160話A「すべて、撃ち貫くのみ」
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「あれは……キョウスケ中尉か。あの人は、今さら……!」

カミーユの見上げた空を、紅き隼が駆け抜ける。
ただ見上げるだけの自分をあざ笑うかのように、その軌跡はぶれることはない。
向かう先は異形の機体。
閃く砲火に我に返る。そうだ、呆けている場合じゃない。ベガを殺したあの男を……!
半壊した基地を走りだす。格納庫はさほど離れていない。
ユーゼスも、キョウスケも、クワトロのことも。すべては頭から抜け落ちる。あのふざけた理由で悪意をばら撒く男を、倒す。

「許さない……絶対に、許すものかッ! お前は、生きてちゃいけないんだ!」

やがて、半壊した格納庫へと辿り着く。粉塵で汚れこそすれ、VF-22Sは健在だった。
小型ということもあり、横のローズセラヴィーの影に隠れていたことが幸いしたのだろう。
その、ベガの乗機は―――右半身が丸々溶け消えていた。まるで、主の後を追うように……
また、怒りがこみ上げる。その熱を抑えないまま、カミーユはバルキリーへと乗り込む。
空でキョウスケが戦っている。だが、援護に行くのではない―――

「俺が、お前を討つ! バーナード・ワイズマンッ!」

咆哮とともに、蒼穹に向けて飛び立った。


          □


「バーナード・ワイズマン……敵の名前など、知るべきではないな」

ファルケンは目視で敵機を確認できる距離に入った。
先程の黒い機体ではないが、こちらもやはり特機。つくづく相性の悪いパイロットだと独りごちる。
眼下の基地はもはや廃墟と言う方が正しい有様だ。管制塔や倉庫など僅か残った施設がかろうじてここが先刻まで基地であったことを連想させる。
カミーユとベガ、そしてユーゼスがどうなったかはわからないが、今は敵機の制圧が最優先だ。

「その機体……またあんたか!」
「今度は見逃がさん。ここで貴様がしたことのツケを払ってもらう……!」

相変わらず全周波数帯に向けて発信される声に、だが呟きで返す。
ここに来てキョウスケに語ることはない。あるのはただ、この状況を招いたこの男、ユーゼス、そして己への怒り。
ミサイルの弾幕を張りつつフルスロットルで接近する。
敵機には見た限り銃器に類する武装はないが、特機を見た目で判断するのは愚策だ。
パターンTBS・シングルモード起動。動く前に仕留めると、一気に距離を詰める。

「く、来るなッ! 何か、何か武器は……!?」

狼狽に満ちた声が聞こえるが、容赦するつもりはない。
唯一の接近戦用の武装たるブーストハンマーは先の交戦で失った。オクスタン・ライフル、「槍」の名を冠するライフルを掲げる。
モードB、自分に合っている実弾での射撃を選択。
サイズの差は二倍以上だが、接近すれば狙いが甘くとも関係ない、とばかりに乱射する。

「うああああああああッ!」

だが完全な素人でもないらしい新兵は、腕を掲げて防いだ。と同時に敵機が発光、その腕にある爪が展開、赤熱した。
膨大なエネルギーを纏った爪は、ファルケンの装甲など容易く引き裂くだろう。
ファルケンは接近戦は不得手だというのに……つくづく分が悪い、と苦笑する。
テスラ・ドライブの出力を上げ、再度加速する。
倍以上の全長だ、接近しての小回りはこちらに分がある。唯一勝っている機動力で掻き回すしかない。
敵機が再度光を放つ。今度は全身の突起に熱が集まり、本体からパージ……射出された。
飛び来る6つの鋭刃。ファルケンは後退しつつスプリットミサイルを放ち迎撃する。

「チッ、あのサイズでは一発でも受ければ命取りか。どうする……!?」

ミサイルで撃墜しきれない刃は回避あるいは力場を纏わせた翼で斬り払った。詰めた距離は開き、敵機からは再び刃状のパーツが確認できた。
破壊できず回収された刃はともかく、どうやら自己再生機能まで備えているようだ。
これがアルトあるいはアルトの後継機なら刃の中に強引に突っ込むことも可能だが、射撃兵装がメインのファルケン、そして自分の技量では攻撃を避けつつ前進するのは難しい。
オクスタン・ライフルで敵機の装甲を抜くためにはやはり接近し、近距離から撃たねばならない。キョウスケの技量では遠距離からの狙撃はおそらく躱される。
だが敵機はキョウスケが接近しようとすると機体性能にまかせて強引に距離を開ける。
さすがに二度目の交戦だ、こちらの手の内は知られているらしい。射撃は不得手、接近されなければ致命打はない、と。

