Scenario IF 32話(130話 another side) 「Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―」 ◆7vhi1CrLM6
目が二つあった。
パープルアイとでも言うのだろうか? 深く暗く沈んだ紫紺の両眼が、言い逃れは許さない、と詰問の視線を突きつけている。
どこか追い込まれているような、自分で自分自身を追い詰めているような、そんな目だった。
似てるなと思う。初めて戦場に狩り出された新兵が、自分のミスで仲間を死なせてしまった。そう思いつめているときの目が、ちょうどこんな感じなのだ。
「お前、ラキの何なんだ?」
「質問してるのはこっちだ」
「知ってることを全部話せって言われてもな……何処の誰とも知れない奴に話す義理はねぇ。
もっとも、俺のことなら別だがな。今夜のご予定から泊まっている部屋の番号まで何でもお答えいたしますよ」
「ふざけるなっ!!」
「悪い悪い。そう怒るなって。だが、そっちが答えなきゃこっちも答える気はないぜ」
努めて冷静に、出来るだけ刺激を与えないように(?)気をつけながら話す。両手は頭の上だ。別に銃を突きつけられているわけじゃなかったが、これが一番意思が伝わりやすい。
強引に切り抜けられるか、と問われれば、多分出来るだろう。
目の前のお嬢さんは筋肉に無駄が少なく(ついでに削ぎ落としたのか、胸の脂肪まで死亡してるのが残念でもあるが)細身なりに鍛えられているようだが、動きはどちらかと言うと素人くさい。
ただ、柄じゃない。
となると、受け答えの中で情報を引き出せれば御の字といったところか。だが、無言を衝立にして返されたんじゃ埒があかない。軽口にも乗ってこない相手に溜息まじりに言葉を投げかける。
「おいおい。黙ってちゃ何にも分からないぜ。もう一度聞く。お前とラキの関係は?」
あまり友好的な関係ではないのだろう。置かれた状況を鑑みれば、ラキが何か不祥事をやらかしたとしか思えない。
現に目の前の少女は歯を食いしばって思い悩み、苦悶の表情を浮かべていた。強気の表情の裏で弱気が揺れ、顔は俯いている。その口元が微かに動いた。
「ある人の最後を伝えなくちゃいけない……。伝えなきゃいけないんだ……私は……ラキに……」
自身の見当違いに気づくのと同時に、そろそろと視線を伏せた少女の顔に落とす。前髪越しに見える真一文字にきつく閉じた唇が、小刻みに震えていた。
泣いているのか? そう思った瞬間、少女の顔ががばっと持ち上がり、涙が滲んだ視線が突き刺さる。
「さぁ、私は言ったぞ! 今度はお前が答える番だ!! 教えろ、ラキについて知っていることを!!!」
ラキを探している理由は分かった。危惧していたようなことではなさそうで、人知れず胸を撫で下ろす。目の前の少女は、どう見ても他人を謀ることに長けているようには見えないのも安堵感を大きくしていた。
しかし、まだ分からないことがある。ラキが原因でないのならば棘の出所が分からない。
それにこの娘の気の張り詰め方は危うい。的の位置が分からぬまま弓を目一杯引き絞っている。そんな矛先の定まらぬ危うさだ。
それらに引っ掛かりを覚えながらもクルツは、ラキのことについて話すことに決めた。
「分かった。何から聞きたい?」
背格好からという要望が返ってき、クルツはそれに答えて話し始めながら、それとなく様子を覗い続けた。
目の奥が暗い。肌にチリチリと焼け付くような感情がそこで燻っている。目の前の少女は笑う気配すら見せない。
やはり棘がある。ラキでないなら向けられているのは自分か?
「あんたとラキの関係は?」
「仲間ということになるかな。放送前まで同行していた」
何でもない言葉。それが彼女の心の弓弦に触れた。刹那、紫紺の瞳が揺れ動き、動揺。そして、驚愕へと少女の表情が変わり、焦点のぼやけた少女はぽつりと呟く。
「……嘘だ」
「嘘じゃねぇ」
手が震えた少女の眉間に皺が寄り、険しい表情を形作る。その目に灯った感情を読み取り肝を冷やした。
気圧されて一歩退がり、ラーズアングリフの装甲が背中にぶつかる。思わず振り返り、慌てて視線を戻したクルツに飛んで来たのは、怒声だった。
「嘘を吐くな! あんたがラキの仲間な訳がない!! そんなわけないじゃないかっ!!!」
取り乱し、感情的に声を荒げて詰め寄る様子に息を呑む。感情の堰が切れ掛かっている。怒りの、殺気の矛先は間違いなく自分に向けられていた。
訳が分からない。初対面のはずだ。こうまで嘘つき呼ばわりされる心当たりは全くない。そんな疑問符で頭が埋め尽くされる。
「嘘じゃねぇって。間違いなくあいつとエイジと俺の三人で行動してた。これは保証する」
「だったらなんでアムロを殺した!! あんたがラキの仲間ならアムロを殺すもんかっ!! 殺すもんかっっ!!!」
身の潔白を証明するしか他なく喚いたクルツの言葉に、アイビスの叫びが重なった。
怒りに目を滾らせながら目肩で息をする少女を見つめて、再び疑問符が頭に浮かぶ。今度の疑問符は一個だけ。ただしでかい。即ち、アムロって誰よ?
そうして頭の中で一通り検索にかけて、なお心当たりのないクルツの口を吐いて出た言葉は――
「ぬ、濡れ衣だァーーーーーーーーー!!!!」
「惚けるな!!!」
思わず手が出たという感じで頬を叩かれた。クリーンヒット。直撃。反動で後頭部を固い装甲板でしたたかに打ちつける。正直、そっちのほうが痛かった。
「惚けてねぇ! 俺はそんな奴知りやしねぇ。まして恨みを買われる筋合いもねぇ」
「見たんだ!!! あんたがアムロを……赤い小型機を落とすところを!!!
そんなあんたがラキの仲間だなんて認めるものかっ!!! 認めてやるものかっ!!!!」
必死の目と一緒に、これまで押さえ込んでも押さえ切れずに、瞳の奥で燻っていたものが露になる。その感情の堰が切れる様を目の当たりにしながら、クルツは事情を理解した。
事情は単純。赤い小型機、おそらくは戦闘に介入してきたタイミングから考えて戦闘機にも変形するほうのことだろう。それが彼女の仲間で、自分はその仇というわけだ。
だが一つこの少女は思い違いをしている。そこを正せば少しは立場が楽に……なるのか?
「ちょっと待て! 殺してねぇ!!」
「……えっ!?」
「殺しちゃいねぇって! そいつは生きてる」
「嘘だっ!!」
何度目かも分からない否定。全く信用されてない立場というのは辛い。
「まぁまずは落ち着けって。確かに小型機は落とした。けど、あの時そいつは既に青い機体に乗り換えていた。
見たろ? 俺がその青い機体に追い詰められるところを。あんたが介入してなかったら死んでたのは俺のほうだった。だから嘘じゃねぇ」
「生……きてる?」
「そう。そいつは生きてる」
「本当?」
「本当だ。もう五六時間もすれば放送が流れる。嘘を吐いても意味がねぇよ」
胸を撫で下ろし大きな安堵の溜息を漏らすのが見えた。少しはこれで険が取れるかな、と思って油断した隙に再び詰問の視線が向けられ、思わず表情が強張って気持ち身構える。
ぐぅ〜
薄く開いた唇が言葉を発するより早く少女の腹の虫が鳴いた。険が取れるどころか緊張が霧散し、空気が弛緩する。
思わず笑ったクルツの大声が夜空に響く。開けた口を訳もなくパクパクさせている目の前の少女の顔は真っ赤だ。
「わ、笑うな」
「ハハハ……腹減ったとよ。どっかで飯にするか?」
「減って ま せ ん 」
躍起になって否定する少女を尻目に中央廃墟で一息吐くことを勝手に決める。北の市街地には行きたくなかったのだ。
全くの偶然の腹の虫ではあったが、お陰で今話の主導権はクルツに移行している。気持ちにも余裕が出来た。
機体に乗り込もうと背を向け、背後の気配の動き出す様子のなさに振り返る。
そこに強い光を見止めた。真摯さ。熱心さ。そんな光だ。そしてその奥にはまた別の暗い光が併在している。
「一つ聞かせて。何でアムロと争ってた?」
思わず頭をガシガシと掻いてあらぬ方向を見上げてしまった。一番答えにくい質問だったのだ。何しろ最初に手を出したのはこちらなのだから。
ちらりと視線を戻す。そこに最初と同じ『言い逃れは許さない』という詰問の視線を確認して、慌ててまた逸らした。どうにも答えずにすむという訳にはいかないようだ。
「あいつとやり合ったのは二回目だ。一回目は俺から仕掛けた。それを覚えてたんだろうな。二度目は奴から仕掛けてきた。後は通信を交わすこともなく戦闘さ」
「一度目はなんで?」
「さぁ、何でだろうな。いきなり殺し合いを強要されて、情けねぇことにパニクってたのかもな」
「そう……」
目線を合わせる勇気はなかった。僅かに混ぜ込んだ自分を守るための嘘。それに言いようもない引け目を感じたのかもしれない。
逃げるようにして機体に乗り込むとホッと胸を撫で下ろす。下手な嘘がバレやしないか冷や汗ものだったが、どうやら信じては貰えたようだった。もっとも疑いが完全に晴れた風には見えないが。
通信を繋げる。
「んじゃ、行くとしますか。行き先は中央廃墟。そこで朝まで一休みだ」
とそこまで言って肝心なことを聞いてないことを思い出す。
「お嬢さん、そろそろお名前を教えてもらっても良いんじゃないでしょうかね?」
「へっ?」
目を丸くするのが見え、ちょっと間の抜けた声が響く。どうやら向うも名乗ったつもりになっていたようだった。
「アイビス……アイビス=ダグラス。あんたは?」
「クルツ=ウェーバー……俺名乗んなかったっけ?」
「名乗ってないよ」
呆気羅漢と返ってきた声に「おっかしいな」と応じながら頭を掻き、「まぁいいさ」と繋いだクルツは、とりあえずラキとアイビスを会わせてみようという気になっていた。
そうして二機は中央廃墟へと向かう第一歩を踏み出す。そこに待ち受けている結果も知らずに……。
◆
アイビス・クルツから遅れること約四時間。C-3地区にも中央廃墟を目指す機体の姿があった。
その低空を僚機となったシャイニングガンダムと共に飛びながら、ブンドルの思考は一つのことに囚われていた。
サイフラッシュ・ハイファミリア・アカシックバスター・コスモノヴァ、そして精霊憑依。
ブンドルが扱いきれないサイバスターの武装や機能は多い。
ゆえにブンドルはこれまで機体の基本性能と剣戟、そして僅かな火力での戦いを強いられてきた。それらはひとえに操者の資格を持たぬがゆえのことであったが、一つ事情の異なるものが存在する。
ラプラスコンピューター――それは一種のブラックボックスと言っても過言ではないサイバスターの中枢を司るメインコンピューター。
これだけは操者の資格を持たないが為か、それともただ単純にそっち方面の専門家でないことによる技術力不足によるものか、判別に難しい。だが、どういうものかの憶測はついていた。
ラプラスの名を耳にしたとき、ブンドルが真っ先に思い浮かべたのは18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス。ラプラス変換の発見者として、彼の名は高い。
その彼によって提唱されたものの中に『ラプラスの悪魔』というものが存在し、彼は自著の中でこう語っている。
『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、
この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も全て見えているであろう。 (確率の解析的理論)』
この仮想された超越的存在の概念であり、ラプラスがただ単に知性と呼んでいたものに、後世の者が付け広まった名称が『ラプラスの悪魔』である。
それは量子論登場以前の古典物理学における因果律の終着地点と言ってもいい。
そのラプラスの名を冠する以上、おそらくこのコンピューターが目指したものは未来予測。
「ラプラス自身の理論は後に量子力学によって破られることになったが、果たしてこのコンピューターは『全てを知り、未来をも予見できる知性』足り得るのか……」
目指しはしても、そこに至れるかどうかは別問題。『ラプラスの悪魔』にまで至れているという保証はどこにもない。
だが、最低でも物質と現象を解析し予測する為の機能が備わっているはずである。例え完全ではなくとも、それらの機能がなくてはラプラスの名に対して失礼と言うべきであろう。
そして、その処理速度も並々ならぬもののはずだ。1秒後の未来を算出するのに1秒以上の時を要しては意味がない。
ならばだ。然るべき者の手に渡りさえすれば、首輪の解析など容易くやってのける代物なのではないか――それがブンドルの抱いたものであった。
「ブンドル」
突然の通信に思考の波から意識を拾い上げる。無骨な男の顔がモニターに映し出されていた。
「ギンガナム隊のことについてだがな」
「……なんだ? そのギンガナム隊とかいうのは」
薄々感づきながらも言葉を返す。妙に嫌な予感がしていた。そして、こういう勘は当たるものだ。
「ギンガナムとはムーンレイスの武を司る一族の名。そして、我が部隊の名だ。
ロンドベル隊の名も惜しかったのだがなぁ。アムロ=レイが存在する以上、あちらにその名を譲るのに小生も吝かではない。
貴様もギンガナム隊の一員となったのだ。覚えておけ」
「少し待て。それは君の名ではなかったか? というかいつ私が君の下に付いた?」
こめかみを押さえ、俯きがちに頭を左右に振る。色々と頭が痛い。だがそんな様子に構うことなくギンガナムは返答を寄越してくる。
「いかにも。我が名はギム=ギンガナム。ギンガナム家の現党首よ。
