160話C「すべて、撃ち貫くのみ」
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「キョウスケ・ナンブ。援護する」

その声は唐突に響いた。
特機とカミーユ、その双方に注意を配り神経をすり減らしていたキョウスケは新たな反応に気づかなかった自分に毒づいた。
基地から上昇してきた機体、あれは最初に交戦した黒い特機。目前の敵手が最初に乗っていた機体。
ユーゼスは大破したと言っていたが……やはり、ブラフだったようだ。
問い詰めることが増えたなと思いつつ、その考えを頭から追い出す。今考えることではない。
ともあれ、これで三機。あの黒い特機―――ブラックゲッターと言うらしい―――の攻撃力なら、敵機に致命打を与えることも可能だろう……通常なら。
ファルケンが示すブラックゲッターのデータは依然交戦した時とは比べ物にならないほど低い数値を示している。

「ユーゼス、話は後で聞く。その機体、戦えるのか」
「格闘戦はこなせるが、残念ながら最大の打撃力であるビームは使用できん」
「チッ、当てにならんやつだ……!」
「そう言ってくれるな。今、もう一機の起動準備を並行して進めている。ローズセラヴィーだ、知っているだろう。あれの砲撃なら十二分だ」
「……ベガは死んだと聞いた。誰が動かすんだ」
「それも私だ。複雑な戦闘は不可能だが、狙った地点を砲撃するだけなら遠隔操作とあらかじめ組んでおいたプログラムで行える。
 チャージまでの時間を稼げ。あとは私の支持するタイミングで一斉攻撃を仕掛ける」
「いいだろう……乗ってやる。どれくらいかかるんだ」
「月の子……エネルギーデバイスは射出は終了した。チャージまで2分というところだ」

基地の上空、交戦空域より更に上。二機の小型デバイスが上昇していくのが見える。
ある程度まで上昇したデバイスは停止し、展開した。

「この世界では雷雲などそうそう望むべくもない……そのあたりを主催者も考慮していたようだ。
 月の子の周辺の空間が歪曲している。どこからかエネルギーが転送されてきているようだな」
「理屈はどうでもいい。2分だな?」
「ああ。だが時間を稼ぐだけでは足らん。確実に命中させるために足を止めろ」
「無茶を言う……しくじるなよ、ユーゼス」
「お互いにな」

2分。暴走するカミーユはともかく、自分とブラックゲッターでなんとか敵機の推進装置を破壊するしかないだろう。

「カミーユ、聞け。黒い特機にはユーゼスガ乗っている。今は撃つな。
 そして2分以内に敵機の移動力を奪う。成功しようがしまいが、合図したら敵機から距離を取れ。巻き添えを食らうぞ」

返事はないと予想していたが、言っておかなければ本当に巻き込みかねない。
ブラックゲッターが突進していく。機体特性からしてファルケンは援護に徹するべきだ。
射撃は苦手と言っている場合ではない……ファルケンもライフルを放ちつつ飛び込んでいった。


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「また増えた!? しかもあれは……ブラックゲッター! まだ動いたのかよ!」

メディウス・ロクスの中、バーニィは必死に機体を制御していた。
もともとこの機体は複座だ。一人が操縦を、一人が機体のエネルギー管理を担当し、十全の力を発揮する。
ゼクス・マーキスのような優れた技量のパイロットやユーゼス・ゴッツォのように操縦・管制を同時にこなせる者なら一人でも支障はないが、新兵上がりであるバーニィには荷が重すぎた。
AI1とかいう人工知能もサポートしてくれてはいるが、その方面に知識のないバーニィでは有効にAI1を活用することもできない。
機体性能でなんとか紅い機体を寄せ付けずにいたら、新たに参戦してきた戦闘機は手に負えないくらい速く、そして先読みされているかと思うほどに攻撃が当たらない。
幸い火力は低いものの、時折り肉薄してはバリアを纏う拳を撃ち込んでくる。あれがまともにコックピットへ当たればさすがに死ぬだろう。
死を遠ざけようとしつつも止めてほしいと願う……矛盾だとわかってはいても止められない。
自分はどうしたいのか。この場をどのような形で切り抜けたいのか、それすらもわからない。
ただ目前に迫る死を回避しようと、それだけを想い操縦桿を握る。

