140話「穴が空く」
◆7vhi1CrLM6
ベガと未確認機の接触から約十分。ユーゼスは基地の施設の中一人、探査機器に注ぐ目をそらした。
二つの光点はその動きを止めている。
それは悪くないことだ。
まだ確定とは言えないが、新しい手駒を現在の戦力を削ることなく得ることが出来た。そう思えば上々の出来と言える。
だが――
『黙』と黙り込み、わずかな逡巡を経たユーゼスの口元が笑う。
「だがしかし、何事かが起こって欲しかったのだろうな、私は……」
そこにもっともらしい理由を探すとすればAI1の教育、更なるの進化の可能性、といったものを付ける事は出来るのだろう。
最終的には、単機でアインストと渡り合える状態までメディウス・ロクスを持っていきたい、という欲も存在する。
しかし、違う。もっと根源的で、純粋で、単純なものだ。
それは少年達がカブト虫を闘わせたがるようなものだ。
百獣の王と密林の王者が出会えば、人はそこに何かを期待する。そういった類のものだ。
まぁ、いい。と踵を返そうとしてもう一度探査機器に視線を注ぎこんだ。
場はまだ張り詰めている。グラス一杯に注いだ水が表面張力だけで持っているようなものだ。
ここに一石を投じればどうなるのか。はたして均衡を保ちえるのか。
一石は何でもいい。例えばあの青年でも……。
密やかに笑い、メディウスを見上げる。AI1に行なわせている作業は二つ。
一つはベガの動向に対する観察。これは、探査機器が軒並み不調な状態を基地のデータとリンクさせることによってカバーし、行なっている。
そして、二つ目がアインスト細胞と未知のナノマシン、そしてゲッター線の解析だ。解析率はまちまちだが概ね良好。
最も進んでいるアインスト細胞は現状で約五割の結果を弾き出している。既に半分近くは解き明かされたのだ。
だが裏を返せば、まだ半分も未解明な部分が存在するとも言える。
そして、自らの手で分解を行なった半壊した首輪。こちらは損失された部分を含めても七割から八割程度の解析は終えている。
つまり玉を壊せばアインスト細胞は消失するという前提が正しければ、解析はほぼ終了しているといっていい。
そう結論付けたユーゼス=ゴッツォはその場を後に動き出す。
手駒の一つとしてここで賭けてみるのも面白い。一石として投じるのも悪くは無い。
どちらに転ぶにしても事は、愉快に進む。
◆
夜明けを待つ空はまだ暗く、夜気は未だそこここに満ちている。
その静寂を裂き、流竜馬が一人歩く。
迸る生気は余りにも猛々しく、際立っている。身を晒すことにいささかの躊躇もそこにはない。
悠然と草原の中、歩を進めてきた竜馬はそのど真中に陣取ると仁王立ち、敵機を見上げた。
目測で二、三十メートル上空。開け放たれたコックピットカバーの向うで、黄金の髪が棚引く。
仮面の女が見下ろしていた。
二つの視線が交わる。五秒十秒時が止まる。
「どうした? こっちは機体から降りてきてやったんだ。そっちは降りてこねぇのか?」
「今、降ります」
そう言うと女は実に流麗且つ軽やかに飛び降りた。
――馬鹿な、正気か?
思わず自分の目を疑ったその前で、全身のバネを柔らかく使い女が着地の衝撃を吸収する。ふわりと埃が舞い上がる
だがそれだけだ。派手な落下音など何処にもない。
ちょっとした段差。ほんの一メートル程の段差から飛び降りた程度の動きも無かった。
――なんてぇ足腰してやがる。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもねぇ」
二、三十メートルの落差から飛び降りたことを、気にも止めていない。
何食わない顔で、ごく普通のことのように思っている。
そのことが相手が普通ではないことを、突きつけていた。
――チッ、そう上手くはいかねぇってことか。
女一人を縊り殺す程度ならば、多少の疲労など問題にもならない。そう思っていた。
だが出て来たのは、それが通る相手ではなさそうだ。
チラリと赤い敵機を盗み見る。大した損傷の無い機体。欲しいのはこいつだ。
だが、聳え立つ大型機相手に素早く乗り込む手立ては、流竜馬にはない。ならば――
「ベガです。よければ情報の交換などしたいのだけれど、いいかしら?」
「流竜馬だ。あぁ、いいぜ」
差し出される右腕。
それを握り返すと女は微笑んだ。柔らかい、人を包み込むような優しい笑顔だ。
竜馬も笑い返す。獰猛な、身震いするような笑みだ。
竜馬が腕に力を込めてベガを引き寄せた。ベガの体勢が崩れる。竜馬の両腕が首筋を通り過ぎ、うなじの位置で巻きつく。
さらにベガが引き寄せられ、竜馬の胸板が眼前に迫る。
「えっ?」
虚を衝かれたベガはただ困惑するばかりで、事態を未だ正確に把握していない。
その隙をついて腹部に強烈な膝蹴りがめり込んだ。一瞬息が止まり、絶息したベガが咳き込む。