どこの馬の骨とも知れぬ者をギンガナム隊に加えるのには小生も少々の抵抗があったのだが……ブンドル、貴様はなかなか見込みがあるので特別に許可した。誇りに思うが良い」
「話が食い違っている……それにその美しさの欠片も見当たらないネーミングには反対させていただこう」
「異論があるのならば代案を出すべきであろう。
だが、あの化け物を討つのに、ギンガナムの名以上に相応しい名はない。そう、ロンドベル隊とギンガナム隊の共同戦線によってあの化け物は討ち倒される。
フフフ……ハーハッハッハッ……素晴らしい! これぞまさしく小生が夢にまで見た黒歴史との競演!! だがそれにはぁ、我が隊の戦力を充実させねばなぁっ!!!」
勝手にテンションを鰻上りに上昇させるギンガナムを脇目に、ブンドルは僅かに考え込んだ。代案を出せというギンガナムの言には一理ある。
そして、頭に思い浮かんだ部隊名は――
「……ドクーガ情報局」
「フンッ! 大 却 下 だ!!」
「ならば……」
そこで言葉を飲み込む。言おうか言わまいか、束の間悩んだ。目の前の男に自分の美的センスが理解できるとは到底思えない。
芸術の何たるかを全く理解しない無知蒙昧な輩に、自分の美的センスが扱き下ろされるのはどうにも我慢がならない。
「ならば何だ?」
「……なんでもない」
「どうせ大したことのない部隊名を思いつき慌てて引っ込めたのであろう。やはりここは武を納めるギンガナムの名こそ相応しい!!」
「それには反対だと言った」
「ギンガナム隊に反対ならばシャッフル同盟で決まりだな。異論があればもっとマシな対案を出してみよ。
どうした? 何か言いたそうだな? その貧弱なお頭でぇ何を思いついたか言うがいい。ほれ! ほォ〜れ! ハーッハッハッ……!!」
あからさまな挑発。見え透いた手。だが、悔しいが効果的だ。小馬鹿にされているようで地味に腹が立ってくる。というかうざい。
「そうまで言うのなら聞かせてやろう。この部隊の名は――
――『美しきブンドルと愉快な仲間達』だ」
満足気に言い放ったブンドルを残して時が凍りついた。
「……」
「なんだ、その痛いものを見るような目は? そんな悲しそうな憐れみの目で私を見るな」
「その今にも『全ては我らのビッグ・ファイアの為に!』とか言いだしそうなネーミングは……それに後半……」
「それはだな」
「いや別に説明しなくともよい。すまん。小生が悪かった。だから悪いことは言わぬ。ここは大人しくギンガナム隊にしておけ」
「それには反対だと言っている!」
「ええい。人が下手に出ておればいい気になりおって。何が不満なのだ?」
議論は白熱(?)していき、多くの名が挙がっては切って落とされていくこととなった。
そして、目的地D-3廃墟の上空に差し掛かる頃、両者は半ば折れる形で部隊名はなんの捻りもなく『ドクーガ情報局ギンガナム隊』に決定される。
「まぁいい。とにかくブンドル、貴様にはギンガナム隊の参謀を務めてもらう」
「お断りさせてもらおう。私はドクーガ情報局の『局長』だ。降格は勘弁願いたい。それではよろしく頼むよ、『隊長』殿」
「くっ……貴様、またしても謀ったな」
「部隊名はそちらも納得して決めたはずだ。それとも君は一度口にした言葉をひっくり返す程度の男かね」
「ぐっ! おのれ……」
悔しげに睨み付けてくる眼光を飄々と受け流す。戦闘行為ならともかくとして、口と謀でこの男に負ける要素は皆無といって良い。
未だブツブツと文句を呟くギンガナムを尻目に、視線を眼下の廃墟へと落とした。
現在、ブンドルの頭の中には幾つかの集団が刻まれている。
北西の市街地にはアムロとガロード。南部市街地にはトカゲ型の戦艦とガロードの仲間。そして、ゼクスを中心とした集団は中央廃墟の方角を目指していた。
もっともトカゲ型の戦艦とゼクスの集団はそれなりの時間が経過している為、移動している可能性が高い。そう考えるとこの中央廃墟と北の廃墟は大きな空白地帯と化す。
つまり参加者の保護・小集団の形成という観点から考えて、ここは見過ごせない地域なのだ。
そして、出来ればもう一度サイバスターの操者と接触を取りたいという欲が、ブンドルに中央廃墟を選ばせていた。
だが見下ろした廃墟に人影は見当たらない。深夜という時間帯と廃墟という死角の多さが目視を遮っているのだ。加えてレーダーの不調もある。
「ギンガナム、そちらのレーダーに反応は?」
文句を止めて取り合えずはレーダーを確認したらしいギンガナムが、「なにも」と返してくるのを聞いて、これは骨が折れるかもしれない、といった思いが頭を過ぎり――
「ところでな、ブンドル」
思考を中断させられた。
「……まだ何かあるのか?」
「うむ。毎回戦闘前に名乗りを上げていたのだが、どうもパターンが尽きてな。そこで二人で是非とも試して」
「断る!!」
「つれないな」
当然だ。嫌な予感しかしない。
「だが、これを聞けば貴様の気もきっと変わるであろう」
「言わなくていい。言わなくていいから、少しあっちに行っててくれないか?」
「まずは小生が問いかける。それに貴様は答えていけばよいのだ」
思いっきりスルーされた。あまりのマイペースさに殺意を覚えないでもない。少しくらい聞けよ、人の話……いかん。キャラが崩れてきている。自戒せねば。
「『流派東方不敗は』と問われれば貴様は『王者の風よ』と返すのだ。あらん限りの声を振り絞り叫ぶのだぞ。分かるな? 気迫がここではモノを言う。そして、続きは――」
得意気に説明を続けるギンガナムを完全に無視して、思案を再開することに決めた。とてもじゃないが付き合いきれない。
改めて廃墟へと目を向ける。ざっと見渡した限り目視にかかるほど大きな機体は見当たらない。また死角が非常に多い。空を飛ぶ来訪者は見つけやすく、自身は隠れやすい地形ということだ。
好戦的な者を除いたほとんど全ての者は、一度隠れてこちらの様子を覗うと思ったほうがいい。かと言って、地上を歩き路地の一つ一つを覗いて回っても埒があかない。
つまりは目立つ空に機体を曝け出して、いるかどうかも分からない相手のコンタクトを待つしか方法がないのである。
ならば時間で区切るべきだ。交代制で半分を休息に当てるとして、一時間か? それとも放送までか?
そうやって先のことに思考の手を伸ばしていたとき、視界の隅で何かが煌めいた。モニターに警告のメッセージが灯るのよりも素早く身を翻す。
虹色をまとめて撃ち出したかのような光軸が間際を駆け抜け、装甲を焦がした。それを脇目に射撃地点を睨んだブンドルは、しかし突然後方で鳴った衝撃音に思わず振り返ることとなる。
火花を散らしながら銃と剣の中間のような武器を叩きつける流線型の機体と、それをアームプロテクターで受け止めるギンガナムの姿が目に飛び込む。
やばい――そう思った瞬間、女の憎悪に塗れた声とギンガナムの剛毅な声が木霊した。
「ギンガナム! お前を!! お前だけはああぁぁぁぁあああああ!!!」
「小生をギム=ギンガナムと心得て向かってくるその心意気や良し! だがしかあぁぁしっ!!」
ギンガナムが相手の武器を跳ね上げ、腕を掴み、豪快に投げ飛ばした。空中をくるくると舞った敵機は、数百m離れたところでようやく体勢を整える。その鼻頭にギンガナムの声が飛ぶ。
「貴様では足りん! 小生を、このギム=ギンガナムを倒したくば、このシャイニングガンダムの右腕を見事斬りおとしてみせたあの男を出すがいい!!
勝利の二文字を持って屈服させええぇぇぇ!! 我がギンガナム隊の一員としてくれるっ!!!」
「黙れっ! お前が、あいつを殺したお前が気軽にあいつのことを口にするなっ!!」
突然、流線型の機体がぶれたかと思うとその場から消失する。次の瞬間、それはギンガナムの死角に姿を現した。
銃剣の切っ先が下から上へと振り上げられる。それらの動きに瞬時に反応して見せたギンガナムはワンステップでかわすと同時に振り向き、掌を胸部に添える。
「遅い。温い。伸びも芸もない。その程度でぇこのギム=ギンガナムの首が取れるものかよぉ!!」
中空にも関わらず踏み込む。流線型の機体が体をくの字に折り曲げて、すっ飛んだ。刹那、ブースターが青白い燐光を瞬かせ、ギンガナムが追撃に移る。
それらの光景を前にブンドルは再度思う。これはやばい、と。この闘争本能の塊のような男は、既に燃え盛る炎と化している。襲い掛かる者に対して容赦はないだろう。
そして、漏れ聞く限り突如襲撃してきた女は復讐者。この組み合わせはまさに火に油を注ぐようなもの。勢いのままに暴走を許せば、後の結果は火を見るより明らかだ。
そこまで分かっていながらブンドルは動けなかった。
理由は二つ。
一つはテレポーテーションとでも言うべき移動に度肝を抜かれ、介入のチャンスを見出せなかったこと。
そして、まだ何かがある気がする。あるいはいるのかもしれない。ともかくギンガナムと女と自身の他にまだ何かがここに介在している。
理屈というよりかは勘のようなものだ。未だ表に出てこない潜んでいる何かがあると告げていた。
さらにもう一つ加えるのならば、サイバスターのラプラスコンピューターに対しての憶測もブンドルを慎重にさせることに一役買っていたのかもしれない。
ここで悪戯に失うわけにはいかない。そういった思いがあったことは確かなのだから。
雲越しに火線が煌めき、幾度目かの火花が散る。
ギンガナムもあの男一流の嗅覚で違和感を感じ取っているのか、女とギンガナムの戦いはどこかぎこちなかった。が、そのぎこちなさは程なく融解することとなる。
ギンガナムの狂喜に彩られた声が大地に響き渡ったのだ。
「見つけたぞ!! アイビス=ブレエエェェェェェェェンッッッ!!!」
何処か女性的な丸みを帯びた流線型の敵機。それを弾き上げたシャイニングガンダムのスラスターが噴射音を唸らせたと思った瞬間、敵機を無視し、地表の一点目掛けて突撃を開始した。
夜空に流星のような一筋の光が灯る。
その流れ落ちる先に赤い無骨な機体を発見したブンドルは、サイバスターのブースターを焚き、フルスロットルでそこに突撃した。
上空にギンガナム。地表面付近に自身。どちらが早いとも考える余裕はなく、二機は急速に赤い機体との距離を詰める。
朽ち果てたビル、鉄骨を露にした廃墟、腐食し赤く錆び付いた鉄筋、それらの景色が後ろへと飛んで行く。その先で、赤い機体がギンガナムに銃を向けるのが見えた。
横合いから懐に飛び込む。銃を潰れた左腕で制し、間髪入れずにギンガナムの拳を右手の剣で受け流す。そして、返す刀でギンガナムの脳天に降って来た女の剣閃を受け止めた。
「チッ!!」
「ブンドル、貴様ッ!!」
「なっ!!」
「三人とも剣を引け。この場は私が預か……ッ!!」
全てを流れるような動作で隙なくこなしてみせたブンドルであったが、そこが一呼吸における挙動の限界でもあった。
黒い弾丸のようなものが飛び出してくるのを視認する間もなく、轟音がコックピットを揺らす。
動から静に転じる瞬間を狙い済ましたように突かれたサイバスターは、なすすべもなく押し流され、瞬く間に瓦礫の街並みへとなだれ込んで消えていった。
◆
二つの機体が縺れ合っている。白銀の機体が大人と子供以上も体格差のある黒い機体に押し負け、瓦礫を巻き込みこんで後退を続けていた。
「聞こえるか? 黒い機体のパイロット、私は君との争いを望まない。剣を納めてくれ。そうすれば私はギンガナムを諌め、あの場を丸く治めてみせる」
「ククク……ハーッハッハッ……!!」
通信。流れてくるのは休戦の提案。黒い機体のパイロットガウルンは、堪えきれずに思わず噴出した。
その様子にモニターの端に開いた通信ウィンドウの中の顔が、眉を顰める。
「何か可笑しいか?」
「冗談言っちゃいけねぇな。せっかく面白くなりそうなところだ。それを潰されちゃたまんねぇ」
一番動きが良かった奴を狙いすまし、隙を衝いて仕掛けたが、正解だったってわけだ。赤い奴はどうだか知らねぇが、白い機体も丸っこい機体も剣を引く気は毛頭なさそうに見えた。
ということはだ。ここでこいつを喰っていけば争いが治まることはないと言える。その後は、選り取り見取りだ。
それに面白味はねぇがこいつ自身も一級品。暇つぶしの玩具としては、何の不足もない。
「悪いがここで死んでもらうぜ」
「なるほど……そういう輩か。ならば君などに付き合っている暇はないッ!!」
白銀の機体が刀剣を抜き放つ。密着した状態で掲げた剣を振り下ろす。上から下。頭部と背面を狙った刺殺。鋭いッ!!
咄嗟にヒートアックスで受け止めた。その隙を衝いて押さえ込んだ状態から抜け出される。一塊だった二機がパッと左右に分かれた。
「やるじゃないか。大したものだ」
「そちらこそ……な。野放しにしておくには少々危険だ」
数百mの距離を置いて二機は対峙する。互いにまだ瀬踏みの段階。つまりは小手調べの前哨戦。それでもある程度の力量は伝わってくる。
その力量だけで言えば、信じられない程の上物だ。自分自身に対する絶対の自信も持っている。そんな奴の鼻を明かしてやるってのは、たまらねぇな。そうガウルンは一人ごちた。
◆
「クックックッ……ハハハ……フハハハハハ……!!!!」
「何が可笑しいッ!!」
愉快さを隠し切れないといった無邪気な笑い声に反発を覚え、思わず叫んでいた。
「何が可笑しいだと? ククク……、黒歴史において最強の武道家と誉れ高い東方不敗がマスターアジア。その愛機マスターガンダムが姿を現したのだ。
そして、小生は今その弟子の機体に乗っておるのだぞ! 何たる僥倖! 宿命!! 数奇!!!
