124話 「吼えろ拳/燃えよ剣」 ◆C0vluWr0so
闇の中疾駆する二機は、サイバスターとシャイニングガンダム。
銀と白が時に交錯し、時に離れながら南下する。
この追いかけっこが始まってから既に数十分が経過していた。
二機とも目立った傷はなく、戦闘の場もB-3へと移っている。
シャイニングガンダムのビームソードがサイバスターの姿を捉える。
一撃に専心し、必殺の念を込められたビームソードが直撃すれば大破とはいかずとも多大な損傷は間違いない。
だが、大きく振り上げられた太刀筋は強力なぶん大味だ。
その軌道を予測することは剣の道に精通したブンドルには容易い。
「迷いが無く、真っ直ぐな良い太刀筋だ。だが……美しさには程遠い」
サイバスターは必要最小限の動きでシャイニングガンダムの剣を回避する。
ブンドルは考える。ギンガナムと名乗る、戦闘狂の対処を。
(美しさの欠片もない剛の者だ。しかし、間違いなく強い。
サイバスターの運動性、機動性のおかげで有利に事を進められているが、私がこの『ゲーム』の中で出会った参加者の中でも有数の戦闘能力と言えよう。
このまま引き離すことは難しくないが……それは、この男を野放しにすることと同義)
サイバスターがディスカッターを構え、シャイニングガンダムと正対する。
白銀の太刀は月光の下に美しく輝き、零れる剣気に周囲の空気は 緊 と張りつめていく。
交錯は、一瞬。
雄叫びと共にギンガナムの光剣が闇を切り裂き、サイバスターへと肉薄する。
ギンガナムが放つのは、必殺の突きでも、頭頂を割る縦の斬撃でもない。
横一文字に閃きが走った。ビームソードの軌跡は大きく、中途に舞う砂塵も全て薙いでいく。
威力こそ突きや唐竹割に劣るが、その分有効打撃範囲は大きく、受け流すことも容易ではない。
ここにきて、ギンガナムは一撃必殺ではなく確実な攻めを選択したのだ。
「さぁブンドルよ! この勝負、小生がもらうぞッ!」
ギンガナムが吼え、サイバスターの装甲に光剣の先端がかすった。
だが、おめおめとやられはしないのがドクーガ幹部、レオナルド=メディチ=ブンドルだ。
ビームソードが更に食い込む寸前に、サイバスターはその姿を変える。
鳥を模した姿――サイバードへ。
「フッ……私をそう簡単に倒せると思ったのかね?」
削がれた装甲は僅か。ビームソードはそのまま空を切る。
そしてサイバードはシャイニングガンダムへ向かって加速した。
激突の寸前にカロリックミサイルを射出。ブンドルは機首を天へと向け、爆風に乗りながらシャイニングガンダムから離れる。
「これで終わり……とはいかないだろうな」
サイバスター形態に戻りながら、ブンドルは上空からシャイニングガンダムを包んだ爆炎を眺める。
手応えが無かったわけではない。だが、ギンガナムとその乗機の性能は計り知れないものがある。
ドクーガ情報局々長であるブンドルの眼力をもってしても、彼の底知れぬ実力を正確に判断することは出来なかった。
(だが、この爆煙が晴れたときがお前の最後だ、ギンガナム)
ブンドルは、カロリックミサイルの引き金に指をかけ、シャイニングガンダムの姿が現れるのを待つ。
もしシャイニングガンダムがその身をさらけ出せば、ブンドルは躊躇無くその引き金を引くだろう。
サイバスターのセンサーが爆煙の中の熱を捉えた。何の影響かは分からないがこの世界ではセンサーやレーダーの類はその力の十分の一も発揮できていない。
だが、この距離ならば精度の狂いは関係ないだろう。シャイニングガンダムは、其処にいる――!
