143話A「戦いの矢」
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「ガロード、どっちに行くんだ。近道はこっちだぞ」
「え? アムロさん、C-8に行くなら、ここから南にまっすぐ……」
「それは違うんだ。この壁を抜けると反対側に出られるようになっているんだ。
ここは、上と下がつながっていると言っていたろう?」
「ああ、そう言えば……そうか、つながってるってそういうことか」

進み始めたガロードの言葉に割り込んでストレーガの指が北をさす。
そこには、白系の色を中心に、虹色の光を放つどこまでも続く壁があった。
アムロの言葉を聞いて、F-91は、急旋回。慌ててストレーガのそばまで戻ってくる。

「悪い悪い、アムロさん。俺、まさか、この壁に突っ込むのがそれなんて知らなくて」
「いや、それも無理はないさ。俺も逃げる時、半信半疑だったが光の壁に突っ込んだから知ってるんだ」

そう言ったあと、小さくアムロは歯噛みする。
過去に捕らわれていても仕方がない、と頭では割り切れるほど年は積み重ねているが、
感情まで抑えきれるほど、アムロも老成し冷めた人間になれているわけでもなかった。
あのときの戦いで、もう少し早く、あの獅子のマシンを撃破できたなら。
いや、戦力も少ないのに、行動する仲間を分割しなければ。
……シャアは、死なずにすんでいたのかもしれない。

「何を、考えているんだ俺は……」

ストレーガの中で、アムロは一人小さくつぶやいた。
シャア・アズナブル。いけすかない部分もあったし、そりが合うはずもない男だった。
だが、不思議と自分たちは出会い、時代に翻弄されていった。
結局、自分が何をつかんだのか? ――それすらもわからないままだ。
あの男は、何かを見つけ、つかんだのだろうか。
もし、シャアが何かにたどり着いたとして……
それがあの愚行、アクシズ落としへとつながったとしたら、アムロはやはりシャアの行動を否定する。

あの男は、焦りすぎたんだ。だから、現実も見えちゃいなかったし、すぐに物事に見切りをつけた。

アムロは、シャアの行動を否定した。
だが、あの男を考えるに当たって、忘れてはいけないことがある。

「この暖かさをもった人間が、か」

シャアも、人の心の温かさを知っていたし、そのことをはっきりと認めていた。
そして、それを知った上での選択だったということ。シャアは、人のエゴと優しさを知った上で決断したのだ。
自分との決着にこだわり、過去を引きずりながらも同時に人を知り未来のために決起した男。

自分に、その勇気があるのか?
いや、勇気と言うには少し違うかもしれない。
どうしようもないくらいすべてを理解して、他人を背負っていく気概、魂が自分にあるのか。

「ガロード……すこしいいか?」

光の壁を抜けて、おもむろに問いかける。

「どうやら、そのガンダムは俺たちの技術の延長にあるようだが……いつごろ作られたかわかるか?」
「うーん、ちょっと触っただけじゃ操縦法はわかっても、そこまではわかんないみたいだ。
……そうだ、ちょっと待ってよ。色々試してみるから、さ」

いったん地上に降りるF-91を見て、アムロもゆっくり降下していく。
幸い、ここは市街地だ。高層ビル群の陰に隠れていればそうそう見つかることはない。

「そうだな、一応目的地には着いた。なにかあると聞き逃すかもしれない。放送まで聞き逃さないように移動を切り上げよう。
……ガロード、さっき言った、最初のニュータイプの話を……少し聞かせてくれないか」
「ああ、いいよ」

軽く返事を返し、手を動かしながらガロードは説明してくれた。
酷く、哀しい人間の業そのものが詰まったような物語を。
ただ、アムロはぼんやりとそれを聴き続けた。ただ、ひたすらに聞く。
何か、理解できる気がして。

「―――で、言ったんだ。
ニュータイプは人の革新でもなければ戦争の道具でもない、ただの人間だ。それは幻想だ』って」
「そう……か……」

アムロは、それだけ言うのが限界だった。
だが、作業をするため画面に集中していたガロードは、アムロの顔色に気付かず、さらに言う。

「お、調べたら結果が出たよ。 えーっと、宇宙世紀123年、バイオ・コンピュータを利用したニュータイプ仕様……」

そこまで読み上げた後、ガロードも怒りに顔をゆがませる。
アムロは、なぜガロードが怒っているのかよく理解できた。
なんてことはない。これは、ニュータイプを戦争の道具として使うモビルスーツでしかないのだ。
……それも、あの人の光を見せた時から30年もたった、自分たちの未来の、だ。

人は、力でメンタリティを容易に変容させる。
それこそ、急に力を手に入れた反動で、一夜にして別人同然になることもある。
逆に、己を脅かす力をもつ存在の登場によって、周囲の人々のほうが変わっていくこともある。
一人の人間が持つ力が、すべての人間の心の在り方すら捻じ曲げる。

