123話  「私は人ではない」  ◆7vhi1CrLM6



「動きそうか?」

 暗い森の真っ只中に直立している金色の機体――百式。
 その輝く装甲の隙間からひょっこりと頭を出したクインシィ=イッサーを見つけて、ジョナサン=グレーンは声をかけた。

「無理だな。派手な損傷は見当たらないが、壊れているようだ」

 装甲の上に立ち上がり、彼女はこちらを見上げて話を続ける。

「これに乗っていたのがお前の言うキラとかいう奴なのか?」
「いや、違うな。奴は戦艦に乗っているはずだ」

 本来キラが待っているはずの場所にキラの姿はなく、代わりとして近場に残されていたのがこの百式だった。
 ということはだ。

「Jアークにその機体のパイロットも同乗して移動したのだろう。周囲に戦闘の跡もない」
「どう思う?」
「どう思うとは?」
「パイロットについてだ。コックピットでこんなものを拾った。見えるか?」
「ちょっと待て……。よし、いいぞ。良く見える」

 慌てて手元を操作してクインシィが摘んでいるものを拡大してモニターに表示する。
 そこには20cmあまりの茶色い糸のようなものが映し出されていた。

「これは……頭髪か。だが、それがどうした?」
「他に緑のものと5cm程度の白いものと黒いものの種類が確認できる。そしてさらにこれだ」

 目を細めて新たに画面に向かって掲げられた白い一本の線を注視する。

「長いだけで特に違いはないと思うが……」
「よく見ろ。全体的に太く、弾力を持っている。これは髭だな。猫の髭なんかがちょうどこんな感じだ」
「四色の毛に動物の髭……そいつは人間か?」
「わからない。しかし、可能性は考慮しておいたほうがいい」
 
 動物の特徴を持ち、なおかつ機動兵器を操縦しうる存在。
 そんなものを考え、思い浮かんできたのは――

「化け猫……まさかそんなものが実在するとでもいうのか」
「オルファンやアンチボディーだって発見されるまではそんな存在があるとは、夢にも思われていなかった。
 それに我々を集めたあの化け物に比べればその程度の存在可愛いものだ」
「だが、そんな奇抜な者がいれば最初の場所で……待てよ。
 そういえば仮面を被った者がいたな。一人……いや二人か」
「そういうことだ。馬鹿げているとは思うがこの環境に適応するしかあるまい」
「しかし、与太話もここまでだな。熱源反応が一つ。迷走しているが確実に近づいてくる」

 空気が変わり、動きが変わる。緊張が充満していく。
 すぐさまゲッターに乗り込んだクインシィから通信が入り、レーダーから視線をずらした。

「この反応は……ジョナサン、敵だ。問答無用で叩き潰すぞ」

 獲物を見つけた猫のような顔がそこにあった。それにジョナサンもにぃっと笑い、答える。

「ならばまずは俺にやらせろ」

 ◆

 ほの暗い森の中に何かがきらめくのを見つけて流竜馬は大雷凰の動きを早めた。
 きらめきの元が何かまでは判断がついていない。しかし、何か金属質なものが月明りを反射したものであることは間違いない。
 この世界で、こんな森の中、そんなものは機動兵器ただの一つしか存在しない。
 つまりは己の敵だという事だ。

 ――隼人を殺った奴か?

 一瞬の自問。同時にそんな考えが頭を過ぎった自分を苦々しく思い、苛立つ。
 それが、長年追い求めてきた仇敵を目の前で掻っ攫われたことによるものか。
 あるいは、かつての仲間を眼前で殺されたことによるものか。
 それを考える思考を竜馬は持たない。というよりは、思考の方向性がそちらを向いていないといったほうが正しいか。
 己の気持ちの在り処を探るよりも、そういう行為自体を疎ましく思う――そういう荒い気質の持ち主なのだ。

「へっ、関係ねぇ。奴が隼人を殺った奴だろうとなかろうと敵はぶっ潰す」

 竜馬が口元で笑い。大雷凰が一足跳びに黒々とした木々を飛び越える。
 眼下には20m前後ほどの機体が一機。大鎌を頭上に大きく振りかざし、迷いもなくそこに飛び込む。

「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 獣のような咆哮と共に大鎌は月夜に振り下ろされた。
 金色の機体が真っ二つに切り裂かれ、刀身が深々と大地に突き刺さる。
 そして、大地に亀裂が走り、その中心から高速回転をするドリルと共に真ゲッター2が姿を現した。