戦場に一陣の風が吹く。
その風が爆発の煙を払い、シャイニングガンダムの姿をさらけ出すその瞬間に、ブンドルは引き金を引いた。
無数のカロリックミサイルが尾を曳きながら直進し、爆煙が晴れるか晴れないかというタイミングで再び爆発を巻き起こそうとする。
――ふと、ブンドルの中で疑問が生じた。
……上手くいきすぎてはいないか? あの男が、ギンガナムがこの程度で――
根拠は無い。ただ、ブンドルの勘が告げていた。このままでは終わらないと。
そして、悪い予感というものは大抵が当たるものだ。
二度目の爆発が起こる一瞬前、爆煙は晴れ、その中身を月の光の元に晒し。
「――ビームソードだと!?」
ブンドルが見たものはビームソードの赤い輝き。
シャイニングガンダムの姿は爆煙の中に存在しない。
サイバスターのセンサーが捉えたのはビームソードが発する熱だということにブンドルが気づいたとき、既にギンガナムは動いていた。
「甘いんだよ! 敵の姿も見ずに戦えると思ったのかぁ? そんな傲りを持ったまま小生と渡り合えるものかッ!」
声は上空から響く。確認する時間はない。ブンドルはディスカッターを頭上へと振った。
キン、という甲高い音と共にシャイニングガンダムの拳の衝撃が剣を伝わってくる。
「クッ……! ギンガナム、いったいどうやって爆発を逃れた?」
「簡単なこと! ミサイルと同じ速さで跳べば! 爆発からも逃げられるのだ!」
「無茶を平気でするか、野蛮人め。剣さえ捨てるその戦い方……実に美しくない」
「シャイニングガンダムは元々拳で語るモビルファイターだ! 黒歴史に名を刻んだ東方の拳を受けてみやがれぇ!」
シャイニングガンダムから放たれるのは拳の連撃。
隻腕になろうが変わらないと言わんばかりに左のジャブを打っていく。
ブンドルもギンガナムの拳をディスカッターで受け流していく。が、剣と拳とではスピードが違いすぎた。
徐々にではあるが、ギンガナムの拳はブンドルの剣を圧倒しつつあった。
ならばサイバスターも拳で迎え撃てばよい、という単純なものではない。
元々格闘戦を想定されて設計されたシャイニングガンダムと、そのスピードを活かすための設計をされたサイバスターとでは、パーツ一つ一つの作りからして違う。
サイバスターのマニピュレーターでは、シャイニングガンダムの拳を真っ当に受けるほどの強度が確保されていないのだ。
結果、サイバスターはディスカッターで受けざるをえない。
「オラオラァッ! そんなものかブンドルぅ!」
サイバスターの装甲が、シャイニングガンダムの拳撃を受け歪んでいく。
美麗な外装が傷付いていくのを見、ブンドルの心もまた、深く傷ついていた。
(サイバスターの美しさをこのような男に奪われるなど……! 許されることではない!)
そしてブンドルは覚悟を決める。……自らサイバスターを傷つける覚悟を。
シャイニングガンダムの左ジャブが迫る。スピードと破壊力の両方を兼ね備えた拳だ。
ブンドルは拳の軌道を確認する。ギンガナムの狙いは右肩だ。おそらく、ディスカッターを持つ右腕を壊すつもりなのだろう。
シャイニングガンダムの左腕が伸び、右肩を抉るその寸前に、
「美の女神よ……私の行いを許したまえ!」
ブンドルはそれを、サイバスターの左拳で思い切り殴りつけた。
グシャア、という破砕音と共に、サイバスターのマニピュレーターが砕けていく。
だが同時に、シャイニングガンダムの拳の軌道も変化した。狙いの右肩からは大きく外れ、虚しく空を切る。
拳の勢いに流され、シャイニングガンダムの体勢が崩れるのをブンドルは見逃さない。
ディスカッターを上段に構え、一刀両断の気合いを込め振り下ろす――その一瞬前に、一つの通信が入ってきた。
『あんたら、ちょっと待ったぁ!』
突然耳朶を打った声に驚き、ブンドルの操縦に一瞬の隙が出来る。
