122話B「・――言葉には力を与える能がある」
◆C0vluWr0so

 ◆

黒が跳ぶ。しかし真黒ではない黒だ。血にも似た赤が、黒に彩りを添えている。
跳んだ先には白い機動兵器、ヴァイクランがある。
だが猪突はしない。まずは牽制のダークネスショットを放ち、相手の体勢を崩す。
二発の光球が、同時にヴァイクランに向かった。更にタイミングをずらし一発。
もし相手が先に撃った二発を回避しようと、後発のダークネスショットが息つく暇を与えない。そのはずだった。
しかし、ヴァイクランは悠然と宙に浮かび、回避の素振りも見せない。
その余裕の理由は、ダークネスショットが炸裂する寸前に分かった。

「バリアだと? ラムダ・ドライバ……とは少し違うようだけどな」

白の機体を包むように現れた壁。それがダークネスショットを掻き消した。
ガウルンの知る、物理法則を超えた力――ラムダ・ドライバ。
精神の力をエネルギーに、というコンセプトはこのマスターガンダムに通じるところがあるかもしれない。
だが、マスターガンダムに備えられたシステムがあくまで機体のポテンシャルを高める、いわば補助にすぎないのに対し、ラムダ・ドライバのそれは、システムそのものが力を生む。
産み出された力を弾丸に纏わせれば、その破壊力は倍増し、防御のイメージを盾として展開すれば、理論上は核さえ防げるという代物だ。
相手の機体が展開した力は、ラムダ・ドライバのバリアに相似している。
展開の形・規模など、細部に異なる部分はあるが、基本の部分はそう変わらない可能性も高い。
つまり、あのバリアも核クラスの攻撃――ともすればそれ以上の破壊さえも耐えるかもしれない、ということだ。

「ククク……面白くなってきやがったぜ!」

ガウルンは、愉快に、まるでお気に入りの玩具で遊ぶ子供のように笑っている。
……しみったれた攻撃が届かねぇってんなら――直接ぶん殴ってやるさ!
未だ跳躍の途中だったマスターガンダムは、強引に軌道を変え、地上に降りる。
着地の衝撃で道路の舗装が砕け、宙に舞う。
踊る破片の一つを掴み、投擲。
投げられた石片は何の変哲もないただの石だ。
だが、だからこそ意味がある。力が無いということが意味を生む。
この程度の攻撃、無駄なエネルギーを消費するまでもない、とヴァイクランは石を造作もなく避ける。
しかし、その回避という行動がタイムロスという名の致命を導く。
機体を動かし、目を離したのは一瞬。
もしヴァイクランが念動フィールドを展開し、マスターガンダムと相対したままなら生まれなかっただろう一瞬の隙。
その一瞬の間に、マスターガンダムはヴァイクランのメインカメラの視界から消えた。
相手の知覚の外から放たれたダークネスショットは、今度こそヴァイクランの装甲に炸裂する。
敵機がよろめいたことを確認。ガウルンは追撃する。
両足に力を込め、同時に地を踏み抜く。二つの脚から発生する二つの力は、両足を同時に踏み抜くことで一つの大きな力になる。
加速する。
二機の距離は縮まっていく。
ヴァイクランが、再動し、ガウルンを捉え、反撃か回避か防御かの選択という三つの工程を必要とするのに対し。

