111話A「とある竜の恋の歌」
◆C0vluWr0so


D−8市街地。二エリアに渡って広がるあまりにも巨大な街並みはひっそりと静まりかえっている。
そこに住人の影は無く、本来なら煌々と夜の街を照らすはずの街灯も暗黙を保ったまま。
閑散とした街の更に外れにある、自然の姿を人工的に残した野外公園に巨人の影が一つ。
巨人の足下には依頼主を亡くしたネゴシエイターが一人。
ネゴシエイターの足下には物言わぬ骸が一つ。
その側には、巨人――騎士鳳牙によって掘られた穴が一つ。

ネゴシエイター、ロジャー・スミスは今は亡き依頼主、リリーナ・ドーリアンの亡骸を前に立ちつくしていた。
彼女を埋葬すべく、自らの怪我の処置もほどほどに鳳牙を走らせたロジャー。
彼の胸中にあるものは悔い。自分の至らなさのせいで依頼主をむざむざと死なせてしまったことに対する後悔の念。
もしも自分が最初の接触の時点でテッカマンエビルを名乗る男を倒せていれば――
もしも自分が即座にテッカマンエビルとリリーナ嬢を発見し、少女を救出出来ていれば――
いくら悔やんでも悔やみきれない気持ちはいくらでも募ってきた。
しかし、それで歩みを止めるわけにはいかないということも重々承知している。

「リリーナ嬢。貴女の遺志はこのロジャー・スミスが引き継ごう」

一張羅が血で濡れることも気にせず、ロジャーは少女の骸を抱き上げる。
あれほどまでに凛々しい目を持ち、気高き矜持を最後まで貫いた女性をこのままの姿で晒すことはロジャーのプライドが許さなかった。
リリーナの遺体を抱き上げた瞬間、骨折の激痛がロジャーの脇腹に走る。
本来ならば即座に治療をし、安静を保たなければいけないような重傷の身。
それでもネゴシエイターは揺るがず、堂々と胸を張り少女を抱きかかえる。

「なに――気にすることはない。依頼主死すとも依頼は死なず。ネゴシエイター、ロジャー・スミスのささやかな矜持だ」

鳳牙によって穿たれた墓穴へとリリーナの骸を丁寧に下ろしたロジャーは、少女の首にはめられた首輪をそっと抜き取った。
今現在、ロジャー達反主催を掲げる者にとって一番のネックは各々の首に巻かれた首輪だ。
この首輪が殺傷能力を持ち、あの化け物の思い通りにその効果を発揮するというのは明らかだった。
ロジャーは思い出す。
胸糞が悪くなるほどに素敵なこのゲームの参加者、その全てが集められた最初の部屋の光景を。あそこで行われた凄惨な殺戮を。
自分たちがこのままあの化け物に挑もうとも、あの悪趣味なショーと同じ光景が主催者に歯向かう無謀な反逆者の首の数だけ行われるだけだろう。
だが、この首輪さえ外せば条件はイーブンだ。
たとえあの人外の化け物が如何に強力な力を備えていようとも、お互いが対等な立場にさえ立ってしまえばいくらでもやりようはある。
そのためのネゴシエイション、そのためのネゴシエイターだ。
この首輪が主催者打倒の切り札になる――そう確信し、懐に収める。

「リリーナ嬢……。私は、貴女のような気高く美しい女性に出会えたことをとても嬉しく思う」

少女の言葉はネゴシエイターとしての誇りを思い出させてくれた。
夢物語ではあったが、少女の語る理想は夢を信じるに値するものだった。
リリーナとの出会いは、交わした言葉の一つ一つはロジャーの心に深く刻まれている。

最後に死者への祈りを捧げ、ロジャーは墓から背を向ける。
そのまま鳳牙へと乗り込むと、今度は少女の亡骸を埋め始めた。

「だからこそ――この殺し合いに乗った者は許せない。貴女の信念に反することになろうとも、交渉に値しない輩はこの拳をお見舞いしてやるのが私の主義でね」

リリーナの身体が土中に埋もれていく。
埋葬される少女の表情は、自分が死んだということさえ理解していないかのように穏やかだった。
おそらく痛みも何も感じることなく逝ったのだろう。それだけがせめてもの救いだと言うのは、死者に対してあまりにも失礼だろうか。
少女の埋葬を終え、ロジャーは墓標代わりに白石を置く。