「何だと!!」

 差し迫るドリルに、大鎌を引き抜く余裕もなく手放し、咄嗟に地を蹴り上空へ飛び退く。
 次の瞬間、大雷凰はドリルの回転に掻き乱され巻き起こった竜巻状のエネルギーに呑み込まれた。

「かかったぞ、クインシィ!」

 翻弄される大雷凰を尻目に、赤・白・黄、三色のゲットマシンがその渦に乗り脇を駆け抜ける。

「おうさ、ジョナサン!」

 大雷凰が押しやられ、追い込まれていくその先で三体のゲットマシンは合体し、赤い悪魔が姿を現した。
 見ずとも、聞かずともゲッター1を知り尽くした竜馬には分かる。この後に来る攻撃は――

「ゲッタアアァァァァアアアッッ!! ビイイィィィィム!!!」
「なめんじゃねええええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」

 ピンクの閃光が鋭く走り、大雷凰の肩口を抉り飛ばし、大地に穴を穿つ。
 瞬間、ドーム上の火球が地表に現出し、その余波で真ゲッター2の巻き起こした竜巻は吹き飛んだ。
 その中心を竜馬は駆け上がる。ゲッターに向かって、一直線に、脇目も振らず。
 ゲッタービームを放ったことによる僅か零コンマ数秒にも満たない硬直。その隙に二機の距離は詰まり、大雷凰の左腕はゲッターの頭部を鷲掴み、無造作に引き寄せる。
 駆け上がってきた勢いそのままの膝蹴りが、ゲッターの腹部にめり込む。
 ゲッターの巨体が折れ曲がり、僅かに浮かび上がったその刹那、腹部から閃光が迸った。
 だが、すでにそこには大雷凰はいない。その姿は遥かな上空に存在していた。

「へっ! 隼人の野郎に見込まれただけあって、ちったぁやるじゃねぇか」

 ◇

 大雷凰は左腕で鷲掴みにした頭部を膝蹴りの時には既に離し、腹部を蹴り上げたその瞬間には、勢いを殺さず流れるように上空に離脱した。
 その動きを目の当たりにして、クインシィは一つの疑念を頭に抱く。

「奴はこの機体を知っている?」

 現実には流竜馬は真ゲッターのことを知らない。しかし、ゲッターについては熟知している。
 ゆえにゲッタービームの発射口の存在するゲッター1の腹部、ゲッタードランゴンの額、その二点に対する注意は片時も怠っていなかった。
 この差は地味なようでいてかなり大きい。
 真正直に使ったときのみならず、兵装を知らないことによる不意打ちも成立しないだろう。
 ならばどうする、とクインシィは自問する。そして、その答えは決まっていた。

「ジョナサン、正攻法で奴を突き崩す。大技はここぞというときにとっておけ」
「クインシィ、なにびびってる。たった一機の! それも半壊した機体だぞ!!」
「侮るなと言っているのだ」
「どうした? オルファンのクインシィ=イッサーともあろうお方が臆したのか」
「そうではない」
「なら、決まりだな!」

 ゲッターが分離し、ジャガー号が先陣をきって大雷凰に突撃する。
 こうなってしまっては渋々追いかけるほかなかった。

「ジョナサン! ちぃっ!!」

 距離は十全。合体は可能だ。
 機体を故意にぶらせて速度を削ぎ、ベアー号を先に行かせる。
 ジャガー号とベアー号がドッキングするその先で、大雷凰が重心を落とし低く構えるのが見えた。
 そしてその次の瞬間、大雷凰は一筋の雷の如く天から突撃を開始する。
 十全と思われた距離が潰れていく。

「しまった!」

 間に合うか――そう頭に思い浮かべたときにはレバーを引いていた。
 二つの声が響き唱和する。

「チェエエェェェエエエエンジ!!」
「ゲッタアアァァァアアアア!!!」

 両脚部に変化したイーグル号がベアー号とドッキングを果たし、ライガー号からは両椀が突き出していく。
 その右腕には巨大なドリルが、左腕には鉤爪のようなものが構成され、ワイヤーやケーブルが剥き出しの椀部を白いパネルが覆い尽くしていく。
 そして、最後に頭部が僅かに迫り出し、両眼が見開かれた。

