109話B「Take a shot」
◆C0vluWr0so


(ようやく光が見えたぜ……!)

今の時間差攻撃である程度把握出来た。
相手は一度に長い距離を移動できない。
それがあの足の怪我に関係しているのかは分からないが、回避時に見せる俊敏な動きは一度に10メートルが限界だと推測。
そして一度回避してから体勢を立て直すまでにおそらく半秒は要する。
そこを叩く!

クルツは自らテッカマンの眼前へと飛び出した。
月が煌々と照らす中対峙する一機と一人。

「自分から機体を持ってきてくれたのかい? それは良い心がけだね。
 もっとも……今更そんな殊勝な態度を見せてくれても、君が無惨に殺されることに変更は無いよ」
「そうかい、そりゃー良かったな。俺にはそんな残忍な未来は想像出来ないね。
 せいぜいお前が泣いてワビを乞う姿しか考えられないぜ」
「言うねぇ、人間ごときが。その口……今すぐ閉じさせてあげるよ!」

クルツの目の前からエビルが消失した。
いや、違う。超高速移動で一瞬のうちに視界から消えたのだ。
エビルの槍撃がラーズアングリフの胸部装甲を貫く寸前、クルツは後方へバーニアを噴かし回避。

(この半秒で距離を取る!)

そのままバーニアの出力を限界まで上げ、全速で距離を空けていくラーズアングリフ。
後方への移動と共にマトリクスミサイルを射出。ミサイルが5本、尾を曳きながらエビルの元へ吸い込まれる。
エビルはワイヤーを伸ばし、ビルの壁面へと打ち付ける。
そのままワイヤーを収縮させ、ミサイルの矢を避けるが……

「お前のクセ、見切ったぁ! これでお終いにするぜ!」

未だ体勢の整わぬエビルに放たれたのは暴力的なまでの数のミサイル。
先ほどまでの砲撃を矢とするならこれは雪崩。
広範囲掃討兵器、ファランクスミサイル。
本来数十メートル四方を焼け野原に変えるほどの砲撃は、対テッカマン用に弾道計算を書き換えられ、その範囲は五分の一以下になっていた。
だが、面積当たりの威力は一気に数倍に跳ね上がる。
数十本にも及ぶミサイルの濁流が、テッカマンエビルへと降り注ぐ。
一瞬の後、轟音。テッカマンの取り付いていたビルごと巻き込む大爆発は、周囲に瓦礫と粉塵を盛大に撒き散らす。

「ミッション・コンプリート……。だぁああああ、もうビックリ人間ショーの相手をすんのはゴメンだぜ……」



「それは残念だね。僕はまだまだ遊び足りないってのに」

クルツに戦慄が走る。今聞こえてきた声は……間違いない。

「おいおい……そりゃ反則だろ……?」

瓦礫の中からテッカマンエビルが這い上がってくる。
あれだけのミサイルを受けたにも関わらずその外見に大きな負傷は見られない。

「まぁ、確かに痛かったよ。でもそれだけだ。
 あの程度の攻撃でテッカマンを倒せると思ったのかい!?」

自らの劣勢を感じたクルツは機体を走らせ、戦場からの離脱に専念。
だがテッカマンは振り切れない。ラーズアングリフと併走し、攻撃を仕掛けてくる。

「ハハハハハハハ! さっきまでの威勢はどうしたんだい!」

ランサーがパイロットブロック目掛けて投擲される。
分厚い装甲に阻まれクルツの座る操縦席までは届かなかったものの、深い爪痕が胸部に残る。
反撃のリニアミサイルランチャーとマトリクスミサイルもテッカマンにはかすりもせず、夜のビル街に突き刺さるだけ。
当てられない。それが分かっていてもクルツは撃ち続ける。生きるために。帰るために。
だが――現実はいつでも残酷だった。
テッカマンはクルツの砲撃を難なく避け、ワイヤーに取り付けられたランサーを銛のように扱いラーズアングリフに投擲。
機体の損傷は出来る限り少ないまま自分の物にしたいというエビルの狙いに気づいたクルツは、コクピットブロックへの攻撃を予測。
あらかじめ軌道が分かっているため、すんでのところで回避に成功する。
すかさず反撃のミサイルを放つ。
しかしテッカマンの運動性の前には、少々の弾幕では妨げにはならなかった。
再びビル群に吸い込まれていくミサイル。

