110話A「広がる波紋」
◆960Bruf/Mw
19:40 D-6地区北部――
甲高い電子音が鳴り、通信が入ったことを告げてくる。
通信元を一瞥しただけで確認するとユーゼス=ゴッツォは視線を外の宵闇へと走らせた。
そこにいるはずのメリクリウスの姿は闇に遮られて確認できない。
溜息を小さく一つ。そして、手を伸ばし通信を繋げる。
「私だ。カミーユ、見つかったのか?」
現在、ユーゼスとベガにカミーユを加えた三人はマサキ=アンドーの捜索の為に動いている。
「いえ……。ただ起動兵器が一機、岩山の影に確認できます」
モニターに前方の岩山を映すが、それらしきものは見咎められない。
三人の位置関係は、探索範囲を確保するため、ベガのローズセラヴィーを先頭に正三角形を描くように布陣。
有事に備えて互いを通信圏内に納めながらも、出来る限り三角形を大きく広げて移動している。
その為、カミーユが見つけた起動兵器はユーゼスの位置からは岩山の死角となっていた。
「こちらからでは確認は無理のようだな。状況は?」
「遠すぎてよく分かりませんね。距離的にレーダーに反応してもおかしくないのですが、反応もありません。おそらく起動状態にないのだと思います」
「ふむ。既に乗り手が死亡しているか乗り捨てられた可能性が高いな。とは言えパイロットの生死が不明な以上、このまま通り過ぎるわけにもいくまい」
話しながらも脳裏でいくつかの可能性――例えば、パイロットが技術者である可能性などを推定し、考えをまとめていく。
「私とカミーユで接触。ベガには警戒に当たってもらおう」
状況は自分の目で確認する。同時に、ベガよりも同行してからの時間の浅いカミーユを目の届く範囲に留め、観察をしてみることに決めた。
20:20 D-6地区中央岩山麓――
「無人だな……。これをどう思う?」
岩山の裾野、岩壁に隠すように放置されていた20m程の紺の機体。
そのコックピットに滑り込みながら、振り向きもせずにユーゼスは質問を投げかけた。
背後でわずかに考える気配を見せた後、連れ立つ少年が答え始める。
「そうですね。細かいのは調べてみないと分かりませんが、大きな」
「ほう、VF-22S・SボーゲルUと言うのか……便利だな」
シートに腰掛けた途端に情報が首輪から流れ込んできて、思わず感嘆の声が漏れた。
それに遮られて一瞬カミーユの声が止まる。そんなカミーユの様子に頓着せずに「どうした? 続けてくれ」とユーゼスは続きを促した。
若干戸惑った様子を見せながらも気を取り直し、続きを口にし始める。
「大きな損傷はみあたらない。より性能のいい機体を手に入れ乗り換えたと見るのが妥当でしょう。
戦闘の痕跡が見られないことから、たまたま複座式だった仲間の機体に同乗させてもらっているという線が濃いと思います」
――なるほど。血の巡りは悪くないようだな……悪くない。
手元では機体の状態チェックを素早く行いながら、人知れず仮面の下で笑みが浮かんだ。
「悪くない答えだが、複座と言うのは少々突飛だな。
私があの化け物の立場なら複座など許しはしない。サブパイロットなど不都合なだけだからな。
パイロットは殺されたと考えるほうが自然だ」
「でも、それでは機体の状態の説明が」
「最後まで私の意見を聞きたまえ」
反論を口に出しかけたカミーユを制して続きを口にする。
「なるほど。確かに殺して奪ったにしては機体がキレイ過ぎる。ここまでで致命傷を負うような出来事に遭ったとも考えられ難い。
だが、君の言うように仲間がいたと考えると状況は変わってくる。こうは考えられないか――」
そこで一先ず言葉を区切る。仮面の下に隠された瞳は楽しげに笑い、これから起こる反応をつぶさに観察しようとしていた。
「――その仲間が油断したパイロットを殺したと」
驚愕の色がカミーユの顔に浮かんだ。それを満足そうに眺めながら、ユーゼスは続きを口ずさむ。
「友好的な姿勢を示してきた。協力を持ちかけてきた。
最初の場で犠牲になった女性とそばにいた男、野次を飛ばした少女と隣にいた別の少女のことを考えれば、旧知の間柄だった可能性も考えられる。
おそらくはそういったことを利用し近づいてきたのだろう」
感情の色を出さぬ声で言い切った後、目の前の少年の様子を確認し確信する。
『頭は悪くはない。が、所詮は甘ちゃん坊やだな』と――
「だが、この推論には確証付ける証拠がない。私は今からそれを探しに周囲を見回ってくる。君には機体のチェックを頼もう。終わったらベガを呼んでおいてくれ、話し合いが必要だ」
指示を残してコックピットから抜け出る。いまだに動揺の治まらないカミーユの脇をすり抜けてその場を後にした。
推論が正しければ存在するはずの死体――そして、首輪を見つけ出すために。
21:00 D-6地区中央岩山麓――
周辺の探索を終えたユーゼス、機体チェックを済ませたカミーユ、哨戒から戻ってきたベガの三人はVF-22の付近に集う。