「……遅いねぇ。このまま突っ込ませてもらうぜ」

マスターガンダムは、接近し、攻撃する、という二つの工程でその意図を果たす。
覆せない一工程の差は、絶対的だ。
――あくまで、この二機に限定すれば、の話だが。
月影に照らされ走る黒のガンダム。闇の中、保護色になっているその黒を月は煌々と照らしている。
敵機までの距離は残すところ100メートル強。その程度、秒の単位でこと足りる。
そこまで進んだとき、マスターガンダムの姿が闇に紛れた。
ガウルンが何かをしたわけではない。
ガウルンの上空に、それは現れたのだ。そして、ガウルンを照らす月の光を遮ったのだ。
直後、市街地に熱が走る。攻撃の意味を持った熱だ。
しかし、灼かれるのはマスターガンダムだけ。同様に攻撃範囲に入っているヴァイクランには何の影響も無い。
マスターガンダムの上空に浮かぶ赤の異形はディバリウム。
対象を識別し、かつ広範囲の攻撃が可能なディバリウムにとっては必要な工程は一つ。
ただ攻撃を放つ、それだけだ。
同士討ちの危険性が無い攻撃。そしてそれが持つ充分な攻撃範囲は、多少のずれを無視しマスターガンダムを灼いてくれる。
ディバリウムの攻撃は、マスターガンダムとヴァイクランの間に存在した絶対的な一工程の差を埋める。
マスターガンダムが減速した。即座に再加速を試みる。が、生まれたタイムロスは一瞬だが確実。
ガウルンがヴァイクランに到達する前に、ガン・スレイブがマスターガンダムを狙っていた。
ガン・スレイブの数は四。
同時に攻撃してきた最初の二基は問題ない。左右の高速フェイントがガン・スレイブを惑わし、最高速度までの加速が惑う二基を一気に抜き去る。
次の一つは装甲を掠めた。左肩が持っていかれる。しかし腕は健在。これも十分許容範囲だ。
三基目を抜いたとき、ようやくヴァイクランが手に届く距離に来る。
狙うのは胸。ビームナイフの一突きで、相手の機能を停止させるのが目的だ。
ヴァイクランが念動フィールドを展開するが、この距離なら問題はない。
バリアを突き破り、内側へ。右腕を後ろに引き、右手に握られたビームナイフを起動させる。
光の刃が展開するのと同時に、まっすぐ相手の胸へ向かって突きの一閃。
刃の切っ先が装甲に触る。更に奥まで押し込もうとするが、

「チッ! 素人相手じゃあるまいし、まっすぐ胸ってのが甘かったか」

マスターガンダムの右腕をヴァイクランの左腕が掴み、それ以上の刃の進行を止めている。
次にガウルンが感じたのは殺気。

……上かッ!

ガン・スレイブ最後の一つが直上からガウルンを狙っている。
直撃。頭部が大きく歪む。
ヴァイクランはマスターガンダムを投げつけ、地面へと叩きつけた。

「……ッ!」

たまらねぇ、とガウルンは思う。
相手は強い。単純なタイマンなら、そうそう引けを取るつもりはない。
マスターガンダムと自分との相性は悪くなく、接近戦に持ち込めばたいていの相手には負けない自信もある。
だが、相手は二機だ。それも、かなりのコンビネーションを見せてくれる。
だから、

「……たまらねぇ。このまま――美味しく頂きたいねぇ」

ゆらり、とマスターガンダムは立ち上がった。
血がだんだんと熱を帯びてくるのが分かる。そのくせ、頭の中はやけにクリアーだ。
……ああ、アイツは――アキトはどうしたかな?
アイツの矛盾原因を踏み潰して……それからどうなったのかよく分からない。
何か叫んでいるようだった。それから、消えた。
一瞬で消えちまったんだ。ククク……面白いじゃねぇか。
全くもって楽しすぎる。ここにいる奴らはよ!
なーに、アキトだって死んじゃいないさ。ここで死ぬような奴じゃない。ここで死ぬような面構えもしちゃいねぇ。
――だから今は、この時間を精一杯楽しもうぜ、ガウルンよぉ!

その時、ガウルンは視界の端で何かが動くのを見た。
意識をそこに向けたとき、飛んできたのは鉄球。
完全な回避は間に合わないと判断する。出来るのは逆方向に跳び、衝撃を受け流すことだ。
右足に力を込め、左方向へ跳躍。鉄球は胴に当たるが、ダメージは殆ど無い。
攻撃してきたのは誰だ? 視線を向ける。そこにいたのは白い機体。
思わぬゲストの乱入に、ガウルンは舌なめずりを我慢できない。
……あのアンテナ、カメラアイ……アイツも、『ガンダム』なのかい? 楽しいねぇ、実に楽しい。
そんなガウルンに更に通信が入る。

『ねぇ、アンタ……勝ち残りを狙ってるの?』

モニターに映っているのは赤毛の少女だった。
まだ幼さが残る顔立ちの中に、ガウルンは自分に少し似た、何かを感じる。
ぶしつけに言葉をぶつけてくる少女に純粋な好奇心を持ちながら、返事。

「お前、誰だ? ……まぁ、結果的にはそうなっちまうかもな。俺はただ、楽しめればそれでいいんだがよ、帰って会いたい相手がいるもんでなぁ」

邪悪な笑みを隠そうともせずに、ガウルンは少女の質問に答える。
今の答えに嘘はない。楽しめればそれで良いと、ガウルンの中の戦闘狂は考える。
それと同時に、ガウルンはカシムに会いたいと思っている。
そしてそれらは矛盾しない。『殺し』を楽しみ、生き残り、帰り、『カシム』に会う。
全くもって無駄がない。殊にこの世は上手く出来ている――そう考えている。
だから少女が次に言った言葉にガウルンは興味を持った。

