120話  「Unlucky Color」   ◆7vhi1CrLM6



 時計の針はまだ十時をわずかに回ったばかりだというのに、眼下の街は不気味なほど静まりかえってた。
 『ゴーストタウン』、その言葉がぴたりと当てはまる静けさ。明り一つない街並み。
 人がいなければ、灯りをともす者もいない。その必要もない。

 ――まるで我々の置かれた状況そのものだな。

 人という生き物だけが奇妙にも明りを求め、必要とする。暗闇を嫌い、怖れる。
 サイバードを一度大きく旋回させ、周囲を見渡す。どこまでも続く無明の闇。
 何も見えはしない。

 ――今の我々は暗い闇の中に放り出された迷い子。
 右も左もわからず、ただ明りを求めてさ迷っている。だが――

 機首を右に切り、進路を南へと取った。
 南北に市街地を縦断する大きなストリート沿いに機体を走らせる。しばらく飛ばすとずっと遠くに小さい光が見えた。

 ――私は明りを見つけてみせた。例え小さくとも、美しく輝く一筋の光を。

 近づいていく。ビルの壁面の一部が崩れている。そこに一体の戦闘機が体の半分ほどを隠していた。
 光は隙間から漏れている。
 機体を変形させ、漏れた光を隠すように着陸させる。サイバスターから降りると、隙間からビルの内部へと潜り込んだ。
 内部は意外と広く、何よりも吹き抜けになっている為に天井が高かった。本来は百貨店か何かのロビーなのだろう。
 視線を動かしてみる。一番明るいところで、カウリングを外され、剥き出しとなったVF-1のエンジンルームが鈍い光を反射していた。
 その前に男が一人立っている。オイルに塗れた作業着を着込み、右腕にはラチェット・レンチを持っていた。
 声をかけようと近づいていく。既に気づいていたのか、先に向うの口が開いた。

「状況は?」
「周囲20kmに人はいないようだ。何も見つからなかったよ」

 答えながら右手のラチェット・レンチに視線を落とす。

「ああ、これか? 作業着と一緒に8階の売り場から貰って来た」
「それは盗ってきたというのではないかな?」
「買ってきたのさ。代金は出世払いでね」

 おどけてみせたアムロに対してふっと頬を緩める。これはまあ礼儀みたいなものだ。
「それで?」まじめな顔を作り直して続きを促す。

「エンジンは突貫作業でどうにかなるだろう。幸い工具も見つかったし、思ったほど痛んじゃいなかった。
 だけど、残弾が心もとないな。次の戦闘を乗り切るのに十分な量が不足している」
「それならば心配はいらない。私の地図にはB-1の補給ポイントが記されている」
「そうか……なぁ、ブンドル」
「ん?」
「君の考えはさっき聞いた。戦いに向かない者を助け、首輪を外し、あの化け物に叛旗を翻す。
 それ自体は俺の考えと食い違っちゃいない。だが、具体的にはどうするつもりだ?」
「そうだな。まずは殺しあうことを良しとしない者たちを集め、三四人程度の集団を複数形成する。
 それで好戦的な者から受ける被害は大分減るだろう」
「三四人程度に留める訳は?」
「肥大化した集団は身軽さを失う。
 それに互いが互いを把握できる人数であったほうがいい。内部崩壊を目論む者が動きにくくなる」
「なるほど。しかし、そこまでする余裕があるのか?
 この勝負、スピードが命だ。時間を置けば置くほど事態は悪化するぞ。最悪手詰まりになる可能性も低くはない」

 アムロの言ったことは重々承知している。だからこそ自分のみで全容を掴むことは既に諦めていた。
 全てが出来るとも思ってはいない。だが、最善は探求し続けるべきだろう。

「小集団を遊ばせておくつもりはない。情報収集を担当して貰おうかと思っている。
 具体的には首輪と技術者、設備、最初に実験台となった女性の知己である男、他あらゆることに関してだな」
「現状であの化け物に関する情報を持っているのは、おそらくあの男だけというわけか。
 それで君自身はどうする?」
「私は単機で行動し、集団を作って回る。だが、一先ずは君の護衛だな」

