102話A「極めて近く、限りなく遠い世界の邂逅」
◆960Bruf/Mw



 瓦礫の街並みの中、四機の航空機が羽を休めている。
 その羽の下、崩れた家屋の残骸に腰をおろしている男がいた。男の名は神隼人という。
 その眼は三機のゲットマシンを見ていた。
 ――間違いなくゲッターだ。
 真ベアー号に乗り込んだときに理解した。コックピットの内装、ゲットマシンの外観こそ知るものと異なってはいたが、首輪が教えてくれた。こいつは――
 ――真ゲッター。
 ゲッターの後継機としてつくられた機体。早乙女博士の尽力にも関わらず、5年前のあの日起動しなかった機体。それが――
 ――なぜ動いている?
 早乙女研究所の地下に封印されていたはずだ。
 ――いや、それよりも……。あの時、こいつが動いていればムサシは。
 噛みしめた奥歯が鳴る。古傷が顔に浮かび上がってきていた。
 一つ深呼吸をして心を静める。
 ――落ち着け。好都合だ。
 あの化け物がどうやってこいつを持ち出したのかは知らんが、好都合だ。
 決して動かなかったこいつが何故か順調に稼働している。そして――
 動かした視界に一組の男女が映し出される。
 おそらくクインシィを宥め連れ戻すのに苦労したのだろう。ガロードは正座で終わりの見えない説教を受けていた。
 ――ゲットマシンを扱えるパイロットがここに二人いる。
 あの化け物はただ無作為に人を集め訳じゃないらしい。
 翔と剴を見つけた後、どうしても見つけることが出来なかった三人目がここに二人もいる。
 となると、当面の目標は三人目を探すことか。
 そこでようやく隼人は、助けを求めてチラチラと視線を送ってきているガロードに気づいた。
「クインシィ、そのくらいにしておけ」
 少女の意志の強そうな瞳がこちらを向き、鋭い視線と怒気の矛先がかわる。
 それをこともなげに受け流し、話し出した。
「俺たちは別々の世界から集められた可能性がある……」
 最初に交換した情報の中に各自の世界観が異なることはすでに検討がついていた。
「そ〜いうこと。ヘイコン世界に住む者同士ってわけだ」
「並行世界だ」
 以前、クインシィと同様の会話をしていたガロードが得意気に相槌をうち、即座にクインシィの訂正が入る。
「それでこれからの話だが、お前たちはこのままゲッターに乗れ。俺もこのままYF-19に乗る」
 その言葉に、これまで隼人に対してゲッターという単語を口にしてないクインシィの眉がぴくりと動いた。
「そう警戒するな。あれは元々俺がいた世界で俺が乗っていたものだ。お前たちよりはあれに詳しい」
 そして「もっとも肝心なときに動かなかったがな……」とどこか自嘲気味に続ける。
「なら、なぜお前も乗り込まない? 」
「古傷があってな……。だが、そんなことはどうでもいい。それよりひとまず話は中断だ」
『アー、アー、ただいまマイクのテスト中ですの……』
 まるで見計らかったかのようなタイミングで、どこらかともなく少女の声が響いてきた。


 ――6時間で10人。
 それを多いととるか少ないととるかは、人それぞれである。
 平時に50人強の集団から6時間で10人の死者が出たと考えれば、それは異常に多いだろう。だが未曾有の災害に巻き込まれたと考えれば、その数は少なかった。
 しかし、あの化け物が提示したルール上死者はまだまだ増える。
 最終的に1人しか生き残れないのであれば、その犠牲の数はやはり異常だ。
 ――1人?
 疑問が浮かんだ。
 この殺し合いはシステム上必ず1人は生き残るように設定されている。
 ――何のために?
 自分に科せられた首輪を撫でる。
 ただ殺すのが目的ならば、奴らはたやすくやってのけれるはずだ。
 最初に集められたときでも、今この瞬間でもだ。
 つまりこれは我々を殺すのが目的ではない。ただの娯楽、気まぐれ、余興と言われてしまえばそれまでだが……。可能性としては――
「選定……もしくは観察か……」
 ここに集められる前の記憶――ネオゲッターチームを集めるために自分が出した犠牲者を思い浮かべる。
 ――なんてことはない。俺もあの化け物と同類か。
 小さく哄笑が漏れた。

