123話A「私は人ではない」
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「動きそうか?」

 暗い森の真っ只中に直立している金色の機体――百式。
 その輝く装甲の隙間からひょっこりと頭を出したクインシィ=イッサーを見つけて、ジョナサン=グレーンは声をかけた。

「無理だな。派手な損傷は見当たらないが、壊れているようだ」

 装甲の上に立ち上がり、彼女はこちらを見上げて話を続ける。

「これに乗っていたのがお前の言うキラとかいう奴なのか?」
「いや、違うな。奴は戦艦に乗っているはずだ」

 本来キラが待っているはずの場所にキラの姿はなく、代わりとして近場に残されていたのがこの百式だった。
 ということはだ。

「Jアークにその機体のパイロットも同乗して移動したのだろう。周囲に戦闘の跡もない」
「どう思う?」
「どう思うとは?」
「パイロットについてだ。コックピットでこんなものを拾った。見えるか?」
「ちょっと待て……。よし、いいぞ。良く見える」

 慌てて手元を操作してクインシィが摘んでいるものを拡大してモニターに表示する。
 そこには20cmあまりの茶色い糸のようなものが映し出されていた。

「これは……頭髪か。だが、それがどうした?」
「他に緑のものと5cm程度の白いものと黒いものの種類が確認できる。そしてさらにこれだ」

 目を細めて新たに画面に向かって掲げられた白い一本の線を注視する。

「長いだけで特に違いはないと思うが……」
「よく見ろ。全体的に太く、弾力を持っている。これは髭だな。猫の髭なんかがちょうどこんな感じだ」
「四色の毛に動物の髭……そいつは人間か?」
「わからない。しかし、可能性は考慮しておいたほうがいい」
 
 動物の特徴を持ち、なおかつ機動兵器を操縦しうる存在。
 そんなものを考え、思い浮かんできたのは――

「化け猫……まさかそんなものが実在するとでもいうのか」
「オルファンやアンチボディーだって発見されるまではそんな存在があるとは、夢にも思われていなかった。
 それに我々を集めたあの化け物に比べればその程度の存在可愛いものだ」
「だが、そんな奇抜な者がいれば最初の場所で……待てよ。
 そういえば仮面を被った者がいたな。一人……いや二人か」
「そういうことだ。馬鹿げているとは思うがこの環境に適応するしかあるまい」
「しかし、与太話もここまでだな。熱源反応が一つ。迷走しているが確実に近づいてくる」

 空気が変わり、動きが変わる。緊張が充満していく。
 すぐさまゲッターに乗り込んだクインシィから通信が入り、レーダーから視線をずらした。

「この反応は……ジョナサン、敵だ。問答無用で叩き潰すぞ」

 獲物を見つけた猫のような顔がそこにあった。それにジョナサンもにぃっと笑い、答える。

「ならばまずは俺にやらせろ」

 ◆

 ほの暗い森の中に何かがきらめくのを見つけて流竜馬は大雷凰の動きを早めた。
 きらめきの元が何かまでは判断がついていない。しかし、何か金属質なものが月明りを反射したものであることは間違いない。
 この世界で、こんな森の中、そんなものは機動兵器ただの一つしか存在しない。
 つまりは己の敵だという事だ。

 ――隼人を殺った奴か?

 一瞬の自問。同時にそんな考えが頭を過ぎった自分を苦々しく思い、苛立つ。
 それが、長年追い求めてきた仇敵を目の前で掻っ攫われたことによるものか。
 あるいは、かつての仲間を眼前で殺されたことによるものか。
 それを考える思考を竜馬は持たない。というよりは、思考の方向性がそちらを向いていないといったほうが正しいか。
 己の気持ちの在り処を探るよりも、そういう行為自体を疎ましく思う――そういう荒い気質の持ち主なのだ。

「へっ、関係ねぇ。奴が隼人を殺った奴だろうとなかろうと敵はぶっ潰す」

 竜馬が口元で笑い。大雷凰が一足跳びに黒々とした木々を飛び越える。
 眼下には20m前後ほどの機体が一機。大鎌を頭上に大きく振りかざし、迷いもなくそこに飛び込む。

「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 獣のような咆哮と共に大鎌は月夜に振り下ろされた。
 金色の機体が真っ二つに切り裂かれ、刀身が深々と大地に突き刺さる。
 そして、大地に亀裂が走り、その中心から高速回転をするドリルと共に真ゲッター2が姿を現した。

「何だと!!」

 差し迫るドリルに、大鎌を引き抜く余裕もなく手放し、咄嗟に地を蹴り上空へ飛び退く。
 次の瞬間、大雷凰はドリルの回転に掻き乱され巻き起こった竜巻状のエネルギーに呑み込まれた。

