいのやらと、何度目かも分からない苦笑いを浮かべた。



 ダイから離れ、一人凰牙を走らせつつロジャー=スミスは自問する。
 相手は三機と一隻、少なく見積もっても四人の参加者。
 対してこちらは二機と一隻……いや、一機出払っているので一機一隻の二人。
 この状況でいかにして対等な立場で交渉を始めるか、それを一瞬だけ考え、一笑にふした。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 対等な立場と言えば聞こえはいいが、今頭を過ぎったのは互いが機体に乗った状態。
 銃をその手にいつでも引き金を引けるという状況。
 そこにあるのは距離だ。銃を突きつけたままの言葉を誰が信じるものか。
 ロジャー=スミス、お前に誇りを取り戻させた少女は一体何をした?
 彼女はただ見せつけたのだ。
 信念のためには、たとえ敗れるとわかっていても己を貫く、そういう精神の高貴さをだ。
 ――ならば彼女の代弁者として、私も見せねばなるまい。
 凰牙を停止させ、ギアコマンダーを引き抜く。
 そして、コックピットを開け放つと一人夜の草原へと足を踏み出した。
 ひやりとした夜気が肌に気持ちいい。
 視界に映るのは、青白い月夜とそれに照らし出された草原。
 その中にぽつんと一人放り出されて、我ながらちっぽけな存在だと自嘲する。
 同時に、悪くない――そう思った。
 振り向き凰牙を一度見上げ、また正面に向き直る。暗がりに慣れ始めた目が白亜の戦艦を捉えた。

「宙に浮かぶ方舟とはまたご大層なものだな」

 一度足元を確かめるように一歩を踏み出し、しっかりとした感触を確かめる。
 そしてそのまま二歩目を踏み出し彼は歩き始めた。真っ直ぐに前だけを見つめ、怖気づくことなく。
 まずは距離のない対等の席に着かせる――そのことだけを考えて――



 狂人は一人身を潜め、笑っていた。
 見つけた獲物、さらにそれに近づいてくる獲物。
 そう彼にとっては全ては獲物でしかない。何を考え、何を思い動いているのか、それらは一切関係ない。

「ひい、ふう、みい……合わせて六匹か。クク……大漁だねぇ」

 まるで品定めをするかのように一人一人に視線を合わせ、舌なめずりしながら数え挙げていく。
 これは面白いことになる――そう彼の嗅覚が告げていた。
 そういった野生の勘はこれまでの人生で当たることも多かったが外れることもままあった。
 だが、こときな臭い臭いに関しては外したことはない。だから彼は動き出す。
 その結果、六匹全てが彼の敵に回るか、獲物同士での潰しあいが起こるのか、それはどちらでもいい。
 ブラインドに使っていた瓦礫を抜け、視界が開ける。
 目の前の三機が三機ともネゴシエイターに気を取られこちらに気づいていない。
 ――あのトカゲだけは奴の為に取っておくとして、後は……戴いちまうとするか。
 歪んだ笑みが口元に浮かぶ。
 一番の近場にいた獲物を選び、ホンの戯れ程度に声をかけて突撃する。

「よぉ、楽しそうなことやってるじゃねぇか」

 他の獲物がこちらに気づく。叫び声があがる。獲物がこちらを振り向く。
 振り向いた獲物の間合いにガウルンは紫の光跡を残しながら躊躇なく踏み込んだ。

「遅せぇんだよ、バーカ」



 何を考えたのか機体から降りてきた黒尽くめの男を見て、まずいって思った。
 え? なんでかって? 
 知った顔だったから。アタシだけじゃなくてみんなが知ってる顔。
 目の前の男が説明のときに、一歩も引かない毅然とした態度を貫き通したことは、誰だって覚えている。
 だからむやみに手が出せない。まして丸腰だったらなおのこと。
 その証拠に、後方のキラはわかんないけど、一緒に先行してきた武蔵とマサキはどうすればいいのか分からずに迷っている風だった。
 そうこうしてる間に事態はどんどん悪くなってった。こっちに向かって堂々と歩いてきた黒尽くめの男が言ったんだ。

「私の名はロジャー=スミス。ネゴシエイターを生業として者だ。
 君たちの代表者と話がしたい。誰か一人機体から降りてきてはくれないか?」

 アタシはやられたって思ったよ。
 だって、この男は話し合いに着たんだ。そりゃあ盾が増えるのはいいことだけど、それにも限度ってものがある。
 最後にはみんな殺さなきゃいけないんだ。アタシ一人で五人も六人も殺せるなんて思っちゃいない。
 理想としては、盾は多すぎず少なすぎず。最終的にはみんなボロボロ、アタシは元気ってのがベスト。
 だから、やたらと仲間が増えすぎるのも考え物だったんだ。

「テニア、避けろ!!」
「危ねぇ!!」

 そのとき、武蔵とマサキが突然叫んだんだ。でも考えることに集中していて、アタシの反応は遅れた。
 顔を上げたそのときには、もう既にその紫の光は迫っていて、それが視界いっぱいに広がったかと思うと物凄い揺れがアタシを襲ってきた。

「遅せぇんだよ、バーカ」

 でも、その揺れは一瞬でおさまって、恐る恐る目をあけてみるとそこには頭部を潰され黒煙を上げるガンダムとそれによく似た黒い奴が立っていたんだ。

「罠だ!」

 誰かが短く鋭く叫んだ。
 そして、黒い奴が動かなくなった武蔵のガンダムを持ち上げて投げ飛ばすのが見えた。
 投げ飛ばされたガンダムはまるで玩具の人形に飛んでいって、市街地のビルを巻き込んだんだ。
 アタシには何が何だか分からなかった。
 でもアタシはそのとき――この混乱に乗ることに決めたんだ。



 ――この状況はなんだ?
 ロジャー=スミスは茫然とその場に立ち尽くしていた。
 一瞬前まで彼はその場で交渉をしており、それは白い機体から『少し話し合いたいから待ってくれ』という返答を貰うところまで漕ぎ着けていた。
 少なくともこちらの話に耳貸さない輩ではない、と一息ついたところだった。
 一機の黒い機体がその場に割り込んで来て、瞬く間にその場は戦場と化した。

「なんなのだ、これは――」

 声に出して呟く。誰かが罠だと叫び、勾玉を背負った機体の銃口がこちらに向けられる。
 それを察知したのかダイから砲撃が飛び、爆音が背後で炸裂する。

「一体、貴様はなんだというのだ!!」

 そんな背後の様子に一切構うことなく、予期せぬ乱入者を睨み付け、衝動に任せるまま叫ぶ。
 そして、固く握りしめたギアコマンダー――それを天に突き上げ、彼は呼んだ。

「騎士凰牙、スクランブルッ!!」

 ギアコマンダーに赤い光が灯る。それに呼応するように凰牙が動き出す。
 そして、彼は乗り込み、いつもの台詞を有らん限りの声で叫んだ。

「騎士凰牙! ショウタァーイム!!」



 戦場が混乱を始めたころ、後方ではJアークもまた動き始めていた。
 交渉中に黒い機体が乱入し、武蔵のガンダムが損傷。マサキがこれとの交戦。
 誰かが罠だと叫び、テニアがダイの砲撃を受け、交渉を持ちかけてきた機体もまた動き出した。
 それがキラとトモロが確認した戦況の全てであった。