「私は死者に縛られるわけにはいかない。君の説いた理想を叶えるためにも、そしてなにより生き残るためにだ。
 君とはここでお別れだ。ロジャー・スミスはリリーナ・ドーリアンの遺志を引き継ごう。
 だが君との繋がりはここに置いていく」

止まるわけにはいかない――そう決めた。
少女の死を思い返し、感傷に浸る暇は無い。そんな時間が有るのなら、その分一人でも多くの命を救い、前へ進み続けよう。
この無意味な争いを止めることが、完全平和主義を説いた少女への何よりの弔いなのだから。

これからの方針を考えながら、ロジャーは鳳牙を走らせる。
この傷の処置をすませた後、一度ユリカ嬢のところへ戻ろう。
彼女の乗る巨大な機体ならば、もしかするとこの首輪を解析する機材が備えられているかもしれない。
主催者に生殺与奪の権利を握られている以上、このままでは表立っての反抗は出来ない。
あのテッカマンとか名乗った男も、手応えはあった。
おそらく相応の痛手は負わせられたはずだ。なにより生身のままではそう遠くまではいけないはず。
ひとまずは仲間を集め、それぞれの身の安全の確保、そしてあの怪物を打ち倒すだけの戦力の充実を図ることが先決だ。
6時間の間に出た死者――それを殺した殺戮者たちも、徒党を組み、十分な戦力を揃えた集団には手を出せないだろう。

ある程度の方針が見えてきたとき、薬局の看板が目に入ってきた。
これは幸運と機体から降り、ロジャーは店内へと入っていく。
様々な薬の並ぶ商品棚を一つ一つ物色し、鎮痛薬や包帯、ギプスなど目当ての物を手に取ると、早速手当てを始める。

「しかし、これはまた派手にやられたな」

骨折数カ所に全身打撲、この場にあの無愛想な少女がいれば、
『ロジャー、あなたって本当に――』と小言の一つでも言うだろう、と想像しながら苦笑する。
そうだ、自分はあの世界へ再び帰らなければならない。
手早く怪我の処置を終えると、ネゴシエイターは立ち上がる。
目指すは巨竜、無敵戦艦ダイだ。

「さぁ行こうか騎士・鳳牙。この争い――終わらせるぞ!」

 ◇

ミスマル・ユリカは無敵戦艦ダイの中、一人ぽつりと座っていた。
少女の顔には疲労の色が浮かび、どこか落ち着かない様子をしている。
はぁ、とため息を一つつくと、操縦席に深く腰をかけ直す。

「ガイさん……大丈夫、なのかな……?」

少女が気にかけるのは、ここに来て初めて出会ったはずの――でも、何故か昔から知っているような気がする仲間。
ガイと――そう名乗った彼は、ユリカが知る一人の少年とは、全然違う。
それでいて、とても似ている。

「アキト……」

思わず口に出てしまう想い人の名前。

「アキト……うん。あたしは、大丈夫。絶対あなたのところに帰るから……だから、少しだけ待っててね」

胸の奥底から湧き出る確かな想いを噛みしめながら、ユリカはより強く願う。
この殺し合いからの生還と、愛する人との再会を。

その時少女はこちらに接近してくる機影に気づく。
敵襲かと身構えたが……違った。それは別れた仲間の機体だった。
既にその四肢は失く――しかしそれでもユリカを守った仲間。
尋ねたいことはあった。でも。
なんとなくだが――それは、聞いてはいけないことのような気がした。
だからその代わりに、たった一言だけ告げる。

「お帰りなさい……ガイさん」

「……ああ、……ただいま、ユリカ」

四肢をもがれたバルキリーはダイの元へと帰還する。
過去を捨てた男は過去の少女と再会し、幸せな未来を夢見る少女は未来の想い人と出会う。
それは本来有り得ない邂逅。
だからこれは――このバトルロワイアルの中で起きた、とても貴重な幸せの瞬間だった。

 ◇

ユリカとアキトの再会から遅れること数分。
ユリカを目指して北上していたネゴシエイター、ロジャー・スミスもまた、二人との合流を果たしていた。

三人は別れてからこれまでの経緯とこれからの方針について話し合う。
もちろん三人とも最終目標は主催者を倒し、生きてこの空間から脱出、元の世界に帰ること。
しかし、ロジャーがテッカマンエビルとの戦闘について話し始めたとき、ユリカが小さな悲鳴を上げる。

