65話 「パンがなければお菓子をお食べ」
◆ZimMbzaYEY
穏やかな川面が陽光を反射してキラキラと輝いている。川面の周辺は豊かな緑に囲まれており、レッドリバーに似ているなという感想をソシエに与えた。
成人式の前にした沐浴や溺れていたロランを助けた記憶が呼び起こされ懐かしさが胸を満たしたがアスファルトに舗装された道路と橋がソシエを現実に引き戻す。
産業革命をようやく迎えたばかりといった世界から来たソシエにとって技術的に大きな較差のあるそれらは見慣れないものだった。
どうせあれも月の技術の一部かなにかだろうとあたりをつけたソシエはせっかくの感慨を台無しにされたことに気づき少し腹を立てた。
しかし、すぐに怒ってもしかたのないことだと思い直し正面を見据える。
岩山の影に隠れつつもはるか遠方にわずかに顔をのぞかせているそれは町のように見えた。
しかし、そこに建ち並んでいる建物はソシエのよく知った木や石や煉瓦でできた温かみのあるものではなくもっと冷ややかな別のものでできているように思えた。
好奇心をくすぐられたソシエはそこを目的地と定め、空中に浮かぶドスハードの向きを整える。
飛行機の風を切るような感覚とは異なるドスハードの浮遊感にもここ数時間の慣熟飛行でようやく体になじんできたところだった。
単調な運転に飽きてもきていた彼女はもう一度目的地を見やると機体のスロットルを一気にひいてドスハードを加速させる。
周囲に映る外の映像の流れが急速にはやくなったがそれだけだった。
微動だにしないコックピット内の空気に包まれていれば風を感じることもないし、そこから高揚感もうまれはしない。
実際には急加速時や戦闘時に生じるGからパイロットを防護するショック・アブソーバーが正常に働いた結果ではあったがそんなことはソシエの知ったこっちゃない。
拍子抜けする思いで味気なさを感じたソシエは岩山を迂回する進路を設定した。
地平線の彼方に湧き上がった入道雲が徐々に大きくなり視界を埋めていくさまをシンヤはぼんやりと眺めていた。
倒れふして既に30分がたっていた。明日か、明後日か、いずれにせよそう遠くない未来に訪れる死の気配を感じつつなんて間抜けな終わり方だと自嘲する。
その傍ら別の思考は兄に対する情念を生への糧に生きることを望み悲鳴をあげていた。
ふっと日が翳り先ほどの入道雲が思ったよりも早くこちらへ来たのに気づくと夕立でもこないものかと期待したがそんな気配はなかった。
そのかわりに彼の頭上から降ってきたのは幼さの残る少女の声だった。
「あなた、なにやってるの?」
ソシエがシンヤを発見したのは約十分前のことだった。遠方に何かが太陽の光を反射して光ったと思ったソシエはたいして考えもせずにそちらに向かった。
近づいてみるとそれはとても小さな機械人形だとわかり不用意に近づいたうかつさに気づく。
しかし、2m程度の地に伏した相手に対して50m程の巨体で隠れもせずに中を飛ぶ自分。
いまさら隠れてもしかたないなと開き直ってまっすぐ近づいていったソシエは一向に動く気配のない相手を不思議に思い
「あなた、なにやってるの?」
と思わず声をかけてしまった次第であった。
さっきまではもう動けないと思っていたにも関らずいざとなると意外と動けるものだと妙に感心しながらシンヤはふらつく体で立ち上がり頭上を見上げた。
ソシエの側からすると全周囲型モニターによってシンヤは足元に映し出されているのだが、シンヤの視界にはドスハード巨大な足の裏しか映らない。
そのことに若干苛立ちを感じつつシンヤは考える。
これは食料を得るチャンスだ。しかし、なるべく戦闘は避けよう。以前の戦闘のように食料ごと相手を吹き飛ばしてしまったらもともこともない。
なによりこの状態で戦闘をして万が一食料が手に入らなければどうなることか・・・。空腹のせいか録に考えもまとまらない。
まずは食料を得ることが先決。その一点のみを留意してシンヤは口を開いた。
「おとなしくこちらに食料を渡してもらおうか・・・。そうすれば楽に死なせてあげるよ」
食料を分けてもらう為に人間風情に頭を下げる気は彼にはまったくと言っていいほどなかったようだ。とりあえず戦闘を回避しつつ食料を手に入れようという人の台詞ではない。
「イヤよ」
そのぞんざいな物言いに反感を覚えたソシエは即答した。
その後でこの人は空腹で倒れていたのかと思い至るとなんだか可笑しさがこみあげてきて彼女は笑い出した。
(人間風情が・・・)
とシンヤのコメカミに青筋がたったが彼はどうにかこらえる。
そうして一通り笑ったあと、ソシエはいくらかの条件と共に食料を分けてあげる気になったのだが、ちょっとした思い付きと悪戯心が頭をもたげた。
衝動に突き動かされるままソシエはあまり深く考えずにいつかどこかで聞いたことがあるような台詞を口に出す。
「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」
その瞬間、頭の中でぷつんと何かが切れる音がして
「人間・・・ふざけるなあああぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びと共に弱った体でシンヤはドスハードに飛びかかった。
反射的にソシエは宙に浮かべていた足を地面に踏みこむ。最初から視界いっぱいに広がっていたドスハードの足が音をたててシンヤを踏み潰した。
そのとっさのスムーズな操作はここ数時間の訓練の賜物にちがいなかったがシンヤが弱っていたからこそ捉えられたことは間違いないだろう。
ついやってしまったこととはいえさすがにやりすぎたと感じたソシエは恐る恐る足をどけてシンヤの状態を確認する。
地面にめり込んではいるものの潰れては・・・いない。つまみあげて見る。どうやら生きているようだ。ほっと安堵がため息になって出ていった。
その瞬間、市街地に撃ち込まれた艦砲射撃の轟音が響きわたる。
とっさに周囲を確認したソシエは市街地の一部が土煙をあげているのを見つける。
どういった経緯かは知らないが戦闘がおこなわれているらしい。
襲われている人がいるのならホワイトドールで助けねばならないと思い、ソシエはドスハードを急発進させた。テッカマンをその手にぶら下げたまま・・・。
【ソシエ・ハイム 搭乗機体:機鋼戦士ドスハード(戦国魔神ゴーショーグン)
パイロット状況:良好(機体がガンダム系だと勘違いしています)
機体状況:良好(AIは取り外され、コクピットが設置されています)
現在位置:D-7市街地周辺
第一行動方針:D-7市街地の戦闘を止める
第二行動方針:条件付でシンヤに食料を分ける
第三行動方針:仲間を集める
最終行動方針:主催者を倒す】
【相羽 シンヤ(テッカマンエビル) 搭乗機体:無し
パイロット状況:テッカマン形態、PSYボルテッカ使用により疲労、無茶苦茶空腹
気絶中、ドスハードにつままれている
機体状況:機体なし
現在位置:D-7市街地周辺
第一行動方針:食料の確保
第二行動方針:機体の確保
第三行動方針:他の参加者を全滅させる
最終行動方針:元の世界に帰る
備考:テックシステムの使用はカロリーを大量に消費】
【初日 16:15】
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