106話A「大いなる誤解」
◆C0vluWr0so


 キラ、武蔵、テニア――三人が合流してから、早一時間が過ぎようとしていた。
 情報交換や機体のチェックなど、しなければならないことはいくつもある。
 が、それらは滞り無く素早く行われ――終わった後は三人とも特にすることもなく、ジョナサンを待って無為な時間を過ごしている。
 既に辺りは完全な闇に包まれていた。
 闇――それが人の心に与える影響は、決して良いものではないというのは周知の事実。
 まるでこの殺人遊戯の混沌さを象徴するかの如く、三人の胸中にはそれぞれ違った思いが渦巻いていた。


 キラ・ヤマトの心にあるものは、亡くなってしまった少女への想い。
 こう、何もしない時間が続くと――不意に彼女の姿と言葉を思い出してしまう。
 少女は、ここで死ぬべき人間ではなかった。キラはそう思う。
 彼女は、世界を導いていけるだけの思いを備えていた。
 自分はそんな彼女の剣に、盾になりたいと、そう願っていた。
 しかし、その願いも既に打ち砕かれた。あの放送が本当だとは信じたくない。
 だが、それを嘘だと決めつけ、ラクスの生存を信じることが出来るほど自分は馬鹿じゃない。

 少女、ラクス・クラインの死。それは――分かっていても、受け止めたくはない現実。

 沸々と沸いてくる後悔とも怒りともつかない感情を理性で律しているのが、現在のキラだった。
 主催者の言葉に心が揺れなかったわけではない。むしろラクスを生き返らせることが出来るのなら、修羅の道に堕ちることさえ厭わないつもりだった。
 だがそれは、少女の思いとは道を違える考え。
 キラは、彼女の姿に救われたのではない。彼女の言葉、そして思いに救われたのだ。
 ラクスの思いを曲げてまで、彼女の命を取り戻す。彼女がそれを望むとは思えなかった。

「だから僕は……、君の分の思いまで、背負ってみせる。
 それが僕に出来る君への弔いだと思うから……」

 後悔、怒り、悲しみ、憎しみ。その気持ちはあるけれど、それを否定は出来ない。
 それは人の業だから。だからこそ……人は強くなれるのだから。
 少年の心には――確かに、勇気の輝きがあった。


 巴武蔵の心にあるものは、この馬鹿げた争いに対する憤り。
 この馬鹿げた戦いの中心にいるあの異形の化け物は、その外観に負けず劣らず凄まじいほどの力を有している。
 自分はいつの間にあの最初の場へと呼ばれた? それ以前に、あの怪物はどうやって自分たちをあの場へと呼び寄せた?
 なぜ呼んだ? なぜ殺し合いをさせる? 死者を蘇らせることなど本当に出来るのか?
 頭には数多くの疑問符。しかし――『アレは、そういうモノなのだ』と、それだけで納得してしまえるほど――アレは、強い。
 この場に呼ばれるほんの半日ほど前まで闘い続けてきた恐竜帝国……もしかするとあいつらよりもだ。

 だがなぁ……! 勝ち目の無い戦いなんか……絶体絶命のピンチなんか……いくつでも潜り抜けてきた!
 おいらは……おいらはゲッターチームの一員だ!
 たとえ、あの化け物に歯向かうことがどんなに無謀だとしても――
 おいら達は……勝つことを諦めちゃいけないんだ!
 そうじゃねぇとお前らに顔向け出来ないからな。
 なぁ、リョウ、ハヤト……。

 それにな、と武蔵は自機の横にたたずむ白き機体へと目を向けた。
 どうもおいらは……こういうのに弱いみたいだよ。
 柄じゃないんだけどな、と苦笑する。
 それでも、守ってやりたくなるじゃねぇかよ、恋人同士の絆ってヤツは。

「……ホント、柄じゃねぇや」

 フェステニア・ミューズの中にあるものは、裏切りの算段と利用への画策。
 テニアは考える。自分だけがこの悪趣味なゲームに勝ち残り、トウヤを手に入れるための道程を。
 武蔵だけじゃない……今はキラという駒も近くにある。
 少し話してみた限りでは、キラという少年はこの殺し合いに乗るつもりは無いようだ。
 それどころか、この争いを止めるつもりなのだという。
 うふふ……これは好都合ね。
 こんな状況であんな化け物への反抗を企てられる人間は、たいていが持ち前の正義感に酔っている人間。
 常識的に考えて……あんなヤツに歯向かおうなんて甘ちゃんもいいとこ。万に一つの勝ち目も無いんだから。
 それより、ここにいる数十人の中の一人になる方が確率論的にも正しいと思わない?
 そのためにはねぇ……全て、利用するの。
 武蔵もキラもカティアの首輪も……そしてトウヤさえも。

 大丈夫。
『私の』トウヤは殺さないから。
 あの化け物もなかなか粋な計らいをするじゃない?
 ここにいるトウヤは……いくら殺しても大丈夫なんでしょ?
 あはは……あははははは!

