161話A「生き残る罪」
◆7vhi1CrLM6



ロジャー=スミスとの接触からおよそ三十分。
オルバとテニアの二人組は、今G-6エリアを目前にしていた。
支給された地図。機体に予めインプットされていた地理データ。
それらを見ればそこは、緑の森林に囲まれた高台に位置していたはずだった。
だが現実はどうだ? どこにもそんなものはない。
囲む木々のある所は焼け落ちて黒い炭となり、またある所は地盤が捲れ上がり普段人目に触れることのない根が上を向いている。
その光景を抜けたその先の高台もその一部は崖崩れを起こし土砂が堆積している。
そして肝心の基地は、見当たらなかった。
高台の上に存在するはずの、50キロ四方にも及ぶ一ブロックの大部分を占めるはずの広大な基地は、そこに存在しなかった。
あるのは瓦礫の山。瓦礫の荒野。僅かな建物が崩壊を免れているものの、それだけだった。
機体を進める。半ば崩壊しかかった高台の上へ。かつて基地だったはずのその上空へ。
何があったのかは分からない。だが、遅かったのだと言う事は分かる。そう、遅かったのだ。
あちこちに散在し、瓦礫に埋もれている大破した機体が物語る。
誰かがここにいた。
そして、争いがあり、人がここから失われた。
うち捨てられている機体は一つや二つではない。数多くの人材が失われたに違いなく、その全てが一人勝ちを狙った者とは考え難い。
恐らくその中には、首輪の解析を試みた者もいたのだろう。それが失われた。
素直に残念だと思う。駒として扱えればどれだけ役立ったことか。

「いや……まだ全滅したと決め付けるのは早いか」

壊滅的な打撃を受けて大半、いやほとんどの建物が瓦礫と化しているとは言え、僅かな建物は残っている。
規模を考えれば、地下施設やシェルターが存在する可能性も低くはない。
この惨状を乗り越えた者がいるのかもしれない。いたとすれば、それは喜ぶべきことだ。
この惨劇にも淘汰されずに生き残る。それはその者が有能であることの証。
戦力の有無に関わらず生き抜く力と運を持っているということだ。飼い馴らせば、きっといい駒になる。
それに生存者がいなくとも探索は行なうべきだった。
仮に解析を試みた者がいたとすれば、その痕跡があるはずだ。
解析済み、あるいは解析途中のデータ・首輪そのもの・図面・メモ・etc、それらが必ずしも残っているとは限らない。
基地と共に失われたのかもしれない。だが、探す価値はある。
そして、残されている可能性が最も大きいのは基地のメインコンピューター。そこが生きていればあるいは。
思考を切り上げて、通信モニターへと目を向ける。そこには伏せた一人の少女がいた。
機体の操縦こそ行い併走して飛んでいるものの、その目はどこか虚ろだ。
必死に何か考えているのだろう。聞き取れはしないものの時折何か呟き、爪を噛む。神経質とも取れる状態。
その心情を察するのであれば、心中に湧き上がる不安に怯えている、といったところか。
いい傾向だ、と人知れず笑う。
上辺を取り繕う余裕すら失われたのか、それとも自分相手にもう上辺を取り繕うことは不可能と判断したのか、それは知らない。
だがいい傾向だ。このまま行けばボロを出すのもそう遠くない。

「テニア、生存者の探索に移る。先導は君に任せよう。代わりに後方は僕が受け持つ。
 気を引き締めて、警戒を怠るな」

通信。目玉だけが別のもののように動き、こちらを見た。
何を仕出かすか分からない気配を感じ、僅かに警戒心を高める。
やはりボロを出すのはそう遠くない。だが、ナデシコに戻る前に崩れられても困るのも事実。
ナデシコで、あの二人の前で自滅してもらう。それがベスト。
その為には隙を見せぬことだ。付け入る隙がなければ、テニアとて手は出せない。
だから先導を任せた。それは後ろから撃たれるリスクを減らすためでもあり、後ろから撃てるのだという脅しでもある。
後は妙な事を仕出かさぬよう監視を続けるだけで勝手に磨り減っていく。それは何よりも愉快だ。

 ◆

何故? どうして? その言葉を持ち出せば、それはきりがない。
どこもかしこも間違いだらけだったように思うし、それでいて何一つ間違ってはいなかった、という気もしてくる。
ただ一つ分かりきっていることは、今進んでいるこの道に行き止まりを作られたということ。
タイムリミットは午後6時――次回の放送。
そこがこの道の行き止まり。終着地点。そこより先の未来はない。
矛盾が露呈し、嘘が暴かれ、裁かれる。
そして、弁解も受け入れられずに無残にも亡骸となった者の上で、奴らは満面の笑みを浮かべるのだ。
あぁ、良かった。これで大丈夫。一安心、と。紛れ込んでいた悪い者はいなくなった、と。
アタシの屍の上で、さも良い行いをしたかのように笑い、互いの美徳を讃えあうのだ。

