122話C「・――言葉には力を与える能がある」
◆C0vluWr0so

 ◇ 時間は若干遡る。

「――助けて!」

戦闘をこなす見知らぬ三機の内、共闘関係にあるだろう二機に向けて、テニアは通信を試みた。
自分の立てた危策、その最後の仕込みのために。
モニターに映る二人の青年の顔は似ている。兄弟なのだろうかなどとテニアが考えると、年上の方の青年が疑問を投げつけてきた。

『君は誰だ? 何故私たちに通信をしてきた?』

相手の疑問ももっともだとテニアは思う。
だからあらかじめ考えていた答えを返す。

「アタシの名前はフェステニア・ミューズ。……お願い、アタシをあの白い機体とあっちの戦艦から助けて!
 アタシは無理矢理戦わされてるの! アイツらがアタシを襲って……死にたくなかったら協力しろって言ってきて!」

テニアの返答に、青年は訝しげな表情を見せる。
自分でも酷い嘘だと思う。けれど、この嘘さえ通用すれば――後はどうにかなる。
お願い、信じて。と、これは本心から思った。
そして青年は口を開く。

『……いいだろう。君はそこにいたまえ。あの戦艦は私たちも襲ってきた。
 どちらにしろ、私たちはあの戦艦とは交戦するつもりだったからな。君がおとなしくしてくれるというのなら、その間だけ君のことを信用してもいい』

明らかに裏のある物言いだが、一時的にしろ相手が自分の言うことを信用してくれたということにテニアは安堵する。
けれどその安堵を決して表情に出さずに、テニアは言葉を返した。

「アタシも戦う……! カティアの仇はアタシがとるんだ!」

 ◇

ガンダムを撃った乱入者であるベルゲルミルに対し、ガウルンは攻撃と通信を同時に行う。
ダークネスショットの照準をわずかにずらし、わざと足下に当てる見せかけの攻撃と、『さっき、楽しくしてやると言ったのはお前か』という通信だ。
それに対してテニアは、同様にマシンナリーライフルをマスターガンダムの頭上に撃ち、『そうよ』という通信を送り、自分の行動の全てをガウルンに話す。
姉妹のように育った仲間を殺したこと、何をしてでも生き残るつもりだということ、そのためにガウルンを、フロスト兄弟を利用すること。

「ハッ! とんだ茶番だな? そんなことのために、俺に『時間を稼げ』なんて言ったのかい?」
「ええ、そうね。確かに酷い話だわ、こんなの。
 でも、誰にも文句は言わせない。アタシは生き残らなくちゃいけないの。
 どう? あの連中はアタシがこのまま取り入って中から潰す――だからアンタは逃げてちょうだい」
「ふざけるんじゃねぇよ。なんでここまできて逃げなくちゃいけねぇんだ?」

ガウルンは顔をしかめ、マスターガンダムをベルゲルミルに接近させる。
この距離なら、一撃で仕留める自信があった。テニアが下手なことを言うようならその時は殺すまでだ。
ヒートアックスを振りながら、そう考える。それに対し、テニアは顔色一つ変えずに返答。

「アンタに死なれちゃ、アタシが困るの。――殺る気満々の人間、有効活用しない手はないでしょ?」

彼女をよく知る人間が見れば、ぞっと背筋が凍るような――そんな表情を浮かべたまま、テニアは話す。
明るかったかつての少女はいない。今ここにいるのは、生きるために何の躊躇も無く他人を、仲間を殺せる、そんな少女だ。
暗い瞳の奥に潜む闇。ガウルンは少女の目にそれを見つける。
ガウルンは、一つ小さく笑うと、

「この俺を、利用する……面白いねぇ。嬢ちゃんの話、乗ってやるよ。ただし――」

ビームナイフを起動し、ベルゲルミル目掛け振り下ろす!
完全に不意をつかれる形になったテニアは、左腕の切断をモニターで確認する。
肘から先を綺麗に持っていかれた。断面から内部構造をはっきりと確認できそうなほど。
ガウルンの体術とナイフの技術があればこその芸当だ。

「こいつは駄賃にもらっていくぜ! 嬢ちゃん、名前は?」
「フェステニア・ミューズよ。……そんなの聞いて、どうするつもり?」
「良い名前じゃないか。俺は、ガウルンと呼んでくれよ。……なぁに、お前は俺様が殺してやろうと思ってねぇ。
 ここは退いてやる。今度逢ったときは――覚悟しとくんだな?」
「……ッ! アンタなんかに殺されて――たまるもんか!」

