122話 「・――言葉には力を与える能がある」 ◆C0vluWr0so
まず一筋の光があった。
一瞬の間にそれは広がり、極太の光砲となる。
それはJアークに備え付けられた主砲、反中間子砲の光だ。
しかし対象の装甲を原子レベルで分解するはずの三重連太陽系の超科学は、勇気の花言葉を冠する機動戦艦の重力壁に止められる。
白と赤とに彩られた戦艦、ナデシコ。幾多の戦場を越え、人と人との争いを止めた艦。
ナデシコは、その名に恥じぬ勇猛の中に反撃の意志を示し、進む。
数十条に及ぶミサイルの雨がナデシコから放たれる。
一つ一つが並の機動兵器を破壊するのに十分。爆炎の煙をたなびかせJアークへと直進する。
対し、Jアークは動かない。
弾頭が迫る。破壊の爆発を秘めた鉄塊だ。
しかしJアークは動かない。
ミサイルの軌道は幾重にも交差し、接近する。その軌道の数は無限にも思える。
だが、決して無限ではない。それは有限だ。
そして有限であるということが意味するのは――
「トモロ、軌道チェックは終了! 軌道予測計算の時間は――」
『一瞬だ』
その予測も可能だということだ。
Jアークのモニターに、ミサイルの軌道を表す曲線が映し出される。
キラとトモロは回避行動も反撃もせず、ミサイルの軌道把握と軌道予測に全力を注いでいたのだ。
即座に演算結果を武装に反映させていく。
「キラ、急いで! 時間がないわ!」
「分かってるソシエ! ……対空レーザー砲、発射!」
Jアークから放たれた光線は数十条。その一つ一つはミサイルに対応していた。
光が走る。破砕の光だ。
ミサイルが砕けていく。穿つ光は正確に弾頭の真心を貫いていく。
光が鉄を砕ききる。
場は静寂に帰った。
「……ソシエ、ムサシたちと通信は?」
「駄目。ムサシだけじゃない、テニアも、マサキも……」
「なら……」
再び戦場に音が響く。
『キラ、残存火力が40%を切った。長期戦になれば押し切られるぞ』
トモロの声と爆縮の音が同時に鳴っていく。
ナデシコから放たれたのは触れるものを全てを消し去る重力の波、グラビティブラスト。
だが、ビルの街を呑み込み、それでも衰えることなく迸る破壊の閃流に対抗できる武装が、Jアークには存在する。
「僕は三人が帰ってくるまで……この艦を守ってみせる!」
Jアークの艦首に存在する錨。ジュエルジェネレイターから抽出されたエネルギーがそこに注がれる。
そして姿を変えてゆく。不死の象徴――火の鳥、フェニックスへと。
JクォースはJアークに備えられた武装の中でも一際強力なもの。
破壊力、貫通力、射程。その全てに優れ、身に纏う炎はバリアにも攻撃にも利用可能である。
だが今は、変幻自在の軌道は必要としない。ただ一直線に突き進むのみだ。
火の鳥は往き、重力の波へと突撃した。
翼を呑み込む荒波を、しかし天空の風の如く捉え、Jクォースは進む。
炎は重力に掻き消される。だが同時に重力も相殺されていく。
不死鳥が波を越えるのと波がJアークを呑むのには、一瞬の乖離も無かった。
Jアーク艦内に衝撃が走る。
「きゃあああああああ!」
Jクォースにより相殺されたとはいえ、グラビティブラストの破壊力は並々でない。
たとえJアークであっても、無傷ではすまない。しかし、大破もしない。
そしてモニターには、Jクォースの攻撃を受けているナデシコの姿が映っている。
「トモロ、ジェネレイティングアーマーを全開! ここを耐えれば……いけるはずだ!」
『了解だ。一時的に艦の全エネルギーをジェネレイティングアーマーに回す』
Jアークの装甲が重力波によって削られていく。だがキラは後退しない。
なぜなら――
仲間のために自分を懸ける、それがキラの勇気だからだ。
◆
月が照らす街並みは、既に残骸と化している。
地上に這い出たテニアは、目前の光景に唖然としていた。
無理もないだろう。ほんの数十分前までは多少の損傷はあれど街の姿を保っていた。
だが今現在そこに在るのは、高くそびえるビルでもなく、雑多な商店街でもなく、閑静な住宅街でもなく、瓦礫のみなのだから。
彼女は崩壊の直前、いやその最中まで戦闘をしていた赤と黒の機体を探す。
しかしどこにも姿は見えない。おそらくはこの瓦礫の底に埋まっているのだろう。
代わりに目に入ったのは、混乱のきっかけとなった黒いガンダムと、見知らぬ二つの機体の戦闘だった。
三機と自機との距離は数百メートル、といったところだろうか。おそらく三機とも、まだこちらに気づいていない。
不意を打つには絶好の機会だ。だが――
(それじゃ、ダメだ)
更に遠方、Jアークが戦闘を行っている。相手はこれまた見知らぬ、だが巨大な戦艦だった。
そして遠目に見る限り、Jアークは決して優勢ではない。
左舷が焦げ、各所にも少なからず損傷が見える。
ここから劣勢をはねのけ、自分とJアークがあの戦艦に勝ったとしても、確実に今後の戦闘には支障がでるはずだ。
(考えるんだ。勝つためには……生き残るためには何をすればいいのか)
いつの間にか、ダイはその身を無惨に晒している。
あれだけの巨体が簡単に墜ちる。ここは、そんな戦場なんだ。
気を抜けば、何時死ぬか分からない。
でも、その混乱を利用すると決めたのは自分だ。
けれど、アタシは生き残るための良策を何も思いつけない。
あるのは奇策。しかもとても脆い、危険な策だ。
(それでも……やるしか、ないよね)
絶対に、生き残る――そう決めた少女は、歩を一つ進める。
ごくり、と唾を飲み込んだら、鉄の匂いに自分の口の中が切れていたのに気づいた。
血の臭いに記憶を揺さぶられ、カティアの最期が脳裏に浮かんでくる。
