130話A「Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―」
◆7vhi1CrLM6



 目が二つあった。
 パープルアイとでも言うのだろうか? 深く暗く沈んだ紫紺の両眼が、言い逃れは許さない、と詰問の視線を突きつけている。
 どこか追い込まれているような、自分で自分自身を追い詰めているような、そんな目だった。
 似てるなと思う。初めて戦場に狩り出された新兵が、自分のミスで仲間を死なせてしまった。そう思いつめているときの目が、ちょうどこんな感じなのだ。

「お前、ラキの何なんだ?」
「質問してるのはこっちだ」
「知ってることを全部話せって言われてもな……何処の誰とも知れない奴に話す義理はねぇ。
 もっとも、俺のことなら別だがな。今夜のご予定から泊まっている部屋の番号まで何でもお答えいたしますよ」
「ふざけるなっ!!」
「悪い悪い。そう怒るなって。だが、そっちが答えなきゃこっちも答える気はないぜ」

 努めて冷静に、出来るだけ刺激を与えないように(?)気をつけながら話す。両手は頭の上だ。別に銃を突きつけられているわけじゃなかったが、これが一番意思が伝わりやすい。
 強引に切り抜けられるか、と問われれば、多分出来るだろう。
 目の前のお嬢さんは筋肉に無駄が少なく(ついでに削ぎ落としたのか、胸の脂肪まで死亡してるのが残念でもあるが)細身なりに鍛えられているようだが、動きはどちらかと言うと素人くさい。
 ただ、柄じゃない。
 となると、受け答えの中で情報を引き出せれば御の字といったところか。だが、無言を衝立にして返されたんじゃ埒があかない。軽口にも乗ってこない相手に溜息まじりに言葉を投げかける。

「おいおい。黙ってちゃ何にも分からないぜ。もう一度聞く。お前とラキの関係は?」

 あまり友好的な関係ではないのだろう。置かれた状況を鑑みれば、ラキが何か不祥事をやらかしたとしか思えない。
 現に目の前の少女は歯を食いしばって思い悩み、苦悶の表情を浮かべていた。強気の表情の裏で弱気が揺れ、顔は俯いている。その口元が微かに動いた。

「ある人の最後を伝えなくちゃいけない……。伝えなきゃいけないんだ……私は……ラキに……」

 自身の見当違いに気づくのと同時に、そろそろと視線を伏せた少女の顔に落とす。前髪越しに見える真一文字にきつく閉じた唇が、小刻みに震えていた。
 泣いているのか? そう思った瞬間、少女の顔ががばっと持ち上がり、涙が滲んだ視線が突き刺さる。

「さぁ、私は言ったぞ! 今度はお前が答える番だ!! 教えろ、ラキについて知っていることを!!!」

 ラキを探している理由は分かった。危惧していたようなことではなさそうで、人知れず胸を撫で下ろす。目の前の少女は、どう見ても他人を謀ることに長けているようには見えないのも安堵感を大きくしていた。
 しかし、まだ分からないことがある。ラキが原因でないのならば棘の出所が分からない。
 それにこの娘の気の張り詰め方は危うい。的の位置が分からぬまま弓を目一杯引き絞っている。そんな矛先の定まらぬ危うさだ。
 それらに引っ掛かりを覚えながらもクルツは、ラキのことについて話すことに決めた。

「分かった。何から聞きたい?」

 背格好からという要望が返ってき、クルツはそれに答えて話し始めながら、それとなく様子を覗い続けた。
 目の奥が暗い。肌にチリチリと焼け付くような感情がそこで燻っている。目の前の少女は笑う気配すら見せない。
 やはり棘がある。ラキでないなら向けられているのは自分か?

