160話B「すべて、撃ち貫くのみ」
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「始まったか」

基地を臨む森の中でも砲火の煌めきは確認できた。派手に撃ち合っているようで、五感の鈍ったアキトにも戦の匂いは感じ取れた。
あの寡黙な男は勝つだろうか? いずれ消すべきとは考えていても、もしここで彼が敗れれば今度は自分が危うくなる。
もし発見されれば薬を飲まざるを得ないだろう。それでもこの機体では、勝てる見込みは薄いように思えたが。

「万が一のこともある……離脱する準備はしておくか」

できるだけ長距離を移動できるようにブースターを調整する。小回りは効かずとも瞬発力ならこの機体は中々のものだ。
タイミングさえ誤らなければ撤退は可能。薬をいつでも服用できるよう、一錠をビンから出して懐へ入れる。
準備が終わり、改めて戦場へ目を向ける。紅い隼は接近に手間取っているようで、大型の敵機に近づいては離れてを繰り返している。
状況は不利……撤退を第一に考え始めた時。不意に暗号通信が入った。

「アルトアイゼンのパイロット、応答しろ。位置は把握している。1分以内に応答がなければ敵と判断し砲撃を開始する」

位置を掴まれていることよりも、ピンポイントでこのアルトに通信を送られたことに狼狽した。
発信源は基地、管制塔だった。
なるほど基地の目と言えるレーダーを統制する管制塔なら隠れていたアルトを発見できたのも頷ける。
だが何故この機体固有の周波数を知っているのか。

(いや、こいつは『アルトアイゼン』と言った。キョウスケ・ナンブと同じく、この機体を知っているものか……!)

以前にこの機体に乗っていたのなら固有周波数も知っていて当然だ。そして、アルトには砲撃に対応する装備がないことも。
この距離では当たることはそうないだろうが、存在を喧伝されるのはまずい。誰がどう見ても高機動機のファルケンより鈍重そうなアルトの方が狙いやすいだろう。
まず数を減らすとばかりに狙われてはかなわない。しぶしぶ、通信に応じる。

「こちらはアルトアイゼン、……テンカワ・アキトだ」

偽名を使うかとも考えたが、機体が変わっているのだ。もし知った顔に会ったとき、ガイの名前を名乗り続けていてはむしろ不審がられる。

「テンカワ・アキト……私はユーゼス・ゴッツォという者だ。いくつか聞きたいことがあるが、構わんかな?」
「俺はキョウスケ・ナンブに連れられてきた。戦う気はない」
「ふむ、中尉にか……よろしい、敵ではないと判断しよう。では何故中尉を援護しないのかね? こちらから確認する限り、アルトに大きな損傷は見受けられないが。
 ああ、先に言っておくが私は出られる機体がない。あの特機に全て破壊されたのでな、お前はどうだなどと聞いてくれるなよ」

敵ではないと言いつつも、声には微塵も友好的な成分は含まれていない。

「……問題があるのは、俺自身だ。身体に障害を持っている」

一方的に手札を晒すことに憤りを感じるが、主導権は相手にある。ここはやり過ごすしかない。

「障害……ね。その割にはその機体、戦闘を経験したかのような有様だな? 本当に戦えないのかね?」

と、声の調子が変わる。感情を感じさせない人形の声から、蛇のような陰湿な気配へと。

「それは、」
「私の考えはこうだ。君は『戦えない』のではなく『戦わない』。何故なら戦える時間あるいは機会に限りがあるから。
 そしてそれは後から補えるものでなく、故に自分が直接襲われるような事態でもなければ戦闘は極力控えたい。……違うかね?」

抗弁を遮られ、続けざまに放たれた言葉はまさに今のアキトの現状そのままだった。
なんとか否定しようとするも、口を開く前にまたも先手を打たれる。

「加えて言うならその機体、アルトアイゼン。実は私に支給された機体もそれでね。どうして君が乗っているのか、答えられるか?」
「同じ機体が支給されたのだろう。あれだけ参加者がいたのなら同一の機体があってもおかしくはない」
「なるほど、おかしくはないな。だがそれを言うには機体に問題があるぞ?
 一度乗った身から言わせてもらえばアルトアイゼンは決して使いやすい機体ではない。
 装甲と引き換えにした機動性、実弾のみで固められ、射出型のクレイモアやステークといった癖の強い兵装。突進力こそあるものの最悪と言ってもいいほどの機体バランス。
 たとえ首輪が操縦方法を示すとはいえ、そのような扱い辛い機体ばかりでは殺し合いなど促進しない。私が主催者なら二機も支給することは有り得んな」