――冗談じゃない。

狭いベルゲルミルのコクピットの中、噛み締めた奥歯が音を立てる。両頬が吊り上がり、笑った。
そんな未来は認めない。
ロジャー=スミス、キラ=ヤマト、あんた達とアタシのどこが違う。
一緒だ。同じだ。あんた達も、アタシもただ従っただけだ。自分の気持ちに、自分の心に。
絶対に譲らない。あんた達なんかにアタシの道を食い潰させてやるもんか。
アタシの道に先がないのなら、奪い取ってやる。奪った道をアタシ色に染め上げて、アタシの道にしてやる。
他人の道を塗りつぶしてでもアタシは先に進む。それが誰の道であろうと――。

「テニア、生存者の探索に移る。先導は君に任せよう。代わりに後方は僕が受け持つ。
 気を引き締めて、警戒を怠るな」

通信。ぎょろりと動いた目玉がオルバの顔を捉える。
あぁ、そういえばこいつがいた。こいつは一体どういうつもりなのだろう。
信用できない、そう言ったかと思えば、Jアークの連中よりもアタシを信じる、と交渉人に言ってのけた。
その程度には信用させることが出来た、ということなのだろうか? くすりと笑う。

「大丈夫。気は抜いてない」

それはないな、と思った。この男に信用されている――それはない。
ロジャーの言葉と自分の言葉。その矛盾は酷いものだった。取り繕おうにもどうしようもない程に、だ。
それにこの男が気づいていない――それもない。
その証拠にこいつはアタシを先に行かせたがってる。何時でも後ろから撃てるのだ、という姿勢を崩そうとしない。
お陰ではっきりした事がある。
この男を生きてナデシコに帰してはならないということだ。それはこれ以上ない程明確に見えている。
まず最初にそれを成せねば、自分に先はない。
追い詰められているはずなのに、口元が不気味に歪んでいく。どこか愉快だ。

「オルバさん、見なよ。生存者なんてどこにもいやしない。基地も……壊れてる」

そう。基地は壊れている。首輪を解析し得る設備を誇るそこが、だ。
首輪を外させてはいけない。壊すんだ。首輪を解析し得る設備も、技術者も、一つ残らずぜ〜んぶ壊してやる。
そうすれば奴らだって、集まろうとしている奴らだって最後には殺し合うしかなくなる。
そうさ。アタシの道に先がないのなら、奪い取る。奪った道をアタシ色に染め上げて、アタシの道にしてやる。
その最初の一人はオルバ、あんただ。
本当に楽しくなってきた。何故だろう。やりがいを感じ始めている。
いけない。顔がにやけてる。
悟られるな。気取られるな。真っ向勝負での勝ち目はない。
仮面をかぶりなおせ。いつものアタシの仮面を。
でも……。
でもいつものアタシって、どんなだったかなぁ?

「基地の規模と立地条件を考えてみなよ。地下空間があっても不思議じゃない」
「言われてみればそうだね」

確かにその通りだ。地表面がボロボロでも地下があればそこの機能は生きているのかもしれない。
だったら、そこも壊さないといけない。でもその前に、本当にそれが存在するのかどうか。
このレーダーが聞きにくい状況下でどれほどの期待が持てるか分からないが、基地の地下を重点的に探査する。
その手の芸当はお手の物だった。
主に機体の動作を直接受け持っていた統夜に代わって、索敵やジェネレーターの出力調整、システムチェックを担当していたのが自分達なのだ。
そうやって一つの大戦を乗り越えてきた。その経験と能力は、馬鹿にしたものではない。
だからだろう。地下に目を向けていたにも関わらずオルバよりも早く気づいた。

「オルバさん、三時方向。地表面付近に熱源反応、急速接近中。カウント1」

――敵機の襲来に。

「距離28、いや27、26、25……速い。どう見てもお話しましょって速度じゃないよ。どうするの?」
「こちらでも確認した。慌てなくても、問題ない。確かに速い。
 が、馬鹿正直に直線軌道で突っ込んで来ているだけ……引き付けて迎撃する。いいね?」

ディバリウムの位置取りはベルゲルミルの後方。敵機とベルゲルミル、その両方を視界に納められる位置。
そして同時に、アタシを盾にもしているのだろう。
流石にこの男は冷静だ。余裕を崩さずに正確に状況を判断している。