これが笑わずにいられるものかっ! もはや貴様の偽善になど付き合っていられぬ。今すぐにでも奴を追いかけぇッ!! ガンダムファイトの挑戦状、叩き付けてくれるわッッ!!!」
言うが早いか、シャイニングガンダムのブースターに明かりが灯る。銃声一つ。その鼻先を七色の燐光を発するチャクラの波が駆け抜けた。
「行かせない。ギンガナム、あんたの相手は私だ」
「ほぉ。貴様ごときが小生と渡り合えると本当に思っているのか? それにそこの赤い機体。奴ではないな。接近戦における動きの冴えがまるで違う。
もう一度言う。そんな貴様らごときに勝ち目がぁあると本当に思っているのかあぁぁあああ?」
白銀の中型機が介入してくるまで、ギンガナムに押されっぱなしだった。それも片手間でだ。
勝てるという道理はない。五分に渡り合える理屈もない。でもそんなことは――
「やってみないとわからないだろ。あいつを追うんなら私を倒してからにしろッ!」
「舐められたものだな。まぁいい。せっかくのガンダムファイト。横槍を入れられても面白くない。
ならば、貴様らを殺した後、ゆっくりと専念させてもらおうではないかッッ!!」
言葉と同時にギンガナムの姿が掻き消える――否、そう思えるほどの速度で横っ飛びに跳ねた。
咄嗟に追随。同時に『轟』と重い金属音が響き、ラーズアングリフがよろけ――
「固いな」
「なろっ!!」
シザースナイフを振るったときには既に背後に抜けていた。結果、ラーズアングリフに視界を遮られギンガナムの姿を見失う。
赤い胸部装甲板が拳大に窪んでいるのを確認しつつ、その脇をすり抜けようとした瞬間、体を悪寒が覆った。
咄嗟にバイタルジャンプ。ほぼ同時にラーズアングリフの脇で肘鉄が空を切った。そこに二制射撃ち込んだときには、クルツ一人残して影も形もない。
――廃墟に紛れ込まれた。
足元に着弾した銃撃に文句を散らすクルツを無視して、視界を八方に目まぐるしく動かす。
――見つけた。右後方。
振り向き様にソードエクステンション。が、それよりもギンガナムが懐に潜り込む方が遥かに素早い。
斬撃は肘の位置を掌で捌かれ、そのまま背中を合わせるように動いたギンガナムの右足が大きく踏み込む。
重い音が大地を揺らし、肩で弾き飛ばされたブレンがすっ飛んだ。瓦礫を巻き上げ、ビルの残骸に埋没する。
追撃を予想して跳ね起きた視界に、距離を置き銃口をちらつかせて牽制を仕掛けているクルツの姿が目に入った。同時に通信。
「無事か?」
「何とか……そのまま奴の気を引ける?」
「無理だ。弾が殆んどきれかけてる。弾幕も敷けねぇ」
「五分でいい。お願いっ!」
「だから無理だって。牽制に回す弾すらないんだぞ!」
「クルツ!!」
思わず出た大声にギンガナムに注がれていた視線がこちらを向いた。その視線はホンの一瞬だけ交錯し、直ぐにまた元に戻る。
「やれるのか?」
「やれる! いや、やってみせる!」
「……分かったよ。五分だな?」
「ごめん」
「任せろ」
クルツの声を耳にバイタルジャンプ。戦場からいくらか離れた空に転移した。そこから戦場を見守り、具にギンガナムの動きを観察する。
シャアに褒められたことが一つだけあった。相手の軌道を読み切り、旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作だ。
それしか自分にはない。だから持てる力を全てつぎ込む。ギンガナムの動きを読みきり、全力を一撃に、急加速度突撃に全てを賭ける。
時間は?
三分。
焦るな。
落ち着け。
二分。
小型ミサイル。
回避。
避け。
一分。
ビルをブラインドに。
回り込む。
そう見せかけて跳躍。
音もなく上空へ。
ここだっ!!
青白い噴射光と七色の燐光が夜空に浮かび上がる。ギンガナムのシャイニングガンダムとアイビスのヒメ・ブレンが同時に突撃を開始したのだ。
フルスロットル。
眼前の廃墟をブラインドに。
一度、互いの死角へ。
廃墟を抜ける。
そして――見つけた。
微調整。
ソードエクステンションを前に。
あとは――
――ただ突っ込むだけだッ!!
「行っけええぇぇぇぇぇえええええ!!!」
叫んだとき、距離はもう幾許もなかった。直前でギンガナムが反応するのが見えた。構わず突っ込む。リーチはこちらのほうが長いのだ。
突きつけたソードエクステンションの切っ先。それが胸部装甲に突き立つのが鮮やかに見えた。
「アイビスッッ!!」
次の瞬間、眼前に迫った大地に気づく。
気を失った? 何故? いつの間に? そんなことよりもブレンを――。
この速度で大地に叩き付けられると危ない。そう思い、減速しようとして、身動きが取れないことに気づく。
どうして? 何で? 何で、動いてくれないんだっ!
「つまらんな。ただ突っ込むだけの戦い方など赤子でも出来る」
耳元で誰かが囁いた。瞬間、ぞっと肌が粟立つ。
積み上げてきたものを崩され、心に隙間が生じる。そして、その隙間に過去の恐怖が入り込み、鮮明に蘇る。大地迫るこの状況が過去の墜落経験と頭の中で噛み合った。
堕ちる……嫌だ。嫌だ。嫌だ! 嫌だッ!!
「うわああぁぁぁああああああ!!!!!!」
◆
北西から南東に向けて一直線に粉塵が立ち上った。それは間に乱立し散在する廃墟の山を一切問題にしていない。
粉塵の中に双眸が輝くのが確認できた。次はお前の番だとそれが何よりも雄弁に物語っている。思わず唾を飲み込み、薄ら笑いを浮かべた。
強い。半端な敵ではない。それが素直な感想だった。
あの瞬間、アイビスの仕掛けた攻撃は受け流され、その場で半回転したギンガナムは背に一撃を加えた。その上で間接をロックし、加速して地面への衝突直前に叩きつけるという荒業をやってのけていた。
結果、敵機は装甲表面に引掻き傷程度の怪我を残して健在。アイビスは恐らく沈黙だろう。
アイビスの加えた攻撃は、タイミング・速度共に申し分ない一撃だったはずだ。少なくともクルツにはそう見えた。それを物ともしない強さがある。接近戦ではまず話にならないと言っていい。
射撃戦を展開するにしても弾薬は尽きかけている。一戦はとても持たない。だがそれでもやりようはある。それにはまず距離を取ることだ。
そう思い浮かべた瞬間、巨大な圧力がクルツを包み込んだ。距離を詰められた。読まれている。既に後退は間に合わない。
前。咄嗟に思い浮かべたのはそれだった。活路はそこにしかない。雄叫びをあげ、馳せ違う。右脚部で鈍い音が鳴った。構うことなくフルスロットルで前進を続け距離を取る。
だが速度が上がらない。ラーズアングリフは空を飛べない。だから、脚部の損傷は致命的だ。追ってくる。振り切れない。駆けながら、全身の毛が怖気立つような恐怖に襲われた。
南下させられているのだ。いずれ禁止エリアに突き当たる。方向を変えようとしても、出来なかった。
刺し違える。咄嗟にそう決めていた。このままでは振り切れない。追いつかれるなり、禁止エリアに追いやられるなりして、殺される。ならば強引に反転し立ち向かう。
刺し違える覚悟で相打つ。それしか手がなかった。そして、それが一番生存率が高い。一つの廃墟が眼前に迫った。決死の覚悟で機首を巡らせる。
装甲の厚いラーズアングリフだ。一撃で落とされることはない。まずは相打つ。その上で何か見えてくるものがあるはずだ。何も見えなければ死ぬ。それだけだ。そう思った。
しかし、反転してクルツは唖然とした。距離がない。構える時間すらない。眼前には既にギンガナムが迫っていた。想像以上に動きが早かったのだ。
重い音。衝撃。重厚なラーズアングリフが背にした廃墟に埋没する。肩から腕にかけて熱いものが走った。やけに鮮明な視界の中、ゆっくりと拳が近づいてくる。
甘かった。敵の狙いはラーズアングリフのキャノピー。重厚な装甲など関係ない。足を止めたその後は、あからさまに弱点なそこを狙うのは当然といえた。
死とはいつもすれすれの所で生きてきた。戦と死は古い友人のような気もする。それがついにやってきた。お前が俺の死か。そう思い、ギンガナムの機体を睨みつけた。
その機体が不意にぶれ、横っ飛びに跳んだ。
「なっ!」
咄嗟のことに頭がついて行かない。その眼前を七色の光が突き抜ける。そして、通信が一つ。
「クルツ、無事か?」
ほんの半日前まで耳にしていた声がやけに懐かしく感じる。思わず笑みがこぼれた。
「へっ! 何処に行ってやがった。しかもこのタイミングでご帰還たぁ、美味しすぎじゃねぇのかぁ? おいっ!」
◇
右腕が通信を繋げようと動き、モニターに一人の男の顔が映し出される。
肩までかかる青い長髪がワカメのようだと一瞬思い、一度会った男だということが記憶の引き出しから出てくる。
その男とモニター越しに目が合い。男の顔がにぃっと笑うのが見えた。瞬間、全身の血が身の内を駆け巡る感覚に襲われる。視線を交わしただけの通信が途切れる。
ラキはそれ以上を必要としなかった。目が合った瞬間に理解し、訳もなく確信したのだ。
待ちきれずに逸った気持ちからか、宙に浮いている錯覚を覚える。
今、私はどんな顔をしているだろうか?
きっと笑っている。
何をしている?
早く来い。
お前も気づいたのだろう?
私がお前の敵であると。
理由も理屈もなくただそう思い、確信している。
告げているのは負の感情を集めるために作られたメリオルエッセとしての性か。それともベースとなった人間の持つ原初の本能か。
白い隻腕の機体が各部を展開させ、一歩を踏み出す。まるで鏡映しのようにネリー・ブレンも一歩を踏み出す。そのまま二歩三歩と間合いが縮まり、走り、駆け、疾走する。
不意に全身が熱くなり、熱いものが込み上げて来るのを感じた。その熱いものが胸にぶち当たった瞬間、二つの機体は地を蹴り、激突した。
◆
「……嫌だ…嫌だ」
立ち並ぶ廃墟をなぎ倒し、抉れた大地が一筋の巨大な爪痕になっていた。
その爪の先で地に伏すヒメ・ブレン。その中でアイビスはうわ言を繰り返し呟いている。
うつむき、小さく丸まり、膝を抱え、体は芯から奮え、瞳孔は開き、焦点の合わぬ瞳は揺れ、歯の根も噛み合わず、心も折れた。
怯えが、慄きが、恐怖が全身を支配している。
「アイビス、無事か?」
――通信?
僅かに顔を上げ、コックピットの内壁にぼんやりと開かれた通信ウインドウに目を向ける。
端整な顔立ちの青年がそこにはいた。
「ク……ルツ?」
「動けるな? やり返すぞ」
「無理だよ!」
息巻くクルツの声に咄嗟に反対の言葉が出る。本心だった。
自身の無力を思い知らされ心砕けた少女を目の前にして、驚きの表情をクルツが浮かべる。
「何……言ってんだ?」
「……無理だよ。ジョシュアの敵討ちなんて……私には無理だったんだ。
あんな奴に……勝てるわけがない。ねぇ、逃げよう。逃げようよ。ここから逃げちゃおう」
「お前、本気で言っているのか?」
「本気……だよ。だって仕方ないよ。勝てないんだ! 怖いんだ!! どうしようもないんだからっ!!!」
ギンガナムを思い浮かべると何をするのよりも恐怖が先に立つ。涙がこぼれ、体が震えてどうしようもなかった。
「そうか……悪かった。悪かったよ。すっかり忘れてた。誰も彼もが戦闘に慣れてるわけじゃねぇんだよな。
どいつもこいつも機動兵器の扱いに長けてやがるから、ついあいつらといる気になっちまってた。……俺は残るぜ」
「無茶だよ。あんたもうほとんど弾ないんでしょ……殺されちゃうよ」
「あぁ、その通りだ。だからアイビス、俺は無理強いはしないぜ。でもよ。ここで逃げちまってもいいのか?
そりゃ俺だって死ぬのは怖いさ。逃げ出したくなることもある。だけどよ……命を懸けても絶対に譲れないことって……あると思うんだ。
これさえやり遂げれば一生胸張って生きていけられる。そういうときってあるだろう? だから俺は諦めない。だから俺は戦う」
思わず見上げた瞳に真っ直ぐな目をしたクルツの顔が飛び込んできた。その顔が一度にっと笑い、すぐに真面目な表情を作る。
「柄にもねぇことを言っちまったな。まぁいい。後は俺一人でやってみる。助けに入ってくれたラキは見捨てられねぇ。例え勝てなくても一泡吹かせてやるさ。
お前は逃げろ。逃げてそのアムロとか言う奴に悪かったって代わりに謝っといてくれ。じゃあな。お互い生きてたらまた会おう!!」
「あっ! ま……」
返事を返すよりも早く通信は途切れた。ノイズを伝えるのみになった通信機を前に呆けたように立ち尽くす。膝を抱え、丸く蹲り呟く。
「ずるい……」
心の中では逃げ出したい思いと踏みとどまりたい思いが葛藤を続けていた。
こんな自分でもまだ何かやれることがあると思う一方で、行ったってどうせ何も出来やしないといった思いがある。
「ラキが……ラキがいるんだよね」
胸を張って生きていけるのかは分からない。でも、今逃げ出したら一生悔いて生きていくのだろうという予感はあった。
少なくともここで逃げてしまえば二度とジョシュアに顔向けは出来ないだろう。シャアにもだ。
(でも……でも……ブレン、私はどうしたらいい?)
お前は行かないのか、と耳元がざわめく。引け目を、負い目を感じながら生きていくのなんて真っ平ごめんだ、と何かが囁く。
それでも足は前に出ない。どうしようもなく怖いのだ。もう一度ギンガナムとの交戦を考えただけで膝が笑い、腰が砕け、足が退ける。
行きたい思いと逃げたい思いが交錯し、アイビスはその場から動くことは出来なかった。
◆
蒼と白の巨人が踊っている。
突き出した斬撃が防ぎ、捌かれ、かわされる。
迫る拳を受け止め、受け流し、やり過ごす。
目まぐるしく入れ替わる攻防は一つの流れとなり、流れは次の流れへと滑らかに変化していく。
そんな攻防の中、奇妙な心地よさが全身を包んでいた。
ブレンバーをなんでもなくかわしたシャイニングガンダムの双眸が閃く。
さあ、来い。
お前の番だ。
重心の動きが見える。
体重が左足に移り、右足が僅かに浮く。
その動作をフェイントに、突然撃ち出される頭部のバルカン。
それをすり抜ける様にかわす。
音が消え。
色が消え。
五感が遠くなる。
やがて体も消えた。
何もない空間に残された意識だけが。
飛び。
交わり。
火花を散らす。
エッジを立てる。
刃先が一瞬輝く。
踏み込み、剣を振るう。
手ごたえはない。
そのことに心が湧き踊る。
馳せ違い、反転。
正対し、トリガーを引く。
極小距離からの射撃。
かわせ。
生きていろ。
もう一度、刃を交えよう。
飛び退く。
距離を取る。
体中の体重を足に乗せ。
もう一度、踏み込む。
相手も重心を足に。
そして、バネの様に前へ。
いいぞ、速い。
さあ、もう一度。
交錯する意識と意識。
剣と拳が擦れ違う。
掠ったか。
凄い。
いい動きだ。
楽しい。
しかし、何だ?
少し遅れた。
何故だ?
遅い。
重い。
どうした?
どういうことだ?
この不自由さは。
このズレは。
それに、声が。
――ラキ。
男の声が。
――ラキ。
聞きなれた声が間近に。
――ラキ、そっちじゃない。
誰……ジョシュア?