「――という訳だ。
続いて周辺の状況を説明する。見つかったのは起動兵器の足跡が三機分。一機は残されている機体のものとしても、ここにいた者は今最低でも二人組みで行動している。
足跡のサイズから推し量るに大きさは二機とも20m前後。足跡の方角からこの二機は西へ向かったのはまず間違いない。
最後に、墓。何かが埋められた痕跡と誂えられた石から見て、ほぼ間違いない」
ユーゼスがそれまでの経緯と周辺で確認したことを告げる。続けてカミーユがVF-22の状態を、ベガが近辺の様子を話した。
一先ず全員の報告が終わった時、「変ね」とベガが呟き、「確かに」とユーゼスが相槌を打つ。
「ただ単に殺すのが目的なら、ご丁寧に埋める必要などない。
ならば、わざわざ手間をかけて埋めた目的はなんだ? 憐れみか? 慈悲か? それとも――」
「――隠蔽でしょうね」
――やはりこの女は使える。
口を挟んできたベガを見、満足そうに頷くとユーゼスは説明を続ける。
「その通りだ。つまりは遺体を見られると何かしらの不都合があるということ。君らの反感を買うことを承知で言おう」
言葉を区切る。間を取り、ベガとカミーユ――二人の表情を確認したうえで波紋を呼ぶであろう言葉を投げかける。
二つの手駒に対する観察はまだ終わってはいない。持ちうる手札のスペックは可能な限り確認しておくべきなのだ。
「私は墓を掘り返すつもりだ。可能ならば――」
『――首輪も手に入れたい』と地面に書き綴る。
「墓を暴いてまでして、手に入れるものじゃない」
厳しい視線と共にカミーユが立ち上がる。
『私は設備とサンプルさえあれば、この首輪を解除できる自信がある。その為の施設は既に押さえに行って貰っている。後は首輪だけなのだ』
その様子を事細かに観察しながら、理屈で揺さぶりをかける。
「どうしてそんな理屈でしか物事を捉えられないんですか!」
「軽蔑してもらって構わんよ。だが、これだけは押し通させてもらう」
ユーゼスも立ち上がり正面からカミーユを見据える。
「あなたって人は、死んだ人間のことは考えられないんですか!!」
「死者を悼む気持ちは私にもある。だが、死んだ者よりも生きている者を私は優先する」
視線が絡み、ぶつかり合う。互いに引く姿勢は見当たらない。
「そんな大人、修正してやる」
砂土を踏みしめる音が鳴り、カミーユが大きく踏み込む。正拳が真っ直ぐに放たれる。
その瞬間、二者の間に青い影が素早く割り込み、拳を難なく受け止めた。
「少し落ち着きなさい。どちらの理屈も間違っていないわ。ただ私たちが今考えないといけないのは、死んだ人たちを憐れむことよりも、どうやって悲劇を減らしていくかでしょ。 だから――」
ゆっくりと諭すように綴られていた言葉が一度途切れ、そして苦渋の決断を下すような声に変わる。
「だがら仕方ないわ」
その一声にカミーユの顔色が変わり、掴まれていた腕を振り払う。
「もう、勝手にしろ!!」
そして、その場に背を向けて走り出した。
「カミーユ、待ちなさい!!」
声に振り返ることなく消えていくカミーユ、その姿を追おうとして一歩を踏み出せずにいるベガを後ろから眺めていた。
そこへ背を向けたまま、ベガが訥々と話し始める。
「……ユーゼス、あなたの理屈は間違っていません。信用もしています。だから、あなたの行為に反対はしません。ですが、私はあなたほど物事を割り切って考えることも」
言葉は一度途切れ、そして小さく「できません」と続いた。
「君はカミーユの方に行ってやれ。必要が生じたら連絡を入れる。私がこれから何をするのかは……分かるな?」
「……はい」
ポツリと言葉を返し、そしてすぐにベガはその場から消えた。その姿を泰然と眺めつつ思う。
――決まりだな。
ベガとカミーユ、所詮二人とも常識に縛られているだけの馬鹿な駒に過ぎない。
常識とは成人までに身につけた偏見のコレクションのこと。同時に、身勝手な自己主張を正当化するときに使うこと以上の意味を持たない言葉だ。
なるほど、確かにベガは聡明で、カミーユも頭の鈍いほうではない。だが、それは平凡の枠を出ない。
相手が常識外の存在なのだ。それを出し抜くためにはやはり常識の外の住人でなければならない――。
――だがそれは、一人いれば事足りる。私自身がそうであればいいだけの事だ。
ならばやはり駒は平凡であればこそ使いやすい。そして、善人であればあるほど使い道も多い。
――だが、カミーユ、奴はいずれ捨て駒として使ったほうがいいのかもしれんな。
感情的でありすぎる。ベガほど自分を律せるほどには精神が成熟しきっていない。その為、手綱を握り続けるのは少々困難部分がある。
普段ならそんな者の一人や二人泳がせてみるのも一興なのだが、置かれている状況が状況であった。
だが別段これといって自分から手を下す必要性も感じなかった。放っておいても暫くはベガが勝手にあれこれと世話を焼くだろう。