 せっかく見つけた技術者。現時点で最も優先しなければならないことは、その保護である。
 再び単機で動き出すのは、アムロを中心に小集団を作り上げてからの話であった。
 その言葉に目の前の男は苦笑いをこぼし、次の瞬間、西を向いて緊張の色を浮かべた。
「どうした?」いぶかしんで聞いてみる。

「近づいてくる。この感じ、あのギンガナムとかいう男か」
「あの品位に欠ける男か……確かか? いや、待て。君は何故それがわかる?」
「感じる。直感のようなものだ。根拠はなにもない。この感覚を人に上手く伝えることも難しい。
 だが、嘘は言っていない。だから、俺を信じてくれとしか言いようがない」

 互いの視線がぶつかり合う。決して反らさず、真っ直ぐ射抜くような視線。
 嘘をついている者のする目ではないな。それにここで嘘をつく意味もあまりない。

「間違いないのだな」
「この無邪気な敵意、奴に間違いない」
「いいだろう。君に賭けているこの身だ。信用しよう」

「助かる」溜息とともに言葉は吐き出された。

「サイバスターで出てくる」
「……すまない。僕も補給を済ませたらすぐに駆けつける」
「ふっ……期待はしておくよ。だが無理はするな」
「お互いにな」

 一瞬だけ頬を緩ませ、すぐに表情を引き締め直した。

「補給ポイントの情報は転送しておく」

 踵を返し、壁面の隙間をすり抜けて、路上に出る。室内の明りになれた目に、夜の闇は暗かった。
 その暗がりの中にサイバスターだけがぼんやりと白く浮かび上がっている。
 それを一度見上げ、一歩を踏み出した背中に声が飛んできた。

「死ぬなよ」
「このレオナルド=メディチ=ブンドル、ここで朽ち果てる気は毛頭ないさ」



 一体のバルキリーがビルの谷間を縫うように疾走する。

 ――時間がかかり過ぎだ。

 時刻は午後十一時を既に回っている。ブンドルが動いてから既に三十分以上が経過していた。
 エンジンの調整、それに時間をとられすぎた。
 いや、全工程を合わせて一時間程度で仕上げたことは称賛されてしかるべき速さだろう。
 だがしかし、遅すぎる。
 B-1に急行。補給を済ませて、ブンドルの応援へ。どう考えても一時間遅れではすまないだろう。
 一際大きな通りに沿って直進。三つ先の交差点を左折。直ぐに右折。
 徐々に速度と高度を上げていき、大きな高層ビルの脇を滑るようにして左に折れた。
 突如、視界が開ける。
 崩れたビル。ところ構わず散乱する瓦礫の山。
 何かが爆発した跡。

 ――戦場跡だな。

 眉を顰めるも、構うことなく上空を突っ切っていく。
 前方に遠いところにそれぞれ青と黄色の20m強の機動兵器。そしてさらに遠いところに赤い奴がもう一機。
 見覚えがある。あの時、遠距離から核を狙った奴だ。そいつだけが起動している。
 補給ポイントが近い――

 ――邪魔だ!!

 横目で残弾を確認。一戦を交える量はない。
 ファイター形態――戦闘機へと変形させて降下。ビルの谷間へ滑り込んでいく。
 風を切る音。急速に接近する地面。高度五。機首を持ち上げて機体を水平に保つ。
 すれ違う道路、ビル、車。
 轟音が聞こえた。降り注ぐガラスと瓦礫の雨。
 構うことはない。
 エンジンが爆発的に吹き上がり、すり抜ける。
 両側に迫るビルの壁面。その先に赤い機体――見えた!
 トリガーに指をかける。どんどん加速する。