「逝けよやああぁぁぁああああ!!!」

 既に激突寸前、無に等しい距離の中を真ゲッター2は右腕のドリルを突き出し加速する。
 大雷凰の蹴りは真ゲッター2の腹部を掠め抉り、真ゲッター2のドリルもまた大雷凰の脇腹を掠める。
 高速回転を続けるドリルと装甲の狭間で火花が散り、耳に衝く甲高い高音と焦げ臭い異臭を放つ。

「ジョナサン、次が――」

 全てを言い終わる前に大雷凰に肩膝でのしかかられるような格好になり、拳が顔面にめり込む。
 続けて二発三発と打ち込まれ体勢が崩れ、四発目を掌で打ち込まれてそのまま顔面を押さえつけられた。
 一瞬の浮遊感。そして、一気に落下が始まる。

 ――叩きつけられる! 地面に!!

 サブパイロットの位置座り込んだとて、ゆっくりと落ち着いている暇はない。
 メインパイロットは目の前の敵に意識を集中せざるお得ない。その分、周囲に対する警戒はこちらの肩に圧し掛かってくる。
 計器を読み取る。
 高度は――十分。
 レーダーは――東に熱源反応。

「ちぃっ! ジョナサン、オープンゲットだ!!」

 返事を待たずに強制分離。
 三つに分かれたゲットマシンはそれぞれに大雷凰の脇をすり抜ける。
 急速に離れ、大地へと降り立った大雷凰とは対照的に上空で合流すべく上昇を続けるゲットマシン。
 その中でクインシィは目まぐるしく周囲を伺い、見つけた。
 まだ夜明けまで程遠い東の空、森林の上を飛ぶ蒼いブレンパワードの姿を――

「ジョナサン、勇がいたぁ! 勇がぁ!!」

 ◆

 蒼くまっすぐな長い髪と抜けるほどの白い肌を持った青年期の女性グラキエース。
 彼女は蒼いブレンパワードの中で必死の抵抗を続けていた。
 視界の内では二機の機動兵器が死闘を演じている。
 一つは、赤いマフラーを首に巻き、片腕と頭を失った機体。
 もう一つは、西洋の小悪魔を思い起こさせるシルエットの赤い機体。
 それらが放つ猛々しいまでの激情が、体を取巻いていた。
 流竜馬の内に篭る激しい復讐心が、ジョナサン=グレーンとクインシィ=イッサーの捻じ曲がった肉親に対する情念が、肌に纏わりつきじわじわと浸透してくる。
 その感覚は無視できるほど弱くはなく。
 また理性を失わせるほど強くもなく。
 もどかしい。
 好物を目の前に、焦れて体から湧き出たメリオルエッセの本能が囁きかけてくる。
 あれをよこせと。
 あの感情のベクトルをこちらへ向けろと。
 そのぞくぞくと這い上がってくる陰湿な本能に嫌悪し、かぶりを振った。

 ――嫌だ! そんなこと……私は望んでいない!!

 拒絶に意味はなかった。
 負の感情を吸い取るように作られた体は、意志の力に左右されはしない。
 しかし、体は意志に容赦なく干渉してくる。
 それに反抗するということは、弄られているようなものだった。
 いっそ流されてしまえば楽なのは目に見えて分かっている。
 だけど、流されるということは昔の自分に戻るということだ。
 ジョシュアと会う前までの自分に戻るということだ。
 ジョシュアと出会ったことが、過ごした日々がなくなるということだ。
 それは、苦しい。泣き出したくなるほどにつらい。
 でも、流された苦痛の先に快楽が見える。このままではいつか押さえが利かなくなる。
 逃げよう。
 この場に残っていても意味はない。
 ここから少しでも遠くに、遠くに逃げよう。
 そう思ったとき、体を包み込む情念が数倍に跳ね上がった。愛憎の入り混じった複雑で強烈な情念が向けられている。

 ――どこから? 何故、私に?

