124話A「吼えろ拳/燃えよ剣」
◆C0vluWr0so
闇の中疾駆する二機は、サイバスターとシャイニングガンダム。
銀と白が時に交錯し、時に離れながら南下する。
この追いかけっこが始まってから既に数十分が経過していた。
二機とも目立った傷はなく、戦闘の場もB-3へと移っている。
シャイニングガンダムのビームソードがサイバスターの姿を捉える。
一撃に専心し、必殺の念を込められたビームソードが直撃すれば大破とはいかずとも多大な損傷は間違いない。
だが、大きく振り上げられた太刀筋は強力なぶん大味だ。
その軌道を予測することは剣の道に精通したブンドルには容易い。
「迷いが無く、真っ直ぐな良い太刀筋だ。だが……美しさには程遠い」
サイバスターは必要最小限の動きでシャイニングガンダムの剣を回避する。
ブンドルは考える。ギンガナムと名乗る、戦闘狂の対処を。
(美しさの欠片もない剛の者だ。しかし、間違いなく強い。
サイバスターの運動性、機動性のおかげで有利に事を進められているが、私がこの『ゲーム』の中で出会った参加者の中でも有数の戦闘能力と言えよう。
このまま引き離すことは難しくないが……それは、この男を野放しにすることと同義)
サイバスターがディスカッターを構え、シャイニングガンダムと正対する。
白銀の太刀は月光の下に美しく輝き、零れる剣気に周囲の空気は 緊 と張りつめていく。
交錯は、一瞬。
雄叫びと共にギンガナムの光剣が闇を切り裂き、サイバスターへと肉薄する。
ギンガナムが放つのは、必殺の突きでも、頭頂を割る縦の斬撃でもない。
横一文字に閃きが走った。ビームソードの軌跡は大きく、中途に舞う砂塵も全て薙いでいく。
威力こそ突きや唐竹割に劣るが、その分有効打撃範囲は大きく、受け流すことも容易ではない。
ここにきて、ギンガナムは一撃必殺ではなく確実な攻めを選択したのだ。
「さぁブンドルよ! この勝負、小生がもらうぞッ!」
ギンガナムが吼え、サイバスターの装甲に光剣の先端がかすった。
だが、おめおめとやられはしないのがドクーガ幹部、レオナルド=メディチ=ブンドルだ。
ビームソードが更に食い込む寸前に、サイバスターはその姿を変える。
鳥を模した姿――サイバードへ。
「フッ……私をそう簡単に倒せると思ったのかね?」
削がれた装甲は僅か。ビームソードはそのまま空を切る。
そしてサイバードはシャイニングガンダムへ向かって加速した。
激突の寸前にカロリックミサイルを射出。ブンドルは機首を天へと向け、爆風に乗りながらシャイニングガンダムから離れる。
「これで終わり……とはいかないだろうな」
サイバスター形態に戻りながら、ブンドルは上空からシャイニングガンダムを包んだ爆炎を眺める。
手応えが無かったわけではない。だが、ギンガナムとその乗機の性能は計り知れないものがある。
ドクーガ情報局々長であるブンドルの眼力をもってしても、彼の底知れぬ実力を正確に判断することは出来なかった。
(だが、この爆煙が晴れたときがお前の最後だ、ギンガナム)
ブンドルは、カロリックミサイルの引き金に指をかけ、シャイニングガンダムの姿が現れるのを待つ。
もしシャイニングガンダムがその身をさらけ出せば、ブンドルは躊躇無くその引き金を引くだろう。
サイバスターのセンサーが爆煙の中の熱を捉えた。何の影響かは分からないがこの世界ではセンサーやレーダーの類はその力の十分の一も発揮できていない。
だが、この距離ならば精度の狂いは関係ないだろう。シャイニングガンダムは、其処にいる――!