首相撲から見事な膝蹴り。ムエタイで言うところのティーカウである。
「悪いな。手前の機体、貰っていくぜ」
さらに二、三発。そして、最後に勢いをつけた膝蹴りが顔面にめり込む。
仮面が砕け散る。呻きを挙げたベガが倒れこむ。手ごたえは十分。骨を折った感触は膝に残っている。
これで暫くはまともな動きは取れないはずだ。身のこなしさえ封じてしまえば、警戒するものはなにもない。
後は確実に止めを刺し、物言わぬ肉塊に変えればいい。
右腕を伸ばす。無造作に、無遠慮に、荒々しく髪を掴み引き起こそうとした、そのときだった。
倒れまともに動くことは出来ないはずの人影が大きく跳ねた。
よける暇も無い。腹部を強烈な衝撃が襲い、蹴り飛ばされた。意識が歪む。
しかし、さすがにそのまま倒れこむような失態は犯さない。瞬時に体勢を立て直した。
距離が開く。
むくりと起き上がる人影。それが揺れて消える。
一瞬、動けなかった。馬鹿な、と思う。
いくら暗がりの中とはいえ、人間などそうそう見失うものではない。
が、驚愕に立ちすくんだのもほんの一瞬。頭よりも体が先に反応を起こす。反射的に右腕が頭を庇った。
ガードした右腕ごと頭蓋を持っていかれそうな重い衝撃。その蹴りの鋭さは尋常ではない。骨が軋み、肉が悲鳴をあげる。
そのままの体勢。空中でもう一撃喰らわそうと女の逆足が動く。
その一瞬、女の顔が苦痛に歪み動きが鈍った。蹴り足を掴み取る。振りかぶり大地に叩きつける。
そして、間髪入れずに頭蓋目掛けて踏み下ろした。
が、同時に足を駆られて転倒。飛び起きたのは同時だった。
上段回し蹴り。それを女は仰け反るようにかわし、そのまま後へくるくると回転して距離を取る。
鉄錆びのような味が口内に広がり、唾と同時に吐き捨てる。視線は相手から片時もそらさない。
遠目に見ても呼吸がおかしい。やはり骨は折れているのだろう。
だが、およそ人間からは懸け離れた身のこなし。それはまだ残っている。
「聞きたい事があります」
「……なんだ?」
「金色の機体の名前は百式というのではないですか? パイロットはどうしました?」
「さぁな。しらねぇなぁ、そんなことは……だがあれを真っ二つにしたのは、この俺だ」
ベガが揺れている。本当に揺れているのは自分なのかもしれない。あるいは両方か。
頭部を狙ってきた鋭い蹴りは受けたものの、確実に脳を揺らしていた。
この相手を素手で倒そうと思えば骨の一本や二本ではすまない。そう思わざる得ない。
最悪、殴り合いの末に相打ちもありえる。そう覚悟させるほどの相手だった。
そして、それはよくない。だからといって今更殺り合わずに済むという状況でもない。
ちらりと背後の大雷凰を盗み見る。機体はまだ替えが利く。しかし、体は痛んだから取り替えるというわけにはいかない。
半歩機体ににじり寄る。
やりあうなら生身よりも機体でだ。そして乗り込むなら大雷凰だった。
聳え立つ赤い大型機にあの女よりも素早く乗り込む手立ては、自分にはないのだ。
次の瞬間、竜馬が全速力で駆け出した。
同時にベガも動き始める。どちらが相手よりもどれだけ早く機体に乗り込むか、それが勝敗を左右していた。
◆
闇に靴音が響く。それでハッとした。
時間が分からない。
後ろ手に縛られたまま流れた時間。与えられた思考の時間。
それが短いようで長かったのか。それとも長いようで実は短かったのか。
孤独な夜は時間間隔を奪い去っていた。
「ではバーナード=ワイズマン……いや、親しみを込めてこう呼んだほうがいいかな?
バーニィ、時間は十分に与えた。君の返答を聞かせてもらおうか」
親しみを込めて? 腹の底で唾棄する。
抑揚のない、感情の一切が篭らない声。人間扱いされていないことは嫌でも感じ取れる。
『あんたが興味あるのは自分のこと。ただそれだけだ』そう、罵ってやりたかった。
だが、それが出来る状況でないことは分かっている。
今は立場が弱い、何も言うことが出来ない。強い者には従うだけ、そんな自分が惨めに思えてきて、情けなくなる。
だが、今はどうすることも出来ない。
それでも素直に従うことには抵抗があった。だから口を開く。
「答える前に根拠が欲しい」
「根拠……何のかね?」
「あんたに協力すれば生きて帰れる。そう思えるだけの根拠だ」
不機嫌を買うことを怖れながらも、どうとでもなれという気持ちがあった。だから言葉を重ねる。
「あんたの言っていることが丸っきりの嘘だとは思っていない。
だけど、あんたに従っていれば簡単に生きて帰れる、そう言われて簡単に納得できるほど俺は子供じゃない。
だから根拠が欲しい。このままだと俺は、あんたの言葉にYESと口だけで答えて、あんたを裏切るぞ」
「この状況で私を脅すか……見かけに似合わず勇敢な男だ。
だがそんなことを言ってもいいのか? 君の命は私の手に握られているのだぞ」
