130話B「Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―」
◆7vhi1CrLM6



 ――『美しきブンドルと愉快な仲間達』だ」

 満足気に言い放ったブンドルを残して時が凍りついた。

「……」
「なんだ、その痛いものを見るような目は? そんな悲しそうな憐れみの目で私を見るな」
「その今にも『全ては我らのビッグ・ファイアの為に!』とか言いだしそうなネーミングは……それに後半……」
「それはだな」
「いや別に説明しなくともよい。すまん。小生が悪かった。だから悪いことは言わぬ。ここは大人しくギンガナム隊にしておけ」
「それには反対だと言っている!」
「ええい。人が下手に出ておればいい気になりおって。何が不満なのだ?」

 議論は白熱(?)していき、多くの名が挙がっては切って落とされていくこととなった。
 そして、目的地D-3廃墟の上空に差し掛かる頃、両者は半ば折れる形で部隊名はなんの捻りもなく『ドクーガ情報局ギンガナム隊』に決定される。

「まぁいい。とにかくブンドル、貴様にはギンガナム隊の参謀を務めてもらう」
「お断りさせてもらおう。私はドクーガ情報局の『局長』だ。降格は勘弁願いたい。それではよろしく頼むよ、『隊長』殿」
「くっ……貴様、またしても謀ったな」
「部隊名はそちらも納得して決めたはずだ。それとも君は一度口にした言葉をひっくり返す程度の男かね」
「ぐっ! おのれ……」

 悔しげに睨み付けてくる眼光を飄々と受け流す。戦闘行為ならともかくとして、口と謀でこの男に負ける要素は皆無といって良い。
 未だブツブツと文句を呟くギンガナムを尻目に、視線を眼下の廃墟へと落とした。
 現在、ブンドルの頭の中には幾つかの集団が刻まれている。
 北西の市街地にはアムロとガロード。南部市街地にはトカゲ型の戦艦とガロードの仲間。そして、ゼクスを中心とした集団は中央廃墟の方角を目指していた。
 もっともトカゲ型の戦艦とゼクスの集団はそれなりの時間が経過している為、移動している可能性が高い。そう考えるとこの中央廃墟と北の廃墟は大きな空白地帯と化す。
 つまり参加者の保護・小集団の形成という観点から考えて、ここは見過ごせない地域なのだ。
 そして、出来ればもう一度サイバスターの操者と接触を取りたいという欲が、ブンドルに中央廃墟を選ばせていた。
 だが見下ろした廃墟に人影は見当たらない。深夜という時間帯と廃墟という死角の多さが目視を遮っているのだ。加えてレーダーの不調もある。

「ギンガナム、そちらのレーダーに反応は?」

 文句を止めて取り合えずはレーダーを確認したらしいギンガナムが、「なにも」と返してくるのを聞いて、これは骨が折れるかもしれない、といった思いが頭を過ぎり――

「ところでな、ブンドル」

 思考を中断させられた。

「……まだ何かあるのか?」
「うむ。毎回戦闘前に名乗りを上げていたのだが、どうもパターンが尽きてな。そこで二人で是非とも試して」
「断る!!」
「いけずだな」

 当然だ。嫌な予感しかしない。

「だが、これを聞けば貴様の気もきっと変わるであろう」
「言わなくていい。言わなくていいから、少しあっちに行っててくれないか?」
「まずは小生が問いかける。それに貴様は答えていけばよいのだ」

 思いっきりスルーされた。あまりのマイペースさに殺意を覚えないでもない。少しくらい聞けよ、人の話……いかん。キャラが崩れてきている。自戒せねば。

「『流派東方不敗は』と問われれば貴様は『王者の風よ』と返すのだ。あらん限りの声を振り絞り叫ぶのだぞ。分かるな? 気迫がここではモノを言う。そして、続きは――」

 得意気に説明を続けるギンガナムを完全に無視して、思案を再開することに決めた。とてもじゃないが付き合いきれない。
 改めて廃墟へと目を向ける。ざっと見渡した限り目視にかかるほど大きな機体は見当たらない。また死角が非常に多い。空を飛ぶ来訪者は見つけやすく、自身は隠れやすい地形ということだ。
 好戦的な者を除いたほとんど全ての者は、一度隠れてこちらの様子を覗うと思ったほうがいい。かと言って、地上を歩き路地の一つ一つを覗いて回っても埒があかない。
 つまりは目立つ空に機体を曝け出して、いるかどうかも分からない相手のコンタクトを待つしか方法がないのである。
 ならば時間で区切るべきだ。交代制で半分を休息に当てるとして、一時間か? それとも放送までか?
 そうやって先のことに思考の手を伸ばしていたとき、視界の隅で何かが煌めいた。モニターに警告のメッセージが灯るのよりも素早く身を翻す。
 虹色をまとめて撃ち出したかのような光軸が間際を駆け抜け、装甲を焦がした。それを脇目に射撃地点を睨んだブンドルは、しかし突然後方で鳴った衝撃音に思わず振り返ることとなる。
 火花を散らしながら銃と剣の中間のような武器を叩きつける流線型の機体と、それをアームプロテクターで受け止めるギンガナムの姿が目に飛び込む。
 まずい――そう思った瞬間、女の憎悪に塗れた声とギンガナムの剛毅な声が木霊した。

