130話D「Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―」
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 未だ暗い大地に重い足跡を残し、脚部に損傷を抱えたままのラーズアングリフは移動を続けていた。スナイパーであるクルツの頭に、ラキとギンガナムの接近戦に割り込むという選択肢はない。
 移動の足を止めずに周囲に目まぐるしく視線を走らせ彼が探すのは、周囲でもっとも見晴らしがいいと思われるポイント。
 コンクリートに覆われ、ビルに埋め立てられた市街地と言えど、元の地形を考えれば若干の高低差は存在する。その僅かに小高い丘一つ一つに厳しいチェックの目を向ける。
 しかし、廃墟と化しているとはいえ、立ち並ぶビルは高く数も多い。高いところに高いものを建てるというのは、都市景観の一つの考え方なのだ。
 絶好の狙撃ポイントといえる場所など見つかりはしない。それでも幾分マシな丘を見つけ、目を付けた。
 周囲に気を配り、極めて慎重に、静かに、そして素早くビルの谷間を突き抜ける。坂を登りきったクルツの視界が開け、ラキとギンガナムが切り結ぶ戦場が映し出された。

「ここなら、いけるか……?」

 戦場の全てを見渡せるという状態には程遠い。だがそれでもやるしかない。
 地に伏せ、短銃に輪切りのレンコンを思わせる回転砲頭をつけたようななりのリニアミサイルランチャーを構える。
 掌中の弾は僅かに二発。だがそれでいいとクルツは一人ごちた。
 狙撃の前提条件は相手方に悟られないこと。その観点から見るとこの機体は少々派手過ぎる。一度発砲すればまず間違いなく見つかるだろう。
 つまり二度目はなく、多くの弾はこの場合必要ない。問題はそれよりも狙撃にはおよそ向かないと思われる火器のほうにある。
 近中距離用の小型ミサイル。噴射剤の航続距離には不安が残り、レーダー類が軒並み不調な以上、誘導装置もどこまで信頼できるかわからない。精度に問題が出てくる可能性が高いのだ。

「どうしたもんかねぇ、こりゃぁ……。でも、まぁ、大見得切っちまった以上やるしかねぇか」

 頼れるのは最大望遠にした光学センサーと両の目のみ。
 なんだかんだ言ってもやることに変わりはない。出来るだけ正確に目標を狙い撃つ。ただそれのみ。
 機体を地面に伏せさせると、目を細め、小指の先ほどにしか見えない飛び交う二機の挙動を穴が開くほど見つめた。瞬きはしない。ただじっと動きを止めて来るべきときを待つ。
 睨んだ視線の向うで七色に輝くチャクラ光と蒼白いブースターが、蛍のように大きく、小さく尾を引きながら明滅する。
 突然、不調が起こったのかネリー・ブレンの動きが鈍る姿が見えた。そして見る間に押し切られ蹴り飛ばされる。
 距離にして約1km。両者の間が開く。それを視認した瞬間には既にトリガーを引いていた。
 煙の帯を引いたミサイルが銃身から飛び出していく。そして、カサカサに乾いた唇に舌を這わせ、もう一発。
 弾装はこれでもぬけの空。だが、とりあえずの人事は尽くした。後は運を天に任せるのみ。
 常識に従い速やかに射撃地点から離脱を始めたクルツの耳に、爆発の轟音が届いた。だが、噴射炎越しに直前で身を翻すのが見えた。案の定、爆煙の右上を裂いて敵機が現れる。
 その様にクルツはにやりと笑った。

「予想通りだ! 往生しやがれ!!」

 グッと親指を立てて突き出した右手を下へ返す。二発目はギンガナムに向かって猛進している。
 気づいた敵機が姿勢制御用のスラスターを噴かし、慌てて左へ大きく流れた機体の勢いを殺す。
 無駄だ、とクルツは一人毒気づく。場は空中、足場のないそこでは勢いは殺しきれない。ジャマーか、あるいはSF染みたバリア装置でも持っていない限り直撃は避けられない。
 それがクルツの下した結論だったが、直ぐにそれは破られ驚くこととなった。
 ギンガナムがブンッと音を立ててピンクの光刃を腰から引き抜く。そして、一切の躊躇もなしにミサイルに投げつけたのだ。
 結果、直撃前にミサイルが爆発し、呆気に取られて動きを止めたクルツはギンガナムと視線がかち合うこととなる。