「トモロ、敵戦艦との通信は」
「圏外だ」
「仕方がない。前進して無敵戦艦ダイを叩こう」
「いいのか?」
「いいんだ。あれを放っておくわけにはいかない。それに――」

 戦場に砲撃を始めた無敵戦艦ダイはとめねば被害は拡大していく。
 罠だと言うのが本当かどうかはわからない。だが、ソシエが砲撃を受けたという現実とムサシの話がある。
 そして、今現実に仲間がその砲撃に晒されている。
 白か黒かの二択であればキラから見た彼らは黒に近かった。
 あの化け物に対する反抗を企てている以上、自分たちがここで倒れるわけにはいかない――そんな思いもあった。
 だから現状をズルズルと引き摺り、悪戯に被害が拡大する前に動き出す必要がある。

「――今ここで僕たちが倒れるわけにはいかない」



 元々、武蔵・マサキ・ソシエの三人には無敵戦艦ダイに対する不信感が充満していた。
 だからだろうか。ガウルンの奇襲から咄嗟にテニアを庇った武蔵は、気づくと『罠だ!』と叫んでいた。
 頭部を破壊され、メインカメラを失ったガンダムの中、武蔵はそれをわずかばかり後悔していた。
 幾らなんでも気が逸りすぎだったという思いがある。
 だが、それを伝えるのもままならない状況におかれていた。
 メインカメラを潰されたあとに、どこかに投げ飛ばされた。それは分かっている。
 そして、そのときに打ちつけられた衝撃でガンダムの機能が停止した。同時に通信機能も。
 現在、武蔵は真っ暗なコックピットの中、首輪から得た知識だけを頼りに復旧作業中である。
 手元さえ見えない暗闇。慣れない機体。向かない作業。うかうかしてられない状況。当然苛立ちが募る。

「あっ! 間違えちまった……」

 そして、募った苛立ちは、ちょっとしたことで爆発する。

「だいたいおいらにこんな作業はむかねぇんだ。機械なんてものは叩けば治ると昔から相場が決まってらぁ」

 そう言って、コンソールに当り散らした。鈍い音が狭いコックピットに響き、腕が痛んだ。
 同時に低い唸り声のような駆動音をたててシステムが復旧する。サブカメラに切り替えたモニターに爆走してくる大きな足が映った。

「はい?」

 目を擦ってもう一回、モニターを眺める。一心不乱に邁進してくる大きな足が映った。
 それが頭上に高々と振り上げられ、大きな足の裏がしっかりと見えた。
 叫び、動かし、咄嗟に脇に飛んでそれを避ける。

「あぶねぇ。踏み潰されるとだった」

 ホッと一息ついて、状況を確認しようとレーダーに目を落とす。
 次の瞬間、突然の地震、足元が崩れ落ちる。背を地下道に叩きつけられて、意識が明滅する。
 そして、見上げた空からは老朽化でも進んでいたのか大量の瓦礫が降り注ぎ、ガンダムは地に埋もれた。



 数十の火気群が一斉に火を吹き、数百の弾丸が二隻の戦艦の間で交錯する。
 その大半は自身の目的を達成する前にぶつかり合い爆発し失われていったが、それでもいくらかはそこを抜けて飛来した。
 その内の一つ、反中間子砲の直撃を受けて右のメカザウルスが悲鳴をあげ、胃液を撒き散らす。
 怒った左のメカザウルスがその口からミサイルを吐き出したが、それは対空レーザーに迎撃されて爆発する。
 お返しとばかりに撃ち込まれたミサイルランチャーが左のメカザウルスの喉元で爆発してよろめき、その反動でユリカはブリッジの床に顔から突っ込む形でこけた。

「うう……痛い……」

 鼻頭がじ〜んと痛む。その青い大きな瞳を潤ませながら痛みを堪えている間にも、第七波・第八波がダイに直撃して、尺取虫のような姿勢のまま体がブリッジの宙に浮かんだ。
 再度、鼻頭が床に直撃する。ものすごく痛い。
 だがまあ、いつまでもそうはしていられないのでガバッと身を起こすと、モニター一面を埋め尽くしている被害状況に目を通す。
 目を通している間にも文字はどんどんと増えていく。把握した状況の中で主砲全壊の四文字が凄く痛かった。
 現在の状況を一言で言い表すなら『物凄く分が悪い』である。
 火力そのものは大差ない。装甲の厚さでは若干ダイに分がある。だが、敵戦艦のバリアの存在が頭を悩ませている。
 そのバリアを抜けるのは、おそらく体当たりと主砲だけなのだが、前述の通り主砲は全壊。
 というか、いきなり目の前にワープしてきたESミサイルとかいう反則くさい攻撃で、真っ先に潰された。
 体当たりも相手が空を飛べる以上、下手に接近して艦直上にでもこられた日には目も当てられない。艦直上はダイの死角なのだ。
 というわけで現在、距離を詰めようと近寄ってくる敵に対して、応戦しながら後退を続けているのが現状であった。
 その現状をどうにかすべく打てる手が二つ。一つは通信圏外のガイに対する救援信号。
 他の参加者を集めてしまう危険も孕んでいる為、戦闘開始直後に30秒だけ既に行った。
 しかし、依然としてガイが戻ってくる気配はない。
 そして、もう一つは――

 ゆれる戦艦の中地図とレーダーを交互に見比べる。現在地と五機の位置を確認し、いけるとユリカは踏んだ。

「転進してください。これより無敵戦艦ダイは作戦ポイントまで後退します!」

 指揮を執るような口調で言い放ったあと、ややあって慌てて自分で操艦を始める。
 その手つきは不慣れでどこか危なっかしい。


 無敵戦艦ダイが動きを変えた。
 それまでこちらに頭を向け砲撃を行いながら、後ずさりをするように後退していたのだが、いきなり後ろを振り返り一目散に駆け始めたのだ。
 意図が読めずに困惑するキラにトモロが声をかける。

「キラ、まずいぞ。敵戦艦の進行方向に三人ともいる」
「踏み潰す気なのか」
「その可能性が高いと思う」

 キラは歯噛みした。Jアークの数倍を誇る巨体に踏み潰されればMSサイズの機動兵器などまずひとたまりもない。
 慌てて指示を飛ばす。

「トモロ、砲撃を敵戦艦の足に集中して! それでもまだ動く場合は――」
「動く場合は?」

 人を殺したくはない。彼らが完全に敵だと決まったわけでもない。
 でも止めなければならない。だから――

「――僕も覚悟を決めます」


 ビルを行く手を阻むもの全てをなぎ倒し無敵戦艦ダイが爆走する。
 その後ろをJアークが追いすがり、砲撃を脚部に集中させる。
 メカザウルスの足の肉が吹き飛び、抉られ、傷口から黒いオイルのような体液が勢いよく飛び散る。
 轟音、そして爆発。片割れの右後ろ足が吹き飛んだ。
 嘶く様な悲鳴が廃墟に木霊する。しかし、その歩みは止まらない。
 残り1km――ユリカはもう少しだと思った。
 残り500m――ダイが動かないガンダムの脇を駆け抜ける。
 残り300m――それた反中間子砲がダイの横腹に命中し、腸がはみ出した。
 残り200m――キラはJクォースを射出する。
 残り100m――キラが艦橋爆破を、人を殺す覚悟を決める。
 そして、残り0m――ユリカはダイをジャンプさせた。

