156話B「争いをこえて」
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ロジャー=スミスが意外な物分りの良さを発揮し、情報交換が開始されてから十分弱。
主に両者の間を飛び交った情報は互いが確認している生存者のことだった。

シャギア=フロスト、オルバ=フロスト、兜甲児、宇都宮比瑪、フェステニア=ミューズ
ロジャー=スミス、ソシエ=ハイム、キラ=ヤマト、ガイ、ジョナサン=グレーン、伊佐未依衣子

結果、両者はこれだけの人間に加えてナデシコで眠る男性一名の情報を共有し、生存を確認した。
ナデシコ側で未把握の人間がガイのみであった以上、ロジャー側に益が多い結果となったと言える。
だが、それは結果論でしかないと自身を納得させた上で、オルバ=フロストの気を引いた情報が一つあった。

――キラ=ヤマトがプログラミングに長けている。

首輪の解除はここからの脱出を図る上で避けては通れない壁。それを成せるかもしれない力。
兄、シャギア=フロストも今首輪の解除に手を出そうとはしている。
彼は特別機械に詳しいわけでもなければ、電子工学・情報工学に長けているわけでもない。
ただ適材が見つからないがために手を出さざる得ないだけなのだ。
だが、解析の力を持つ彼らは首輪を所持してはいないという。キラ=ヤマトの技能と兄の持つ首輪にナデシコの設備。
手を組むだけの価値と理由は互いにあるとオルバは判断する。
その場合、最大の障害は――視線を脇に立つ少女へと向ける――この少女、フェステニア=ミューズ。
何を考えているのか先ほどから一言も言葉を発することなく、不安げに彼女は立ち竦んでいる。
無理もない。
ロジャーの話したキラ=ヤマト・ソシエ=ハイムの人物像と彼女の話は完璧に食い違う。
その上、今この場の同行者にすら信用していない、と既に断言された後。男性二人が相手では生身で暴れても勝ち目はなく八方手詰まりの状況。
崖っぷちまで追い詰められているのだ。ともすれば気が狂い出しそうな状態に違いない。
そして、今少し押してやれば崖から転落するのは目に見えている。
だが、少々の厄介事もあった。兜甲児と宇都宮比瑪の二人がテニアを信用しているのだ。
ナデシコの求心力として誂た彼らが、だ。
その彼らの知らないところでテニアを始末していくことも出来るが、それよりもいいのは彼らの目の前で自滅して貰う事。
その算段は、ロジャー=スミスと接触を得たことで立った。彼の提案通り先方と接触すれさえすればいいのだ。
そうすれば接触する前、あるいは接触した瞬間、必ずテニアは馬脚を現す。
それがもっとも自分ら兄弟が疑われることなく、ナデシコと技術者と首輪の全てを手に入れられる方法。
そして何よりも、どうにもならない状況に追い詰められていく彼女を見るのは、中々楽しそうに思えて密かに笑う。
そうしてそこまで考えを纏め上げたとき、じっとこちらを観察している視線に気づいた。
背筋に冷たいものを感じて気を引き締める。ロジャー=スミス、この男の前で油断は禁物だ。
甲児や比瑪ほどお人好しでもなければ、テニアほど世慣れしていないわけでもない。それだけに扱いづらい。

「そろそろ、返答を頂くとしようか」
「今、ここで、確たる返事を出すことは出来ない。僕らにも仲間がいるからね。だけど兄に伝えることは約束するよ。
 そして、僕自身はこの話に前向きであると思ってくれていい。それで接触の手筈は整っているんだろうね?」
「それで構わない。仲間の合意が取れたら次の放送前にE-3地区にあるクレーターを目指してくれ。
 そこにキラは来る。中央に人を埋めた跡――墓があるので、場所は行けば分かるだろう。
 それともう一つ。君たちだけでなく出来るだけ多くの人間をここに集めたい。出会った人間に広めていっては貰えないかな?」
「了解した。人集めに協力することを約束するよ」

その返事に肩の荷が一つ下りたとでも言うふうにロジャーが息をつく。
同時にテニアの纏う空気が更に重くなったように感じた。

「では、私はこれで行くとしよう」
「どう動くつもりだい、ネゴシエイター?
 僕らは他の生存者を探して今G-6基地に向かっている。良ければ同行しないか?」
「ありがたい申し出だが、私は私ですることがある。ガイに会ったら伝えてくれ、ロジャー=スミスが探していたと。
 それでは、失礼させてもらおう」

言うが早いか踵を返し、機体に向かって歩き始める。その黒い背中を見送ろうとしたその瞬間――

「何でよッ!!」

――テニアの叫びが空気を震わせた。
耐え切れずに溢れ出した。半ば自棄になった。そんな感じの声でテニアは言う。

「何で……何で何も言わないのよ! 会ったんでしょ? キラに、ソシエにッ!!」

ロジャー=スミスの背が立ち止まる。
確かにその通りだと思った。何故、ロジャー=スミスがテニアのことに触れないのか。
この男が気づいてないはずはない。意図的に話題を避けていたとしか思えない。でも何故?
それが不可解だった。
だが、今ここでテニアに崩れてもらっては都合が悪い。それはまだ先、今以上に神経を磨り減らした後、あの二人の目の前でないと困る。
だから、オルバは助け舟を出した。

「ロジャー=スミス、あの戦艦と接触した君が彼女に疑いを持つのは分かる。だが、それはあちらだけの言い分だ。
 それを鵜呑みにすることは出来ない。それに僕はナデシコ側の人間だ。一戦を交えた相手よりも彼女を信用している」

きょとんと丸くなった目がこちらを見ているのを感じる。本当にこの娘は騙し合いに向いていない。
背中を向けたままの男が『やれやれ』とでも言うように、溜息をつくのが分かった。