その通りだった。現時点で命を握られているのは疑いようのない事実なのだ。
それを引き合いに出されれば、従わざる得ない。所詮、自分はその程度の小さな人間だ。
突きつけたのは、ユーゼスの側からすれば無視をしても一向に構わない条件なのである。
だが、このまま唯々諾々と言われるがままに従うのは受け入れ難かった。
思考を止めればきっと恐ろしいことが待っている。そういう気がしていた。
だからこれは賭けであり、抵抗だ。小心者の自分に今出来る精一杯の抵抗だ。
それこのまま終わらせたくはなかった。
無言を答えにして返す。視線を逸らすなと自分に言い聞かせる。体が震えだそうとするのを必死に堪えていた。
そのまま五分十分と睨み合いが続く。ふっと仮面の奥底に潜む目が笑った気がした。
その気配の禍々しさに思わず背筋がゾッとする。取り返しのつかない提案をしたんじゃないのか、そんな気さえした。
「まぁ、いいだろう。ここに二つ、君とって有益な情報の入った封筒がある。
見せてやろう。ただし一つだけだ。好きなほうを選ぶがいい」
そう言って掲げられた二つの封筒には表題が振ってあった。
一つには『首輪』と。もう一つには『脱出』と。
選択肢の存在に驚き、どちらを取るか迷い、そして手の平で踊らされていることに気づいた。
どちらを選んでもいいという事は、両方に本物の情報が記されていること。
それを一つは見せ、もう一つは見せないことによって手綱を掴む。
見た情報が有益ならば従わざる得なくなるのは、自明の理だ。何も知らないままよりも身動きは取り辛くなる。
ユーゼスが「どうした? 必要ないのであれば……」そう言って、封筒を持つ手に力が込もる。
音を立てて破り割かれようとしたその瞬間――
「脱出だッ!!」
叫んでいた。ピタリと手が止まり、男が満足気に目を細めた気がした。
「ならば受け取るがいい」
そう言って差し出された封筒には『首輪』と書かれている。
「は?」
「何を驚いている? 誰がわざわざ欲しがるほうなどくれてなどやるものか」
「…………」
ひでぇ……なんて嫌な奴なんだ。心底そう思う。
目の前に首輪の封筒が投げ出され、それに手を伸ばそうとして……伸ばそうとして……。
「解析率は七割から八割。その図面を記しておいた。ただし、それが役に立つのはまだ……どうした?」
「な、縄は」
「それを私が許すと思うのか?」
視界に映るのは、見下ろすユーゼスの顔。その向うにある天井に折り重なる鉄骨。
それのそのまた向うに、巨大な何かが高速で突っ込んでくるのが見えた。
耳を劈くような轟音、そして激震。咄嗟に丸めた身に、剥がれ落ちたモルタルや金色の金属片が降り注ぐ。
数秒かけて轟音は小さな反響音に変わり、揺れはおさまった。天井を見上げる。
ぐにゃりと拉げた鉄骨、ひび割れ欠けて崩れたコンクリート、その奥に一目で異物と分かる塊があった。
目測で直径四メートル程のそれは、鉄骨に引掛かり、辛うじて落下を免れている。
何か小さな光を見事な金色が反射させている。断線したケーブルでも爆ぜているのだろうか、そう思った。
そして、頭の中で歯車が一つ噛合う。
――ここは何処だ?
視線を目の前で駆動音を立てている機械に走らせる。
――そう。ここは発電施設だ。
「ベガめ。しくじったか……いや、それにしては……」
目の前でユーゼスが何か呟いていたが、そんなものは耳に入らなかった。
基地のエネルギーを一手に引き受ける発電施設。当然、その為の供給ラインはここからスタートする。
発電機かエネルギー供給ラインのメイン。そのどちらかに火の粉が飛べば――
背筋がゾッとして、天井を凝視する。
大きく、小さく瞬く光。それが一際大きく爆ぜるのが見えた。
「伏せろッ!!!」
短く、鋭く叫んだ声は、爆音に掻き消される。
降り注いでくる大量の瓦礫。それが視界一杯に広がっていた。
◇
天井の底が抜け、瓦礫と化した様々なものが降り注ぐ。黒煙を上げて基地の一角が崩壊を続けていた。
しかし、元来が機動兵器での戦闘を前提とした基地。その最重要施設の一つである発電施設である。
そう簡単に全てが崩れ去るような設計は施されていない。
崩れるべきものが崩れ去ると、建物の崩壊は意外と短時間で終わりを告げた。
うずたかく積み重なる瓦礫の山。その前に立ち、ユーゼスは染み出してくる赤い血液を確認する。
「下敷きになったか……不運な男だ」
それ以上の感慨は湧いて来なかった。
確かに玉を砕く実験台に使いたいという気持ちはあった。便利な駒にも為りえたのかもしれない。
しかし、玉を砕くのは生きているときでなくとも構わず、駒は所詮駒でしかない。
だから、彼にとっては持ち駒が一枚減った、ただそれだけの出来事に過ぎないのである。
『脱出』の封筒を投げ捨てる。
中は空だ。何も入ってはいない。どちらを答えようとも『首輪』を渡すつもりだったのだ。
