113話A「火消しと狼」
◆7vhi1CrLM6


「避けろ!!」

 基地上空で爆発したレプラカーン、黒煙を棚引かせてアスファルトの地表に墜落したブラックゲッター、その二つの物体が起した轟音を突き破りゼクスが叫んだ。
 咄嗟にビルトファルケンが地を蹴りサイドに大きく跳ぶ。ほぼ同時に発射されたディバイデッド・ライフルが間際を駆け抜け、基地の格納庫を一つ吹き飛ばした。
 その様子を一瞥し、戻した視界が急速に迫ってくるメディウス・ロクスを捉え、歯噛みしながら、キョウスケは叫んだ。

「ゼクス、状況を説明しろ!」
「機体の制御が効かん上に、ファルケンの識別パターンが赤に設定されている」

 一つの機影がとぶように間合いを詰めてくる。苦々しい表情を浮かべ、互いの拳が届く距離、そこに躊躇なく踏み込んだ。
 機体の体捌き、振り上げられたコーティング・ソードの動き。それらを見極め、一撃を避けたはずのファルケン――その装甲表面で火花が散った。

「くっ! 早い!!」
「キョウスケ!!」
「制御が効かんではすまされん。どうにかしろ!」

 執拗に迫ってくるメディウス・ロクスの猛攻を退けながら叫ぶ。

「今、やっている。クソッ! 解除不能だと……なんなのだ、これは!!」
「仕方がない。多少手荒だが、機体を落とさせてもらうぞ」

 基地をこれ以上壊すのは本意に反する。
 その都合上求められているのは、迅速かつ的確にメディウスの暴走を止めることだった。

「そうしてくれ。機体の制御権がサポート用の人工知能に移っている。だが、しかし――」

 一度そこで言葉は区切られた。メディウスが映し出されたモニター。その端に開かれたウインドウに、ゼクスの困惑した表情が映っている。

「――『AI1』だと……これは一体?」
「メディウスのデータを探っても無駄ですよ、ゼクスさん。この機体の存在はあなた達の存在を遥かに超えている」

 ゼクスから発せられた疑問に答えるようにカズイの声が割り込んできた。
 それに気をとられたのも束の間、襲ってくる剣戟に意識を戻す。
 掻い潜るようにしてメディウスの懐に飛び込み、スラスターを全開。瞬く間にすれ違い、距離を広げようと高速で退く。
 ゼクスの上に新たに開いたウインドウ。そこに映し出されたカズイの顔を睨み付けた。

「何をたくらんでいる、カズイ=バスカーク」
「この機体を壊す気なんでしょ? させませんよ。せっかく手に入れた僕の力だ」
「機体を止めろ、カズイ」
「凄んでも無駄です。メディウスは……いえ、AI1は僕のコントロール下を離れています。
 そして、あなたのデータと次のステップに進むためのエネルギーを欲しがっているんですよ。
 あなたの腕を見せてもらいますよ、キョウスケさん!!」

 追いすがってくるメディウス。そのディバイテッド・ライフルの制射にオクスタンライフルで答え――

「生憎だが、俺は芸のない男でな。お前に見せてやれる腕などない!!」

――反転、そして、フルブースト。キョウスケは一瞬で距離をふいにした。

「多少古臭い武装だが、当たればでかい!!」

 ついた勢いのまま大きく腕を振り、ブーストハンマーを打ち出す。
 鎖が音を立てながら伸びていったそれは、鈍い音を立ててディバイデッド・ライフルに弾かれた。
 勢いを削がれた鉄球がゆっくりと宙に浮かび上がる。
 その光景に舌打ちを一つで、ハンマーに取り付けられたブースターを点火。
 しかし、轟音と共に撃ち込んだその先には既にメディウス・ロクスの姿はない。
 レーダーに目を走らせる隙もなく、直感が危険を知らせる。咄嗟に全てのブースターを逆噴射。勢いを削いで地を蹴り、強引に軌道を変えた。
 その眼前を音もなくコーティング・ソードの切っ先が走り抜ける。
 そのまま、基地に立ち並ぶ倉庫群を利用。追いすがるメディウスの視界を遮り、抜けた瞬間にオクスタンライフルを放った。
 ――いないだと!?
 撃ち放たれた弾丸が虚しくアスファルトに穴を穿ち、同時にゼクスの声が耳を突く。

「退がれ!!」

 咄嗟に飛びのいた地面に高出力のディバイデッド・ライフルが撃ち込まれ、盾に使った倉庫が飲み込まれて消える。

「上か」

 上空に悠然と佇むメディウスの姿を認め、苦々しく呟いた。
 メディウス・ロクスとビルトファルケンの機動性はほぼ五分。しかし、火力と馬力には格段の差。眼前にはぽっかりと空いた大穴がそれを証明していた。
 そして、あの動き……。ゼクスのサポートがなければ確実にやられていた――そういう実感が骨身に染みて汗となり、全身から吹き出してくる。
 この段階でキョウスケ=ナンブは覚悟を決め、同時にメディウス=ロクスを制することを諦めた。

「ゼクス=マーキス、悪いが覚悟を決めてもらう!!」
「私に構うな、キョウスケ=ナンブ! 自分が生き残ることのみを考えろ!!」
「無駄ですよ、キョウスケさん。AI1は学習し進化する。あなたには止められません!」