「あんたとラキの関係は?」
「仲間ということになるかな。放送前まで同行していた」

 何でもない言葉。それが彼女の心の弓弦に触れた。刹那、紫紺の瞳が揺れ動き、動揺。そして、驚愕へと少女の表情が変わり、焦点のぼやけた少女はぽつりと呟く。

「……嘘だ」
「嘘じゃねぇ」

 手が震えた少女の眉間に皺が寄り、険しい表情を形作る。その目に灯った感情を読み取り肝を冷やした。
 気圧されて一歩退がり、ラーズアングリフの装甲が背中にぶつかる。思わず振り返り、慌てて視線を戻したクルツに飛んで来たのは、怒声だった。

「嘘を吐くな! あんたがラキの仲間な訳がない!! そんなわけないじゃないかっ!!!」

 取り乱し、感情的に声を荒げて詰め寄る様子に息を呑む。感情の堰が切れ掛かっている。怒りの、殺気の矛先は間違いなく自分に向けられていた。
 訳が分からない。初対面のはずだ。こうまで嘘つき呼ばわりされる心当たりは全くない。そんな疑問符で頭が埋め尽くされる。

「嘘じゃねぇって。間違いなくあいつとエイジと俺の三人で行動してた。これは保証する」
「だったらなんでアムロを殺した!! あんたがラキの仲間ならアムロを殺すもんかっ!! 殺すもんかっっ!!!」

 身の潔白を証明するしか他なく喚いたクルツの言葉に、アイビスの叫びが重なった。
 怒りに目を滾らせながら目肩で息をする少女を見つめて、再び疑問符が頭に浮かぶ。今度の疑問符は一個だけ。ただしでかい。即ち、アムロって誰よ?
 そうして頭の中で一通り検索にかけて、なお心当たりのないクルツの口を吐いて出た言葉は――

「ぬ、濡れ衣だァーーーーーーーーー!!!!」
「惚けるな!!!」

 思わず手が出たという感じで頬を叩かれた。クリーンヒット。直撃。反動で後頭部を固い装甲板でしたたかに打ちつける。正直、そっちのほうが痛かった。

「惚けてねぇ! 俺はそんな奴知りやしねぇ。まして恨みを買われる筋合いもねぇ」
「見たんだ!!! あんたがアムロを……赤い小型機を落とすところを!!!
 そんなあんたがラキの仲間だなんて認めるものかっ!!! 認めてやるものかっ!!!!」

 必死の目と一緒に、これまで押さえ込んでも押さえ切れずに、瞳の奥で燻っていたものが露になる。その感情の堰が切れる様を目の当たりにしながら、クルツは事情を理解した。
 事情は単純。赤い小型機、おそらくは戦闘に介入してきたタイミングから考えて戦闘機にも変形するほうのことだろう。それが彼女の仲間で、自分はその仇というわけだ。
 だが一つこの少女は思い違いをしている。そこを正せば少しは立場が楽に……なるのか?

「ちょっと待て! 殺してねぇ!!」
「……えっ!?」
「殺しちゃいねぇって! そいつは生きてる」
「嘘だっ!!」

 何度目かも分からない否定。全く信用されてない立場というのは辛い。

「まぁまずは落ち着けって。確かに小型機は落とした。けど、あの時そいつは既に青い機体に乗り換えていた。
 見たろ? 俺がその青い機体に追い詰められるところを。あんたが介入してなかったら死んでたのは俺のほうだった。だから嘘じゃねぇ」
「生……きてる?」
「そう。そいつは生きてる」
「本当?」
「本当だ。もう五六時間もすれば放送が流れる。嘘を吐いても意味がねぇよ」

 胸を撫で下ろし大きな安堵の溜息を漏らすのが見えた。少しはこれで険が取れるかな、と思って油断した隙に再び詰問の視線が向けられ、思わず表情が強張って気持ち身構える。

 ぐぅ〜

 薄く開いた唇が言葉を発するより早く少女の腹の虫が鳴いた。険が取れるどころか緊張が霧散し、空気が弛緩する。
 思わず笑ったクルツの大声が夜空に響く。開けた口を訳もなくパクパクさせている目の前の少女の顔は真っ赤だ。

