130話F「Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―」
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飛び退き、距離を取ったネリー・ブレンが瓦礫の海に足をつける。息を弾ませ、体を覆う疲労感にラキは顔を歪ませた。白い肌には赤み指し、紅潮している。
虚を衝いたはずの視覚外からの攻撃にも対応してみせる油断のなさ。加えて、奴の言をそのまま信じるのならば、あの闘争心がそのまま反映されるシステム。
つくづく厄介だというのが、率直な感想だった。
そう考えて、ふと自分らも似たようなものか、という思いを抱いた。アンチボディはオーガニックエナジーを糧に動く。そこには人の放つものも含まれているのだ。
ならば、自分やアイビスの感情もまたブレンに力を与えているのだろう。そう思った。疲労感を押し隠し、気を張りなおす。
(ブレン、すまない。大丈夫か?)
(……)
(よし)
心を落ち着け、ブレンに声をかけると立ち上がらせる。その姿を前にギンガナムから通信が飛んできた。
「ほう。まだ戦う意志を失わぬか……見上げた根性と誉めてやろう。どうだ? ギンガナム隊に入らぬか?」
「悪いがお断りだな」
「ならば死に物狂いで戦うことだな。それにここで小生を倒せばジョシュアとやらの魂も救われるかも知れぬしなぁっ!!」
「ジョシュアはそれを望まない。人には戦いなど必要ないんだ」
本心だった。ジョシュアの弔いの為と思い定めて戦いはしても、どこか違うという思いは常について回っている。
不意にギンガナムが動く。早い。咄嗟に拳をブレンバーで受け止める。
「それは違うな。人は己の内に闘争本能を飼っている。
それを解き放つために戦いは必要なのだ! その為にこのような場が用意されている!!」
「本能の赴くままに戦い続ける姿のどこに人間らしさがある!」
言葉を返し、弾き、距離を取る。早いがついて行けないと言う程ではない。
揺れ動き、翻弄させるような動きを取りながら、ギンガナムが言葉を吐く。その口調には自身を正しいと信じて止まない傲慢さが込められていた。
「ならば聞く! 水槽の中で飼われている魚のような生のどこに人間らしさがある!!」
「どういう意味だ」
「外敵もなく、餌も十分に与えられ、安全で平和な住みやすい環境。それを世界の全てだと思い込んでいる。まるで飼われた魚の様ではないか。
だがなぁ、人間はそのような環境に息苦しさを覚える。だからこそ、ディアナは地上へ帰ることを望んだ。
だからこそ、このギム=ギンガナムは戦い、戦乱をもたらすのだ。人として生きる為になぁっ!!」
突如動きが変わり、強烈な一撃がラキを襲う。それをブレンバーで受け流し、攻撃に転じながらラキは反論を返す。
ギンガナムの言を受け入れることはジョシュアの、人として生きようとした自分の生き様を否定することだ。それは、死んでも受け入れることはできない。
「それは違う。確かに人は生きるために戦うことがある。憎しみにまみれて道を見失う者もいる。
だけど、それだけが人じゃない。それを私はジョシュアから、人から学んだ」
「だが、貴様は戦っているぞ!!」
受けたギンガナムが言う。シャイニングガンダムとネリー・ブレンの双眸が、ギンガナムとラキの眼光がぶつかり火花が散った。
巨大な重圧を伴ってギンガナムは圧し掛かってくる。そのギンガナムの言葉には迷いがない。だからこそ強く、なによりも危険なのだ。気を抜くと押し切られそうになる。
「そうだ。私は戦っている。私はメリオルエッセ……負の感情を集めるだけの働き蜂。所詮、人にはなれない。だから――」
唇を噛み締めて言う。渾身の力で押し返し、再び距離を取ったところで泣き出しそうになり、思わず言葉を区切った。
人にはなれない。それはある意味では分かっていたことだ。いくら憧れ、恋焦がれようとも、蛾に生まれついた者が蝶になることは適わない。