『なら、アタシがもっと楽しくしてあげる、……って言ったらどうする?』

 ◆

目の前の黒い機体はあの戦艦に与する者の攻撃を受けた。
その事実についてシャギア・フロストは思考する。
……つまり状況は、単純ではないということか。
今までは恐竜型戦艦を中心としたグループが、ジョナサンとか言った男の戦艦及びその一味に襲われたという認識だった。
つまり一集団と一集団の総力戦、ということだ。
だが、眼前の黒いガンダムタイプ――これは異質の存在だ。どの集団にも属さずに、乱戦の中を駆けている。
ダイを中心としたグループは、既に壊滅状態だ。戦いの軸は、あの戦艦とナデシコのそれに変わっている。
この状況を作り出したのが黒いガンダムなのだとすれば――

「オルバ、油断するなよ。この戦場――私たちが思っていた以上に複雑だぞ」
『分かってるよ、兄さん。……それで、あの白いガンダムはどうするんだい?』

オルバの言葉に、シャギアは奇襲を仕掛けてきたガンダムに目を向ける。
昼に戦ったときとは違うガンダムだ。だが、あの戦艦と行動を共にしていることと、戦闘行為を仕掛けてくる好戦的な点は変わらない。
ならば対応は一つ。

「あれもまた私たちの敵だ。黒いガンダム共々落とすぞ」
『分かったよ、兄さん』

シャギアがヴァイクランでフォワード、オルバがディバリウムの広範囲識別兵器でバックアップ。
この基本フォーメーションを崩さずに二機を同時に相手にする。
上手くいけば、ガンダム同士で潰し合ってくれる――そこまで確認したとき、ヴァイクランとディバリウム、二機の通信用モニターが同時に作動した。

「通信だと? 一体どこの誰が――」

モニターに映っているのは赤毛の少女だった。
目を赤く腫らし、潤ませている少女は、開口一番こう叫んだ。

『――助けて!』

と。

 ◆

戦場には四機が入り乱れていた。
ガウルンが駆るマスターガンダム。
武蔵が動かすガンダム。
シャギアが操るヴァイクラン。
オルバが乗るディバリウム。
若干の性能差は存在するが、それは戦闘の決め手にはならない。
多少の優勢は、残りの機体がすぐに覆す。
もしこの中の一機でも墜ちれば、戦局は大きく変わる。
それが分かっているからこその均衡だ。

ヴァイクランの放つガン・スレイブがガンダムを襲う。
飛ぶのは二基。一つは不規則な弾道で武蔵の目をくらまし、もう一つが死角から装甲を削っていく。
闇雲にハンマーを振り回すが、ガン・スレイブにはかすりもしない。ガンダムのシールドは既にボロボロだ。
だが、ガン・スレイブの動きが鈍る。その原因はヴァイクラン本体を襲ったマスターガンダムのダークネスショットだ。
ガン・スレイブの操作に集中していたシャギアは舌打ちを一つ。
ガンダムへの攻撃を中止し、接近してくるマスターガンダムに備える。
シャギアはマスターガンダムの倍以上の巨体が持つ長いリーチを生かし、先手を打ったローキックを放った。
しかし、マスターガンダムは伸ばされたヴァイクランの右脚が激突する寸前で跳躍。
――そのまま、攻撃してきた脚部の上に着地し、機体を駆け上る!
敵機を遮るものは何もなく、マスターガンダムの攻撃は回避・防御共に不可。
瞬間的にそう判断したシャギアは、半ば反射的に叫んだ。
「ガドル・ヴァイクラン!」と。
ヴァイクランの四肢が割れ、マスターガンダムが足場にするはずだった部分は宙に。
踏み場を無くしたマスターガンダムは、地上に落ちていく。
その間にシャギアとオルバは、ヴァイクランとディバリウムの合体を完了させる。
ヴァイクランの四肢と胴の間にディバリウムの各部が挿入される。
分離と合体を経て、二機は一機になった。

「行くぞオルバ! アルス……」

落下を続けるマスターガンダムを標的に、ガドル・ヴァイクランが撃つのは必殺の一撃。

「マグナ……」

カルケリア・パルス・ティルゲムによって増幅された念をエネルギー波にし放たれる、アルス・マグナ・フルヴァンだ。

「フル……何っ!?」

だが、その一撃が放たれることはない。エネルギーの充填が完了する前に、ガンダムのハンマーが背面を直撃したからだ。
ガドル・ヴァイクラン時は移動が不可能だという弱点を突かれた形になる。
そしてこの弱点は合体を解除するまで続き、その恩恵を受けるのは武蔵だけではなく。
ガウルンもまた、動くことの出来ない巨体をいたぶることが出来る。