「ギンガナム! お前を!! お前だけはああぁぁぁぁあああああ!!!」
「小生をギム=ギンガナムと心得て向かってくるその心意気や良し! だがしかあぁぁしっ!!」

 ギンガナムが相手の武器を跳ね上げ、腕を掴み、豪快に投げ飛ばした。空中をくるくると舞った敵機は、数百m離れたところでようやく体勢を整える。その鼻頭にギンガナムの声が飛ぶ。

「貴様では足りん! 小生を、このギム=ギンガナムを倒したくば、このシャイニングガンダムの右腕を見事斬りおとしてみせたあの男を出すがいい!!
 勝利の二文字を持って屈服させええぇぇぇ!! 我がギンガナム隊の一員としてくれるっ!!!」
「黙れっ! お前が、あいつを殺したお前が気軽にあいつのことを口にするなっ!!」

 突然、流線型の機体がぶれたかと思うとその場から消失する。次の瞬間、それはギンガナムの死角に姿を現した。
 銃剣の切っ先が下から上へと振り上げられる。それらの動きに瞬時に反応して見せたギンガナムはワンステップでかわすと同時に振り向き、掌を胸部に添える。

「遅い。温い。伸びも芸もない。その程度でぇこのギム=ギンガナムの首が取れるものかよぉ!!」

 中空にも関わらず踏み込む。流線型の機体が体をくの字に折り曲げて、すっ飛んだ。刹那、ブースターが青白い燐光を瞬かせ、ギンガナムが追撃に移る。
 それらの光景を前にブンドルは再度思う。これはまずい、と。この闘争本能の塊のような男は、既に燃え盛る炎と化している。襲い掛かる者に対して容赦はないだろう。
 そして、漏れ聞く限り突如襲撃してきた女は復讐者。この組み合わせはまさに火に油を注ぐようなもの。勢いのままに暴走を許せば、後の結果は火を見るより明らかだ。
 そこまで分かっていながらブンドルは動けなかった。
 理由は二つ。
 一つはテレポーテーションとでも言うべき移動に度肝を抜かれ、介入のチャンスを見出せなかったこと。
 そして、まだ何かがある気がする。あるいはいるのかもしれない。ともかくギンガナムと女と自身の他にまだ何かがここに介在している。
 理屈というよりかは勘のようなものだ。未だ表に出てこない、潜んでいる何かがあると告げていた。
 さらにもう一つ付け加えるのならば、サイバスターのラプラスコンピューターに対しての憶測もブンドルを慎重にさせることに一役買っていたのかもしれない。
 ここで悪戯に失うわけにはいかない。そういった思いがあったことは確かなのだから。
 雲越しに火線が煌めき、幾度目かの火花が散る。
 ギンガナムもあの男一流の嗅覚で違和感を感じ取っているのか、女とギンガナムの戦いはどこかぎこちなかった。が、そのぎこちなさは程なく融解することとなる。
 ギンガナムの狂喜に彩られた声が大地に響き渡ったのだ。

「見つけたぞ!! アイビス=ブレエエェェェェェェェンッッッ!!!」

 何処か女性的な丸みを帯びた流線型の敵機。それを弾き上げたシャイニングガンダムのスラスターが噴射音を唸らせたと思った瞬間、敵機を無視し、地表の一点目掛けて突撃を開始した。
 夜空に流星のような一筋の光が灯る。
 その流れ落ちる先に赤い無骨な機体を発見したブンドルは、サイバスターのブースターを焚き、フルスロットルでそこに突撃した。
 上空にギンガナム。地表面付近に自身。どちらが早いとも考える余裕はなく、二機は急速に赤い機体との距離を詰める。
 朽ち果てたビル、鉄骨を露にした廃墟、腐食し赤く錆び付いた鉄筋、それらの景色が後ろへと飛んで行く。その先で、赤い機体がギンガナムに銃を向けるのが見えた。
 横合いから懐に飛び込む。銃を潰れた左腕で制し、間髪入れずにギンガナムの拳を右手の剣で受け流す。そして、返す刀でギンガナムの脳天に降って来た女の剣閃を受け止めた。