「わ、笑うな」
「ハハハ……腹減ったとよ。どっかで飯にするか?」
「減って ま せ ん 」

 躍起になって否定する少女を尻目に中央廃墟で一息吐くことを勝手に決める。北の市街地には行きたくなかったのだ。
 全くの偶然の腹の虫ではあったが、お陰で今話の主導権はクルツに移行している。気持ちにも余裕が出来た。
 機体に乗り込もうと背を向け、背後の気配の動き出す様子のなさに振り返る。
 そこに強い光を見止めた。真摯さ。熱心さ。そんな光だ。そしてその奥にはまた別の暗い光が併在している。

「一つ聞かせて。何でアムロと争ってた?」

 思わず頭をガシガシと掻いてあらぬ方向を見上げてしまった。一番答えにくい質問だったのだ。何しろ最初に手を出したのはこちらなのだから。
 ちらりと視線を戻す。そこに最初と同じ『言い逃れは許さない』という詰問の視線を確認して、慌ててまた逸らした。どうにも答えずにすむという訳にはいかないようだ。

「あいつとやり合ったのは二回目だ。一回目は俺から仕掛けた。それを覚えてたんだろうな。二度目は奴から仕掛けてきた。後は通信を交わすこともなく戦闘さ」
「一度目はなんで?」
「さぁ、何でだろうな。いきなり殺し合いを強要されて、情けねぇことにパニクってたのかもな」
「そう……」

 目線を合わせる勇気はなかった。僅かに混ぜ込んだ自分を守るための嘘。それに言いようもない引け目を感じたのかもしれない。
 逃げるようにして機体に乗り込むとホッと胸を撫で下ろす。下手な嘘がバレやしないか冷や汗ものだったが、どうやら信じては貰えたようだった。もっとも疑いが完全に晴れた風には見えないが。
 通信を繋げる。

「んじゃ、行くとしますか。行き先は中央廃墟。そこで朝まで一休みだ」

 とそこまで言って肝心なことを聞いてないことを思い出す。

「お嬢さん、そろそろお名前を教えてもらっても良いんじゃないでしょうかね?」
「へっ?」

 目を丸くするのが見え、ちょっと間の抜けた声が響く。どうやら向うも名乗ったつもりになっていたようだった。

「アイビス……アイビス=ダグラス。あんたは?」
「クルツ=ウェーバー……俺名乗んなかったっけ?」
「名乗ってないよ」

 呆気羅漢と返ってきた声に「おっかしいな」と応じながら頭を掻き、「まぁいいさ」と繋いだクルツは、とりあえずラキとアイビスを会わせてみようという気になっていた。
 そうして二機は中央廃墟へと向かう第一歩を踏み出す。そこに待ち受けている結果も知らずに……。

 ◆

 アイビス・クルツから遅れること約四時間。C-3地区にも中央廃墟を目指す機体の姿があった。
 その低空を僚機となったシャイニングガンダムと共に飛びながら、ブンドルの思考は一つのことに囚われていた。
 サイフラッシュ・ハイファミリア・アカシックバスター・コスモノヴァ、そして精霊憑依。
 ブンドルが扱いきれないサイバスターの武装や機能は多い。
 ゆえにブンドルはこれまで機体の基本性能と剣戟、そして僅かな火力での戦いを強いられてきた。それらはひとえに操者の資格を持たぬがゆえのことであったが、一つ事情の異なるものが存在する。
 ラプラスコンピューター――それは一種のブラックボックスと言っても過言ではないサイバスターの中枢を司るメインコンピューター。
 これだけは操者の資格を持たないが為か、それともただ単純にそっち方面の専門家でないことによる技術力不足によるものか、判別に難しい。だが、どういうものかの憶測はついていた。
 ラプラスの名を耳にしたとき、ブンドルが真っ先に思い浮かべたのは18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス。ラプラス変換の発見者として、彼の名は高い。
 その彼によって提唱されたものの中に『ラプラスの悪魔』というものが存在し、彼は自著の中でこう語っている。

『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、
 この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も全て見えているであろう。  (確率の解析的理論)』

 この仮想された超越的存在の概念であり、ラプラスがただ単に知性と呼んでいたものに、後世の者が付け広まった名称が『ラプラスの悪魔』である。
 それは量子論登場以前の古典物理学における因果律の終着地点と言ってもいい。
 そのラプラスの名を冠する以上、おそらくこのコンピューターが目指したものは未来予測。