不意に長く暗いトンネルを抜けたかのような色鮮やかな景色が周囲を埋め尽くした。
それに気を取られる間もなく、眼前に迫った豪腕の対応に追われて、咄嗟に身をよじる。
装甲の表面で火花が散ったかと思ったときにはもう蹴飛ばされて、1km先の地面を転がっていた。
何という素早さだ。
こんな相手と今まで五分に渡り合っていたというのが信じられなかった。
口の中を切ったのか血の味に気づき、五感が体に戻ってきたということを自覚する。
戻ってこられたのはあの空間に介在していた二つの意思のおかげ。
胸をギュッと掴む。消えたと思っていたジョシュアの心ともう一つ。
ただの機械ではなく生きている機械、感じたズレの正体――ネリー・ブレンの意思。
(ブレン、ありがとう)
(……)
視線の先では、急に不調を起こしたこちらをいぶかしみ、待っている相手の姿があった。
その姿は語っている。『もっと戦おう』『もっと殺しあおう』と。
「ん?」
(……)
「大丈夫。もうそっちには引き込まれない」
――そう。ジョシュアの心の頑張りを決して無駄にはしない。
◆
未だ暗い大地に重い足跡を残し、脚部に損傷を抱えたままのラーズアングリフは移動を続けていた。スナイパーであるクルツの頭に、ラキとギンガナムの接近戦に割り込むという選択肢はない。
移動の足を止めずに周囲に目まぐるしく視線を走らせ彼が探すのは、周囲でもっとも見晴らしがいいと思われるポイント。
コンクリートに覆われ、ビルに埋め立てられた市街地と言えど、元の地形を考えれば若干の高低差は存在する。その僅かに小高い丘一つ一つに厳しいチェックの目を向ける。
しかし、廃墟と化しているとはいえ、立ち並ぶビルは高く数も多い。高いところに高いものを建てるというのは、都市景観の一つの考え方なのだ。
絶好の狙撃ポイントといえる場所など見つかりはしない。それでも幾分マシな丘を見つけ、目を付けた。
周囲に気を配り、極めて慎重に、静かに、そして素早くビルの谷間を突き抜ける。坂を登りきったクルツの視界が開け、ラキとギンガナムが切り結ぶ戦場が映し出された。
「ここなら、いけるか……?」
戦場の全てを見渡せるという状態には程遠い。だがそれでもやるしかない。
地に伏せ、短銃に輪切りのレンコンを思わせる回転砲頭をつけたようななりのリニアミサイルランチャーを構える。
掌中の弾は僅かに二発。だがそれでいいとクルツは一人ごちた。
狙撃の前提条件は相手方に悟られないこと。その観点から見るとこの機体は少々派手過ぎる。一度発砲すればまず間違いなく見つかるだろう。
つまり二度目はなく、多くの弾はこの場合必要ない。問題はそれよりも狙撃にはおよそ向かないと思われる火器のほうにある。
近中距離用の小型ミサイル。噴射剤の航続距離には不安が残り、レーダー類が軒並み不調な以上、誘導装置もどこまで信頼できるかわからない。精度に問題が出てくる可能性が高いのだ。
「どうしたもんかねぇ、こりゃぁ……。でも、まぁ、大見得切っちまった以上やるしかねぇか」
頼れるのは最大望遠にした光学センサーと両の目のみ。
なんだかんだ言ってもやることに変わりはない。出来るだけ正確に目標を狙い撃つ。ただそれのみ。
機体を地面に伏せさせると、目を細め、小指の先ほどにしか見えない飛び交う二機の挙動を穴が開くほど見つめた。瞬きはしない。ただじっと動きを止めて来るべきときを待つ。
睨んだ視線の向うで七色に輝くチャクラ光と蒼白いブースターが、蛍のように大きく、小さく尾を引きながら明滅する。
突然、不調が起こったのかネリー・ブレンの動きが鈍る姿が見えた。そして見る間に押し切られ蹴り飛ばされる。
距離にして約1km。両者の間が開く。それを視認した瞬間には既にトリガーを引いていた。
煙の帯を引いたミサイルが銃身から飛び出していく。そして、カサカサに乾いた唇に舌を這わせ、もう一発。
弾装はこれでもぬけの空。だが、とりあえずの人事は尽くした。後は運を天に任せるのみ。
常識に従い速やかに射撃地点から離脱を始めたクルツの耳に、爆発の轟音が届いた。だが、噴射炎越しに直前で身を翻すのが見えた。案の定、爆煙の右上を裂いて敵機が現れる。
その様にクルツはにやりと笑った。
「予想通りだ! 往生しやがれ!!」
グッと親指を立てて突き出した右手を下へ返す。二発目はギンガナムに向かって猛進している。
気づいた敵機が姿勢制御用のスラスターを噴かし、慌てて左へ大きく流れた機体の勢いを殺す。
無駄だ、とクルツは一人毒気づく。場は空中、足場のないそこでは勢いは殺しきれない。ジャマーか、あるいはSF染みたバリア装置でも持っていない限り直撃は避けられない。
それがクルツの下した結論だったが、直ぐにそれは破られ驚くこととなった。
ギンガナムがブンッと音を立ててピンクの光刃を腰から引き抜く。そして、一切の躊躇もなしにミサイルに投げつけたのだ。
結果、直撃前にミサイルが爆発し、呆気に取られて動きを止めたクルツはギンガナムと視線がかち合うこととなる。
「やべっ!!」
息をつく間もなくギンガナムが反撃に転じた。左腕から無数の光軸が殺到する。一制射につき二筋の光軸。
「くそっ! 良い腕してやがる!!」
三制射かわしたところで体勢を崩し、四制射目がラーズアングリフの右膝間接を砕く。そして五制射目、コックピットへの直撃を覚悟した。
その直撃の刹那、異音と共に何かが視界に割り込む。眼前で七色に輝く障壁とピンクの光軸が火花を散らし、残響を残して消えていった。
両の手を大きく広げて身を挺して庇うように立ちふさがる機体を見上げ、クルツは抑えきれない笑いを噛み殺す。
「ようやくおいでなさって下さったわけだ」
見知った顔が一つ、モニターに映し出されている。赤毛に黒のメッシュの少女、アイビス=ダグラスだ。
「待たせてごめん。ここからは私も戦う」
「悪いな。こっちは弾切れ。ここらでギブアップだ。で、大丈夫か?」
おちゃらけた態度で両手を挙げてお手上げをアピール。そこから一転して真面目な顔つきに変わったクルツが言う。
それにアイビスはモニターに向かって右手を掲げて見せつつ、答えを返してきた。
「大丈夫じゃないよ。怖いし……ほら、手だってまだ震えてる。でも、ブレンがあの蒼いブレンを助けたがってるんだ。それに――」
「それに?」
「あたしもここで逃げたらジョシュアに顔向けが出来ない。
あんたが言うように胸を張って生きていくことが出来なくなる」
目を見、おっかなびっくりではあれど吹っ切れたようだな、と推察したクルツはクッと笑い、言葉を返す。
少なくとも、ただのやけっぱちでぶつかって行こうという心構えではないらしい。
「ない胸して、言うねぇ! 上等だ!!」
「一言余計だ!!」
「ハハ……怒るなよ。褒めてるんだぜ、これでも。
アイビス、モニターをこっちに回せ。俺がサポートをしてやる。思いっきり暴れてこい!」
「モニターを?」
「ああ! 敵機の行動予測と弾道計算、その他もろもろ全部任せろ」
「ナビゲーションの経験は?」
「ないっ!」
「えぇ〜、無茶だって!!」
砕けた口調で返してきた言葉に、固さは取れたな、とにっと笑う。
軽口というのは、固くなって縮こまっている新米兵士に普段の自分を取り戻させてやるのに有効なのだ。それで随分と生存率が変わってくる。
「そいつは実際にやってみてから言う言葉だな。やってみもしねぇうちからする言葉じゃねぇ。少なくともないよりマシだろ? それに怪しければ無視してくれて構わねぇ」
「そりゃ……まぁ……」
「なら決まりだ! 俺とお前、二人で……いや、ラキも合わせて三人で奴に一泡吹かせてやろうぜっ!!」
「わかった。やるよ、ブレン!!」
威勢良く啖呵を切ったクルツに、一度目を丸くしたアイビスが目つきを変え、顔つきを変え、答える。
その姿を見たクルツは、いじけにいじけて一周したら良い顔になったじゃないか、と一人ごちた。
◆
突然の爆発にラキの挙動は遅れ、一時的にギンガナムを見失っていた。
爆発の余波か、電磁波が入り乱れてレーダーの効きがとんでもなく悪い。視界も立ち込めた薄煙でフィルターをかけられていた。
そして、二度目の爆発が起こる。
耳を劈く轟音と眩い閃光。遅れてやってきた空気の壁が薄煙を吹き飛ばす。
咄嗟に目を向けたその先に、左腕から投げナイフを投げるように光軸を飛ばすギンガナムの姿があった。視線誘導に引っかかったように、光軸が殺到する先に自然と目が向く。
「あれは……ブレンパワード? ……っ!!」
クルツのラーズアングリフと白桃色のブレンパワードをラキが視界に納めるのと、ギンガナムが大地を踏み鳴らし進撃を開始したのは、ほぼ同時だった。
咄嗟に視線を戻す。またしても出遅れた。
猛然と突撃を試みるギンガナムに対し、初動の遅れたラキは間に割ってはいることが出来ない。間に合わない。
が、それはあくまでラキに関してだけのことである。
ラキよりも素早く反応を起こしたネリー・ブレンが跳ぶ。バイタルグローブの流れは一切合財の距離をふいにして、ネリー・ブレンをギンガナムの真正面へと誘う。
ジャッという鋭い反響音。
咄嗟に掲げられたアームプロテクターと唐竹割りに振り下ろされた刀剣の間で、火花が奔る。
「ブレン、弾け! 押し合うな!!」
『緊』と乾いた音を残して、ブレンが飛び退いた。
格闘戦の為に造られたシャイニングガンダムとブレンパワードでは、人で言うところの腕力・筋力がまるで違っている。
だからこそ押し合わずに弾く。単純な力比べでは敵うはずもない。
ならどうすればいい? こんなときにジョシュアならどう戦う?
思案を巡らせる。巡らせるうちに再び身の内で疼き始めたモノを感じ取り、思わず手に力を込めた。両の手はネリー・ブレンの内壁にバンザイに近い形で添えている。
そこはほんのりと暖かい。その感触を肌から感じ取り、ラキはホッと息をつく。
大丈夫。感覚は戻っている。
目も見える。耳も聞こえる。鼻も利くし、ブレンを感じることも出来る。大丈夫。まだ大丈夫だ。
そう何度も自分に思い聞かせた。そしてそこに意識を割かれ過ぎた。
風切り音を残して銃弾が飛来する。それはシャイニングガンダムの頭部に誂られたバルカンの弾。
意識を自分の内側に向けていたのに加えて、光を発するビームとは違い闇に紛れる実弾。視認のしにくさの分だけ反応が遅れた。
回避は間に合わない。だが、この程度の弾ならチャクラシールドで弾ける。
そう思い、チャクラシールドを張る瞬間、スッと右方向に回り込むうっすらと白くぼやけた帯が目を掠めた。
しまったっ!