 体が強張り、自分を自分で抱きしめるようにして身を縮める。
 無理だ。
 もう耐え切れない。
 ここから早く逃れよう。
 そう思い動き出そうとした瞬間、栗毛でショートカットの少女がモニターに映し出された。

「勇ッ!!」

 少女が叫ぶ。その声に乗って情念の波が襲ってくる。
 腕に力を込めて、唇を噛み締めて押し黙り、波が過ぎ去るのをじっと耐えて待つ。
 モニター越しの少女の表情が瞬く間に曇っていき、眉間に皺が寄っていくのが見えた。

「お前は誰だ? 何故、勇のブレンに乗っている?」

 愛しさの入り混じった捩れたものから純粋な憎悪へと感情の質が変わる。
 そしてそれが真っ直ぐ射抜くように自分へと向けられている。

「答えろ! 勇をどこへやった?」

 全身に血が巡る。
 メリオルエッセとしての本能が押し寄せる。
 押さえつけていた理性の箍が外れていく。
 それを必死で繋ぎとめる。

「勇だよ! 勇を出しなさい!!」

 問いに答える余裕は既にない。
 痺れを切らした少女の通信が途切れる。
 ぼやけた視線の先で赤い悪魔が姿を消し、間際に現れた。
 同時に振り下ろされた巨大な斧を、咄嗟に半身になってかわす。
 そしてそのとき、迫る斧に対応するために意識がわずかに削がれた。
 一瞬だった。
 その刹那とも言える一瞬で、驚くほどあっけなく理性は敗北する。
 押し切られ、一線を越えて――心が堕ちてゆく。
 後はもうふわふわと浮ついた夢のようで、何が何だかよく分からなかった。

 ◇

 赤いマフラーの機体と赤い悪魔が真っ向から衝突し、押し合い、せめぎ合う。
 その間隙を縫って、蒼いブレンパワードが駆け抜ける。
 大雷凰、真ゲッター、ネリー・ブレン、三機の機体が入り乱れていた。
 その内の一機――真ゲッターの中でジョナサン=グレーンは「まずいことになった」と一人ぼやく。
 ここで三つ巴の形になるということは予測していなかった事態だ。
 半壊した機体を落とし、敵対する参加者を一人減らす。それが目的だったはずだ。
 それが、クインシィが勇のブレンパワードを見つけたことで狂った。
 戦いの最中には時として思いがけなかったことが起こるものだ。三つ巴になったこと事態がその現われといっても良い。
 三つ巴になったことでそれが起こる可能性は飛躍的に高まった。
 一対一ではありえなかった事態が起こりうる。
 これを二対一の形に持っていけば危険性は格段に減るのだが、クインシィの気性はそれを受け入れないだろう。
 ならばやることは決まっている。

「クインシィ=イッサー」
「うるさい! 何だ!」

 戦闘中である。視線も合わせずに怒鳴り返された。
 が、ここで怯むわけにもいかない。不機嫌を買うことを承知で話を続ける。

「ここは引き上るぞ」
「な……に?」
「俺だって、引き上げ時ぐらい知っているつもりだ」
「正気かジョナサン? 勇のブレンパワードがいるのだぞ!」

 ここでクインシィを説得できるかどうかが一つの分かれ目だった。
 元々理屈の分からない女ではない。それを受け入れる余裕が有るか否か、そこが問題なのだ。
 そして、今はそれが有ると踏んでいた。
 先の読めない三つ巴の中にどっぷりと漬かってしまうわけにはいかない。

「あのブレンパワードに乗っているからといって、伊佐美勇と面識があるとは限らない。
 ここでは何のゆかりもない機体に乗っている奴が五万といる。それはご存知のはずだ。
 ならば、下手に潰し合いに混ざるよりは離脱したほうが得。そういうことだ」
「ブレンパワードはオルファンを傷つける」
「それの後始末も上手く行けば奴がやってくれる」
「だが……くっ!!」

