126話「これから」
◆C0vluWr0so



夜が更けていく。
いや、どちらかといえば朝に近づいている、といった方が正しいだろう。
モニターに映る数字が、午前三時を少し過ぎたことを教えてくれる。
この殺し合いが始まってからもう半日。まだ半日。
エクセレンが死んでから――半日だ。
単純な気疲れもあったけれど、それは些細なこと。この感情は……この気持ちは、どう表現すればいいのだろうか。
定まらない、というのが一番近いような気がした。
定まらない。何を為すのか。何処へ行くのか。誰を頼るのか。
まるで半身を失ったかのような感覚が、苛立ちと虚しさを呼び起こしていく。
……思っていたよりも、重傷だな。
あのおちゃらけた態度が、気を和らげる軽口が、愛嬌に富んだ笑顔が、自分の中で大きな存在になっていたことを再確認する。
兵士として軍に従事している以上、いつまでも二人で無事に生きられるという保証など無いと分かっていたはずだった。
だが、あの大戦を終わらせた後、慢心とも傲りともつかない何かが生まれていたのは確かだ。

「中尉、バルキリーの補給も終わりました」

取り留めもない思考が、カミーユの声に遮られる。
補給を先に済ませ、カミーユの補給中はファルケンで警戒しておくと決めたのは自分だ。
しかし無意識のうちに周囲への警戒を怠っていたことに気づき、心中で自らを叱責する。

「それで、一つ報告しておくことがありまして……」
「どうした。何か不都合でもあったのか?」
「ええ。バルキリーの補給は確かに終わりました。――ですが、補給が行われなかった武装があります」
「何だと? ……機体の一部か?」

ファルケンの補給を済ませても、翼の欠損部まで修復されることはなかった。
補給される物資は、あくまで機体の動力エネルギーと消費弾薬のみらしい。
ならば、機体そのもので攻撃する武装――例えばアルトアイゼンのリボルビングステークのような――は、機体の欠損とみなされ、修復されることはないのではないだろうか。
そう見当をつけての言葉だったが、

「違います。武装名は反応弾。つまり――『核』です」
「……!」

カミーユの返答は、こちらの予想を超えるものだった。思わず手に力がこもる。

「……理由は分かるか?」
「あくまで予想の範疇ですが……元々この機体は、D-6に放置されていたものです。
 パイロットが埋葬されていたことから、他に同行者がいたことは確実でしょう。
 もし、その人物が反応弾だけを持ち去っていたなら……」
「消費されていない弾薬は補給されない……ということだな」

それはつまり、反応弾を、核を持った人物が何処かにいる可能性が高いということだ。
その同行者に関するユーゼスの推察は聞かせてもらっている。
バルキリーのパイロットだけを裏切りながら、あくまで協力者としての態度は崩さずに他の誰かと共に行動する、潜伏型の殺人者。
その殺人鬼が勝ち残りを狙っているのなら、反応弾は大きな武器になるはずだ。
使える状況にあれば、生き残っている参加者全てを殺すことさえ可能なのだから。

「バルキリーから得た情報によれば、反応弾は威力が高すぎるために通常戦闘での使用はほぼ不可能ということですが……
 それでも注意は必要でしょうね。こんな時なんだ、何があってもおかしくありませんから」

そう言いながら目を伏せるカミーユを見ながら、キョウスケはユーゼスの言葉を思い出していた。
『道中にこれも取ってきて貰おうか。できれば新鮮なやつが良い』
この言葉が意味するものは当然分かっていた。

――カミーユを殺し、首輪を回収しろ。

どう動くのか見極めた上で、キョウスケ=ナンブという男の真価を判断しようとしているのだろう。
ユーゼスは、確かに能力もある。が、目的のためならば手段は問わないという姿勢があるのも確かだ。
おそらくあの男は、自分以外の全ての人間をチェスの駒程度にしか考えていない。
そして自分は――どう動く?
カミーユを殺すのか。それとも何も気付かなかった振りをし、凡愚を気取るか。
あるいは、ここでカミーユと共に、ユーゼスから逃げるのか。

「カミーユ。俺も、お前に話しておきたいことがある」

キョウスケは、あえてカミーユにユーゼスの言葉を伝えることにする。
それは残酷な言葉。けれど、避けることの出来ない言葉だ。
カミーユには、自分に向けられた悪意を知る義務がある。
聞いた上で、カミーユが判断しなければならない。