「えいっ!」

 全長約400m重量8万tの無敵戦艦ダイが10mばかり宙に浮かぶ。
 そして、直ぐに落下に転じたそれは轟音と凄まじい振動を生じさせて地表と下水道・地下道を踏み抜いた。
 地響きが周囲に轟く。振動が伝播していく。
 無敵戦艦ダイがちょっと跳ねて着地したというたったそれだけのことで、これまでの戦闘の激しさと相まって周辺一体に大崩落が発生した。



 鉄の塊が唸りをあげて迫ってくる。咄嗟に左右のブースターを調節し、横にかわす。
 回り込み攻撃に繋げるつもりで小さくかわしたはずだったが、その動きは大きすぎて次の動きには繋がらなかった。

「よぉ、どうした? もうおしまいか?」

 稚拙な回避運動。それにも関わらずいまだにマサキが撃墜されていないのは、猫がネズミを甚振るようにガウルンが遊んでいるからに違いがない。
 頬を伝った汗が顎の先から滴り落ち、水音を立てた。
 だが、マサキは笑う。

「ヘヘ……。大体分かってきたぜ。こいつの扱い方がな」
「そうかい。そいつは結構。だったら、褌締めてかかってきな。もう遊んじゃやらねぇぞ」

 アルトアイゼンの機体コンセプトは『絶対的な火力と強固な装甲による正面突破』
 それを可能にせしめている最大の要因は、並みの特機相手なら当たり負けしない、PTとしてはおよそ規格外なほどの推進力である。
 ゆえに細かい動作はアルトアイゼンには向かない。どこまで大雑把に力強く、それがアルトアイゼンという機体である。
 だからマサキは――

「ああ、言われなくてもやってやらぁ!」

 ――真っ向から急加速で突進した。
 相手の懐に躊躇なく踏み込み、そのまま機体ごと叩きつけるようにしてリボルビング・ステークを突き出す。
 それをガウルンはヒートアックスで杭を受けながし、それを手放すと拳の部分を掴んだ。
 最大戦速で突撃してきた片腕のないアルトアイゼン。
 それをがっちり四つに組むような体勢で受けとめたマスターガンダムが、後ろへ後ろへと押し流されていく。

「クク……いいねぇ。そうこねぇと食いでがねぇってもんだ。なら――」

 足がしっかりと大地を捉え、マスターガンダムのブースターが唸りを上げる。
 出力が上昇し、二機の動きが止まった。

「――力比べといこうじゃねぇか」
「野郎、望むところだ!」

 創造を絶する化け物揃いの格闘家たち。その中でも最強との呼び声高い東方不敗の愛機マスターガンダム。
 その性能はMFの中でも群を抜けており、推進力一つ取ってもアルトアイゼンに決して劣るものではない。
 二機のエンジンが唸りを上げる。せめぎ合い。互いのブースターの起こす燐光が闇夜に浮かび上がった。
 上昇を続ける二機の出力。均衡を保っていたかに思えたが、先にガタが来たのはアルトアイゼンのほうだった。
 ほんのわずかばかり押され始めたかと思うと、それは直ぐに抗いようのない抵抗に変わった。
 機体が大地を削りながら押し流され、草原を突き抜けて市街地へと入り込む。
 背面をビルに叩きつけられ、壁面にずぶずぶとアルトが沈んでいく。

「どうした? それで精一杯か?」

 抵抗を続けるエンジンが悲鳴をあげる。限界だ。ゴステロ戦で一度は機能停止寸前まで追い込まれた機体。
 ガタは既に来ていたのだ。このままでは遠からずオーバーロードで機能不全に陥るのは目に見えている。

「マサキ、このままだとエンジンがもたないニャ」
「は、はやく何とかするニャ」
「うるせぇ! 少し黙ってろ!」
「ちっ! どうやら、本当に限界のようだな。なら――」
「ちぃっ!」
「――死ぬしかねぇな」

 言葉と同時に左腕の残骸を掴んでいる手が紫に発光していく。
 目の端でそれを確認して、首筋を蛇の冷たい舌で舐められたかのような寒気がマサキを襲った。
 咄嗟に残された右肩のスクエア・クレイモアのハッチをオープン。大量のベアリング弾を撃ち放つ。
 火薬が炸裂する音、金属同士がぶつかり合う音、ビルが粉塵を巻き上げ瓦解する音、それらが木霊した。

「やったかニャ?」
「いや、まだだ。あの野朗、攻撃をやめて咄嗟に逃げやがった」

 立ち込めた粉煙の中にゆらりと影が浮かぶ。足音だけが妙に大きく響いてくる。
 レーダー上の敵機を示す光点がゆっくりと接近して来ていた。

「おいおいズルはいけねぇな。悪い子には――」

 通信。陰湿な声が耳に届き、相手の動きが変わった。マスターガンダムが、煙幕を裂いて姿を現す。
 ベアリング弾の直撃を受けた左肩の装甲が、ボコボコに凹んではいるものの左腕の運動に問題はなさそうに見えた。
 舌打ちを一つして、咄嗟に回避運動。だが――出力上がらない。

「――ペナルティーだ!」

 不気味な紫に発光した手の平が迫る。スロットルを限界まで引き絞る。
 ――駄目だ。かわしきれねぇ。
 視界が発光する紫一色に塗りつぶされ、そう覚悟したときだった。突然、足元で地響きが轟き、地の底が抜けた。
 突然の落下に混乱する中、クロが咥えていた青い石ころが目の前を横切る。
 ――ああ、そう言えば返しそびれちまってたな。
 一瞬、そんなことが頭を掠めた。
 三、四十メートル下の穴の底に着地。見上げた視界に大量の瓦礫とマスターガンダムの姿が入る。
 声を上げる間もなく押しつぶすように大量の瓦礫が降り注ぎ、マサキの意識はそこで途絶えた。



 構えられたマシンナリーライフルからエメラルドグリーンの光球が飛び出す。その数は三。
 それの一つ目を避け、二つ目を右腕のタービンで弾き、そして三発目の直撃を受けて凰牙はバランスを崩した。
 体勢を立て直すのもそこそこに地を蹴り、その場を飛び退く。瞬間、爆音が轟き大地が抉られた。
 巻き上げられた土くれが降り注ぐ中、ロジャーは叫ぶ。

「何故、我々と君たちが戦わなければならない」
「あんたたちはアタシらの敵だ!」

 心の底から憎しみが篭ったような声。返答と同時にまた一つ放たれた光球を、宙に向かって飛ぶことでかわす。

「それは違う。君たちはあの主催者に従うのを良しとしなかった者たちではないのか!
 そうであるならば我々は仲間なはずだ!!」

 さらに空中で左足と右腕のタービンを使い三つの光球を弾く。
 一息ついたその瞬間、弾いた光球の影から二つの勾玉が現れ、その直撃を受けて凰牙が市街地に落下した。
 巻き添えを食らった瓦礫のビルが倒壊する。

「だったら! だったら、なんでソシエを攻撃した!!」

 ――どういうことだ。
 誤解がある。誤解がどこかにある。
 ここまでの戦闘に発展したのは何も一人の乱入者為だけではない――そのことにようやくロジャーは気づく。
 慌ててビルの残骸を跳ね除け見上げた視界に、月を背にした機体のシルエットが浮かび上がった。
 腰のところでフラフープのように回転を続ける円環。そこから残り四つの勾玉全てが射出される。
 不規則に軌道を変え襲い掛かってくる計六つの勾玉。それを仰向けのまま四つ捌き、二つが直撃した。
 装甲が軋む音が耳に聞こえる。だが、損傷自体は対したことがない。
 ――まだいける。
 ようやく交渉の糸口を掴んだロジャーはあきらめない。
 そして、凰牙を立て直そうとして異変に気づいた。