「かかったぞ、クインシィ!」

 翻弄される大雷凰を尻目に、赤・白・黄、三色のゲットマシンがその渦に乗り脇を駆け抜ける。

「おうさ、ジョナサン!」

 大雷凰が押しやられ、追い込まれていくその先で三体のゲットマシンは合体し、赤い悪魔が姿を現した。
 見ずとも、聞かずともゲッター1を知り尽くした竜馬には分かる。この後に来る攻撃は――

「ゲッタアアァァァァアアアッッ!! ビイイィィィィム!!!」
「なめんじゃねええええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」

 ピンクの閃光が鋭く走り、大雷凰の肩口を抉り飛ばし、大地に穴を穿つ。
 瞬間、ドーム上の火球が地表に現出し、その余波で真ゲッター2の巻き起こした竜巻は吹き飛んだ。
 その中心を竜馬は駆け上がる。ゲッターに向かって、一直線に、脇目も振らず。
 ゲッタービームを放ったことによる僅か零コンマ数秒にも満たない硬直。その隙に二機の距離は詰まり、大雷凰の左腕はゲッターの頭部を鷲掴み、無造作に引き寄せる。
 駆け上がってきた勢いそのままの膝蹴りが、ゲッターの腹部にめり込む。
 ゲッターの巨体が折れ曲がり、僅かに浮かび上がったその刹那、腹部から閃光が迸った。
 だが、すでにそこには大雷凰はいない。その姿は遥かな上空に存在していた。

「へっ! 隼人の野郎に見込まれただけあって、ちったぁやるじゃねぇか」

 ◇

 大雷凰は左腕で鷲掴みにした頭部を膝蹴りの時には既に離し、腹部を蹴り上げたその瞬間には、勢いを殺さず流れるように上空に離脱した。
 その動きを目の当たりにして、クインシィは一つの疑念を頭に抱く。

「奴はこの機体を知っている?」

 現実には流竜馬は真ゲッターのことを知らない。しかし、ゲッターについては熟知している。
 ゆえにゲッタービームの発射口の存在するゲッター1の腹部、ゲッタードランゴンの額、その二点に対する注意は片時も怠っていなかった。
 この差は地味なようでいてかなり大きい。
 真正直に使ったときのみならず、兵装を知らないことによる不意打ちも成立しないだろう。
 ならばどうする、とクインシィは自問する。そして、その答えは決まっていた。

「ジョナサン、正攻法で奴を突き崩す。大技はここぞというときにとっておけ」
「クインシィ、なにびびってる。たった一機の! それも半壊した機体だぞ!!」
「侮るなと言っているのだ」
「どうした? オルファンのクインシィ=イッサーともあろうお方が臆したのか」
「そうではない」
「なら、決まりだな!」

 ゲッターが分離し、ジャガー号が先陣をきって大雷凰に突撃する。
 こうなってしまっては渋々追いかけるほかなかった。

「ジョナサン! ちぃっ!!」

 距離は十全。合体は可能だ。
 機体を故意にぶらせて速度を削ぎ、ベアー号を先に行かせる。
 ジャガー号とベアー号がドッキングするその先で、大雷凰が重心を落とし低く構えるのが見えた。
 そしてその次の瞬間、大雷凰は一筋の雷の如く天から突撃を開始する。
 十全と思われた距離が潰れていく。

「しまった!」

 間に合うか――そう頭に思い浮かべたときにはレバーを引いていた。
 二つの声が響き唱和する。

「チェエエェェェエエエエンジ!!」
「ゲッタアアァァァアアアア!!!」

 両脚部に変化したイーグル号がベアー号とドッキングを果たし、ライガー号からは両椀が突き出していく。
 その右腕には巨大なドリルが、左腕には鉤爪のようなものが構成され、ワイヤーやケーブルが剥き出しの椀部を白いパネルが覆い尽くしていく。
 そして、最後に頭部が僅かに迫り出し、両眼が見開かれた。

「逝けよやああぁぁぁああああ!!!」

 既に激突寸前、無に等しい距離の中を真ゲッター2は右腕のドリルを突き出し加速する。
 大雷凰の蹴りは真ゲッター2の腹部を掠め抉り、真ゲッター2のドリルもまた大雷凰の脇腹を掠める。
 高速回転を続けるドリルと装甲の狭間で火花が散り、耳に衝く甲高い高音と焦げ臭い異臭を放つ。

「ジョナサン、次が――」

 全てを言い終わる前に大雷凰に肩膝でのしかかられるような格好になり、拳が顔面にめり込む。
 続けて二発三発と打ち込まれ体勢が崩れ、四発目を掌で打ち込まれてそのまま顔面を押さえつけられた。
 一瞬の浮遊感。そして、一気に落下が始まる。

 ――叩きつけられる! 地面に!!

