128話A「『未知』と『道』」
◆C0vluWr0so



ぼんやりとした意識が闇の中を彷徨っている。
どこまでも暗い無意識の海。下に浮かぶのか上へ沈むのか分からない曖昧な感覚。
何処からともなく声がした。問う声だ。

『お前は一体どうしたいんだ?』

――俺は、帰りたい。アル達が待ってるサイド6へ。
  約束をしたんだ。必ず生きて帰って、会いに行くって。
  会いたいんだ。まだまだ話したいこともあるし、聞きたいこともあった。

『そのために殺すのか?』

――仕方ないじゃないか! 最後の一人にならないと帰れない。
  それが分かってて、それなら殺すことだって考える。
  戦争と同じなんだよ、殺さなきゃ生き残れない。

『戦争と同じだって? それは違うさ。お前は今、自分のために人を殺そうとしている。
 上から言われるままに戦えば良かった戦争とは、全く違うんだよ。我が侭なガキの言い分だな』

――それでも……我が侭でも、俺はみんなに会いたいんだ。

『殺して生き残って、それでもアルやクリスに会えるのか? 人殺しの癖に胸を張って会いに行くのかい?』

――それは……

『そら、やっぱりお前はそういうやつなんだよ、バーナード・ワイズマン。
 いつも考えが足りない。だから大切なモノも失くしてしまう』

――うるさい! うるさいうるさい!
  だいたいお前は一体誰なんだよ! 何でそんなことを言うんだよ!?

『まだ気付いてないのかい、バーニィ?』

――くそっ……! 何で俺が……何で!

『そうだ。俺はお前なんだよ。俺の言葉はお前の言葉だ。俺の考えはお前の考えだ。
 ……さぁ、もう一度聞くぞ。――お前は一体どうしたいんだ?』

――俺は……俺は……!

 ◆

意識の反転。バラバラだった意志は手繰り寄せられ、一つの纏まった思考へと変化していく。
視界は暗い――が、周りに広がっているのは視認できる夜の闇だ。出口の見えない暗黒ではない。
自分が夢を見ていたのだと気付くのと同時に膨れる疑問。
……此処は何処だ?
意識が断絶する一瞬前まで、自分は交戦していたはずだ。
虫のような機体に、後から乱入してきた二機。自分も含めて四機の戦闘。
自分が気絶していた間に全て終わった、ということなのか?
でも、それならなんで俺は生きてるんだ? 他の機体は何処へ行ったんだ?
段々と戻ってくる身体の感覚は平時のそれとは全く違う。
後ろ手に縛られている=身動きが取れない=危険。単純明快な理論に涙が出そうになる。
暗順応を起こした視細胞が、次第に暗闇の中に立つ人影を認識し始めた。

(……仮面? 男なのか? 俺を縛ったのも……?)

薄暗闇の中、はっきりと姿を確認することは出来ないが、目の前の男が自分の生殺与奪権を握っているという事実に緊張が走る。
向こうはこちらが目覚めたということに気付いているようだ。じっとこちらを見つめたまま、動かない。
もっとも、顔全体を覆う仮面のせいで、男の視線が本当に自分に向けられているのか分からないのだが。
そのままどれくらい見つめ合ったのか。仮面の奥で男が笑ったような気がした。
そして声が響く。

「お目覚めかね?」
「……ここは何処だ? あんたは一体誰なんだ!?」
「落ち着け。君が私の話を聞いてくれるのなら悪いようにはしない。
 まずは君の名前を聞かせてくれ。私の名はユーゼス=ゴッツォだ」
「……ジオン軍所属のバーナード=ワイズマンだ。あんた……俺に何をする気なんだ?」
「落ち着け、と言っている。悪いようにはしないともな。
 ……そうだな、それでは逆にこちらが聞こう。ワイズマン、君は一体どうするつもりなのかとね。
 君はこの基地に来る前に赤い機体と交戦したはずだ。今現在私はそのパイロットと行動を共にしている。
 勿論君のことも聞いている。奇襲を仕掛けてきた危険なパイロットとしてだが……」

ククク、と実に愉しそうにユーゼスと名乗った男は嗤う。
一挙一動が周囲に邪悪さと悪意を撒き散らしていく。
それを全く隠そうとしないのは、ユーゼスが絶対的優位に立っているからだろうか。
こちらはユーゼスの余裕とは逆に、焦りがどんどん募っていくというのに。
……不味い。ここで下手なことを喋れば、縛られたまま殺されるというのも十分にあり得る。
何せ此処は、『殺し合い』をする場所なんだから。

