112話A「失われた刻を求めて」
◆C0vluWr0so
「これでっ……墜ちやがれえええええ!」
ゴステロの怒号と共に放たれた勇者王必殺の拳が、空を翔るバルキリーへと襲いかかる。
暴力的なまでの力を持つ拳撃の威力は十全。バルキリーの装甲などは一撃で貫くだろう。
だがしかし、それはまともに当たればの話。
「そこかっ!」
バルキリーは空中旋回し、スターガオガイガーの拳を苦もなくかわす。
天性の操縦センスと豊富な戦闘経験、そしてニュータイプの力――それらが備わったアムロには、ただの力任せの攻撃は当たらない。
だが、それだけだ。
「ちょこまかちょこまかとうざってえんだよッ! オラオラオラオラァァァァァ!」
更に続くスターガオガイガーの猛攻。
それに対して正確無比な回避運動を続けるバルキリーだったが、反撃は無い。
スターガオガイガーの強硬無比な装甲の前には、バルキリーの通常武器では決定打にはなり得ない。
その如何ともし難い事実がアムロに回避の一手を取らせていた。
お互いに決定打となる一発が無いまま、時間だけが過ぎていく。
既に戦闘が始まってから一時間近い時間が経過し、戦場もH-2からH-1へとその場を変えていた。
シャアとアイビスを安全に逃がすというアムロの目的は、ほぼ完全に成されたと言っても良いだろう。
だが、このままこの敵を放置し、逃げ出すわけにはいかない。
アムロが見たところ、このパイロットは正常な判断能力を失くし、破壊衝動のままに暴走を続けている。
しかし敵パイロットの操縦スキルは低いどころか、エースパイロットのそれと比べても遜色無いものだ。
異常なまでの破壊衝動、エースパイロットの技量、そして攻守共に万全な強機体。
このまま放置すれば、間違いなくこの戦場に悪意を撒き散らし、多くの戦いをもたらすことになるだろう。
(出来れば首輪を確保したかったが……そうとも言ってられないな)
直撃こそ無いものの、強力なパワーの余波と無理な回避運動の影響か、徐々にではあるがバルキリーの状態が悪くなってきている。
戦いが長引けば長引くだけ、たった一発の直撃で墜ちるバルキリーが不利だと判断したアムロは、機体を北へと飛ばす。
「ヒャハハハッ! 逃がすかよぉ!」
自機から離れ出した戦闘機に対し、ゴステロは追撃を選択する。
しかし、高々度での戦闘を想定して設計されたバルキリーとの距離は縮まるどころか次第に広がり始めてた。
かと思うとバルキリーは速度を落とし、また距離を縮める。
獲物であるはずの相手に遊ばれている――そのことに気づいたゴステロは怒りを爆発させた。
「くぉのやろおおおおおお! 死にやがれえぇぇぇぇぇ!」
力任せにブロークンファントムを繰り出すも、バルキリーにはかすりもしない。
ゴステロの怒りは、ただ募っていくのみだった。
(さぁ来い……ここで決めてみせる!)