頭の潰れた、トマトみたいな姿のカティア。
アタシは厭。あんな姿になるなんて。
「……やる。やってやる。アタシは、生き残るんだ」
はっきりと口に出すことで、思いは強くなる。
メルアも死んだ。カティアも死んだ。フューリーも死んだ。
でもアタシは死なない。絶対に、だ。
鉄の匂いは消えない。血臭が鼻まで抜けて、気分が悪くなってくる。
「生き残るんだ……生き残るんだ……生き残るんだ……!」
言葉の力は凄いな、とテニアは思った。
思いをはっきりとした形にして、自分にも、他の誰かにも伝えることが出来る。
会えたら伝えよう。統夜に。死んでくれって。
通信機のパネルを弄る。
言葉の力は凄いな、とテニアは思う。
「……ムサシ、大丈夫!? アタシだよ、テニアだよ!」
思ってもいないことでも、伝えられるから。
◆
背中に響く痛みが、武蔵を微睡みから目覚めさせる。
鈍い痛みの原因は、ダイによる無差別攻撃だ。ガンダムは巨体の起こした地震に呑まれ、武蔵ごと瓦礫の下で倒れていた。
目を開けた武蔵の視界に入ったのは瓦礫だけを映すモニター。未だ醒めない頭をぶんぶんと振り、無理矢理覚醒させる。
そして自分の状況を把握するまでにきっかり十秒。
「そうだ、おいらは……!」
ガンダムのマニュピレータを稼働させ、機体を覆う瓦礫を払っていく。
サブカメラ上の岩が除けられた時、モニターに映ったのは無惨の二文字で表現される光景だった。
ガンダムが落ちたのは地下道か何かだったのだろうか。既に地盤は広域に渡って沈下しており、元々の地形を推測することさえ難しい。
基礎となる地盤を失った建築物。形を留めているものは皆無だった。全ては石とアスファルトの切片と化している。
バーニアを噴かし、ガンダムは地上へと飛ぶ。
地上に見える光景も地下から見たそれと大差なく、街の被害は甚大だ。
「……! ダイはどこだ!?」
こんなことが出来るのは、無敵戦艦ダイの巨体しかない。
そう見当をつけた武蔵は無敵戦艦ダイの姿を目で追った。
だが、武蔵の目に入ったのは、廃墟と化した街と同様に無惨な姿を晒しているダイの残骸だった。
頭も足も腹も、欠損が酷い。あれではまともに動かないだろうと武蔵は思い、ダイを討つことができた、という事実に安堵の息を吐く。
だが、その安堵は長く続かない。キラたちと通信を取ろうと振り返った武蔵の目に映ったのは、攻撃を仕掛けてきた黒いガンダムと見知らぬ二機の戦闘。
遠くにはJアークと交戦している戦艦の姿も確認できる。
――戦いは、未だ終わっていない。
そのことに気づいた武蔵は、通信機に手を伸ばす。
「キラ! こちら武蔵だ! そっちの状況はどうなってるんだ?」
『……武蔵さんですか!? 無事だったんですね!』
通信機を通して聞こえてくるキラの声に余裕は無い。
そこからJアークの戦況を推し量った武蔵は、
「ダイはもう倒した! おいら達もやられる前に逃げるぞ!
テニアとマサキはおいらが捜す。キラたちはそいつをなんとかしてくれ!」
『了解です。武蔵さんが二人と合流次第、僕たちもそちらへ向かいます!』
『キラ、敵の攻撃の第二波が来たわ!』
『武蔵さん。――必ず、生きて帰りましょう』
通信の最後、ソシエの叫びにも似た声が聞こえた。
やはりキラたちの戦況は思わしくないようだ。
両の手のひらで頬を打ち、気合いを入れ直す。
――急げ、時間がないんだ!
すぐにでも二人と合流しなければいけない。
まずはマサキとの通信を試みる。だが――
「繋がらねぇ……! 出てくれよマサキ……!」
何度も何度もコールを続ける。しかしマサキの乗るアルトアイゼンからの応答はない。
マサキもまた、この地震に巻き込まれ、瓦礫の下敷きとなっているのだろうか?
アルトアイゼンの状態はお世辞にも万全とは言い難い状態だった。脱出も困難な状況にあるのかもしれない。
そう思った武蔵に、別の機体から通信が入る。
『……ムサシ、大丈夫!? アタシだよ、テニアだよ!』
それはもう一人の仲間、テニアからの通信だった。
その声が聞けたことに、単純に安心を覚える。
「テニア、無事なのか?」
『アタシは大丈夫。それより、ダイは……』
「大丈夫だ。ダイはもう動きはしないさ。……それよりマサキはどうなってるか分からないか?」
『ゴメン、アタシにも分かんない。でも、きっとこの近くにいるはずだよ!
あの三機をどうにかしてでも助けないと……!』
「……ああ、そうだな。みんなで……生きて帰るんだ!
テニア、まずはおいらがあいつらの戦闘に乱入する。テニアは後から援護に入ってくれ。
上手くいけばそれで逃げてくれるだろうし、悪くても三つ巴……分は悪いかもしれねぇけど、やるぞ!」
テニアからの了解の声を聞き、最後にもう一度だけマサキに通信を入れる。
やはり、応答は無かった。レーダーにも反応は無いままだ。
操縦桿を握る手に力が入る。正直に言って……怖い。
ここから見える戦闘でも分かる。あの三機の戦闘は、かなり高レベルな攻防だ。
パイロットの技量だけの問題ではなく、単純な機体スペックでもかなり劣っているだろう。
それに加え、ガンダムはさっきの地盤崩壊の際に少なからずダメージを受けている。
このままではあの三機とまともに渡り合うのは難しい。
「だけど、それでもキラは言った。みんなで生きて帰ろうってな……」
――なら、ここでおいらが踏ん張らなくてどうするんだ!
自身に活を入れ、深く息を吐く。
一瞬後、ガンダムは一気にバーニアをフル稼働。駆けていく。
手に持つのは鉄球。ビームやレーザーなどの科学の結晶とはかけ離れた、酷く原始的な鉄の塊だ。
だが、
――性に合ってるんだ、こういうのの方がな!