「なぜだ! 何故動かない!!」

 凰牙が動かない。同時に薄気味悪い気配を感じて周囲を見渡した。
 動きを止め、その場で回転を始めた六つの勾玉がそれぞれ陰陽紋を描き出している。
 そして、その中央――すなわち凰牙が位置している場所にひときわ大きな陰陽紋を模った力場が発生していた。
 瞬間、全身の細胞が沸騰したかのように泡立つ。
 ――一体何が起こっているのだ!!
 状況は分からない。この状況を理屈で理解できるメモリーをロジャーは持たない。
 だが、理屈ではなく本能が危険だと知らせていた。

「動け、凰牙!」

 だが、依然として凰牙は凍りついたように動かない。力場に自由を奪われ完全に空間に固定されている。
 周囲で旋回を始めた六つの陰陽紋が一つの円を形作り、徐々にその輪を狭め始めた。
 冷たい汗が頬を伝い首筋に流れ落ちていったそのとき、大きな地響きと轟音が大地を震撼させた。
 はっとしてレーダーを確認する。何の偶然か凰牙とダイを含めた五つの点が、最初ユリカに指定された範囲内に収まっている。
 ――まずい。これは……。
 そう思った瞬間、大地が割れる。周囲の情景全てがそこに呑み込まれ始める。
 ロジャーも、廃墟と化したビルも、幾らか原型を留めていたビルも、一切が関係ない。
 割れ目は存外浅く、三、四十メートルの落下で背を大地に叩きつけられた。衝撃に意識が明滅する。空を見上げる。
 本当に怖いのは落下ではなく大量降り注ぐ瓦礫。

「な、なんなの。これは!!」

 うろたえるテニアの声が耳に届く。上空から崩れてくる瓦礫に巻き込まれ、凰牙同様大地に呑み込まれるベルゲルミルの姿が最後に見えた。



 ――やった。大成功!
 そう思った瞬間、突然飛来した火の鳥が、右のメカザウルスの頭を吹き飛ばした。
 断末の声を一つ上げること叶わず消し飛んだそれを見て、一瞬目の前が真っ白になる。
 その真っ白な視界に何の前触れもなく一つのミサイルが姿を現した。
 あまりの状況の変化に脳が対応しきれず、思考が止まった。
 目の前で徐々にミサイルが大きくなっていく。それは真っ直ぐこちらに迫ってきているからだという事にやっと気がつく。
 既に、よけるのも、叩き落すのも、着弾をずらすのも無理。何も間に合わない。
 そう思ったとき、上方から一筋の閃光がミサイルを射抜いた。
 耳を劈くような轟音。衝撃でガラスが千の破片となって降り注ぎ、閃光に目がくらんだ。

「ユリカ、無事か?」

 耳に聞き覚えのある声が届く。目を瞬かせて見上げた夜空に、黒い戦闘機の姿を見つけ、彼女は元気一杯に答えた。



 目の前に廃墟が広がっていた。
 敵戦艦が少し跳ねて着地したかと思った次の瞬間、大地に亀裂が走り、あっという間に広がったそれは立ち並ぶビル群を巻き込んで瓦礫の山に変えた。
 そのときから、マサキとテニア、それに武蔵の反応も消えている。
 ――どうして……こんなことに……。
 Jクォースが帰還する。火の鳥のような姿をしたそれは纏った炎を消し去り、本来の錨のような姿に戻ると元通り艦首におさまった。
 それを虚ろな目で眺めたあと、視線を上げてみる。
 そこには二つある頭の内の一つが消し飛び、八つの足の内二つを消し飛ばされ、腹からは腸がはみ出た一隻の戦艦の姿があった。
 艦橋からは煙も上がっている。
 そして、その上空にはESミサイルによる艦橋爆破を防いだ戦闘機が一つ。
 ――どうしてなんですか……何故そんなことを……。

「あなた達は……何故そんなことを平然と出来る!」

 声に出して叫んだ。瞬間、激情が身の内で暴れ回り、それに身を任せるまま照準をダイに合わせる。
 そして、引き金を引こうとしたその瞬間――

「グラビティブラスト!!」「シュートォー!!!」
「ガドル!!!」「……」

 二条の閃光が飛来し、ジェネレイティングアーマーを貫通したそれらは右舷で爆発を起こした。



 重力波がナデシコの前面中央部に収束され、一筋の帯となって発射される。
 そして、飛来する無数の火気群を呑み込みつつ突き進んだそれは、大部分をジェネレイティングアーマーに阻まれながらも貫通したいくらかの重力波がJアークの右舷装甲で爆発した。
 次の瞬間、Jアークの無数の火気群がこちらを向き、一斉に砲撃を開始する。
 二隻の戦艦の間を幾十の光の筋となって駆け抜けたそれらは、ナデシコの船体に触れる前にディストンションフィールドで阻まれ爆発を起こした。

「へへへーんだ。そんなもの効くかよ。こいつはお返しだ。グラビティー・ブラストオォォ!!!」
「無理よ。大気圏内でグラビティー・ブラストの連射はダメみたい。次の発射まで後50秒」

 比瑪の反論とともに不可という文字が甲児の周りに無数に浮かび上がった。
 それと格闘しながらどうにかならないのかと愚痴を飛ばす甲児を無視して、比瑪はダイへの回線を開いた。

「こちらは機動戦艦ナデシコ。応答願います」

 やや間が空いて、正面モニターに若い女性の顔が映った。
 最初、信じられないとでも言うような顔をしていたその女性は、気を取り直すと元気一杯に挨拶を行う。

「こちらは無敵戦艦ダイ艦長ミスマル=ユリカです。ブイッ!」
「……は?」

 勢いよく笑顔で突き出されたピースを目にして甲児があっけに取られる。

「私はオペレーターの宇都宮比瑪。ブイッ!」
「兜甲児だ。ブイッ!」
「シャギア=フロストだ。よろしく頼む。ブイッ!」
「オルバ=フロスト……」

 天然で返した比瑪にやや遅れて甲児もそれにならい、通信回線に割り込んできたフロスト兄弟も簡単な自己紹介を終える。
 念のために触れておくと、今現在ナデシコはこれでもJアークとの交戦中である……一応。

「貴艦の援護に感謝します」
「あなたのお仲間はどれ?」
「この戦艦とそこに飛んでいる戦闘機、それと赤と黒の30m弱の機体がこちらの味方です」
「上に乗ってる黒いのは?」
「へっ? 上??」

 突然、通信が途切れノイズが走る。モニターが一面砂嵐に見舞われた。

「通信途絶。無敵戦艦ダイ、反応ロスト。何が起こっているの!!」

 いきなりの状況の変化に比瑪の声が上ずる。外部モニターの映像に無残に艦橋を破壊されたダイの姿が映った。

「ナデシコはこのまま敵戦艦の牽制。私とオルバは救助に向かう。
 知り合いだからといって、甘えるな。あの戦艦は我々と我々以外の参加者を襲った。
 戸惑うな。分かっているな!!」

