109話A「Take a shot」
◆C0vluWr0so
相羽シンヤはこのわずか数時間の間に舐めさせられた辛酸を思い出し、ただの虫けらに過ぎない人間どもの行いに歯噛みしていた。
飄々とした態度ながらもその確かな操縦技術でシンヤの乗機を撃破した、宇宙の始末屋J9を名乗るキッドという男。
空腹に倒れていた自分をまるで迷子の子犬のように拾い上げ、人間の分際で哀れみの目を向けた白い機体の女。
突然襲いかかり、真紅のマフラーをたなびかせながら自分を足蹴にした機体。
そしてなにより――ネゴシエイター。あいつだ。
赤マフラーの機体との戦闘に割って入り、取引とは名ばかりの要求を突きつけてきた。
仲間の生首を見たネゴシエイターの顔は見物だったが、人間風情に後れをとることになるとは思いもしなかった。
一瞬の油断のせいで右足はもがれ、左腕も使いものにならない。
(――この屈辱、必ず晴らしてみせる。待っていろ、ネゴシエイター!)
とはいえ、このまま移動を続けるのは自殺行為。シンヤは怪我の処置、そして十分な食糧の確保を最優先事項だと判断する。
人気の無い市街地を片足のまま駆けるシンヤの目に入ってきたのは、一軒のコンビニだった。
「フフフ……ようやく僕にもツキがまわってきたようだね」
失血に因る吐き気と目眩にふらつく足を止め、店内に入ったシンヤが目をつけたのは包帯、消毒薬などが並ぶ薬品棚。
棚から薬と包帯を掴み取ったシンヤは、消毒薬の蓋をねじ切ると傷口にそのまま振りまいていく。
消毒薬のツンとした刺激臭が、シンヤを中心に店内に広がっていった。
まるまる一本分の薬を消費した後、包帯を無造作に右足に巻いていく。
右腕一本しか使えないシンヤにとって、この作業はいささか難しいものだった。
慣れない手つきで包帯を巻いていたが、苛立ちと共に半ば強引に処置を終わらせる。
明らかに乱雑な巻かれ方だったが、それでも最低限の止血効果は果たしているらしい。
右足から垂れ落ちていた血は徐々にその量を減らしていった。
続いてシンヤはテッカマンの超人的能力で棚のパイプを切断し、包帯で左手に縛り付ける。
テッカマンにとっては鉄パイプの簡易添え木など、あろうがなかろうが大して変わらない。
むしろ下手に固定したほうが戦闘の枷になるだろう。
ならば何故? 何故シンヤは自ら枷をつける?
全ては戒めだった。下等生物である人間とは比較の対象にすらならない存在、それがテッカマン。
その一員である自分が、人間風情に決して軽くない傷を負わされたのだ。
この枷は自らの過ちを示すためのものだ。踏みにじられた誇りを忘れぬためのものだ。
借りは返す。そのためにも、今は力を溜め込むことに専念する。
片っ端から食い物を掴み取り、シンヤは貪り始めた。
テッカマン時の急激なエネルギー消費に備えるためにも、失われた血を再び得るためにも、十分な栄養の摂取が必要だった。
限界を訴える胃の悲鳴を無視し、シンヤは食糧を体内に詰め込み続ける。
袋から出した即席麺をそのままバリバリとたいらげ、2リットルの水を一息に飲み干す。
瞬く間に店内からは食糧という食糧の全てが消え、シンヤの痩身に収まっていた。
シンヤは一呼吸置き、このバトルロワイアルが始まって以来、常に自分の行動原理の奥底にあったものを思い出す。
Dボウイ、テッカマンブレード……。『彼』を表す名は一つではなく、『彼』もまた、かつての名は捨てているらしい。
だが、シンヤにとってそれはどうでもいいことだった。
『相羽タカヤ』。シンヤにとって『彼』はただ『タカヤ兄さん』でしかなく。
自分の兄であるタカヤを超えることこそがシンヤの望み。
「兄さん……待っててね。こんな巫山戯た茶番、すぐに終わらせて兄さんのところへ行くよ……」
シンヤは唇を醜く歪ませ、くつくつと笑い出す。
やがてそれは悪意を込めた嗤いに変わり、憎悪に満ちた叫びに変わる。
「忘れるなネゴシエイター! そして全ての人間ども! 俺が……地獄を見せてやるッ!」
傷の処置は終わり、充分な栄養補給も済ませた。
休む暇など無い。一刻でも早く人間どもを皆殺しにし、自分をこの茶番に引きずり込んだ怪物に復讐をする。
(まずは、足の代わりを――)
その時シンヤが耳にしたのは、移動中の機動兵器が立てる轟音。
急ぎ店外に出て、音の主を確認する。そこには厚い装甲に覆われた巨体の影があった。
(ククク……本当にツキがまわってきたみたいだ。こうもおあつらえ向きの機体が向こうから来てくれるなんてね……)
シンヤが欲したのは新しい機体。この広大な戦場を駆け抜けるのはいくらテッカマンといえど無茶がある。
まして自分は片足を失っている。頑強な盾にも長距離の足にもなる目前の機体は喉から手が出るほど欲しいものだった。
ならば迷うことなどない。
シンヤは夜の闇を駆け、真紅の巨体へと近づいていった。
◆
「クソッ! エイジといいラキといい、どうしてこんなに自分勝手な奴らばっかりなんだぁ!」
金髪碧眼にして眉目秀麗、しかしながらその麗しい見た目とは裏腹に毒舌を吐きまくる男。
「どうして俺がこんな訳の分からない殺し合いを強要されなきゃいけねぇんだ!?