目指すのは黒と赤のガンダム。鎖を振り上げ、振り下ろす。
突然の右方向からの打撃に、咄嗟に相手は右足で地を蹴り、攻撃の逆――左方向へと飛ぶ。
攻撃と移動の力のベクトルは同じだ。衝撃は受け流される。
だが攻撃が外れたことに気を落としている暇はない。
ガンダムの姿勢を立て直し、後方の二機の攻撃に備える。
敵の敵は、必ずしも味方ではない。今確実に味方だと言えるのはJアーク、ベルゲルミル、アルトアイゼンの三機だけ。
それ以外の相手に対しては、一瞬の油断も許されないのだ。
汗と震えが身体を襲う。それに打ち勝つために、武蔵は雄叫びを上げる。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
◆
黒が跳ぶ。しかし真黒ではない黒だ。血にも似た赤が、黒に彩りを添えている。
跳んだ先には白い機動兵器、ヴァイクランがある。
だが猪突はしない。まずは牽制のダークネスショットを放ち、相手の体勢を崩す。
二発の光球が、同時にヴァイクランに向かった。更にタイミングをずらし一発。
もし相手が先に撃った二発を回避しようと、後発のダークネスショットが息つく暇を与えない。そのはずだった。
しかし、ヴァイクランは悠然と宙に浮かび、回避の素振りも見せない。
その余裕の理由は、ダークネスショットが炸裂する寸前に分かった。
「バリアだと? ラムダ・ドライバ……とは少し違うようだけどな」
白の機体を包むように現れた壁。それがダークネスショットを掻き消した。
ガウルンの知る、物理法則を超えた力――ラムダ・ドライバ。
精神の力をエネルギーに、というコンセプトはこのマスターガンダムに通じるところがあるかもしれない。
だが、マスターガンダムに備えられたシステムがあくまで機体のポテンシャルを高める、いわば補助にすぎないのに対し、ラムダ・ドライバのそれは、システムそのものが力を生む。
産み出された力を弾丸に纏わせれば、その破壊力は倍増し、防御のイメージを盾として展開すれば、理論上は核さえ防げるという代物だ。
相手の機体が展開した力は、ラムダ・ドライバのバリアに相似している。
展開の形・規模など、細部に異なる部分はあるが、基本の部分はそう変わらない可能性も高い。
つまり、あのバリアも核クラスの攻撃――ともすればそれ以上の破壊さえも耐えるかもしれない、ということだ。
「ククク……面白くなってきやがったぜ!」
ガウルンは、愉快に、まるでお気に入りの玩具で遊ぶ子供のように笑っている。
……しみったれた攻撃が届かねぇってんなら――直接ぶん殴ってやるさ!
未だ跳躍の途中だったマスターガンダムは、強引に軌道を変え、地上に降りる。
着地の衝撃で道路の舗装が砕け、宙に舞う。
踊る破片の一つを掴み、投擲。
投げられた石片は何の変哲もないただの石だ。
だが、だからこそ意味がある。力が無いということが意味を生む。
この程度の攻撃、無駄なエネルギーを消費するまでもない、とヴァイクランは石を造作もなく避ける。
しかし、その回避という行動がタイムロスという名の致命を導く。
機体を動かし、目を離したのは一瞬。
もしヴァイクランが念動フィールドを展開し、マスターガンダムと相対したままなら生まれなかっただろう一瞬の隙。
その一瞬の間に、マスターガンダムはヴァイクランのメインカメラの視界から消えた。
相手の知覚の外から放たれたダークネスショットは、今度こそヴァイクランの装甲に炸裂する。
敵機がよろめいたことを確認。ガウルンは追撃する。
両足に力を込め、同時に地を踏み抜く。二つの脚から発生する二つの力は、両足を同時に踏み抜くことで一つの大きな力になる。
加速する。
二機の距離は縮まっていく。
ヴァイクランが、再動し、ガウルンを捉え、反撃か回避か防御かの選択という三つの工程を必要とするのに対し。
「……遅いねぇ。このまま突っ込ませてもらうぜ」
マスターガンダムは、接近し、攻撃する、という二つの工程でその意図を果たす。
覆せない一工程の差は、絶対的だ。
――あくまで、この二機に限定すれば、の話だが。
月影に照らされ走る黒のガンダム。闇の中、保護色になっているその黒を月は煌々と照らしている。
敵機までの距離は残すところ100メートル強。その程度、秒の単位でこと足りる。
そこまで進んだとき、マスターガンダムの姿が闇に紛れた。
ガウルンが何かをしたわけではない。
ガウルンの上空に、それは現れたのだ。そして、ガウルンを照らす月の光を遮ったのだ。
直後、市街地に熱が走る。攻撃の意味を持った熱だ。
しかし、灼かれるのはマスターガンダムだけ。同様に攻撃範囲に入っているヴァイクランには何の影響も無い。
マスターガンダムの上空に浮かぶ赤の異形はディバリウム。
対象を識別し、かつ広範囲の攻撃が可能なディバリウムにとっては必要な工程は一つ。
ただ攻撃を放つ、それだけだ。
同士討ちの危険性が無い攻撃。そしてそれが持つ充分な攻撃範囲は、多少のずれを無視しマスターガンダムを灼いてくれる。
ディバリウムの攻撃は、マスターガンダムとヴァイクランの間に存在した絶対的な一工程の差を埋める。
マスターガンダムが減速した。即座に再加速を試みる。が、生まれたタイムロスは一瞬だが確実。
ガウルンがヴァイクランに到達する前に、ガン・スレイブがマスターガンダムを狙っていた。
ガン・スレイブの数は四。
同時に攻撃してきた最初の二基は問題ない。左右の高速フェイントがガン・スレイブを惑わし、最高速度までの加速が惑う二基を一気に抜き去る。
次の一つは装甲を掠めた。左肩が持っていかれる。しかし腕は健在。これも十分許容範囲だ。
三基目を抜いたとき、ようやくヴァイクランが手に届く距離に来る。
狙うのは胸。ビームナイフの一突きで、相手の機能を停止させるのが目的だ。
ヴァイクランが念動フィールドを展開するが、この距離なら問題はない。
バリアを突き破り、内側へ。右腕を後ろに引き、右手に握られたビームナイフを起動させる。
光の刃が展開するのと同時に、まっすぐ相手の胸へ向かって突きの一閃。
刃の切っ先が装甲に触る。更に奥まで押し込もうとするが、
「チッ! 素人相手じゃあるまいし、まっすぐ胸ってのが甘かったか」
マスターガンダムの右腕をヴァイクランの左腕が掴み、それ以上の刃の進行を止めている。
次にガウルンが感じたのは殺気。
……上かッ!
ガン・スレイブ最後の一つが直上からガウルンを狙っている。
直撃。頭部が大きく歪む。
ヴァイクランはマスターガンダムを投げつけ、地面へと叩きつけた。
「……ッ!」
たまらねぇ、とガウルンは思う。
相手は強い。単純なタイマンなら、そうそう引けを取るつもりはない。
マスターガンダムと自分との相性は悪くなく、接近戦に持ち込めばたいていの相手には負けない自信もある。
だが、相手は二機だ。それも、かなりのコンビネーションを見せてくれる。
だから、
「……たまらねぇ。このまま――美味しく頂きたいねぇ」
ゆらり、とマスターガンダムは立ち上がった。
血がだんだんと熱を帯びてくるのが分かる。そのくせ、頭の中はやけにクリアーだ。
……ああ、アイツは――アキトはどうしたかな?
アイツの矛盾原因を踏み潰して……それからどうなったのかよく分からない。
何か叫んでいるようだった。それから、消えた。
一瞬で消えちまったんだ。ククク……面白いじゃねぇか。
全くもって楽しすぎる。ここにいる奴らはよ!