 シャギアが叫び、ヴァイクランとディバリウムが急行する映像がモニターに流れる。
 そのモニターを呆然と眺めながら、比瑪は「なんでなのさ」と小さく呟いた。



 北西の空、まだ遠いところに現れた戦艦を見てアキトは言葉を失った。
 純白をベースに、ところどころアクセントとして塗られた赤。
 アキトの知る世界において、稼動中のナデシコBとは異なるその赤が主張している。
 間違いなく自分が三年前に乗り込んだあの戦艦だと――。
 そして、そこに気を取られたこと――そのことが一つの明暗を分けた。

「よぉ、ずいぶんと遅かったじゃねぇか」
「……誰だ」

 聞き覚えのない声がコックピットに響く。
 日向には向かない日陰の湿り気を帯びた暗い声。思わず肌が怖気立つ。
 小さく含み笑いをし、男は言葉を続ける。

「つれねぇなぁ……。と言っても初対面だからしかたがねぇか。
 ガウルンだ、覚えておきな。嫌でも直ぐに忘れられなくしてやるがな」

 さりげなく機体を旋回させ、位置を探る。
 ――居所は地表か? いや違う。
 もっと近いどこからか響いてきているような気がした。

「……何処にいる」
「俺か? クク……俺は――」

 体中の肌という肌から汗が噴き出すのを感じた。
 頭の中で脳が早く見つけろと騒いでいる。直感が急がなければ取り返しがつかなくなると叫んでいる。
 鼓動が早鐘を打つ。

 ――急げ。急げ! 急げ!! 急げっ!!!

「――ここさ」

 見つけた。それを視認した瞬間、アキトは叫んだ。
 ダイの艦橋に黒い機体がいた。四つん這いに這い蹲り、振り上げたビームナイフの刃を下に突きつけながら。

「遅せぇんだよ、バーカ」

 ビームの刃に切り刻まれて、艦橋がバラバラに解体される。
 切断されたケーブルが火花を散らし、粉々になったガラスが、鋼材が、月の光を青白く反射させながら落ちていく。
 その落下していくものの中に、綺麗な長く青い髪を棚引かせ、ゆっくりと落ちて行く少女の姿が見えた。
 次の瞬間、YF-21は急加速し最高速度でそこを目指す。
 速すぎる速度――地表に激突し機体は大破するかもしれない。だがそれでもアキトに戸惑いはない。
 目に映る人影が大きくなる。間に合う、そう思った。
 コックピットを開け放つ、風圧で体が引き千切られるかのような錯覚を覚える。
 艦橋の残骸が降り注ぐ中に入り込む。一度ユリカを見失い、一つ大きな残骸を抜けた。
 ――見えた!
 速度を一気に落とす。体が前に流される。構わずに手を伸ばす。
 すれ違いは一瞬、失敗すれば二度目はない。
 見える、はっきりと。青い髪、きめ細かな肌。もう少しだ。
 ユリカの名前を叫ぶ。ユリカもアキトの名前を叫ぶ。
 互いに伸ばした腕。指の先が触れて――
 そして、急速に二人の距離は離れていった。瞬く間に小さくなったユリカの姿が、瓦礫の中に消える。地表に土煙が立ち昇った。
 慌ててYF-21を旋回させようとして、アキトは眼前に迫った地表に気づいた。
 近い。既にかわせない。
 咄嗟に不時着を試みる。YF-21の胴体が瓦礫で磨れ耳障りな音を立てる。不規則な振動がコックピットを揺らす。
 そして、そのまま爪跡を残しながら突き進んだYF-21は一つの大きな瓦礫にぶつかって止まった。
 衝撃で仮面が砕けたことにも気づかずに、コックピットを飛び出す。
 体のあちこちが痛んだが、気にもとめない。頭を締めているのは、たった一つのことだけ。
 五感の不明瞭な体でどこをどう走り、どうやってそこにたどり着いたのか――それをアキトは覚えていない。
 だが、気づくと一心不乱に瓦礫の山を掻き分けていた。
 掘る。ただひたすら掘る。爪が剥がれ、指先から血が滴り落ちた。
 手が何か柔らかいものに触れる。青い糸のような髪が目に入る。
 急いで掻き分けた瓦礫の中にユリカはいた。戸惑いも恥じらいもなく胸に耳をあてがう。

 ……トクン……トクン

 ――生きている――

 体を揺すり呼びかける。返事はない。顔色が悪い。出血が激しい。
 手当てできる何か、それを見つけてこようと思い立ち上がりかけた。
 その時、服を引っ張られた。
 振り向く。目が合い。苦しそうなその顔が微笑む。
 小さな慎ましい唇が開き、言葉を紡いだ。

「やっぱり、アキトだ」

 突然、目の前に黒い壁が現れた。
 ――何だ……これは?
 もう何が何だか分からなかった。
 上から声が聞こえる。見上げてみると壁だと思ったのは、黒い巨人の足だということが分かった。

「悪いな。ついうっかり踏んじまったか」

 この男の言っている意味が理解できない。
 服に何かぶら下がっているような違和感を覚える。
 みてみると、そこには肘から先だけが残されたユリカの腕がぶら下がっていた。
 ちょっとした時間、頭が理解するという行為を拒絶した。

「ユ……リカ…」

 口から漏れたその言葉を皮切りに、脳は活動を再開する。
 何が起こったのか理解した。理解したがわからなかった。それが現実だとは思わなかった。思えなかった。
 この状況を否定できる材料、何かしらの救い。それを求めて脳が奔走する。
 やがてそれは一つの言葉に行き着いた。

『――死んでしまった方を生き返らすことから――』

 アルフィミィ――その少女に行き当たったとき、アキトの体はその場から消えうせた。



 フェステニア=ミューズは、暗い土の中で目を覚ました。
 重い頭を揺すって前後の状況を思い出そうとするが、ビルの倒壊に巻き込まれた後の記憶は残っていなかった。
 機能を停止させているベルゲルミル起動させる。

「えっ……?」

 光が灯ったモニターが伝えてきたのは、どうも瓦礫に埋まっているらしいということだった。
 隙間なく周囲に瓦礫が溢れているのを見て、途方に暮れた。
 ――この状態でどうしろって……。
 とはいえ、いつまでもそうしているわけにはいかないので、試しに右腕を動かしてみる。

「あれ? この建物スカスカだ」

 覆いかぶさっていた瓦礫は、乾いた砂で出来ているかのように簡単に砕け、自由に動かすことができた。
 よく見ると機体の損傷もほとんどない。
 それは落下の際に自律的に散布されたマシンセルが、周囲に降り注いだ瓦礫の構造を破壊して脆くした結果だった。だが、テニアはそのことに気づかない。
 とりあえず動くのだからと、あまり深く考えずにマシンナリーライフルを上の瓦礫に向けて発射してみる。
 積み重なった瓦礫は倒壊することなく淡い緑に輝く光球に呑み込まれて消え、ぽっかりと穴が空いた。

「うん。ちょっと狭いけど、どうにか出られるかな」

 機体を起こし、テスラドライブを起動させる。ベルゲルミルがふわりと浮かび上がった。
 瓦礫にぶつからないようにゆっくりと上昇し、穴のふちに手を伸ばす。
 突然、その腕を掴まれ、乱暴に引き上げられた。