まさに、ニュータイプがそうだった。
驚異的な力を持つと畏怖されたこともあった。逆に人間の革新ともてはやされ、尊敬されたこともあった。
お互い、人間であることに変わりはないのに。

ニュータイプは幻想である。

アムロは、そのガロードの意見を、素直に受け入れる。
だが、哀しかった。あまりにも悲しすぎた。

よく似た並行世界でも、ニュータイプは戦争の道具として扱われ、血を流す原因となった。
あの日から、30年たった自分の世界でも、何も変わっていない。

これが、『人の業』とでも言うのか。
シャアは……シャア・アズナブルはこの絶望を知っていたのだろうか。
人は、決してメビウスの輪から抜け出すことはできず、あらゆる世界、あらゆる時間で罪を重ねるのだろうか。

「……そろそろ、放送だな。そちらに集中しよう」

ガロードに言っているのか、自分に言い聞かせているのかもはっきりしない心地だった。
そう言って、ディバックから、地図とメモ、ボールペンを引っ張り出す。
時刻は、18時間が経過し、昼の12時だった戦いの開始も、今では夜更けとなっている。
最初の6時間では、10人だった。
仮に、このペースで死者が増えているとすれば、単純計算時間が倍になっている以上、死者は20人。
いや、参加者が減れば減るほど、殺し合いは減速する。それを考えれば、16,7人。
もっと少ないことを祈って、アムロは鳴り始めた音楽に耳を傾ける。

しかし、その内容はアムロの予測を上回るものだった。


「なんだって……二十……一人だと?」


あの部屋には、50人弱しかいなかった。
最初の放送で、10人が死亡。6時間経過時の残りは40人と少し。
その40と少しの人数の中で……この12時間で、21がさらに脱落した。
つまり、6時間経過時の生存者の半分が死亡したことに他ならない。

アムロは確信する。人が減っても、殺し合いは減速していない。
むしろ、減った状態でありながら時間の単純比以上の人間が落ちたことを考えると、その加速度は猛烈な勢いで増している。

呼ばれた名にはギム・ギンガナムの名もあった。
危険人物も当然返り討ちその他で減っているだろうが、
それでも、この場は殺し合いにのった人間のほうが現在優勢であることは疑いようがない。

こんな理不尽に殺し合えと言われて、それでも最後に一人になるまで殺しあってしまう人間。
この世界は、多くの世界から人が集まっている。多種多様な世界の知恵をもってしても、人は食い合うことをやめられない。

シャアの名は、覚悟していた。だから、受け止めることはできた。
しかし、放送から流れたそれ以外の情報は、どれも顔を強くゆがませるのに十分なものだった。
唯一の救いは、自分たちの合流相手、クインシィやジョナサン、そしてブンドルの名が呼ばれなかったことだ。

もう、一刻の余裕もない。
可能な限り迅速に、こちらの戦力を落とすことなく、反抗勢力を集めなければ、勝機は完全に失われる。

「ガロード……合流を急ぐぞ。うかうかしてる暇はなさそうだ」
「ああ、わかったよ。……おっさんの分まで頑張らなきゃな」

おっさん、というのは話に聞いた神隼人だろう。
だれもが、苦痛を乗り越え、消えた人々を背負って生きている……とアムロは知っている。
この世界はそれが顕著なのだ。言うならば、ここは世界を凝縮し縮めた箱庭――

「そうか……そういうことか、これがあの化け物の目的なのか……」

アムロは、直感的に気付いた。この世界の、意味を。
ストレーガのアイ・カメラで周囲の住宅街やオフィス内を急いで探索する。
……人のつかった痕跡が、いっさい見当たらない。
それが、アムロの予感に、さらに確信を与えてくれる。

最初から、アムロが感じていたことがある。
違和感、とも言ってもいい。この世界には……あまりにも人の思念が感じられない。
無限に広がるような感覚を与えながら、雑念というか、ごちゃごちゃしたものがなさすぎるのだ。
だから、離れた場所でもニュータイプでも何でもないギンガナムの気配を手に取るように感じることができた。
冷静に考えると、意識もせず集中もせず遠く離れたニュータイプでもない人間の思念を、つぶさに知ることができるのはある意味異常だ。

この世界に、人はいない。いなかったという過去系ではない。過去未来現在、あらゆる時間で自然には、ここに人はいない。
いるのは、連れてこられた自分たちだけだ。

不純物の混ざらない、なにもない人間の世界のジオラマに、生贄を用意することで『世界』を再現する。
自分たちをひねりつぶすだけならたやすくやってのけるような存在が、そんなことをやる目的は何か?