なーに、アキトだって死んじゃいないさ。ここで死ぬような奴じゃない。ここで死ぬような面構えもしちゃいねぇ。
――だから今は、この時間を精一杯楽しもうぜ、ガウルンよぉ!
その時、ガウルンは視界の端で何かが動くのを見た。
意識をそこに向けたとき、飛んできたのは鉄球。
完全な回避は間に合わないと判断する。出来るのは逆方向に跳び、衝撃を受け流すことだ。
右足に力を込め、左方向へ跳躍。鉄球は胴に当たるが、ダメージは殆ど無い。
攻撃してきたのは誰だ? 視線を向ける。そこにいたのは白い機体。
思わぬゲストの乱入に、ガウルンは舌なめずりを我慢できない。
……あのアンテナ、カメラアイ……アイツも、『ガンダム』なのかい? 楽しいねぇ、実に楽しい。
そんなガウルンに更に通信が入る。
『ねぇ、アンタ……勝ち残りを狙ってるの?』
モニターに映っているのは赤毛の少女だった。
まだ幼さが残る顔立ちの中に、ガウルンは自分に少し似た、何かを感じる。
ぶしつけに言葉をぶつけてくる少女に純粋な好奇心を持ちながら、返事。
「お前、誰だ? ……まぁ、結果的にはそうなっちまうかもな。俺はただ、楽しめればそれでいいんだがよ、帰って会いたい相手がいるもんでなぁ」
邪悪な笑みを隠そうともせずに、ガウルンは少女の質問に答える。
今の答えに嘘はない。楽しめればそれで良いと、ガウルンの中の戦闘狂は考える。
それと同時に、ガウルンはカシムに会いたいと思っている。
そしてそれらは矛盾しない。『殺し』を楽しみ、生き残り、帰り、『カシム』に会う。
全くもって無駄がない。殊にこの世は上手く出来ている――そう考えている。
だから少女が次に言った言葉にガウルンは興味を持った。
『なら、アタシがもっと楽しくしてあげる、……って言ったらどうする?』
◆
目の前の黒い機体はあの戦艦に与する者の攻撃を受けた。
その事実についてシャギア・フロストは思考する。
……つまり状況は、単純ではないということか。
今までは恐竜型戦艦を中心としたグループが、ジョナサンとか言った男の戦艦及びその一味に襲われたという認識だった。
つまり一集団と一集団の総力戦、ということだ。
だが、眼前の黒いガンダムタイプ――これは異質の存在だ。どの集団にも属さずに、乱戦の中を駆けている。
ダイを中心としたグループは、既に壊滅状態だ。戦いの軸は、あの戦艦とナデシコのそれに変わっている。
この状況を作り出したのが黒いガンダムなのだとすれば――
「オルバ、油断するなよ。この戦場――私たちが思っていた以上に複雑だぞ」
『分かってるよ、兄さん。……それで、あの白いガンダムはどうするんだい?』
オルバの言葉に、シャギアは奇襲を仕掛けてきたガンダムに目を向ける。
昼に戦ったときとは違うガンダムだ。だが、あの戦艦と行動を共にしていることと、戦闘行為を仕掛けてくる好戦的な点は変わらない。
ならば対応は一つ。
「あれもまた私たちの敵だ。黒いガンダム共々落とすぞ」
『分かったよ、兄さん』
シャギアがヴァイクランでフォワード、オルバがディバリウムの広範囲識別兵器でバックアップ。
この基本フォーメーションを崩さずに二機を同時に相手にする。
上手くいけば、ガンダム同士で潰し合ってくれる――そこまで確認したとき、ヴァイクランとディバリウム、二機の通信用モニターが同時に作動した。
「通信だと? 一体どこの誰が――」
モニターに映っているのは赤毛の少女だった。
目を赤く腫らし、潤ませている少女は、開口一番こう叫んだ。
『――助けて!』
と。
◆
戦場には四機が入り乱れていた。
ガウルンが駆るマスターガンダム。
武蔵が動かすガンダム。
シャギアが操るヴァイクラン。
オルバが乗るディバリウム。
若干の性能差は存在するが、それは戦闘の決め手にはならない。
多少の優勢は、残りの機体がすぐに覆す。
もしこの中の一機でも墜ちれば、戦局は大きく変わる。
それが分かっているからこその均衡だ。
ヴァイクランの放つガン・スレイブがガンダムを襲う。
飛ぶのは二基。一つは不規則な弾道で武蔵の目をくらまし、もう一つが死角から装甲を削っていく。
闇雲にハンマーを振り回すが、ガン・スレイブにはかすりもしない。ガンダムのシールドは既にボロボロだ。
だが、ガン・スレイブの動きが鈍る。その原因はヴァイクラン本体を襲ったマスターガンダムのダークネスショットだ。
ガン・スレイブの操作に集中していたシャギアは舌打ちを一つ。
ガンダムへの攻撃を中止し、接近してくるマスターガンダムに備える。
シャギアはマスターガンダムの倍以上の巨体が持つ長いリーチを生かし、先手を打ったローキックを放った。
しかし、マスターガンダムは伸ばされたヴァイクランの右脚が激突する寸前で跳躍。
――そのまま、攻撃してきた脚部の上に着地し、機体を駆け上る!