「無事だったみたいで安心したぜ」

 天を突き上げるように掲げられた腕に吊るされるような形になった。こちらの顔と同じ高さに黒い機体の顔もある。

「何のよう……」

 嫌な予感がして体中から汗が吹き出てくる。
 体が震え、自分のものではないかのように言う事を聞かない。

「何、たいしたことじゃないんだがな。お寒いことにふられちまってな。
 仕方がねぇんで代わりにちょっと――」

 通信モニターの向うから嘗め回すような視線が絡み付いてくる。
 陰湿で粘り気を持った液体、それが足元からゆっくりと這い上がってきて、太股を浸し、引き締まった下半身を抜け、腰部を過ぎ去り、柔らかく豊満な胸を包み込む。
 さらにそれは、弾力に豊んだ二の腕を伝わり、意外にも綺麗な指先にまで絡み付く。
 そして、最後に喉元から伸びてきたそれは、唇を犯かし、張りのある両頬を楽しみ、癖の強い赤髪を覆い尽くして、全身を浸した。
 口の両の端が吊り上り、相手の顔に笑みが浮かぶ。大きく開いた口の中、上顎から下顎にかけて唾液が線を引いているのが見えた。

「――遊んでもらおうか、お嬢ちゃん」

 戦慄が体の中を駆け巡り、奥歯を噛み締めた。体中の気概を総動員して睨み付ける。

「冗談じゃない。あんたなんか、お断りだよ!!」

 相手の腹――コックピットの位置に銃を突きつけ、引き金を引いた。
 睨み付けていたはずの視界に空が映る。
 それを疑問に思う間もなくベルゲルミルが瓦礫の山に叩きつけられて、コックピットが大きく揺れた。
 少し切ったのか、錆びた鉄の味が口の中に広がる。

「クク……、いいねぇ。それぐらい生きが良くないと面白くねぇ」

 ゆっくりと黒い機体が歩みを進め、近づいてくる。
 ――焦るな。落ち着け。大丈夫。大丈夫だ。アタシは生き残る!
 短く、素早く息を継ぎ、腹に力を込める。眼前の敵を睨みつけて――。
 唸りをあげて飛んできたヒートアックスが、装甲を擦過して過ぎ去り、機体表面で火花が散った。
 その瞬間、瞳に怯えが走り、訳も分からずに逃げ出した。わき目もふらずにただ一目散に駆けた。
 だが、それも長くは続かなかい。相手のほうが動きが早い。
 直ぐに距離は詰まり、瓦礫に阻まれて逃げ場を失う。

「興醒めだ。もう少し、楽しめるかと思ったんだが……。あばよ、お嬢ちゃん」

 振り返ったモニターにゆっくりとゆっくりと迫って来る敵が映っていた。
 手が伸びる。近い。それは装甲の継ぎ目が見て取れるほど、迫っていた。その腕が不意に止まった。

「へへっ……。おいらがいる限りテニアには指一本触れさせねぇ」

 武蔵の声。姿を探す。前方、後方、右、左、上、どこにも姿は見えない。
 レーダーに目を落とす。自分と敵、点が二つ――いや、三つ。相手に重なるようにもう一つ。
 地中から突き出し、黒い機体の足首を掴んでいる腕、それに気づいた。
 次の瞬間、瓦礫が舞い上がる。

「うおおぉぉぉーっ!! 大雪山! おろしぃぃぃっ!!」

 気迫と咆哮。突然地中から姿を現した武蔵が、円を描くようにして周囲の瓦礫を巻き込み、黒い機体を投げ飛ばした。

「テニア、任せた!!」

 その光景を茫然と見ていたテニアは、武蔵の声で我に返る。
 そして、空中で体勢を整えようとしている敵機に向かって追撃をかけた。



 上空で激しい錐揉み回転を続けるマスターガンダムの中、狂人は笑っていた。
 ――『指一本触れさせねぇ』か。クク……楽しくなってきたじゃねぇか。
 どっちを先に殺して、どっちの泣き顔を拝むのが楽しいか、それを考えている。
 ――女から戴いちまうとするか。
 機体の各部のブースターを制御して、瓦礫の上に降り立つ。
 考えてやったことではない。反射的に体が動き、マスターガンダムがそれをトレースした結果だった。
 だが、顔をあげ、正面を見据えたガウルンに衝撃が走る。

「なっ!」

 六つの勾玉が無秩序な軌道を描きながら、周囲を飛び回っていた。
 足場が崩される。二つを受け流し、一つを避けて見せる。
 だが、目がついていかない。
 直線的な銃弾のような動きではなく、生き物のように高速で飛び回る物体。それにガウルンは慣れていない。
 おまけに六つという数は、目で追うには少し多すぎた。

「ちっ! いい玩具を持ってるじゃねぇか!!」

 だがそれでも狂人は笑う。
 その時、地に光線が撃ち込まれ、勾玉の制御が揺らいだ。機を見逃さず、瓦礫を持ち上げ盾代わりにして、包囲網を抜ける。
 見上げた夜空に新たに赤と白二つの機体の姿を見止めた。



「新しく二機増えているな」
「そうだね、兄さん。彼らは僕たちの味方かな?」
「本気でそう言っているのか、オルバよ」

 地上に新しく姿を現した二つの機体。一つは頭部の潰れたMSらしき機体。
 その姿は彼らの知るMSよりもシンプルな外見をしており、シロを基調としたカラーリングがXに似ていると言えなくもない。
 だが、知らない機体であることは間違いがないようだった。
 そして、もう一機。サイズは通常のMSとほぼ同じ尺、意匠もMSの延長上のようなその機体。
 それを暫く睨みつけるようにして眺めて、オルバは答えた。

「いや、まさか」
「分かっているな、オルバよ」
「ああ、分かっているよ、兄さん。あれは僕らの――」

 自律行動を取り、宙を自在に飛び回る勾玉。その姿はビットやファンネルと呼ばれる兵器に酷似している。
 NTにしか動かせないそれらにだ。

「――滅ぼさなくてはならない敵だね」
「ならば、その憎しみを声に乗せて叫べ!」
「ああ、いくよ、兄さん」
「来い、オルバよ」
「ガドル!!」
「バイクラン!!!」

 仇敵を目の前にした今このときに限って言えば、オルバに恥じらいはない。
 叫べば叫んだだけ力が出るのなら幾らでも叫んでやる、そういう心境だった。
 赤の機体が無数のパーツに砕け散る。
 そして、各パーツは磁石に吸い寄せられるように白の機体に吸い寄せられ、一つの巨大な機体へと合体した。
 放電現象が起こる機体の中、照準を合わせる。

「「アルス・マグナ・フルヴァン!!!」」

 二つの叫びが一つに重なった。



【キラ・ヤマト 搭乗機体:Jアーク(勇者王ガオガイガー)
 パイロット状態:困惑・ジョナサンへの不信
 機体状態:ジェイダーへの変形は可能?・左舷損傷、EN、弾薬共に50%
      反応弾を所持。
 現在位置:D-7市街地上空
 第一行動方針:ナデシコを退ける
 第二行動方針:仲間の無事の確認
 第三行動方針:テニアがもしもゲームに乗っていた場合、彼女への処遇
 第四行動方針:このゲームに乗っていない人たちを集める
 最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出】
 備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復。】


【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:非常に不安定
 機体状況:良好・マニピュレーターに血が微かについている・ガンポッドを装備
 現在位置:D-7市街地
 第一行動方針:この場を生き延びる(その為には武蔵や味方がどうなろうと構わない)
 第二行動方針:騒ぎを大きくする
 第三行動方針:どのように行動を取ればうまく周りを騙せるか考察中
 第四行動方針:とりあえずキラ達についていく
 第五行動方針:参加者の殺害
 最終行動方針:優勝
 備考1:武蔵・キラ・マサキ・ソシエ、いずれ殺す気です
 備考2:首輪を所持】