 そこで会話が途切れた。
 踏み込み振るったゲッタートマホークが隻腕となった大雷凰に掴まれたのだ。

「悪いな。鎌より斧のほうが好きなんだ。こいつは貰っていくぜ」

 通信に割り込んできた男の声が鼓膜を揺らす。
 同時に衝撃が奔り、ゲッターが地面に背中から蹴り落とされる。

「クインシィ、体勢を立て直せ!」
「今、やっている!」

 大地に激突し、起き上がろうとしたゲッター。
 その腹の上でバイタルジャンプを示す鋭い異音が鳴った。
 途端に背筋にぞくりとした悪寒が走る。
 そこは僅か装甲一枚を隔てたコックピットの向う側。直線距離で言えば1mもない。
 画面一杯に映し出されているブレンよりも、直にコックピットに反響してくる音に恐怖を感じる。
 突きつけられたブレンバーにチャクラ光が灯るのが鮮やかに目に映っている。
 ゴトリ、とゲッターの装甲を足場として確保した音が直に響き、顔が蒼白になり、叫んだ。

「クインシィ!!!」

 が、次の瞬間、それは発射されることなく、異音と共にブレンの姿は掻き消える。
 そして、代わって視界を占めたのは唸りを上げて迫り来る大雷凰の蹴り。
 右手で近場に転がっていた百式の半身を掴み、横から叩き付け、そのまま横に転がるようにして蹴りをさけた。
 画面の向うで唇を噛み締めつつクインシィが叫び、判断を下す。

「ちっ! ゲッター2で地中に潜行。その後、離脱する。いいな!!」
「その言葉、待っていた!!」

 瞬間、分離。千に砕けた金色の破片が降り注ぐ中、ゲットマシンは上空を目指し、真ゲッター2へと姿を変えた。
 一転して、大雷凰直上からの垂直降下。

「そこにいると怪我するぜ。ドリルハリケエエェェェエエエエン!!!!」

 叫び、右腕のドリルを突き出し、速度を上げ、全速で突っ込む。
 サイドステップでさけた大雷凰を掠め、大地にまともに激突する。
 が、これでよかった。ゲッター2の右腕はいかなる岩盤をも打ち砕き大地に穴を穿つドリル。
 地中へとゲッターは潜行し、その姿を隠した。

 ◇

 岩盤を掘削する音が遠のいていく。ゲッターの放つ信号がレーダーの範囲外に抜けていく。
 途中で地上に出たのだろう。その速度は驚くほど速い。
 追いかけることは既に諦めていた。
 地上を疾駆するゲッター2に追いつける存在など在りはしない。

「また逃げやがったか……」

 口から漏れた言葉はゲッターにだけ向けた言葉ではない。あの蒼い小型機もまたいつの間にか消えていた。
 二機――否、隼人を落とした機体も合わせれば三機とも逃した。
 結局、この30分余りのいざこざが竜馬に残したものといえば、他には真っ二つに切り裂かれた機体の半身とゲッタートマホーク。
 代償は大雷凰の片腕とゲッターサイト。それに自身の体力の消耗だった。
 望んだ戦果には程遠い。

「ちっ! けちが付いてやがる」

 その付き始めはおそらくあの濃紺の可変機と相対したときからだろう。
 あの一戦で負った損傷が大雷凰の力を大きく削いだ。
 そして、その後戦闘を重ねるにつれて徐々に、しかし確実に大雷凰は力を落としていっている。
 決まると思った攻撃が決まらず紙一重でかわされる。
 機体の動きと体の動きの間に僅かな齟齬が生じてきている。
 一度調整が必要だった。

「このまま勝てれば楽なんだがな……」

 誰に言うともなく呟き、竜馬はサブモニターに地図を引き出した。
 現在地から東、あるいは西に四ブロック。そこに存在する基地に目が止まる。
 整備の為の設備ぐらいはあるだろう。部品の有無は分からないが、最悪この金ぴかの機体を使えば良い。
 規格はまず合わないだろうが、何一つ流用できないということも考えにくい。
 整備のことを考えるなら間違いなくそこだった。
 だが、そこは同時に他の参加者が集まりやすい場所でもある。
 だったらどうする――

「へっ! そんなことは関係ねぇ」

 蹴散らし、血祭りに上げる。ただそれだけだ。
 大雷凰もまだ二三戦は優に戦えるだけのタフさを持っている。
 頭部を?がれ、片腕を失った現在でさえ、あの見知らぬゲッター相手だろうと遅れを取るとは微塵も思っていない。
 ギラついた目で竜馬は笑う。
 あらゆる物に化け、何処からともなく無数に沸き、襲ってくるインベーダー。それを相手にした月面戦争。
 復活した早乙女博士を相手に、大地を覆い尽くすゲッタードラゴンの群に囲まれていたここに飛ばされる寸前の状況。
 それらに比べれば、この程度の状況はぬるま湯につかっているようなものだ。
 巨大な鉞を肩に担ぎ、百式の半身を引き摺り、大雷凰は再び動き出す。
 目指す先はG-6基地。その足取りはしっかりと大地を捉え、迷いなくゆるぎないものだった。

