119話 「未知との遭遇」 ◆C0vluWr0so
暗い森の中――二機と一機は移動を続けていた。
ユーゼス・ゴッツォ、ベガ、カミーユ・ビダンの三人である。
飛行可能なバルキリーを交え、その陣形は平面的なものから立体的なものに変型していた。
カミーユが空から広範囲を偵察し、地上のユーゼスとベガが空から見えない森の中をカバーする。
空のバルキリーを頂角に、巨大な三角形を作っている、と言えば想像できるだろうか。
D-6の岩山で機体を乗り換えた後は、わずかな休憩さえ取らずに探索を続けていた三機だったが、その結果は芳しくない。
捜索対象のマサキは見つからず、幸か不幸か他の参加者に会うこともなくおおよそ二エリアを移動している。
(最初のあの場にいた者の数は50〜60人。そして今、その数は更に減っている。
64に仕切られたこのゲーム盤の広さから考えても、この探索結果は仕方がないと言えるだろう。
だが――それでは駄目だ。それではあの異形に打ち勝つことは出来ない)
仮面の奥に真意を隠し、ユーゼスは考える。このバトルロワイアルというゲームの勝者になるには何を為せばよいのかを。
勝利の最低条件――それは、生き残ることだ。
最初の六時間で十の命が散っていった。それから四時間が過ぎている。
あの小娘の言う『褒美』に心を動かされ、殺戮に走る者も出てくるだろう。
現にユーゼスも、殺人の狂気に酔いながら力を奮う人間に襲われている。
その時は撃退することが出来たが、敵機の性能はこちらの機体を凌駕していた。
まともにぶつかっていれば、負けていたのはこちらだっただろう。
そんな機体が、最大でまだ見知らぬ参加者の数――つまり数十機存在しているかもしれないという可能性は、極小ではあるが無視できない。
それらから身を守り、主催者への反乱の準備を整えるのが目下の目的だ。
しかし、その道程は困難を極めるだろう。
もし状況が差し迫れば――不本意ではあるが、正規の勝利条件、つまりこのゲームの優勝を狙う心づもりもある。
だがそれは、最低の勝利だ。
ならば最高の勝利とは?
それは主催者の異能を我が物とし、無事に生き残ることだ。
あの力が手に入れば――人を捨て――超人を超え――超神へと――
「神の座もそう遠くはない。そして全てを我が手に……」
仮面の奥の真意を笑みとして僅かに洩らしながら、ユーゼスは嗤った。
◆
「――こちらベガ。特に何もないわね。そっちはどう? カミーユ」
「ええ、上からも何も。――けど、」
「けど?」
「厭な気分です」
何だか、気持ちが悪い――そうカミーユは言った。
感受性が強く、そういうものを感じやすい子なのだとベガは思う。
戦場にいてはいけない――呑まれ、呑み込み、死んでしまうタイプだと。
「……無理はしないで。辛い時はいつでも言ってちょうだい」
「大丈夫ですよ、子供じゃないんですから」
若干の苛立ちを言葉に込めながらカミーユは答える。
それ自体子供の物言いであることに彼は気づいていない。だからそのまま言葉を重ねる。
「それにベガさんも……結局はユーゼスの言いなりじゃないですか。俺はあの人を認めたくない。
頭では分かっていても、やれないことがある。でも、それを平気でやってしまう人がいるんだ」
敵意とまではいかない。けれどはっきりと否定の意味合いを込めて少年は語る。
今までの疲れもあるのだろう。だがカミーユがユーゼスを否定するのはそれだけが理由ではない。
彼の鋭利な感性が、仮面の男の行いを許さないのだ。
頭が許しても――心が受け入れない。そのままぶつかるには鋭すぎる心を、カミーユは持っていた。
だからといってカミーユがユーゼスに対して何かをする、というわけでもない。
せいぜい溜まった鬱憤をベガに吐き出す程度だ。
「――そうね。私は彼の言葉を行動の指標としている。それは認めるわ。
けれどそれは彼の言いなりになったということではない。それは、『信頼』、というのよ?」
「信頼ですか。随分安っぽい信頼ですね。少なくとも僕は、会って数時間ほどの人間を信用できるほど甘くはないですよ。
だいたい、大人はそうやって知ったような口を聞くから嫌いなんです」
カミーユの言葉に、ベガはクスリと笑い、こう言った。
「なぁんだ。やけに突っ張ってると思ったら――やっぱりまだまだ子供ね、カミーユ君?」
「……だから、大人ぶった人と話すのはいやなんだ」