ベルゲルミルからシックス・スレイブが射出され、マスターガンダムを襲う。
だが、マスターガンダムはそれを軽くかわすと、地表に出来た裂け目へと飛び込んだ。
テニアが中を覗き込むと、既にそこにガウルンの姿は無かった。
あるのは何処へ繋がっているともしれない地下通路だけだった。

 ◆

『損傷率40%。このままの戦闘は危険だぞ』

Jアーク操縦席にトモロの声が響く。
Jアークとナデシコの戦闘は、時間の経過と共に激化の一途をたどっていた。
互いに防御機構は存在するものの、それを超える火力もまた、搭載されている。
当然のように装甲は削がれ、弾薬・エネルギーの類の消耗も著しい。
このまま双方共倒れになるのも時間の問題だろう。

「ソシエ、武蔵さんからの通信は?」
「テニアと合流できたって……今からマサキを探すって連絡がさっきあったわ。
 レーダーに映る限りだと、武蔵が戦闘してるみたいだけど……」
『キラ、今は武蔵達と合流し、撤退することを優先すべきだ』

ソシエとトモロ、二人の声を聞いてキラは考える。
このまま戦って、勝ったとしても――その先に、何が残るだろう?
自分たちがしなくちゃいけないのは、戦いに勝って、生き残ることだけじゃない。
最後にはあの化け物も倒して、元の世界に帰らなくてはいけない。
――だから、今は。

「分かりました。今からJアークは転進、武蔵さん達と合流し、ここを離れます!」

Jアークは艦首を後方に向け、移動を開始。
ジェネレイティングアーマーを重点的に後部へ展開し、ナデシコからの追撃を耐える。
武蔵とテニア、二人のところに着くまでの数分が、キラとソシエには永遠のように永く感じられた。
だが、あと少しだ。あと少しで武蔵達と合流出来る。
弱い考えに挫けそうになる心を懸命に奮い立たせて、キラはJアークを走らせる。

「ソシエ、武蔵さん達に通信を入れて! 今から合流するってことと、マサキの安否を!」
「分かっ――え? 嘘……でしょ?」

ソシエはレーダーとモニターに映ったものを見て、きっと見間違いだと目をこする。
しかし、もう一度見ても画面に映る映像に変化はなく――

「なんで――なんでテニアが武蔵を撃ったの!?」

レーダーが示すのはガンダムのロスト。モニターにはマシンナリーライフルをガンダムに向けて撃つベルゲルミルの姿が映っている。
確認する限りでは、ガンダムはコックピットブロックを含む胸部を撃ち抜かれ大破。
おそらく――パイロットの命は無いだろう。

「そん……な……まさか、本当にテニアが……!」
『――キラ!』

突然、Jアークを砲撃が襲い、衝撃が艦を揺らす。
呆然とするキラの代わりにソシエがメインモニターで敵機を確認。
今の攻撃の主は、戦艦と共にダイの援軍に来た二機が合体したものらしい。
戦艦の主砲とはいかなくとも、今の攻撃の破壊力は無視できるレベルのものではない。

「ちょっとキラ、しっかりしなさいよ!」

ソシエの叫びにも関わらず、キラはショックを隠しきれず、混乱したままである。
代わりにトモロが、『ここは撤退だ』と冷静な判断を下す。
トモロのこの発言に、キラははっと我に返り、反対する。
まだ武蔵は生きているかもしれない、マサキだって、テニアだって……
けれど、その声も敵機の更なる砲撃に遮られる。
ガドル・ヴァイクランのアルス・マグナ・フルヴァン、ナデシコのグラビティブラストという高威力砲撃を受け、Jアークの損傷は拡大していく。
もはや一刻の猶予もない。このままでは轟沈するだけだ。
それでもキラは撤退に反対し、仲間の救出を唱える。
そんなキラに業を煮やしたソシエは――

「こぉの……バカキラは寝てなさい!」

近くにあったバールのようなものでキラの頭にごっちーんとキッツい一撃をお見舞いさせる。
頭部への衝撃は、キラの意識を失わせるのに十分だった。
半ば――いや、かなり強引な方法ではあったが、もう撤退に反対するものはいない。