脱出の方策も考えている、そう思わせておいたほうが扱い易い。だが、それももう必要なくなった。
視線を上げ、天井を見上げる。
大きな穴が一つ、そしてまだ暗い空が見える。上階も被害を受けたのだろう。
視界の隅で目聡く機動兵器の欠片を見つける。
仮面の下の口元が人知れず笑った。
目の前の瓦礫を一瞥し、踵を返す。既に埋もれた人間などに興味はなく、その対象は乱入者へと映っている。
ユーゼスはベガに「極力施設には近づけさせないでもらいたい」と言った。にも関わらずこのような鉄塊が飛んでくる。
倒されたのか、逃げられたのか。だがどうやらこの鉄塊を打ち込んだ相手は、ベガの手に余る程の者らしい。
中々だ。中々の戦力だ。
力は強ければ強いほど、従えるのにも取り込むのにも都合がいい。
ならば自身が出向くことに何の迷いもない。
石を投げずともグラスの水は自然と零れ落ちた。後はどう動こうと自由である。
足が止まる。目の前には巨大な機動兵器。それをユーゼスは愛しげに見上げ乗り込む。
計器に埋め尽くされたコックピットに、ほの暗い明かりが灯る。
ラズムナニウムあるいはTEエンジンの制御の困難さから、本来ならば二人三脚での運用が行なわれるツェントル・プロジェクトの機体。
その立ち上げ作業をユーゼス・ゴッツォはただ一人でこなしていた。
「AI1、現状報告と状況分析を」
手を休めることなく呟く。同時に文字式の羅列が暗緑色のモニター一杯に表示された。
それを僅か一瞥しただけで頭の中に納める。
取り込んだゲッター線が異常なほどの活性化を見せていた。そしてそれが各所に影響を及ぼしている。
出力は上昇し、ラズムナニウムも活性化。解析状況ですら予想外の速度を見せている。
その解析データを万が一に備えて基地のメインコンピューターにバックアップ。そしてリンクを切り離すと、手を止めたユーゼスが笑った。
必要な作業は終了した。そして、解析からAI1が興味深い推測を出して来ている。後は――
「さぁ行こうか、AI1よ。更なる進化の為に」
◆
大雷凰に乗り込む竜馬。ローズセラヴィーに飛び乗るベガ。
二人が紡ぎ出す喧騒の狭間、一瞬の静寂が場を満たし駆動音が即座に打ち消した。
動き出す。ローズセラヴィーの稼動が一呼吸早い。
構え打ち出される閃光。
地に膝をついていた大雷凰が、横っ飛びに跳ねた。爆音が響き、その場が抉り飛ぶ。
一転、二転、三転。転がり続ける竜馬を全身から撃ち出される火線が追う。
一向にやむ気配のない銃声、集中豪雨のように降り注ぐ光の雨。圧倒的な火力は体勢を立て直す暇すら与えない。
「おい!」
そんな中、竜馬の声が叫ぶ。
「パイロットはまだ生きてるぜッ!!!」
「ッ!!」
真っ二つに切り裂かれた金色の機体。それが火線を潰すような形で、突然投げ出された。
咄嗟に射線が逸らされる。閃光が上方に飛び、一筋の閃光が夜空に立ち上った。
一息つく間もなくベガを戦慄が襲う。眼前に迫った黄金の機体、視界を塗り潰すそれに亀裂が奔る。
巨大なトマホーク。さらに二つに切り裂かれる黄金の機体。
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおおりゃッ!!!!」
咄嗟に身を捻ったローズセラヴィーの右腕が、肩口から跳ね上がった。
「くっ!!」
間髪入れずに至近距離から撃ち出す火線。トマホークを盾に跳び退く大雷凰。
火花が散る。弾幕が竜馬を捉えた。
金属音が響き渡り、欠ける。ゲッタートマホークの刃が欠けていく。
「チッ!!」
舌打ち一つ。自身の不利さを悟った竜馬が、トマホークを盾に強引に突撃を試みた。
距離が詰まる。500……300…200…100、突然トマホークが投げ飛ばされる。
半身に避けるローズセラヴィー。その顔面に蹴りがめり込む。
舞い散る破片。上体が仰け反りぐらりと揺れるローズセラヴィー。しかし、頭部は完全には破壊されない。蹴り砕くには少しばかり固すぎたのだ。
勢いが止まる。大雷凰の体重が蹴り足に乗る。刹那の一瞬に生じる硬直。
その瞬間、意識が明滅する中でベガは大雷凰の蹴り足を掴んだ。
そしてただ無造作に、ただ力任せに、渾身の力を込めて大地に叩きつける。轟音。舞い上がる大地の破片が柱を為す。
一呼吸。跳びかけた意識を呼び戻す。その間隙を衝いて新たな衝撃がベガを襲った。
金色の破片が宙に舞う。
たたらを踏むローズセラヴィー。
いつの間に拾ったのか、それを考える余裕は無い。
逃れた大雷凰が飛び退く。
着地。
同時に何かを豪快に投げ飛ばす。
視界の中で何かが煌めいた。
指先にビームを集約。
刃を形成。
同時にベガの優れた動体視力は、飛んでくる物体を捉えた。
コックピットブロック。
切り払うのは容易い。
しかし、そこにはまだ生きた人間が乗っている可能性がある。
どうすればいい? コンマ数秒以下の思考がそこに囚われた。
避けるしかない!