 ―― 一瞬だ。一瞬に全てを叩き込んでみせる。

 真っ直ぐにビルの間を走り抜けていく。
 反応。敵機が向きを変える。だがもう――

「遅いっ!!」

 叫ぶ。引き金を引く。
 ガンポッドにマイクロミサイル。残弾の大多数を叩き込んだ瞬間に、操縦桿を倒して上昇。
 そして、離脱。上空で旋回に入った。
 爆発の中心。まだ煙が立ち込めるそこから三発のミサイルが姿を現す。

「ちぃっ!!」

 舌打ち一つ。同時に再加速。
 旋回軌道から抜け出し、再び街並みへ潜り込む。
 一発がビルの壁面で爆発。後二発。
 上昇。フルスロットル。加速しろ。もっと早く。
 後方を振り返る。さし迫る二基のミサイル。
 3・2・1。タイミングを計る。いまだ!!
 バトロイド形態――人型に変化。空気抵抗が急激に増し、速度が一気に殺がれる。
 体が前に大きく流され、ベルトが食い込んだ。
 飛びそうになる意識を堪える。
 二基のミサイルが両脇をすり抜けて、前方に躍り出た。
 ガンポットが火を吹き、ミサイルが爆発。
 周囲を見渡す。
 ミサイルがさらに数基。数を確認している暇はない。
 だが、予想通りだ。
 目まぐるしく舵を切り、回避。そのまま狙いを定め、一つずつ迎撃。
 最後の一基の結果を見ずにファイターへ移行。急降下。
 高度二十で中間形態――ガウォークへと姿を変えると、ビルの谷間へと姿を隠した。
 レーダーを確認。敵機の反応は消えてはいない。

「くそっ! 仕留め損なった!!」

 腹立たしげに吐き捨てる。
 初撃で片をつけるつもりだった。つけなければならなかった。それが出来なかった。
 残弾はもう空に等しい。
 だが逃げるという選択肢はなし。
 もう一度、レーダーに目を向ける。敵機に動きがないことを確認して、ハッチを開けて、ビルに飛び移った。
 屋上に上がる。肉眼で赤い機体を確認できた。
 ビルの谷間に隠れるように陣取りながらも、その特徴的な長い砲身を展開させている。
 おそらくはこちらが顔を出したその瞬間を狙っているのだろう。
 厚い装甲に、俊敏さに欠ける重い体。戦車の延長上のその姿からも、そういう気がした。



 ビルの谷間に潜む赤い機体――ラーズアングリフの中で、クルツはガナドゥールに通信を続けていた。
 H-1に向かうと言ったエイジのガナドゥールがここに横たわっている。
 そのことから返答がないおおよその理由は検討がついていた。だがそれでも通信を続ける。
 そうしなければならないほど、クルツの置かれた状況は切羽詰っていた。

「エイジ! エイジ!! 聞こえていたら返事をしろ……クソッ! 駄目か」

 補給ポイントを求めてやってきたここで突然、赤い小型機に襲われた。
 以前、こっちから攻撃を仕掛けた相手だ。
 その機体は、ビルの谷間を縫い、信じられない速さで接近してきた。こちらの施した防御策をものともせずに。
 舐めるように低空を飛んできたあの動き、今思い出してもゾッとする。
 ジャマーで相手の火力を半減できたのは幸いだった。それがなかったら、間違いなくお陀仏だった。
 無論、転んでもただで起き上がるクルツ君じゃねぇ。
 上空へ離脱した相手に向かって追撃をかけ、対応に追われて動きを止めた瞬間を見計らい、ありったけの有り金をつぎ込んだ。
 そこが大枚叩いた賭け所だったわけだが、これが見事に大負け。
 賭け金全部持ってかれちまって、財布の中にははした金が少々。
 これじゃ、可愛い娘ちゃんをお茶にも誘えやしねぇ。
 今は見栄えばかりは取り繕って、空のFソリッドカノンで牽制をかけちゃいるが、エイジ大先生にでも頼らないと、どうにもならないといった感じだ。
 もっともその望みもたった今潰えたばかりなのだが……。