チャクラシールドが展開する。七色に揺れ、輝くチャクラの波に視界が遮られる。透明度の高いチャクラ光ではあるが、その輝度は高い。そして、今は夜。目標を見失う。
バルカンを弾き終わり視界が開けたとき、それは頭上に回りこんでいた。
右方向に注意を払っていたラキは完全に意表を衝かれた形となる。上方から勢い良く突っ込んできたギンガナムに対して、ブレンバーで受けるのが精一杯の反応だった。
だが、真正面から受け止めすぎた。上方からの押しつぶすような巨大な圧力。受け流せない。弾き、飛び退くにしても大地が邪魔になる。
「ブレン、耐えてくれ」
耐える。それが唯一残された選択肢。
足場の舗装道路が砕け、アスファルトの破片が舞い上がる。嫌な音を立ててブレンバーの刀身に皹が走る。
そして、次の瞬間――圧力は消え去った。一条の閃光が眼前を掠め飛び、その対応に追われたギンガナムの機体の姿が遠くなる。
クルツか。そう思った耳に飛び込んできたのは、まったく聞き覚えのない声だった。
「ラキ、これからあんたを援護する」
「お前……は?」
思わずキョトンと呆けたような呆気に取られたような顔になって、ラキは呟いた。突然、モニターの隅に赤毛の少女の顔が映し出されたのだ。
「アイビス=ダグラス。ラキ……あんたを探してた」
「アイ……ビス?」
「うん。あんたに伝えなきゃならないことがある。ジョシュアは……」
「知っている。ジョシュアはお前を守って死んでいった……」
アイビスの言を遮って、ジョシュアの死を口にする。その言葉にモニター越しの顔は俯いて押し黙った。
アイビス=ダグラス、そう名乗る少女の顔を見、ラキは話しかける。
「アイビス、私もお前を探していた。今会えてよかった。そう思える」
「えっ!?」
その声にパッと伏せていたアイビスの顔が上がった。戸惑い表情がそこには浮かんでいる。
微笑みを返す。意図した笑みではなかった。自然と口元が綻んだのだ。
『今』会えてよかった。本当にそう思える。
今ならまだいつもの私のままでいられる。でも二時間後三時間後は分からない。
次の放送を迎えたとき、いつもの自分でいられるという保証はどこにもなかった。
瞼を閉じ、ブレンの内壁に触れる両の手に神経を集中させる。
ほんのりと暖かい。気持ちを落ち着かせ、心を穏やかにさせる暖かさだ。
大丈夫。今の私はいつもの私だ。
「ラキ」
呼ばれて、もう一度アイビスに視線を戻した。そこには戸惑いの色はもうない。
あるのは一つの決意だけ、それが言葉となって飛んで来る。
「ジョシュアの弔い合戦だ。あいつを、ギンガナムを倒すよ!」
あいつにジョシュアは殺されたのか、と思った次の瞬間、ジョシュアはそれを望むのだろうか、とふと疑問が頭をもたげた。
あの時、ジョシュアはギンガナムの名を出すことはしなかったのだ。
「二人で楽しくやってるところ悪いがな。そろそろ奴さん仕掛けてきそうだぜ」
どちらにしても戦わないわけにはいかないだろう。二体のブレンはともかく、クルツのラーズアングリフは損傷が大きそうだ。逃げ切れるとはとても思えない。
思いなおし、ラキはギンガナムを睨みつける。
それにジョシュアがどう思おうと、仇は仇なのだ。ジョシュアを殺した者が生きている。それはやはり納得がいかない。許せないのだ。逃げるという選択肢は今はない。
「ああ、ジョシュアの仇討ちだ!!」
◆
素早く、それでいて非常に巧緻に長けた剣閃が迫って来る。受け止め、受け流す。数合切り結ぶ。そして引き際に小さく、それでいて鋭く剣を振るった。空を斬る感触に臍を噛む。
再び距離を開けての対峙。長く細い息を吐く。
手ごわい。少なくとも刃物の扱いに関してはギンガナムを上回り、自身と拮抗していると言っていい。さらに、その妙を得た動きには目を見張るものもある。
黒い機体の後方のただ一点だけを睨みつけ、剣を構える。ギンガナムと他の二機が戦闘を繰り広げている場所だった。そこだけを見ている。目的は一つ。
この黒い機体を避わし、その場へ急行する。
然る後、ギンガナムにこの機体の相手をさせ、他の二人を説き伏せる。それが最善手。
下手にここで戦闘を繰り広げても意味はない。まして、ラプラスコンピューターが破損するようなことがあれば、それは致命的だ。それだけは避けねばならない。
その上で、ギンガナムとあの二人の溝が修復不能になる前に舞い戻らなければならなかった。それが課せられた課題なのだ。
「難儀な話だな……」
「あん? 何がだ?」
「いや、なんでもない」
黒い機体の膂力はギンガナムの機体とほぼ互角。速力と大きさもだ。外見的にも幾らか似通っている。恐らくはこれもガンダムと呼称される機体なのだろう。
力では相手、素早さでは自分ということになる。
全く肝心なときにいない男だ。このような相手こそギンガナムにうってつけであり、黒歴史とやらの知識も役立つというものだというのに。
それを生かすには目の前の男を突破する他ない。
隙は見えない。それでも突破せねばならない。それも速やかに、被害なくだ。心気を澄ませる。掌に刃の重さを感じ、そして、ブンドルは一陣の風となって駆けた。
「悪いが押し通らせて頂く」
「させねぇよ」
◆
廃れ、荒れ果てた廃墟で閃光が瞬き、光軸が飛び交う。音響がさらなる音響を導き、廃墟に似つかわしくない喧騒が辺りを支配している。
白桃と浅葱、二色のブレンパワードが織り成す連携を受け、ギンガナムは劣勢を強いられていた。
蒼い機体が視界から消える。ゾクリとしたモノを感じて、振り向き際に左拳を振るった。
頑強な金属音が響き、真っ向から接触する拳と剣。
蒼いほうが動きを変えていた。
それまでの自機の非力さを悟り、単純な押し合いには決して持ち込ませまいとする態度から、真っ向から力勝負を挑むような我武者羅さに変わっている。
二機の足が止まる。押し合い圧し合いの純粋な力勝負。ならばギンガナムに負ける道理はない。
押し切れる。そう思ったその瞬間、白桃色の機体に割って入られ、あえなく距離を取る。
「ちっ!」
蒼い機体がギンガナムを一点に押し留め、足が止まるその隙を白桃色の機体が衝いて来る。
それが相対する二機の基本戦術だった。
まったくもってうっとおしい。決め手の放てぬ戦いというのはストレスが溜まるものだ。
だが、ギンガナムは笑っていた。
こういう戦い方もあるのか、という好奇の心が疼いていた。これは一対一では知りえぬ戦い方なのだ。
愉快だった。こみ上げてくる感情を抑えることが出来ない。今、確実に生きていると実感できる。そのことが堪えようもなく愉快だった。
ギム=ギンガナムは、月の民ムーンレイスの武を司り、勇武を重んじるギンガナム家の跡を継ぐべき存在として生れ落ちてきた。
それを当然のように受け入れ、幼少の頃から鍛錬に勤めてきたギムの誇りは、しかし158年前の環境調査旅行を境に裏切られることとなる。
月に帰還したディアナ=ソレルに軍を前面に押し立てた帰還作戦を主張したギムの父の言が、一言の元に退けられたのだ。
同時に『問題の解決に武力を使うことしか思いつかない者は、過去、自らの手で大地を死滅させた旧人類の尻尾である』と言葉を被せられ、ギンガナム家は軍を没収された。
以後、自害した父に代わりギンガナム家を統治することとなったギムであったが、そこには望んだものは微塵も残されておらず、虚しさだけが胸の内を占めていた。
そして、120年前、30代の終わりに差しかかったとき、ギンガナムの鬱屈が限界に達することとなる。離散していた旧臣を集め、クーデターを企てたのだ。
だが、事を起こした末路に待っていたのは無残な敗北だった。結果、形だけの裁判の末、永久凍結の刑に処され、120年の眠りに付くこととなる。
つまり押し込められ、追いやられ、爆発するも報われず、死んだように過ごしてきたのが彼の半生であった。
しかしだ。彼はここに来て生を実感していた。
幼い頃に夢見た乱世がここにある。血湧き肉踊る戦いがここにはある。心憧れた、絵巻物の中の存在に過ぎなかった黒歴史の英霊達がここには存在する。
そして、なによりも今自分は闘っている。闘っているのだ。これほど嬉しいことがあるか。
生まれて初めて、生が実感できる。生きていると思える。幼少の頃に望んだ自分が今ここには存在しているのだ。
だからこそギンガナムはこみ上げてくる歓喜の声を抑えることが出来なかった。
気持ちが高ぶる。全てがよく見える。体に力が漲っているのが実感できた。そして、それに呼応するかのようにシャイニングガンダムの出力が上昇していく。
想いを力に変えるシステム。まったく良く出来た相棒だ、と一人感心する。
相手は二機。蒼が動きを押し留め白桃が隙を衝いて来るのならば、白桃から先に始末するだけのこと。そう思い定める。
蒼が消える。それを合図にギンガナムは猛然と突撃を開始した。
「芸がないな。マニュアル通りにやっていますというのは、アホの言うことだ! このギム=ギンガナムにぃ、同じ手がそういつまでも通用するものかよぉっ!!」
◇
突然、弾丸のように突撃を開始したギンガナムを見て、アイビスは考えたものだな、と一人ごちた。
ラキのバイタルジャンプは多少の揺らぎを持たせてはいるものの、死角への移動を基本としている。そして、攻撃は組合に持ち込むための剣戟が主体。
つまり、消えた瞬間に視界が開けている方向に高速で突っ込めば、攻撃に晒される可能性はきわめて低いのだ。そこを衝かれ、なおかつこちらに狙いを定めてきた。
ならばどうする? 決まっている。
(ブレン!)
(……)
(やるよっ!!)
今度は自分がギンガナムの打撃を受け止め、力勝負に持ち込み、ラキに隙を衝かせる。役どころが入れ替わった。ただそれだけだ。
歯を食いしばり、アイビスは受けの姿勢を取る。巨岩のような圧力を放つギンガナムを目の前に、大地をしっかりと捉え、構える。
「アイビス、受けるな! 避けろっ!!」
クルツの声だったが、遅かった。一度止まった足を動かすには彼我距離が近すぎる。
ならば、とソードエクステンションを両の手で掲げ、受ける。接触の瞬間、刀身を反らし、受け流す。受け流したはずだった。
天と地が逆さまに、視界が反転する。
巨大なダンプ、あるいは列車に撥ねられた人間のように錐揉み回転をしながらヒメ・ブレンが宙を舞う。
ブレンが大地に打ち付けられ、アイビスもまたコックピットにその身を激しくぶつけられる。意識が明滅し、追撃を予想して身を固くした。
が、次の瞬間襲ってきたのはギンガナムの追撃ではなく、クルツの怒声であった。
「馬鹿野郎! 真っ向から受け止めるなんて正気か?」
クルツの顔面越しに投影されたモニターには、ギンガナムと交戦を続けるラキの姿があった。恐らくは追撃をかけられる前に割って入ってくれたのだろう。
結局はまだ足を引っ張っている。その口惜しさが拳を固くした。
「うるさい。ラキは同じブレンパワードで止めてる。なら、私だって……」
「お前には無理だ。あれはお前には向いてねぇ、俺にもだ」
アイビスの抗弁をクルツは軽く受け流す。
そう。アイビスとラキでは受け方が違う。というよりラキの受け方が少々特殊だった。
通常の受けは相手に押し負けぬように足場を、土台をしっかりと安定させて受け止める。
対して、ラキはその場で受けようとせずに前に出る。受けるというよりはぶつけに行っていると言ったほうが正しいのかもしれない。
相手の一番力が乗るところでは決して受けず、前に出ることで打点をずらし、力を半減させ、自身の前に出る力をそこに上乗せさせる。言葉にすればそんなところだろう。
だが、それでようやく五分。いや、それでも四分六でギンガナムの膂力のほうが強いのだ。真っ当な受け方では勝負にならない。
だから今モニター向うのラキは、受けの後瞬時に弾き距離を置く戦い方に戻していた。一機でギンガナムに抗うには、そうする他はない。
(ブレン、悔しいね……あいつらには出来て、私らには出来ない)
俯き、ブレンの内壁に添えた手にギュッと力を込める。
悔しかった。他人には出来て、自分には出来ない。それは落ちこぼれと言われているようで悲しい。悔しい。そしてなによりも自分の不甲斐なさは腹立たしかった。
そんな思いがその手には込められている。
「アイビス、ラキを羨ましがるんならお門違いだ。だが、そうじゃねぇ。そうじゃねぇだろ?
ラキにはラキのブレンの扱い方がある。だったらお前にはお前なりのやり方ってもんがあるだろうが。違うか?」
「私なりの……やり方?」
見透かしたように掛けられた声に驚く。考えたこともなかった。
人を羨むのではない自分なりの乗り方。スレイにでも、ラキにでも、誰に対するでもない自分なりのやり方。こんな何でもないことなのに、考えたこともなかった。
No.1に対するNo.4。負け犬という別称。流星という不名誉な字。それらに引け目負い目を感じてきたのは、知らず知らずのうちに誰かに対する自分を意識していた証なのかもしれない。
「クルツ」
「ん?」
「ありがと。ただのスケベ親父じゃなかったんだ」
「おいおい、親父はよしてくれ。俺はまだ二十代だぞ」
「そっちに反応するんだ」
軽口を叩き、笑い、顔を上げる。目にキラリと光が灯る。また一つ憑物が取れた。そんな顔だった。
(……)
(ブレン?)
(……)
(うん。わかった。やってみよう!)
いつからかブレンの声が聞こえるようにもなっている。普通に会話も出来る。そのことに未だ気づかぬまま、アイビスは声を張り上げた。
「いくよ、ブレン!!」
視界の先には、ギンガナムに押しやられ、ついに体勢を崩したネリー・ブレンの姿がある。
そこへ跳び、ネリー・ブレンの真横にジャンプアウトした。叫ぶ。
「ラキ、ブレン同士の手を合わせて!」
「手を?」
「早く!!」
ギンガナムとの距離は既に幾許もない。そんな中、二機のブレンパワードが手をつなぎ、胸を張る。
次の瞬間に顕現するのは二体のブレンパワードが張り巡らすチャクラの二重障壁――ではなく、ただ一重のチャクラシールド。
しかし、二つのチャクラが混ざり合うそれは、強固な分厚い壁である。打ち付けられた拳とチャクラの間で火花が散り、拳を弾かれたギンガナムの姿勢が仰け反るような格好で崩れた。
その瞬間、ヒメ・ブレンは飛び出し、真っ直ぐに距離を詰める。
「ギンガナム、あんたは私の行為を偽善だと言った。でもね、人の為の善と書いて偽善と読むんだ!! なら、私はジョシュアのためにあんたを討つ!!!」
体勢が整う前に畳み掛けると決めていた。擦れ違い様にソードエクステンションによる横薙ぎの一閃。
しかし、ギンガナムもさすがと言うべきか、体勢が不完全ながらも咄嗟にアームカバーを構える。
固い金属音が鳴り、受けたギンガナムの体勢が完全に崩れ、仰向けにひっくり返った。この好機、逃す手はない。
「ラキ、合わせるよ! やり方はブレンが教えてくれる」
「ブレンが? ……ひっつく? くっつくのか?」
二機で小規模なバイタルジャンプを繰り返し、翻弄し、体勢を立て直させる隙は与えない。ラキが次の瞬間何処に現れるのか、それはアイビスにもわからない。
しかし、決め手を放つ瞬間、どこに現れ、どうすれば良いのか、それはブレンが全て教えてくれた。
「1・2・3」
タイミングを計る。体勢の崩れたギンガナムの右後方。ドンピシャのタイミングで二機はそこに現れた。
背中が合わさる。ブレンバーとソードエクステンションが、鏡合わせのように突きつけられる。その動きには寸分のズレさえも存在しない。
「チャクラ」
「エクステンション」
「「シュートオオオォォォォオオオオオオオオオオ!!!!」」
二つの銃口に光が灯り、濃密で重厚なチャクラの波が放たれる。巨大な破壊の力を携えたそれが、堰が決壊し氾濫した濁流の如くギンガナムへと猛進していく。
その光景の最中、突如として覇気に満ちた笑い声が大地を震撼させた。
「ふはははは……。これをおおぉぉぉ待っていたっ!!」
そう。ギンガナムはこのときを待っていた。かつて相対した男が最後に放つはずだった一撃。
それに酷似したこの一撃を真っ向から打ち破ることには二重の意味がある。すなわち、この戦いとあの男との戦い、二つの勝利。
「貴様らが七色光線ならばぁぁ、小生は黄金の指いいいぃぃぃぃいいいいいいいい!!!」
押し包み、瞬く間に呑み込まれて消えるその刹那、ゆらりと起き上がったシャイニングガンダムは左腕を無防備に突き出した。その指間接が外れ、隙間から染み出した液体金属がマニピュレーターを覆い、発光。そして――
「喰らえっ!!! 必いいぃぃぃ殺っ!!! シャアアアァァァイニングフィンガアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」
その光り輝く左腕が荒れ狂うチャクラの波に真っ向からぶつかった。
真っ直ぐに伸びたチャクラエクステンションが、ギンガナムがいる一点で遮られ四方に拡散する。拡散した幾筋ものチャクラのうねりは大地を抉り、暴れ、阻むもの全てを破壊する。
だが、それで終わりではない。三者の激突は未だ続いている。チャクラエクステンションはシャイニングフィンガーただ一つで抑えきれるほど甘くはない。
強大な圧力に押さえ込まれ、ギンガナムは前に出ることが出来ない。いや、むしろ押されている。
重圧を一点で受け止める左腕は断続的に揺れ、ぶれ動き、機体を支える両脚は爪のような跡を残しながら徐々に後ろへと押し流され、爪跡はチャクラの濁流に呑まれて消え去る。
このままでは押し切られ、呑み込まれるのは時間の問題なのだ。だがしかし、ギンガナムに諦めの色はない。あるのはただ狂気的とも言える喜色のみ。
「ぬううぅぅぅぅぅぅっ!! 見事! まさに乾坤一擲の一撃!! 実に見事な一撃よ!!!