「やべっ!!」

 息をつく間もなくギンガナムが反撃に転じた。左腕から無数の光軸が殺到する。一制射につき二筋の光軸。

「くそっ! 良い腕してやがる!!」

 三制射かわしたところで体勢を崩し、四制射目がラーズアングリフの右膝間接を砕く。そして五制射目、コックピットへの直撃を覚悟した。
 その直撃の刹那、異音と共に何かが視界に割り込む。眼前で七色に輝く障壁とピンクの光軸が火花を散らし、残響を残して消えていった。
 両の手を大きく広げて身を挺して庇うように立ちふさがる機体を見上げ、クルツは抑えきれない笑いを噛み殺す。

「ようやくおいでなさって下さったわけだ」

 見知った顔が一つ、モニターに映し出されている。赤毛に黒のメッシュの少女、アイビス=ダグラスだ。

「待たせてごめん。ここからは私も戦う」
「悪いな。こっちは弾切れ。ここらでギブアップだ。で、大丈夫か?」

 おちゃらけた態度で両手を挙げてお手上げをアピール。そこから一転して真面目な顔つきに変わったクルツが言う。
 それにアイビスはモニターに向かって右手を掲げて見せつつ、答えを返してきた。

「大丈夫じゃないよ。怖いし……ほら、手だってまだ震えてる。でも、ブレンがあの蒼いブレンを助けたがってるんだ。それに――」
「それに?」
「あたしもここで逃げたらジョシュアに顔向けが出来ない。
 あんたが言うように胸を張って生きていくことが出来なくなる」

 目を見、おっかなびっくりではあれど吹っ切れたようだな、と推察したクルツはクッと笑い、言葉を返す。
 少なくとも、ただのやけっぱちでぶつかって行こうという心構えではないらしい。

「ない胸して、言うねぇ! 上等だ!!」
「一言余計だ!!」
「ハハ……怒るなよ。褒めてるんだぜ、これでも。
 アイビス、モニターをこっちに回せ。俺がサポートをしてやる。思いっきり暴れてこい!」
「モニターを?」
「ああ! 敵機の行動予測と弾道計算、その他もろもろ全部任せろ」
「ナビゲーションの経験は?」
「ないっ!」
「えぇ〜、無茶だって!!」

 砕けた口調で返してきた言葉に、固さは取れたな、とにっと笑う。
 軽口というのは、固くなって縮こまっている新米兵士に普段の自分を取り戻させてやるのに有効なのだ。それで随分と生存率が変わってくる。

「そいつは実際にやってみてから言う言葉だな。やってみもしねぇうちからする言葉じゃねぇ。少なくともないよりマシだろ? それに怪しければ無視してくれて構わねぇ」
「そりゃ……まぁ……」
「なら決まりだ! 俺とお前、二人で……いや、ラキも合わせて三人で奴に一泡吹かせてやろうぜっ!!」
「わかった。やるよ、ブレン!!」

 威勢良く啖呵を切ったクルツに、一度目を丸くしたアイビスが目つきを変え、顔つきを変え、答える。
 その姿を見たクルツは、いじけにいじけて一周したら良い顔になったじゃないか、と一人ごちた。

 ◆

 突然の爆発にラキの挙動は遅れ、一時的にギンガナムを見失っていた。
 爆発の余波か、電磁波が入り乱れてレーダーの効きがとんでもなく悪い。視界も立ち込めた薄煙でフィルターをかけられていた。
 そして、二度目の爆発が起こる。
 耳を劈く轟音と眩い閃光。遅れてやってきた空気の壁が薄煙を吹き飛ばす。
 咄嗟に目を向けたその先に、左腕から投げナイフを投げるように光軸を飛ばすギンガナムの姿があった。視線誘導に引っかかったように、光軸が殺到する先に自然と目が向く。