「合図は僕が出す。焦って先走るな」
「分かった」

隙を見せてはくれない。頼りになるが、それ以上に忌々しい。
光学センサーが敵機を捉える。青く深い色をした紺碧の機体を目視で確認。その瞬間――

「敵機、さらに加速ッ!!」

その観測される速度は、もはや最大戦速というレベルのものではない。
点と点を最短経路で結んだ直線。その上を出し得る最大速度で突っ切る為だけの速度。
それはすなわち通常の有視界戦闘を放棄していることを示す。
あの速度で空中分解を起こさずに急旋回を行なえるだけの剛性を機体が持っているとしても、パイロットは別。
まず間違いなくブラックアウトする。
下半身を締め付けることで脳の血圧低下を押さえるパイロットスーツ。それを着用していたとしても、だ。
馬鹿げている。
そう思いつつも瞬く間に大きくなっていく敵機に、操縦桿を握る手の平がじっとりと湿っていく。

「オルバッ!」
「まだだ。まだ引き付ける」

人の気も知らないで、と睨みつける。
そう。まだだ。レーダーに映し出されている相対距離はまだ遠い。それは分かっている。
だが、後何分だ? 後何分、このプレッシャーに耐えさせるつもりだ。
そう思い、時計を見る。5分にも10分にも感じられた時間は、まだ20秒も経っていなかった。

――嘘でしょ。

絶句。想像以上に1秒1秒が長い。
そして、改めて気づいた。
たったそれぽっちの時間でこの相対距離の減りよう。速度が馬鹿げている。
戻した視界が急速に接近してくる敵機を映し出す。
右腕に誂られた巨大な杭打ち機。それが目に留まった。
あれで串刺しに――直に恐怖心を刺激されて、堪らず叫んだ。

「オルバッ!」
「まだだ」

ふざけるな、そう思い、何処からか疑念が湧き上がる。

――捨て駒にするつもり?

驚愕に瞳が揺れる。
ディバリウムの位置取りはベルゲルミルの後方。敵機とベルゲルミル、その両方を視界に納められる位置。
それ即ち、ベルゲルミルを餌に一撃を喰らわせられる位置。
顔から血の気が引き、背筋を悪寒が駆け抜ける。オルバが薄く笑うのが見え、その口が動いた気がした。
そして、巨大な光がディバリウムから放たれる。
全周囲モニターが、後方から迫り見る間に大きくなっていく蒼白い光を映し出す。
それはMAP兵器規模の一撃。悲鳴と絶叫の入り混じったモノが臓腑から漏れ――

何故信じたんだ、この男を……いや、最初から信じてなんかいなかった。
甘かった。ただ甘かったんだ。心の何処かで自分だけは死ぬはずがないと思っていた。
ハハ……どれだけ呑気なんだ、アタシは。ほんと、欠伸が出るほど呑気だ。
こんなんだからカティアなんかに先を越されるんだ。
殺される前に殺す。それだけが真実なのに。
……こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかったッ!!
こんな結末を望んでカティアを殺したんじゃないッ!!
新しい世界で結ばれるはずだったんだッッ!!!
カティアのじゃない!!『アタシだけの統夜』と今度こそ結ばれるはずだったんだッッッ!!!!
でも……もう何もかもが遅すぎる。遅すぎるよ。

――後悔が脳天を突き抜ける。
しかし、そんなテニアを嘲笑うかのように蒼白い光はベルゲルミルの間際を駆け抜け、標的に命中した。
直撃。巻き起こる爆発。
耳を劈くような爆音の直後、爆発によって生じた衝撃と共に視界を埋め尽くしたのは――

「嘘……」

直撃を受けたはずの敵機そのもの。
頭部に誂られた角がベルゲルミルの脇腹に突き刺さり、激震。重い衝撃が機体を揺らす。
弾丸のような突撃を受けた機体が串刺しのまま、信じられない速度で後方に。
静止状態から一気に加わった加速による巨大なG。脳から血液が引いて行く。視界が暗くなる。
警告メッセージがモニターに。
脇腹に突き刺さった角が灼熱。位置は浅い。だが縦に裂かれる、それが分かった。
これじゃ無駄じゃないか……こんなところでアタシが死んだら、何の為に。
そうだ……何の為にカティアも! メルアも!! アタシが統夜と結ばれないと二人の死が――

「無駄になるんだッッ!!!」

その瞬間、マシンセルが反応を示した。活性化を起こす。
場所は腹部。角が突き刺さるそこ。
起こった変化は、マシンセル同士の結合を強めた装甲の硬質化――否、逆だ。
結合を弱め、一部の装甲を脆くした。
金属だからこそ角は突き立ち串刺しにされていたのだ。
これが豆腐なら削れるだけ、突き刺さったまま押し流される道理はない。
脇腹が抉れ飛ぶ。角から開放されたベルゲルミルは弾かれ、そのまま地表へと落下していった。



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