けれど、士官学校を卒業したばかりで、軍に配属されてから間もなくて。
「俺は……死にたくなかっただけなんだ」
ろくに実戦経験も無く、それどころか女の子を口説くのさえ下手な俺じゃあこんな時に上手いことなんか言えっこない。

「死にたくなかったから他者を殺そうとした――いや、それとも既に殺したのか?」
「……」

何も言い返せない。言葉さえ浮かばない。
だからコクリと小さく頷いて、それに肯定の意味を込める。
だが、何故かユーゼスの両手がパチパチと乾いた音を立てる。

「そうか。だが……それの何がおかしい? それは人として当たり前の感情だ。
 私がその程度のことで君を軽蔑するはずがない。むしろ、その生きようとする強い意志に賞賛の拍手を送ろう」

……今、何て言った?
ここにきて――ようやくバーニィは、目の前の人物の本当の異常性に気付く。
例えば自分が人生経験もろくにない新兵だとか、相手の仮面の所為で表情が掴みにくいだとか。
そんなことを抜きにしても『この男が本当に心の底から、一つの偽りも無くこの言葉を吐いたということは間違いない』と言い切れる。
殺される殺されないの問題じゃない。喰われるのか、喰われないのか、だ。

「俺を縛ったのは……あんたなのか?」
「そうだ。だが心配する必要は無い。君が生きていると知っているのは、私だけだからな。
 同行している面々には、この基地には生存者はいない、と伝えておいた」

『心配する必要が無い』だって?
俺が生きていると知っているのは自分だけだと、あんたは言った。
それはつまり――『俺を殺しても、誰も何も気付かない』ってことだろう?
『私は何時お前を殺しても構わない』という脅しなんだろう?

「あんたの仲間ってのは何人いるんだ?」
「三人だ。内二人は此処にはいないがな。……そろそろ、本題に入ろう。私は君に協力して欲しいと思っている」
「協力? 何の?」
「『これ』と……その先にあるものだ」

そう言ってユーゼスは、右手を首元へと向ける。
つまり……ユーゼスの目的は首輪の解除だということか?
その先にあるもの……あの化物? まさか……アイツを倒すつもりじゃ……

「目途は立っている。後はチェックメイトまで持っていけるだけの『駒』を揃えるだけだ」
「だから俺に……駒になれって」
「そういうことだ。しかし、決して無理強いをするつもりはない。君がノーと言うのなら仕方無い」

――選択の余地は無かった。相手の言葉に従わない限り、俺に生きる道は無い。
なのに、何故か分からないけれど、イエスと言えない自分がいた。
このままユーゼスの言うがままに動けば、死ぬことよりも更に恐ろしいことになる。
そんな予感がしたのだ。

「まあいい。無駄に出来るほどではないが、熟考するだけの時間はある。しばらくここで考えているといい。
 私たちと共に生きて帰る道を選ぶのか、それとも……」

ユーゼスはまた嗤う。闇に笑い声が吸い込まれていく。まるで、悪魔が嗤っているような気がした。

 ◆

地下発電所を離れたユーゼスが次に向かったのは基地施設の中でも特に重要な場所。
広大な基地の中でも一際目立つ演習場――そのすぐ近くに存在する『開発部』だ。
基地の端末にはただ『開発部』とだけ記されていたが、演習場が近くにあるということから考えて、おそらくは新装備の設計・開発、及び調整などを任されていた場所だろう。
当然、それなりの施設も備わっているはずだ。或いは、首輪を外せるほどのものが。
だが、このフィールドを用意したのが誰かを考えれば、そこまで楽観的な予想をすることも出来まい。
せいぜい解析の補助が良いところだろう。勿論今の状況からすればそれでも十分すぎるほどの収穫ではあるのだが。