どう考えてもこんなのは俺向きの任務じゃねぇ。
本当なら今頃酒でもひっかけて、キャサリンかリンダと熱いささやきと口づけを……
って、誰だよキャサリンかリンダ! クソ野郎、もうどうにでもなれだ。
エイジとラキ、お前ら首洗って待ってろよ。俺をここまでこき使うなんて良い度胸だぜ!」
ハァ……、と思わずため息をこぼすクルツ。思えば自分はここに来てから最高最低にツイてない。
何にせよ、始まってから接触した面子が悪すぎる。
問答無用に襲ってくる赤鬼に始まり、美人だが他に類を見ない天然のラキ、普通かと思ってたがなんだかアレなエイジ。
さっき戦闘してた二機だってそうだ。殺し合いに乗る連中に良いヤツなんかいないに決まっている。
なんとかあの赤いマフラーのヤツは振りきったみたいだが……鬼が二匹かよ、コイツは洒落にならないぜ。
と、毒を吐き続ける。
クルツの現在地はC-8市街地。現在紅マフラーさんと大絶賛鬼ごっこ中。
なんとか光の壁で目視を遮り、鬼を振り切ることに成功。
ひとまず現在の状況整理と休憩を兼ねて、機体を高層ビルの谷間に潜ませながら、ここまでの道程を振り返っていたわけだが……。
何度思い返しても、怒りとも諦めともつかない感情が沸々と湧いてくるのは何故だろう?
この状況はどう考えても自分に責は無い。よって責任の全ては俺以外の誰かにあるに違いない。
そんなわけで、クルツは上記のような具合になっているのだった。
「まぁ、これ以上過ぎたことをウダウダと言ってもしょうがない。前向きにこれからのことを考えますかねぇ……っと」
クルツが最優先すべきことは生き残ること。これは、たとえ天と地がひっくり返ろうとも絶対に変わらない大原則だ。
現在のところ、明確な行動指針として存在しているのはラキの探索のみ。
エイジの安否も心配と言えば心配だが、あそこまでお膳立てをしてやった。
あれで死んでしまったんならそれはもう不可抗力だ。あいつはツイてなかったんだと思うしかない。
生きているかは五分五分といったところか――と、クルツは推測する。
エイジは、生きていれば西、つまりH-1に向かうと言っていた。
A-2から飛んでいったラキもおそらくは北へ向かっていったはず。ここ数時間のラキの動向を考えるに、どちらかというと北東では無く北西に向かっているだろう。
なら二人ともH-1からB-1の何処かにいる可能性が高い。
ここはこちらからH-1の方へ行ってやる方が合理的だろう、と考え機体を西へと向ける。
既に時刻は20時を過ぎている。A-8の禁止エリアがその効果を発揮している頃だ。
そこは通らないように気をつけようとクルツが脳内メモに書き足したその時――
クルツにとって、本日三匹目の鬼がそこにいた。
「早速だが、その機体を僕に渡してくれないかい?」
見ればそこには機体に乗っていないどころか、片足さえも失った男が立っている。
しかし、その見た目に反してやけに上からの物言いをする男の態度にカチンときたクルツは、
「断るね。何だって俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ? そんなことは俺じゃなくてママンにでも頼みなよ」
と、挑発的な言い方で返事をする。
「ふん、人間風情がこの僕に口答えを出来るとでも思っているのか?」
「ああ、思ってるさ。だいたいアンタこそ何様のつもりだよ。人にものを頼むときは下手に出て媚びへつらいなさいと習わなかったか?」
「知らないのなら教えてやる。僕はテッカマンエビル。人とは比べ物にならない超高次元の存在さ」
「はん、慣れない殺し合いでイカレちまったのか? そんな安っぽいSF――」
「なら力ずくで奪うまでだね! テックセッタァァァァァァ!!」
「おい、お前、会話のキャッチボールをするつもりが無いだろ……って、オイ!?」
そこには人の姿をしたものはいなかった。いるのは悪鬼――テッカマンエビルのみ!