だがなあぁぁぁっ!!!! この魂の炎! 極限まで高めれば、倒せない者などおおぉぉぉぉっないッッッ!!!!!」
押し流され続けるシャイニングガンダムの足が止まる。エンジンの出力が上がり続け、背面ブースターが限界を超えてなお唸りを上げる。
「シャイニングガンダムよ。黒歴史に記されしキング・オブ・ハートが愛機よ。お前に感情を力に変えるシステムが備わっているというのならああぁぁぁっ!
小生のこの熱き血潮!! 一つ残らず力に変えてみせよおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」
そのギンガナムの雄叫びを合図に、それは始まった。
機体の色に変化が生じる。白を基調としたトリコロールカラーから、色目鮮やかな黄金色へ。そして、機体を構成する全てのものが眩く発光を始め、闇夜を切り裂くチャクラ光の中に黄金が浮かび上がる。
変化は外見のみに留まらない。充溢する気力を喰らい天井知らずに上がり続ける出力は、計測器の針を振り切り、それを受けた推力は前進を可能にしていたのだ。
「ふはははは……このシャイニングガンダム凄いよ! 流石、ゴッドガンダムのお兄さん!!」
爆発的なスラスター光を背に感嘆の声を上げ、七色の輝きの中に飛び込んだギンガナムは激流に逆らい、遡上を始める。
その様は鯉の滝登り等という生ぬるいものではない。天を衝くが如き勢いと圧力を持って遡上し、そして、金色の光がチャクラの波を衝き抜けた。
「なっ!」
阻むものを失ったギンガナムの突進は、限界まで引き絞られた矢が飛び出すようなもの。
弾ける勢いでヒメ・ブレンの頭部を掴んだギンガナムは一筋の閃光となり、建ち並ぶ廃墟の群を物ともせずに突き破る。そして、その終着でヒメ・ブレンを天高く掲げ――
「絶っ好調であるっ!!!!」
爆発。轟音を残して頭部を粉砕されたヒメ・ブレンが崩れ落ちる。同時に背後で異音。俊敏に反応し、振り向き際に蹴り飛ばした。
◇
蹴り飛ばされたネリー・ブレンが瓦礫の海に埋没する。息を弾ませ、衝撃から来る苦痛にラキは顔を歪ませた。
虚を衝いたはずの視覚外からの攻撃にも対応してみせる油断のなさ。加えて、奴の言をそのまま信じるのならば、あの闘争心がそのまま反映されるシステム。
つくづく厄介だというのが、率直な感想だった。
そう考えて、ふと自分らも似たようなものか、という思いを抱いた。アンチボディーはオーガニックエナジーを糧に動く。そこには人の放つものも含まれているのだ。
ならば、自分やアイビスの感情もまたブレンに力を与えているのだろう。そう思った。
(ブレン、すまない。大丈夫か?)
(……)
(よし)
心を落ち着け、ブレンに声をかけると立ち上がらせる。その姿を前にギンガナムから通信が飛んできた。
「ほう。まだ戦う意志を失わぬか……見上げた根性と誉めてやろう。どうだ? ギンガナム隊に入らぬか?」
「悪いがお断りだな」
「ならば死に物狂いで戦うことだな。それにここで小生を倒せばジョシュアとやらの魂も救われるかも知れぬしなぁっ!!」
「ジョシュアはそれを望まない。人には戦いなど必要ないんだ」
本心だった。ジョシュアの弔いの為と思い定めて戦いはしても、どこか違うという思いは常について回っている。
不意にギンガナムが動く。早い。咄嗟に拳をブレンバーで受け止める。
「それは違うな。人は己の内に闘争本能を飼っている。
それを解き放つために戦いは必要なのだ! その為にこのような場が用意されている!!」
「本能の赴くままに戦い続ける姿のどこに人間らしさがある!」
言葉を返し、弾き、距離を取る。意外なほどブレンの掌に伝わる重みは軽かった。遊ばれている。咄嗟にそんな思いが頭を突く。
揺れ動き、翻弄させるような動きを取りながら、ギンガナムが言葉を吐く。その口調には言葉遊びを愉しむような余裕が込められていた。
「ならば聞く! 水槽の中で飼われている魚のような生のどこに人間らしさがある!!」
「どういう意味だ」
「外敵もなく、餌も十分に与えられ、安全で平和な住みやすい環境。それを世界の全てだと思い込んでいる。まるで飼われた魚の様ではないか。
だがなぁ、人間はそのような環境に息苦しさを覚える。だからこそ、ディアナは地上へ帰ることを望んだ。
だからこそ、このギム=ギンガナムは戦い、戦乱をもたらすのだ。人として生きる為になぁっ!!」
突如動きが変わり、強烈な一撃がラキを襲う。それをブレンバーで受け流し、攻撃に転じながらラキは反論を返す。
ギンガナムの言を受け入れることはジョシュアの、人として生きようとした自分の生き様を否定することだ。それは、死んでも受け入れることはできない。
「それは違う。確かに人は生きるために戦うことがある。憎しみにまみれて道を見失う者もいる。
だけど、それだけが人じゃない。それを私はジョシュアから、人から学んだ」
「だが、貴様は戦っているぞ!!」
受けたギンガナムが言う。シャイニングガンダムとネリー・ブレンの双眸が、ギンガナムとラキの眼光がぶつかり火花が散った。
巨大な重圧を伴ってギンガナムは圧し掛かってくる。そのギンガナムの言葉には迷いがない。だからこそ強く、なによりも危険なのだ。気を抜くと押し切られそうになる。
「そうだ。私は戦っている。私はメリオルエッセ……負の感情を集めるだけの働き蜂。所詮、人にはなれない。だから――」
唇を噛み締めて言う。渾身の力で押し返し、再び距離を取ったところで泣き出しそうになり、思わず言葉を区切った。
人にはなれない。それはある意味では分かっていたことだ。いくら憧れ、恋焦がれようとも、蛾に生まれついた者が蝶になることは適わない。
同じだ。私もメリオルエッセに生まれついたからには、人になることなど適わないのだ。
分かっていた。分かっていたが、どこかでそれを受け入れてない自分がいたことは、確かだった。
それなのに、今自分の言葉で肯定し、受け入れてしまった。それがどうしようもなく悲しい。
でも、それよりも受け入れ難いことが存在する。だからこそ泣き出したい思いで受け入れた。
人は私とは違う。私の周りにいた人は、負の感情を集めるためだけに作られた私に、それだけが人ではないと教えてくれた。
そんな人間が、憧れ恋焦がれた人間が、戦いを自ら望むような者であって良いはずがない。
私の傍にいた人が与えてくれたぬくもりは、そんな人からは決して得られないものだ。そう信じたい。
「だからこそ、貴様は私の手で止めてみせる!!」
「それは結構。だが、できるのか? このギム=ギンガナムをぉ!!」
切り結び、跳び、かわし、攻め、守る。目まぐるしく入れ替わる攻防ではあったが、バイタルジャンプを多用してようやくギンガナムの動きについて行けるという状態だった。
初手を合わせたときから比べ、ギンガナムの気力は満ち溢れている。それに伴ってシャイニングガンダムの基礎能力が桁外れに上がっていた。
対し、ラキの操るネリー・ブレンは少しずつ消耗し、痛み始めている。ラキ自身も似たようなものだ。
それでも方法はあった。死ぬ気になればやることができるただ一つの方法が。
(……)
(ブレン、落ち着け。仇は私が討たせてやる。それと私に遠慮はするな)
(……)
(恍けるな。お前が私を気遣ってくれているのは分かっている。でも、それじゃ駄目なんだ)
分かっていたことだ。ネリー・ブレンが自分を気遣い、自分の周辺に集まり渦巻いている負の感情のオーガニックエナジーを主として動いていたことは。
それはラキの負担を減らすためだろう。それに造られた生命であるラキのオーガニックエナジーは、自然の生命に比べると驚くほど希薄で弱いのだ。だがそれでも――
(……)
(いいさ。ここで全て吸い尽くしていけ)
(……)
(すまないな。ありがとう)
ブレンの説得を終え、しかし、息をつく暇もない。攻防は続いているのだ。
視界の端でギンガナムを捉えつつ、隙を見て通信をヒメ・ブレンへと試みる。
頭部を失ったヒメ・ブレン相手に通信が繋がるか不安はあったが、程なくそれが要らぬ心配だったということが証明された。通信は繋がった。
「アイビス……無事か?」
「うん。私は大丈夫。でもブレンが……ブレンが私のせいで……」
ギンガナムの攻撃を受けるその一方で盗み見たアイビスの表情は暗く沈んでいる。
アンチボディーは半分機械半分生物という特殊な存在だ。頭部を失うということは死を意味している。
それを自分のせいだと思い込み、責任と重荷を背負い込んでいるといった感じだった。その姿に一瞬頬を緩ませる。
やはり人間は優しく暖かいのだ。ブレンはきっとそんな人の優しさに魅かれたからこそ、人を必要とする体に生まれたのだろう。そう思った。
その一方で、無理だろうなとは思いつつ慰めの言葉をかける。
「気にするな。お前は精一杯やった。だれもお前を責めやしない。お前のブレンもきっとお前を恨んでやしない。
そして、これから起こる事もお前のせいではない。だから、気に病まないでくれ……そうなると、私は悲しい」
「えっ?」
伏せていた顔が上がるのを目の端が捉えた。バルカンを二発三発とかわしつつラキは言う。
「……私のブレンを頼む。こうみえても寂しがりやなんだ。きっとお前の力になってくれる」
「ラキ、あんた……」
「ジョシュアが最後に守った者を私も守れる。それだけで十分だ」
「違う。違うよ……ラキ」
顔を左右にふるふると振るわせるアイビスを無視して、言葉を続ける。
自分の声が湿り気を帯びていくのに辟易しながらも、どうすることも出来ない。
「アイビス、会えてよかった」
「ラキ、ジョシュアが本当に守りたかったのは私じゃない! あんたなんだ!!
だから、だから一緒に生き延びよう……二人で生き延びる道もきっと見つかるからっ!!!」
耳に飛び込んできた声にハッと目を見開き、俯いた。出来ることならそうしたかった。でも目の前の現状はそれを許すほど甘くはない。
だから、ラキは一度だけギンガナムから視線を外し、アイビスを見て声を掛ける。努めて明るく、精一杯の笑顔で。
「本当はもっと落ち着いて話がしたかった。でも時間がない。アイビス、お別れだ」
「ラキ!!」
「盛り上がってるとこ悪いがな。お前らは死なねぇよ」
「「クルツ!!」」
突然割って入った声にラキとアイビス――二人から驚きの声が上がった。そんな二人に構うことなくクルツは飄々と言葉を繋げる。
「ラキ、お前がろくでもないことを考えてるのは分かってる。でも悪いな。こいつは俺が貰う。お前はアイビスと行け」
「何、無茶なことを言っている。その半壊した機体でこいつを押さえられるはずがないだろう」
「無理だよ、クルツ。あんた一人ならまだ逃げられる。機体が動くのなら逃げて」
「うるせぇっ!!! うるせぇよ……行きたいんだろ? 本当はそいつと行きたいんだろうが!!!」
「それは……」
言い澱み、覚悟が揺らぐ。
諦めたはずの先を突きつけられ、そこにいる自分を連想してしまい生きたいという衝動が膨らむ。思わずクルツの言葉に縋りつきたくなり、浅ましいと自分で一喝する。
そんな心の機微を見通してか、クルツは言葉を畳み掛けてきた。
「行けよ。とっとと行っちまぇ! いいか? 勘違いするんじゃねぇぞ。俺はお前の代わりにこいつの相手するんじゃねぇ。誰かの代わりなんて真っ平ごめんだ。
俺は俺が好きでこいつの相手をするんだ。こいつは俺の我侭なんだよ。あいつと一緒に行くのはお前の我侭だ。だったら、我を張れよ。押し通せ。
会ったときからお前は我侭尽くしだったんだ。いまさら変に遠慮なんてしてんじゃねぇっ!!」
「しかし、お前は……」
「俺は俺の我を通してここに残る。お前はお前の我を通してあいつと行く。それで全部まとめてオールO.K。円満解決。大団円だ。違うか? 違わねぇだろ。
分かったか? 分かったら、さっさと行っちまえよ。お前らがいると邪魔なんだよ。気になっちまって、切り札が切れねぇ」
「ならばそのカード、小生が切りやすくしてやろおっ!!」
「ッ!!」
クルツに気を取られすぎていた。気がつけばギンガナムが間近に迫っていたのだ。
近いっ! 近過ぎる。回避も何も、全てが間に合わない。直撃? 当たるのか? くらうのか? くらえば――
豪腕を目前にぞっと全身が怖気立ち、肝が冷えた。思わず目を閉じ、首を竦める。身を固く小さくして来るべき衝撃に備える。
しかし、その瞬間はついぞ訪れなかった。変わりに怒声が飛んで来る。
「何やってんだ! 早く行け!! ちんたらしてんじゃねぇ! 今すぐ走れ!!」
恐る恐る開けた視界に、いつの間に忍び寄ってきたのか、ギンガナムに背後から組み付くラーズアングリフの姿が映しだされる。
「ク……ルツ?」
「さぁ行け! 行くんだ! 行って、俺の代わりに二人であの化け物に一発かましてこい……頼んだぞ」
目が合い、気圧された。その目には一本の筋が通った、ぴんと背筋の伸びた胸に迫る何かがある。
それに抗おうと胎に力を込めたが、一度揺れた覚悟はそれを押し返すまでの強さを持ってはいなかった。
乾いた口が動く。何度か唾を飲み込み、何度も言葉を喉元で押し殺したその口は、しかし最後には辛うじて聞き取れる程度の声で喉を震わせた。
「……すまない。頼む」
「いいってことよ。任せろ」
陽気な、いつもと変わらぬ声が耳朶を打つ。悲壮さなど微塵も感じさせない、ちょっとした用事を引き受けるような、そんな声だった。
クルツとギンガナムに背を向け、ネリー・ブレンが跳ぶ。
決めた以上、戸惑ってはならない。速やかに動かなければクルツの覚悟に水をさすことになる。それが、似たような覚悟をほんの少し前まで決めていたラキには、痛いほど分かっていた。
ジャンプアウト。物言わぬヒメ・ブレンを抱え上げる。アイビスが文句を言ってきた。その気持ちも、やはり痛いほどに分かる。
だがそれに耳を貸すわけにはいかない。例え恨まれようと構わない、とラキはその場からの離脱を開始する。
普通に長距離のバイタルジャンプを行う余力は、もう残されていなかった。
◆
赤い戦車のような人型機動兵器が投げ飛ばされ、瓦礫の海に埋没した
ラキとアイビスが離脱を開始して数分。ずぶずぶと上下逆さに埋没していく機体の中、クルツは一人ぼやく。