 ちょっと思考がずれちゃった。いけないいけない、ここじゃ気を緩めちゃいけないの、テニア。
 それを忘れちゃいけない。でもまぁ……二つも楯があるんだから大丈夫と言えば大丈夫かしら。

 武蔵とキラ……こういう正義漢はね、か弱い女の子のピンチには弱いの。
 弱い者を助けるのが自分の正義だって信じ込んじゃってるから。
 馬鹿よねぇホント……。でもこっちにとっては好都合。他の参加者と潰し合ってくれればこの上ないけど、それでなくても楯くらいにはなってくれるわよねぇ?

「二人とも……アタシのこと助けてくれるよね? アタシ……二人のこと信じてるから」

 うふふふ……あはははははは!


 夜は更けてゆく。三者三様、様々な思いを巡らせて――。

 ◇

『キラ、三時方向から機影が接近している。確認出来る限りでは機影は一つだ。
 どうする? 接触するか? 進行方向と我々の位置から判断するに向こうはこちらに気づいていないようだが』
 トモロからの警告は、見知らぬ機影の接近を知らせるものだった。
 戦艦級のレーダーでようやく捕捉出来る距離にある機体。
 この空間ではレーダーの類が極端に阻害されているらしい、とはトモロの言。
 しかし通信回線を開いたまま接近すれば、向こうの機体とて気づくだろう。
 問題があるとすれば、あの機体に搭乗しているのが殺し合いに乗った人間であるかもしれないこと。
 確認出来た機影は一つ。
「一機……か……」
 何故一機で行動をしているのか? これまで、誰にも会わずに彷徨い続けてきたと考えるのは簡単だ。
 だがもしも、もしもだ。
 あの機体の主が出会った者全てを殺してきたのだとすれば――?
 迂闊に近づいて、武蔵さんたちを傷つけてしまうことだけは絶対に避けたい。
 しかし、地図によれば四百キロ四方もあるらしいここで、この接触の機会を逃せば再び会えるのが何時になるか分からない。
 あの怪物に対抗するには一人でも多くの仲間が欲しい。
 どうする、どうする、どうする?

「キラ! 悩んでたってしょうがない、接触するぞ!」

 キラの思考を遮断したのは武蔵の一声。

「で、でももしもあの機体がこちらに攻撃してきたら……」
「おいら達のことは心配するな。おいらがテニアの分まで守ってやるからな」

 ……言い切られてしまった。どうやらこちらの悩みは向こうには筒抜けだったらしい。

「行こうぜキラ。一人でも多くの仲間を集めて……あの化け物をぶっ倒すんだろ!?」
「……はい! トモロ、急ごう。向こうのほうが先に行ってしまうかもしれないし」

『いや、その心配はない。どうやら駆動系にガタがきているようだな。
 現在、低速で移動中……いや、今完全に停止した。おそらく向こうはまともに動けないだろう』

「ええっ!? もしかしたら戦闘で負傷してるのかも……それなら急がないと!」
「テニア、話は聞いてただろ? 今からその機体のところへ向かう。おいら達についてきてくれ」
「うん、了解。……その機体、動けないんでしょ? それなら大丈夫よね」

 かくして三機は接触を試みるべく移動を開始した。

 ◆

「まったく……マサキの方向音痴ここに極まれりニャー」
「どうしてこんなところで止まるんだニャー」
「う、うるせぇっ! そもそも、コイツが動かなくなったのに俺の方向音痴は関係無いだろっ」
「でもマサキがあんな変なところに入らニャかったら、こんなことにはニャらなかったんだニャ」
「だからやっぱりマサキのせいだニャ。まぁあの地下通路を無事に出られたことは褒めてやるニャ。よしよしだニャー」
「お、おめえら……! ふざけてないでこの状況をなんとかする方法を考えやがれっ!」

 動けなくなった機体――それはマサキの駆る百式だった。
 地下で倒れていた少女を保護した後、どうにかこうにかで地下通路から飛び出しは出来た。
 しかし、落石の影響で損傷をしていた駆動部の調子が悪化し完全に停止することとなる。
 気づけばこうしていつもの掛け合いをすることになっている、というわけである。
 機体に関しては専ら操縦専門、不調の整備は本職でないというマサキに再び百式を動かせ、というのも酷な話。