言うまでもない、実験だ。

不純物を取り出し計測に無駄な幅が出ないようにするのも、
小さい事象の投影から全体を予測、理解するのも、
まさに実験そのもの。
ここは、実験用のフラスコの中なのだ。

だが、ここでもひとつだけ疑問が残る。
では、彼らはこの実験を計測することで、何を知ろうというのか……?

「それこそ……人の業なのかもしれない」

あの化け物が、神だとは認めない。
しかし、神のごとき力を持っていることだけは間違いない。
さっきも言ったが、力で心は容易に変わる。

ならば。
あれほどの力を持つ存在が、人間と同質の精神を持っているだろうか。人間の心を理解できるだろうか。

――絶対にNO。

理解できないからこそ、こんな世界を作り上げ、観察することで人間を理解し、判断しているのだろう。
そして、観察から何をしようとしているのか……?

「認められるものか……!」

アムロは、あの化け物を認めない。どんな結論を出したとしても、決して認めない。
シャアは、人間の中で生き、人間として悩み、人間として業を背負い、人間の業を知って立ち上がった。
だが、あの化け物は違う。人を超越した世界で生き、人の心を知らず、悩まず、神の如く力を振りかざす。

人は、弱く脆く、愚かなのかもしれない。それは、人を超越した種から見ても明らかかもしれない。

けれど、どれもまた、すべて人間が背負い、乗り越えるものだ。
人間でない存在に、指図されるほど落ちぶれちゃいない。人は、それでも乗り越えられるんだ……!

「――シャア。お前が見たものはこれだったんだな」

アムロは知った。
シャアが見たものは、人間の未来という希望だったのだ。
どうしようもなく居間に絶望していながら、人間という種そのものの未来は、だれよりも信じていた。

自分も、同じだ。
決して、人間を見放したしたりはない。もし、そんな存在がいるなら、全力で戦うまでだ。

「ガロード。すまないが、マシンを交換してくれないか」
「急に、黙りこくったと思ったら……どうしちゃったんだよ、アムロさん」
「F-91がニュータイプ用のマシンだと言うのなら、俺が乗ったほうがいい。そのほうが、戦力になる。
 ……もうシャアのような過ちは繰り返させない。俺はただの人間だ。だから、決して人間を見放したりはしない」

シャアを失った時のような、力不足からくる過ち。
シャアが起こしたような、人の業と絶望からくる争い。
そのどちらも、もう沢山だ。

ニュータイプは万能ではない。これからも、ただの人間である自分は失敗し、悩むだろう。
それでも……それでもだ。

必ず、人はいつか乗り越えると信じ続けよう。


そして、あの化け物を討ってみせる。


マシンの交換に、ガロードは、少し渋る様子を見せたが、結局変わってくれた。
彼曰く、「人を戦争の道具にするような、ニュータイプをパーツにするようなMSには乗せられない」らしいが、
アムロも、珍しく我を通した。アムロは知りたかった。自分たちの技術の果て、ガンダムはどうなったのか。
せめて兵器は、変わっていけたのか。
シートに座りこんだとたん、頭に流れ込む操縦方法。
はっきりと感じる、サイコフレームやバイオセンサーに近い感知器の存在。
自分の認識できる世界が、一回りも二回りも広がったような感覚を覚えた。
ざらつきに似た、会場を覆う思念。覆いかぶさるような参加者たちの嘆きと慟哭といった激情の数々。

「! 来る……!」

とたん、目を向いて虚空へ視線を投げやるアムロ。その急な動きを見て、ガロードが慌てた様子を見せた。

「な、何が一体来るって言うんだよ!?」
「かなり、大きな悪意が1つ……弱いが、明らかな敵意がもう一つ」

時計を確認すれば、もう6時30分だ。

「不味い、早く合流しよう」

そこまで言った時だった。


太陽に先駆け、天空に駆け上がるように、光の線が流星のように空を切り裂いたのは。


―    ―    ―     ―


「おお? ハハッ、こりゃおもしれぇ」

C-1エリアの端で、黒いガンダムが、光の壁に体を突っ込んだり出したりして遊んでいる。

「しっかし面白い仕掛けだな。いまさら驚かねぇが、こんな便利なもんくわしく教えとけよ」

ずいぶんかるく、繋がっているとしか言っていなかったが、その一言で済ますとはあの譲ちゃんも人が悪い。
もっとも人じゃあないのかも知れねぇが……それはさておいて。
知っていればいろいろ楽しめたかもしれなかったってのに。
結果的にはいい感じなわけだが、やっぱりペナルティは必要だろう。
いや、やっぱり人じゃないからこそ、人間様の礼儀ってもんを教えてやる必要があるか?
まあ、どっちの道……