「銃の腕は大層下手くそのようだね。そんなことではこの僕に勝てやしないよ」
「うるせぇ! 誰に向かって口を聞いてやがる!」

ミサイル。
回避。
投擲。
回避or防御。

この繰り返しが永遠に続くかと思われたその時――マトリクスミサイルの残弾が尽きた。

「なっ……!? こんな時に弾切れかよ!」
「残念だったね!」

クルツからの砲撃が止んだ一瞬を逃さず、エビルは更なる追撃を決行。
エビルからテックワイヤーが射出され、ラーズアングリフの左肩に突き刺さる!
ワイヤーを巻き取りながら瞬時に距離を詰めるエビルに対し、クルツは左腕の破棄を決断する。
シザースナイフを構え、左腕全体を胴体から切断。
そしてリニアミサイルランチャーを構え直すとテッカマンごと左腕を攻撃する。
ラーズアングリフは、それ自体が『歩く火薬庫』と称される全身重火器の機体。
肩にマトリクスミサイルを内蔵した腕部は、それだけで一つの爆弾のようなものである。
ラーズアングリフの左腕はテッカマンを巻き込み盛大に爆発した。

(……! やるなら、今か!?)

いくら左腕が爆弾そのものだったとしても、先ほどのファランクスミサイル一斉掃射を超える破壊力は無い。
テッカマンはまだ健在のはずだ。
切り札であるアレを使うなら――今。
だが、もし外したら? 残り二発しか無いアレを無駄に消費することになったら?
クルツの中で一瞬の迷いが生じる。

――迷ってる暇があるならっ! 撃つしかねぇ!!

切り札――Fソリッドカノンを構えるラーズアングリフ。
テッカマンとの充分な距離を確認。照準を合わせる。
いかにテッカマンといえど、ラーズアングリフ武装の中で最大射程最強威力を誇るFソリッドカノンの直撃を受ければひとたまりもないはずだ。
汗に濡れた手でトリガーを引く。
高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――

 ◇

現実は、無慈悲だ。
Fソリッドカノンは、テッカマンを穿てなかった。
クルツの中で生じた一瞬の迷いが勝負を決めた。その一瞬でエビルは3メートル右へ移動。
それだけで、充分だった。

「くそっ……、くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「残念だったね……。まさかあんな隠し玉を持っているとは夢にも思わなかったが、もう終わりだよ。
 さぁ、今度こそ本当の終わりにしよう」
「やっ、やめろ! やめてくれ! 機体ならいくらでも渡す!
 なんだってする! だから命だけは助けてくれ!」
「ククク……さすがは人間だ。いざ最後の時となれば平気で命乞いをする。見栄もプライドも捨ててね」

戦いは終わった。これから始まるのは真の勝者と敗者とを決するための最後の時間。
最後まで生き残った者が唯一無二の勝者という、この殺し合いの大原則。
負けた者は死ぬ。ただそれだけ。

だが――

「助けてくれっ! お、俺は故郷に許嫁がいるんだ! この戦争が終わったら結婚しようって約束してんだ!
 生き残れたら、とっておきのバーボンを奢ってくれると約束した上司もいる!
 金ならいくらでも用意する! 命だけは助けてくれ!





                  ……なーんて言うとでも思ったか?」

勝負は――最後の最後まで分からない!

「ふん、この期に及んで負け惜し――っ何!?」

夜の闇に包まれた街が、テッカマンエビルに向かって崩壊する。
エビルは周囲を見渡す。360度全方位からビルが倒れ込んでくる。逃げ場はない!

「さぁ、ここで種明かしだ。俺が無駄に弾を撒き散らしたとでも思ってたのか?
 そいつは残念。このクルツ様があんなに何発も外すわけがねぇだろうがアンポンタン。
 弾は外してたんじゃねぇ。『埋め込んでた』んだよ。
 後はタイミングを見計らって……ドカン!」