結論が下る。
回避行動。
跳び迫る破片。
その向うから、跳ぶ様に間合いを詰めて来る。
掻い潜るようにして避ける。
同時に刃を下から上へ。
二つの機体が交錯。
馳せ違う。
互いに紙一重。
刃と蹴りが間際を駆け抜けた。
視界の隅に捉えた敵機を追って、ローズセラヴィーが振り返る。
視界の中、着地した大雷凰がもう一直線に駆け出している。肝が冷えるのを感じた。
流竜馬は駆けている。こちらにではない。こちらに背を向けたまま突っ走っているのだ。
それは明らかに基地付近に突き刺さったトマホークを目指している。
慌てて追う。追いながら唇を噛み締めた。
基地が黒煙を上げている。
コックピットだ。かわすしかなかったコックピットが直線上にあった基地を襲った。黒煙の正体はそれとしか考えられない。
しかし、速い。追いつけない。距離が徐々に開いていく。焦りが体を支配していく。
Jカイザー。一瞬、それが頭に浮かび振り払った。
相手は基地へ向かっているのだ。背後から撃てば、護るべき基地をも巻き込んでしまうことになる。
それはJカイザーに限らず、射撃全般言える事でもある。
基地から立ち上る黒煙が、何よりもそれを象徴的に教えていた。
今はただ愚直に追い続ける。それしか出来ない。目の前で開き続けていく距離、それがまた焦燥感を募らせていっていた。
不意に一つの通信が入り、仮面の男が映し出される。
「私だ。その男の相手は私がする。君には被害が基地に及ばぬようにしてもらいたい」
「しかし、ゼストは……」
「そうも言ってられる状況ではないだろう。それにその傷だ」
「何故……」
「この私が分からないと思ったのか? 声がおかしい。骨を何本か痛めているのだろう、違うか?」
押し隠していたはずの怪我を言い当てられて、言葉に詰まる。
事実だった。入れられた膝蹴りであばら骨が何本か折れているのだ。
激しく動き回れば臓器を痛める結果にもなりかねない。それは分かっていた。
「君にはまだ仕事が残っている。ここで倒れられては私も困るのだよ」
しかし、本当に死んで困る存在は自分ではなくユーゼスのほうではないか。そう思った。
思ったが、ユーゼスに取り合う気はなさそうだった。
「確認します。ユーゼス、あなたはあの機体に勝てるのですね?」
「無論だ。この私が勝算の無い戦いをするとでも?」
「……了解。基地の守りに入ります。ですが、あなたの生存が最優先です」
「いいだろう。重点的に護るべき箇所は送っておく」
そこで通信は途切れた。
ユーゼスの旗色が悪くなれば基地を見捨ててでも割り込む、このときはそのつもりだった。
◇
滑走路を駆け抜けた大雷凰。その左腕が伸びる。
瓦解した建物に頭を埋めるようにして、突き立つトマホーク。その柄を掴んだ。
同時に足場を踏みしめ付いた勢いを削ぐ。
視線は追いすがる大型機に。踏み抜いたアスファルトの破片が舞い上がり、巻き込まれた建物の破片が舞い踊る。
二本の爪跡を残し、ようやく足場をしっかりと捉え構えた。
瞬間、両足に体重が乗る。全身のバネが縮み、力を蓄え、そして放出されるその一瞬。悪寒が竜馬の全身を圧し包んだ。
兆候は何もない。
赤い大型機はまだ遠く。基地にも異変は見当たらない。だがそれでも竜馬の直感は危険を察知した。
咄嗟の回避。前に進むはずだった力を横へ。
強引な行動に体勢は崩れ、半ば転がるようになりながらも跳び退く。
しかし、それは正しかった。
数瞬前までいた場所。もし前進していたならば、そこにいたであろう所。それらをまとめて呑み込む極太の粒子の束が駆け抜けた。
膨大な熱量に溶けたアスファルトが融解し泡立つ。地上から天空へ光の帯が奔る。
その光景が過ぎ去ったとき、眼前に大きく空いた穴から新たな機体が現れた。
「メディウスの慣らしに付き合ってもらおうか」
「チッ! もう一機いやがったか」
息を呑み汗が頬を伝って流れ落ちていく。
五十メートル級の大型機。損傷はどこにもなく戦力は未知数。一度退くべきか、そう考える暇は竜馬には与えられていなかった。
メディウス・ロクスが動く。演舞でも行なうが如く舞、その手足からくの字型の金属が打ち出された。
それが距離を取っていた竜馬を襲う。
弧を描くような軌道。かわしても戻ってくる。それを見極めトマホークで薙ぎ払う。
その間に距離が潰れる。既に手を伸ばせば触れられる距離。不意に激情が竜馬を支配した。
大雷凰の出力が跳ね上がる。
「なめんじゃねええええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」
ゲッタートマホークを振り下ろす。同時に突き上げられる拳。
金属同士が重音を奏でメディウスの右腕に生えた一対の牙と大斧が接触した。
「チィッ!!」
押し合う牙と大斧。
不意にメディウスが動く。
力を緩めて大斧を受け流すと左腕を振るう。そこにもまた一対の牙。
右腕のない大雷凰にこれを防ぐ術は無い。火花が散り、装甲板が一枚持っていかれる。
だが構うことなく懐に踏み込んだ竜馬はトマホークを手放し、肩で下から突き上げた。
当て身。
メディウスがふわりと浮かび上がり、次の瞬間痛烈な蹴りが叩き込まれる。メディウスの巨体が弾け飛ぶ。
追撃。背部と脚部のスラスター唸りを挙げ眩い閃光を放った。
一度開いた距離が瞬く間に潰れていく。その先に光が灯る。
「なるほどいい腕だ。だが……」
メディウス・ロクスの胸部に集約されていく光。それが強大な奔流となり撃ち出される。
眼前に迫り狂う粒子の荒波。
だが、構う事は無い。スラスターから漏れる光が大雷凰を呑み込み、一筋の閃光と化して不死鳥を形作る。
ぶつかり合った大雷凰とターミナスブレイザーがほんの一瞬だけせめぎ合い、不死鳥が突き抜けた。
「馬鹿なッ!? グオッ!!!!」
蹴り。ただの蹴り。呆れ返るほど真っ直ぐで前に突き進むほか一切を知らない蹴り。
しかし、大雷凰の全推進力を懸けた蹴りだ。メディウス・ロクスの装甲に亀裂が奔り――
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおおりゃッ!!!!」