「クソッ……あの馬鹿。俺の努力を無駄にしちまいやがって……」

 あいつを逃がすためにしてやったお膳立ても、あいつにかけた言葉も、全てが徒労に終わった。
 『一発殴り返す』それもまた夢に消えた。
 拳を握り締める。噛合った奥歯が音を立てる。脇腹が……鈍く痛んだ。
 しばしの静寂。そして――

「だああぁぁぁあああ!!! 悩むのは終わり! 止め!! 終了!!!
 こんな辛気臭いクルツ君、女だって向うから逃げちまう。
 まずはこの状況をどうにかする! 全てはそっからだ!!」

 今、奴は動く気配がねぇ。考えるなら今のうちだ。
 赤だ。赤が悪い。今日の俺は赤と徹底的に相性が悪い。
 赤鬼に始まり、赤マフラー、戦隊ヒーロー物のレッド、今対峙している小型機。
 挙句の果てには、乗ってる機体からはいてるパンツまで全部真っ赤だ。って、何考えてる。
 そういうことじゃねぇ。冷静に、落ち着いて考えろ、クルツ。
 弾は? まだ少しだけ残っている。シザースナイフだってある。この空の砲身だっていざとなれば、鈍器にくらいはなる。
 ほらみろ、まだまだ戦いようはあるじゃねぇか。今にギャフンと言わせてやる。
 だから――

「この赤い機体を捨てる。そこから始めるか……」



 時刻はやや前後して、アムロがクルツに接触する少し前、A-1地区では二つの機体が対峙していた。
 一人の男が怒声を上げている。

「アムロ=レイを何処へ隠した!!!」

 通信機を通じて流れ込んできた大音量のがなり声に眉を顰める。
 しかし、割とあっさりとブンドルに返答をよこした。

「ここから南東の方角。彼は中央の廃墟を目指した……とでも言っておこうか」
「それは本当なんだろうなぁ」
「無論、嘘だ」

 『単純な奴め』そう思いつつ、あっさりと言葉を翻す。
 ギンガナムの顔に皺が寄り、鬼のような表情に変わっていくのが見えた。

「貴様、小生を愚弄するつもりか!!」
「気に障ったのなら謝ろう。だが君のような者に、巧緻に長けた情報戦の機微を期待しても無駄なこと。
 だから、分かりやすく説明させてもらったまでだ。どうする? 私の吐く事全てが本当のこととは限らんぞ」
「知れたこと。貴様を捕らえて吐かせる!! それだけだ!!!」

 挑発するように頭を指先で指し、あからさまに不愉快な表情を浮かべてみせた。

「なるほど。見くびっていたよ。一応使える頭は残っていたようだな。
 だが、それは最も醜悪な答えだ。実に美しくない」
「ならばどうする?」
「そうだな……では、私は逃げるとしよう。君と話をするのは不愉快だ」
「逃すと思うか!! このギム=ギンガナムがなああぁぁぁぁああああああああああ!!!」

 ギンガナムがビームソードを抜き放ち、裂帛の気合と共に急加速で突撃してくる。
 それに応じるようにして西洋風の幅広の剣を抜き放ち、構える。
 赤味懸かった燐光の軌跡が夜空に浮かび上がる。高速で叩きつけられるビームソード。
 月光を反射して一瞬白銀に煌き、受け止める刃。
 両者の間で火花が散る。押し合い。そして、鬩ぎ合い。

「さあ! アムロ=レイの居所、吐いて貰うぞ!!」

 腹部に蹴りが入り込み、相手を遥かに上回る体格を誇るサイバスターが、弾き飛ばされた。
 体勢を立て直す間もなくギンガナムが襲い掛かる。それを剣を逸らして受け流す。
 剛剣と呼ぶに相応しい太刀筋。まともに受けていてはサイバスターの方がもたない。
 さらに二撃、三撃と受け流し、四撃目で懐に飛び込んだ。相手の出頭を抑えた相面。
 しかし、剣先で絡め取られ、弾かれる。そして、そのまま圧するような一撃が伸びてくる。
 それを半身になってかわし、ぱっと退いた。退き際に籠手を打つ早業。だが浅い。
 一拍置いて息をゆっくりと吐く。
 やはり一朝一夕にいく相手ではない。