【巴武蔵 搭乗機体:RX-78ガンダム(機動戦士ガンダム)
 パイロット状態:カラ元気でも元気、ダイに対する激しい怒り、VF-22に対する怒り
 機体状況:頭部喪失、メインカメラ全壊、装甲全体に無数の凹み
      オプションとしてハイパーハンマーを装備
 現在位置:D-7市街地
 第一行動方針:テニアを守りきる
 第二行動方針:ダイを倒す
 第三行動方針:統夜を探しテニアを守る
 第四行動方針:信頼できる仲間を集める
 最終行動方針:主催者を倒しゲームを止める
 備考1:テニアのことはほとんど警戒していません】


【ソシエ・ハイム 搭乗機体:無し
 パイロット状況:空気、右足を骨折、気力回復
 機体状況:無し
 現在位置:D-7市街地上空
 第一行動方針:VF-22を危険視
 第二行動方針:新しい機体が欲しい
 第三行動方針:仲間を集める
 最終行動方針:主催者を倒す
 備考:右足は応急手当済み】


【ロジャー・スミス 搭乗機体:騎士凰牙(GEAR戦士電童)
 パイロット状態:気絶中、体力消耗、肋骨数か所骨折、全身に打撲多数 
 機体状態:左腕喪失、右の角喪失、右足にダメージ(タービン回転不可能)
      側面モニターにヒビ、EN70%
 現在位置:D-7市街地瓦礫の下
 第一行動方針:争いを止める
 第二行動方針:ガウルンに拳をお見舞いする
 第三行動方針:アキトの帰還を待つ
 第四行動方針:ゲームに乗っていない参加者を集める
 第五行動方針:首輪解除に対して動き始める
 第六行動方針:ノイ・レジセイアの情報を集める
 最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイトに値しない相手は拳で解決、でも出来る限りは平和的に交渉)
 備考1:凰牙は通常の補給ポイントではEN回復不可能。EN回復はヴァルハラのハイパーデンドーデンチでのみ可能
 備考2:念のためハイパーデンドー電池二本(補給一回分)携帯
 備考3:ワイヤーフック内臓の腕時計型通信機を所持】


【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力140
 機体状況:全身に弾痕多数、左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
      DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
 現在位置:D-7市街地
 第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
 第二行動方針:アキトを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】


【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:良好、合体が破られてショックを受けている、憎悪
 機体状態:EN35%消耗、損傷軽微
 現在位置:D-7市街地
 第一行動方針:テニアを殺す
 第二行動方針:ガウルンと武蔵・Jアークの排除
 第三行動方針:ヒメと甲児の信頼を万全のものに
 第四行動方針:ヒメと甲児を利用し、使える人材を集める
 第五行動方針:意に沿わぬ人間は排除
 第六行動方針:首輪の解析
 最終行動方針:オルバと共に生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
 備考1:ガドル・ヴァイクランに合体可能(かなりノリノリ)、自分たちの交信能力は隠している。
 備考2:首輪を所持】


【オルバ・フロスト搭乗機体:ディバリウム(第三次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:良好、憎悪
 機体状態:EN35%消耗、損傷軽微
 現在位置:D-7市街地
 第一行動方針:テニアを殺す
 第二行動方針:ガウルンと武蔵・Jアークの排除
 第三行動方針:ヒメと甲児の信頼を万全のものに
 第四行動方針:ヒメと甲児を利用し、使える人材を集める
 第五行動方針:意に沿わぬ人間は排除
 第六行動方針:首輪の解析
 最終行動指針:シャギアと共に 生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
 備考:ガドルヴァイクランに合体可能(かなり恥ずかしい)、自分たちの交信能力は隠している。】


【兜甲児 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
 パイロット状態:良好
 機体状態:EN30%消耗、相転移エンジンによりEN回復中、ミサイル5%消耗
 現在位置:D-7市街地上空
 第一行動方針:Jアークを倒す
 第二行動方針:ヒメ・フロスト兄弟と同行
 第三行動方針:ゲームを止めるために仲間を集める
 最終行動方針:アインストたちを倒す
 備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガスを収容
 備考2:ナデシコ甲板に旧ザクを係留】


【宇都宮比瑪 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
 パイロット状態:良好、ナデシコの通信士
 機体状態:EN30%消耗、相転移エンジンによりEN回復中、ミサイル5%消耗
 現在位置:D-7市街地上空
 第一行動方針:Jアークを止める
 第二行動方針:甲児・フロスト兄弟に同行
 第三行動方針:依々子(クインシィ)を探す
 最終行動方針:主催者と話し合う。】


【パイロットなし 搭乗機体:ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
 パイロット状態:パイロットなし
 機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている
 現在位置:D-7市街地上空】


【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)
 パイロット状況:神経圧迫により発声不可、気絶中
 機体状況:MS形態
      落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障
 ナデシコの格納庫に収容中
 現在位置:D-7市街地上空
 第一行動方針:新たなライブの開催地を探す
 最終行動方針:自分の歌でゲームをやめさせる
 備考:自分の声が出なくなったことにまだ気付いていません】


【ミスマル・ユリカ 搭乗機体:無敵戦艦ダイ(ゲッターロボ!)
 パイロット状態:死亡
 機体状態:艦橋大破、主砲全壊、メカザウルス中破
 備考1:ハイパーデンドー電池8本(補給4回分)は無事
 備考2:首輪(リリーナ)は艦橋の瓦礫に紛れています】

【二日目0:00】



 何か丸くて柔らかいものが頬に触れている。それに顔をゆさゆさと揺さぶられて、意識が眠りの底から持ち上げられた。
 聞きなれた声、誰かが何か言っている。耳を澄ましてみた。

「マサキ、起きるニャ」
「マサキ〜、マサキ〜」

 ――何だ。クロとシロか、もう少し寝かせてくれ。
 そう思った次の瞬間、丸くて柔らかいもの周りから棘のようなものが生えてきて、

 ザシュ!!

 勢いよく引っかかれた。頬に五本の爪痕が走り、思わず飛び起きる。

「てめえら、何しやがる!!」
「マサキが悪いんだニャ。なかなか起きないのが悪いんだニャ」
「シロ、後で覚えておきやがれ」
「知らないニャ」
「それよりもマサキ、様子が変なんだニャ」
「変って、何が?」

 アルトアイゼンを起動する。苦しそうな唸り声をエンジンが上げたが、どうにか起動することができた。
 機体状況に軽く目を通し、スイッチを入れると周囲のモニターに次々と明かりが灯っていく。
 そこに映し出された外の様子を見てクロが変だと言った理由を理解した。
 継ぎ目一つない平坦な床。うっすらと発光しているドーム状の天蓋。これではまるで――

「おい、シロ! クロ!! これは一体どういうことだ? ここはまるで最初に集められたドームみてえじゃねぇか」

 いくら方向音痴だとはいえ、迷子でこれはあまりに無理がありすぎる。

「ソシエを助けたときに拾った石が突然輝いて、気づいたらここだったんだニャ」
「あとはおいら達にもさっぱりだニャ」
「その石は?」
「いつの間にかなくなってしまったニャ」