「そうでしょうね。そこが子供と言っているのよ。そして私は、少なくとも貴方よりは大人だわ。
だから大人として、貴方を受け止める義務がある」
「……僕の知っている大人は自分のことに精一杯で、他人のことまで気が回る人なんていやしなかった。
いたとしてもほんの一握り――父さんと母さんだってその一握りには入ってなかった」
ベガの言葉に、カミーユは絞り出すような声で返事をする。
普段のカミーユならこんな風に自分について語るということはしなかっただろう。
けれど彼は疲れていた。この殺し合いが始まってからの疲れだけではない。
その前から、ガンダムに乗ったあの日から始まった争いと、それに関わる人間の全ての業に。
だから、彼はベガと話したのかもしれない。
「父さんも母さんも俺を置いて死んでいった。大人はいらないことばかりして俺たち子供のことなんか考えやしないんだ。
あんたはそんな大人たちとどう違うって言うんだよ!?」
「……そうね、確かに違わないかもしれない」
「だったら――!」
「だから、間違っているのは大人ではなく、貴方の方よ」
二人の間に沈黙が走る。少しの間を置いて口を開いたのはベガだった。
それは先ほどまでの諭すようなものではなく、もっと優しさを含んだ――まるで母親のような口調だ。
「どこが間違っているかはあえて言わないわ。自分で気づかないと意味がないもの。
それに私は、貴方なら分かると思うから、ね?」
「……母親でもない人にそんな話をされたくないですよ」
「なら私は貴方の母親にだってなるわよ。……ちょっと、格好つけすぎかしら?」
そう言って苦笑いをするベガを見て、カミーユはほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。
或いはベガの姿に、ずっと求めていた『母親』を見つけたのかもしれない。
「僕は、両親に親をやって欲しかったのかもしれない……」
「え? ごめん、ちょっと今なんて言ったのか――」
「いえ、なんでもありません。……少しだけ、心が晴れました。ありがとうございます。
ただ、それとあの人のやることを聞くってのは別問題です。……やっぱり僕は、ユーゼスさんのことを素直には信じれない」
「そんなものよ。誰かと違えた考えを元通りにするというのはとても難しいことだから。
……たとえそれが血を分けた家族だったとしてもね」
ふと視線を落としてベガは答える。
自分の言うことは偽善に過ぎない、その場しのぎの言葉なのかもしれない。
実際に、自分は実の兄アルテアと敵対し――未だに彼の考えを理解することが出来ないのだから。
何故アルテアがあんな風に変わってしまったのか、ベガはその理由を知らない。
仕方がないといえば仕方がないだろう。人は他人の心を完全に理解することなど出来ない。
そんなことが出来る人間がいれば、それはもう人間ではない。新しい別の何かだ。
「さぁ、話はこれでおしまいにしましょ。まだまだ私たちがしなければいけないことは多いわ。
けれど……一つ一つ潰していくしかないから。まずは行動しないとね」
「はい。――あれは、火?」
上空を飛ぶバルキリーの視界に炎が入ってくる。進行方向からは若干北にずれている。地図上ではB-5に相当する位置だ。
カミーユの呟きに反応したベガから疑問の声が上がり、カミーユが返答する。
「前方で火災が起きてます。地上からは確認できませんか?」
「こちらからは無理ね。ユーゼス、そちらは?」
「今確認できた。カミーユ、上空から火災の状況を教えてくれ。それから、この火災が人為的なものかどうかの判断もだ」
「はい。こちらから見る限りでは数km四方に広がっています。火がついてから数時間は経っていると思います。
おそらくは戦闘に因るものでしょう。森のど真ん中でいきなり火災が発生するとは考えられませんし……」
「ああ、私もそう思う」
ユーゼスは再度思う。……やはりこの少年、血の巡りは悪くない。落ち着いていれば、という条件はあるが。
問題は良識という枷だ。ベガもカミーユも良識に囚われ、最適な選択をすることが出来ないタイプ。
ベガはまだマシな方ではある。多少のことならば割り切り、切り捨て、最低限のことは出来るだろう。
しかしカミーユはその未熟さも相まって、判断に難がある。手駒としては使いづらいことこの上無しだ。
だから再度試す。
「カミーユ、君はどう思う? 私たちは火事の原因を調査するべきだろうか?