「ユーゼスは……お前を殺すつもりだ」
「――! 何なんだよ……そんなに人殺しが好きなのかよあんた達は!」

モニターに映るカミーユの顔色がみるみる変わり、その瞳にはキョウスケに対する敵意が宿っていく。
カミーユの呟きには、疑問と怒りが混ざっている。突然のキョウスケの言葉に混乱し、順応することが出来ない。
だが……だからといって、キョウスケは言葉を止めるつもりは無かった。

「ユーゼスはこう言った。『首輪を取ってこい』とな。
 意味は明白だ。だからこそ俺はお前に聞きたい。……どう動く、カミーユ=ビダン」
「殺すと言われて……簡単に殺される人間がいるものか。
 貴方が僕を殺すというならみすみすやられるつもりはありませんよ」
「俺にはお前を殺すつもりはない。……だが、ユーゼスは別だ。
 あの男は、利が無いと判断すれば、容易く他者を切り捨てるだろう。
 殺される危険性があると分かった上で……お前は俺たちに付いてくるのか?」

害を為すつもりはないと聞いて、カミーユの顔から険が取れる。
キョウスケにはカミーユを殺すつもりはない。死なせるつもりもない。
だが、このままユーゼス達と行動することは、カミーユにとってプラスにはならないと判断した。
カミーユが基地から離れ、単独行動をするのなら、このまま別れるつもりだった。

「……中尉。それはつまり、僕を置いていく、ってことですか?
 冗談じゃない。付いていきますよ、僕は。
 ……突っかかって反発するだけで、それで上手く変わるなんて思える程僕は馬鹿じゃない。
 大人には、僕たち子供を導く義務がある。ベガさんはそう言ってくれました。
 だから……貴方がそんな大人なのか、僕は確かめたいと思う。
 ゼクスさんやカズイを殺した貴方が、何を考えているのか……僕は知りたい」

そう言うカミーユの瞳は、強い。迷いながら……それでも、確かなものを探そうとする意志を感じさせる目。
年端もいかない少年――カミーユの魂は殺し合うには脆すぎる精神だ。
だが、カミーユは今、自分の心を少しずつ固めようとしている。少年から、戦士へと羽化しようとしている。
……カミーユは、強くなる。キョウスケにそう思わせるだけの可能性を、少年は秘めていた。

「……それがお前の決断なら、最後まで貫け。
 ただし……俺はベガほど甘くはない。付いてくるのなら必死で付いてこい。それが条件だ」
「……はい! なら……ユーゼスは一体どうするんですか?」
「ユーゼスには、適当な言い訳をしておく。だが、この先ユーゼスが不必要に他者に危害を加えるようなら……俺は、ユーゼスに容赦するつもりはない。
 カミーユ、お前も注意を怠るな。ユーゼスが何時動いても対処出来るようにしておけ。
 まずはこれから基地へ帰投する。問題は、その後だ。
 俺たちで四人だけでは戦力としては少なすぎる。分の悪い賭けは嫌いではないが……無謀と勇気は全く別のものだ。
 アインストに反逆する人間は他にもいるはず――出来る限り早く合流するぞ」

そして、ノイ=レジセイアを再び倒す――そう言いかけて、キョウスケは口を閉じた。
その後、自分は一体――どうするつもりなのだろうか。
エクセレンはもういない。今はそのことが――とても寂しいことだと思えた。



【カミーユ・ビダン 搭乗機体:VF-22S・SボーゲルU(マクロス7)
 パイロット状況:良好、マサキを心配
 機体状況:良好、反応弾残弾なし
 現在位置:G-8補給ポイント
 第一行動方針:基地へ戻る
 第二行動方針:マサキの捜索
 第三行動方針:味方を集める
 第四行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
 最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊
 備考:ベガ、キョウスケに対してはある程度心を開きかけています】

【キョウスケ・ナンブ 搭乗機体:ビルトファルケン(L) (スーパーロボット大戦 OG2)
 パイロット状況:頭部に軽い裂傷、左肩に軽い打撲、ユーゼスに対する不信
 機体状況:胸部装甲に大きなヒビ、機体全体に無数の傷(戦闘に異常なし)
      背面ブースター軽微の損傷(戦闘に異常なし)、背面右上右下の翼に大きな歪み
 現在位置:G-8補給ポイント
 第一行動方針:基地へ戻る
 第二行動方針:首輪の入手
 第三行動方針:ネゴシエイターと接触する
 第四行動方針:信頼できる仲間を集める
 最終行動方針:主催者打倒、エクセレンを迎えに行く(自殺?)
 備考:アルトがリーゼじゃないことに少しの違和感を感じています】

【二日目 3:20】


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