 サブパイロットの位置座り込んだとて、ゆっくりと落ち着いている暇はない。
 メインパイロットは目の前の敵に意識を集中せざるお得ない。その分、周囲に対する警戒はこちらの肩に圧し掛かってくる。
 計器を読み取る。
 高度は――十分。
 レーダーは――東に熱源反応。

「ちぃっ! ジョナサン、オープンゲットだ!!」

 返事を待たずに強制分離。
 三つに分かれたゲットマシンはそれぞれに大雷凰の脇をすり抜ける。
 急速に離れ、大地へと降り立った大雷凰とは対照的に上空で合流すべく上昇を続けるゲットマシン。
 その中でクインシィは目まぐるしく周囲を伺い、見つけた。
 まだ夜明けまで程遠い東の空、森林の上を飛ぶ蒼いブレンパワードの姿を――

「ジョナサン、勇がいたぁ! 勇がぁ!!」

 ◆

 蒼くまっすぐな長い髪と抜けるほどの白い肌を持った青年期の女性グラキエース。
 彼女は蒼いブレンパワードの中で必死の抵抗を続けていた。
 視界の内では二機の機動兵器が死闘を演じている。
 一つは、赤いマフラーを首に巻き、片腕と頭を失った機体。
 もう一つは、西洋の小悪魔を思い起こさせるシルエットの赤い機体。
 それらが放つ猛々しいまでの激情が、体を取巻いていた。
 流竜馬の内に篭る激しい復讐心が、ジョナサン=グレーンとクインシィ=イッサーの捻じ曲がった肉親に対する情念が、肌に纏わりつきじわじわと浸透してくる。
 その感覚は無視できるほど弱くはなく。
 また理性を失わせるほど強くもなく。
 もどかしい。
 好物を目の前に、焦れて体から湧き出たメリオルエッセの本能が囁きかけてくる。
 あれをよこせと。
 あの感情のベクトルをこちらへ向けろと。
 そのぞくぞくと這い上がってくる陰湿な本能に嫌悪し、かぶりを振った。

 ――嫌だ! そんなこと……私は望んでいない!!

 拒絶に意味はなかった。
 負の感情を吸い取るように作られた体は、意志の力に左右されはしない。
 しかし、体は意志に容赦なく干渉してくる。
 それに反抗するということは、弄られているようなものだった。
 いっそ流されてしまえば楽なのは目に見えて分かっている。
 だけど、流されるということは昔の自分に戻るということだ。
 ジョシュアと会う前までの自分に戻るということだ。
 ジョシュアと出会ったことが、過ごした日々がなくなるということだ。
 それは、苦しい。泣き出したくなるほどにつらい。
 でも、流された苦痛の先に快楽が見える。このままではいつか押さえが利かなくなる。
 逃げよう。
 この場に残っていても意味はない。
 ここから少しでも遠くに、遠くに逃げよう。
 そう思ったとき、体を包み込む情念が数倍に跳ね上がった。愛憎の入り混じった複雑で強烈な情念が向けられている。

 ――どこから? 何故、私に?

 体が強張り、自分を自分で抱きしめるようにして身を縮める。
 無理だ。
 もう耐え切れない。
 ここから早く逃れよう。
 そう思い動き出そうとした瞬間、栗毛でショートカットの少女がモニターに映し出された。

「勇ッ!!」

 少女が叫ぶ。その声に乗って情念の波が襲ってくる。
 腕に力を込めて、唇を噛み締めて押し黙り、波が過ぎ去るのをじっと耐えて待つ。
 モニター越しの少女の表情が瞬く間に曇っていき、眉間に皺が寄っていくのが見えた。

「お前は誰だ? 何故、勇のブレンに乗っている?」

 愛しさの入り混じった捩れたものから純粋な憎悪へと感情の質が変わる。
 そしてそれが真っ直ぐ射抜くように自分へと向けられている。

「答えろ! 勇をどこへやった?」

 全身に血が巡る。
 メリオルエッセとしての本能が押し寄せる。
 押さえつけていた理性の箍が外れていく。
 それを必死で繋ぎとめる。

「勇だよ! 勇を出しなさい!!」

 問いに答える余裕は既にない。
 痺れを切らした少女の通信が途切れる。
 ぼやけた視線の先で赤い悪魔が姿を消し、間際に現れた。
 同時に振り下ろされた巨大な斧を、咄嗟に半身になってかわす。
 そしてそのとき、迫る斧に対応するために意識がわずかに削がれた。
 一瞬だった。
 その刹那とも言える一瞬で、驚くほどあっけなく理性は敗北する。
 押し切られ、一線を越えて――心が堕ちてゆく。
 後はもうふわふわと浮ついた夢のようで、何が何だかよく分からなかった。



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