「チッ!!」
「ブンドル、貴様ッ!!」
「なっ!!」
「三人とも剣を引け。この場は私が預か……ッ!!」

 全てを流れるような動作で隙なくこなしてみせたブンドルであったが、そこが一呼吸における挙動の限界でもあった。
 黒い弾丸のようなものが飛び出してくるのを視認する間もなく、轟音がコックピットを揺らす。
 動から静に転じる瞬間を狙い済ましたように突かれたサイバスターは、なすすべもなく押し流され、瞬く間に瓦礫の街並みへとなだれ込んで消えていった。

 ◆

 二つの機体が縺れ合っている。白銀の機体が大人と子供以上も体格差のある黒い機体に押し負け、瓦礫を巻き込みこんで後退を続けていた。

「聞こえるか? 黒い機体のパイロット、私は君との争いを望まない。剣を納めてくれ。そうすれば私はギンガナムを諌め、あの場を丸く治めてみせる」
「ククク……ハーッハッハッ……!!」

 通信。流れてくるのは休戦の提案。黒い機体のパイロットガウルンは、堪えきれずに思わず噴出した。
 その様子にモニターの端に開いた通信ウィンドウの中の顔が、眉を顰める。

「何か可笑しいか?」
「冗談言っちゃいけねぇな。せっかく面白くなりそうなところだ。それを潰されちゃたまんねぇ」

 一番動きが良かった奴を狙いすまし、隙を衝いて仕掛けたが、正解だったってわけだ。赤い奴はどうだか知らねぇが、白い機体も丸っこい機体も剣を引く気は毛頭なさそうに見えた。
 ということはだ。ここでこいつを喰っていけば争いが治まることはないと言える。その後は、選り取り見取りだ。
 それに面白味はねぇがこいつ自身も一級品。暇つぶしの玩具としては、何の不足もない。

「悪いがここで死んでもらうぜ」
「なるほど……そういう輩か。ならば君などに付き合っている暇はないッ!!」

 白銀の機体が刀剣を抜き放つ。密着した状態で掲げた剣を振り下ろす。上から下。頭部と背面を狙った刺殺。鋭いッ!!
 咄嗟にヒートアックスで受け止めた。その隙を衝いて押さえ込んだ状態から抜け出される。一塊だった二機がパッと左右に分かれた。

「やるじゃないか。大したものだ」
「そちらこそ……な。野放しにしておくには少々危険だ」

 数百mの距離を置いて二機は対峙する。互いにまだ瀬踏みの段階。つまりは小手調べの前哨戦。それでもある程度の力量は伝わってくる。
 その力量だけで言えば、信じられない程の上物だ。自分自身に対する絶対の自信も持っている。そんな奴の鼻を明かしてやるってのは、たまらねぇな。そうガウルンは一人ごちた。

 ◆

「クックックッ……ハハハ……フハハハハハ……!!!!」
「何が可笑しいッ!!」

 愉快さを隠し切れないといった無邪気な笑い声に反発を覚え、思わず叫んでいた。

「何が可笑しいだと? ククク……、黒歴史において最強の武道家と誉れ高い東方不敗がマスターアジア。その愛機マスターガンダムが姿を現したのだ。
 そして、小生は今その弟子の機体に乗っておるのだぞ! 何たる僥倖! 宿命!! 数奇!!!
 これが笑わずにいられるものかっ! もはや貴様の偽善になど付き合っていられぬ。今すぐにでも奴を追いかけぇッ!! ガンダムファイトの挑戦状、叩き付けてくれるわッッ!!!」

 言うが早いか、シャイニングガンダムのブースターに明かりが灯る。銃声一つ。その鼻先を七色の燐光を発するチャクラの波が駆け抜けた。

「行かせない。ギンガナム、あんたの相手は私だ」
「ほぉ。貴様ごときが小生と渡り合えると本当に思っているのか? それにそこの赤い機体。奴ではないな。接近戦における動きの冴えがまるで違う。
 もう一度言う。そんな貴様らごときに勝ち目がぁあると本当に思っているのかあぁぁあああ?」

 白銀の中型機が介入してくるまで、ギンガナムに押されっぱなしだった。
 ジュシュアとの戦いを経ている為か、バイタルジャンプにもそつなく対処してきている。虚を衝くことはほぼ不可能に近い。
 真っ向勝負で勝てるという道理はない。五分に渡り合える理屈もない。でもそんなことは――