敵機を遮るものは何もなく、マスターガンダムの攻撃は回避・防御共に不可。
瞬間的にそう判断したシャギアは、半ば反射的に叫んだ。
「ガドル・ヴァイクラン!」と。
ヴァイクランの四肢が割れ、マスターガンダムが足場にするはずだった部分は宙に。
踏み場を無くしたマスターガンダムは、地上に落ちていく。
その間にシャギアとオルバは、ヴァイクランとディバリウムの合体を完了させる。
ヴァイクランの四肢と胴の間にディバリウムの各部が挿入される。
分離と合体を経て、二機は一機になった。
「行くぞオルバ! アルス……」
落下を続けるマスターガンダムを標的に、ガドル・ヴァイクランが撃つのは必殺の一撃。
「マグナ……」
カルケリア・パルス・ティルゲムによって増幅された念をエネルギー波にし放たれる、アルス・マグナ・フルヴァンだ。
「フル……何っ!?」
だが、その一撃が放たれることはない。エネルギーの充填が完了する前に、ガンダムのハンマーが背面を直撃したからだ。
ガドル・ヴァイクラン時は移動が不可能だという弱点を突かれた形になる。
そしてこの弱点は合体を解除するまで続き、その恩恵を受けるのは武蔵だけではなく。
ガウルンもまた、動くことの出来ない巨体をいたぶることが出来る。
「――ッ!」
マスターガンダムが着地する。
唯一の攻撃手段を妨げられ、動くことも出来ない今のガドル・ヴァイクランはまさに木偶。ガウルンの攻撃を防ぐこともかわすことも難しい。
マスターガンダムが地表を蹴るのをシャギアはメインカメラ越しに確認する。
合体の解除は? 間に合わない。
マスターガンダムが紅い布を翻し、接近してくる。
右手から赤布が伸び、ヴァイクランの頭部に巻き付いた。そのまま布を手繰り寄せ、マスターガンダムは接近の速度を上げていく。
だが、ガウルンの標的は身動きが取れないガドル・ヴァイクランではなかった。
加速を殺さずにそのまま跳躍の力に変え、ガドル・ヴァイクランの頭上を跳び越えていく。
狙うのは、ガドル・ヴァイクランに更なる攻撃を加えようとしていたガンダムだ。
マスターガンダムの跳び蹴りがガンダムの胸を打ち、赤と青の装甲を砕く。
蹴りの衝撃でガンダムは地に転がった。その間にガドル・ヴァイクランは合体を解除し、ヴァイクランとディバリウムの姿に戻る。
戦場が再び均衡に支配される。この一連の攻防も、決定打にはならない。
フロスト兄弟は、この戦闘の特異性に気づき始めていた。
この戦闘を支配――とは言い過ぎでも操っているのは、まぎれもなく黒いガンダムだということにだ。
決定的なチャンスをあの黒のガンダムは潰している。自機、他機の区別なく。
その行為がもたらすのは、戦局の硬直という結果。実際問題、四機とも多少の破損はあろうと戦闘不能に陥ったものはない。
だが、敵パイロットが何故そのような行動を取るのか、その理由が分からないのだ。
「オルバ。あの黒いガンダムの動き――どう思う?」
「おかしい……ね。ガドル・ヴァイクランを潰すつもりなら、さっきの攻撃をこちらに向ければそれで済んだはず……あそここでわざわざ白いガンダムを狙う理由が無いよ」
「白いのがああするのなら分かる。単体での戦闘力が優れているのは明らかに黒い方だからな。
私たちを潰して一対一に持ち込むより、混戦の方が勝機があるはずだ」
「戦闘時間が延びれば、あの戦艦の応援が来るという可能性もあるね」
「だが、黒いガンダムは違う。奴はこのまま戦ってもジリ貧のはず……一体何故、場の均衡を保つような真似をする?
戦闘を長引かせることが狙いだとしたら……」
フロスト兄弟が疑念を膨らませていたその時、武蔵は焦っていた。
(……早く敵をなんとかして、マサキを探さなきゃいけないのによ……!)
思っていた以上に自機と敵機の能力差は大きい。
黒いガンダムの奇妙な立ち回りのおかげでどうにか生きのびているが、単純な戦闘力ならこの四機の中で最も低いのがガンダムだ。
だが、武蔵とて玉砕覚悟で戦っているわけではない。十分な勝機があると踏んでこの戦闘に乱入したのだ。
武蔵の思考を遮るように、マスターガンダムのダークネスショットがガンダムを襲う。
咄嗟にシールドで防御するが、盾の上半部が吹き飛んだ。まともな防御力は期待できなくなってきている。
武蔵は、クッ……っと、苦しげに息を吐く。
ガンダムのメインカメラは破損している。攻撃の完全回避は難しい。
このまま戦い続ければ、最初に倒れるのは自分だろう。
と、その時、武蔵はサブカメラの映す乱雑な映像の中に白銀を見つける。
十分な勝機――テニアの乗るベルゲルミルだ。
「テニア! 無事だったのか!」
仲間の姿に安心を覚えた武蔵は、テニアに通信を入れながらベルゲルミルの方へと移動する。
だが、返信の代わりに突きつけられたのはマシンナリーライフルの銃口。
思考が停止する。
武蔵は、目の前の光景の意味を理解できなかった。
テニアが自分に銃を突きつけている、という事実を認識した。
そのときには、既に銃口から光が溢れていた。
ガンダムを撃つ瞬間にベルゲルミルのパイロットが放った叫びは、オープンチャンネルの周波に乗って、その場にいた他の三機のパイロットの耳に届く。
『カティアの、仇だ――!』
自分が撃たれたのだ、ということを武蔵が理解するその前に、光はガンダムのコックピットを貫き――巴武蔵は絶命した。
◇ 時間は若干遡る。
「――助けて!」
戦闘をこなす見知らぬ三機の内、共闘関係にあるだろう二機に向けて、テニアは通信を試みた。
自分の立てた危策、その最後の仕込みのために。
モニターに映る二人の青年の顔は似ている。兄弟なのだろうかなどとテニアが考えると、年上の方の青年が疑問を投げつけてきた。
『君は誰だ? 何故私たちに通信をしてきた?』
相手の疑問ももっともだとテニアは思う。
だからあらかじめ考えていた答えを返す。
「アタシの名前はフェステニア・ミューズ。……お願い、アタシをあの白い機体とあっちの戦艦から助けて!
アタシは無理矢理戦わされてるの! アイツらがアタシを襲って……死にたくなかったら協力しろって言ってきて!」
テニアの返答に、青年は訝しげな表情を見せる。
自分でも酷い嘘だと思う。けれど、この嘘さえ通用すれば――後はどうにかなる。
お願い、信じて。と、これは本心から思った。
そして青年は口を開く。
『……いいだろう。君はそこにいたまえ。あの戦艦は私たちも襲ってきた。
どちらにしろ、私たちはあの戦艦とは交戦するつもりだったからな。君がおとなしくしてくれるというのなら、その間だけ君のことを信用してもいい』
明らかに裏のある物言いだが、一時的にしろ相手が自分の言うことを信用してくれたということにテニアは安堵する。
けれどその安堵を決して表情に出さずに、テニアは言葉を返した。
「アタシも戦う……! カティアの仇はアタシがとるんだ!」
◇
ガンダムを撃った乱入者であるベルゲルミルに対し、ガウルンは攻撃と通信を同時に行う。
ダークネスショットの照準をわずかにずらし、わざと足下に当てる見せかけの攻撃と、『さっき、楽しくしてやると言ったのはお前か』という通信だ。
それに対してテニアは、同様にマシンナリーライフルをマスターガンダムの頭上に撃ち、『そうよ』という通信を送り、自分の行動の全てをガウルンに話す。
姉妹のように育った仲間を殺したこと、何をしてでも生き残るつもりだということ、そのためにガウルンを、フロスト兄弟を利用すること。
「ハッ! とんだ茶番だな? そんなことのために、俺に『時間を稼げ』なんて言ったのかい?」
「ええ、そうね。確かに酷い話だわ、こんなの。
でも、誰にも文句は言わせない。アタシは生き残らなくちゃいけないの。
どう? あの連中はアタシがこのまま取り入って中から潰す――だからアンタは逃げてちょうだい」
「ふざけるんじゃねぇよ。なんでここまできて逃げなくちゃいけねぇんだ?」
ガウルンは顔をしかめ、マスターガンダムをベルゲルミルに接近させる。
この距離なら、一撃で仕留める自信があった。テニアが下手なことを言うようならその時は殺すまでだ。
ヒートアックスを振りながら、そう考える。それに対し、テニアは顔色一つ変えずに返答。
「アンタに死なれちゃ、アタシが困るの。――殺る気満々の人間、有効活用しない手はないでしょ?」
彼女をよく知る人間が見れば、ぞっと背筋が凍るような――そんな表情を浮かべたまま、テニアは話す。
明るかったかつての少女はいない。今ここにいるのは、生きるために何の躊躇も無く他人を、仲間を殺せる、そんな少女だ。
暗い瞳の奥に潜む闇。ガウルンは少女の目にそれを見つける。
ガウルンは、一つ小さく笑うと、
「この俺を、利用する……面白いねぇ。嬢ちゃんの話、乗ってやるよ。ただし――」
ビームナイフを起動し、ベルゲルミル目掛け振り下ろす!