よし、殺そう。

あまりにもナチュラルに危険思想を振りまく、この男の名はガウルン。
本名かどうかも不明で、9つの偽名を持つことからそう呼ばれる傭兵だ。
息をするように人を殺せるガウルンという男は、上機嫌で獲物を探す。
さっき戦った相手でも、盛り上がることは盛り上がったが、すっきりさっぱりとは程遠い結末だった。
だから、この微妙で半端な高揚感を抑える相手を求めて放浪する。

もっとも、彼に本当に満足が訪れるとは思えないが。
もし仮にあったとしても、どれだけ殺せば腹が膨れるやら、わからない。

「半端はいけねぇよなあ、半端は……」
さっきは、なかなかダンスにはいいお相手だったが、積極性が足りないってもんだ。

体を汚すのを嫌がる娘みたいに、傷つくのを恐れすぎていた。
最後に、腕一本持ってかせる度胸があったとしてもまだまだ欲求不満だ。

「やっぱり、なかなかおいしいモノにはありつけない……ってとこか?」

彼からすれば、禁止エリアの発表以外に放送に意味はない。
せいぜい、時報のかわりくらいだ。時報……と考えて、ふと時間が気になった。
時間を、ちらりと見ると、時計は6時26分を指している。
東の空からは、うっすらと太陽の光で白みだしている。
明るくなるということは、そろそろ、派手に動きづらい時間になる。
次の市街地あたりで、じっくりと獲物を待って狩るとするか。

ガウルンは、闇雲に動き回っているわけではない。
最初にこの会場に転送された時や、獲物――アキトのことだ――を追いかけていた時はともかくとして、
それ以外は、ガウルンは人の集まりそうな場所を中心にめぐっているのだ。
街での戦いがあった後、ガウルンは考えた。
そして、ガウルンの出した「どこに人が集まるか」というクエスチョンの答えは、ずばり「街」だった。
ビル街などは、当然食料などの物資も補充しやすく、姿を隠す場所も多い。
自分の常識などを考えれば、籠城する相手はそういった場所を選ぶ傾向が強い。

ぼんやり平地や森にいる連中は移動中に自然と見つけられる可能性もあるし、自分から出向いて探す必要もない。
だが、わざわざ探さないと獲物が見つからない点は、まわる必要がある。
それも、逃がさないように。
結果はもう知っての通り、そこに隠れていた連中を見つけては、ガウルンは楽しんでいる。
結果的には下の街から中央の街の廃墟に移動、とくれば次に進む先はもう言わずもがな。当然上の街だ。

下から上に、潜んでいそうな場所を、プレゼントボックスでもあけるつもりですべて回る。
最後は、メインディッシュに南東の工場と考えていたところだったが……
もっとも、なんのデメリットもなく上から下へワープできることが判明した以上、これはあまり得策ではなかったようだ。
まさか、つながっているとは言っていたが、こんな壁を使って下へ一瞬で移動できるとは予想外だ。

いつでもどこでも縦横無尽に逃げるというのなら、しらみつぶしにする必要はない。

よし、ここの次は工場へ向かおうと一人心に誓うガウルンだった。

少し話はそれたが、だからガウルンはA-1、B-1の街を目指した。
もっとも、厳密にはその東にある廃墟のほうが近いのだが、ガウルンに射撃の的になる趣味はない。
空を飛べないマスターガンダムが推進力を利用しながら水上を進むのは、
廃墟に潜んでいる人間から「どうぞ、殺してください」というのとまったく同義。

というわけで、ほぼ全速力で北上していたガウルンは、光の壁に出会った。
ちなみになぜ全速力かというとこれもさっきとまるきり同じ回答で、ガウルンに射撃の的になる趣味はないからだ。
大した遮蔽物もない平原で、遠距離攻撃を苦手とするマスターガンダムがゆっくり進んでいては、ただの的だ。
時速250kmは出るモビルファイターでも、優秀な射撃補正ソフトの前ではドン亀だ。

余談だが、ガウルンが極力遮蔽物の多い街や森などで戦おうとしているのは、
何かに隠れて近づかねば、相手が逃げてしまって楽しめないのに加えて、マスターガンダムが近接特化なのも大いにある。
とにかく、距離を詰めて自身も機体も得意とする近接戦闘に持ち込めば、負けないと思っているからだ。

ただ、単純に自堕落で享楽的に見えるが、その認識は間違っている。
ガウルンは自身の経験と、だれよりも狡猾で深い戦闘および戦術の判断で冷静に戦う、歴戦の戦士……いや修羅なのだ。

さて、光の壁をくぐって1番ラインの街に戻ろうと思った時だった。


太陽に先駆け、天空に駆け上がるように、光の線が流星のように空を切り裂いたのは。


「次の祭りはあそこか」


B-Part