戦場に一陣の風が吹く。
その風が爆発の煙を払い、シャイニングガンダムの姿をさらけ出すその瞬間に、ブンドルは引き金を引いた。
無数のカロリックミサイルが尾を曳きながら直進し、爆煙が晴れるか晴れないかというタイミングで再び爆発を巻き起こそうとする。
――ふと、ブンドルの中で疑問が生じた。
……上手くいきすぎてはいないか? あの男が、ギンガナムがこの程度で――
根拠は無い。ただ、ブンドルの勘が告げていた。このままでは終わらないと。
そして、悪い予感というものは大抵が当たるものだ。
二度目の爆発が起こる一瞬前、爆煙は晴れ、その中身を月の光の元に晒し。
「――ビームソードだと!?」
ブンドルが見たものはビームソードの赤い輝き。
シャイニングガンダムの姿は爆煙の中に存在しない。
サイバスターのセンサーが捉えたのはビームソードが発する熱だということにブンドルが気づいたとき、既にギンガナムは動いていた。
「甘いんだよ! 敵の姿も見ずに戦えると思ったのかぁ? そんな傲りを持ったまま小生と渡り合えるものかッ!」
声は上空から響く。確認する時間はない。ブンドルはディスカッターを頭上へと振った。
キン、という甲高い音と共にシャイニングガンダムの拳の衝撃が剣を伝わってくる。
「クッ……! ギンガナム、いったいどうやって爆発を逃れた?」
「簡単なこと! ミサイルと同じ速さで跳べば! 爆発からも逃げられるのだ!」
「無茶を平気でするか、野蛮人め。剣さえ捨てるその戦い方……実に美しくない」
「シャイニングガンダムは元々拳で語るモビルファイターだ! 黒歴史に名を刻んだ東方の拳を受けてみやがれぇ!」
シャイニングガンダムから放たれるのは拳の連撃。
隻腕になろうが変わらないと言わんばかりに左のジャブを打っていく。
ブンドルもギンガナムの拳をディスカッターで受け流していく。が、剣と拳とではスピードが違いすぎた。
徐々にではあるが、ギンガナムの拳はブンドルの剣を圧倒しつつあった。
ならばサイバスターも拳で迎え撃てばよい、という単純なものではない。
元々格闘戦を想定されて設計されたシャイニングガンダムと、そのスピードを活かすための設計をされたサイバスターとでは、パーツ一つ一つの作りからして違う。
サイバスターのマニピュレーターでは、シャイニングガンダムの拳を真っ当に受けるほどの強度が確保されていないのだ。
結果、サイバスターはディスカッターで受けざるをえない。
「オラオラァッ! そんなものかブンドルぅ!」
サイバスターの装甲が、シャイニングガンダムの拳撃を受け歪んでいく。
美麗な外装が傷付いていくのを見、ブンドルの心もまた、深く傷ついていた。
(サイバスターの美しさをこのような男に奪われるなど……! 許されることではない!)