同じだ。私もメリオルエッセに生まれついたからには、人になることなど適わないのだ。
分かっていた。分かっていたが、どこかでそれを受け入れてない自分がいたことは、確かだった。
それなのに、今自分の言葉で肯定し、受け入れてしまった。それがどうしようもなく悲しい。
でも、それよりも受け入れ難いことが存在する。だからこそ泣き出したい思いで受け入れた。
人は私とは違う。私の周りにいた人は、負の感情を集めるためだけに作られた私に、それだけが人ではないと教えてくれた。
そんな人間が、憧れ恋焦がれた人間が、戦いを自ら望むような者であって良いはずがない。
私の傍にいた人が与えてくれたぬくもりは、そんな人からは決して得られないものだ。そう信じたい。
「だからこそ、貴様は私の手で止めてみせる!!」
「それは結構。だが、できるのか? このギム=ギンガナムをぉ!!」
切り結び、跳び、かわし、攻め、守る。目まぐるしく入れ替わる攻防ではあったが、バイタルジャンプを縦横無尽に駆使して、ギンガナムの動きをようやく幾らか上回れるという状態だった。
初手を合わせたときから比べ、ギンガナムの気力は満ち溢れている。それに伴ってシャイニングガンダムの基礎能力が桁外れに上がっていた。
動きが殆んど互角でも、力では圧倒されている。単機ならまだ渡り合えるという自負があったが、交戦能力を失った味方を二機も抱えていた。それは決定的に不利な要素なのだ。
それでも方法はあった。死ぬ気になればやることができるただ一つの方法が。
(……)
(ブレン、落ち着け。仇は私が討たせてやる。それと私に遠慮はするな)
(……)
(恍けるな。お前が私を気遣ってくれているのは分かっている。でも、それじゃ駄目なんだ)
分かっていたことだ。ネリー・ブレンが自分を気遣い、自分の周辺に集まり渦巻いている負の感情のオーガニックエナジーを主として動いていたことは。
それはラキの負担を減らすためだろう。それに造られた生命であるラキのオーガニックエナジーは、自然の生命に比べると驚くほど希薄で弱いのだ。だがそれでも――
(……)
(いいさ。ここで全て吸い尽くしていけ)
(……)
(すまないな。ありがとう)
ブレンの説得を終え、しかし、息をつく暇もない。攻防は続いているのだ。
視界の端でギンガナムを捉えつつ、隙を見て通信をヒメ・ブレンへと試みる。
頭部を失ったヒメ・ブレン相手に通信が繋がるか不安はあったが、程なくそれが要らぬ心配だったということが証明された。通信は繋がった。
「アイビス……無事か?」
「うん。私は大丈夫。でもブレンが……ブレンが私のせいで……」
ギンガナムの攻撃を受けるその一方で盗み見たアイビスの表情は暗く沈んでいる。
アンチボディは半分機械半分生物という特殊な存在だ。頭部を失うということは死を意味している。
それを自分のせいだと思い込み、責任と重荷を背負い込んでいるといった感じだった。その姿に一瞬頬を緩ませる。
やはり人間は優しく暖かいのだ。ブレンはきっとそんな人の優しさに魅かれたからこそ、人を必要とする体に生まれたのだろう。そう思った。
その一方で、無理だろうなとは思いつつ慰めの言葉をかける。
「気にするな。お前は精一杯やった。だれもお前を責めやしない。お前のブレンもきっとお前を恨んでやしない。
そして、これから起こる事もお前のせいではない。だから、気に病まないでくれ……そうなると、私は悲しい」
「えっ?」
伏せていた顔が上がるのを目の端が捉えた。バルカンを二発三発とかわしつつラキは言う。
「……私のブレンを頼む。こうみえても寂しがりやなんだ。きっとお前の力になってくれる」
「ラキ、あんた……」
「ジョシュアが最後に守った者を私も守れる。それだけで十分だ」
「違う。違うよ……ラキ」
顔を左右にふるふると振るわせるアイビスを無視して、言葉を続ける。
自分の声が湿り気を帯びていくのに辟易しながらも、どうすることも出来ない。
「アイビス、会えてよかった」
「ラキ、ジョシュアが本当に守りたかったのは私じゃない! あんたなんだ!!