無論この挑発的行動もアムロの狙い。
より激しい怒りを以て、ただでさえ鈍っているゴステロの判断力を更に下げるのがその目的だった。
アムロの考えた作戦を成功させるには、相手の油断と隙をつく必要がある。
これはそのための下準備。
次にアムロは弾薬の残量をチェック。
通常武装が決定打にならないと判断した時点で回避に専念し始めたため、弾薬は半分残っている。
これだけあれば、一瞬の隙を強引に作ることも可能だろう。
そこまで確認したアムロの視界に入ってきたのは、夜闇の中輝く光壁。
そのずっと先には壁が二枚垂直に交わる姿が確認出来た。
勝負を決するのは、地図の最北東に位置し、A-1、A-8、H-1、H-8の四つのエリアを結ぶここ。
アムロはスロットルを倒し込み、一気にスターガオガイガーとの距離を離しにかかった。
そして二枚の壁が交差する一点、その直前で機体をバトロイドに変形、停止させ、地上に降り立つ。
「ようやく追いつめたなぁ。さぁ……ぶっ殺してやるぜぇぇぇぇ!」
やや遅れバルキリーに追いついたゴステロは、舌なめずりをしながら感情を昂ぶらせていく。
その歪んだ表情からは抑えきれない憎悪と激怒が滲み出ていた。
それに対しアムロは、
「やれるものならやってみればいい。その機体は飾りか?」
と、挑発的な態度を崩さない。
…………プチン、と音が聞こえた気がした。
「……そんなに死にてぇのかよぉぉぉぉぉぉ! お望み通りぶっ殺してやるぅぅぅぅぅ!!」
怒りが頂点に達したゴステロはスターガオガイガーをバルキリーへと突撃させる。
バルキリーを遙かに超える質量を持つスターガオガイガー。
巨体の突進が巨大なパワーを産み出し――更にGSライドが輝き、勇者の力は完全な破壊の力に転換された。
産み出された超パワーは右拳の一点に集中し、バルキリーを撃ち貫く破壊の鎚に変わる。
だがしかし、超加速を続ける勇者王の射線の先にいるのはただのパイロットではない。
連邦の白い悪魔と恐れられ、幾度もの大戦を潜り抜けてきた真の戦士である。
「――見える! ここだっ!」
勇者王の突撃が最高速に乗る一瞬前に、アムロはバルキリーに残されたありったけの武装を放つ。
だがスターガオガイガーから迸るエネルギーは、ホーミングミサイルを始めとするバルキリーの攻撃を寄せ付けない。
アムロの攻撃はその殆どが直撃することなく寸前で爆発。
しかし、ホーミングミサイルとガンポッドが撒き散らす爆煙がスターガオガイガーを包み、ゴステロの視界が一瞬遮られた。
半瞬の後、スターガオガイガーは爆煙の中から飛び出す。
その先には、バルキリーがいるはずだった。――だった。
「なにぃっ!?」
一瞬と半瞬の間隙、ゴステロが目を離したのはその一刹那のみ。
だが、そのわずかな間に戦況は一変した――バルキリーが、いない!
「どこだっ! どこへ行きやがった!?」
ゴステロの叫びが一人空しくこだまする。
それに応えるかのようにスターガオガイガーの背面に衝撃が走った。
「なにぃ! 後ろだとっ!?」
振り返ろうとするゴステロの視界に入ったのは、人の形に姿を変えたバルキリー。
その右腕がスターガオガイガーの背中を押している。
「このまま……押し切ってみせる!」
スターガオガイガーの強固な装甲にはバルキリーでは太刀打ちできない。
最後の切り札、反応弾もあったが、あまりにも高すぎるその威力と攻撃範囲は自機さえも巻き込んでしまう危険性をはらんでいた。
本来の反応弾の使用目的は、宇宙空間での対大型艦の撃滅。広大な宇宙空間で充分な距離を取って初めて使える代物だ。
ならば距離を取ればいい――そう考えるのは、単純過ぎるというものだろう。
この空間の持つ特殊な性質の一つ、極端な電波妨害は通信の障害になるだけではない。
長距離におけるミサイル誘導、及びそれに類する攻撃の制御に関する電波までも遮断する性質を持っていた。
そのため、反応弾を長距離から撃つことは不可能。
下手に撃てば制御が出来なくなった途端に爆発し、バルキリーを巻き込む可能性がある。
つまり、バルキリーがスターガオガイガーに対抗出来る武装は皆無、ということである。
だが、対抗出来る武装は無くとも――対抗する手段はある。
「ぐぅぅぅ! 止まりやがれぇぇぇ!!」
GSライドとウルテクエンジンによって最大まで加速されたスターガオガイガーは止まらない。
慣性のまま直進するその先にあるものは光の壁。
更にその奥にあるものは――禁止エリア。
アムロの作戦、それはゴステロをスターガオガイガーごと禁止エリアに叩き込むというもの。
如何に装甲が厚かろうが関係ない。ただ押し込むだけで、ゴステロの首輪は爆発する。
今までの攻防の全ては、その状況に持ち込むための準備だった。
案の定ゴステロはアムロの挑発的な態度に激昂し、一直線に突撃を試みた。
残弾の殆どを費やし一瞬の隙を作ったアムロは、瞬時に地上での移動に長けたガウォークへと変形し、ゴステロの背後に回り込み。
そのまま、禁止エリアに向けてスターガオガイガーを押し込む!
