108話B「星落ちて石となり」
◆7vhi1CrLM6


「ブレン、いくよ!!」
 ソードエクステンションを三制射、同時に弾けるように空を駆ける。
 ――相手の動揺が消えないうちに攻撃を仕掛ける。
 牽制の三射は全てかわされた。予想外に敵の動きが早い。しかし、詰めた距離も残り幾許もない。
 躊躇することなく懐に飛び込む。それを阻止しようと腕が突き出されるのが見えた。
 ならば、まず邪魔なそれを斬り落とそうと、ソードエクステンションを振り下ろす。
 鳥の地鳴きにも似た接触音。伝わってくる手ごたえは金属のそれとは異なる。
 ――フィールド?
 予想外の違和感に困惑するのも束の間、全身の細胞が警告を発した。
 一切の確認を放棄して全速でその場を駆ける。風を切る音が耳元で唸る。
 それに構わず駆け抜け、一先ず距離を取った。
「……シールド」
 苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
 距離を取り確認してみたところ、斬撃を弾いたのはフィールドではなくて盾。
 六角形の赤い光が寄り集まり形を形成しているそれは、これまでに見たことのない物だった。技術体系の得体の知れなさが、どうにも薄気味悪い。
 あの赤い光体は攻撃にも転用できるものなのだろうか、と頭の隅で考える。
「盾? へえ、こんなものもあったんだ。楽しくなってきたじゃないか!」
 猫が獲物を嬲り殺しているかのような楽しそうな声。
 予想外の出来事に驚かされはしたものの、自分の優位性を自覚しなおし、ジワリジワリと楽しさ込み上げてきた、そんな感じなのだろう。
 ゆっくりと差し出された手に、光が瞬くのが見えた。咄嗟に左へ跳ぶ。
 ブレンの間際を抜けた光が湖に着弾。巨大な水柱が吹きあがった。
「なっ!?」
 思わず絶句する。あまりにもあっさりとチャクラシールドを突き破ってきた。
 回避が少しでも遅れたらブレンの装甲ではもたない。一撃でもまともに当たればそれで終わり、そう直感が告げている。
 ――冗談じゃない。
 射撃で牽制を繰り返す。それを意にもかいさずに相手は光を乱射してきた。
 しばらくの間、光線と光りが互いの間を行き交う。肩のすぐ脇を、頭上を、腰のすぐ左を飛び交う光が抜けていく。
 それを無我夢中でかわしていた。
「どうしたの? 口数が減っているわよ」
 時折、余裕を見せつけるかのように話しかけてくるのが癪に障った。しかし、それに言葉を返す余裕すらない。
 最初に感じたように、大型機の癖に動きが機敏で捉えきれていない。放ったソードエクステンションはまだ一発も当たってはいなかった。
 機体そのものの動きというより反射が異常に鋭いという感じだ。ほとんど攻撃を仕掛けた瞬間には反応されているという気さえする。
 同時にその反応の鋭さはこっちの回避行動を圧迫している。
 唯一の救いは、周囲の暗さで光を発する相手の攻撃を見極めやすいことと、相手が弄ぶつもりであるということ。
 だけど、このままじゃいずれ――
 ――冗談じゃない!
 何度目も反芻するその言葉で、想像の先を遮る。
 まだだ。まだラキに会ってない。ラキにジョシュアのことを伝えていない。
 ――まだ……死にたくない!!
 何か、何か手があるはずだ。いままで培ってきた経験の中で、何か――GRaMXs。

 ――無理だ。

 手が震え、頭が否定した。できるわけないだろう、そう思う。今まで一度だって成功したことはないのだ。 
 GRaMXs――重力加速制御応用の急加速突撃、ならびに攻撃対象との交差射撃による空間戦術。
 その肝は最高速を保ちつつ行う急降下射撃と繰り返し行われる急加速と急停止。口で言うのは簡単だが、その機体制御は困難を極める。 
 ――冗談じゃない……。
 心底そう思う。機体を保ち切れずに墜落までしているのだ。もうあんな思いは二度としたくなかった。
 第一、ブレンは重力加速制御なんかで動いてはいない。リオン系ですらない。GRaMXsなんて土台無理な話なのだ。
 だが、相手の軌道を読み切り旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作――。
 ――それだけの動きならブレンと今の私でも!
 迷っている暇はなかった。今この間も相手の攻撃は容赦なく襲ってきている。このままかわし続けてもジリ貧だった。
 他に試せるものもない。飛び込んだ後はどうとでもなれだ。
 心臓の鼓動が速い。腕に力が籠る。
 『落ち着け、落ち着け』『きっと大丈夫、平気だ』そう何度も自分に言い聞かせる。
 大きく息を吸い込み、ゆっくりと長く吐き出す。しっかりと前を見据えた。
「ブレン、やるよ!!」
 今もジョシュアのようにブレンの声が聞こえてくることはない。やさしいというのもわからない。それでも声だけはかけようと決めていた。