とんでもない速度で弾け飛んだ。そして、稼動効率100%を超えた大雷凰が、それよりも遥かに素早く回り込む。
が、それで終わるほど敵も甘くは無い。
「出力上昇110……120……頭に乗るなっ! イグニション!!」
弾け飛ばされていくメディウス・ロクスから赤黒いオーラが立ち昇る。
そして、瞬時に体勢を立て直し、迫り狂う不死鳥を迎え撃った。
◇
ベガはその光景をただ見ていた。
赤黒い閃光と蒼白い不死鳥が死闘を演じるその光景をだ。
馳せ違う。
入れ替わる両者。
しかし、動きは止めずに共に空へ。
飛び交い。
幾度と無く交わり。
大気が震える。
眩い火花が散る。
時空が揺れる。
「何なのよ、これは」
割って入る余地など何処にも存在しない。
ローズセラヴィーと目の前の二機とでは、余りにも移動速度が違い過ぎた。
摩擦熱で機体が瓦解を始めるほどのスピード。
何も出来ない。苛立ちが拳を固くする。
突然、縺れる様に飛び交っていた両者が天と地に別れた。
遥かな高みに舞い上がる大雷凰。
地に足をつけ見上げるメディウス・ロクス。
大雷凰を取巻く光が色を変え、形を変え燃え盛る炎のような翼を成した。
刹那、大雷凰が一筋の雷の如く天からの突撃を開始する。
同時に地で迎え撃つメディウス・ロクスが赤黒いオーラを胸部に集約してゆく。
そして、その炎はいつしか色を失い漆黒の闇へと変貌すると巨大な引力を生じさせた。
「うをおおおぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
「堕ちろ! 地獄の業火の中へ!!」
天から衝き抜ける超速と引き寄せる強大な引力。疾い。音よりも、雷よりも、光よりもだ。
両者は激突し、渦を巻く巨大な火柱が天を焦がした。
◆
炎の渦の中、メディウス・ロクスの右腕が大雷凰を貫いていた。
その中でユーゼスは一人冷めた目をモニターに向けていた。映し出されている数字は上昇を続けている。
際どかった。予想外の抵抗。メディウス・ロクスの損傷も大きかったが、取り込んだ。
AI1が伝えてきた推測データ。それはこのパイロットとゲッター線の親和性だ。
理屈理論は分からない。
ユーゼスとAI1をもってしても全く理解の届かないところにこのエネルギーは位置している。
しかし、実測データを解析し、AI1がこのパイロットを必要と判断したのだ。
だが、失敗だ。
炉心のエネルギー値が異常な程の上昇を見せ続けている。活性化したラズムナニウムが大雷凰の動力をも取り込み始めている。
だがそれでも、失敗だ。
予測した値にまで達していない。期待したレベルには届いていない。
これまでこの世界の内外で溜め込んできたデータ。取り込んだゲッター線に大雷凰とそのパイロット。
これに手元にある未知のナノマシンとアインスト細胞を付け加えたとて、現状の値では無駄だろう。
「今はまだそのときではない、ということか……」
溜息と共にシートへその身を沈め、僅かな徒労感にその身を任せる。だがそれも一瞬、すぐに思考を切り替えた。
今、メディウス・ロクスの周囲で渦を巻くエネルギー。
偶発的に生じた一時的なものだが、その総量は現時点でのメディウスの限界値を大きく超えている。
これを無駄にする手は無い。
吸収し、修復用に当てるのもいいが、それよりも試してみたいことがあった。
ユーゼス=ゴッツォは、この空間の一つの可能性として『環』を思い浮かべている。
例えばここに四角い一枚の紙があるとする。
紙には東西南北が割り振られているとして、北と南、東と西を繋げればどうなるか?
球を為すのか? 立方体が出来上がるのか?
答えはどちらでもない。出来上がるのはリング状物体――『環』である。
ただし『環』の内径と外径の差が多少の問題を引き起こす。内側に皺が寄るのだ。あるいは折れ曲がる可能性もある。
その問題点。空間的な無理が集中した弱い部分が何処かに存在する。
場所はまだ分からない。だがその一点で次元境界線に干渉できれば、おそらく空間に穴が空く。
しかし、あくまでこれは推論だ。正しいという保証もなければ、不明なことも多い。
干渉にどれほどのエネルギーが必要か、本当に穴を開けられるのか、それすらも分かっていない。
だからここでそのサンプルを得るために――
「機体の修復が遅れようとも、試してみる価値はある」
ヘブン・アクセレレイション。赤黒いオーラを集約し、巨大な引力を持った漆黒の闇へと変貌させる技。
その要領で滞留し渦を巻くエネルギーの集約をメディウス・ロクスは行い始めた。
◆
巨大な火柱を吸い込み、黒い気流が渦を巻きながら球体を形作っていく。
その中心にゼストが姿を現した。
ユーゼスの無事を確認して、ほっと息を吐く。
しかし、ユーゼスは何をしているのか。それが解せない。
基地を守るためなら、火柱を球状の物体に変えた時点で用は済んだはずだった。
黒い球体の圧縮は進み、今も徐々にその大きさを変えていっている。既に直径二メートル程の大きさだ。
そこでハッとした。
あの巨大な、天を焦がす程の火柱がわずか直径二メートルの球体に、いやもう既に二メートルを切っている。
下手すればメテオキューブ並の高エネルギー体。強引な圧縮によるそれは、極めて不安定だ。
ゾッと背筋が冷えるのを感じた。
その瞬簡、バスケットボール程度の大きさにまで圧縮されたそれが、天高く打ち出される。
遥かな上空、天空の高みで空間が歪んだ。
歪んだのは空ではない、空間だ。その空間に穴が空く。
それほど大きくはない。直径にして約十メートル。
人はともかく機動兵器が潜り抜けられる大きさではないが、その向うに宇宙が見えた。
こことは異なる次元。知らない宇宙。
輝度が高い。浮かぶ天体は水晶のようなものが寄り集まり、氷の結晶を形作っている。
だが、穴の向う側に広がるのは紛れも無い宇宙空間だ。
そこに吸い込まれる。
空が、雲が、大気が、光が、闇が湾曲した空間ごとそこに引きずり込まれていく。
だが恐らく長くは続かない。そうベガは見ていた。穴が収縮に転じていたからだ。
しかし、空間の歪みは既にベガのところにまで出始めている。
何とかして耐えねばならない。
――でもどうやって?