「一つ誤解があるようだが……私の立場はあくまで交渉人。君たちの側でもなければ、彼らの側でもない中立だ。
 君にどのような正当な理由があろうと、それを今ここで中立者である私に突きつけられても困る。
 どのような矛盾のない話しでも、それは当人にとって都合のいい事実でしかない。君だけでなく彼らの話も含めてだ。
 その真偽のほどは私には分からず依頼にも含まれていない。ならば、後は当事者同士で顔をつき合わせて答えを見つけて頂こう」

静かに言い切り再び歩き出そうとして「ただ――」と男が再び口を開いた。

「ただ、あの少年はこう言っていたよ。君にも何か仕方のない事情があったのかもしれない、とね。
 君が誤解を解きたいのであれば、彼のことを信じてみてもいいのではないかな。それでは約束の時刻に約束の場所でお待ちしている」

その言葉を最後に男は振り返ることなくその場を立ち去って行き、その背中を呆然とテニアは見送っていた。



【オルバ・フロスト搭乗機体:ディバリウム(第三次スーパーロボット大戦α)
 パイロット状態:良好、テニアを警戒
 機体状態:EN60%、各部に損傷
 現在位置:E-6
 第一行動方針:十分に痛めつけた上でのテニアの殺害
 第二行動方針:A級ジャンパーを見つける
 第三行動方針:比瑪と甲児を利用し、使える人材を集める
 第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除
 第五行動方針:首輪の解析
 最終行動指針:シャギアと共に生き延びる(自分たち以外はどうなろうと知った事ではない)
 備考:ガドルヴァイクランに合体可能(かなり恥ずかしい)、自分たちの交信能力は隠している。】

【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:本来の精神状態とはかけ離れているものの、感情的には安定
 機体状況:左腕喪失、マニピュレーターに血が微かについている、ガンポッドを装備
 現在位置:E-6
 第一行動方針:ナデシコの面々に取り入る
 第二行動方針:統夜との接触、利用の後殺害
 第三行動方針:参加者の殺害(自分に害をなす危険人物を優先)
 最終行動方針:優勝
 備考1:甲児・比瑪・シャギア・オルバ、いずれ殺す気です
 備考2:首輪を所持しています】



「お疲れ様」

コックピットのハッチを潜った途端に声を掛けられてロジャー=スミスは顔を上げた。
メインモニターに一人の少女の顔が映し出されている。

「いつからだ? いつから君は起きていた?」
「最初からよ。あなたがテニア達に通信を繋げたときからず〜っと起きてました」
「それで?」
「それでって?」

凰牙の起動シーケンスを踏みながら大きな溜息をつく。全身の力が抜けていくような気がした。

「何か私に言いたいことがあるのではないかね?」
「そうね。何で私を置いて行ったのか、とか。交渉の結果はどうだったの、とか。テニアの様子はどうだった、とか。一杯あるわね」
「だったら、何故私を一人で行かせて付いて来なかった?」

この先のやり取りを考えるとこめかみ付近が軽く痛くなってくるが、それも致し方なしと覚悟する。
そんな様子のロジャーに予想外の答えが返ってきた。

「何故かですって? あなたが一人で行こうとしたからよ」

胸を張って少女は言う。

「私より前からテニアと居たキラが、あなたに任せたのよ。と言ってもちょっとの差ですけどね。
 でもだから私もロジャー、あなたに任せてみることにしたのよ。
 そのあなたが私を置いていくと判断したのですから、大人しく待つことにしたんですからね」

ソシエは簡単に言い放ったが、そう簡単なことではないとロジャーは思う。
人に判断を丸投げするのも、それに従うのも確かに簡単だ。だが、任せたからには判断に口を挟まない、というのは簡単なようでいて中々に難しい。
自分の身にも関係していることである。普通はあれこれと口を出したくなるものだ。
ましてこの少女の性格を考えれば、きっと口出ししたくてウズウズしていたに違いない。
やや見直すつもりで少女を眺めた途端――

「でも、結果はしっかりと話してもらいますからね。それで不甲斐ないようであれば次からは私がやります。
 それと凰牙はもう少し揺らさないように。これじゃロランの運転のほうがマシだわ」

『さあ、話せ』と言わんばかりのこの気勢だ。苦笑いしか浮かんでこないロジャーであった。



【ロジャー・スミス 搭乗機体:騎士凰牙(GEAR戦士電童)
 パイロット状態:肋骨数か所骨折、全身に打撲多数 
 機体状態:左腕喪失、右の角喪失、右足にダメージ(タービン回転不可能)
       側面モニターにヒビ、EN70%
 現在位置:E-6
 第一行動方針:一先ずE-7市街地に赴きガイとナデシコの足取りを調べる(出来ればリリーナの首輪も回収する)
 第二行動方針:出来るだけ多くの人を次の放送までにE-3に集める
 第三行動方針:首輪解除に対して動き始める
 第四行動方針:ノイ・レジセイアの情報を集める
 最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイトに値しない相手は拳で解決、でも出来る限りは平和的に交渉)
 備考1:凰牙は通常の補給ポイントではEN回復不可能。EN回復はヴァルハラのハイパーデンドーデンチでのみ可能
 備考2:念のためハイパーデンドー電池四本(補給二回分)携帯】

【ソシエ・ハイム 搭乗機体:無し
 パイロット状況:右足を骨折
 機体状況:無し
 現在位置:E-6
 第一行動方針:ロジャーに同行する
 第二行動方針:出来るだけ多くの人を次の放送までにE-3に集める
 第三行動方針:新しい機体が欲しい
 最終行動方針:主催者を倒す
 備考1:右足は応急手当済み
 備考2:ギアコマンダー(白)とワイヤーフック内臓の腕時計型通信機を所持】

【二日目8:40】


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