「ラプラス自身の理論は後に量子力学によって破られることになったが、果たしてこのコンピューターは『全てを知り、未来をも予見できる知性』足り得るのか……」

 目指しはしても、そこに至れるかどうかは別問題。『ラプラスの悪魔』にまで至れているという保証はどこにもない。
 だが、最低でも物質と現象を解析し予測する為の機能が備わっているはずである。例え完全ではなくとも、それらの機能がなくてはラプラスの名に対して失礼と言うべきであろう。
 そして、その処理速度も並々ならぬもののはずだ。1秒後の未来を算出するのに1秒以上の時を要しては意味がない。
 ならばだ。然るべき者の手に渡りさえすれば、首輪の解析など容易くやってのける代物なのではないか――それがブンドルの抱いたものであった。

「ブンドル」

 突然の通信に思考の波から意識を拾い上げる。無骨な男の顔がモニターに映し出されていた。

「ギンガナム隊のことについてだがな」
「……なんだ? そのギンガナム隊とかいうのは」

 薄々感づきながらも言葉を返す。妙に嫌な予感がしていた。そして、こういう勘は当たるものだ。

「ギンガナムとはムーンレイスの武を司る一族の名。そして、我が部隊の名だ。
 ロンドベル隊の名も惜しかったのだがなぁ。アムロ=レイが存在する以上、あちらにその名を譲るのに小生も吝かではない。
 貴様もギンガナム隊の一員となったのだ。覚えておけ」
「少し待て。それは君の名ではなかったか? というかいつ私が君の下に付いた?」

 こめかみを押さえ、俯きがちに頭を左右に振る。色々と頭が痛い。だがそんな様子に構うことなくギンガナムは返答を寄越してくる。

「いかにも。我が名はギム=ギンガナム。ギンガナム家の現党首よ。
 どこの馬の骨とも知れぬ者をギンガナム隊に加えるのには小生も少々の抵抗があったのだが……ブンドル、貴様はなかなか見込みがあるので特別に許可した。誇りに思うが良い」
「話が食い違っている……それにその美しさの欠片も見当たらないネーミングには反対させていただこう」
「異論があるのならば代案を出すべきであろう。
 だが、あの化け物を討つのに、ギンガナムの名以上に相応しい名はない。そう、ロンドベル隊とギンガナム隊の共同戦線によってあの化け物は討ち倒される。
 フフフ……ハーハッハッハッ……素晴らしい! これぞまさしく小生が夢にまで見た黒歴史との競演!! だがそれにはぁ、我が隊の戦力を充実させねばなぁっ!!!」

 勝手にテンションを鰻上りに上昇させるギンガナムを脇目に、ブンドルは僅かに考え込んだ。代案を出せというギンガナムの言には一理ある。
 そして、頭に思い浮かんだ部隊名は――

「……ドクーガ情報局」
「フンッ! 大 却 下 だ!!」
「ならば……」

 そこで言葉を飲み込む。言おうか言わまいか、束の間悩んだ。目の前の男に自分の美的センスが理解できるとは到底思えない。
 芸術の何たるかを全く理解しない無知蒙昧な輩に、自分の美的センスが扱き下ろされるのはどうにも我慢がならない。

「ならば何だ?」
「……なんでもない」
「どうせ大したことのない部隊名を思いつき慌てて引っ込めたのであろう。やはりここは武を納めるギンガナムの名こそ相応しい!!」
「それには反対だと言った」
「ギンガナム隊に反対ならばシャッフル同盟で決まりだな。異論があればもっとマシな対案を出してみよ。
 どうした? 何か言いたそうだな? その貧弱なお頭でぇ何を思いついたか言うがいい。ほれ! ほォ〜れ! ハーッハッハッ……!!」

 あからさまな挑発。見え透いた手。だが、悔しいが効果的だ。小馬鹿にされているようで地味に腹が立ってくる。というかうざい。

「そうまで言うのなら聞かせてやろう。この部隊の名は――



B-Part