完全に不意をつかれる形になったテニアは、左腕の切断をモニターで確認する。
肘から先を綺麗に持っていかれた。断面から内部構造をはっきりと確認できそうなほど。
ガウルンの体術とナイフの技術があればこその芸当だ。
「こいつは駄賃にもらっていくぜ! 嬢ちゃん、名前は?」
「フェステニア・ミューズよ。……そんなの聞いて、どうするつもり?」
「良い名前じゃないか。俺は、ガウルンと呼んでくれよ。……なぁに、お前は俺様が殺してやろうと思ってねぇ。
ここは退いてやる。今度逢ったときは――覚悟しとくんだな?」
「……ッ! アンタなんかに殺されて――たまるもんか!」
ベルゲルミルからシックス・スレイブが射出され、マスターガンダムを襲う。
だが、マスターガンダムはそれを軽くかわすと、地表に出来た裂け目へと飛び込んだ。
テニアが中を覗き込むと、既にそこにガウルンの姿は無かった。
あるのは何処へ繋がっているともしれない地下通路だけだった。
◆
『損傷率40%。このままの戦闘は危険だぞ』
Jアーク操縦席にトモロの声が響く。
Jアークとナデシコの戦闘は、時間の経過と共に激化の一途をたどっていた。
互いに防御機構は存在するものの、それを超える火力もまた、搭載されている。
当然のように装甲は削がれ、弾薬・エネルギーの類の消耗も著しい。
このまま双方共倒れになるのも時間の問題だろう。
「ソシエ、武蔵さんからの通信は?」
「テニアと合流できたって……今からマサキを探すって連絡がさっきあったわ。
レーダーに映る限りだと、武蔵が戦闘してるみたいだけど……」
『キラ、今は武蔵達と合流し、撤退することを優先すべきだ』
ソシエとトモロ、二人の声を聞いてキラは考える。
このまま戦って、勝ったとしても――その先に、何が残るだろう?
自分たちがしなくちゃいけないのは、戦いに勝って、生き残ることだけじゃない。
最後にはあの化け物も倒して、元の世界に帰らなくてはいけない。
――だから、今は。
「分かりました。今からJアークは転進、武蔵さん達と合流し、ここを離れます!」
Jアークは艦首を後方に向け、移動を開始。
ジェネレイティングアーマーを重点的に後部へ展開し、ナデシコからの追撃を耐える。
武蔵とテニア、二人のところに着くまでの数分が、キラとソシエには永遠のように永く感じられた。
だが、あと少しだ。あと少しで武蔵達と合流出来る。
弱い考えに挫けそうになる心を懸命に奮い立たせて、キラはJアークを走らせる。
「ソシエ、武蔵さん達に通信を入れて! 今から合流するってことと、マサキの安否を!」
「分かっ――え? 嘘……でしょ?」
ソシエはレーダーとモニターに映ったものを見て、きっと見間違いだと目をこする。
しかし、もう一度見ても画面に映る映像に変化はなく――
「なんで――なんでテニアが武蔵を撃ったの!?」
レーダーが示すのはガンダムのロスト。モニターにはマシンナリーライフルをガンダムに向けて撃つベルゲルミルの姿が映っている。
確認する限りでは、ガンダムはコックピットブロックを含む胸部を撃ち抜かれ大破。
おそらく――パイロットの命は無いだろう。
「そん……な……まさか、本当にテニアが……!」
『――キラ!』
突然、Jアークを砲撃が襲い、衝撃が艦を揺らす。
呆然とするキラの代わりにソシエがメインモニターで敵機を確認。
今の攻撃の主は、戦艦と共にダイの援軍に来た二機が合体したものらしい。
戦艦の主砲とはいかなくとも、今の攻撃の破壊力は無視できるレベルのものではない。
「ちょっとキラ、しっかりしなさいよ!」
ソシエの叫びにも関わらず、キラはショックを隠しきれず、混乱したままである。
代わりにトモロが、『ここは撤退だ』と冷静な判断を下す。
トモロのこの発言に、キラははっと我に返り、反対する。
まだ武蔵は生きているかもしれない、マサキだって、テニアだって……
けれど、その声も敵機の更なる砲撃に遮られる。
ガドル・ヴァイクランのアルス・マグナ・フルヴァン、ナデシコのグラビティブラストという高威力砲撃を受け、Jアークの損傷は拡大していく。
もはや一刻の猶予もない。このままでは轟沈するだけだ。
それでもキラは撤退に反対し、仲間の救出を唱える。
そんなキラに業を煮やしたソシエは――
「こぉの……バカキラは寝てなさい!」
近くにあったバールのようなものでキラの頭にごっちーんとキッツい一撃をお見舞いさせる。
頭部への衝撃は、キラの意識を失わせるのに十分だった。
半ば――いや、かなり強引な方法ではあったが、もう撤退に反対するものはいない。
「トモロ! 全力で撤退よ!」
Jアークは撤退する。
◆
全ての戦闘行為が終結したD-7地区。
機動戦艦ナデシコの甲板に、ヴァイクラン、ディバリウム、ベルゲルミルの三機が繋留されている。
シャギアとオルバは、それぞれヴァイクランとディバリウムの中からモニターに映るナデシコ内部の映像を眺めていた。
そこに映っていたのはナデシコの現艦長である兜甲児と、同じくオペレーターの宇都宮比瑪。それにフェステニア・ミューズを加えた三人。
戦闘の終了後、テニアは武装を解除し自らナデシコに投降してきた。
そしてシャギアとオルバから投降の理由の一部を聞いた甲児と比瑪は、テニアをナデシコへと招いた――というわけである。
「はい、テニアさん。まだ熱いから気をつけてね。こっちは甲児君の分ね。
フロストさんたちの分も用意しますから、後で取りに来てくださーい」
比瑪の手には、未だ熱いコーヒーカップが握られている。
憔悴した様子を見せるテニアを気遣い、比瑪が煎れてきたものだ。
ついでに甲児と自分のものも用意し、少しでも場の雰囲気を明るくしようとしてくれていた。
本当はフロストさんたちにも煎れたての美味しいコーヒーを味わって欲しいんだけど、と考えながら比瑪は毛布にくるまり震えている少女を見つめる。
自分と同年代の少女の顔には、明らかに怯えの色があった。
「……ありがとう」
小さな声で礼を言うテニアの姿には年相応の明るさなど微塵もない。
そして、テニアは喋り出す。自分がどうしてあんなことをしたのかを。
「アタシは……たまたま元からの知り合いに会えたんだ。メルアっていって、お菓子が好きな子だった。
いつもコクピットでお菓子をこぼして、統夜に怒られてたっけ……
でもね? ……メルアは死んじゃったんだ。アタシの目の前で、殺されたんだ――!」
テニアの小さな叫びに、比瑪は最初の放送のことを思い出す。
メルア=メルナ=メイア。そんな名前が呼ばれていた。
死んだ人たちにも知り合いはいた。そんな当たり前のことが、言葉以上の意味を持って比瑪の心に重くのしかかる。
「アタシはどうしたらいいのか分からなかった。
そしてまた会ったんだ。元からの知り合い。カティアにね」
……カティアだって!?