「やれやれ、こんなつもりじゃなかったんだけどな。こういうのを親心って言うのかね」
本当に初めて会ったときから世話のかかる奴だった。意見は食い違うわ、一度決めたら梃子でも動かねぇわ、自分勝手に動き回るわで、本当に面倒ばかり掛けやがる。
でも気持ちのいい奴らだった。
にしてもついてねぇな。こんなとこに呼び出されてまでして、俺、何やってるんだろうな……。
「……まぁいいさ。悪かぁねぇ」
がばっと起き上がり、コンクリートの破片を跳ね除けながら呟いた。
ああ、そうさ。悪かぁねぇ。女を守って死ぬ。男として最高の死に様じゃあねぇか。あんたもそんな気分だったんだろ? ジュシュア=ラドクリフ。
ふぅ〜っと長い息を吐く。横目でちろりとこれから命を賭ける相手を見やり、リニアミサイルランチャーを突きつける。
「悪いな、大将。俺の我侭に付き合ってもらってよ」
「貴様がその半壊した機体で何をするのか興味があってな。だが、空の銃では小生は倒せぬ。そこのところは分かっているのか?」
クルツが最も懸念していたこと、それは無視をされ二人の後を追われることだったが、どうやらその心配はなさそうだった。人知れず胸を撫で下ろす。
敵さんは、こちらの手札に興味津々なご様子。ならどうすればいい? 簡単だ。挑発して好奇心を呷ってやればいい。そうすればもう少し時間を稼ぐことが出来る。
「知ってるか? プロってのは、弾を撃ち尽くしても最後の一発ってのは取っておくもんだ。本当にどうしようもなくなっちまったときに自分の頭を撃ち抜く為にな」
「下らんな。己の頭を自ら撃ち抜くぐらいなら、その一発で相手を倒すことを考えるべきだ。
最後まで相手の喉下に喰らいついて初めて一人前の兵士と言える。貴様もそうだろう……違うか?」
「そういう考え方もありっちゃありなんだが……。勿体つけといて悪りぃんだけど、実は弾なんか残っちゃいねぇんだな、これが」
リニアミサイルランチャーを手放す。瓦礫で跳ねたそれが乾いた音を立てた。
からかわれたとでも感じたのかモニター越しの表情が怒り、睨みつけてくる。想像以上に単純な奴だ、とほくそえんだ。話術では負ける気がしない。
「短気は損気。そう怒りなさんなって……。代わりにギンガナム、あんたには別のもんをぶつけてやるよ」
「ふんっ! 貴様のごとき雑兵の命一つで小生を止められると本当に思っておるのか?」
完全に臍を曲げたらしい男を前に急にクルツの目つきが変わった。
「馬鹿言っちゃいけねぇな。あんたに生き残られちゃ、せっかくのお涙頂戴シーンが台無しだ。
それになぁ、お前さん自分のこと買いかぶり過ぎだ。こちとら戦争屋。弾なんざなかろうが、手前を倒す手段なんざいくらでも思いつくんだよ。塵一つ残さねぇから覚悟しろい」
「吠えたな」
「吠えたさ」
売り言葉に買い言葉。睨み合い。互いの鼻が白み。直ぐに二つの哄笑が廃墟に木霊し始める。カラッとした笑い声が大地を包む。
「面白い! ならばきっちり殺してみせろよ!!」
「上等だ! そろそろ行くぜ!!」
時間は十分とは言えないが稼いだ。もう巻き込む心配も多分ない。あとは俺が上手くやれば万事オッケー、全ては上手く収まる。
シザースナイフを抜き放ち、握り締める。接近戦の不利は百も承知。だがそれでもラーズアングリフに残された武器はそれしかない。
「来いっ!!!」
腰を低く落とし、ギンガナムの声を合図に猛然と突進を開始する。敢行したのは命がけの接近戦。
だが、それは余りにも馬鹿げた行為だった。ただでさえ鈍重なラーズアングリフだ。脚部を損傷した現在、ギンガナムと比べるまでもなく動きは鈍重を極めている。
動きは鈍く、勢いも無ければ、切れも伸びも無い。ギンガナムから見れば凡庸も凡庸。ただ愚鈍なだけの特攻としか映らなかった。
ゆえにギンガナムは激昂した。軽んじられた。甘く見られた。そういう思いが有り、自尊心についた傷が感情を刺激したのだ。
「どんな隠し玉があるのかと思えば、ただの特攻とは……実に下らん!!」
ギンガナムが動く。ラーズアングリフの鈍重さに比べ、その動きはまさに疾風。
「小生を愚弄した罰だ!! DNAの一片までも破壊しつくしいいぃぃぃいいいい、鉄屑にしてやるっ!!!」
間合いが瞬時に潰れる。ギンガナムが放った手刀は、頑強な装甲の継ぎ目を狙う一突き。
右胸を貫かれるその寸前、クルツはシザースナイフを投げ捨てた。右腕で逃さぬようシャイニングガンダムを抱きしめる。
「野郎に抱きつくなんざ趣味じゃねぇが……この時を待っていたんだよ!」
「何だこれは! この馬鹿げた熱量は!! 貴様ぁ、一体何をした!!!」
キーボードに指を滑らせ、一つの文字列を叩き込んだ。それは祈祷書の『埋葬の儀式』の一節を捩ったシャドウミラーの自爆コード。
その真髄は機密保持の為、後には何も残さない絶対の破壊。文字通り全てを無に帰す力。
即ちコード名――
――Ash To Ash――
「別に大したことなんざしてねぇよ。ただ土に還るだけさ。俺もお前もなっ!!」
勝利を確信し、誇らしげに笑ったクルツを光の海が包み込んだ。
◆
火花が散る。数合剣戟を交え、剣刃が乱れ飛ぶ。灼熱する斧を弾き飛ばし、横に薙ぎ払う。押した。押して押し捲った。
隙はない。防御も厚い。しかし、破れる。突き破り、この男を避わすことが出来る。それが見えた。が、同時に側面を衝かれ、手痛い被害を受ける自身の姿も見えていた。
一瞬の躊躇。それで機を失う。攻めあぐね、跳び下がり距離を取る。五度目だった。突き破れる手ごたえを感じながらも、全て跳ね返された。
目の前の男は待っている。それは確実だった。薄ら笑いを浮かべながら、強引に突破を図る瞬間を待ちわびているのだ。それに乗る事は出来ない。
ブンドルは唇を噛んだ。すでに相当の時間が経過している。死者が出ていても不思議ではないだけの時間だ。それだけの時間を費やして突破も出来ない。それがプライドに傷をつけた。
互いの損傷は皆無。僅かに斧を弾き飛ばした点だけ、相手に被害を与えた。ただそれだけだ。
無傷では切り抜けられない。崩せない。手負う覚悟があって初めて傷を負わせられる。この男を突き崩せる。そう思った。
だがそれは許されないのだ。ラプラスコンピューターに損害を与えることは避けねばならない。やはり無傷で切り抜けるしかないのだ。それには切っ掛けがいる。あの男の注意を逸らすだけの切っ掛けが。
◇
「つまらねぇな……」
小さく呟いた。この敵はつまらない。技術技量は驚くほど高い。動きも目を見張るほどで、無駄がなく隙もない。攻めは苛烈。守りは堅固。しかし、つまらない。
恐さがないのだ。堅実で、大きく賭けに出てくるような動きを取ろうとしない。機会は何度もあったはずだ。賭けに出れば突破できる程度には、何度も崩された。
しかし、それに乗ってこない。そういう敵は手強くても恐ろしくはないものだ。つまりは、つまらない相手ということになる。
面白味という点では、アキトやテニアとか言う嬢ちゃんの方が遥かに勝っている。興味も半ば失せて来ていた。
その時だ。彼方に巨大な光輪の華が咲いた。咄嗟に背後を振り返る。その動作はモビルトレースシステムを伝わり、正確に機体に反映された。同時にゾッとした悪寒が体を包み込む。
「チィッ!!」
正面に向き直った。既に白銀の機体は驚くほど近い。無駄のない剣閃が襲ってくる。辛うじて防いだ。
そのまま二合三合と切り結ぶ。しかし、押されている。このままでは押し切られる。
思わず笑みが漏れた。
「ククク……やりゃぁ出来るじゃねぇか。なぁ!! おいッ!!!」
守りを捨て踏み込む。自らの身が傷つくことも厭わない。頭を断ち割るビームナイフの一撃。しかし、それは空を斬ることとなる。
眼前で白銀の機体の姿が変わる。人型から鳥のような姿へ。交錯。瞬く間に脇をすり抜けて背後へ。踏み込んだ分動きの遅れたガウルンは、その変化について行くことは叶わない。
振り返ったときにはその姿は既に小さくなっていた。とてもじゃないが追いつけない。
「やれやれ……やられたねぇ」
突如巻き起こった巨大な爆発。
おそらくは何らかの決着が着いたのだろう。だとすれば思ったほどの混戦にはならなかったということだ。それにあの爆発では生き残りがいるのかどうかも怪しい。いてもくたばり損ないだろう。
となれば、いまいち面白味に欠ける戦場だ。興味が急速に失われていくのを感じていた。
「骨折り損のくたびれ儲けってやつかねぇ、こりゃ。まったくお寒いねぇ」
地に落ちたヒートアックスを拾い上げたガウルンは、思わずそうぼやかずにはいられなかった。
【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
パイロット状態:良好、主催者に対する怒り、焦り
機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊
現在位置:D-3
第一行動方針:ギンガナムとの合流
第二行動方針:協力者を捜索
第三行動方針:三四人の小集団を形成させる
第四行動方針:基地の確保のち首輪の解除
最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】
【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力120
機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
現在位置:D-3
第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
第二行動方針:アキト、テニアを殺す
第三行動方針:皆殺し
第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
【グラキエース 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)
パイロット状況:精神不安定。放送の時刻が怖い
機体状況:無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2、ブレンバーにヒビ
ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可
現在位置:D-3
第一行動方針:アイビスと共に離脱
第二行動方針:クルツの代わりにノイ=レジセイアを一発ぶん殴る
最終行動方針:???
備考1:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません
備考2:負の感情の吸収は続いていますが放送直後以外なら直に自分に向けられない限り支障はありません】
【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)
パイロット状況:気力回復、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)
機体状況:頭部損失(実質大破)ソードエクステンション装備。
現在位置:D-3
第一行動方針:ラキを問い詰める
第二行動方針:寝るのが少しだけ怖い
最終行動方針:どうしよう・・・・・・
備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】
【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
パイロット状況:死亡
機体状況:大破】
【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状態―――――
ざわり
空気が揺れた。クルツの巻き起こした爆発の余波による電波傷害は、未だ治まる様子を見せていない。だからレーダーに反応は無かった。
しかし、肌が不穏なモノを感じ取ったのだ。それは皮膚を焦がすように熱い闘争本能の塊。濃厚にして濃密。全てを焼き尽くさずにはおれない地獄の業火。
そういったモノが、廃墟を荒野へと変えた爆発の中心地点のほうから迫って来る。間違いない。奴はまだ生きている。確信に近い思いでラキはそれを感じ取った。
顔が難しい表情を作り、思い悩む。悩み悩んだ後で、ラキは諦めたようにポツリと呟いた。
「……どちらにしてもこれしかないか。すまないな、クルツ」
クルツと自分の役回りが逆ならば、こんなことにはならなかった。クルツが命を落とすことなど無かった。
そして、今自分はクルツが残してくれた命を散らそうとしている。今度は自分の番。そう思い定めている。そういう意味での二重の謝罪だった。
通信をヒメ・ブレンへと繋げる。
「アイビス、さっきも頼んだようにこいつを頼む」
「えっ?」
モニターにアイビスの顔が映し出される。驚いた目が大きく見開かれるのが見えた。
恐らく死んでいったヒメ・ブレンの体をその内側までも綺麗に拭っていたのだろう。せめて綺麗な姿で弔ってやろう、そういう想いが、手に握り締められた汚れた布切れに込められているように思えた。
その光景にふっと頬が優しく緩むのを感じる。こんな奴だからだ。こんな奴だからこそ、ジョシュアも守って死んでいったのだろう。そういう気がした。
「ギンガナムがそこまで迫っている。私はこれからあいつを止めに行く。心配するな。お前だけは何があっても絶対に守るから」
「待って! 私も行く。ラキ、あんただけに戦わせるなんて出来ない」
懸命な目と声が迫って来る。一心に言い募ってくるその必死さに思わず押し切られそうになりながら、しかしラキはゆっくりと諭すようにアイビスの言葉を退けた。
その語調には、子供に言い聞かせる母親の温もりがどこか染み出ている。
「それは出来ない。今のお前では足手まといなんだ。分かるだろう?」
「でもそれじゃあ、あんたが……あんたも……」
「気にするな。メリオルエッセである私には似合いの最後だ」
アイビスが俯いた。分かっているのだ。自分が何の役にも立たないのだと。送り出せばもう帰って来ないのだと。
肩が震えている。泣いているのか?