 ソシエが倒れていた地下道――そこでクロが拾って来た青い鉱石。
 それが関わっているとしか思えなかった。
 改めて周囲を見回す。一人の男が倒れているのを見つけた。
 薄暗いドームで真っ黒な服を着込んでいるその男は、ぱっと見には見つけづらかったのだ。
 マサキは気づかない。その男がA級ジャンパーと呼ばれることを。青い鉱石はチューリップクリスタルという名だということを。
 その男が、アルフィミィを強くイメージしたことによって、チューリップクリスタルが反応し、ジャンプフィールドが形成された。
 その結果、巻き添えでここに跳ばされたのだということを気づくはずもなかった。
 周囲に危険がないようなら機体を降りて声をかけよう――そう思い、もう一度、注意深く周囲の様子を探る。
 危険は見当たらない。
 ホッと一息ついた拍子に汗が目に入り、一瞬目を閉じた。
 そして、目を開けるとそこには、一人の少女が何の前触れもなく姿を現していた。
 後ろで一つにまとめた蒼い水色の髪に栗色の瞳。少女という言葉がぴたりと当てはまる華奢な体。
 未成熟な子供特有のふっくらとした両頬には二対の赤く丸い化粧が施してあり、柔らかな唇には髪の色に合わせた蒼の紅が差してある。
 どことなく神秘的な雰囲気を醸しだしている少女。それが一人佇み、微笑んでいた。

「残念ですの。あなたはルールを破ってしまいましたの」

 背筋が寒くなる。説明の『実験台』と称され殺された若い女性、その最後の姿が頭を過ぎった。

「まってくれ! これは事故だ!! 俺たちだって、何でここに飛ばされたか分からねぇんだ!!!」
「言い訳は男らしくありませんの」
「それにあんたが説明したルールには触れてねぇ。ここは禁止エリアには含まれてねぇはずだ」

 少女が小首をかしげ、虚空を眺めた。
 その仕草は記憶を辿っているようにも、何か考えているようにも見える。
 暫くそのままでいた後、マサキたちを正面から見据えて、優しげに少女は微笑んだ。

「そのようなこと私の知ったことでは知りませんの」
「横暴だニャ」

 思わず野次が飛ぶ。
 目の前の少女は表面上は友好的に見えるが、こちらの言い分を聞き入れるつもりはないように思えた。
 目を閉じて、大きく深く空気を吸い込み、長くゆっくりと息を吐く。

 ――瞼の裏にいろんな人の顔が浮かぶ――

 リューネ、ウェンディ、プレシア、ゼオルート
 テュッティ、ヤンロン、ミオ、モニカ、セニア

 ――すまねぇ――

 ゼクス、カミーユ、カズイ
 キラ、ムサシ、テニア、ソシエ

 ――悪い、後は頼む――

 そして、シュウ――

「うっ……」

 倒れている男がうめき声を上げて、起き上がる気配を見せた。
 怪訝そうな顔でこちらを眺めていたアルフィミィの注意がそちらに向けられる。

「クロ、シロ! 覚悟を決めろ」
「ニャ!?」
「ここで奴を倒しておけば、これ以上の悲劇は防げるかも知れねぇんだ。
 俺はここで全身全霊を賭けてこいつを倒す! いくぜっ!!」

 ガタのきているアルトアイゼンの機関がフル稼働し唸りを上げる。そして、急加速。
 振り上げられたステークがアルフィミィに迫り、唐突にその動きを止めた。
 いつの間にか現れた黒い機体。そいつが鉤爪でアルトの右腕を床に縫い付けている。
 アルトに力負けしないだけのパワー、完全に右腕を固定され前に進めない。

「おいたは、許しませんの」

 ブースターが唸りをあげる。前に進もうと足掻く。エンジンが焼け付き、焦げ臭いが漂う。
 固定された右腕と前に進もうともがく胴体の間で、肩口が音を立てて裂け始めた。
 ケーブルが伸び、断線し、火花が散る。それでも頑強なアルトの内部フレームが、基本骨格が腕を繋ぎとめて動けない。
 胸の前にアルフィミィの両の手が添えられ、小さく開く。

「悪い子には、御仕置きですの」
「まだだ! まだ終わっちゃいねぇ!! 俺がどうなろうと構いやしねぇ!!!
 だから……、だから、アルトアイゼン、お前の力を貸してくれ!!」

 断線したケーブル。飛び散る火花。一つの火花がアルトの内部で弾け、クレイモアの炸薬に火がついた。
 ハッチは閉じたまま。暴発。右肩が跡形もなく消し飛ぶ。
 だがしかし、これで前に進める。

「さようならですの」

 アルフィミィの手と手の間がゆっくりと狭まっていく。
 無駄だ。もう遅い。もう止められない。
 例え今殺されても、鎖を解き放たれたアルトはこの勢いのまま突っ込む。

 ――俺の勝ちだ――

 少女の両の手が合わさり、ポンと小さな音が鳴った。続いて、小さな炸裂音が響いた。



 目が覚めて最初に目にした光景は、黒い機体とそれ右腕を固定されている赤い機体だった。
 赤い機体が前に進もうともがいている。そんな印象だった。
 赤いのは『古い鉄』の名を持つアルトアイゼンと言い、黒いのは『継ぎはぎ』の名を持つラピエサージュと言う。だが、そんなことをアキトが知る由もない。
 それをぼんやりと眺めている。
 強引に突き進もうとする胴体と縫い留める右腕の間で、張力に耐えられなくなった装甲に亀裂が奔り、赤い機体の右肩が避け始める。黒いオイルが血のように噴き出す。
 ふと赤い機体が目指す先が気になって、ぼんやりと視線を動かしてみた。
 そこに立つ一人の少女を見て、まどろみをたゆたっていたアキトの意識は急速に覚醒した。
 同時に爆発音。肩から先が吹き飛んだ赤い機体が少女に迫る。
 少女が両手を小さく一度、叩いた。
 赤い機体がバランスを崩して倒れ始める。しかし、ついた勢いは止まらない。
 黒い機体が赤い機体の襟首を掴み、押さえつける。だが、それでもまだ止まらない。
 倒れこみ、床に二三度打ちつけられたアルトの頭が、その額の角が、床を削り爪痕を残しつつも突き進む。
 そして、それは勢いを削がれながらもアルフィミィの胴を貫いた。
 アキトは叫んだ。何を叫んでいるのかは自分でも分からない。ただ叫んだ。
 目の前で、求めたたった一つの希望が消え去った。
 膝を折り、その場にうなだれる。立ち上がろうという気さえ、もう起こらない。

「ホログラフィックでしたの。何をしても無駄ですの」

 耳に声が届く。ややあって、ゆっくりと靴音がこちらに向かってきて、止まった。思わず顔を上げる。
 見上げたそこには傷一つなく微笑む少女の姿があった。
 そして、気がついたときにはもうアキトは口走っていた。

「頼む! お願いだ! ユリカを……ユリカを救ってくれ……」



【テンカワ・アキト 登場機体:なし
 パイロット状態:やや衰弱、精神不安定
 機体状態:なし
 現在位置:不明
 第一行動方針:ユリカを救ってくれ(そのためには自分はどうなってもいい)
 最終行動方針:ユリカを元の世界に帰す(そのためには手段は問わない)】


【マサキ・アンドー 搭乗機体:アルトアイゼン(スーパーロボット大戦IMPACT)
 パイロット状況:死亡
 機体状況:両腕損失、エンジンが限界、起動不能
 備考:謎の小石はチューリップクリスタルでした】

【残り29人】

【二日目1:00】