戦闘が行われたということは、そこに人がいたということだ。
火災が発生したということは、それだけ戦闘が激しかったということだろうな。
私の目的は――」
そこまで言って、ユーゼスは自分の首輪を指さし、モニターの向こうにいるカミーユにその様を見せつける。
「分かっているだろう?」
……ここでまだ駄々をこねるようであれば、今後の動きに支障をきたす。
もしカミーユが首を横に振るのならそれまでだ。この少年に利用価値は無いと判断する。
「……僕は」
カミーユは唇を噛み、歯がゆそうな表情をしながらも言った。
「それが僕たちにとってプラスになるのなら……反対はしません」
(ほぉ……)
意外だった。数十分前と同様に、ただ意固地に反対をするものだと予想していたからだ。
「けれど、貴方の行動を肯定もしません。僕は自分の気持ちを全力で抑え、貴方の行動を全力で見逃すだけです」
「なら君の言葉の後半を全力で聞き逃すのも私だ。お互いに言いたいことはあるだろうが、今私たちはチームだ。
互いのためにならない言動は慎むべきだろう。君が協力してくれることをありがたく思うよ、私は」
時間も余裕があるわけではない、行くのならば早急に動こう――ユーゼスの促しに従い、三機は進路を北へ変更した。
火災の中心、そこに待っているものも知らずに。
◆
「ベガ、カミーユ、機体の状態には気をつけろ。一つの不備が命取りになる。こんな状況ではなおさらな」
三機は燃え盛る炎の中を進んでいる。各機とも高温の中でも短時間なら行動できる程度の耐熱処理はされている。が、それはあくまで短時間の話だ。
出来る限り手早くことをすませたい。それは三人の共通認識だった。
「そろそろ炎の中心に着くはずです、もし戦闘があったのならこの周辺で――」
あった。
炎の中に一機だけ倒れていた。通信を試みるが、機体からの返事はない。
更に近づき機体の状況を確認する。無惨な有様だった。各部が破壊され、その内の一つはコクピットブロックを穿っている。
「この状態じゃパイロットの生存は絶望的ね……」
「そうだな……マサキ・アンドーとも違うのだな、カミーユ?」
「ええ、機体がまるっきり違います。……ガンダムタイプか」
「ならば……」
ユーゼスの声に、カミーユは通信を切り、機体を上空へと移動させる。
その代わりにベガが機体――ガンダムレオパルドデストロイへと近づき、コクピットを取り外す作業に取りかかる。
「カミーユはだいぶ物分かりが良くなったようだが――君のおかげかね?」
「私はただ、あの子と向き合ってあげただけです。そう言われるほどのことはしていませんよ」
「謙遜することはない。君がカミーユにとって良き存在になってくれることを期待するぞ」
……その間に、私は先へ行かせてもらう、という言葉を呑み込み、ユーゼスはローズセラヴィーによって取り出されたコクピットブロックを注視する。
そしてメリクリウスのマニュピレータで慎重に外装を剥いでいった。
中にあったものは、潰れた肉だった。しかし純粋なミンチではない。
潰れていたのは腹から下の部分のみ。胸から上の部分は殆ど無傷で残っている。
(……ついているな)
上半身が無傷ということは首輪もまた完全な状態で残っているということだ。
首輪の無事を確認したユーゼスは、首輪を得るために無造作に死体を握り潰そうとした。
異変はその時起きた。
メリクリウスによって全身を潰される間際に、
(――死体が動くだと!?)
完全に生命を失っているはずの肉が腕だったものを動かした。
メリクリウスの握撃を妨げるようにだ。
もちろん機動兵器の握力には敵わずそのまま潰れはした。
だが――
(今のは何だったのだ?)
ユーゼスには首輪の他に疑問も残った。死体は全身を潰された後はピクリとも動かない。
当たり前だ、死体なのだから。なら先ほどの現象は?
ユーゼスの疑問に答えるものはない。
ただ、メリクリウスの手の中で、首輪があるだけだ。
この時ユーゼスが死体に気を取られていなければすぐに気づいただろう。
その首輪が自分たちのそれとは違うものになっているということを。
【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
パイロット状態:良好、目の前で起きた現象に疑問
機体状態:良好
現在位置:B-5
第一行動方針:サイバスターとの接触
第二行動方針:首輪の入手・解除
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
備考:アインストに関する情報を手に入れました
首輪を手に入れました(DG細胞感染済み)】
【ベガ 搭乗機体:月のローズセラヴィー(冥王計画ゼオライマー)
パイロット状態:良好(ユーゼスを信頼)
機体状態:良好
現在位置:B-5
第一行動方針:マサキの捜索
第二行動方針:首輪の解析
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出
備考:月の子は必要に迫られるまで使用しません
備考:アインストに関する情報を手に入れました】
【カミーユ・ビダン 搭乗機体:VF-22S・SボーゲルU(マクロス7)
パイロット状況:良好、マサキを心配
機体状況:良好、反応弾残弾なし
現在位置:B-5
第一行動方針:マサキの捜索
第二行動方針:味方を集める
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊
備考:ベガに対してはある程度心を開きかけています】
【初日 22:30】
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