「たかが機体一つ……バルキリーで押し込んでみせる!」
「こぉのやろぉぉ!!」
だが、ゴステロもただでは終わらない。
行き場を無くした拳を地面に突き刺し、減速を試みる。
粉塵と土煙を上げながら、スターガオガイガーのスピードは徐々に落ちていく。
壁まで、残り100メートル。
バルキリーに異変が起きた。
度重なる急激な回避運動に悲鳴を上げていたエンジン。その出力が落ちていく。
それに対し、スターガオガイガーはその出力を上げていく。
GSライドが輝き、ウルテクエンジンが唸りを上げ、勇者王はその名に恥じない力をその身に漲らせていった。
「後少し……後少しなんだ! 保ってくれバルキリー!」
「へっ! 残念だったな……!」
燦然と輝く壁のたった10メートル前で、バルキリーは力尽きた。
スターガオガイガーは減速し、
停止し、
反転した。
「お前に俺はやれねぇよぉ! 死にやがれぇぇ!!」
再びバルキリーに向かって拳が放たれる。
一筋の流星の如く伸びる一撃を受けながら、バルキリーは自ら背後へと飛び衝撃を受け流す。
しかし、たとえ力の半分を受け流せたとしても、勇者王の一撃はバルキリーの装甲を貫くに十分。
満足に動かない機体を、それでもアムロは執念と共に動かしていく。
「ひゃはははは! もう諦めちまいな! どうせお前はこの俺様から逃げられやしないんだからよぉ」
「それでも……俺は諦めない! 最後のその時まで人は生きることを諦めたりしないんだ!」
「そうかい。その心意気はリッパだが……そのまま終わっちまいな!」
再度放たれた拳撃を前に、アムロは避けられない死を予覚した。
思えば、自分は人を殺しすぎた。
終わらない争いを止めるため――そして、生き残るため。
一年戦争の頃の自分と、この殺し合いを強要され、生き残るために他者を殺す人間と、一体何が違う?
戦わなければ生き残れない。
だから殺す。
それは、生物全てに共通する道理だ。
生きるために、食べるために殺す。
住むために、眠るために、他者を殺し、そして生きのびる――それが、人間本来の生き方だったのではないのか?
『……それは違うぞ、アムロ』
なっ……! その声、シャアか!?
『確かに、私もお前も命を奪いすぎた。だが、私はそれを間違いだとは思っておらんよ』
何故だ! ララァを失ったお前がそれを言うのは!
『命とは、消えるものではない。受け継がれるものなのだ。
ララァの魂は私の血肉となった。そして……私の命も、また誰かの礎となるだろう』
――! シャア、まさか……!
『さらばだ、アムロ。再び会うことは無いだろうが……
私はお前を好いていたよ。お前なら……あるいは人の光を導けるのかもしれない』
待てシャア! お前は……!
『立てアムロ! ここで終わるお前では無いはずだ!』
――瞬時、アムロの意識は覚醒した。
バルキリーを貫くはずの拳は……
「てめぇ……! 一体なにもんだぁっ!」
「フッ……。醜きを討ち、美しきを助ける者だ」
白銀の機体の構える白き剣によって阻まれていた。
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