その一瞬の間にギンガナムはディスカッターの射程から離れ、立ち止まった。
ブンドルは通信の主をモニター越しに確認する。
まだ若く、少年と言っていい年の頃だ。
だが、通信の声からは少年の中から湧き出る活気が感じられ、こちらを覗く瞳の中には真っ直ぐな意志が込められている。
どこか泥臭ささえ感じられる少年の姿は、けっして美しくはない。しかし、信用に足る少年だとブンドルは判断する。
おそらくは戦闘音を聞きつけ、止めさせるために近づいてきたのだろう。……タイミングは最悪だったが。
今の通信のせいで、必殺の剣を放つ絶対的な機会を逃したのは正直なところ大きな痛手だった。
あそこで倒せていればこの少年とアムロを引き合わせるだけで済んだものを……
この少年を守りながら、ギンガナムと闘えるのか? 答えはNOだ。
「少年。この男は危険だ。ここは私に任せて君は逃げたまえ」
「なっ……助けに来た人間にそれはないだろお兄さん。俺の名前はガロード=ラン、とりあえず殺し合いをやる気はさらさら無いぜ」
ブンドルからいきなり避難勧告を出されたガロードは、少しムッとした声で返事をするが……
「やはり……やはりその声はガロード=ラン! そしてその機体はガンダムF91ィィィィィィ!
まさに夢の……夢の競演! 時代を超えた……黒歴史の邂逅よぉ!
はぁぁぁぁぁッ! ふぅぅぅぅぅぅぅん!」
一方ギンガナムは、興奮の限界に挑戦していた。
喜びのあまり、奇声さえ上げながら顔を真っ赤にさせている。
だがこれは、無理もないことだろう。
『冬の城』に残された黒歴史の映像記録は、決して満たされることのない闘争への渇望を僅かにでも癒やしてくれる唯一のものだったからだ。
その中でも一際心を惹かれたのがガンダムだ。如何なる戦乱の時も、常に強さの象徴であった機体。
ギンガナムにとって、ガンダムはただの機動兵器ではない。武人として追い求めずにはいられないその強さ――まさに、ヒーロー。
「ガロード=ラン……貴殿に決闘を申し込む。
できることならばガンダムエックスに乗った貴殿と勝負したかったが……ガンダムF91もまた名機の呼び声高く!
相手にとって、全く微塵も不足無しよッ!」
「お……、おっさん!? あんたいきなり何言ってるんだよ!
って……なんでおっさんがエックスのことを知ってるんだ!? それにこのガンダムの名前も……!」
ガロードとギンガナムの通信を聞き、ブンドルは一つの疑問を抱く。
……何故、ギンガナムは他の参加者の情報をここまで得ている?
アムロは、ギンガナムのことを知らないと言う。あの通信から考えるに、ガロードもまたギンガナムとの直接の面識はないだろう。
ギンガナムだけが一方的に二人を知っている。これはただの偶然なのか?
アムロは知り合いが同様に参加させられていた、と言っていた。シャア=アズナブルという男がいたと。
話を聞く限りではアムロもシャアも元の世界ではかなりの影響力を持つ存在だったらしい。
ギンガナムが同郷の人間ならば一方的に知っている可能性も高い。
だが、ガロードの存在まで知っているのは何故だ?
「ガロード、大切な話だ。君は、あのギンガナムという男の知り合いか?」
「いいや、あんなおっさん会ったら絶対忘れるわけがないさ。間違いなく、俺はあのおっさんと会ったことはないよ」
「ならばもう一つ。――アムロ=レイという名に心当たりは?」
「誰だいそれ? お兄さんが探してる人?」
(……ガロードは、アムロの存在を知らないのか?)
つまり、ギンガナムはブンドルたちの知らない何かを掴んでいる。
そしてギンガナムの知識の根底にあるキーワードは――『ガンダム』と『黒歴史』だ。
『時代を超えた邂逅』/『黒歴史に名を刻む』/『無数の戦乱』
(『黒歴史』とは時代を超えて受け継がれた戦乱の記録なのか?