そしてブンドルは覚悟を決める。……自らサイバスターを傷つける覚悟を。
シャイニングガンダムの左ジャブが迫る。スピードと破壊力の両方を兼ね備えた拳だ。
ブンドルは拳の軌道を確認する。ギンガナムの狙いは右肩だ。おそらく、ディスカッターを持つ右腕を壊すつもりなのだろう。
シャイニングガンダムの左腕が伸び、右肩を抉るその寸前に、
「美の女神よ……私の行いを許したまえ!」
ブンドルはそれを、サイバスターの左拳で思い切り殴りつけた。
グシャア、という破砕音と共に、サイバスターのマニピュレーターが砕けていく。
だが同時に、シャイニングガンダムの拳の軌道も変化した。狙いの右肩からは大きく外れ、虚しく空を切る。
拳の勢いに流され、シャイニングガンダムの体勢が崩れるのをブンドルは見逃さない。
ディスカッターを上段に構え、一刀両断の気合いを込め振り下ろす――その一瞬前に、一つの通信が入ってきた。
『あんたら、ちょっと待ったぁ!』
突然耳朶を打った声に驚き、ブンドルの操縦に一瞬の隙が出来る。
その一瞬の間にギンガナムはディスカッターの射程から離れ、立ち止まった。
ブンドルは通信の主をモニター越しに確認する。
まだ若く、少年と言っていい年の頃だ。
だが、通信の声からは少年の中から湧き出る活気が感じられ、こちらを覗く瞳の中には真っ直ぐな意志が込められている。
どこか泥臭ささえ感じられる少年の姿は、けっして美しくはない。しかし、信用に足る少年だとブンドルは判断する。
おそらくは戦闘音を聞きつけ、止めさせるために近づいてきたのだろう。……タイミングは最悪だったが。
今の通信のせいで、必殺の剣を放つ絶対的な機会を逃したのは正直なところ大きな痛手だった。
あそこで倒せていればこの少年とアムロを引き合わせるだけで済んだものを……
この少年を守りながら、ギンガナムと闘えるのか? 答えはNOだ。
「少年。この男は危険だ。ここは私に任せて君は逃げたまえ」
「なっ……助けに来た人間にそれはないだろお兄さん。俺の名前はガロード=ラン、とりあえず殺し合いをやる気はさらさら無いぜ」
ブンドルからいきなり避難勧告を出されたガロードは、少しムッとした声で返事をするが……
「やはり……やはりその声はガロード=ラン! そしてその機体はガンダムF91ィィィィィィ!
まさに夢の……夢の競演! 時代を超えた……黒歴史の邂逅よぉ!
はぁぁぁぁぁッ! ふぅぅぅぅぅぅぅん!」
一方ギンガナムは、興奮の限界に挑戦していた。
喜びのあまり、奇声さえ上げながら顔を真っ赤にさせている。
だがこれは、無理もないことだろう。
『冬の城』に残された黒歴史の映像記録は、決して満たされることのない闘争への渇望を僅かにでも癒やしてくれる唯一のものだったからだ。
その中でも一際心を惹かれたのがガンダムだ。如何なる戦乱の時も、常に強さの象徴であった機体。
ギンガナムにとって、ガンダムはただの機動兵器ではない。武人として追い求めずにはいられないその強さ――まさに、ヒーロー。
「ガロード=ラン……貴殿に決闘を申し込む。
できることならばガンダムエックスに乗った貴殿と勝負したかったが……ガンダムF91もまた名機の呼び声高く!
相手にとって、全く微塵も不足無しよッ!」
「お……、おっさん!? あんたいきなり何言ってるんだよ!
って……なんでおっさんがエックスのことを知ってるんだ!? それにこのガンダムの名前も……!」
ガロードとギンガナムの通信を聞き、ブンドルは一つの疑問を抱く。
……何故、ギンガナムは他の参加者の情報をここまで得ている?
アムロは、ギンガナムのことを知らないと言う。あの通信から考えるに、ガロードもまたギンガナムとの直接の面識はないだろう。
ギンガナムだけが一方的に二人を知っている。これはただの偶然なのか?
アムロは知り合いが同様に参加させられていた、と言っていた。シャア=アズナブルという男がいたと。
話を聞く限りではアムロもシャアも元の世界ではかなりの影響力を持つ存在だったらしい。
ギンガナムが同郷の人間ならば一方的に知っている可能性も高い。
だが、ガロードの存在まで知っているのは何故だ?
「ガロード、大切な話だ。君は、あのギンガナムという男の知り合いか?」
「いいや、あんなおっさん会ったら絶対忘れるわけがないさ。間違いなく、俺はあのおっさんと会ったことはないよ」
「ならばもう一つ。――アムロ=レイという名に心当たりは?」
「誰だいそれ? お兄さんが探してる人?」
(……ガロードは、アムロの存在を知らないのか?)
つまり、ギンガナムはブンドルたちの知らない何かを掴んでいる。
そしてギンガナムの知識の根底にあるキーワードは――『ガンダム』と『黒歴史』だ。
『時代を超えた邂逅』/『黒歴史に名を刻む』/『無数の戦乱』
(『黒歴史』とは時代を超えて受け継がれた戦乱の記録なのか?