そう思ってもどう声を掛けて良いのか分からず、途方に暮れながらも、何故かこのときラキはジュシュアに向けるのとはまた違った愛おしさが湧き出てくるのを感じていた。
生きた時間で言ってしまえば、ラキはアイビスの十分の一も生きていない。しかし、それは母親が愛娘に向ける愛情のようなものだったのかもしれない。
やがて袖口で目元を拭ったアイビスの顔が上がり、無理に貼り付けた笑顔を浮かべる。今にも崩れ去りそうな笑顔。しかし潤んだ眼差しは真摯に見つめてきていた。
「ラキ、あんたは……あんたはもう立派な人間だよ」
そうか、泣いていたんじゃない……この娘は考えていたのだ。もう止められないと思い、最後に何を伝えられるのか、その言葉を探していたのだ。
何だろう……胸が温かい。なんとなく分かった……これは一番私が欲しかった言葉なんだろう。
ふっと目頭が弛む。笑顔で返そうとして、涙が溢れてくるのを抑えることが出来ない。
「そうか……私は人になれたのか……」
ほぅっと溜息を吐くようにして言葉が漏れる。大事に大事に言葉を口の中で反芻し咀嚼する。あたたかい。胸に灯ったぬくもりが気持ちいい。
何よりの餞だ……私には過ぎた餞別だ。思えば誰かにそう言ってもらえるのを私は待っていたのかもしれない。ありがたい。
でも、だからだ。こんなことを言ってくれる人間だからこそ守らなきゃいけないんだ。
「アイビス、ありがとう。泣くな。胸を張れ。お前は精一杯頑張っている。
……会えてうれしかった。がんばれ」
溢れた涙が零れ落ちるのを頬に感じた。その涙の一粒でさえも今は温かい。
通信をそっと閉じる。暫くは体が震えて動くことが出来なかった。いや、胸中に湧き出てきたぬくもりを噛み締めていたかったのかもしれない。
ぐいっと潤んだ目を拭い、鼻を噛む。大きく長い溜息を一つ。
ちらりと横目で頭部を砕かれたヒメ・ブレンを確認する。その右手にはしっかりとソードエクステンションが握られていた。最後まで力強く戦った証だった。
これで憂いはもう何もない。後はどれだけ完全な状態でネリー・ブレンをアイビスに明け渡せるかだ。
キッと目元に力を込め、前方を睨みつけたラキは、いつもと同じ声、同じ態度でブレンに最後の戦いを促した。
「さぁ! 行こう、ブレン!!」
◇
D-3地区に広がる広大な廃墟。その一角を円形に抉り飛ばし、出現した荒野の尽きるところ。
徐々に白んでいく空の下、何もない荒野と瓦礫の町の狭間でただ二つの機動兵器が全てに取り残されたようにぽつんと対峙していた。
装甲のいたるところに傷を拵え、金属特有の光沢を失っている蒼い機体ネリー・ブレン。
表面装甲の六割が膨大な熱量によって融解し、氷柱のように垂れ下がった状態で凝固しているシャイニングガンダム。
二つの機体はまさに満身創痍。だが、二機は戦う力も気概も失わず、かといって不用意には動くことも出来ずにただ睨み合いを続けていた。
全身が、汗にまみれていた。ギンガムの放つ圧力は並大抵のものではない。それを押し返し睨み合う。ただそれだけで疲労は蓄積されていく。
(ブレン、分かっているな?)
(……)
(すまないな。嫌な思いをさせる)
これまでの交戦で互いが互いの手を読みつくしている。ゆえに迂闊な初動は即座に死に繋がる。普通ならば容易には動けないものなのだが、この男にそんなことは関係なかった。
「名残り惜しい気もするが、そろそろこの戦いも終わりだな。ならば――」
装甲が焼け爛れたシャイニングガンダムが光を発し、黄金に染まる。
緻密な計算も、姑息な浅知恵も関係ない。全てを薙ぎ倒す力の信奉者ギム=ギンガナムは吼えた。
「この一撃をもってええぇぇぇえええ!! 神の国への引導を渡してくれるっ!!!」
刹那、ブレンが一歩を踏み出し、その場から掻き消えた。ギンガナム相手に真っ向から攻める愚は冒さない。かと言って、初手から死角を使う愚かさもない。
側面を突く。しかし、ギンガナムはもう、鋭敏に反応していた。
雄叫びをあげ、ブレンバーを振るう。ぶつかった。押される。抗えたのは束の間だった。圧倒的な力で押し流される。それを何とか撥ね上げた。皹が広がる音。
二撃目。力を受け流しきれずに、ブレンバーの刀身が半ばで砕け散る。三撃目は死。次は凌ぎ切れない。だから刺し違える。命を賭してならそれが出来る。そして、それはここしかない。
跳躍。ギンガナムの右後方――左腕からもっとも遠い死角――そこへ。ギンガナムがにやりと笑った気がした。
瞬間、相手の左腕が閃光を発する。動きはここにきて尚早い。ここぞというところを嗅ぎ分けるこの男の嗅覚には、思わず舌を巻く。
三撃目。砕けた刀身を突き出した。前へ。ただ前へ。暁を背に二つの影が交錯する。ぐしゃりと砕ける音。モノが潰れる感触。
光る腕は眼前で止まり、その光を失っていた。そして、ブレンバーの刀身はギンガナムを貫いている。
「生きて……いるのか? 私は……」
死を覚悟して前に出た。にもかかわらず生きている。何故、自分は生きているのか? 生きていることを喜ぶよりも先に、疑問が思い浮かんだ。
ジョシュアがギンガナムの右腕を持っていってくれた。クルツが装甲を脆くし、機体そのものの動きも鈍らせてくれた。その彼らが開いた血路のお陰で生き残れた。
それは分かっていたが、やはり生きているということが不思議でならなかった。緊張の糸が途切れたのか、どこか呆然としているという自覚がある。
心ここにあらずというのは、こういうことなのだろうか?
「貴様、名は?」
不意に声を掛けられてびくりとした。思わず声が上擦るのを感じながら、言葉を返す。
「……グラキエース」
「ふ……ふふ……グラキエースか」
不適な笑みをこぼしたギンガナムが、ブレンバーが突き立ったまま一歩前に出る。そして、一歩が二歩に。ブレンバーはさらに奥深く突き立つこととなり、黒いオイルが血の様に噴出していた。
「貴様の名、覚えたぞォォ!! 我、魂魄百万回生まれ変わってもおぉぉおおお!!! この恨み、晴らすからなああぁぁぁああああ!!!!」
眼前の左腕が再び閃光を発した。近い。そして、反応が遅れた。避わせない。ブレンの頭部が捕まる。咄嗟に両腕でその腕を掴む。しかし、ビクともしない。
突然、恐怖が襲ってきた。この身が消え果るという本能的な恐怖。ブレンのものか、自分のものか、判別はつかない。
思わず胸をグッと掴む。あたたかい。そうだ。このあたたかさの為なら私は命を賭けられる。私が私のままで逝くことが出来る。
ジョシュアはよくやったと褒めてくれるだろうか? あいつは私の頭にぽんと手を置き、優しくなでてくれるだろうか?
きっと褒めてくれる。きっと優しくなででくれる。もう悔いは……ないっ!
「跳べ! 跳ぶんだ、ブレン!!」
怨嗟の念と自身への誇りを残し、一つの命を糧に二つの機動兵機がその場から掻き消える。そして、一ブロック南――D-4地区に余りにも小さな爆発音が人知れず鳴り響いた。
◆
ラキが出て行って暫くたってから、ネリー・ブレンが戻ってきた。その姿は泣いていた。何故だか分からないが、そんな気がしたのだ。
コックピットを覗くとそこにはラキの遺骸が乗っていた。
それとヒメ・ブレンの分の穴をネリー・ブレンと一緒に掘った。クルツは跡形もなく吹き飛んでいて、埋めるようなものは何も残っていなかったのだ。
ブレンに触れ、そっと呟く。
「ねぇ、ブレン。ラキの最後は……どんなだった?」
(……)
「そう……そうか。うん。ありがとう」
二つの遺骸を納め、土をかぶせていく。こみ上げてくるものをグッと堪える。
ジョシュアを埋めたときには泣いた。シャアが死んだときには泣く気力すら残っていなかった。
でも、今は泣くべきではないと思っていた。
みんな見事に死んでいった。そうだ。見事な最後だったんだ。死ぬときはこうありたいと誰もが思えるような見事な死に様だ。
でも……死は死だ。他の何者でもない。
そして、自分は生かされた。たまたま自分は生かされたのかもしれない。そこにいたのが自分でない誰かであっても、きっとみんな守って死んでいっただろう。
だからといって、自分が生かされたという事実はなくならない。それはやはり黙して受け止めるべきことなのだ。
今はまだ泣かない。
泣くのはやるべきことが全部終わったあとでいい。そのときに思い出して泣こう。そのときまで涙は取っておこう。
遺骸が土に隠れると胸の前で手を合わせ、ゆっくりと目を閉じる。
ジョシュアは何も言わずにただ守ってくれた。シャアは死ぬこと以外好きにしろと言った。
クルツは命を懸けても譲れないことがあることを教えてくれた。ラキはただ頑張れと言ってくれた。
そして、ヒメ・ブレンはこんな私に最後まで付き合ってくれた。文句の一言もなく。
でも、何をやるべきなのかは、誰も教えてくれなかった。それはきっと自分で決めるべきことだ。みんなが生かしてくれた自分が自分で決めるべきことだ。
そう思った。
スッと目を開けたアイビスは、顔を上げてネリー・ブレンを見上げる。真似たのか両手を合わせた姿がそこにはあった。
そのどこか滑稽な姿にふっと頬を緩ませ、墓に背を向けて歩き出す。後ろ髪引かれながらも振り向かない。振り向いてはならない。
『そりゃ、お前が引け目を感じているからだ』
ギンガナムに接触する前、ラキのことを聞いた返しに、ここに来てからの話をしたときのクルツの言葉だ。
『一方的に何かをしてもらったと思ってる。自分は何もしてないのにってな。つまり対等だと思えないんだ。仲間なのにな。
理由もないのに世話を焼かれ続けるのってきまりが悪いだろ? それと同じだ。相手は気にしてないのかもしれないが、お前はそれを気にしてる。
だったら見返してやれるぐらいしっかりした人間になればいいのさ。そのくらい自分に自信がついたら、その後ろめたさは消えるんじゃねえかな』
一人生き残ってしまった後ろめたさ。それはまだ消えない。多分そう簡単に消えるものでもないだろう。消えるようなものではないのかもしれない。
それでも、いつかは死んでいった人たちの命に見合うような人間になりたかった。
「ジョシュア、ラキ、シャア、クルツ、ブレン……あんた達はそこで見ていて……もう迷わないから。もう立ち止まらないから。
私は、私なりの生き方で精一杯生き抜いて見せるから……。だから、笑って見ていて」
墓を背に、喉元まで出掛かった嗚咽と涙を押し戻し、空を見上げたアイビスは言う。思いのほか綺麗に澄んだ声が、朝露に溶けて消えていった。
「行こう、ブレン」
◆
すり鉢上に抉れた荒野。直径10km程もあるその荒野の上空を一羽の神鳥が飛んでいた。
その神鳥はぐるりと大きく旋回すると廃墟と荒野の境目に一つの人影を見つけて、軌道を変えた。
やがて神鳥はその男の元へと降り立つ。
「ブンドルか……」
「ギンガナム、無事だったのか」
神鳥――サイバードから声を上げ降りていく。それを目の前にギンガナムは実に誇らしげに笑った。
「うむ。危ういところだったが小生は勝ったぞ。一人は取り逃してしまったがな。だが、ギンガナム隊の勝利だ」
頭が痛い。この男、確実に修復不能なまでの溝を作ってくれたに違いない。そして、自分はこいつの一派だと思われている公算が大きい。
今後の行動に支障を来たす可能性は高かった。それに生き残った一人がギンガナムの健在を知るのもそう遠くはないだろう。眩暈すら覚える惨状である。
「ときにブンドル。貴様、マスターガンダムをどうした? まさか倒してはおらぬであろうな」
「やはりあれもガンダムというのだな。心配するな。撒いてきた」
「ならばよし! あれとは小生が戦う。貴様は手を出すなよ」
それは一向に構わない。むしろ願ったり叶ったりなのだが、これだけ暴れておいてまだ戦うつもりなのか、と心底呆れ果てる。
本当に付き合いきれない。
「ギンガナム、機体はどうするつもりなのだ? 言っておくが、サイバスターを貸す気は私にはないぞ」
見つけたときからギンガナムは一人で、機体は跡形もなかった。にもかかわらず戦う気満々である。
だから不安が過ぎる。せっかく苦労して守り通したサイバスターなのだ。あっという間に壊されてはたまったものではない。
だが、ギンガナムからはカラッと陽気な声が返ってきた。非常に上機嫌だ。
「ふん。そのような機体に頼らずとも小生にはシャイニングガンダムがある」
「見当たらないが……」
「そろそろ頃合か。よいかブンドル。小生は機体ごと禁止エリアに転移されると悟った瞬間、飛び降りた。すなわち機体のみ跳ばされたのだ。
そして、シャイニングガンダムは呼べば来る機体だ! 目には物を見よッ!!」
前後の説明がないのでいまいち理解に苦しむ。とりあえず非常識なことをやらかしたのは分かった。だが、そんなこちらの様子を気にした風もなく、ギンガナムは天高く右手を掲げる。
何だ? 何故こいつはこうまでハイテンションなのだ? こちらとしてはお前が巻き起こした惨状に頭が痛いというのに。その無邪気さが恨めしかった。
「出ろッッ!! ガンダアアアァァァァァアアアアアアアアアアアムッッッッッ!!!!!」
それがやりたかっただけだろ。そう思わずにはいられない喜々とした表情で叫び、指を弾く。地鳴りが響き。何処からともなくシャイニングガンダムが姿を現した。
しかし、その姿はお世辞に無事とはいえない。腹部に刃物が突き刺さっているのだ。その他の箇所も散々な有様である。
「見たか、ブンドル! シャイニングガンダムはこの通り健在だ。さぁ、 行くぞ!!
ガンダムファイトの挑戦状を奴に叩きつけになぁぁぁぁあああああああ!!!」
溜息を吐かずにはいられない。仲間にしたのは間違いだったのだろうか……。いや、間違いなく間違いだった。力一杯そう思う。
そして、明けの荒野にギンガナムの笑い声が木霊する。
「フハハハハハハハハハハハ……ゲホッ!! ゲホゲホ!! み、水をくれ、ブンドル」
「知らん」
【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
パイロット状態:主催者に対する怒り、疲労(主に精神面)
機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊
現在位置:D-3
第一行動方針:状況の把握
第二行動方針:協力者を捜索
第三行動方針:三四人の小集団を形成させる
第四行動方針:基地の確保のち首輪の解除
最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】
【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状態:あちこち痛いが気にしない(気力160:限界突破)
機体状況:右腕肘から先消失、腹部装甲に折れたブレンバーが突き刺さっている
各部装甲に多数の損傷、表面装甲の六割が融解して垂れ下がり凝固、EN10%
現在位置:D-3
第一行動方針:ブンドルについていく
第二行動方針:強者を探してギンガナム隊に勧誘
第三行動方針:倒すに値する悪を探す
第四行動方針:マスターガンダムにガンダムファイトを申し込む
第五行動方針:アイビス=ブレンを探し出して再戦する
最終行動方針:最も強い存在である主催を討ち、アムロ達と心ゆくまで手合わせ
備考:ジョシュアの名前をアイビス=ブレンだと思い込んでいる】
【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力120
機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
現在位置:D-3
第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
第二行動方針:アキト、テニアを殺す
第三行動方針:皆殺し
第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)
パイロット状況:精神は持ち成した模様、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)
機体状況:ソードエクステンション装備。ブレンバー損壊。
無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2、
ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可
現在位置:D-3
第一行動方針:自分がするべきことを見つける
最終行動方針:精一杯生き抜く
備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】
【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
パイロット状況:死亡
機体状況:大破】
【グラキエース 搭乗機体:なし
パイロット状況:死亡(首輪爆発)
機体状況:なし】
【残り25人】
【二日目5:30】