 ――しかし、このままここにいるのもヤバイ……。撃って下さいと言わんばかりだぜ。
 思わず舌打ちがこぼれる。身動きが取れないこの状態……襲撃をされても交戦すら出来やしない。

「くそッ!」
 気づいたときには拳を握りしめ、コンソールへと叩きつけていた。
 魔装機神の操者として……いや、それ以前に一人の人間として、マサキはこの理不尽な状況への怒りを露わにする。
 その怒りの向かう先は、この殺し合いを演出するあの化け物だけではない。
 放送で呼ばれた死者……。その者たちを手にかけた殺人者たちもまた、決して許せない存在だった。
 無論、その全てが悪人だと断定出来ないことも分かっている。
 襲われたから撃退した――そんな事例も勿論あっただろう。

 だが、とマサキは横で眠る少女の顔を眺める。
 少女は地下通路で保護してか一度も目覚めることはなかった。
 現在も安らかな寝息をたてながら、ときおりロランが〜とかお姉様〜などと寝言を発している。
 けれども少女の右足は痛々しく腫れ上がり、誰の目からでも骨折していることが分かる。
 応急処置のためと巻き付けられた鉄パイプとハンカチでさえ、逆に怪我の深さを表していた。
 クロとシロが見つけたとき、この少女は機体にも乗らずに倒れていた。
 ……生身で動き回る少女というのは、数減らしを目的にした参加者の格好の的に違いない。
 抵抗出来ない少女を狙い、執拗に一時間もの攻撃を続けた機体。
 恐竜の姿をしたそれを、マサキは許せなかった。
「あの恐竜野郎……! 必ず……必ず倒してみせる!」
 収まらない怒りで握りしめた拳を、今度は更なる決意で握りしめる。
 これ以上……犠牲者を増やしてたまるかよ。
「あのーマサキ……熱い決意を胸に宿してる最中に悪いんだけどニャ……」
「どうもピンチかもしれないニャ。機影が三つ接近中だニャ」
「な、なにいっ!? そんな大事なことは早く言えよっ!」
「そんニャこと言ったってここじゃレーダーの調子が悪いんだから仕方無いニャ。
 いきなり撃たれたらたまらニャいニャ、まずは通信を試みてみることを提案するニャ」
「そうだな。相手は三機、おそらく殺し合いに乗った連中じゃないとは思うが……」

 ここで失敗するわけにはいかない。マサキは再び気を引き締めると、通信回線を開くべく機器の操作を開始した。
 どう呼び掛ける? 下手に呼び掛ければ逆に相手の戦意を煽ってしまうかもしれない。
 ……ええい、ままよ! 元々考えるのは性に合わねぇ! 当たって砕けろだ!


「こちら、マサキ・アンドーだ! 俺たちに交戦の意志は無い! 怪我人を抱え、機体も動かねぇ。手を貸してくれないか?」

「こちら、キラ・ヤマトです。こちらにも戦う気はありません。ひとまずはこちらの指示に従ってもらえませんか?」

「キラ……キラだって? お前もしかしてカズイの知り合いのキラ・ヤマトなのか?」

「……! あなた、カズイに会ったんですか!? 彼は今どこに!?」

「俺も少しの間一緒にいただけだ。今あいつがどこにいるかは分からねぇ。
 だが心配はいらねえよ。あいつと一緒にいる連中はなかなか頼りになりそうな奴らだったからな。
 もう一度聞くぞ。お前ら本当にこの馬鹿げた殺し合いには乗っていないんだな?」

「ああ、おいらたちはこの戦いを止めるために動いてる。おいらは巴武蔵、もう一人はテニアだ」

「アタシも戦う気なんて無いよ。どうにかして……ここから脱出したいと思ってる」

「マサキさん、一度こちらの艦に来ませんか? 怪我人がいるんでしょう?
 そして……出来るならば、僕たちの仲間になってください。一緒に、戦ってください!」

「……少し考えさせてくれ。俺にも……しなければいけないことがある」

 マサキは考える。……確かにキラたちの提案は自分の目指すそれに通じるものがある。
 しかし、サイバスターの行方とあの恐竜……それが必ずしも彼らの行く道の上にあるとも限らなかった。
 それでもこの出会いは僥倖と言える。決してこの殺し合いに乗った者たちばかりではなく、こうしてあの化け物を倒すために動いている人間がいる。
 それは今のマサキにとってはこの上なく力強い現実だった。

「まだ一緒に動くかは決めねえ。……決められねえ。だがもう一つの提案は飲むぜ。
 一度そっちの艦に行こう。足を折って動けない奴がいるんだ、運ぶのを手伝ってくれないか?」


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