甲児はその名前に聞き覚えがある。確かメルアと同じように、第一放送で呼ばれた名前だ。
もしかして、という最悪の想像が浮かぶ。
「メルアが死んだ――そのことを言ったら、カティアもすごく悲しんでた。だけど、こうも言ってくれたんだ。
メルアの分も、私たちで生きよう、統夜と会って、こんな殺し合いを止めようって。
そんなとき、アイツらが来た。キラ・ヤマト、巴武蔵、ソシエ・ハイム、マサキ・アンドー。
いきなり襲ってきた。アタシ達は何も出来なくて、カティアはアタシをかばって、アイツらに殺された」
テニアの手が震え、コーヒーの表面が波立っている。
自分が涙を流しているのに気づいていないかのように、テニアは言葉を止めない。
「アイツらはカティアの死体をアタシの目の前に持ってきた。そしてこう言ったんだ。
こいつの死体から首輪を取れ。そして、自分たちの仲間に――共犯者になれって!
アタシはどうしようもなかった。断れば殺される。そう思って、アタシは、アタシはカティアの死体を――!」
最後の言葉は叫びにもならずに宙に消えていく。ガクガクと震えるテニアの手からはコーヒーがこぼれ落ちていた。
目を伏せるテニアの前に、影が立つ。気づいたとき、テニアは抱きしめられていた。
こぼれるコーヒーに服が汚れるのも気にせずに、比瑪はテニアを抱きしめる。
その目尻からはテニアと同様に涙の滴がこぼれていた。
「ごめんね……そんな辛いこと思い出させて」
比瑪がテニアを抱きしめているその時、甲児はやり場のない怒りに身を震わせていた。
人を人とも思わない、悪魔のような所業。聞いただけで胸糞が悪くなってくる。
(……これ以上こんなことを続けさせてたまるかよ! 俺たちで……止めてみせる!)
絶対に、この殺し合いを終わらせてみせる。そう胸に誓った。
◇
『しかし……嘘が下手だな、あの娘は。最高のアドバンテージになりうる首輪をみすみす渡しておくということがあるはずもない。
それではあの二人は騙せても私たちの目までは誤魔化せんよ』
『同感だけど……なら兄さん、どうしてテニアを仲間にするような真似をしたんだい?
どうやらあの二人は完全に丸め込まれたみたいだし……』
『あれは仲間にしたのではない。あくまで戦略上の判断だ。
私たちを含め、あの場にいた五機――同じバトルロワイアルをするのなら、二対一対一対一と三対一対一ではどちらが得なのか、ということだよ。
今回はたまたま利害が一致したからこちらも利用させてもらったがね。
現に、こちらはさしたる被害も無いまま白いガンダムは撃墜、黒いのも何処かへ撤退した』
『それは確かにそうだけど……なら、これからどうするんだい?
早めに手を打たないと、僕らも何時後ろから撃たれることになるか』
『手を打つといっても甲児と比瑪の前でどうこうすることは難しいだろう。私たちの信頼にも関わってくる。
だが、あの二人が見ていないところならどうなる? こんな状況だ――少し離れている間に誰かに襲われてしまう、というのは珍しくないだろうな。
二手に別れて行動していたのならなおさらだ。なに、協力者探索の効率化とでもうそぶけば問題は無い』
『その時に――ということだね? なら兄さん、その役は僕がやるよ』
『頼むぞオルバ。その間に、私はナデシコで首輪について調べるつもりだ。丁度、サンプルも余計に手に入ったからな』
『兄さん、首輪解析なんて出来るの――って、確かにあの二人には任せられないね』
『そういうことだ。その前に、休息の時間も必要だな。行動開始は放送後にしよう。それまでは束の間の休息を楽しもうではないか』
『了解。それからもう一つだけ。……あの戦艦、あのまま放っておいてよかったの?』
『Jアーク、とテニアは言っていたか……。心配ないだろう』
『どうしてそう言えるんだい?』
『さすがだな、抜け目がない男だよ、アレは。……電池になっているのか、これは。小脇に挟んでいたのはこれだったのだな。
――ん、オルバ。その質問についてだが……それは私だけのヒ・ミ・ツ☆だ』
『――分かったよ、兄さん……』
◆
市街地から離れたJアークは、進路を北にとり、移動を続けていた。
大規模な戦闘の結果、Jアークの各部には多くの損傷が残り、消耗も激しい。
五人いた仲間も――今はキラとソシエの二人だけだ。
いや、もう少しアバウトに考えれば――彼は参加者ではないが――あと一人いる、と言えないこともないだろう。
『――それで良かったのか? ソシエ』
Jアークに備え付けられた超AI、トモロがいる。
彼の判断と戦闘補助が無ければ、今頃Jアークは轟沈していてもおかしくない。
けれど、そんな彼の問いかけに、ソシエは少し、いやかなり不機嫌な感じでぶっきらぼうに答える。
ちなみに、ソシエの放った頭部への一撃は、未だキラを目覚めさせないほどの威力はあった、と言っておこう。
「何が?」
『先ほどの撤退のことだ』
「――良いわけ、ないじゃない」
「でも、生きるためにはやらなくちゃいけないことってあるのよ。
ミリシャだって、好きで戦争してる人たちばかりじゃなかったわ。
辛い思いしてまで故郷の人と戦ってるバカもいた。
……うん、あたし何が言いたいのかしら。とにかく……あたしも、辛いってことよ。
……まったく、キラったら気持ちよさそうに寝ちゃって。って、これ――」
物憂げに話しながら――ソシエはふとキラの顔を眺める。
キラは泣いていた。とても静かに、けれど大粒の涙をこぼしながら。
「泣いてるの?」
『キラの知人の名が呼ばれた。第一放送のことだ』
「なんていうか――辛いわね」
『そうだな』
「ああ、私もそう思うよ」
「……って、誰よ貴方!?」
「通信回線を開いたままでプライベートな会話とはいただけないね、ソシエ嬢。
だが今の会話で確信したよ。――君たちは、交渉に値する人物だ」
Jアークのモニターに青年の顔が映る。
黒髪を短く整え、黒のスーツに身を包んだその風貌を、ソシエは見たことがある。
「もしかして貴方……一番はじめにあの化け物に喧嘩売ってた人!?」
「喧嘩では無いさ。ネゴシエイトだ。
私の名はロジャー・スミス。これでもネゴシエイターをやっている。
改めて、君たちに交渉を申し込もう」
【キラ・ヤマト 搭乗機体:Jアーク(勇者王ガオガイガー)
パイロット状態:気絶中・ジョナサンへの不信
機体状態:ジェイダーへの変形は可能?各部に損傷多数、EN・弾薬共に30%
反応弾を所持。
現在位置:D-6上空
第一行動方針:?