即座に返ってきた声は確信に満ちていて。

「……そうそう、私はこの基地や市街地を探索したが放置されている機体や資材はなかった。
 また補給も行ったが、補給されるのは失った弾薬とエネルギー系のみ。
 損傷部位は補修されず、故にこの会場での修理は応急処置程度しか行えず欠落した部位はそのものが消滅した場合修復は不可能だ。私の機体でいえば左腕だな。
 だがそのアルトアイゼンにはさしたる損傷はなく、カラーリングも異なる。
 つまりその機体と私に支給された機体は別物? ……いいや違うな。その機体は間違いなく私に支給されたアルトアイゼンだ」

口を挟む暇などなかった。この男、僅かな情報から一気にこちらの核心へと迫ってくる。これ以上情報を与えるのはまずい。

「……矛盾しているぞ。修復が不可能ならば、何故この機体には左腕がある。この左腕こそが違う機体であることの証拠だろう」
「そう、証拠だ。私はその機体に乗っていた時、一度戦闘を行ってな。左腕以外にも損傷を受けた部位がある。
 君の機体、まったく同じ箇所にその損傷があるな。これはどう説明するつもりかね?」

あの少女、完璧には修復しなかったのか―――焦燥が漏れ出る。
突き付けられた言葉は刃のようだった。銃火を交えないまでも、これはたしかにこの男とアキトとの戦いだ。
迂闊なことは言えない。主催者と接触したことを知られてはならない、絶対に。
損傷とやらは気になるが、ここで大きな反応を返しては相手の思うつぼだ。

「……そんなものはどうとでも言える。貴様が言っていることがハッタリで、俺から情報を引き出そうとしているということもありえるだろう」

とはいえ、有効な返し方も思いつかない、なんとか煙に巻くしかない。
まさか主催者が修復してくれた、などという突拍子もない考えには至らないだろうと願って。
だが。

「その機体の本来のパイロット、君を連れてきたキョウスケ・ナンブだ。彼はあの主催者を一度撃破しているそうだ」
「……それがどうした」
「自らを葬った男とその乗機。何らかの思い入れがあってもおかしくはないな。特にあのアルフィミィとかいう小娘、キョウスケ・ナンブとは深い関わりがあるように見えた」
「だからそれが」

急に見当違いのことを言い出した男に困惑する。言葉を続けようとしたとき、凄まじい悪寒が全身を走り抜けた。

「戦えないパイロットと使えなくなった機体。そんな者がどうやって戦闘を切り抜けた? 簡単だ、誰かの助力があった。では誰だ?
 仲間、違うな。君の念は孤独なものだ。他者を拒み、孤独であろうとするものだ。なら考えられる可能性は一つ……」
 
一拍置いて。

「……貴様ッ! 主催者と接触し、機体を修復され、何らかの取引をした……そうだなッ!?」

語気も荒くに断言された。
……なんだこいつは。今さらながらにアキトは恐怖を覚えた。この男は危険だ。これ以上話すべきでは―――

「……っと、失礼。少し熱くなってしまったようだ……。とは言え、今の推論、間違ってはいないと思うがどうかね?」

唐突に重苦しいプレッシャーが消える。どうといわれても答えようはない。もし答えたら―――いや、あの少女は特に秘密にしろとは言わなかった。
今も首輪を通して聞いているだろうが、特に制止される様子もない。ばれても困らないということだろうか。
どう答えたものかと思案していると。

「……まあ、答えにくいものであろうな。私も少し急ぎ過ぎたようだ、この件は後で話すとして……本題に入ろう。
 私は上空で交戦中の特機を確保したい。キョウスケ・ナンブは腕は確かだが、機体性能に差がありすぎる。彼一人では困難だろう。
 一人でも多くの手が欲しいのだが……協力する気はないかね?」

先程とは打って変わった内容だった。後で、がいつかはわからないが、こいつは確実に殺さねばならない。今ここを離れるわけにはいかなくなった。

「……この機体では大した援護はできん」

もはや戦えることが前提となっているが、この男相手に隠し通すのは難しいと思えた。どのみち、生き残るのがまず最優先だ。敵機の排除に異論はない。

「それについては問題ない。ここにはアルトより強力な特機が一機ある。協力してくれるなら君に譲り渡そう」
「貴様、さっきは機体はないと」
「信用できないのはお互いさまということだ。むしろ厚意と思ってもらいたいな。その機体よりは優勝が狙いやすいはずだ」

優勝、と言った。どこまで見透かされているのか……

「……俺が優勝するつもりだと知った上で、誘っているのか」
「もちろんだとも。別に青臭い正義感で仲間になれと言っているわけではない。この場を切り抜ける最善手を打っているだけだ」