空間ごと引きずり込まれているのだ。同一次元に存在するものを掴んでも意味はない。
「ユーゼス! ユーゼス!! 答えてください、ユーゼス!!!」
咄嗟の通信。しかし、返事は返らず、焦りがパニックを引き起こし呼び声が悲鳴に近くなっていく。
そして、折れた脇腹に激痛が奔り、咽て咳き込んだ。呼吸が荒い。真っ赤な血が口から滴り落ちる。
息を整えながら少し冷静になった頭を巡らせた。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
この現象を引き起こしたのはユーゼスだ。考えなしに行動するような人間ではない。意味あっての行動だ。
無意味に仲間を危険に晒すような人でもない。
ならば、自分に出来るのはユーゼスを信じることだけだ。そう思い定め、上空を見上げた。
そして、ベガは目撃する。穴の向こう側から飛び出し散っていく幾筋かの光を。
正確な数は分からない。視認出来たのも一瞬だ。
だが、ベガはそれを知っている。その光を知っている。あれは――
「あれは……データウェポン。何でこんなところに?」
ベガは知らない騎士凰牙がこの世界にあるということを。
ロジャー=スミスに与えられた伝説の黒いGEAR騎士凰牙。それは模造品ではない。
ベガの知る世界から集められたまごうことなき本物である。ではそのときにセーブされていたデータウェポンはどうなったのか?
答えは単純だ。契約者を失いアインスト空間に閉じ込められていたのである。
それが空いた穴に飛び込んできたのだが、そんなことはベガには知る由も無かった。
◇
「話にならんな」
穴の塞がった空を見上げ、ユーゼスは呟いた。
メディウス・ロクスのほぼ全エネルギーを圧縮と制御に回し、尚且つ穴を穿つのに必要なエネルギーを外部から持ってきたのだ。
そのエネルギー総量は、今のメディウス・ロクスが単機で為し得る限界を優に超えていた。
だが、それでようやく十メートル程度の穴が空いたに過ぎない。
しかもその規模を維持できたのは僅かに二分。その後、一分未満で穴は塞がった。
発生から消失まで合わせて三分未満。
例え不安定な場所を衝いたとしても、メディウス・ロクスが通過できるだけの穴は空けることすら出来ないだろう。
そして、AI1に回すものを除いた全エネルギーを消費した結果、行動不能のおまけ付きである。
しかし、ユーゼスは不適に笑う。
確かに現時点のメディウス・ロクスでは話しにならない。だがあくまで現時点でのことだ。
次に繋がるデータは手に入れることが出来た。
必要なエネルギー総量はほぼ把握したといっていい。ならば、後はそれを確保するだけである。
そしてそれは、メディウス・ロクスのエネルギーでなくてもいいのだ。
例えばカミーユ=ビダンの乗るVF-22に搭載されている反応弾。それ単発では足りないが足しにはなる。
補給に行ったのだからそれが手に入る可能性は高い。
もっともキョウスケ=ナンブが奴をどう扱ったのかは知らないが……。
「ベガ、私だ」
「ユーゼス、今の現象は一体?」
「説明は後でする。引き続き警備を頼む。ゼストは暫く使えないのでな。
中尉達が戻ったら二人のうちどちらかと交代して休め。
それと放送時には全員集まるようにな。いいな? 伝えたぞ」
「待ってください! 話は」
言葉途中で一方的に通信を切る。ほぼ同時にレーダーにVF-22を示す光点が灯る。噂をすれば何とやらだ。
だが、光は一つ。ファルケンの反応はそこにはない。
その理由を探りかけてユーゼスは考えるのを辞めた。探らずとも顔を会わせれば直ぐに分かる話だ。
それよりも思考が散漫になってきている。さすがに少し疲れたが見え始めたようだ。
放送までの残り十五分少々を休みに当てよう。場合によっては放送後に仮眠をとるのも悪くはない。
しかし、とコックピットシートに沈み込みながらユーゼスは思う。
「しかし、あの飛び散っていった光は一体……」
◆
バーナード=ワイズマンは、瓦礫の下で一人目を覚した。
血でも目に入ったのか視界が赤い。重い頭を揺すりながら前後の状況を思い出そうとして、天井の底が抜けたことを思い出す。
意識の覚醒に比例して体のあちこちが痛み始めてきた。中でも額が特に酷い。
「痛ッ!! こりゃひでぇ」
手を当ててみるとべったりと血が付着した。どうやら派手に切ったらしい。
思わず情けない声が漏れる。
だが他に大きな怪我は無い。額の傷にしても出血こそ派手だが傷自体はそう深くなさそうだった。
しかし、潰されずに済んだのは奇跡といってもいい有様である。
周囲を見回してみるとそれが良く分かる。バーニィは今二つの巨大な鉄骨の隙間に挟まっているのだ。
もっとも動けないというほど隙間が無いわけじゃない。後ろ手に縛られていた腕も今は自由。
頑張ればどうにか這い出すことは可能に思える。