アムロやガロードはその戦いの中で、記録されるに十分な戦果を上げた――『ガンダム』に乗って!)
繋がる――全てが、黒歴史へと繋がっていく!
「だとすれば……ギンガナムの知識、このまま斬り捨てるわけにはいかないだろう」
ブンドルはサイバスターをシャイニングガンダムとF91の間に割り込ませ、
「ギンガナム、聞こえているか?」
「ブンドルよ、今の小生には貴様の相手をしている暇など無い。ガロード=ランとの決闘が終わってからにしてもらおうか」
「……ギンガナム。君は私の情報をどこまで知っている?」
「あぁ? 黒歴史にも残らないような、何処の馬の骨とも知れない男のことなど小生が知るものかよ!」
「フッ……やはりそうか。私はガンダムなどというものは知らないからな。もっとも、あれに酷似した機動兵器は知っているがね。
覚えておきたまえギム=ギンガナムよ。私の名はレオナルド=メディチ=ブンドル。
ドクーガの情報局々長を務め、美しきものを何より愛する――『悪』だ!」
そう言うや否や、ブンドルはギンガナムに背を向け、ガロードの方へ急接近する。
右手に握られたのはディスカッター。その白銀の刃を――ガンダムF91の首筋へと突きつける!
「お、お兄さん!? 一体何を……!」
「ガロードよ……さっきの通信を聞いていただろう? 私は悪だ。
ならば悪役らしく――人質を取らせてもらおうかギンガナム!」
「な、なんだってー!? って、俺ってば本当にこんな役回りばっかりだよ!」
ガロードの一人ツッコミを意にも介さず、ブンドルはギンガナムと正対する。
ブンドルは余裕の笑みを浮かべながら、ギンガナムは怒りの眼差しを向けながら相手の出方を窺う。
勿論、先に動いたのはギンガナムだ。人質を取られているが故に機体そのものを動かすことは出来なかったが。
「ブンドル……! 貴様、武人の誇りというものは無いのかぁぁぁぁぁ!
ガロード=ランから手を離せ! さもなければ小生のシャイニングフィンガーが貴様を完膚無きまでに破壊するぞ!」
「そう……短気は美しくない。まずは落ち着けギンガナム。こちらの出す条件を呑むのならば、私はガロード=ランに手を出さない。
悪い条件ではないはずだ。なにせこちらの願いとは――君との決闘だからだ」
「決闘だと? フフフ……望むところだブンドル! 小生が勝てば、そのままガロード=ランとの一騎打ちということだな」
「そういうことになるな。そしてこの決闘にも一つ取り決めをしておきたい。
もし君が勝つのならば、私を好きなようにしろ。煮るも焼くも君の勝手だ。だが私が勝てば……分かっているな?」
「いいだろう。シャイニングガンダムに乗った小生が負けるなど有り得ないことだがなぁ!」
そこまで話し、ようやくブンドルはF91の首筋からディスカッターを下ろす。
ガロードは二人からやや離れたところで観戦を決め込んだ。もちろん応援するのはブンドルだ。
さっきは人質に取られるなどという状況になってしまったが、ここでブンドルが勝てば自分はギンガナムと戦わずにすむ。
本当は神さんやお姉さんに、キラって奴と早いところ合流したいんだけどな……とは思うものの、上手くいけばここでブンドルも仲間になってくれるかもしれない。
「では決闘のルールを説明しよう。決着は単純。どちらかが相手の機体に有効打を一つ入れることだ。
開始の合図は……ガロードにやってもらおうか。頼んだぞガロード」
「おう。それじゃあお二人さん、準備はいいかい?」
二人の首肯を確認し、ガロードは大きく深呼吸。
一拍置いた後――
「始めッ!」
決闘は、始まった。
◇
先手を取るべく動くのはブンドルだ。
勝利条件は一つの有効打。重要なのは速さではなく、早さ。