どうするか。この男はいずれ殺すにしろ、今この場にいるのは自分たちだけではない。
特機、そしてキョウスケ・ナンブが―――

―――キョウスケ・ナンブが戦っている。そうだ、今なら―――

ふと思いつく。この状況下なら。そしてこの男なら。

「……条件がある」
「なんだね?」
「キョウスケ・ナンブを殺す。それだけだ」

そう、これはチャンスだ。あの腕が立ち、油断しない男も戦闘中なら、それも味方からなら。……討つのは容易い。
普通ならキョウスケの仲間というこの男に言っても承諾などするはずがない、だが―――

「……いいだろう。特機を確保後であれば、キョウスケ・ナンブの殺害を許可する」

やはり、乗ってきた。この男には仲間意識などなく、あるのは徹底した合理性だ。

「随分、軽く決めるのだな。仲間なのだろう?」
「すでに聞くべきことは聞いた。腕は惜しいが飼い慣らせない狼など傍に置いておくメリットはない」

声には一切の感傷がない。本当に、必要ないから切り捨てる、それだけだというように。

「君がどうしてキョウスケ・ナンブを殺すのか興味はあるが……まあ後でおいおい聞くとしよう。この地点に来たまえ。君の機体が置いてある」

座標が転送され、通信が途切れた。
現在位置からさほど距離はない―――薬を飲めば、だが。歩くのもやっとというこの体で油断ならないユーゼスなる男の前に出向くのは危険……
躊躇なく、薬を噛み砕いた。身体を覆う倦怠感が掻き消える。
蒼いアルトが弾かれたように発進する。上空からでも確認できるだろうが……今のキョウスケにそんな余裕はないだろう。
もちろん、急ぐに越したことはない。目標地点が見えたところで身体を固定するハーネスを解き、いつでも降りられるようにする。
辿り着いた場所には、大型の特機があった。マントを纏う漆黒の体躯、鋭い刃を生やした腕、ピエロの仮面をつけた頭部。
たしかにアルトよりよほど強力なのは見て取れる。それにこの色、禍々しさ―――復讐者たる自分にはお似合いだ。
周辺にユーゼスはおらず、訝しりながらもアルトを降りた。
「ブラックゲッター」。操縦席に座ったとたん流れ込んできた情報はこの機体の名称を告げていた。
ゲッター線なるエネルギーで駆動し、インベーダーを駆逐するゲッターロボ、その一機。
だが首輪は同時に炉心の異常をも告げていた。動くことはできるが、炉心から直接エネルギーを供給するゲッタービームの使用は不可、と。
機体をチェックしていると、不意に通信が入った。

「どうかね、ブラックゲッターの乗り心地は? 接近戦用の特機だ、アルトに乗っていた君なら使いこなせるだろう」
「ふざけるな。この機体、炉心に異常がある。まともに動くのかすら怪しいものだ」
「何、使えないのはゲッタービームだけだ。格闘戦なら問題なくこなせる。その辺に武器も転がっているはずだ」

辺りを見回せば、そこには一振りの巨大な戦斧。アルトでは振り回せない大きさだが、この機体なら。

「一応、応急処置は済ませてある。突然機体が爆散するなどということはないから安心したまえ」
「……信用できるものか」
「それはそちらの自由だ。……さて、言っておくべきことがいくつかある。
 まずあの特機は破壊せず無力化すること。まあ自己修復機能もある、破壊するつもりで攻撃して構わんがな。コックピットを直接つぶしてくれれば助かる。
 次にあの戦闘機……確認できるか?」

ユーゼスの言葉で上空を見やる。たしかにそこには一機、青い戦闘機が飛んでいた。
自分に最初に支給されたYF-21によく似た機体だ。同型、あるいは後継機だろうか。

「確認した。あれは敵か?」
「いや、こちら側の人間だ。カミーユ・ビダンという少年が乗っている」
「……そうか、で?」
「それだけだ。何をしろと言うつもりはないよ」

殺しても構わない。言いたいことはそういうことだろう。

「……了解した。もういいか」
「いや、もう一つ。君は基地に保護したことにする。キョウスケ・ナンブは勘が鋭い、気付かれては面倒だ。
 ブラックゲッターには私が乗っていることにしておけ。通信は私に転送されるように細工しておいた。君は敵機の制圧に専念してくれ」

その意見には賛成だ。あの男は薬を飲んだ自分が戦えるということは知らない、ならそれも利用する。
了解、と返し通信を切る。キョウスケと別れて既に一時間近く近く経過している。あの男もさすがに消耗しているだろう。
薬を飲んでおよそ2分。残り28分で敵機の制圧、キョウスケ・ナンブ、カミーユ・ビダン……そしてユーゼス・ゴッツォの殺害。
厳しいが、やれなくはない。この乱戦だ、何が起きても不思議はない―――殺意を仮面の下に押し込み、アキトは、黒いゲッターは飛び立った。



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