「むしろ一番の収穫は、あの男かもしれんな……」

バーナード=ワイズマン。まだ年若いあの男は、悪くない駒だ。
支給された機体のスペックもあるだろうが、数回の戦闘を経てもまだ生きているというだけで無能ではないということは分かる。
かといって、決して自分の力を過信することなく――むしろ、自分の弱さを知っているからこそ、この殺し合いに乗ることを決めた。
死の恐怖から逃れることを原動力とする人間ほど扱い易いものはない。少し『道』を見せてやるだけで、どうとでも動いてくれる。
その点では、なまじ力を持っているために下らない良識の枷に囚われているベガやカミーユよりも期待できる存在だ。
問題はこのカードを何時使うかだが……まぁいい。まだ『仕込み』も完全ではない。より完璧に御することが出来るまで、ワイズマンは隠しておく。
下手に中尉に見せれば、いらぬ誤解を招くことになる。それもまた一興ではあるが、好手ではない。
次に手を打つべきなのは――『これ』だ。我々の命を握る、物理的な枷。
まずは邪魔な首輪を外す。首輪の構造には、既にアタリをつけている。
予想自体が未知の技術込みであることが癪だが、おそらく大きくは外れていないはずだ。
……それに今の私には、これがある。
ユーゼスは、操縦する手を休め、コクピットを撫で始める。それは、ユーゼスにとっては三機目の機体。
……十分なエネルギーを手に入れ、第二段階へと成長したメディウス・ロクスとAI1。
自己進化の概念を持つプログラムと、それを支える高性能電子頭脳を持つこの機体ならばこの枷を読み解く大きな鍵となってくれるだろう。

「……ここか。思っていたとおりめぼしい物は無いようだが……」

『開発部』に到着したユーゼスは、早速周辺の機器の調査を始める。
AI1がエネルギーを吸収していたために止まっていた基地内部への電源供給も、メディウスの復調と共に復活している。
外部の人間から奇襲される危険性を考え、こちらの居場所を示す照明の類は消したままにしてあったが、内部機器を動かすのに問題は無い。
ユーゼスは次々と基地施設の電源を入れ、その機能を逐一確かめていく。
だが調査の結果は芳しいとは言えない。ただ単に首輪を分解するための器具ならいくらでもあったが、肝心の赤い宝玉の解析に役立ちそうな機械は無かった。
現在の設備で出来るのは宝玉以外の部分――つまり、純粋に機械である箇所の解析だけだ。
しかし。
ユーゼスには、この赤い宝玉を解析する鍵は既に手に入れているという確信があった。
それはB-5で回収した首輪だ。この変質した首輪――おそらくこれが、アインストという未知を解析する最大の手がかりだ。
これを回収してから数時間が経った。
最初に手に入れた時点で、既に通常の首輪とは大きく違う変化を遂げていた。
だが驚くべき事に、時間の経過と共に首輪の変質は更に進んでいる。
この変化が鍵だ。我々の首輪には、時間の経過と共に変質していくという性質は無い。
おそらくこの変化は、首輪を用意したアインストさえ想像していなかった偶然の産物だ。
……だからこそ、あの異形の化物の裏を掻くことが出来る。
首輪の変化を観察し、パターン化することで手の届かない宝玉内部の状態を調べることが出来るはず。
変化の解析はAI1を使う。その性質上、簡易ではあるがメディウスにも解析装置は備わっていた。
自己進化のプログラムの中には、この変化と同様のアルゴリズムを持つものもあるかもしれない。
AI1に同類のプログラムがなければ、変化のパターンを分析させ、作ればいいのだ。
変質の規則性さえ掴めれば、そこから逆算し、通常の首輪についてもコア内部の予測が出来るだろう。
ユーゼスは変質した首輪を、AI1の解析装置にかける。
こちらの首輪に関しては、時間の経過を待つことしかできない。

「半壊した方を分解する前に……ベガと連絡を取るか」

ワイズマンとの接触、解析機器の探索に時間を掛けすぎた。
ベガは基地の警備を続けているはずだが、長時間の単独行動は不要な問題を抱え込む要因になりかねない。
……ベガには、首輪についてある程度説明しておいた方が役に立つかもしれんな。
コア以外にも首輪について幾つか分かっている事柄はある。
ただの人間が気付けることなどたかが知れているが、あらかじめ情報を与えておくことで少しはマシな発見が出来るかもしれない。

(……盗聴の危険性を考えると、視覚的に確認できる形に纏めておいた方が都合が良いな。
 いざとなれば即座に処分出来る紙媒体が適切だろう)

周囲を物色すると、筆記用具はすぐに見つかった。
さらさらと首輪に関する情報を書き進めながら、ローズセラヴィーとの通信。

「……ベガか? 一度合流し、話しておきたいことがある。場所は中尉達と別れたところだ」
『了解しました』


B-Part