アムロやガロードはその戦いの中で、記録されるに十分な戦果を上げた――『ガンダム』に乗って!)
繋がる――全てが、黒歴史へと繋がっていく!
「だとすれば……ギンガナムの知識、このまま斬り捨てるわけにはいかないだろう」
ブンドルはサイバスターをシャイニングガンダムとF91の間に割り込ませ、
「ギンガナム、聞こえているか?」
「ブンドルよ、今の小生には貴様の相手をしている暇など無い。ガロード=ランとの決闘が終わってからにしてもらおうか」
「……ギンガナム。君は私の情報をどこまで知っている?」
「あぁ? 黒歴史にも残らないような、何処の馬の骨とも知れない男のことなど小生が知るものかよ!」
「フッ……やはりそうか。私はガンダムなどというものは知らないからな。もっとも、あれに酷似した機動兵器は知っているがね。
覚えておきたまえギム=ギンガナムよ。私の名はレオナルド=メディチ=ブンドル。
ドクーガの情報局々長を務め、美しきものを何より愛する――『悪』だ!」
そう言うや否や、ブンドルはギンガナムに背を向け、ガロードの方へ急接近する。
右手に握られたのはディスカッター。その白銀の刃を――ガンダムF91の首筋へと突きつける!
「お、お兄さん!? 一体何を……!」
「ガロードよ……さっきの通信を聞いていただろう? 私は悪だ。
ならば悪役らしく――人質を取らせてもらおうかギンガナム!」
「な、なんだってー!? って、俺ってば本当にこんな役回りばっかりだよ!」
ガロードの一人ツッコミを意にも介さず、ブンドルはギンガナムと正対する。
ブンドルは余裕の笑みを浮かべながら、ギンガナムは怒りの眼差しを向けながら相手の出方を窺う。
勿論、先に動いたのはギンガナムだ。人質を取られているが故に機体そのものを動かすことは出来なかったが。
「ブンドル……! 貴様、武人の誇りというものは無いのかぁぁぁぁぁ!
ガロード=ランから手を離せ! さもなければ小生のシャイニングフィンガーが貴様を完膚無きまでに破壊するぞ!」
「そう……短気は美しくない。まずは落ち着けギンガナム。こちらの出す条件を呑むのならば、私はガロード=ランに手を出さない。
悪い条件ではないはずだ。なにせこちらの願いとは――君との決闘だからだ」
「決闘だと? フフフ……望むところだブンドル! 小生が勝てば、そのままガロード=ランとの一騎打ちということだな」
「そういうことになるな。そしてこの決闘にも一つ取り決めをしておきたい。
もし君が勝つのならば、私を好きなようにしろ。煮るも焼くも君の勝手だ。だが私が勝てば……分かっているな?」
「いいだろう。シャイニングガンダムに乗った小生が負けるなど有り得ないことだがなぁ!」
そこまで話し、ようやくブンドルはF91の首筋からディスカッターを下ろす。
ガロードは二人からやや離れたところで観戦を決め込んだ。もちろん応援するのはブンドルだ。
さっきは人質に取られるなどという状況になってしまったが、ここでブンドルが勝てば自分はギンガナムと戦わずにすむ。
本当は神さんやお姉さんに、キラって奴と早いところ合流したいんだけどな……とは思うものの、上手くいけばここでブンドルも仲間になってくれるかもしれない。
「では決闘のルールを説明しよう。決着は単純。どちらかが相手の機体に有効打を一つ入れることだ。
開始の合図は……ガロードにやってもらおうか。頼んだぞガロード」
「おう。それじゃあお二人さん、準備はいいかい?」
二人の首肯を確認し、ガロードは大きく深呼吸。
一拍置いた後――
「始めッ!」
決闘は、始まった。
B-Part