「あれは……ブレンパワード? ……っ!!」

 クルツのラーズアングリフと白桃色のブレンパワードをラキが視界に納めるのと、ギンガナムが大地を踏み鳴らし進撃を開始したのは、ほぼ同時だった。
 咄嗟に視線を戻す。またしても出遅れた。
 猛然と突撃を試みるギンガナムに対し、初動の遅れたラキは間に割ってはいることが出来ない。間に合わない。
 が、それはあくまでラキに関してだけのことである。
 ラキよりも素早く反応を起こしたネリー・ブレンが跳ぶ。バイタルグローブの流れは一切合財の距離をふいにして、ネリー・ブレンをギンガナムの真正面へと誘う。
 ジャッという鋭い反響音。
 咄嗟に掲げられたアームプロテクターと唐竹割りに振り下ろされた刀剣の間で、火花が奔る。

「ブレン、弾け! 押し合うな!!」

 『緊』と乾いた音を残して、ブレンが飛び退いた。
 格闘戦の為に造られたシャイニングガンダムとブレンパワードでは、人で言うところの腕力・筋力がまるで違っている。
 だからこそ押し合わずに弾く。単純な力比べでは敵うはずもない。
 ならどうすればいい? こんなときにジョシュアならどう戦う?
 思案を巡らせる。巡らせるうちに再び身の内で疼き始めたモノを感じ取り、思わず手に力を込めた。両の手はネリー・ブレンの内壁にバンザイに近い形で添えている。
 そこはほんのりと暖かい。その感触を肌から感じ取り、ラキはホッと息をつく。
 大丈夫。感覚は戻っている。
 目も見える。耳も聞こえる。鼻も利くし、ブレンを感じることも出来る。大丈夫。まだ大丈夫だ。
 そう何度も自分に思い聞かせた。そしてそこに意識を割かれ過ぎた。
 風切り音を残して銃弾が飛来する。それはシャイニングガンダムの頭部に誂られたバルカンの弾。
 意識を自分の内側に向けていたのに加えて、光を発するビームとは違い闇に紛れる実弾。視認のしにくさの分だけ反応が遅れた。
 回避は間に合わない。だが、この程度の弾ならチャクラシールドで弾ける。
 そう思い、チャクラシールドを張る瞬間、スッと右方向に回り込むうっすらと白くぼやけた帯が目を掠めた。
 しまったっ!
 チャクラシールドが展開する。七色に揺れ、輝くチャクラの波に視界が遮られる。透明度の高いチャクラ光ではあるが、その輝度は高い。そして、今は夜。目標を見失う。
 バルカンを弾き終わり視界が開けたとき、それは頭上に回りこんでいた。
 右方向に注意を払っていたラキは完全に意表を衝かれた形となる。上方から勢い良く突っ込んできたギンガナムに対して、ブレンバーで受けるのが精一杯の反応だった。
 だが、真正面から受け止めすぎた。上方からの押しつぶすような巨大な圧力。受け流せない。弾き、飛び退くにしても大地が邪魔になる。 

「ブレン、耐えてくれ」

 耐える。それが唯一残された選択肢。
 足場の舗装道路が砕け、アスファルトの破片が舞い上がる。嫌な音を立ててブレンバーの刀身に皹が走る。
 そして、次の瞬間――圧力は消え去った。一条の閃光が眼前を掠め飛び、その対応に追われたギンガナムの機体の姿が遠くなる。
 クルツか。そう思った耳に飛び込んできたのは、まったく聞き覚えのない声だった。 

「ラキ、これからあんたを援護する」
「お前……は?」

 思わずキョトンと呆けたような呆気に取られたような顔になって、ラキは呟いた。突然、モニターの隅に赤毛の少女の顔が映し出されたのだ。

「アイビス=ダグラス。ラキ……あんたを探してた」
「アイ……ビス?」
「うん。あんたに伝えなきゃならないことがある。ジョシュアは……」
「知っている。ジョシュアはお前を守って死んでいった……」