「俺について来い。まずはゲッターを合体させるぞ」
「なぜお前にそんなことを命令されなければならない」
 立ち上がり歩き出そうとした隼人にクインシィが噛みつく。
「こんなとこで死ぬのはごめんだろ? なら今はくだらんプライドは捨てて俺に従え。ゲッターの扱い方を教えてやる」
 視線がぶつかり合ったあと、隼人は背を向けて真ベアー号のほうに歩きだす。
 背後では納得がいかないといったふうのクインシィを、ガロードが宥めていた。


 痩身長躯の男が真・ジャガー号のコックピットに張り付き、ガロードにあれこれと指示を飛ばしている。
 その様子をモニター越しに眺めていた。
 ――気に入らない。
 神隼人と名乗るその男は、沈着冷静、頭脳明晰、そういった類の人間なのだろう。
 そして、おそらくは最低限の冷徹さも兼ね備えている。
 物に例えるならばナイフのような男――それが抱いた感想だった。
 この先、生き残っていくのには必要な男。それは理解していた。
 だが、どうにも気に入らない。イライラする。ようはそりが合わないということなのだろう。
 ――くだらないな。
 そう思い。気持を落ち着かせる。気持の問題など些細なことでしかない。
「クインシィ、操縦方法は頭に入っているな。ベアー号はオートで発進させる。まずはゲッター1だ。イーグル・ジャガー・ベアーの順で合体しろ。いいな」
 隼人から通信が入る。それにほんの一瞬前までの考えを忘れて、彼女は苛立った。
 どこか上から物を言うような口調、それが気に入らない。
「黙ってみていろ。私の好きにやらせてもらう」
 感情が判断を鈍らせることを下らないと思いつつも、感情的になる自分を御することができない。クインシィはそういう自分に気づいてはいなかった。


 赤、白、黄色、三色のゲットマシンが空を飛び、一列に連なる。やがてその間隔は狭まり、合体は三度目で成功した。
「遅い! 時間がかかりすぎだ」
 筋はいい。そう思いつつ苦言を飛ばす。クインシィから返事はなかった。
「まぁいい。次はゲッター2だ。ジャガー・ベアー・イーグルの順に……」
 そこまでで一度隼人は言葉を区切った。
「神さん? 」
 不審に思ったガロードが声をかける。
「ひとまず中止する。南西の方角にお客さんだ」
 ビル群の中をゆっくりとこちらに近づいてくる青い巨人の姿が目視できた。
 距離から推し量るに、その巨体は真ゲッターと同程度の大きさであろうか。
 その足取りの確かさからまずこちらを確認していると見てほぼ間違いなさそうだった。
 ひとまずは接触すべきと考え、一歩前に踏み出す。
 その瞬間、一陣の風が隼人の横をすり抜けていった。
 零コンマ何秒の世界でその赤い風はキロ単位の距離をふいにし、無造作に頭蓋を鷲掴み、大地に叩きつける。
 技術もへったくれもないただ力任せの一撃。しかし、掛け値なしの渾身の一撃。
 重低音が響き、土煙が柱の如く聳え立つ。
 不意を突かれた隼人も、ガロードも、静止は愚か反応さえもできない間の出来事だった。

 ラキと出会ったときに相対した相手だ。警戒はしていた。
 その時の経験をもとに不意を突かれないだけの距離は取っていた――はずだった。
 どろりとした血液が額を伝って流れ落ち、口の中には錆びた鉄の味が広がる。
 軽く脳震盪でも起こしたのか、視界がぶれてうまく焦点が合わない。揺蕩う視界に赤い悪魔が映し出されていた。
「………した…」
 ガラスを引っ掻いたような耳鳴りがするなか、呟きが聞こえてくる。
「……どこへ隠した。勇をォどこへ隠したアアァァァァアアアアア!!!! 」
 聞き返す間もなく呟きは叫びへとかわる。
 フォルテギガスの頭蓋が持ち上げられ、今度はビルの壁面に叩きつけられる。
「答えろ! 勇はどこだ? 」
「な、何のことだ? 」
 何かが潰れるような鈍い音を響かせてフォルテギガスの頭部が打ちすえられる。
「隠すな! お前は知っているはずだ。勇の……私の弟の行方を!! 」
 意味が分からなかった。
 勇という知り合いはいなかった。グラドスにも、地球にも、ここにもだ。
 にもかかわらずこの少女は自分が勇を知ってると思い込んでいる。
 まったく意味が分からなかった。
 ただ一つわかるのは――この少女がどこか普通ではないということだけだった。