「君は少し品性といったものを身に着けるべきだな」
「武門の家柄にお行儀の良い作法など不要。そのようなものはなぁ。
 人の顔色伺ってこそこそ生きていく奴だけが見につけていればいいんだよ」
「獣め。どうやら君と私は相容れぬ存在というわけだ」
「同感だ、レオナルド=メディチ=ブンドル」

 闇夜に蒼と赤、二つの燐光が浮かび上がり、二機は突撃する。
 大振りな、しかし、極めて俊敏な一撃が頭上から降ってくる。
 それに臆することなく踏み込み、擦れ違い様に抜き胴を放った。手ごたえが軽い。空を斬ったような頼りない感触が手元に残る。
 だが、それに構うことなくブンドルはスラスターを噴かせると、その場からの離脱を始めた。
 瞬く間に後方へとガンダムの姿が遠ざかったかに思えたその瞬間、一際大きな燐光が浮かび上がる。

「小生から逃げ切れると思うなよおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 耳を劈くような大音量。あまりの不快さに、思わず通信機を切った。
 大きく溜息を吐き、ホッと一息をつく。獲物は針にかかった。後はどこまで引っ張れるかが勝負だった。



 瓦礫に埋もれた街並み。その廃墟の路地裏を青年は駆けていた。走りながらも、横目で敵機を確認する。
 赤い小型機がビルの隙間から姿を現したり、隠れたりしていた。動く気配は今のところない。

「いいか。頼むから、そこから動くんじゃねぇぞ」

 戦況が膠着状態を見せている今しかチャンスはない。再び戦況が動き出せば、生身で路地を走り回っている自分など一瞬でおしゃかである。
 いいとこ瓦礫の下に身を隠し、潰されないように祈っているのが精々であろう。
 だから、クルツは全速力で駆けている。折れ曲がった鉄筋を潜り、巨大なコンクリートの塊を飛び越え、必死で駆けているのだ。
 路地を右に曲がる。ゴミ箱を足に引っ掛けて、盛大に中身が撒き散らされた。だが、気にも止めない。
 このまま真っ直ぐ。
 路地の奥。見えた。
 あと少し。駆け込む。
 目的地に到着したとき、シャツは汗でぐっしょりと濡れ、息は切れ切れだった。
 だが、休んでいる暇はない。
 振り返る。赤い小型機はまだ動いてはいない。

 ――良し! 良い子だ。

 目の前の黄色い機体に這い上がる。コックピットに飛び降り、ハッチを閉めた。
 一瞬、脳内に様々なイメージが湧き上がり、体を奮わせた。

「クッ! 今のは……操縦方法? こいつのか!!」

 疑問を持つよりも先に起動させる。全ては後回しだ。
 周囲覆うパネルに次々と外部の映像が映し出されていく。赤い小型機はまだ動かない。

「いいぞ、気づくなよ」

 ストレーガの射撃武器は二つ。中距離武装のライトニングショットと中遠距離武装のエレクトリックキューブ。
 ここでクルツはエレクトリックキューブを選択した。
 ストレーガの両手の間に雷が迸る。やがてそれは形を変え、キューブ状の物体に固化した。
 準備は整った。相手はまだこちらに気づかない。

「エイジ、お前の置き土産使わせてもらうぜ!!」

 一度深呼吸。心を落ち着かせる。
 さあ、第二ラウンドの始まりだ。
 跳ね起き、牽制のライトニングショット。逃げ場を奪う。
 そして、ワンテンポ遅れてエレクトリックキューブを撃ち出した。
 キューブはゆっくりと赤い小型機に吸い込まれていき、中央で爆発。稲光を撒き散らしながら溜め込まれた稲妻が放出される。