何度か接近を試みるも、さすがに易々と懐に飛び込むことはできなかった。
どうする、と手をあぐねている内、レーダーが新たな反応を捕らえる。眼下の基地からの反応だ。
見る間にその反応は接近してきた。どうやら戦闘機、向かう先は交戦中の特機だ。
二機を同時に視界に収めるべく移動しようとするも、その戦闘機は凄まじいスピードで突っ込んできた。
それはキョウスケの知っている機体だ。カミーユが乗っていたはずの可変戦闘機。
傍らを駆け抜けた戦闘機、特機はやはり敵と認識したか再び、刃……ブーメランを放った。
舞い踊るブーメランの中に、しかし戦闘機は減速せず飛び込んだ。
キョウスケなら後退を選ぶ場面、戦闘機はまるで軌道を読んでいたかのようにロールし、刃をすり抜けていく。
前面から迫る刃は機銃で迎撃し、囲まれれば脚部―――ガウォーク形態といったか―――を振り回し強引に軌道を変える。
瞬きをする間に戦闘機、いやバルキリーは敵機を至近距離に捕らえた。
人型へと変形し、ガンポッド、ミサイルを一斉発射するバルキリー。決まったか、とキョウスケが思った瞬間。

「イグニション! うわあああああああッ!」

特機の胸部に凄まじいエネルギーが集中する。閃光は巨大な火球となり、眼前のバルキリーへと放たれる。
バルキリーの攻撃を呑み込み、誘爆させ、火球は突き進む。寸でのところでバルキリーはファイターへ変形、一気に上昇して回避した。
回避された火球は減衰する様子も見せず地平線の彼方で炸裂した。その凄まじい熱量は、どれだけの出力で放たれたか想像もできないほどだ。
しかし臆した様子など微塵も見せず再び飛び込もうとするバルキリー、その鼻先をキョウスケが抑えた。

「バルキリー、応答しろ。こちらはキョウスケ・ナンブ。誰が乗っている?」

通信を送るも、返答がない。キョウスケは再度試みる。

「応答しろ、バルキリー。カミーユが乗っているのか?」
「うるさい……うるさい! 邪魔をしないで下さいよッ!」

ようやく返ってきた少年の声は怒りに満ちていて、基地で取り返しのつかないことが起こったのだと確信させた。

「あいつはベガさんを殺したんですよ! 帰る場所があった、待っている人がいた! なのに虫ケラのように踏みにじった! 許せない……許せるものかッ!」

それきり、通信は途切れた。ファルケンを跳ね飛ばさんばかりの勢いで躱し、敵機へと踊りかかっていく。
ベガが死んだ。後悔、そして怒り。だがそれよりもまずいな、とキョウスケは焦燥する。今のカミーユは冷静さを欠いている。
持前のセンスと技量、そして機体性能のおかげでなんとか被弾していないものの、地力で勝る敵手、いつか直撃を受けるだろう。
フォローしようにもカミーユの動きは直感的すぎてこちらでも掴めず、迂闊に飛び込めば同士討ちになりかねない。
これがエクセレンなら何も言わずとも合わせられるキョウスケだが、さすがに昨日今日会ったばかりのカミーユの呼吸はわからない。
援護すら難しいか……と歯噛みしていると、通信が入る。カミーユかと思ったがそうではない。基地の管制塔からだ。

「キョウスケ・ナンブ、聞こえるか? こちらはユーゼスだ。応答を願う」
「ユーゼス……生きていたか。貴様には聞きたいことが山ほどあるぞ」
「心得ているよ、だがそれはあの機体を無力化してからにしてくれ。いつまた地上を攻撃されるかわからん」
「言われずとも……何、無力化だと?」
「時間がないので詳しくは言えんが、あの機体には高度な人工知能が搭載されている。破壊されるわけにはいかんのだよ」

モニターの中でユーゼスは首輪を指で叩く。解析に必要、と言いたいのだろう。

「簡単に言ってくれるな。破壊ですら難しいぞ」
「君が一度下した相手だろう? 同じことをもう一度やってくれと言っているのさ」

抑揚のない声ではあるが、キョウスケには暗にお前の不手際だ、と言っているように思えた。

「……俺の責任であることは認めよう。だが貴様にもその一端はある。落とし前はつけてもらうぞ」
「構わんよ。私もできる限りの協力はする。しばし時間を稼げ。直に私も出る」

通信は途切れた。信用などできるはずもないが、それでも今はやつの手が必要だ。
時間を稼ぐ。不本意だが、意志の疎通のできていないカミーユとでは敵機の撃破は困難。仕方ないと無理やりに自分を納得させた。
カミーユは相変わらずブレーキが壊れた車のようにがむしゃらに攻撃を仕掛けている。
援護するには敵機だけでなくカミーユの動きも念頭に入れて動かねばならない。

「俺がフォローする側、か。エクセレン、お前の気持ちが少しだがわかった気がするよ」

突っ込み専門だったアルト、その隙をいつもカバーしてくれたヴァイス。
やってみれば難儀なことだ、と呟いて、キョウスケはファルケンを加速させていった。



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