 赤い悪鬼が巨人の頭蓋を鷲掴みにしていた。
 いや既に頭の形を保っていないそれは、頭蓋と呼ぶにはふさわしくないかもしれない。
 言ってみれば潰れた鉄屑だった。
 それが大地に、ビルの壁面に、ところ構わず無造作に叩きつけられている。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
 永遠にループするその光景を現すなら、『凄惨』の二字がぴったりであっただろう。
「ガロード、何が起こっている! 状況を説明しろ!! 」
 その狂気の惨劇を眼の前に、隼人が吠える。
「俺にだってわかんないよ。こんなお姉さんは初めてなんだ!! 」
 返ってきた返答に苛立つ。
「ともかく。クインシィを落ちつかせろ」
 吐き捨てるように言い、モニターに視界を戻した。
 巨人が逃れようと鷲掴みにする腕を両の手で掴んでいる。しかし、既に力はない。そんな感じだった。
 ――いや、あれは。
「クインシィ、離れろ! 」
 隼人が叫ぶのとほぼ同時に、フォルテギガスの胸部にある四つのハッチが十字に開かれ、閃光が放たれた。

 立ち込めた爆煙を裂いて東西に赤と青――二機の巨人が弾けとび、数棟のビルが巻きこまれて瓦解する。
 ――くそっ! まさかあんな方法で相殺されるなんて。
 逃げられないように腕を掴み放った起死回生の一手――フォルテギガスのギガブラスター。
 それはゲッターの腹部から放たれたゲッタービームに相殺され、二機は弾けとんだ。
「レイ、損傷を……」
 そこまで言いかけて居ないことを思い出し、機体を立て直す。
 立ち上がったフォルテギガスの中、視界が回る。腹の底から何かが込み上げてきて思わず吐き出す。出てきたものは赤かった。
 あれだけ絶え間なくコックピット内部で揺れに翻弄され続けていたのだ。無理もない。
 揺れる視界、いかれた平衡感覚、遠距離戦は不可。逃げ切ることも難しい。
 ――どうにかして接近戦に持ち込むしかない。
 特殊自律型兵器フィガ、それを射出して距離を詰める。そう決めたときに予想外の衝撃がエイジを襲う。
 強き巨人の名を冠する50m超の巨体が地に埋没し、エイジの意識はとんだ。


 首のないその風貌が死を司る首なしの騎士――デュラハンを連想させる機体が、強き巨人を足蹴にたたずんでいる。
 爆発が一つ起こり、近場に一つの機体が吹き飛ばされて来た。
 即座に駆け寄り、蹴り倒し、踏み潰した。そこには容赦も慈悲もない。
 生きる為に他人を蹴落とす。今の彼にとっては至極当然の行為だった。
「ちっ、さすがにでかいだけあって硬え」
 踏み砕くつもりで潰したはずの巨人の背にはヒビが入っていたが、砕けてはいない。
 そこに踵の裏で圧力をかける。
 装甲の外板が悲鳴をあげ、四方を持ち上げつつ剥がれていく。圧迫された内部の機器が火花を散らし、黒いオイルが血の如く飛び散った。
 その時、立ち込める土煙を裂いて赤い悪鬼が姿を現した。
 横薙ぎにはらわれる大鎌。
 咄嗟のダッキング。風切り音が頭――否、首の直上をすり抜けていった。
 そのまま懐に潜り込み、振り上げられる拳。
 金属同士がぶつかり合う音が響き――

――大鎌の柄と拳が接触した。
「なっ!? 貴様は誰だ! 」
「俺の知らないゲッターだと!? 」
 互いの言葉が交錯する。押し合う拳と大鎌。
「その声、竜馬か! 」
「……!? 」
 割り込んだ声に誘発され生じたわずかな隙。それを見逃さずクインシィは力を緩め、拳を受け流す。
 前のめりに崩れる大雷凰。上段に大きく振り上げられる大鎌。
 次の瞬間、『轟』と呻りをあげて振り下ろされた大鎌は――

――大雷凰の数センチ上でピタリと静止した。
 大雷凰の腕が大鎌の柄をがっちりと掴んでいる。
「てめえ……、隼人かああぁぁぁああああ!!! 」
 強引に大鎌の柄でゲッターの顎をかちあげる。
 ふわりと浮かび上がるゲッター。そのまま流れるように繰り出された大雷凰の回し蹴りが――