目前で行われた、タネも仕掛けも無い変身ショーに唖然とするクルツに投げつけられたのは槍。
ワイヤーが括り付けられたテックランサーは、ラーズアングリフの左肩を抉る。
瞬時に手首を返しランサーを手に取ったエビルは、高らかに宣言する。
「さぁ、どうする人間! 俺は決めたぞ! 全ての人間どもに地獄を見せる!!」
チッ、と舌打ちをしながらクルツは機体の状況を確認。
不意をつかれた。左肩は完全にアウトだ。
腕はなんとか動くが得意の精密射撃までは期待出来ず、肩部から放たれるマトリクスミサイルも撃てなくなった。
更にエビルの猛攻は続く。
失った右足の代わりに槍とワイヤーを巧みに扱いながら、ラーズアングリフとの距離を徐々に詰めていく。
接近するテッカマンに対し、カウンター気味に放たれるリニアミサイルランチャー。
ミサイルをガトリング銃のように撃ち続けるクルツは、確実な手応えを感じた。
しかし、テッカマンの俊敏はクルツの常識を超えていた。
ミサイルの雨の軌跡を見極め、必要最低限の動きで避けていくエビル。
ラーズアングリフは長距離戦に特化し、それを極めた機体。
相手の射程外から銃弾を撃ち込み、攻撃させないまま勝つ。
必殺のフォールディングソリッドカノン、広範囲掃討兵器ファランクスミサイル、汎用性に優れたリニアミサイルランチャー、マトリクスミサイル。
だが超長距離に特化した結果、接近戦における弱体化もまた著しいものになっていた。
接近戦では何の変哲もない強化合金製ナイフだけが頼みの綱。
長距離砲の反動に耐えるべく設計された頑強な装甲も近距離ではただの鈍重な枷にしかならない。
ぶっちゃけて言うと……接近戦では雑魚である。
「この野郎!」
既に相対距離は20メートルを切った。
この距離ではシザースナイフを除いた全武装が使用不可。
加え、クルツもプロの傭兵として前線部隊で活躍する身といえど、本来は後方からの援護がメイン。
再度言おう。この機体とパイロット、接近戦では雑魚である。
テッカマンの槍撃をシザースナイフでなんとかいなすが、瞬時に二撃目が繰り出される。
まともに動かない腕はいらないと、左腕で受け止める。
完全に機能が停止する左腕。
クルツは右腕のリニアミサイルランチャーを構えると――後方に向けて発射。
背後のビルが音を立てながら、クルツとエビルの元へ崩れ落ちる。
巨岩を避けるべくエビルがバックステップした瞬間に、ラーズアングリフも全力で後方へ退避。
即座にビルの合間に隠れ、距離をとることを選択するクルツだったが……
(コイツはやばい。あのスピード、半端じゃないぜ。今のように懐に入られたら、今度こそ終わりか?
戦場で必要なのは瞬時の判断と的確な分析。考えろ、クルツ・ウェーバー)
あのテッカマンと名乗る男――アイツの最大のアドバンテージはそのスピード。
まるで瞬間移動だ。いくら俺の射撃の腕でもワープするヤツを相手に一撃必殺とはいかない。
……! 待てよ、アイツの回避運動を思い出せ。
アイツは一つ一つのミサイルの弾道を見極め、最低限の動きで俺の攻撃を避けていた……。
何故だ? あのスピードならちょこまかと避けずとも俺のところまでひとっ飛びのはず。
つまり、アイツにはそれが出来ない理由があったということか?
それだ、そいつが鍵だ! そこに――生き残る目がある!
後は――それを見極めるだけだ。
クルツの思考を阻むようにテッカマンが再度の接近。
ビルの谷間を縫うように跳びかかってくるエビルに対し、牽制のマトリクスミサイルを二発放つ。
空中で散開した五本のミサイルがテッカマンに迫る。
これを難なく避けるエビル。だがその目前にはさらに五本、もう一組のミサイルが近づいていた。
しかしエビルには直接当たらずに目前で爆発。道路のアスファルトを盛大に撒き上げる。
「目眩ましか。案外ちゃちな手を使うんだな?」
エビルは強者だけが持てる余裕の笑みを浮かべる。
その目は獲物をいたぶるケモノのものだった。
B-Part