 アイビスの言を遮って、ジョシュアの死を口にする。その言葉にモニター越しの顔は俯いて押し黙った。
 アイビス=ダグラス、そう名乗る少女の顔を見、ラキは話しかける。

「アイビス、私もお前を探していた。今会えてよかった。そう思える」
「えっ!?」

 その声にパッと伏せていたアイビスの顔が上がった。戸惑い表情がそこには浮かんでいる。
 微笑みを返す。意図した笑みではなかった。自然と口元が綻んだのだ。
 『今』会えてよかった。本当にそう思える。
 今ならまだいつもの私のままでいられる。でも二時間後三時間後は分からない。
 次の放送を迎えたとき、いつもの自分でいられるという保証はどこにもなかった。
 瞼を閉じ、ブレンの内壁に触れる両の手に神経を集中させる。
 ほんのりと暖かい。気持ちを落ち着かせ、心を穏やかにさせる暖かさだ。
 大丈夫。今の私はいつもの私だ。

「ラキ」

 呼ばれて、もう一度アイビスに視線を戻した。そこには戸惑いの色はもうない。
 あるのは一つの決意だけ、それが言葉となって飛んで来る。

「ジョシュアの弔い合戦だ。あいつを、ギンガナムを倒すよ!」

 あいつにジョシュアは殺されたのか、と思った次の瞬間、ジョシュアはそれを望むのだろうか、とふと疑問が頭をもたげた。
 あの時、ジョシュアはギンガナムの名を出すことはしなかったのだ。

「二人で楽しくやってるところ悪いがな。そろそろ奴さん仕掛けてきそうだぜ」

 どちらにしても戦わないわけにはいかないだろう。二体のブレンはともかく、クルツのラーズアングリフは損傷が大きそうだ。逃げ切れるとはとても思えない。
 思いなおし、ラキはギンガナムを睨みつける。
 それにジョシュアがどう思おうと、仇は仇なのだ。ジョシュアを殺した者が生きている。それはやはり納得がいかない。許せないのだ。逃げるという選択肢は今はない。

「ああ、ジョシュアの仇討ちだ!!」

 ◆

 素早く、それでいて非常に巧緻に長けた剣閃が迫って来る。受け止め、受け流す。数合切り結ぶ。そして引き際に小さく、それでいて鋭く剣を振るった。空を斬る感触に臍を噛む。
 再び距離を開けての対峙。長く細い息を吐く。
 手ごわい。少なくとも刃物の扱いに関してはギンガナムを上回り、自身と拮抗していると言っていい。さらに、その妙を得た動きには目を見張るものもある。
 黒い機体の後方のただ一点だけを睨みつけ、剣を構える。ギンガナムと他の二機が戦闘を繰り広げている場所だった。そこだけを見ている。目的は一つ。
 この黒い機体を避わし、その場へ急行する。
 然る後、ギンガナムにこの機体の相手をさせ、他の二人を説き伏せる。それが最善手。
 下手にここで戦闘を繰り広げても意味はない。まして、ラプラスコンピューターが破損するようなことがあれば、それは致命的だ。それだけは避けねばならない。
 その上で、ギンガナムとあの二人の溝が修復不能になる前に舞い戻らなければならなかった。それが課せられた課題なのだ。

「難儀な話だな……」
「あん? 何がだ?」
「いや、なんでもない」

 黒い機体の膂力はギンガナムの機体とほぼ互角。速力と大きさもだ。外見的にも幾らか似通っている。恐らくはこれもガンダムと呼称される機体なのだろう。
 力では相手、素早さでは自分ということになる。
 全く肝心なときにいない男だ。このような相手こそギンガナムにうってつけであり、黒歴史とやらの知識も役立つというものだというのに。
 それを生かすには目の前の男を突破する他ない。
 隙は見えない。それでも突破せねばならない。それも速やかに、被害なくだ。心気を澄ませる。掌に刃の重さを感じ、そして、ブンドルは一陣の風となって駆けた。

「悪いが押し通らせて頂く」
「させねぇよ」



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