やがて、火器が尽きたか戦闘機は接近戦を果敢に挑んでくるようになった。
こちらの距離だ、攻撃を―――おかしい、紅い機体の援護がない。先程までの、効果が少ないとはいえ牽制の意味はあった砲撃が止んでいる。
咄嗟にレーダーを見れば、いた。少し距離を取って、二機―――二機?
そして、ブラックゲッターまで戦線に加わった。余裕の体で作戦会議でもしていたのだろうか。
自分が乗っていたときはあんな巨大な斧を持っていなかったのに、と歯噛みする。
戦闘機が、そしてブラックゲッターが凄まじいスピードで向かってくる。その後ろを固めるのは紅い機体。
四機が交錯する。
紅い機体が後方からライフルを連射するも、AI1が判断するその射線の危険度は低い。射撃は不得手という勘は当たっていたようだ。
意識をブラックゲッターと戦闘機に集中する。より危険なのはこの二機だ。
ブラックゲッターが斧を振り回す。スパイラル・ファングで受け止めるも、その隙に戦闘機が殴りかかってきた。
コックピットを守るために肩で受ける。光を纏った拳は小型機とは思えないパワーで肩の装甲を吹き飛ばした。
後退しなければ……後ろに紅い機体。回り込まれた。槍のようなライフルがゼロ距離で閃光を放つ。
背面から衝撃。弾け飛ぶメディウス・ロクス。
もうダメだ―――と諦観が頭をもたげる。降伏しよう、と誰かが囁き、受け入れられるはずがない、とまた別の誰かが否定する。
前にも後ろにも進めない……でも。
基地の惨状を目に焼き付ける。あそこには人がいたはずだ。そして、何人かは死んだはずだ―――
ここで引くことはできない。何のために引き金を引いたのか。自分がここで折れれば、そのために死んだ人は何なのか。
そうだ、もう後戻りはできない。全力で戦うことしか、できることはない。
態勢を整える。ブースターに損傷、機動力が67%に低下―――まだやれる!

「イグニション……!」

エネルギー全開。
この機体の膨大な出力を全て攻撃に回す。敵機はどれも一騎当千のパイロット揃いだ、一機ずつでは埒が開かない。
すべて同時に撃墜すべく、AI1が指し示す最善の攻撃プランを実行する。

「ヘブン・アクセレレイション! 行けぇぇぇええええええええええッ!」

虚空に穴が穿たれ、そこから全てを溶かす暗い闇が溢れ出し、メディウス・ロクスを除いたあらゆるものがその中心点に向けて引き寄せられていく。

紅い機体、青い戦闘機、ブラックゲッター……接近していたその全てが射程に入った。
本来は後部座席で制御するべき兵装なのか、収束率が低い。それでも三機の動きは止まった。
引力から離脱するべく三機は全力でブースターを吹かしている。だが一向に機体は動かない。
元より一手で倒しきれるとはバーニィも思っていない。必要だったのは三機を一度に狙える状況だ。

「ライアット・ブーメラン……当たれよぉッ!」

都合6つのブーメランを解き放つ。一機につき二本、それぞれ違う軌道で射出。
どの機体も動かない―――勝ったッ!



―――そう思った瞬間、機体に衝撃が走った。



見る間にコックピットをレッドランプが埋め尽くす。何が起こったんだ……と、AI1に確認する。

【高密度指向性エネルギー体の衝突。右脚部及び右腕部消滅、出力43%に低下】

映し出されたのは無機質な文字の羅列だが、バーニィに絶望を植え付けるには十分だった。
地上、右半身が破壊されている大型の赤い機体。その機体がいま、巨大な砲身を向けていた。どうやらあれで砲撃を喰らったらしい。
まだ生き残ってる人がいたのか、と後悔と同時、安堵が込み上げる。次の瞬間それどころじゃないと思い直すも、被害は甚大だ。
見れば、敵機たちも健在だった。
ブラックゲッター、そして紅い機体にはライアット・ブーメランが多少なりとも損傷を与えたことが見て取れた。
だが戦闘機は驚いたことに全くの無傷だった。あの状況でも躱してのけたらしく、まさか噂のニュータイプか、なんて考えが頭をよぎる。
仕留めそこなったのは痛いが、敵もあれが切り札だったようだ。そのためにわざわざ接近戦を挑み、動きを止めたのだろう。
眼下の機体から感知できるエネルギーはゼロに近い。もうあの砲撃はないと判断し、ここは逃げるべきかと撤退を視野に入れる。
……と、新たな機体が動いたということは、そこにはパイロットがいるはずだと思いつく。
どうやら人的被害は最小に留まったようだ。自分のやったことが正当化されるわけではないが、その事実はバーニィの心をいくらか慰めた。
もはや気負うこともなく、冷静に戦場を見れば……上空に何か反応がある。確認しようとした刹那、その反応が膨大なエネルギーを打ち出した。
向かう先は地上の大型機……その巨砲。

「あれでエネルギーを補給するのか……? くそっ! チャージなんてさせるものか!」

もう一機の装置へとターミナス・ブレイザーを放つ。結果を確認もせず、今度は地上へ。
生き残った人には悪いが、あの大砲だけは破壊しなければ逃げることも難しい。

―――その瞬間、バーニィは勝つことよりも逃げることを優先し、一瞬だけ、対峙していた三機の存在を忘れた。
それはすなわち油断であり、敵対していたパイロット達が見逃すはずもない隙だった。

一秒。黒の機体が傍らを駆け抜ける。
メディウス・ロクスの左腕が宙に舞う。

二秒。紅の機体のライフルが膨大なエネルギーを解き放つ。
メディウス・ロクスの左脚部がもぎ取られる。

三秒。ようやく振り返ったバーニィが見た物は。
パイロットの怒りをそのまま形にしたかのような、蒼い炎。
スロー再生のようにコックピットへ、そこにいる自分へ向けて突き進んでくるそれを見つめ、思う。

―――ごめんな、アル……クリス。俺はもう、帰れない―――

言葉に出したかどうか。それを確かめる間もなく、バーナード・ワイズマンはこの世界から消え去った。



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