先の戦いで、接近戦の不利は承知している。打ち合いになれば、速度で劣るこちらに勝ち目はないと言えるだろう。
ギンガナムへの意趣返し――サイバスターは横薙ぎの一閃を放つ。
シャイニングガンダムから見て右方向からの斬撃だ。右腕を消失したシャイニングガンダムは、この攻撃を受け止めることも受け流すことも難しい。
残された選択肢は回避のみ。ギンガナムは後方へ大きく跳躍し、閃く白銀を避ける。
ブンドルの剣が目の前を過ぎるのを見ながら、ギンガナムは叫ぶ。
「バァァァルカンッ!!」
シャイニングガンダムの頭部から連射される銃弾。一発の威力こそ低いが、数を受ければダメージも小さくない。
追撃の姿勢を見せていたブンドルだったが、バルカンの軌跡を避けるように横方向への移動に切り替える。
が、サイバスターの回避を待ち受けていたかの如く、シャイニングガンダムは接近。
サイバスターから放たれたミサイルの合間を縫うように加速していく。
左手に握られているのはビームソードだ。ブンドルは刃を受け流すべくディスカッターを構えるが――
光剣に向かって振られたはずの剣は、ブンドルに何の手応えも返さない。
「刃が――無いだと!?」
ビームソードは展開していない。ギンガナムは、ただ柄のみを握り、振ったのだ。
ディスカッターが如何に名剣だろうとも、虚しく空を切るばかり。
サイバスターの直前で、ギンガナムは改めてビームソードを展開。
煌めく光剣がサイバスターを切り裂く――寸前に、カロリックミサイルが爆発し、周囲に砂塵を撒き散らす。
「何ぃ!? ビームソードが……!」
突如ビームソードに起きた異変に、ギンガナムは驚きの表情を見せる。
光剣は、その光を衰えさせている。わずかに――ほんのわずかにサイバスターに届かない!
「――君は、光学兵器の何たるかを知っているか? ビームやレーザーといったエネルギーをそのまま射出する兵器は確かに強力だ。
だが同時に、それらの兵器には弱点もあるのだよ。これもその一つ。
光はその性質上、物体に当たるときの屈折、吸収、反射を避けられない。それはつまりエネルギーの減少を意味する。
ここでポイントとなるのは、その物体は微少の体積でも十分に意味を成す、ということだ。
つまり光学兵器の天敵とは――この砂塵のように、微少な物質が広く散布された状況。
このような状況下では、本来の出力など期待出来ない。実に――実に美しい理論だ」
サイバスターは更にカロリックミサイルを発射。連続して巻き起こる爆発は目眩ましとなる。
ブンドルの狙いに気づいたギンガナムはビームソードを捨て、迎撃の構え。
「宣言しよう。私は次の一手で勝つとね」
「それは小生の言葉だ……! 先に言っておこうかブンドルよ。貴様との勝負――素晴らしかったぞ!」
「それは光栄だ。では――参る!」
砂塵と爆煙は未だ晴れず。
視界が利かない中で、ギンガナムは思う。ブンドルの技量は、黒歴史のエースパイロット達に並ぶものだと。
……だがそれでも、勝利を掴むのは小生のこの拳!
次の一撃で決着だ。……持てる力を注ぎ込む!
ギンガナムの精神に呼応するように、シャイニングガンダムの左手が熱を帯びる。
シャイニングフィンガーには及ばない――けれど、強い力だ。
全身の神経を総動員し、感覚を限界まで研ぎ澄ます。
――煙が揺れる。ブンドルだ、と直感した。
煙の向こうのサイバスターに向かって、左拳を突く。拳に込められた力は、サイバスターを破るのに十全。
だが――拳がその先にあるものを貫く寸前に、ギンガナムは自分の意志でその拳を止めることとなる。
「おのれ……謀ったかブンドル!」
煙の向こうにあったもの。それはブンドルの乗るサイバスターではなかった。
……ガンダムF91とガロード=ラン!