グルリと周囲を見回すと、あの時ユーゼスに突き出された『首輪』の封筒を見つけて、懐にしまいこむ。
同時に抜け出すためのあたりも付けた。
彼は、そうして再び動き始める。まずは瓦礫の下から無事脱出するために。
◆
輝度の高い宇宙。水晶は寄り集まって氷の華のような天体を形作っている。
常とは違う宇宙に、また別の空間が存在していた。
それは『箱庭』、殺し合いの為だけに用意された一時的で不安定な空間。
その空間境界面の前でアルフィミィは一人首を傾げていた。
「おかしいですの……」
そうおかしい。おかしいのだ。
箱庭の空間に綻びが生じた気配があった。だが、それ自体はそう珍しいことではない。
元々長く保たせることを前提に作られた空間ではない。綻びが生じることもあれば、極稀に穴が空くこともある。
しかし、それはここではない。空間的な無理は一箇所に集めた。そのほうが管理しやすいからだ。
だからその周辺で生じたのなら話は分かる。でも、ここは――
「穴が空くはずのない場所でしたの」
破滅の王ペルフェクティオ、彼が姿を現す前触れというのならまだ分かる。
用意された小さな空間に呼び寄せ、崩壊していく空間ごと彼の者を取り込むことによってツンクーフトへの階段を登る。
それはあわよくばという程度であったが、目的の一つとして挙げられていた。
だが、その要素はグラキエースの死亡によって失われたはずである。今、この空間に彼が誘い出される確率はゼロにも等しい。
ならばなぜ? そういえば、電子の霊獣達の気配が消えている。あれらが空間に干渉するだけの力を備えていたのだろうか?
暫くして考えるのを辞めた。
自分に与えられた役は進行だ。空間の管理はアインスト・レジセイアに任されている。
そして、ノイ・レジセイアは何も言ってこない。つまり自分が関わるべき問題ではないのだ。
取るに足らない問題。そういうことなのだろう。だがそれでも疼く好奇の心は静まらない。
冷静な思考と疼く好奇心の板ばさみ。放送のときを前にして、蒼の少女アルフィミィは足をバタつかせて一人身悶えしていた。
「気になりますの。とてもとても気になりますの。とってもとぉ〜っても気になりますの」
【ユーゼス・ゴッツォ 搭乗機体:メディウス・ロクス(スーパーロボット大戦MX)
パイロット状態:若干の疲れ
機体状態:第二形態、損傷多数、EN残り5%、自己修復中、EN回復中
現在位置:G-6基地
第一行動方針:放送まで休憩
第二行動方針:AI1の育成
第三行動方針:首輪の解除
第四行動方針:サイバスターとの接触
第五行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:主催者の超技術を奪い、神への階段を上る
備考1:アインストに関する情報を手に入れました
備考2:首輪を手に入れました(DG細胞感染済み)
備考3:首輪の残骸を手に入れました(六割程度)】
【ベガ 搭乗機体:月のローズセラヴィー(冥王計画ゼオライマー)
パイロット状態:アバラを数本骨折、仮面なし
機体状態:頭部損壊、右腕切断
現在位置:G-6基地
第一行動方針:G-6基地の警護
第二行動方針:首輪の解析
第三行動方針:マサキの捜索
第四行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出
備考1:月の子は必要に迫られるまで使用しません
備考2:ユーゼスの機体を、『ゼスト』という名の見知らぬ機体だと思っています
備考3:ユーゼスのメモを持っています】
【カミーユ・ビダン 搭乗機体:VF-22S・SボーゲルU(マクロス7)
パイロット状況:良好
機体状況:良好、反応弾残弾なし
現在位置:G-6基地
第一行動方針:キョウスケの帰りを待つ
第二行動方針:マサキの捜索
第三行動方針:味方を集める
第四行動方針:20m前後の機体の二人組みを警戒
最終行動方針:ゲームからの脱出またはゲームの破壊
備考:ベガ、キョウスケに対してはある程度心を開きかけています】
【バーナード・ワイズマン(機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争)
搭乗機体:なし
パイロット状況:頭部から出血、その他打ち身多数
機体状況:なし
現在位置:G-6基地地下発電所の瓦礫の下
第一行動方針:とりあえず瓦礫の下から抜け出る
第二行動方針:動く機体を探す
最終行動方針:生き残る
備考1:首輪の玉が砕けました
備考2:ユーゼスが行なった首輪の解析結果を所持しています】
【流 竜馬 搭乗機体:大雷鳳(バンプレストオリジナル)
パイロット状態:吸収
機体状況:大破】
【メリクリウス(新機動戦記ガンダムW)
機体状況:良好
現在位置:G-6基地内部】
【残り23人】
【二日目5:55】
NEXT「第二回放送」
BACK「ハンドベノン」
一覧へ