――ゲッターの脇腹に食い込み、その巨体が弾け飛ぶ。
「プラズマビュート! 奴を逃すな!! 」
 まだ終わりではない。発せられたのは青白く輝くプラズマの荒縄。
 捕えられるゲッター。強引に引き寄せられ、一度広がった両者の距離が急速に縮まる。
「調子にぃ……のるなああぁぁぁぁぁぁああああ!!!! 」
 ゲッターバトルウィングが展開されプラズマビュートが断ち切られる。
 肩口から斧槍――ゲッタートマホークを取り出し、速度を落とすことなく――否、むしろ加速しつつゲッターが大雷凰に迫る。
 動じることなく竜馬も大鎌――ゲッターサイトを構え、迎え撃つ。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!! 」
「隼人おおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!! 」
 ぶつかり合う互いの気迫。交錯する斧槍と大鎌。入れ替わる両者の位置。

 音をたててゲッターの装甲に亀裂が奔った。
 互いに向きなおり、再び対峙したその時――

「落ち着け、二人とも!! 」

――静止が入った。

 大雷凰と真ゲッター。その二つの大型機のちょうど中間に一つの小型機が割り込んでいた。
「リョウ、どういうつもりだ? お前もあの化け物の企てに乗った口か?」
 その小型機から送られてくる通信モニターに隼人が映っている。
 ――ちっ……。ゲッターに乗ってたのが隼人、てめえじゃないとわな……。
 先入観からかゲッターに乗っているのは隼人。そう思いこんだのは間違いだった。

「俺はなぁ、てめえと早乙女のジジイに引導を渡せりゃ、この殺し合いも化け物もどうだっていい」
 モニター越しに隼人を睨みつけ言い放つ。
「どういうことだ? 何故、早乙女博士をお前が狙う! 」
「とぼけるな、隼人! 」
「答えになってないぞ、竜馬!! 」
 噛み合わない会話の往復。隼人の顔に困惑した表情が浮かぶ。
「いつまでとぼける気だ! 三年前のあの日、てめえが早乙女のジジイを殺し、俺に罪を着せて逃げた!!そのせいで俺はなぁ、隼人!! 永久刑務所で地獄を見たんだ!!! 」
 今にも飛びかかりそうな、隠そうともしない剥き出しの憎悪、それが隼人に向けられていた。
「何のことだ? 何を言っている? 」
「うるせぇ! 俺はここでお前を殺し、後ろのゲッターを手に入れて、ジジイに引導を渡しに行く。ただそれだけだ!! 」
 吐き捨てるように口にされたその一言、それに反応した者がいた。
「できるものならやってみろ!! 」
 YF-19を跳び越え、ゲッターが大雷凰に差し迫る。
「ひっこんでいろ、クインシィ! 」
 隼人の言をまるっきり無視してゲッターは駆ける。
 クインシィにしてみれば、勇の手がかりを目の前にして邪魔をされたのだ。
 彼女の性格を考えれば止まるはずはなかった。
 その様子に苛立ちつつ奥歯を噛みしめ、指示を飛ばす。
「ガロード、オープンゲットしろ! 」
「へっ!? な、なんで? 」
 突然ふられたガロードが素っ頓狂な声を挙げた。
「無駄口を叩くな! ゲッター2だ!! 」
 既にゲッターと大雷凰の間の距離は幾許もない。
ゲッターの背中越しに大雷凰が構え、そして踏み込み、大鎌が振るわれる。
「りょ、了解! 」
「待て、ガロード! 」
 クインシィの静止は一歩間に合わず。ゲッターは分離した。
 振るわれた大鎌の脇を三機のゲットマシンがすり抜け、大雷凰の背後でゲッター2へと姿を変える。
 ゲッター最大の弱点、合体の瞬間。それを狙って竜馬は追撃をかけようとして――

――やめた。
 考えを読んだのか、竜馬の目の前に隼人が立ちふさがっている。
「ガロード、ここから脱出して三人目を探せ。ゲッターの本当の力を引き出さなければ、あの化け物には太刀打ち出来ん!! 」
「わ、わかった」
 隼人の勢いに押される形でゲッターは地中に潜り離脱していく。
 その中でガロードは、怖ろしいほど目を吊り上げているクインシィを確認して、泣きたい気分に駆られていた。


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