黒歴史のガンダムとそのパイロットをこんな形で屠ることはギンガナムの意にそぐわない。
咄嗟の判断で拳を止めた瞬間、ブンドルの狙いに気づく。しかし、今更気づいたところで遅すぎるのだ。
「敵の姿も見ずに戦えると思ったのか? そんな傲りを持ったまま私と渡り合えるものか。
生憎だが……さっきも言った通り、私は『悪役』だ。ならば悪役らしく、正々堂々と不意を打たせてもらおう!」
ギンガナムが、「上だ」と気づいた瞬間、シャイニングガンダムに衝撃が走る。
背面から地に倒れ、サイバスターに組み敷かれた。そしてギンガナムは自身の敗北を悟る。
「――決着か。さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ、ブンドル」
◆
アムロはストレーガの中、一人息を吐く。
ガナドゥールの攻撃で吹っ飛ばした分各部に損傷が見られるが、何時機能を停止してもおかしくないガナドゥールよりはマシだ。
そう考えての乗り換え。二機分の知識が頭の中に叩き込まれ、これらが合体機構を備えていることも理解した。
合体が可能だということは――と考え、部品の規格を確認した。思った通り、二機間でなら流用出来そうな部品も多い。
ひとまず簡単な作業で可能な範囲から交換し、ストレーガの状態を調整した。おそらく、戦闘も問題なくこなすことが出来るだろう。
そしてアムロは、ガナドゥールのコクピットを機体から引きずり出す。
その中にあったのは、頭部を損傷した死体。
――やらなければいけないことがある。躊躇は無かった。ストレーガのマニュピレーターで死体を弄る。
目的の品を手に入れることが出来たことを確認すると、アムロは青年の死体を再びガナドゥールのコクピットの中に押し込む。
本当なら墓を作ってやりたいところだが――市街地の中にポツンと墓を作るのも寂しいことだと思った。
なら、この機体のそばに置いてやれば未だ知り合いが見つけれるのではないかと――そんな理由を付ける。
けれど分かっている。そんなのは自分が安心するための、ただの詭弁だ。
この青年が放送で呼ばれた10人の中の一人なのか、それともその後に死んだのかは分からない。
どちらにしろ――アムロは、人が無意味に死んでいくのを止められなかったのだ。
死者を蔑ろにするつもりは無いが、今はそれ以上に時間が惜しい。
だからこその詭弁だった。
「……俺を笑うなよ、シャア。今は出来るか出来ないかじゃなく、やらなきゃいけないんだ」
ガナドゥールに背を向ける。ブンドルが行ってから数時間が過ぎていた。
機体の整備を一からやらなければいけなかったこと、首輪を確保しなければいけなかったことを差し引いても、この遅れは致命的だ。
スラスターを噴かし、ブンドルの元へ向かおうとしたその時。
ストレーガのレーダーが機影を捉えた。……ブンドルではない。
しかしギンガナムでもないだろう。あの子供のような無邪気な敵意は感じられない。
アムロが機影の主について思案していると、向こうの方から通信が入ってきた。
『あんたがアムロなのか? 俺はガロード=ラン。ブンドルのお兄さんに言われて、あんたと合流しに来たんだ』
「ブンドルに言われただって? ……何故君が一人で来る。ブンドルは一体……」
『お兄さんは無事だよ。ただちょっと理由があって……俺が一人で来た。
俺には今別行動してる仲間がいるんだ。アムロさんは俺らと一緒に行動するようにって言ってたぜ』
肥大化した集団は迅速さに欠ける。三四人の小集団を形成するつもりだとブンドルは言っていた。
アムロを中心に小集団を結成した後は一人で各所を回るつもりだとも。
少年の言い分とブンドルの目的は合致する。嘘をつけるような顔でもないな、とモニターに映る顔から判断。
「……分かった。君の言っていることは本当だろう。君に同行させてもらうことにするよ」
◆
ガロードが行ったのを見送り――ブンドルは後ろを振り返る。
其処にいたのはギンガナムの乗るシャイニングガンダムだ。
「ブンドル……何故小生の命を取らなかった? あのまま討つことは簡単だったはずだ」
「君が煮ても焼いても食えない奴だというのは知っていたからな。……おっと、怒るな。冗談だ。
率直に言おう。――私たちに協力したまえ、ギム=ギンガナム」
「何だと?」
「私たちと共に、あの異形の怪物を討てと――私はそう言っている。君の力はそのまま斬り捨てるには惜しいものだったからな。
それに……考えてみたまえ。君が私たちに協力するということはすなわちアムロ=レイとの共闘を意味する。
どうだ? 少しはやる気が出てきたのではないかね?