あとはどこかで何かの折に手を離すだけ、たったそれだけで見捨てられた人間は死んでいく。人とはそういうものだ。
――精々それまでは役に立ってもらおうか。
そう結論付け、一人ユーゼスは墓へと向かい歩き出した。
21:25 D-6地区カティアの墓――
人の寄り付かない墓所に一人仮面の男が立っている。
その奇妙な仮面には目が六つあしらわれた意匠が施され、全体は上下に細長く白い。
場所と男の格好がいっそう不気味さを引き立たせていた。
「クックックッ……」
男は笑い土を掘る。墓の下にある遺体。その首元に残されているであろう首輪を思い、土を掘る。
土とは違う弾力に豊んだ感触。それが手元に伝わり、目的のものに行き着いたことを確信し、一心不乱に土を掻き分ける。
肌と思しきものに手が触れた。
伝わってくる熱を持たない肌の――例えるならばゴムのような感触。ただの肉塊の感触。それすらも彼には喜びの対象でしかない。
手首を掴み、力任せに遺体を土から引き抜く。その拍子に二つの眼球が転げ落ち、そして、絶句した。
掘り出した遺体。その鮮度は悪くなく夜ということも手伝って腐敗は進行していない。外傷も少なかった、ただ一点を除いては――。
頭部がごっそりと削げ落ちていたのだ。
トマトを勢いよく落とした状態とでも言おうか、これが頭かと言うほど潰された頭は、頭蓋が割れ、磨り潰された脳が飛び散り、脳液と血液が土を湿らせていた。
だが、ユーゼスが絶句したのはそんな遺体の状態にではない。彼の求めていたもの首輪がないのだ。
遺体の損傷箇所を考えれば、十中八九、殺害者が首輪を持ち去ったのは間違いない。
「興醒めだな……」
辛うじて体つきから女性と分かる遺体を墓に蹴り落とす。不快さを隠そうともせずに乱雑に土を戻し埋めなおす。
そうして遺体を土の下に埋め終わると、実にあっさりとその場を後にする。
不快感からか足早に歩きつつ、頭で情報の整理を始めた。
埋められていたのは、おそらく遺体そのものを隠すため。ならば、隠したかったのはおそらく首輪と遺体の状態。
それを見ず知らずの他人に隠す必要はない。とすれば、隠したい相手は同行者か……。
可能性としては、友好的な態度をとる20m前後の機体に乗った二人組み。その組み合わせは偽善者と善人。そして、偽善者は善人に殺害と首輪を隠している。
――馬鹿なやつだ。
隠さなければならない首輪など使いどころが難しく、所持がばれれば自らの立場が危うくなりかねない代物。
隠し持つのではなく堂々と所持できる状態でこそ意味がある。つまりはそれだけのことが思いつかない者か、あるいはそこまでの状態に持っていく才覚のない者。
――所詮は他人を駒として使うだけの脳のない者か。
その程度の者に邪魔をされたということが、酷く不愉快だった。
アルトまで戻ってきたところで、コクピットに乗り込みハッチを閉める。ベガもカミーユもまだ戻ってきてはいないようだった。
元の世界で可変機を扱っていたというカミーユをVF-22に乗せ、自分はメリクリウスを乗機としよう。
ぼんやりとそんなことを考えながらシートに寄りかかり、一息つくと仮面を外し支給された食料品に手を伸ばす。
この世界で顔を隠し続けることに意味はない。だがそれでも人前で仮面を外す気なども毛の先ほどもなかった。
そうした姿勢を貫く以上、食事を取れるタイミングは自然と限られてくる。今はそういう数少ない機会の一つだった。
【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
パイロット状態:良好
機体状態:良好
現在位置:D-6西部
第一行動方針:サイバスターとの接触
第二行動方針:首輪の入手・解除
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
備考:アインストに関する情報を手に入れました】
【ベガ 搭乗機体:月のローズセラヴィー(冥王計画ゼオライマー)
パイロット状態:良好(ユーゼスを信頼)
機体状態:良好
現在位置:D-6西部
第一行動方針:マサキの捜索
第二行動方針:首輪の解析
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出
備考:月の子は必要に迫られるまで使用しません
備考:アインストに関する情報を手に入れました】
【カミーユ・ビダン 搭乗機体:VF-22S・SボーゲルU(マクロス7)
パイロット状況:良好、マサキを心配
機体状況:良好、反応弾残弾なし
現在位置:D-6西部
第一行動方針:マサキの捜索
第二行動方針:味方を集める
第三行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊】
【初日 21:40】
B-Part