 三者の叫びを合図に残弾の半数に当たるスプリットミサイルを散布する。

「カズイ=バスカーク、俺の腕が見たいと言ったな。見せてやる。これが俺とファルケンの――」

 地上のファルケンから空中のメディウスに向けて、ミサイルの花が咲く。
 そして、同時に風を斬って飛ぶ翼が展開され――

「――切り札だ!!」

――それまでに倍する速度で隼は、獲物目掛けて一直線に襲い掛かった。
 メディウス・ロクスを蕾の中に納めるようにミサイルの花が収縮し、密度を増す。その最も密度の薄い部分は正面。すなわちメディウスとファルケンを結ぶ直線。
 そこにキョウスケは躊躇なく踏み込む。書き換えられたOSにより荒々しい動きを手に入れた隼が速度を上げていく。
 ――さあ、逃げ場はないぞ、カズイ=バスカーク!!
 そして、ちょうど隼が最大戦速にのった瞬間、それは起こった。
 最初はゆったりとした動きだった。それを見て包囲網が縮みきる前に一点突破を行う場所を計っているのかと思った。
 だが、違った。そう気づいたときには既に、ディバイデッド・ライフルは直線上のマイクロミサイルの飲み込み、間際に迫っていた。
 咄嗟にオクスタンライフルのEモードで相殺。行き場を無くしたエネルギーが一瞬だけ中間で燻り、すぐさま爆発を起こす。
 無茶な回避と爆発の衝撃に翻弄され、機体フレームが悲鳴をあげているファルケンには、爆煙を裂いて現れたメディウス・ロクスに対抗する手段は残されていなかった。
 ディバイデッド・ライフルの銃身そのものの突端を叩きつけられて、ファルケンの体がくの字に折れ曲がる。
 そのまま流れるような動きでアスファルトの地面に叩きつけ、地面に擦りつけるようにして、焦げ臭い匂いと火花を散らしながらメディウス・ロクスは突き進む。
 そして、最後に一度ファルケンの体を大きく頭上に差しあげ、格納庫の一つに叩きつけた。



 轟音と共に砕け散った格納庫の破片が舞い上がる。
 瓦礫に埋没したファルケンの体には大小無数の傷。そして、背面の翼のいくつかはおかしな具合に捻じ曲がっていた。
 舞い上がった破片が装甲に降り注ぎ、乾いた音を立てる。
 その音を耳にしながら、カズイ=バスカークは茫然と目の前の光景を見ていた。
 ――圧倒的じゃないか……。
 元々の世界であのノイ=レジセイアを打ち負かしたという歴戦の兵。
 その男自らが切り札だと明言した攻撃を、真っ向から迎え撃ち、叩き潰した。

「これが……僕の力?」

 信じられないといった風にポツリと呟く。その言葉が耳に入り、唐突に少年は自覚する。
 ――そうだ! これが僕の力だ!!
 遅れてやってきた衝動が身の内を駆け巡り、体は喜びに打ち震え、狂笑となって唇の隙間から漏れた。

「ハハ……ハハハハハハハハ!! これは力だ! 僕の力だ!!
 これなら僕は誰にだって勝てる! ゼクス=マーキスの技術を身につけたAI1は無敵だ!!
 あの怪物にだって、キラにだって勝てるんだ!!」

 少年は自覚する。自分が手にした力は比類ないものであるということを。
 少年は確信する。自分はもはや怯え震えている憐れな贄ではなく、捕食する側であるということを。
 だがしかし、少年は気づいていなかった。狂気に染まり、普段の自分を失ってしまったということを。
 そんな少年の耳にくぐもった笑い声が聞こえてきた。

「ククク……」
「何です? 何が可笑しいのですか、ゼクスさん」
「ククク……ハッハッハッハッハ!!!
 いや、すまない。実に皮肉なものだと思ってね」

 一頻り大声をあげて笑った後、ゼクスは落ち着いた声で話す。どこか馬鹿にされているようでその声が癇に障る。

「どういうことです?」
「なに、一つ昔話を思い出したのでね。なるほど、AI1は学習し進化するか……。
 他愛もない話だが、少しだけ話をさせていただこうか」

 そう言ってゼクスは、一人訥々と彼の世界の一つの歴史を語り始める。

「昔あるところにモビルドールというものがあった。
 パイロットを必要とせず、人工知能によって制御された人型機動兵器――命令に忠実で命を持たない戦争の道具だ。
 それは優れたパイロットのデータを有し、例え戦争が起ころうとも人の血が流れることのない理想的な兵器。そう信じられていたよ。
 しかし、人々はそれを否定した。何故だと思う?
 戦争が権力者のゲームになるのを嫌ったからだ。自らの手を汚さぬ戦争に意味はない。
 人々はそんなシステムになど負けはしない。それは歴史が証明している。
 それと同じ力を振り翳して無敵だなどと……。フフ……実に滑稽だな、カズイ。
 私の技術だけを模倣しただけのメディウスでは、誰にも勝てはせんよ」
「減らず口ですね」
「減らず口かどうかはあの男を退けてから判断してもらおうか」

 その声に誘導されるようにして、機能を停止し眼前に横たわるファルケンを眺める。
 AI1にエネルギーを吸収させるために吹き飛ばしはしなかったものの、あれだけ激しく振り回し、攪拌して衝撃を与えたのだ。
 機体はともかく、中の人間が無事であるとは思えない。それを確認して鼻で笑うようにして言葉を返す。

「無駄ですよ。キョウスケさんは今からメディウスの糧となって……それで終わりです」
「どうかな? あの男はそんなに柔ではないと思うが……」

 メディウスが横たわるファルケンに一歩近づく。
 ほぼ同時にファルケンが再起動を果たし、間髪入れずにオクスタンライフルが火を噴いた。

「なっ!?」

 咄嗟に飛びさがり距離を置く。そして、力強く立ち上がったファルケンを確認して、憎々しげに言葉を吐き捨てる。

「思っていたよりも頑丈ですね」
「往生際は悪いほうでな」



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