 相手の放った貫通光を避けた瞬間、ソードエクステンションで制射を行う。
 牽制ではなく制射。相手を制するための射撃。
 攻撃と回避を交互に行う。神経を針の先ほどに集中させながら相手の動きをつぶさに観察する。
 反応は並はずれて鋭い。攻撃を仕掛けた瞬間に最小の動きで回避し、無駄なく攻撃に転じている。
 相手は口喧嘩を行った時とは違い、極めて冷静な操縦を行っているとも言えるだろう。
 逆に言うと、最小の動きでしか回避しようとしていない。少しでも守勢に回るのを極端に嫌っている、そういう風にも見えた。
 ――そこにつけ込み誘導する。
 大きく回避ができても小さく細かくとしか避けようとしない。ならば、予め狙いを調整することで。
 まずは三発。焦っているように見せるよう狙いをいくらかずらせた攻撃。そして、脳内で予想した動きに合わせて続けざまにもう三発。
 一度でもあてがはずれたら終わり、そういう攻撃を執拗に繰り返しながら突撃のタイミングを計る。
 手に汗が滲んでいるのがわかった。
 『焦るな』『慌てるな』、飛び出したくなる衝動を何度も何度も押さえつける。
 そして、こちらの攻撃を嫌がり下に避けたとき、さらに下方に逃げ込むよう射撃を行いつつ急加速突撃を開始する。
 一度大きく夜空に舞いあがる。
 相手が湖面に邪魔をされて逃げ場を失い、射撃に捕まる。水煙に邪魔されて着弾の状況は確認できない。
 ――構うものか!
 霧がかったように霞むそこ目掛けて、垂直降下の最高速で突っ込む。
 ソードエクステンションを下方へ真っ直ぐと伸ばした。銃口に明かりが灯り急降下射撃。
 被弾した相手がこちらに気づく。
 ――構うものか!!
「行っけえぇぇぇええ!!」
 そのまま一直線に、一切の減速なしに突貫した。
 前腕部に現出した赤いシールド、そこに刃が突き立ち、貫く。
 大きな減速感。だが、まだブレンの足は止まってはいない。腕をすり抜け再加速。しかし、感じるのは何かに包まれているような減速感。
 ――構うものか!!!
 そのまま全身を叩きつけるようにソードエクステンションを突き刺す。 
 だが、その刃は巨神まであとわずか数十cmというところで届かない。磁石が反発しあうような抵抗。
 カタカタと小刻みに揺れる刃を全力で押し込む。だが、届かない。
「アハハハ……残念。惜しかったねぇ」
 死を宣告する死神の声。表情が凍りつく。
 知らずに腰が引け、それがブレンに伝わり徐々に押し戻される。
 ――もう、逃げるしか……。
 逃げる? また私は逃げるのか?
 フィリオから、プロジェクトTDから逃げ、ギンガナムから逃げ、アムロさんを置いて逃げ、そして夢からも逃げてきた。
 それなのに、また助かりたいために逃げる。この先もずっと逃げ続ける。それでいいのか?
 バイタルジャンプで逃げるしか手は残されていない、それはわかっていた。そして、補給はすんでいる。逃げ切ることは可能だ。
 でも、それでいいのか――。

 ――いいわけ……あるか!!

「うわあああぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 目の前の障壁を破ること以外何も考えてない、ただ力任せの突撃。しかし、渾身の突撃。
 アイビスも、ブレンも、全ての力をそこに注ぎ込む。
 だが、無情にも刃は届かない。ほんの少し、わずか紙切れ一枚の距離が埋まらない。
「見苦しい特攻ね……」
 もはや飽きたとでもいいたそうな声。
 ゆったりと巨神の腕に光の刃が現出し、大きく振り上げるのが見えた。
 悔しい。悔しかった。悔しくて涙がこぼれた。だが、目の前の埋まらない距離はどうにもならない。
 そして、死の宣告は最後の言葉を告げる。
「今終わりにしてあげるわ」
「それはどうかな」
 割って入ってきたのは聞き覚えのある声。立ち去り、逃げていったはずの男の声。
 一瞬、幻聴かと耳を疑った。だが、続く言葉で幻聴ではないと知る。
「下か!? くっ!!」
 目の前に立ちはだかり決して動かなかった抵抗が消えた。巨神が動き、逃げたのだ。
 そして、目と鼻の先を、水中から姿を現した真っピンクのボディが飛沫を散らしながら流れていく。
 風を切る、流線形の先端とそこにあつらえられた角。そして、危険を示す独特のマーク。
 見間違えるはずがない。見間違えようがない。シャア=アズナブル、彼が戻ってきたのだ。
「機体の性能の差が戦力の決定的な差ではないということを教えてやろう」

 ――速い!