 ――無茶をするのは一度きりだ。ここに賭ける。

 乗り込んだ時点で理解していた。
 ストレーガの本質は格闘戦。自分には合わない。
 だからここで確実に止めを刺す。そのためには、苦手だろうがなんだろうが拳を叩き込む必要があった。
 キューブが消滅するタイミングで突撃。
 黒焦げになった敵機を左腕で掴み、コックピットに右拳を叩き込む。
 装甲を突き破ったその先で放電。爆発が起こり、赤い小型機は四散した。

「ああ〜、やっとこさ終わった。
 んじゃ、ま、早いとこラーズアングリフの補給を始めて、休憩っと行きますかね」

 踵を返して、ラーズアングリフに近づき、乗り移る。自分向きでないストレーガに乗り続けるつもりはなかった。
 補給ポイントに向けて一歩踏み出した瞬間、目の前のストレーガが吹っ飛んだ。
 二条の蒼白い閃光。
 訳が分からない。
 振り返る。青い機体――ガナドゥールの姿見えた。
 訳が分からない。
 全速で後退。今のラーズアングリフに交戦する能力はない。
 おそらく応戦しないことで、こけおどしのFソリッドカノンも見抜かれただろう。
 でも、こいつは一体なんだ? 何処から現れた?
 距離が詰まる。ガナドゥールの肩口から何かが射出されるのが見えた。
 小型の機械が無秩序な軌道を描きながら接近してくる。
 ビルを盾にしてそれを避ける。

 ――分かった。こいつはあいつだ。

 さらに距離が詰まる。赤銅色の厚いビームの刃をその手にそいつは迫って来る。

 ――こいつ、俺と同じことを考えていやがった。

 小型の機械に足場を崩され仰向けに倒れこむ。
 理解したところでもう遅い。死の時は眼前まで迫っていた。
 足元まで迫ってきたガナドゥールが、仁王立ちでこちらを見下している。
 妙に冷めた気持ちになっている自分がいることに気づいた。
 冷静に自分の死を観察している自分がいる。

「早くやれよ。打つ手なし……お前の勝ちだ……」

 言葉が通じたのか、ガナドゥールが刃を大きく振りかぶる。
 心が落ち着いている。視野が広い。
 ラーズアングリフの背中に潰されている瓦礫の形、大きさ。ガナドゥールの向うに見える大きな月。
 そこに影を落としている一つの機体。みんな見える。
 そうあの機体のシルエットは――
 振り下ろされる刃。それを轟音と共に弾いた。
 ガナドゥールを蹴飛ばし、起き上がり、そして、空に通信を繋げる。
 そうあの機体のシルエットは――

「来るな!! 逃げろ、ラキ!!!」

 体当たり。受け流され、前のめりに倒れこむ。
 起き上がろうとした瞬間、二本の角を生やした拳が降ってくるのが見えた。
 ああ、ここで俺は本当に死ぬんだな――そう思った。



 拳が『轟』と唸りをあげて地面に叩き込まれた。
 それは岩盤を砕き、砂柱を現出させたが、肝心なものの姿はそこにはなかった。
 いびつな音を立てて、間に何か別の機体が割り込んできた気がした。
 アイビスの乗っていたブレンに似ていた気がする。だが、あまりに一瞬のことで確信はなかった。
 大きく息を吐く。
 気持ちを切り替えるとコックピットの後部を振り返った。
 一人の青年がそこに横たわっている。
 動く気配はない。動くはずもない。
 おそらくは破片が跳ねたのだろう。後頭部に穴が開いている。
 そこから脳漿と血液の入り混じったピンクの液体が流れ出していた。



【アムロ・レイ 搭乗機体:ガナドゥール (スーパーロボット大戦D)
 パイロット状況:疲労、喪失感
 機体状況:頭部全壊、全体に多大な損傷
 現在位置:B-1
 第一行動方針:ブンドルの応援
 第二行動方針:アイビスの捜索
 第三行動方針:首輪の確保
 第四行動方針:協力者の探索
 第五行動方針:首輪解除のための施設、道具の発見
 最終行動方針:ゲームからの脱出
 備考:ボールペン(赤、黒)を上着の胸ポケットに挿している
     シャアの死亡を悟っています】