 ◆

 流竜馬から北にちょうど50km――C‐5地区の暗い森の中にネリー・ブレンは姿を隠していた。
 その中で、ラキは体をブレンに預け、ぼんやりと木々を眺めていた。
 戦場から離脱したのはラキの意志ではない。ブレンが独断で跳んだのだ。
 あのときのことは夢の中の出来事のようにしか覚えていなかった。
 醒めてしまえばそれは途切れ途切れの記憶の断片とでしか残らない。
 しかし、それでもおぼろげにどういうものだったのかは分かる。
 ギンガナムに立会いを申し込まれたときはこうではなかった。
 明らかにメリオルエッセとしての機能が修復していっている。本能が、欲望が増している。
 それが徐々に進んでいるのか、負の感情に当てられたときに一気に進行しているのかはわからなかった。

「くくく……フフ……ハハハハハハハハ……」

 ひとしきり笑い。そして、肩を震わせて泣いた。
 ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。

 今になって本当の意味で自覚する。
 私は人ではない。
 もしかしたら、もうメリオルエッセですらないのかもしれない。
 少なくともジョシュアに出会う前、純粋なメリオルエッセであった頃には、こんなに惑わされなかった。
 こんなにも自分の体を嫌だと思うことなんてなかった。
 ジョシュアの心と混ざり合うまでは感情が希薄だった。
 そのせいかも知れない。
 人と混ざり、メリオルエッセでもなく、人でもない――半端者。
 私は壊れているのだ。
 だからといって心を捨て去ることも出来ない。
 それは裏切りだ。
 ジョシュアに対する酷い裏切りだ。
 ジョシュアは言ってくれた。
 人でなくても関係ないと。
 でも私はやっぱり人になりたかった。
 ジョシュアと同じ人になりたかったんだ。
 だからいくら辛くてもこの心は捨てれない。捨てられない。
 もう人になることが叶わぬとしてもせめて……。
 せめてあの頃に戻りたいんだ。
 ジョシュアがこんな私でもいいと言ってくれた、あの頃の私に。



【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ〜世界最後の日)
 パイロット状態:疲労小
 機体状態:ダメージ蓄積
 現在位置:C-6
 第一行動方針:ジョナサンと共にキラのところへ
 第二行動方針:勇の撃破
 第三行動方針:ギンガナムの撃破(自分のグランチャーを落された為逆恨みしています)
 最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】

【ジョナサン・グレーン 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ〜世界最後の日)
 パイロット状態:良好
 機体状態:ダメージ蓄積
 現在位置:C-6
 第一行動方針:クインシィと共にキラと合流
 第二行動方針:キラが同行に値する人間か、品定めする
 第三行動方針:強集団を形成し、クインシィと自分の身の安全の確保
 最終行動方針:クインシィをオルファンに帰還させる(死亡した場合は自身の生還を最優先)
 備考:バサラが生きていることに気付いていません。

【流 竜馬 搭乗機体:大雷鳳(バンプレストオリジナル)
 パイロット状態:怒り、衰弱
 機体状態:装甲表面に多数の微細な傷、頭部・右腕喪失、腹部装甲にヒビ、胸部装甲に凹み
 現在位置: C-6
 第一行動方針:G-6基地で機体の整備
 第二行動方針:クルツを殺す
 第三行動方針:サーチアンドデストロイ
 最終行動方針:ゲームで勝つ
 備考1:ゲッタートマホークを所持
 備考2:百式の半身を引き摺っている】

【グラキエース 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:精神不安定。放送の時刻が怖い
 機体状況:無傷、EN残量3/4
 現在位置:C-5
 第一行動方針:アイビスを探す
 最終行動方針:???
 備考1:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません
 備考2:負の感情の吸収は続いていますが放送直後以外なら直に自分に向けられない限り支障はありません】

【二日目0:30】


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