 瞬く間に二機の差が詰まり、慌てた巨神が機体を翻して突撃を避けるのが見えた。
 接触寸前、あわやというところで核ミサイルは巨神の脇をすり抜ける。
「ちっ! 何故、まとわりつく。気持ちの悪い」
「どうした? 集中して避けねば、私もろとも地獄行きだぞ」
「い、言われるまでもない」
「そうしてもらいたいところだな。私もまだ死ぬわけにはいかないのだよ」
「なら、こんな無茶はやめたらどうだい!」
「そういうわけにもいかんのでな」
「くっ・・・・・・ふざけたことを!」
 上空で行われる二機のやり取り。
 核ミサイルが執拗に追い回している。巨神は誘爆を恐れて牽制を行うことすらできずに逃げまどう。
 相手の動きと技量を読み切り、余裕を与えないために接触ギリギリのところで追い回す腕――圧倒的だった。
 桁違いに鋭いと思っていたあの反応速度でさえも、一歩も二歩もシャアが上をいっている。
 あの女が攻撃と同時に反応しているとしたら、シャアは予備動作のうちに既に反応しているという感じだ。
「凄い……」
 知らずにそんな言葉が口から洩れていた。

「アイビス!」

 怒声が通信機を伝って流れてきた。それではっとする。
 気づけば目の前の戦闘に見惚れていたのだ。
「さっきの攻撃をもう一度しかけろ。私では決め手がない」
「でも……」
 口ごもる。眼の前の戦闘に割って入れるとは思えなかった。
 核ミサイルに追われることで無秩序性を増した動きを読み切る自信もない。 
「私がサポートするのだ。自信を持っていけ」
 隠してはいるが、どこか辛そうな表情。
 高速で動くミサイルに剥き出しで座っているのだ。その身体にかかる負担は想像を絶するのだろう。
「わかった。やってみる」
「二手三手先を読むよう心がけろ。私の軌道予測も忘れるなよ」
 通信はそれだけで終わりだった。シャアとて無駄口を交わしている余裕などないのだ。
 一度顔を拭い、上空を見上げる。 
 シャアは自分の軌道予測も忘れなと言った。つまり無秩序に追いかけまわしているように見えて、そこに何かしらの条件があるのだろう。
 外から見ていればわかるだけの何かを――。
 目を皿のようにして、目まぐるしく動き回る二機の軌道を追いかける。
 最接近する際の位置関係――違う。
 追いやる方向の規則性――違う。
 方向転換――全然違う。
 焦りと不安を押さえつけ必死に、必死に探す。
 どれだ? どこだ? どこに規則性が、ルールが、条件が――。

 ――見つけた。

 もしかしたら間違いなのかもしれない。それでも――。

(ブレン、私に付き合ってもらうよ)
(…………)

 一瞬、ブレンが相槌を打ってくれたような、そんな気がした。
 今度は射撃なしの急加速突撃。目指す先は今現在の敵機の場所よりやや北東。
 シャアは一定空域から逃さないように相手を追っている。逃げようとすれば回りこみそ転進させているように見えた。
 だから読みが正しければ、次はそこで軌道が変わるはずだ。
 読みは的中。相手は核に追われて狙った場所へと押しやられている。
 後は不意を討てるかどうか、盾さえなけば障壁は抜ける。相手が気づくか気づかないか、それだけは賭けだった。
 軌道に合わせて微調整。タイミングを合わせる。あとは――。

 ――思いっきり突っ込むだけだ。

 前回同様、ソードエクステンションを構え、最高速で突撃する。
 僅かに違うのはその軌道。上方から抉るように突っ込んだ。
 直前で気づかれ、進路を遮った赤い光のシールド。それを突き破る。だが、やはりここで速力がそがれる。

 ――まだだ。まだ!

 腕をかい潜って再加速。
 纏わりつく減速感。構わずに全身全霊を込めて突き進む。ただ前に。ほんのわずかでも前に。
 だが、刃は届かない。わずか紙切れ一枚の距離が絶望的に遠い。
「諦めな。お前たちでは盾と音障壁は破れないわ」
「そうでもない。アイビス、撃て!」
 薄ら笑いを貼り付けたような声を突き破り、シャアの声が届いた。
 咄嗟にトリガーを引く。突き付けた切っ先に光が灯り、ようやく、ようやく音障壁を突き抜けた。
 そして、狂ったようにただひたすら撃ち込む。
「落ちろ! 落ちろ!! 落ちろ!!!」
 被弾した巨神が湖岸に沈み、その爪痕を大地に残す。
 そこへ間髪入れずにシャアが追いすがる。土を撒き上げ、四肢全てで大地を蹴るようにして巨神がかわす。
 土に混じった石。それを弾いた核の外装で火花が散る。
 シャアの核ミサイルがそこを抜けたときには、既に敵は離脱を始めていた。
「逃がさない!!」
「待て、アイビス!」
 追撃をかけようとしたアイビスをシャアが止める。
 核ミサイルもこれまでのように追いすがってはいなかった。


C-Part