だから、だから一緒に生き延びよう……二人で生き延びる道もきっと見つかるからっ!!!」
耳に飛び込んできた声にハッと目を見開き、俯いた。出来ることならそうしたかった。でも目の前の現状はそれを許すほど甘くはない。
だから、ラキは一度だけギンガナムから視線を外し、アイビスを見て声を掛ける。努めて明るく、精一杯の笑顔で。
「本当はもっと落ち着いて話がしたかった。でも時間がない。アイビス、お別れだ」
「ラキ!!」
「盛り上がってるとこ悪いがな。お前らは死なねぇよ」
「「クルツ!!」」
突然割って入った声にラキとアイビス――二人から驚きの声が上がった。そんな二人に構うことなくクルツは飄々と言葉を繋げる。
「ラキ、お前がろくでもないことを考えてるのは分かってる。でも悪いな。こいつは俺が貰う。お前はアイビスと行け」
「何、無茶なことを言っている。その半壊した機体でこいつを押さえられるはずがないだろう」
「無理だよ、クルツ。あんた一人ならまだ逃げられる。機体が動くのなら逃げて」
「うるせぇっ!!! うるせぇよ……行きたいんだろ? 本当はそいつと行きたいんだろうが!!!」
「それは……」
言い澱み、覚悟が揺らぐ。
諦めたはずの先を突きつけられ、そこにいる自分を連想してしまい、生きたいという衝動が膨らむ。思わずクルツの言葉に縋りつきたくなり、浅ましいと自分で一喝する。
そんな心の機微を見通してか、クルツは言葉を畳み掛けてきた。
「行けよ。とっとと行っちまぇ! いいか? 勘違いするんじゃねぇぞ。俺はお前の代わりにこいつの相手するんじゃねぇ。誰かの代わりなんて真っ平ごめんだ。
俺は俺が好きでこいつの相手をするんだ。こいつは俺の我侭なんだよ。あいつと一緒に行くのはお前の我侭だ。だったら、我を張れよ。押し通せ。
会ったときからお前は我侭尽くしだったんだ。いまさら変に遠慮なんてしてんじゃねぇっ!!」
「しかし、お前は……」
「俺は俺の我を通してここに残る。お前はお前の我を通してあいつと行く。それで全部まとめてオールO.K。円満解決。大団円だ。違うか? 違わねぇだろ。
分かったか? 分かったら、さっさと行っちまえよ。お前らがいると邪魔なんだよ。気になっちまって、切り札が切れねぇ」
「ならばそのカード、小生が切りやすくしてやろおっ!!」
「ッ!!」
クルツに気を取られすぎていた。気がつけばギンガナムが間近に迫っていたのだ。
近いっ! 近過ぎる。回避も何も、全てが間に合わない。直撃? 当たるのか? くらうのか? くらえば――
豪腕を目前にぞっと全身が怖気立ち、肝が冷えた。思わず目を閉じ、首を竦める。身を固く小さくして来るべき衝撃に備える。
しかし、その瞬間はついぞ訪れなかった。変わりに怒声が飛んで来る。
「何やってんだ! 早く行け!! ちんたらしてんじゃねぇ! 今すぐ走れ!!」
恐る恐る開けた視界に、いつの間に忍び寄ってきたのか、ギンガナムに背後から組み付くラーズアングリフの姿が映しだされる。
「ク……ルツ?」
「さぁ行け! 行くんだ! 行って、俺の代わりに二人であの化け物に一発かましてこい……頼んだぞ」
目が合い、気圧された。その目には一本の筋が通った、ぴんと背筋の伸びた胸に迫る何かがある。
それに抗おうと胎に力を込めたが、一度揺れた覚悟はそれを押し返すまでの強さを持ってはいなかった。
乾いた口が動く。何度か唾を飲み込み、何度も言葉を喉元で押し殺したその口は、しかし最後には辛うじて聞き取れる程度の声で喉を震わせた。
「……すまない。頼む」
「いいってことよ。任せろ」
陽気な、いつもと変わらぬ声が耳朶を打つ。悲壮さなど微塵も感じさせない、ちょっとした用事を引き受けるような、そんな声だった。
クルツとギンガナムに背を向け、ネリー・ブレンが跳ぶ。
決めた以上、戸惑ってはならない。速やかに動かなければクルツの覚悟に水をさすことになる。それが、似たような覚悟をほんの少し前まで決めていたラキには、痛いほど分かっていた。
ジャンプアウト。物言わぬヒメ・ブレンを抱え上げる。アイビスが文句を言ってきた。その気持ちも、やはり痛いほどに分かる。
だがそれに耳を貸すわけにはいかない。例え恨まれようと構わない、とラキはその場からの離脱を開始する。
普通に長距離のバイタルジャンプを行う余力は、もう残されていなかった。
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