そもそも君の目的は黒歴史に残るほどの強者と戦うことだったはず――今この場で一番強いのは誰だ。
私たちの命を握っている主催者ではないか? アムロなど、事が終われば幾らでも手合わせする機会はあるだろう。
これでも君は――まだ無闇に闘い続けるのか?」
「アムロ=レイやガロード=ランとの共闘だと……! ブンドル――貴様、策士だな!?」
「フッ……まだまだ特典はあるぞ! 今なら各所に点在する殺戮者との交戦権も付けよう!
この争いで最後まで生き残ろうとする人間だ、実力もそれなりにあるだろう。そのような相手に対して遠慮することはない。
思う存分君の拳を叩き込んでやれ!」
「いいだろう、その話乗った!」
フフフ……未だ見ぬ兵どもよ、待っておけ! このギム=ギンガナムが正義の拳をお見舞いしてやる! ……などとギンガナムが吼えている横で、ブンドルはほくそ笑んでいた。
(上手く乗ってくれたな。純粋な分、敵意の方向を変えるのも容易いということか。
……だが、ギンガナムの真価はその戦闘力ではない。『黒歴史』……ギンガナムの持つ情報は、この戦場で大きな力になる)
このゲームの参加者の中には、アムロやガロードのように黒歴史にその名を残している者が未だいるはずだ。
同様にガンダムが支給された参加者もだ。彼らに対して情報という形でアドバンテージが取れるのは大きい。
ガロードとその仲間のおかげでアムロを中心とした小集団も作れた。
――反撃の準備は着々と整いつつある。
ブンドルは胸中で主催者である怪物へ語りかける。
(滅びの時間は近づいているぞ。余裕を持っていられるのも――今だけだ!)
【アムロ・レイ 搭乗機体:ストレーガ (スーパーロボット大戦D)
パイロット状況:疲労、喪失感
機体状況:各部にダメージ(戦闘に支障無し)
現在位置:B-1
第一行動方針:ガロードの仲間と合流
第二行動方針:アイビスの捜索
第三行動方針:協力者の探索
第四行動方針:首輪解除のための施設、道具の発見
最終行動方針:ゲームからの脱出
備考:ボールペン(赤、黒)を上着の胸ポケットに挿している
シャアの死亡を悟っています
首輪(エイジ)を一個所持】
【ガロード・ラン 搭乗機体:ガンダムF−91( 機動戦士ガンダムF−91)
パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。
機体状態:微細な傷(戦闘に支障なし)
現在位置:B-1
第一行動方針:B-1にて神隼人との合流
第二行動方針:勇、及び勇の手がかり(エイジ)の捜索
最終行動方針:ティファの元に生還】
【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
パイロット状態:良好、主催者に対する怒り
機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊
現在位置:B-3
第一行動方針:協力者を捜索
第二行動方針:三四人の小集団を形成させる
第三行動方針:基地の確保のち首輪の解除
最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】
【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
パイロット状態:良好(気力125)
機体状態:右腕肘から先消失、胸部装甲にヒビ、各部に軽度の損傷
現在位置:B-3
第一行動方針:ブンドルについていく
第二行動方針:倒すに値する悪を探す
第三行動方針:アイビス=ブレンを探し出して再戦する
最終行動方針:最も強い存在である主催を討ち、アムロ達と心ゆくまで手合わせ
備考:ジョシュアの名前をアイビス=ブレンだと思い込んでいる】
【二日目3:00】
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