第二行動方針:仲間の無事の確認
第三行動方針:このゲームに乗っていない人たちを集める
最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出】
備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復。】
【ソシエ・ハイム 搭乗機体:無し
パイロット状況:右足を骨折、気力回復
機体状況:無し
現在位置:D-6上空
第一行動方針:ロジャーと交渉?
第二行動方針:新しい機体が欲しい
第三行動方針:仲間を集める
最終行動方針:主催者を倒す
備考:右足は応急手当済み】
【ロジャー・スミス 搭乗機体:騎士凰牙(GEAR戦士電童)
パイロット状態:肋骨数か所骨折、全身に打撲多数
機体状態:左腕喪失、右の角喪失、右足にダメージ(タービン回転不可能)
側面モニターにヒビ、EN70%
現在位置:D-6(Jアーク甲板)
第一行動方針:Jアークと交渉
第二行動方針:ゲームに乗っていない参加者を集める
第三行動方針:首輪解除に対して動き始める
第四行動方針:ノイ・レジセイアの情報を集める
最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイトに値しない相手は拳で解決、でも出来る限りは平和的に交渉)
備考1:凰牙は通常の補給ポイントではEN回復不可能。EN回復はヴァルハラのハイパーデンドーデンチでのみ可能
備考2:念のためハイパーデンドー電池四本(補給二回分)携帯
備考3:ワイヤーフック内臓の腕時計型通信機を所持】
【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力135
機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
現在位置:?
第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
第二行動方針:アキト、テニアを殺す
第三行動方針:皆殺し
第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:良好、テニアを警戒
機体状態:EN60%、各部に損傷
現在位置:D-7市街地
第一行動方針:休息
第二行動方針:首輪の解析を試みる
第三行動方針:比瑪と甲児を利用し、使える人材を集める
第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
第五行動方針:首輪の解析
最終行動方針:オルバと共に生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
備考1:ガドル・ヴァイクランに合体可能(かなりノリノリ)、自分たちの交信能力は隠している。
備考2:首輪を所持】
【オルバ・フロスト搭乗機体:ディバリウム(第三次スーパーロボット大戦α)
パイロット状態:良好、テニアを警戒
機体状態:EN60%、各部に損傷
現在位置:D-7市街地
第一行動方針:休息
第二行動方針:テニアと共にナデシコと別行動をし、テニアを殺害
第三行動方針:比瑪と甲児を利用し、使える人材を集める
第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
第五行動方針:首輪の解析
最終行動指針:シャギアと共に 生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
備考:ガドルヴァイクランに合体可能(かなり恥ずかしい)、自分たちの交信能力は隠している。】
【兜甲児 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:良好
機体状態:EN50%、相転移エンジンによりEN回復中、ミサイル20%消耗
現在位置:D-7市街地
第一行動方針:ヒメ・フロスト兄弟と同行
第二行動方針:ゲームを止めるために仲間を集める
最終行動方針:アインストたちを倒す
備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガスを収容
備考2:ナデシコ甲板に旧ザクを係留】
【宇都宮比瑪 搭乗機体:ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)
パイロット状態:良好、ナデシコの通信士
機体状態:EN50%、相転移エンジンによりEN回復中、ミサイル20%消耗
現在位置:D-7市街地
第一行動方針:テニアを慰める
第二行動方針:甲児・フロスト兄弟に同行
第三行動方針:依々子(クインシィ)を探す
最終行動方針:主催者と話し合う】
【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:非常に不安定
機体状況:左腕喪失、マニピュレーターに血が微かについている、ガンポッドを装備
現在位置:D-7市街地
第一行動方針:ナデシコの面々に取り入る
第二行動方針:どのように行動を取ればうまく周りを騙せるか考察中
第三行動方針:とりあえず甲児達についていく
第四行動方針:参加者の殺害
最終行動方針:優勝
備考1:甲児・比瑪・シャギア・オルバ、いずれ殺す気です
備考2:首輪を所持しています】
【パイロットなし 搭乗機体:ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)
パイロット状態:パイロットなし
機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている
現在位置:D-7市街地】
【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)
パイロット状況:神経圧迫により発声不可、気絶中
機体状況:MS形態
落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障
現在位置:D-7市街地(ナデシコ格納庫内)
第一行動方針:新たなライブの開催地を探す
最終行動方針:自分の歌でゲームをやめさせる
備考:自分の声が出なくなったことにまだ気付いていません】
【巴武蔵 搭乗機体:RX-78ガンダム(機動戦士ガンダム)
パイロット状態:死亡
機体状況:大破
現在位置:D-7市街地】
※備考(無敵戦艦ダイ周辺)
・ハイパーデンドー電池6本(補給3回分)は無事(ロジャーが二本持っていきました)
・首輪(リリーナ)は艦橋の瓦礫に紛れています
【残り28人】
【二日目2:30】
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