最後は機体を奪うために接近戦を仕掛けてくる――そう読んだクルツは罠を仕掛けた。
この広大な市街地、その中でも一際目立つ高層ビル群を出し惜しみ無く使う豪華な罠を。
テッカマンから逸れ、ビルに突き刺さっていったミサイルの多くは、この瞬間のための下準備。
ミサイルの直撃を受けたビルは、その巨体を支えるのに精一杯。もしここで更に衝撃が加わったりすれば……。
後はその罠の中心でテッカマンを待ちかまえるだけ。
テッカマンエビルをおびき寄せる代償としてなら、元々動かなかった左腕の一本くらい安いものだ。
そしてFソリッドカノンの一撃を火種に、ミサイルの直撃で脆くなっていたビル群は連鎖的に崩壊を開始。
クルツの狙いは完璧に成された。
エビルに残された逃げ場はただ一つ。満月の浮かぶ空。
落下してくる破片を足場に上空へと跳び続ける。
ビル群が完全崩壊を終える瞬前、エビルは何ものにも遮られない中空へと躍り出る。
その瞬間ふと見た地上では――真紅の影が、砲身を構えこちらに向けていた。

「お前の敗因は二つ。一つは機体を得るために攻撃の手を緩めていたこと。
 そしてもう一つは……このクルツ・ウェーバー様を見くびっていたことさ!」

全てはこの一撃のため。相手の動きを封じるため。障害の無い空へとおびき出すため。
弾薬の殆どと高層ビル街を費やした罠も、決定打になるとは思えなかったし、思わなかった。
クルツ・ウェーバーは狙撃手だ。始めから最後まで、勝負の決め手は銃弾一つ。
動く先が分かっている相手など、目をつぶっても当てられる!

「そこなら逃げも隠れも出来ねえぜ!」

Fソリッドカノン最後の一発が放たれる。
エビルがクルツの意図に気づいたときには、それを避ける暇さえ存在しなかった。
高速加速された砲弾はまっすぐにテッカマンへと向かい――命中した。
兄への想いのままに生き続けたテッカマンは、テッカマンとしての短い生を終えた。
人からテッカマンへ生まれ変わるとき、相羽シンヤは一度死んだ。
二度目の死が一度目と違うこと、それは兄への想いもまた、永遠に消えてしまったことだった。

 ◆

再び静寂を取り戻したビル街。そこでクルツ・ウェーバーは深いため息をついていた。

「ハァ〜、しっかしなんでこう俺ってツイてねーんだ?」

クルツはテッカマンを撃破した直後のことを思い出す。

 ――――――

強敵の撃破にホッとしたのも束の間、すぐに新たな来客がやってきた。
センサーに感知した熱源反応。それが示す機体の正体に気がついた時、クルツは即座にラーズアングリフを瓦礫に紛らせ、通信、センサーを除く全電源を落とし、考え得る限りの隠蔽を施した。
それもそのはず。その機体とは……

「野郎おおおおおおおおおおお! どこへ行きやがったあああああああああああああああ!」

完全に撒いたと思った紅いマフラーの機体だったのである。
おそらくこの騒ぎを聞きつけて、急ぎ馳せ参じたのであろう。

(冗談じゃねぇ! 弾も無い、腕も無いでどうやってアイツとやりあえってんだ!)

まともに相手は出来ないと判断したクルツはとにかく隠れることを選択。
しばらく赤マフラーは周辺の探索を続け、北西の方角へ去っていった。

 ――――――

「さて……どうするかな」

予想外のことが続きまくり、全く思う通りに事が進まない。
弾薬も殆ど無い。補給は出来る限り早く済ませたい。
しかしあの赤マフラーがうろついてる限り下手に動くのは避けたいし、どうせなら休めるときに休んでおきたい。

「よし、後一時間はここで休む。それから……近くで分かる補給ポイントはB-1か……」

22時行動開始。B-1補給ポイントで補給、ついでにエイジの安否も確認。
エイジが無事だろうがなんだろうがラキは探す。期限は……次の放送まで。
それでラキが死んじまってたら探索打切。その後の行動はその時考える、と。

さて……疲れたことだし、この一時間はせいぜい全力で休むとするかね……


【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
パイロット状況:冷静
機体状況:Fソリッドカノン、ファランクスミサイル共に残弾0、左腕消失、残弾1/5、胸部損傷
現在位置:C-8 市街地北部
第一行動方針:22時まで目一杯休む
第二行動方針:B-1補給ポイントにて補給
第三行動方針:エイジ、ラキの探索
第四行動方針:ゲームをぶち壊す
第五行動方針:駄目なら皆殺し
最終行動方針:ゲームから脱出】

【相羽 シンヤ(テッカマンエビル) 搭乗機体:無し
パイロット状況:死亡
機体状況:機体なし
現在位置:C-8市街地北部】


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