「――ッ!」

マスターガンダムが着地する。
唯一の攻撃手段を妨げられ、動くことも出来ない今のガドル・ヴァイクランはまさに木偶。ガウルンの攻撃を防ぐこともかわすことも難しい。
マスターガンダムが地表を蹴るのをシャギアはメインカメラ越しに確認する。
合体の解除は? 間に合わない。
マスターガンダムが紅い布を翻し、接近してくる。
右手から赤布が伸び、ヴァイクランの頭部に巻き付いた。そのまま布を手繰り寄せ、マスターガンダムは接近の速度を上げていく。
だが、ガウルンの標的は身動きが取れないガドル・ヴァイクランではなかった。
加速を殺さずにそのまま跳躍の力に変え、ガドル・ヴァイクランの頭上を跳び越えていく。
狙うのは、ガドル・ヴァイクランに更なる攻撃を加えようとしていたガンダムだ。
マスターガンダムの跳び蹴りがガンダムの胸を打ち、赤と青の装甲を砕く。
蹴りの衝撃でガンダムは地に転がった。その間にガドル・ヴァイクランは合体を解除し、ヴァイクランとディバリウムの姿に戻る。

戦場が再び均衡に支配される。この一連の攻防も、決定打にはならない。
フロスト兄弟は、この戦闘の特異性に気づき始めていた。
この戦闘を支配――とは言い過ぎでも操っているのは、まぎれもなく黒いガンダムだということにだ。
決定的なチャンスをあの黒のガンダムは潰している。自機、他機の区別なく。
その行為がもたらすのは、戦局の硬直という結果。実際問題、四機とも多少の破損はあろうと戦闘不能に陥ったものはない。
だが、敵パイロットが何故そのような行動を取るのか、その理由が分からないのだ。

「オルバ。あの黒いガンダムの動き――どう思う?」
「おかしい……ね。ガドル・ヴァイクランを潰すつもりなら、さっきの攻撃をこちらに向ければそれで済んだはず……あそここでわざわざ白いガンダムを狙う理由が無いよ」
「白いのがああするのなら分かる。単体での戦闘力が優れているのは明らかに黒い方だからな。
 私たちを潰して一対一に持ち込むより、混戦の方が勝機があるはずだ」
「戦闘時間が延びれば、あの戦艦の応援が来るという可能性もあるね」
「だが、黒いガンダムは違う。奴はこのまま戦ってもジリ貧のはず……一体何故、場の均衡を保つような真似をする?
 戦闘を長引かせることが狙いだとしたら……」

フロスト兄弟が疑念を膨らませていたその時、武蔵は焦っていた。
(……早く敵をなんとかして、マサキを探さなきゃいけないのによ……!)
思っていた以上に自機と敵機の能力差は大きい。
黒いガンダムの奇妙な立ち回りのおかげでどうにか生きのびているが、単純な戦闘力ならこの四機の中で最も低いのがガンダムだ。
だが、武蔵とて玉砕覚悟で戦っているわけではない。十分な勝機があると踏んでこの戦闘に乱入したのだ。
武蔵の思考を遮るように、マスターガンダムのダークネスショットがガンダムを襲う。
咄嗟にシールドで防御するが、盾の上半部が吹き飛んだ。まともな防御力は期待できなくなってきている。
武蔵は、クッ……っと、苦しげに息を吐く。
ガンダムのメインカメラは破損している。攻撃の完全回避は難しい。
このまま戦い続ければ、最初に倒れるのは自分だろう。
と、その時、武蔵はサブカメラの映す乱雑な映像の中に白銀を見つける。
十分な勝機――テニアの乗るベルゲルミルだ。

「テニア! 無事だったのか!」

仲間の姿に安心を覚えた武蔵は、テニアに通信を入れながらベルゲルミルの方へと移動する。
だが、返信の代わりに突きつけられたのはマシンナリーライフルの銃口。
思考が停止する。
武蔵は、目の前の光景の意味を理解できなかった。
テニアが自分に銃を突きつけている、という事実を認識した。
そのときには、既に銃口から光が溢れていた。
ガンダムを撃つ瞬間にベルゲルミルのパイロットが放った叫びは、オープンチャンネルの周波に乗って、その場にいた他の三機のパイロットの耳に届く。

『カティアの、仇だ――!』

自分が撃たれたのだ、ということを武蔵が理解するその前に、光はガンダムのコックピットを貫き――巴武蔵は絶命した。


C-Part