【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
 パイロット状態:良好、主催者に対する怒り
 機体状態:サイバスター状態、ダメージ微少
 現在位置:B-2西部
 第一行動方針:ギンガナムを見当違いの方向に連れて行く
 第二行動方針:アムロと合流
 第三行動方針:A-1周辺の参加者を捜し、保護する(特に技術者を)
 第四行動方針:基地の確保のち首輪の解除
 最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
 備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】


【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状態:テンション最高潮(気力150)
 機体状態:右腕肘から先消失、胸部装甲にヒビ、全身に軽度の損傷
 現在位置:B-2西部
 第一行動方針:ブンドルを捕まえてアムロの居場所を吐かせる
 第二行動方針:倒すに値する武人を探す
 第三行動方針:アムロ・レイ、アイビス=ブレンを探し出して再戦する
 最終行動方針:ゲームに優勝
 備考:ジョシュアの名前をアイビス=ブレンだと思い込んでいる】



 キャノピーを開けるとクルツはラーズアングリフから飛び降りた。
 何をどうやったのか、そこは周囲一面の砂地で、市街地は見る影もない。
 正面に鎮座している機体を見上げる。
 ラキのブレンに非常に似ていた。似ていたが、良く見ると違うことが分かった。
 おそらくは同系の機体なのだろう。
 エイジはラキの機体ごといなくなったとき、跳んだと表現していた。
 たぶん、俺が助けられたこれがそうなのだろう。
 あれこれ考えているうちに、コックピットから少女が降りてくるのが見えた。
 赤毛のショートカット、胸はないがスレンダーな体形で、美人に分類されてもいいレベルだろう。

「助かった。礼を言う。クルツ=ウェーバー軍曹だ。よろしく」

 にっこりと笑って右手を差し出す。
 次の瞬間、差し出した右手は音を立てて弾かれた。
「なっ!」驚く間もなく、胸倉を掴まれ機体の装甲に背中を打ち付けられる。
 肺が潰れて息が一瞬止まり、蛙の潰れたような声が出た。そして、咳き込む。
 文句を言おうとして、言葉を呑み込んだ。
 今にも噛み付きそうな、餓えた狂犬のような顔をした女がそこにはいた。
 歯を剥き出しにして、肩を怒らせ、鋭い目線で睨みつけている。鬼のような顔というのは、きっとこういうのを言うのだろう。
 この行動は、クルツがVF-1を撃墜する場面を見られていたことに起因しているのだが、そのことに気づくはずもない。
 鬼の形相のまま彼女は言う。低く、ドスの利いた声で。

「別にあんたを助けたわけじゃない。あんたにはラキについて知っていること全部話してもらう」



【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状況:疲労
 機体状況:左腕消失、胸部損傷、リニアミサイルランチャー残弾わずか
      マトリクスミサイル・ファランクスミサイル・Fソリッドカノン残弾0
 現在位置:B-2
 第一行動方針:状況把握
 第二行動方針:補給を行う
 第三行動方針:ラキの探索
 第四行動方針:ゲームをぶち壊す
 第五行動方針:駄目なら皆殺し
 最終行動方針:ゲームから脱出】


【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:憔悴、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)
 機体状況:ソードエクステンション装備。機体は表面に微細な傷。
       バイタルジャンプによってEN1/2減少。これ以上の長距離ジャンプは不可。
 現在位置:B-2
 第一行動方針:クルツからラキのことを聞き出す
 第二行動方針:ラキを探し、ジョシュアのことを伝える
 第三行動方針:寝るのが怖い
 最終行動方針:どうしよう・・・・・・
 備考1:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません。
 備考2:アムロはクルツに殺されたと勘違いしてます】

【初日23:40】


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