「ロ、ロジャーさんっ! それ本当ですか!? な、ならあたしは……。
 ど、どどどどうしよう!? 早く助けに……いや、その前に……!」
「ユリカ嬢、どうしたんだ!? まず落ち着いて、それからゆっくり話してくれ」
「ユリカ、大丈夫だ。落ち着いてくれ。……俺たちがいない間に、何かあったのか?」

二人からなだめられ、冷静さを幾分か取り戻したユリカは一刻たりとも無駄に出来ないとばかりに早口にまくしたてた。

「あたし、やっちゃいけないことをしてしまったんです。今からこの三機で周辺の探索を開始します!
 要救助者を発見したらダイのところへ連れてきてください! それでは各機散開!」

当然ながらさっぱり話の要点がつかめない。
困惑した表情を浮かべながらロジャーがユリカを問いつめる。

「ちょっと待ってくれ、私たちにも何があったか詳しく話してくれないか?
 そんなことを言われて、はいそうですかというわけにもいかないだろう」
「人の命がかかってるんです! おいおい通信で話しますから、それまで我慢してください。
 多分……生身のまま、倒れている人がいるはずです。その人を捜してください!」
「だからユリカ嬢、それでは分から――」
「把握した。探索に移ろう。」

納得できないと憮然とした表情を浮かべるロジャーに対し、アキトはさっさと探索を開始。
黙々と作業を始めるアキトの姿に、ロジャーも渋々ながら探索を開始した。
ロジャーの胸中はあまり平穏とも言えなかったが……この後のユリカの告白は、そんなモヤモヤなど一瞬で吹き飛ばすほどのものだった。

「何だって!? それではつまり……ユリカ君は」
「……はい。あたしは……ただ生身で歩いていただけの人を、撃ってしまいました。
 だから! 少しでも早く助けないといけないんです!」
「そうか……。それでさっきはあんなに慌ててたのか。
 よし分かった。私も本腰を入れて捜索に当たろう。この周辺にいるのかい?」
「はい。あたしが見たのは……ええと、そこのビルの影の辺りでした。
 もし爆撃に巻き込まれたなら……まだ近くに、いるはずです」

そこまで言うと、ユリカは大きく息を吐いた。
アキトがモニター越しにユリカの様子を窺うと、青ざめた顔をして機体を操縦している。
明らかに疲れを押して捜索活動に力を注いでいるユリカに、アキトは休憩するように促したが――

「ダメです! 人の命がかかってるんですよ。あたしだけのうのうと休むなんて出来ません」
「……だが、このまま作業をさせるわけにもいかない。捜索は俺たちに任せて君は休んでおけ」
「……ガイさん、あたしだって生半可な気持ちで言ってるんじゃありません。
 一人より二人、二人より三人で探した方が結果も良いに決まってます」
「それで大事なときに動けなくなったらどうするつもりだ? 何時敵襲があるかも分からない。
 君は艦長をしていたと言っていたが……それだって多くの人員がいたからこそだろう。
 君一人で出来ることには限りがある。今は休んで今後に備えるのが君の仕事だ」
「――! そんな言い方無いじゃないですか! あたしはあたしなりに考えて――」
「分かった分かった。二人ともそこまでにしておきたまえ。
 ほらユリカ嬢、そんな表情をしていてはせっかくの綺麗な顔が台無しだ。
 君が疲れてるのは誰が見ても明白だよ。ここはガイ君の言うとおり私たちに任せてもらおうか。
 その代わり、君には一つ頼まれごとをしてもらいたい」

ユリカとアキト、険悪な雰囲気になりつつある二人の会話に割って入ってきたのは、ロジャーの提案だった。

「ここに首輪が一つある。……リリーナ嬢の首に巻かれていた物だ。これを君に託そう。
 見たところ、ダイは戦艦というよりもむしろ移動基地としての側面の方が強いようだ。
 ならば機体の整備、ひいては開発のための設備を内蔵している可能性が高い。
 後は――分かるね?」

ロジャーの提案に頬を膨らましながらもユリカは了承。

「……はい。私にどこまで出来るかは分かりませんが……やれるだけのことはやってみます」

ロジャーはユリカへと首輪を渡す。その後、早速ロジャーとアキトが市街の探索を始めたのだが――

「どうだガイ君? その脚部はまだ使用可能かね?」
「いや……どうやら爆撃の直撃を受けたようだ。修理するより新しく造り直したほうが早い、といった状態だな」
「そうか……こちらにあった機体も使えそうにない。どうやら収穫は殆ど無いとみてよさそうだ」