「トモロ! 全力で撤退よ!」

Jアークは撤退する。

 ◆

全ての戦闘行為が終結したD-7地区。
機動戦艦ナデシコの甲板に、ヴァイクラン、ディバリウム、ベルゲルミルの三機が繋留されている。
シャギアとオルバは、それぞれヴァイクランとディバリウムの中からモニターに映るナデシコ内部の映像を眺めていた。
そこに映っていたのはナデシコの現艦長である兜甲児と、同じくオペレーターの宇都宮比瑪。それにフェステニア・ミューズを加えた三人。
戦闘の終了後、テニアは武装を解除し自らナデシコに投降してきた。
そしてシャギアとオルバから投降の理由の一部を聞いた甲児と比瑪は、テニアをナデシコへと招いた――というわけである。

「はい、テニアさん。まだ熱いから気をつけてね。こっちは甲児君の分ね。
 フロストさんたちの分も用意しますから、後で取りに来てくださーい」

比瑪の手には、未だ熱いコーヒーカップが握られている。
憔悴した様子を見せるテニアを気遣い、比瑪が煎れてきたものだ。
ついでに甲児と自分のものも用意し、少しでも場の雰囲気を明るくしようとしてくれていた。
本当はフロストさんたちにも煎れたての美味しいコーヒーを味わって欲しいんだけど、と考えながら比瑪は毛布にくるまり震えている少女を見つめる。
自分と同年代の少女の顔には、明らかに怯えの色があった。

「……ありがとう」

小さな声で礼を言うテニアの姿には年相応の明るさなど微塵もない。
そして、テニアは喋り出す。自分がどうしてあんなことをしたのかを。

「アタシは……たまたま元からの知り合いに会えたんだ。メルアっていって、お菓子が好きな子だった。
 いつもコクピットでお菓子をこぼして、統夜に怒られてたっけ……
 でもね? ……メルアは死んじゃったんだ。アタシの目の前で、殺されたんだ――!」

テニアの小さな叫びに、比瑪は最初の放送のことを思い出す。
メルア=メルナ=メイア。そんな名前が呼ばれていた。
死んだ人たちにも知り合いはいた。そんな当たり前のことが、言葉以上の意味を持って比瑪の心に重くのしかかる。

「アタシはどうしたらいいのか分からなかった。
 そしてまた会ったんだ。元からの知り合い。カティアにね」

……カティアだって!?
甲児はその名前に聞き覚えがある。確かメルアと同じように、第一放送で呼ばれた名前だ。
もしかして、という最悪の想像が浮かぶ。

「メルアが死んだ――そのことを言ったら、カティアもすごく悲しんでた。だけど、こうも言ってくれたんだ。
 メルアの分も、私たちで生きよう、統夜と会って、こんな殺し合いを止めようって。
 そんなとき、アイツらが来た。キラ・ヤマト、巴武蔵、ソシエ・ハイム、マサキ・アンドー。
 いきなり襲ってきた。アタシ達は何も出来なくて、カティアはアタシをかばって、アイツらに殺された」

テニアの手が震え、コーヒーの表面が波立っている。
自分が涙を流しているのに気づいていないかのように、テニアは言葉を止めない。

「アイツらはカティアの死体をアタシの目の前に持ってきた。そしてこう言ったんだ。
 こいつの死体から首輪を取れ。そして、自分たちの仲間に――共犯者になれって!
 アタシはどうしようもなかった。断れば殺される。そう思って、アタシは、アタシはカティアの死体を――!」

最後の言葉は叫びにもならずに宙に消えていく。ガクガクと震えるテニアの手からはコーヒーがこぼれ落ちていた。
目を伏せるテニアの前に、影が立つ。気づいたとき、テニアは抱きしめられていた。
こぼれるコーヒーに服が汚れるのも気にせずに、比瑪はテニアを抱きしめる。
その目尻からはテニアと同様に涙の滴がこぼれていた。

「ごめんね……そんな辛いこと思い出させて」

比瑪がテニアを抱きしめているその時、甲児はやり場のない怒りに身を震わせていた。
人を人とも思わない、悪魔のような所業。聞いただけで胸糞が悪くなってくる。
(……これ以上こんなことを続けさせてたまるかよ! 俺たちで……止めてみせる!)
絶対に、この殺し合いを終わらせてみせる。そう胸に誓った。


D-Part