「やってみないとわからないだろ。あいつを追うんなら私を倒してからにしろッ!」
「舐められたものだな。まぁいい。せっかくのガンダムファイト。横槍を入れられても面白くない。
 ならば、貴様らを殺した後、ゆっくりと専念させてもらおうではないかッッ!!」

 言葉と同時にギンガナムの姿が掻き消える――否、そう思えるほどの速度で横っ飛びに跳ねた。
 咄嗟に追随。同時に『轟』と重い金属音が響き、ラーズアングリフがよろけ――

「固いな」
「なろっ!!」

 シザースナイフを振るったときには既に背後に抜けていた。結果、ラーズアングリフに視界を遮られギンガナムの姿を見失う。
 赤い胸部装甲板が拳大に窪んでいるのを確認しつつ、その脇をすり抜けようとした瞬間、体を悪寒が覆った。
 咄嗟にバイタルジャンプ。ほぼ同時にラーズアングリフの脇で肘鉄が空を切った。そこに二制射撃ち込んだときには、クルツ一人残して影も形もない。
 ――廃墟に紛れ込まれた。
 足元に着弾した銃撃に文句を散らすクルツを無視して、視界を八方に目まぐるしく動かす。
 ――見つけた。右後方。
 振り向き様にソードエクステンション。が、それよりもギンガナムが懐に潜り込む方が僅かに早い。
 斬撃は肘の位置を掌で捌かれ、そのまま背中を合わせるように動いたギンガナムの右足が大きく踏み込む。
 重い音が大地を揺らし、肩で弾かれたブレンがすっ飛んだ。瓦礫を巻き上げ、ビルの残骸に埋没する。
 追撃を予想して跳ね起きた視界に、距離を置き銃口をちらつかせて牽制を仕掛けているクルツの姿が目に入った。同時に通信。

「無事か?」
「何とか……そのまま奴の気を引ける?」
「無理だ。弾が殆んどきれかけてる。弾幕も敷けねぇ」
「五分でいい。お願いっ!」
「だから無理だって。牽制に回す弾すらないんだぞ!」
「クルツ!!」

 思わず出た大声にギンガナムに注がれていた視線がこちらを向いた。その視線はホンの一瞬だけ交錯し、直ぐにまた元に戻る。

「やれるのか?」
「やれる! いや、やってみせる!」
「……分かったよ。五分だな?」
「ごめん」
「任せろ」

 クルツの声を耳にバイタルジャンプ。戦場からいくらか離れた空に転移した。そこから戦場を見守り、具にギンガナムの動きを観察する。
 シャアに褒められたことが一つだけあった。相手の軌道を読み切り、旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作だ。
 それしか自分にはない。だから持てる力を全てつぎ込む。ギンガナムの動きを読みきり、全力を一撃に、急加速度突撃に全てを賭ける。
 時間は?
 三分。
 焦るな。
 落ち着け。
 二分。
 小型ミサイル。
 回避。
 避け。
 一分。
 ビルをブラインドに。
 回り込む。
 そう見せかけて跳躍。
 音もなく上空へ。
 ここだっ!!
 青白い噴射光と七色の燐光が夜空に浮かび上がる。ギンガナムのシャイニングガンダムとアイビスのヒメ・ブレンが同時に突撃を開始したのだ。
 フルスロットル。
 眼前の廃墟をブラインドに。
 一度、互いの死角へ。
 廃墟を抜ける。
 そして――見つけた。
 微調整。
 ソードエクステンションを前に。
 あとは――

 ――ただ突っ込むだけだッ!!

「行っけええぇぇぇぇぇえええええ!!!」

 叫んだとき、距離はもう幾許もなかった。直前でギンガナムが反応するのが見えた。構わず突っ込む。リーチはこちらのほうが長いのだ。
 突きつけたソードエクステンションの切っ先。それが胸部装甲に突き立つのが鮮やかに見えた。

「アイビスッッ!!」

 次の瞬間、眼前に迫った大地に気づく。
 気を失った? 何故? いつの間に? そんなことよりもブレンを――。
 この速度で大地に叩き付けられると危ない。そう思い、減速しようとして、身動きが取れないことに気づく。
 どうして? 何で? 何で、動いてくれないんだっ!

「つまらんな。ただ突っ込むだけの戦い方など赤子でも出来る」

 耳元で誰かが囁いた。瞬間、ぞっと肌が粟立つ。
 積み上げてきたものを崩され、心に隙間が生じる。そして、その隙間に過去の恐怖が入り込み、鮮明に蘇る。大地迫るこの状況が過去の墜落経験と頭の中で噛み合った。
 堕ちる……嫌だ。嫌だ。嫌だ! 嫌だッ!!

「うわああぁぁぁああああああ!!!!!!」



C-Part