ダイの爆撃を受けた市街地のダメージは予想以上のものであり、YF-21の脚部やドスハード(これは元々運用不可だったが)など、戦力面の補充は期待出来そうになかった。
生存者の発見も絶望的かと思われたその時、ロジャーが地中へと繋がる穴を発見。
どうやら地下通路の類らしい。もしもこの穴ぐらの中へ入り込み、爆撃を避けることが出来たならば。

「たとえ生身でも生きている可能性はある――ということか」
「そういうことになるね。しかも――この通路、機動兵器が通った後がある。もしかするとその機体の持ち主に保護されたのかもしれない」
「その可能性もあるな。それで、どうするつもりだ? この奥へと探索範囲を広げるのか?」
「そうしたいところだが、この通路は少々狭すぎる。
 私の鳳牙ではどう見ても通れそうにないし、ガイ君の機体でも難しいだろうな。せめて脚部が無事ならまだやりようもあったろうが、この狭い穴ぐらの中を戦闘機が飛ぶというのもナンセンスな話だろう」
「するとこの通路の探索は諦めると?」
「おっと、そうは言っていないよ。確かに機体のままならば通れない――だが、この身一つで飛び込むには十分な広さだ。機体から降り、私が調べてこよう。
 なに、心配することは無い。この周辺と機動兵器の痕跡を確認する程度に留めるつもりだ。
 それと……彼女を一人には出来ない。君はここへ残って周辺の警戒を頼む」
「……了解した。ユリカ聞こえたか? 今から俺がそちらへ戻る。ロジャーはこのまま地下通路の探索を続行だ」

ユリカから了解の返事が届くと、ロジャーはアキトへのプライベート回線に切り替えた。

「……ガイ君。私が言うのもなんだが、君がユリカ嬢に会ったのはここに来てからではないな?
 君はユリカ嬢とは同じ世界の人間で……しかもかなり親しい間柄と見た。彼女は君の素性を知らないのかい?」
「……俺はユリカとはここで初めて出会った」
「いーや、嘘だね。これでも私はネゴシエイターだ。下手な嘘で騙そうとしても無駄だよ」
「……貴様には関係ない。これは……俺だけの問題だ」
「……そうか。なに、そう言うのなら無理に聞く気はない。少なくとも私よりは君のほうが彼女のなだめ役に向いていると分かっただけでも十分だよ……っと」

やれやれ、一方的に切られてしまったか……と、ロジャーは無愛想な仲間の行いに苦笑した。

(確かに彼ら――というより彼個人か? 深い問題があるようだ。それがこれから先、悪い方向に転がらなければ良いが……)

「しかしこのような問題は他人が立ち入ったところで良くなるようなものでもない――先ほどは少しばかり余計な口出しだったかな?」

と、ネゴシエイターは自分の言動を省みる。
一呼吸置いた後、ロジャーは鳳牙から降り、地下通路の探索を開始した。

 ◇

首輪を託されたはいいが、機器の扱いに関しては素人であるユリカがどうこう出来る物ではなく。
ラボに置かれていた研究器具も、彼女の世界とは違う科学体系に因るものだったこともあり、下手に触れば爆発する可能性を秘めている首輪の解析は、挑戦さえも出来なかった。
ダイの操艦部へと戻り、首輪の表面をなでる。あまり心地よい感触では無い。
半分機械、半分生き物、とでも言えばいいのかは分からないが、とにかく冷たい無機質な感触も、温かみのある生き物のそれとも違う不思議な感触は、ユリカが初めて見る物質によるものだった。
紅い宝石のようなものが埋め込まれ、一見装飾品のように見えないこともない。
だが、ぴったりと首に吸い付くように巻かれている首輪には、それをつけるとき必ず必要なはずの繋ぎ目が見あたらない。

「不思議だなぁ……。どうやってつけたんだろ? やっぱりこのナマモノっぽいところが伸縮したりしちゃうのかな?」

ユリカの疑問も募るばかり。
と、それまで聞き流していた通信から自分の名前が聞こえてきた。

「……ユリカ聞こえたか? 今から俺がそちらへ戻る。ロジャーはこのまま地下通路の探索を続行だ」
「えっ、あっ、はい。ロジャーさんは地下通路、ガイさんがこちらに戻るですね。了解しました」

地下通路についてなど把握出来てないこともあったが、とりあえずは了解の返事を送る。
モニターにはこちらへと飛んでくるガイ機の姿が映っていた。



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